第五話 押し寄せるわきゃわきゃ
三月も終わりに近づいた頃、とうとう船の試作品が出来上がる。
「やったどー!」
「いいかんじの、できた」
「ああああああああああ」
作業に加わったあっちの森エルフたちも、出来上がった船を見て滾っている。
家内制手工業から、曲がりなりにも組織的工業手法で作った船だからね。
そういう意味でも達成感があるらしい。
「ちゃんとしたどうぐをつかうと、こんなはやくできるんだな」
「ちたまどうぐ、まじべんり」
そして建造期間が短いことに、エルフのみなさん驚いてもいる。
これは道具もそうだけど、度量衡が決まっているのが大きいな。
長さや重さが決まっているため、それに合わせて各自分担すれば出来るわけだから。
組み上げる際の微調整は必要だけど、その辺は木工上手のエルフならではで、誤差が少なかったのもあるだろう。
加工した木がどのように伸縮するかを、経験で補ってくれていた。
まさに職人技っていう感じである。
「でもこうして並べてみると、タイシさんのかいりょうしたやつとは、さがあるな」
「そりゃこちらでちたま流の複雑な計算をして、良い感じのところを見極めてますから」
「ちたま、すげえな~」
「かたちをちょっとかえただけで、こんなにさがでるんか~」
「くふうって、だいじなんだな~」
今回作成したものは、基本設計案とそれを元に大きく姿を変えず、高効率化したものだけである。
α版とβ版のようなものだね。そしてβ版のほうが効率が良く、さらに建造コストも安いと来た。
この差を見て、どこが違うのか、何を改良して参考にすべきはどこかを身に着けてほしい。
基本がぎっしり詰まった、そんな船なのである。
ただ改良型も数値シミュレーションしただけなので、元の設計のほうがやっぱ良い、となることも当然ある。
両方の良いところを見極めて行きたい。
「どこをどう改良すると、何が良くなるかはまとめてあります。こちらをどうぞ」
「なにがかいてあるか、わかんない」
「もじよめません」
「なぞのぎじゅつあああああああ」
なお、改良点とその効果をまとめたレポートは、当然ながら読めないわけだ。
完璧にその辺忘れておりました。あっはっは。
「あ~、もっとにほんご、べんきょうしなきゃだめなのだ」
「のばしのばしにしてたけど、やるべえか」
「そだな」
「ほんとそれ」
しかし改良前後の比較による明らかな差を見て、おっちゃんエルフもマッチョさんも、他のエルフも文字を読める大切さをかみしめたようだ。
これはこれで、思ってもいない効果が出た感じがする。
日本語学習をがんばって、いずれこのレポートをモノにして頂きたいものだ。
「せっかくなので、他の提案型も作ってみましょうか。まずは模型からですが」
「そうしよう! こっちもきょうみあったんだ!」
「かっこいいやつあるよね」
「もっとつくるぞあああああああ」
あと思いもよらず試作品が早くできたため、せっかくだからほかの提案型も作ってみることにした。
ドワーフちゃんたちには完成次第、適時検討してもらおう。
「もりあがっているところごめんなさいだけど、おひるができたわよ~」
「たくさんつくったから、どしどしたべてね」
そしていい時間になったのか、腕グキさんとステキさんからお昼だよって呼びかけが来た。
俺は特に何も言っていなかったのだが、なんか知らないうちに出張お料理屋さんが開始されていたのだ。
とりあえず材料費や人件費はエルフ重工持ちにすることにして、社員食堂みたいな感じに慌てて整えた。
ボランティアでやってもらうのは申し訳ないからね。
「たべものはでてくるし、ねとまりするばしょはあるしで、いたれりつくせりだな~」
「こんどよめさんとこどもにきてもらって、いっしょにあそびたいな~」
「いいなそれ」
「よめさんもこどももいないあああああああああ」
なおあっちの森出張エルフたちは、湖畔リゾートにあるドワーフちゃん仮設住宅で過ごして頂いている。
観光客の宿泊場所兼エルフ重工の寮みたいになっており、作っておいたものが無駄にならずに一安心だ。
やっぱりインフラって大事だね。
ということで試作品は出来たので、さっそく偉い人ちゃんにお知らせしよう。
ネコちゃん便を飛ばして、映像ととともに俺たちの船を見て頂きたい。
――そして三日後。
「フネ! フネをみにきたさ~!」
「なんかすごいの、できたらしいさ~!」
「たのしみさ~!」
「こうえきひん、たくさんもってきたさ~!」
「あこがれのフネ! かぞくでいっしょにフネでのんびりさ~!」
百人位のドワーフちゃんが、わが村にやってきた。
海竜を五頭も投入して、ようやくだよ。
みなさんお目々キラキラで、船を見たくてしょうがない感じでござる。
アダマンカイロを首からぶら下げていて、こちらの気候対策もバッチリな感じ。
というか、ドワーフィンでカイロがすでに量産されておる。いつのまに……。
「予想外に凄いことになった」
「あややや~、おもったよりあそびにきたです~!」
「大志さん、と、とりあえずテントを用意してきますね」
カイロ量産はびっくりだけど、まずは受け入れ態勢を整えないとね。
ドワーフちゃんの船に対する情熱と憧れ、ちょっと甘く見ていたのだ。
でもまあ、にぎやかになって楽しいね!
とりあえず、最大の目的である船を見てもらおうじゃないか。
そんなわけで、湖畔リゾートにある造船所へと案内する。
「わきゃ~ん! これはいいフネさ~!」
「なんかしっかりしているさ~!」
「こんなはやくできるとは、しんじられないさ~!」
早速ドワーフちゃんたちを連れて、試作品を見てもらったところ、もう大騒ぎだ。
その出来栄えには大喜びで、偉い人ちゃんとお供ちゃんたちが船を漕いではしゃいでいるね。
「こっちが改良前で、あちらが改良後ですね」
「こんなにちがいがでるのさ~」
「くふうってすごいさ~」
せっかくのなので比較実験として作成した、たたき台の船にも乗ってもらう。
ちょっとの違いで大きな差が出ることに、みなさん驚いているね。
「こんなのが、あんなきかんでできるって、すごいさ~」
「そお?」
「てれるな~」
「がんばったのだ」
そして船の出来について、ドワーフちゃんたちに褒められたエルフたちは、まんざらでもなさそうだ。
なんだかんだで、木工技術とその建造速度はエルフ自慢だからね。
伊達に森で暮らしていたわけではない、それを見せられて嬉しそうだ。
「あとはこの船を試してもらって、改善要望を頂きたいです」
「わかったさ~」
「こっちにいるあいだ、がんばってまとめるさ~」
「うちらのほしいフネ、みんなでかんがえるさ~」
だがまだこの船は完成してはいない。お次は実際に運用するドワーフちゃんたちに見てもらい、さらなる改良点を探す。
なにせ大量生産するわけだから、事前に発見できる問題点は出来るだけ潰しておきたい。
流れ作業で作る予定だから、設計見直しはライン組みなおしという事態に発展する可能性もある。
あとはリコールおよび保守対応も考えなきゃいけないしで、色々やるべきことや決め事はまだまだあるね。
「念のため、こっちの改良前の船も試して比較して頂いて、取り入れたいところを見つけて頂きたいです」
「わかったさ~」
初期設計の船も比較として用意したが、計算で改良した船がこれより全てにおいて良い、とは言い切れない。
マッチョさんとおっちゃんエルフも考えて設計していたわけで、計算に現れない良さがあると俺は考えている。彼らだって、カヌー製造の経験はけっこう豊富にあるわけでね。
それにうちでやったシミュレーションは、あくまで模擬的実験でしかなく、現実の全てを反映しているわけではないのだ。
「わきゃ~ん、せっかくだから、このフネでつりにいくさ~」
「いいかもさ~」
「じゅんばんに、やってみるさ~」
こうして船の検証を兼ねて、船ほしいドワーフちゃんたちの、ちたま生活が始まった。
みんな楽しく過ごしてね。
◇
「そういえば、こうえきひんをたくさん、もってきたんだったさ~」
「おかねにしなきゃさ~」
「さていを、おねがいしたいさ~」
さんざん船遊びした偉い人ちゃんたちだが、そういえばと交易品の査定をお願いして来た。
まず先にそれじゃない? とは思うけど、ドワーフちゃんたちは船を見ると興奮するからね。
しょうがないよねってことにしておこう。
「いちおう、かちのでそうなやつとか、いろいろあるさ~」
そうしてテーブルの上に偉い人ちゃんが、片っ端からお金になりそうなものを並べていく。
ちたま生活がそれなりに長かった彼女だけに、こちらで価値の出そうな物にはそれなりに知見があるね。
ぱっと見、金銀やら宝石やらが多い。もちろんあちらで特産のアダマン道具やらも、いろいろ揃えられている。
「ユキちゃんお願いします」
「まずはこちらの鉱石や、貴金属らしきものから査定しますね」
この辺の鑑定は、もうユキちゃんにお任せだ。
なんせ彼女、近年の完成度が高い人工ダイヤと、天然ダイヤを見分けるからね。
あれプロでも騙されるらしい。専用の機械を導入しないと、見た感じじゃわからないそうだ。
そこまで行ったのなら、もう人工ダイヤで良いんじゃねとか思うのは、貧乏性のせいだろうか。
と言うか妖精さんのこねこねダイヤも、実のところ人工ダイヤだからね。
「銀がたくさんですね。この金属はよく採れるのですか?」
「アダマンをせいれんすると、たまにでてくるさ~」
「すぐにくろくなって、こまっちゃうやつさ~」
「こっちでは、きちょうってきいたさ~」
そして見た感じ、なんだか銀が多いなあと思ったら、どうやらアダマンを製錬する時にたまに出来るらしい。
前に激レアメタルとして鑑定してもらったときは、不純物としか報告貰ってなかったな。
たまにってことだから、そう目くじら立てるほどの含有量ではなかったんだろう。
「こっちはプラチナですね」
「これもせいれんででてくるけど、かこうがめんどいさ~」
「そんなにとれないから、うちらとしては、つかいみちないのさ~」
「かみかざりとか、それくらいさ~」
銀のほかにも、プラチナが副産物で出てくるようだね。
ただ、飾り物くらいの利用みたいだけど。
「しかし、アダマン製錬でいろんな金属も一緒に出てくるみたいですね。鉱脈でもないのに」
ユキちゃんはアダマンの不思議さについて、興味を持ったようだ。
たしかに、言われてみればそうだ。
「なんでこれらの金属もまとめて採れるのか、確かに謎だね」
「謎ですね」
アダマンは超優秀な触媒だけに、なんかほかの触媒に使える金属を引き寄せる、という法則でもあるのだろうか。
銀もプラチナも、優秀な触媒だ。何かあるんだろうなと思うけど、正直わからない。
ひとまず今は置いておこう。
「沢山採れるアダマンが、やっぱりそちらでは主な素材なのですね」
「そうなるさ~」
「かったいけど、そのへんでとれるのは、みりょくなのさ~」
「てつのほうがらくだけど、あつめるのめんどいさ~」
まあこちらの鉄が、あちらのアダマンって感じだ。
アダマン合金の研究を進めれば、また面白い金属が出来上がるかもしれない。鉄のように加工しやすい特性を持ったものとか。
その辺はおいおいやっていこう。いい感じの合金が見つかれば、またそれも交易品として成立する。
コツコツ進めていこう。
「ひとまず貴金属は、一千二百万円くらいの価値ですね」
「うわっきゃ~! おかねもちになったさ~!」
「さばかん、たくさんかうさ~!」
「おさけのみほうだいさ~!」
そして貴金属の査定金額が出たが、結構なお値段となった。
偉い人ちゃんとお供ちゃんたち、もう虚ろな目で欲望丸出しである。
まだ換金していないから、みなさん無一文ですよっと。
「ただ、こちらの宝石だけ、ちょっとわからないです」
「わきゃん? これ、わかんないのさ~?」
「うちらのところでも、たま~にみつかるやつさ~」
「いちおう、きちょうなかんじさ~」
しかし、濃い紫の謎の鉱石だけは、さすがのユキちゃんもわからなかったようだ。
これ、どうしたら良いかな?
「ユキちゃん、何か調べる案はあるかな?」
「宝石らしいので、魔女さんにお願いしてみます」
「そうか、宝石魔女さんなら、何かわかるかもだね」
「ええ、専門家ですから」
そんなわけで、この紫色の宝石だけはペンディングとなった。
まあ魔女さんに丸投げして、結果を待とう。
「ひとまず手形とそれなりの現金を用意しますので、しばしお待ちください」
「わかったさ~」
「このまえのおかいものだいきんは、そこからひいといてくださいさ~」
「おねがいしますさ~。みんなのたいざいひに、するさ~」
ということで、ドワーフちゃんたちはまあまあお金持ちになった。
この一千万以上のお金は、みんなで分配して滞在費にするらしい。
みなさん色んなものが買えると思うので、嬉しいだろうな。
――そして、お金を手にしたドワーフちゃんたちはといえば。
「おさかなの、おみそやきくださいさ~」
「うちは、ねぎみその、おにぎりをおねがいしたいさ~」
「ねばねばのやつとか、おみそしるがほしいさ~」
村に一つしかない、お料理屋さんに殺到するわけだ。
「あらららら? あらららら?」
「ねばねばのやつとか、よういしてないとか、ふるえる」
「おさらがたりないです~!」
どこかで見た光景だが、のんびりこぢんまりやっていたお料理屋さんが修羅場と化す。
お魚を焼いたりお味噌汁を作っている腕グキさん、汗びっしょり。
普段納豆をほぼ食べないけど発注が入ってしまったステキさん、大いに慌てる。
そしてお皿が足りなくなったハナちゃん、あえ~あえ~と右往左往する。
「おてつだいにきました」
「ごはん、もってきたの」
「なっとうは、うちらのやつをつかってほしいさ~」
まあ予想された展開なので、やっぱりお料理傭兵を雇うわけだ。
カナさんはお料理のお手伝い、ナノさんはご飯を炊いて来てくれた。
そしてドワーフちゃんは、自家製納豆をたんまり持ってきてくれたね。
「これ、ひさびさだな」
「いすをもってきたのだ」
「おくがいせき、じゅんびするじゃん」
それとお店に入り切れない方々は、やっぱし野外席でお食事してねってことで。
前にもこういうことあったから、もう対応は手慣れているという。
お料理屋さんは、これで一段落だね。よかったよかった。
「さばかん、くださいさ~」
「おみそってやつも、ほしいさ~」
「うちはこの『かめら』ってやつ、ほしいさ~」
「さっぽろってところでいちばんらしい、みそらーめんをくださいさ~」
なお、当然のごとく雑貨屋さんにも観光客が集中する。
「ふが~!」
「おつり! おつりがたりない!」
「うわわわわ」
のんびりお店番をしていたお年寄りたちも、大慌てで対応だね。
「おんせん! おんせんがすごかったさ~!」
「ぬっくぬくさ~」
「うちらもいってみるさ~」
また、温泉も大賑わいで、さらにサウナも当然のごとく大人気になる。
「これは、たまらんさ~」
「めいわくにならないよう、じゅんばんにはいるさ~」
「たのしみさ~」
サウナは収容人数が限られているため、みんな時間をずらしてくれているね。
でも水風呂にダイブ、という楽しみ方はしない様だ。
蓄熱優先って感じだね。
「タイシさん、タイシさん」
そんな観光客ドワーフちゃんをほほえましく見ていると、偉い人ちゃんがなんか俺を呼んでいる。
どうしたのかな?
「はい、どうされました?」
「おねがいごとが、あるさ~」
上目づかいで黄色っぽいしっぽをゆるゆる振っているけど、お願い事とな。一体何だろう?
「内容をうかがっても、よろしいですか?」
「わきゃ~ん、みんなが、キジムナーびをたべたいっていってるのさ~」
「キジムナー火ですか」
「うちがアレのおかげでこうなったので、みんなもためしたいみたいさ~」
「なるほど」
偉い人ちゃんは、キジムナー火のおかげでつやぷるお姫様になった。みなさんもそりゃあ試したいだろう。
当のブツに関しては、今でもちまちま仕入れはしている。家を通して神秘業界に販売もしているので、追加発注は問題ないかな。
「では、仕入れの連絡をしておきますね」
「たすかるさ~」
まあ、後でお電話かメールをしておこう。
重量もなくそれほどかさばる食品でもないため、航空便でも問題ないかな。
「あとあと、いざかやさんってのも、やってほしいさ~」
「居酒屋ですか」
「おふろあがりのビールとか、のみたいらしいさ~」
「わかりました」
ついでに俺経営不定期営業の居酒屋さんも、ご希望らしい。
それじゃあ、いっちょドワーフちゃんをダメな沼に沈めようではないか!
――と言う事で、夕方。
「はいはいそこのみなさん、お酒が飲みたいなら、おいでませ」
「わきゃ~ん、しょうちゅうとねばねばのやつ、おねがいさ~」
「うちはビールってやつさ~!」
「スピリタスをそのまんまでおねがいさ~」
お風呂上がりのドワーフちゃんをハントするため、居酒屋を開く。
そしたら偉い人ちゃんとお供ちゃんたちが、真っ先にダメになるというね。
これ自分たちが飲みたいから、お願いしたのではないだろうか。
ほかのみんなは、ただの口実ってやつっぽいよ。
「あや~、なんかダメなふんいき、ただようですね~」
「ハナちゃん、大人というのは、ああなのよ」
案の定な状況を見て、ハナちゃんも遠巻きに眺めておられる。
でもユキちゃんの言う通り、大人とはダメなものなのだ。
「あっ! いざかややってるじゃん」
「おれらもいこう」
「ビールのむぞ~」
そしてダメルフたちも参加し、どんどんダメな感じになっていく。
でもこれが、いつものこの村なんだよな。
「にぎやかですね~」
「ダメな方向でにぎやかだけど、楽しいよね」
「あい~」
こうして、ドワーフちゃん観光客が押し寄せた初日は過ぎていく。
おもいっきり、ちたまを楽しんでいってね!




