第一話 未知との遭遇
ようやく本編に入ります。序章で三話も引っ張ってしまいました。
――俺の家には、秘密がある。
代々続いてきた地主の家系ではあるのだけれど、隠し村を一つ持っているのだ。
そして、その隠し村には――ときたま奇妙な客がやって来る。
歳を考えて第一線を引退した親父の跡を継ぎ、俺が村の管理を任されて二年経った。
まだ俺の代では客が来たことは無かったけど、引き継いでからずっと……どんな客が来るか楽しみにしていた。
どんな面白人間がくるのかな、面白生物がくるのかな。楽しみだな。
――そんなことを考えていた時期が、俺にもありました。
◇
自宅から車を走らせ一時間ちょっと。俺は家で所有する山の一つに来ていた。
この山には先祖代々受け継いできた隠し村がある。
雪も溶けもうすぐ春本番、陽気はとてもいい。
こんな日だから、隠し村の補修点検をしつつ息抜きでもしようとやってきた。
そろそろ農繁期に入るから、今のうちに点検だけでもしておこうかという都合もある。
山の裾野、人目につかない場所に巧妙に隠された入口に向かう。
そこには普通車のワンボックスでもまあまあ走れる私道が整備されている。
というかその道を整備したのは俺だ。ものすごく大変だった……一年かけてようやくだ。
それはさておき。
私道に入り車を慎重に走らせながら、隠し村に向かった。
一年かけて作った道は、とても便利に村まで行ける最新インフラだ。
無理して作っておいて、良かったな。
そして十分ほど車を走らせて、ようやく隠し村に着いた。
着いたのだけど……いつも通り無人で若干ホラーな感じだ。
客が来なければただの廃村にしか見えないので当然だけど、これが慣れていても若干怖いんだよなあ。
まあ、いつも通り見回りから始めよう。
村の入り口に車を停めて……と。
さて、見回りを始めようかな。
しかし、村に入ると――すぐに異変が目についた。
広場に、いくらかの足跡があったのだ。
それも、裸足の人間の足跡が……。
……山奥にある無人の村。そしてそこには裸足の人間の足跡が。
これだけ聞くとかなりホラーだけど、実際にかなりブルっと来た。
「……客が来てるのか?」
怖いのであえて口に出しながら、見回りを始めよう。
「おーい、誰かいませんかー?」
そう声をかけながら村を一巡したけど、人気は無かった。
怖いよ~……。
いよいよホラーじみてきたけど……親父の話によると前回の遭遇時はかなり怖かったそうだから……。
前回の客は俺も一緒に世話をしたからわかるが、いきなりアレに遭遇したらそりゃあ怖いだろうなと思う。
俺の場合は人っぽいから、いくらかマシだと思うことにしよう……。
……うん、ちょっと気が楽になってきたな。
しかし、村をぐるっと巡回しても何にも遭遇しない。
でも、足跡があるのだから足があるということだ。
そして幽霊に足は無い(偏見)。すなわち幽霊ではない(願望)。
だけど巡回しても何も出てこないので、だんだんと疲れてきた。
ここは昼飯も兼ねて一休みしよう。
いったん車に引き返して昼飯を取り出し、広場で食べることにした。
広場は開けていて明るいし、今日は快晴。青空の下で食べる飯はおいしい。
なによりそんな雰囲気では幽霊の出る幕ではない。ここ重要。
そして、献立はおにぎり五個と沢庵、あとは二リットルペットボトルに入れてきた自家製麦茶だ。
こういう素朴な献立でも、青空の下で食べると美味しさも増す。
あそこの東屋で食べよう。
広場にある東屋に腰を落ち着け、ウェットティッシュで手を拭いてからおにぎりを一つ食べ始める。
やっぱり自分ちで作った米だから美味しいな。
作りすぎて余ってるのが困りどころなんだけど……。
まあ、ゆっくりとお昼を食べましょうかね。
◇
そうしてお昼を食べ始めて間もなくの事。
「きゅるるるる」
ん? 一体なんの音だ?
「おおおお~」
「ん?」
……今度は変な声が聞こえてしまった。これはまさか、オバ……。
おそるおそる音のした方を見る。
そこには――よだれを垂らした子供がいた。
いつの間に! 全然気づかなかった。
「あえ~」
その子供は、目をキラキラさせておにぎりを見ている。
見た目は小学校低学年くらい。
背中まである金髪の毛先がくるっと外側に跳ねていて、緑目のかわいらしい子供だ。
そして――耳が長い。
見た目はまさにエルフ。……エルフ!
今回の客は――エルフの子供だ! これは結構良いんじゃないだろうか。
そんな俺の喜びをよそに、エルフの子はおにぎりを凝視している。
「あえ~」
あっ……ウェットティッシュを取って手を拭きだした。
そして、「きゅるるるる」という変な音もまた聞こえた。
これは……腹の虫の音だ。
うん、そこまで主張されれば……もうわかる。
このおにぎり、食べたいんだな……。
おにぎりをついっと、エルフの子の方に寄せてみよう。
ほら、ついっと。
「……!」
おにぎりを寄せてあげたら、エルフの子がびっくりしたような顔でこちらを見た。
声をかけてあげよう。
「食べますか?」
「よ、よろしいのです?」
おっ。言葉が通じる。
「ええ。どうぞ」
「で、ではえんりょなくです」
エルフの子は満面の笑顔でおにぎりを掴むと、もぎゅもぎゅ食べ始める。
「おお~なにこれすっごくおいしーです~」
味は問題ないようで、美味しいと言ってくれている。良かった。
それじゃ、漬物も食べて貰おう。
「こっちも美味しいので、どうぞ」
付け合せの沢庵を指さしてみる。これも自家製で、味には自信がある。
それを見たエルフの子は、ためらいなく沢庵を口に放り込んでばりばりと食べた。
「しょっぱくておいしーです~」
沢庵も問題ないようだ。
とろんとした顔で、もぎゅもぎゅボリボリと俺の昼飯を食べている。
……何という微笑ましさだろうか。
俺の代でエルフが来るとか、親父に自慢してやろう。
親父も来たがるだろうな……よし、次は親父と一緒に来よう。
でも、子供一人でこの村に置いておくのはどうなんだろう?
……それはかわいそうだよな……。
この子の面倒をみるとして、これからどうしよう……。
そんなことを考えていた時である。ふと、後ろからまた変な音が聞こえてきた。
「きゅるるる」
「きゅるるるるる」
「ぎゅる。ぎゅるぎゅる」
もうたくさん、たくさん聞こえてきた。
すご~く嫌な予感がする。
音の聞こえてきた方には、なにが……。
音の聞こえてきた方に目を向けると――。
――老若男女様々な、腹を空かせたのが丸わかりのエルフ達が居た。
二十~三十人くらいも、いらっさる……。
――おいおい、ものすごい大人数じゃないか! どうするこれ!
かわいいエルフが来てよかった、なんてのんきに喜んでいる場合じゃないぞ……。
これは――試練、なのではないか?
エルフ達側のファンタジー視点では三人称で、今話の主人公視点では一人称という構成になります。
2017/11/29追記
J・トレント様からイラストを頂き、挿絵としての使用許可を頂きましたので、
ありがたくご使用させて頂きます。