第二話 ホワイトな縁
三月中旬、リビングにて親子三人で、のんびりお茶を飲んでいた時のことだ。
お袋が突如、すっと目を細めて俺を見た。
「大志、明日が何の日か忘れているわよね」
そしてこう言ったわけだが、明日というと……。
「明日……うっ!」
カレンダーを確認すると、ホワイトな日とあるわけだ。
やばい、すっかり忘れていた。
「準備している気配がないから、まさかと思ったけど……」
「あ、危なかった。お袋、ありがとう」
「ほんとに気をつけなさいよ。こういう日を忘れると、そりゃあもう恐ろしいことが起きるんだからね」
お袋がジト目で、なぜか親父の方を見ながらチクチクとお説教を開始する。
「そうだぞ大志、ほんとに恐ろしいことが起きるんだからな」
流れ弾を食らった親父は、ほんとに恐ろしそうな顔でカレンダーを見るわけだ。
そして俺は悟った。この男も、明日が何の日か忘れていたのである。
つまりこれは遺伝なのだ。遺伝子がそうさせているに違いない。
「ちゃんと準備してね」
「はい」
なぜか親父が返事をしたが、彼には彼の戦いがある。
俺は自分の戦いを始めよう。
「さて、子猫亭に予約をしようかな」
「まあ大志、急ぐでない。ちょっと一緒に、町に買い物へ行こうではないか」
しかし親父は、自分の戦いに俺を巻き込もうとしている。
お袋が喜びそうな物は、自分で選んで欲しいのだが。
この冷や汗をかいている戦士に、俺が出来ることは無いのだ。
「大志、お前の母親の顔をよく見てみると良い」
「親父の骨は拾うよ」
親父を見るお袋の表情はとてもにこやかだ。
あなたを信じていますよ、というオーラが視えた。
しかしこの男、ノープランである。結果は火を見るより明らか。
俺には骨を拾う事しか出来ない。
「さあさあ、車は俺が運転するから」
だがそのまま押し切られ、男二人でドライブとなった。
家から最寄りのコンビニにて、秘密会議を開催する。
「それで大志、策はあるか?」
もう俺が何か、対策をしている前提で聞いてくる。
この男、パニックになっておるわ。さすが俺の親父だ。
その気持ちすっごいわかる! 俺もちょっと焦ったからね。
似た者同士なので、ダメなところも同じなのだ。
我らは繊細さがカケラもないため、外部の意見を参考に出来ない場合、筋肉で押し通してしまう。
「親父の未来のためというか、お袋をご機嫌にするためには……」
まあ普通にクッキー返せば良いじゃんと思うのだが、親父としてはこれを口実にお袋といちゃつきたいわけだ。
ならば夫婦水入らず、というシチュエーションを作ってあげれば良い。
「……丁度良いタイミングで、丁度良いシチュエーションがあるよ」
「聞かせてくれ」
親父にいい感じのプランがあることを匂わせると、期待のまなざしでこちらを見た。
ではでは、ご開帳と行きますか。
「もうすぐドワーフィンに帰還する方々がいるので、それについて行ってドワーフィン観光でもどう?」
「お! 良いなそれ!」
そう、偉い人ちゃんたちはエルフ重工基本条約の調印となったため、もうすぐドワーフィンに帰還することとなる。
せっかくなので、それについて行ってドワーフィン観光としゃれこんだら良いと思うのだ。
それと同時に現地の方々に、造船業にまつわるあれこれをサポートなりアドバイスなりしてもらえばありがたい。
偉い人ちゃんやお供ちゃんたちだけでは、大変だろうからね。
「偉い方々への話は通しておくので、それでどうか」
「そうしよう。美咲はそういうフィールドワーク大好きだからな!」
「じゃそれで。あと気分を盛り上げるために、ドワーフィン旅行のしおりも作っておこうよ」
「そうだな!」
ということで、親父のホワイトな日危機はなんとかなりそうだ。
俺は俺で、チョコを貰った方々にお返しの準備をしよう。
――そして翌日。
「美咲、ホワイトデーのプレゼントだ。クッキーとこれだ」
「なにこれ……あ! ドワーフィンの旅!?」
「そうだ。二人で観光しないか?」
「良いわね! あっちの文化にも興味があったのよ!」
「じゃあ決まりだ」
リビングで、親父がさっそくクッキーと一緒に旅のしおりを渡していた。
お袋は親父と異世界観光とあって、大はしゃぎだね。
まあついでに仕事もしてもらおうという悪い計画なのだが、黙っていても二人はそういうのやってくれるからね。
安心して送り出せる。
「大志、ありがとな」
「これくらいなんでもないさ。二人で楽しんできてね」
「ああ」
そして作戦が成功した親父から、感謝の言葉が来た。
存分にドワーフィンでいちゃついて頂きたい。
それはそれとして、俺は自分の戦いをしなくてはならない。
お袋と近所のおばちゃんたちには、お菓子詰め合わせをお返し済みだ。
となれば、あとはだいぶゴージャスなチョコを贈呈してくれた、とあるグループを残すのみとなる。
「じゃ俺は出かけてくるね」
「おう、がんばってこい」
「ちゃんとお返しするのよ?」
「もち」
両親の応援の元車を走らせ、まずユキちゃんちに向かいお出迎えだ。
「大志さんこんにちは」
「ユキちゃんこんにちは。今日はホワイトデーのお返しに、またまたスイーツフルコースだよ」
「楽しみです!」
耳しっぽ全開のキツネさんを車に乗せ、お次は村へと向かう。
ハナちゃんや神様と、偉い人ちゃん、それに妖精さんたちにもお返ししないとだからね。
そして村に到着すると、すでに広場でみなさまお揃いでござった。
「みんなこんにちは」
「こんにちわです~」
「こんにちは! こんにちは!」
「みんなでまってたさ~」
(おそなえもの~)
昨日ハナちゃんにお電話して、今日の予定は伝えてある。
みんなお目々キラッキラで、お出かけと甘いもの大会を楽しみにしておられますな。
期待を裏切らないよう、がんばってエスコートしよう。
「……と、その前に」
ほぼ間違いなく俺と同じように忘れているであろう、マッチョさんとマイスターにもお土産を渡さないと。
でないと彼らの食事が、しばらく野菜だけになる。
「うーい、なんかにぎやかじゃん?」
「よばれたけど、タイシさんおれらにごようじ?」
やっぱりハナちゃんに呼んでおいてもらった、危機感のないお二人がもそもそと歩いてくる。
まあ俺もお袋に言われなければ、今ごろ恐ろしいことになっていたわけで、人のことは言えないのだが。
ひとまず、お土産を渡しておこう。
「今日はほら、お返しする日ですよ。これを使ってください」
「――うっわ! わすれてたじゃん!」
「あっぶねえ!」
ブツを渡すと、案の定二人はやっとこ思い出したようだ。
冷や汗ダラダラで、自分たちがギリギリのところに居たことを自覚する。
まあこれを渡して日ごろの感謝を伝えれば、今日はお肉大盛間違いなしだ。
頑張って頂きたい。
「では、ご武運を」
「たすかったじゃん。タイシさんありがとう」
「ほんとありがとう」
すぐさま二人はターゲットの探索を開始し、見つけるや否や走って行く。
「こ、これ、あのときのおかえしじゃん」
「し、しっかりよういしといたぜ」
「キャー、ありがとう! おかしたくさんはいってそうで、すてき」
「ちゃんとおぼえていてくれたのね~」
冷や汗ダラダラのマイスターとマッチョさんが、無事ミッションを達成した。
お返しを貰ったステキさんと腕グキさんは、ぴょんぴょんしていてもう上機嫌だね。
良かった良かった。
それにほんとにお菓子がたくさん入っているので、この後でお茶会でもどうぞだ。
と言う事で味方救出ミッションを無事終えたので、お次は俺の任務だ。
ではでは、子猫亭へ向かおう!
「それじゃあ行こう」
「あい~」
「たのしみだね! たのしみだね!」
「あまいもの、たくさんたべるさ~」
(わくわく~)
(わたしもいくね!)
なぜかオレンジちゃんも唐突に参加してきたけど、まあ良いか。細かいことは気にしない。
うちの子のお友達なので、せっかくだから一緒に甘いものを堪能してもらおう。
そんなこんなで、飛び入り参加はあったものの、みんなで車に乗って村を出る。
「おでかけです~」
「すっかりゆきがとけてるね! あったかくなってきたね!」
「うちからすると、まだまださむいさ~」
(いいきせつ~)
移動中の車内はもうにぎやか大爆発だけど、みんな外の風景を見て春の訪れを楽しんでいるね。
もう少ししたら食べられる山菜もわんさか生えてくるので、食材探しイベントも楽しみである。
とまあ楽しく移動するうちに、子猫亭へ到着だ。
「ではでは、みなさまお店へどうぞ」
女子のみなさまをエスコートして、予約席に座ってもらう。
さあ、甘いもの祭りの始まりだ!
「まずは、口を整えるためにフルーツゼリーだ」
「うきゃ~、いろとりどりです~」
「きれいだね! きれいだね!」
「うつくしいさ~」
「これは美味しそうですね!」
(おそなえもの~)
(おいしそう!)
早速大将が、前菜ならぬ前菓子を用意してくれた。
様々な果物を用いた、フルーツゼリーセットだ。
いきなり腹に溜まるメニューであるが、分量はそれほどでもないので、これでお腹いっぱいにはならないだろう。
「うふ~、ちたまのくだものも、おいしいですね~」
ハナちゃんはさっそくオレンジゼリーに手を付け、エルフ耳をてろんと垂らしてうふうふ顔だ。
ほかのみなさんも、キャッキャとゼリーをつついて、にこにこ顔だね。
「お次はケーキセットだな」
「すてきです~」
「たまんないね! あまいものたくさんだね!」
「おかしたくさんで、まよっちゃうさ~」
(あまい~)
そして続々とスイーツがやってきては食べ、やってきては食べだ。
とはいえお菓子ばかり食べるコースなので、それぞれが甘さ控えめに調整されている。
大将の息子さん、こういうの得意なんだよな。スイーツ職人としてやっていける腕だよ。
「飲み物はお好きなようにってとこだが、甘いのに飽きてきたらコーヒーか紅茶が良いぞ」
「あや~、にがいやつです?」
「無理して飲むこたないが、まあより一層菓子の甘さも引き立つからな」
「ためしてみるです~」
ただ甘いもの耐久レースのため、口直しも必要である。
ハナちゃんは大将からコーヒーか紅茶をお勧めされ、にがいやつチャレンジをするようだ。
「あう、やっぱしにがいです~」
そして一口目で渋い顔に。エルフ耳もぺったんとしてしまう。
わりと味覚が大人なハナちゃんでも、さすがにブラックコーヒーはキツかったようだ。
ちたまの大人でも苦手な人いるからね。
「ハナちゃん、これをたくさん入れると、まあ飲めるかもよ」
「ほんとです?」
「とりあえずやってみましょう」
「あい~」
コーヒーの攻略を失敗したハナちゃんだけど、すかさずユキちゃんがフォローだね。
大量の牛乳を投下して、コーヒー風味の牛乳飲料が出来上がる。
ノンシュガーではあるが、これならだいぶ苦みは消えているはず。
かといって、口直しには十分な渋さは残るわけで、割と良いブレンドかなって思う。
「あや! これならさっぱりです~。ユキ、ありがとです~」
「どういたしまして」
このほぼ牛乳じゃん飲料は、ハナちゃんも大丈夫なようだ。
エルフ耳をピコピコさせながら、ちまちまと飲んでいる。
「わたしたちはあまいやつをのむよ! あまいやつ!」
「とことんいくね! あまさばいぞうだよ!」
なお妖精さんたちは、甘いものの合間に苦い奴でお口直し、という概念を持たない。
あろうことかココアに砂糖をドバドバ入れており、サクラちゃんとアゲハちゃんの攻めっぷりが凄すぎるわけだが。
「きょうはゆだんしてもいいよね! いいよね!」
「みのがすよ! みのがすよ!」
しかし今日は見逃しデーらしく、イトカワちゃんもお肉つまみはせず、彼女自身も角砂糖にチョコシロップをかけてかじり始めた。名状しがたい高カロリー物体がそこにある。
というかダイエット監視役が崩れたため、もう妖精さんたちを止めるものはいない。
「ふふふ……家族が出来たらこんな感じかしら。たくさん作らないと」
そして隣のキツネさんは、ご機嫌耳しっぽなのだが笑い方が黒い。
悪い事考えてる顔をしているよ。
でもふあっさふあっさと振られるしっぽが腕に当たるので、俺としてはにっこりだ。
ほんとシルクのような肌触りだよ。
(よこしま)
そして謎の声が注意するのだが、俺はよこしまではないぞ。
ただただこの毛並みの良さが悪いのだ。俺は悪くない。
そうして楽しくホワイトな日の贈り物をみんなで楽しみ、昼食は甘いものという冒涜的な時間が過ぎ去っていく。
たまにはこうした退廃的なお昼も良いものだ。
「大志さん、今日はありがとうございました。とっても美味しかったです」
「タイシありがとです~」
「おいしかったよ! たのしかったよ!」
「ごちそうさまでしたさ~」
(おなかいっぱい~)
(たんまりたべたね!)
狂乱のスイーツ祭りは無事終えて、俺の任務も完了だ。
あとは村に帰って、のんびりしよう。
子猫亭もランチ営業を終えて、ディナーまで仕込み中になるからね。
そろそろおいとましよう。
「大将、今日はありがとうございました」
「良いって事よ。お得意さんだからな」
大将にお礼を言い、あとはお会計だね。
キャッシャーに向かい、伝票を置いてお財布を取り出す。
「お持ち帰りスィーツも、今持ってくるな」
「お願いします」
あとはせっかくなので、ケーキをお持ち帰り予約してある。
これはご家族で食べてねって感じで。
「あ、入守さんこんにちは」
お持ち帰りスィーツを待っていると、後ろからお声がかかった。
振り返ると、栗色くせっ毛のバイトちゃんが小さく手を振っている。
「こんにちは。今日は夕方からのシフトですか?」
「はい。仕込みの手伝いもあるので、この時間から入るんです」
ディナーは大忙しだからね、バイトちゃんはこれからバリバリ働くわけだ。
よきかなよきかな。
「おう大志、持ってきたぜ」
「ありがとうございます」
バイトちゃんと雑談しているうちに、お持ち帰りスィーツがやってきた。
それじゃあお会計を済ませて、車に積むかな。
ということでお金を払ってレシートを貰う。
「大志さん、お手伝いしますよ」
「ユキちゃんありがと」
そうしているうちに、耳しっぽふわふわユキちゃんがお手伝いに来てくれた。
よく気が利く娘さんだ。あと毛並みが素晴らしい。
「……え?」
「はえ?」
と思っていたら、バイトちゃんがキツネさんの方を見て、なんだか驚いている。
どうしたんだろう?
まさか! バイトちゃんには、この耳しっぽが見えていたりするのか!?
これはまずい、コスプレだよってことにしないと。
「なんでユキが私のバイト先に……。というか、この人と知り合いなの?」
「そうだけど。ほら大志さんだよ、名前は知ってるでしょ」
ん? なんかバイトちゃんとユキちゃん、なんか知り合いっぽい?
どういうこと?
「何言ってるの、この人の名前は志郎さんでしょ」
「はえ?」
……それは親父の名前だけど。あれ? なんかおかしなことになってないか?