第十三話 催事だよ!
四月末日、催事の日となった。
朝早くから、準備で村は大賑わいである。
「おさけ、はこぶじゃん」
「しょくざいもはこぶべ~」
あらかじめ前日から、食材は遺跡の倉庫エリアに運んでおいてある。
外に出すだけなのでこれは楽ちんだ。
お酒も同様だね。
「おーし、屋台を作るぞ」
「「「おー!」」」
リザードマンたちも、屋台を組み立て縁日を着々と作り上げている。
「かまどもつくるですよ~」
「このへんは、わたしらなれてるわね~」
「まえは、よくつくってたもの」
「ひさびさなの」
現地でお料理するにあたって、ハナちゃんたちもかまど作りに勤しむ。
この辺はみなさん慣れた物ということで、次々に出来上がるね。
「おりょうりどうぐは、これをつかうさ~」
「てっぱんとかも、よういしたさ~」
「ならべておくさ~」
調理器具は、ドワーフちゃん謹製の物がずらりと並ぶ。
これは子猫亭とコラボして作り上げた物で、プロ級品質の逸品だ。
「おだんごたくさんつくろうね! おだんご!」
「こねこねするよ! こねちゃうよ!」
「しっぱいしたやつ~」
妖精さんたちも、すっごい集まってお団子を量産中だ。
桜の木があるエリアを中心に、キラキラがすごい。
「なあ大志さ、これその辺の村祭り規模になってるよな」
「わたし、この規模のお祭りは村で初めて見るわ」
「あにゃ~」
この準備中の様子を見て、爺ちゃんたちはその規模に驚いているね。
言うとおり、ちたまの村でもこれくらいの規模のお祭りは良くある。
まさに、隠し村は冗談抜きに村の規模となっている証拠だ。
「なんか、凄いことになった」
「おおぜいですね~」
「当初の村からは、想像できない規模ですね」
ハナちゃんとユキちゃんも同じ気持ちなのか、楽しそうに準備風景を見ているね。
二人とも当初の村を知っているだけに、感慨深いだろう。
「ずいぶん賑やかになったねえ」
「自分でもびっくりですよ」
もちろんこの様子を、加茂井さんのお婆ちゃんも目を細めて見ている。
長年祝詞の読み上げ役をしてくれていただけに、過去の身内だけだった催事を何度も見ている人だからね。
一番感慨深いのは、もしかしたらこのお婆ちゃんかもしれない。
「ともあれ、まずは準備を終えようか」
「あい~、じゅんびするです~」
「あと一息ですね!」
この準備が終われば、催事の始まりだ。
今日は一日、盛り上がっていこう!
◇
午後九時頃、催事が始まった。
まずは加茂井家の代表による、祝詞の読み上げが粛々と進む。
「私たちがこの地に迎えられて、ずいぶん経ちました」
桜の花びらが舞う中、耳しっぽ全開のユキちゃんが言葉を紡いでいる。
そのお姿は去年と同じ、ホログラムのような青が映える、巫女服っぽいような洋装ぽい装束だ。
なおうかつ耳しっぽが出ているので、お婆ちゃんは厳しい目をしておられる。
「我々イリスの民は、ここに感謝を申し上げます」
キツネさんの毛並みはともかく、もちろん俺も、バッチリ衣装を決めてこの催事をこなしている。
今年はサイズ合わせ、事前にちゃんとヤナさんにお願いしてあるので、万全だ。
「もう消えて無くなってしまった、我々の世界の、そして故郷の名前を」
そして静かに見守っていた村人たちは、この部分の読み上げで、ちょっとうるっとしていた。
エルフも妖精さんも、ドワーフちゃんたちも、故郷を失った人々だ。色々想うことはあるだろう。
彼らにとっては、実際にその身に降りかかった出来事なのだ。
もしかしたら、この祝詞を贈ったイリスの民と、同じ気持ちを抱えているかもしれない。
俺は彼らに対して責任があり、改めて身が引き締まる。
「――それでは、さようなら。優しい人。いずれまた、会う日まで」
やがて印象的な締めくくりにて、ユキちゃんによる祝詞の読み上げが終わる。
今回も神様翻訳にて、現地語が翻訳されて認識された。
どんな想いでこの言葉が贈られたかが俺には分からないが、絆という存在は感じる。
引き続き、この縁を守っていこう。
「では、お供え物をどうぞ」
「承りました」
祝詞の読み上げが終われば、次はお供え物だ。
去年と同じく、入り口付近にある小部屋に入り、石っぽいやつで出来た台座にお料理やお酒を供える。
「ご先祖様、今年もよろしくお願い致します」
無人の小部屋で、一人催事を終える。当然返事は無いのだが、儀式だからね。
ただこの部屋にお供え物を供えるのは、実は特別な理由は無いんだよな。
単に入り口から近いからってだけなのだ。さすがご先祖様、けっこう適当である。
ともあれ、これで儀式は完了だ。
あとはご先祖様に元気だよって見せるために、どんちゃん騒ぎと行こう!
さてさて、外に出てお祭り開始の宣言をしないと――。
……ん? 今なんか、お供え物が光った?
いや、気のせいか。
◇
「はいみなさん、いよいよお祭りの始まりです!」
「「「おー!」」」
催事を無事終えて、いよいよお祭りの始まりだ。
みんな気合い十分で、かけ声も元気いっぱいだね。
「まずは神様たちに、お供え物をたっぷりしましょう」
(おそなえもの~!)
(まってました!)
(……すごそう)
持ってきたテーブルの上に、どしどしとお料理やお酒を乗っけていく。
謎の声は期待いっぱい、ほよほよ浮いている神様たちは、ぴかぴか光って待ちきれない様子だね。
「では、神様たちお召し上がり下さい!」
「くださいです~」
(わーい!)
(ごちそうたくさんだね!)
(……おいしー!)
お供え物をどうぞと宣言すると、さっそくあぶだくしょん祭りが始まった。
神輿はお料理から、オレンジちゃんはお菓子で、ブルーちゃんはウイスキーから攻めている。
それぞれの性格が出ていて、なかなか面白い。
「さて、私たちも食べて飲んで盛り上がりましょう」
「「「はーい!」」」
お供え物が無事終わり、次は俺たちだ。
今日は日が暮れるまで、お花見という口実でどんちゃんやろう!
「タイシタイシ~、ハナのおりょうりたべてほしいです~」
「わきゃ~ん、うちもつくったさ~」
「私も色々作りましたよ。自信作はコレです」
「しっぱいしたやつだよ! どうぞ! どうぞ!」
そして開始間もなく、ハナちゃんたちからお料理食べてとお願いが来た。
どれどれ……。
まずハナちゃんのお料理を見ると、小籠包みたいな、小さな肉まんみたいな感じだ。
一口サイズなのが、食べやすそうだ。
とりあえず何か聞いてみよう。
「ハナちゃんは……このお料理は何かな?」
「たべてからの、おたのしみです~」
食べてからのお楽しみとな。では、いっちょ試してみよう。
――おお! 一口かじると、口の中に熱い肉汁がどろっと流れ込んできた!
これだけだと小籠包みたいなんだけど、外側の生地はふかふかの肉まんのやつだ。
その淡泊な生地と肉汁が合わさって、味が調和している。
あとはほのかなお花の香りが鼻から抜けて、味は濃厚なのに爽やかだ。
これはなかなかの逸品じゃないか。
「何コレ美味しい! 肉汁を食べるお料理だね」
「あい~! むかしにつくったつぼみりょうりを、かいりょうしたですよ~」
「確かに、前にハナちゃんが作ってくれたね」
「そうです~」
種明かししてくれたけど、これは以前食べたつぼみにお肉を詰めたあの不思議料理の、改良版ということか。
「こうやって、つくったです~。まずはこうして――」
調理法も説明してくれたけど、なるほど改良版である。
あのつぼみにお肉やお野菜を詰め込み、小麦の生地で包み込む。
それを蒸し上げて、ふわっふわのつぼみ料理のできあがり! らしい。
冷めないようにキジムナー火もつぼみに詰め込んであり、長いこと熱々で食べられるそうな。
いつの間にここまでのオリジナル料理を作れるようになったのか、お父さんびっくりだ。
「ハナちゃん凄いね~。創作お料理も上手なんだ。流石ハナちゃんだね」
「ぐふ~」
褒めてあげると、ハナちゃん一撃でぐにゃる。
今日のために、こっそりと練習していたぽい。成果がちゃんとでて、めでたいな。
ただ開始直後にぐにゃったけど、大丈夫かな?
「では、つぎはうちのおりょうりさ~」
「肉じゃがですね」
「そうさ~」
偉い人ちゃんは、肉じゃがという確立された献立をチョイスしたようだ。
お料理が余り得意じゃ無いとは言っていたけど、煮物に手を出すとはチャレンジャーである。
「あ、よく味が染みていて美味しい」
「よかったさ~」
しかし料理の出来映えは、ド安定であった。結構難しい煮物だけど、見事に物にしている。
味が良く染みたジャガイモは煮崩れず、しかしほっくほく。
お芋の甘みに、甘塩っぱい醤油味が優しくからんでいる。
他の具材であるにんじんやタマネギも口の中でほろほろとくずれて、絶妙な火の通り方だ。
そこにクニクニした白滝の食感が加わり、肉じゃがとして見ても完成度は高い。
お肉はエルフたちが狩ってきたぼたんのようだけど、丁寧に処理されていてやわらかく煮込んであり、クセも無い。
そのイノシシ肉の油が溶け込んだ汁は、とても滋養を感じさせられる。
「これは絶妙な火の通し方ですね。煮物は難しいのですけど、お見事です」
「わきゃ~ん、ほめられちゃったさ~」
その腕前を褒めると、偉い人ちゃんテレッテレで、黄色っぽいしっぽをピクピクさせて喜んだ。
やっぱりがんばって作ったお料理を褒められたら、嬉しいよね。
「ではでは、次は私ですね。結婚式で良く出てくる、あのエビのグラタンですよ」
「おお! これめったに食べられないよね」
「ですね」
ユキちゃんは、言ったとおり結婚式で出てくるような、エビのグラタンだ。
ドワーフの湖で獲れるエビちゃんを半分に切って、その身を使ったグラタンを殻に詰め込んで焼いたあれだよ。
「グラタンなのに、素材の旨みがきちんと感じられるね。繊細さが凄いよ」
「ふふふ、良かったです」
ユキちゃんが作ってくれた、おめでたいグラタンは味も豪華だった。
大きくてぷりぷりのエビの身に、とろり濃厚なホワイトソースがからむ。
コンソメの優しい味が出汁となり、複雑かつ繊細にエビの旨みと調和していた。
表面はパリっと焼き上げられていて、そのちょっと焦げた部分もまた旨い。
おまけに入れ物の殻は素揚げされており、この殻もバリボリと食べられる無駄の無さだ。
すっごい手が込んでいるよ。
「殻を素揚げしてあるのが良いね。香ばしくて美味しいし、全部食べられるのも良いよ」
「結婚式みたいで、良いですよね」
「そうだね!」
「ふふふ……ゴールは近い」
見事な結婚式に出てくるエビグラタン的お料理を褒めると、ユキちゃん耳しっぽがまたぽわわわんだ。
だいぶきわどいレベルで実体化しており、気合を入れたら普通の人でも見えるかも。
ほらユキちゃん、お婆ちゃんが睨んでいるから、しまっておきましょうね。
「結婚式……フフフ」
ともあれユキちゃんはしばらく帰ってこないようなので、そっとしておこう。
俺は危機管理には自信があるんだ。
「こんどはわたしのだよ! しっぱいしたやつだよ!」
「なるほど」
「おいしいよ! あじみはしたからね!」
最後はイトカワちゃんのやつだけど、見た目は衛星エウロパだった。しかもなんか、クルクル回っている。
……だいぶ不安なのだけど、味見はしたそうなのでその辺は大丈夫だろう。
では一口で!
「なんと、ふわふわオムレツ」
「すごいでしょ! すごいでしょ!」
オムレツをまん丸にして、見た目をエウロパにするのは確かに凄い。
味の方は豊かな出汁と卵の旨みがあり、ふわふわ食感が楽しいね。
塩こしょうもほのかに感じられ、バターはたっぷり香り高い。
中にチーズも入っていて、とろりと濃厚なチーズが溶け出し味にバリエーションが生まれるのも良い。
イトカワちゃんのお団子の中では、だいぶ正当派な洋食って感じだ。見た目以外は。
「これも凄いね。オムレツって難しいお料理なのに」
「ほめられちゃった! ほめられちゃった!」
もちろん褒めると、イトカワちゃんキラキラ粒子たくさんで大喜びだね。
物理的にまぶしい。
「いちばんくろうしたのは! くずれないように『うかせる』ところだったよ! うかせるやつ!」
「え?」
「ちょっとだけ、そらにうかばせないとくずれるの! くずれるの!」
……ちょっとだけ、空に浮かばせる? まん丸オムレツを?
「ほんとです~、たしかにちょっとだけ、ういてるです~」
「うわきゃ~! そらをとぶおりょうりだったさ~!」
「……ホントですね、確かに一ミリほど浮かんで、空中で自転してますよこれ」
イトカワちゃんの話を聞いて、ハナちゃんたちもエウロパを確認だ。
言うとおり、よく見るとホントにわずかに空中に浮き、自転しておられる
一体どうやって、空飛ぶお料理を作ったのだ。
というか何を入れたらこうなるのか、怖くて聞けないでござる……。
◇
ハナちゃんたちのお料理を堪能したあとは、ちょこっと見回りだね。
いちおうホストは俺なので、祭り会場を確認しないと。
「それじゃあ、自分は見回りに行くよ」
「ハナもいくです~」
「うちもさ~」
「では、私も」
「おつきあいするよ! おつきあい!」
と言うことで、みんなで会場を練り歩いてみる。
まずは観光客グループのところへ行ってみよう。
「あ~、きのこうめえ~」
「このぴりぴりが、たまらないよね」
「たくさんつくれるの、いいな~」
果たして、そこでは電きのこで盛り上がっていた。
みなさん髪の毛から電気スパークを出しておられる。
「わわきゃ~、しげきてきなあじさ~」
「くせになるさ~」
お隣の湖から来たドワーフちゃんたちも、この謎食材を食べてわきゃわきゃだね。
でもなんか、ウケているようだ。
「タイシさんもどうぞ」
「あっはい」
うかつに近づいたため、赤いやつをおすすめされてしまった。
きのこが自慢の森ではもう量産体制に入っているらしく、沢山あるでござるね。
「ぼくがそだてた、あかいやつです。おいしいですよ」
「で、では」
顔見知りのあの青年エルフが育てたやつを、手渡される。
よし! 覚悟は決まった!
「いつ食べても、刺激的ですね」
「でしょでしょ!」
味はとっても良く、まろやかな電気味の刺激が心地よい。
ただちたまじんとして、コレにならされると危ない気はする。
だが美味しいのだ。複雑な気分だよ。
「あや~、ビリビリがたくさんで、ぜいたくですね~」
「あわっきゃ~、ひばながでたさ~」
「久々に食べましたねこれ」
「ぴりぴりだね! ぴりぴり!」
当然同行のみんなも食べて、全員で火花を散らしながら次の場所へ向かう。
今度はドワーフちゃんグループだ。
「おさけ、のみほうだいさ~」
「キジムナーびのおさけ、いいかおりさ~」
「おつまみもたくさんさ~」
このエリアは、もう全開で飲酒していた。
村で作ったありとあらゆるお酒を、水のように消費している。
「こんにちは、凄いお酒の量ですね」
「タイシさん、こんにちはさ~」
「おさけたくさんで、うれしいさ~」
「きょうはずっと、のんでるさ~」
わきゃきゃとグラスを掲げながら、ドワーフちゃんたちは赤いしっぽをふりふりだね。
でも酔っ払っていないあたり、さすがお酒に強い人たちである。
「フネをみにきたらおまつりやってて、とくしたさ~」
「かあちゃ、これおいしいさ~」
「たんとおたべさ~」
船を購入しに来たドワーフちゃんたちも参加していて、やっぱりお酒を飲んだり納豆を食べたりとほくほく顔である。
いずれおとなりの湖に出向き、船の見学会ついでにお祭りするのもいいかもだな。
そこでうちの村を売り込み、購入した船で遊びに来てもらうという流れを作れたら面白そうだ。
ともあれ、楽しんでいって頂きたい。
「わきゃ~ん、そういえば、あたらしいおさけがあるさ~」
「そうそう、これつくってみたさ~」
「じゅくせいしたやつさ~」
このお酒にまみれた宴を見ていたら、偉い人ちゃんから情報がもたらされた。
お供ちゃんたちがジョッキを持ってきたけど、見た感じはビールぽい。
「どうぞ、のんでみてほしいさ~」
「じしんさくさ~」
なんだか猛プッシュされたので、試しにこの謎ビールを飲んでみることに。
すると――結構びっくりした!
これ、ウイスキー並の香りと度数のあるビールではないか。
のどごしが焼けるように熱く、さらに炭酸でビリビリと刺激される。
そして胃がカっと熱を持つ凄まじい高アルコールビールだ。
これを泡と一緒に飲むと、香り高くまろやかな味に変化して、とても面白い。
ドワーフちゃんならではのビールって感じだね。
「これはびっくりですね。ビールの良さと熟成した蒸留酒の良さが、同時に味わえます」
「そうなのさ~。ビールをさんこうに、つくってみたさ~」
「そのうち、うりだすさ~」
「とくさんひんさ~」
いつのまにか、村のドワーフちゃんは商品開発をしていたようだ。
このビールを売り出す計画があるらしい。たくましさが凄いね。
「ただ普通のちたま人が飲むと、一撃でやられますね」
「そうなのさ~?」
「なかまにうりだすから、たぶんだいじょうぶさ~」
「ちたまじんって、おさけよわいさ~」
まあこれは、ドワーフちゃんにはちょうど良いビールだからね。
彼女たちの間で流通すれば、それで良い感じではある。
ふつうの人たちが飲む時は気をつけてねってことで。
(おそなえもの~。――……)
(おさけ! ……)
(……)
「あや! かみさまがおっこちたです~」
そう考えていたところ、神様たちがこのビールに手を出し撃墜された。
ちたま人のみならず、神様も一撃ビールがここにありだ。
というか救助しないと!




