第二十四話 新種発見ちちちっち
ユキちゃんと町遊びした翌日、家に来客があった。
「大志君、昨日はうちの孫が世話になったねえ」
「いえいえ、どちらかというとうちのほうが世話になっているような……」
応接間で俺と茶飲み話をしているのは、加茂井さんのお婆ちゃんだ。
ユキちゃん関連で話に来たわけだね。
「いやいや、雪恵の正体を知りつつ変わらないのは、ありがたいことさね」
おい、ユキちゃんが身バレしたの、お婆ちゃんはわかってるみたいだぞ。
内緒にしてねって言われたんだけど、どこから漏れた?
「え~っと……」
「あの子から口止めされてるんだろうけど、毛づくろいについて確認してきたんだよ。バレてなきゃそんなこと言わないさね」
「おっと、本人がポロリですか」
「そうさね」
口止めしておいて自分で暴露するとか、さすが加茂井家で一番のうかつさんである。
外にだしたらあかん人だ。もう手遅れではあるのだが。
「まあそういう事で、確認しにきたんだよ。このままお付き合いしても、大丈夫かどうかを」
続けて、お婆ちゃんはそう言う。
ユキちゃん同様、加茂井家としても心配なんだろうな。
でも大丈夫ですよ。だいぶ昔に全部わかってたからね!
ついこの間バレた感で認識しているあたり、このお婆ちゃんもだいぶうかつである。
もう今更というか、ここまで気づかないのもさすがというか……。
その辺は気にしないことにして、ひとまず入守家としての見解を述べておこう。
「それは問題ございません。これからも、末永くお付き合い頂けたらと、我が家も私も願っておりますから」
「それはそれは、嬉しいねえ」
俺の回答を受けて、お婆ちゃんもほっと一安心って感じだ。一仕事終えたって雰囲気だね。
というか、そもそも疎遠になったら困るのは、うちのほうである。逆に、しがみついてでも逃さん。
うちの仕事を、これからも手伝ってもらいますよお。
「両家の関係が保たれたのはめでたいとして、当人の雪恵は……ちょっと修行が足りなさすぎるので、山形まで修行に出したさね。今日の朝早くに」
「修行ですか」
「申し訳ないけど、その間は私が村の手伝いをするよ」
「それについては、問題ございません。昔からですから」
今後の関係について確約が得られたところで、ユキちゃんのお話になった。まあ引き続きうちに来てもらうなら、予定のすり合わせも必要だからね。
修行についても、だいたいそうなるだろうなと予想はしていた。山形というのは驚きだが。
確かそこには……。
「ちなみに山形というと……もしかして、出羽三山ですか?」
「そうさね。修験道でギッチギチに鍛えてくるよ。まあ一週間てとこかね」
「お、お手柔らかに……」
「頑張ってほしいものだねえ」
どんだけ厳しい修行になるのか、だいたい想像できる。
ユキちゃんが帰ってきたら、エステに連れて行ってあげよう。労わなければ。
エステさんのおためし研修も終わるころだから、時期的にも丁度いい。
「ともあれ、今後もいろいろお世話になります」
「こちらこそさね」
こうして、キツネさんはしばし東北で修行となってしまったのだった。
◇
季節は三月となったが、長野の北部はまだまだ寒い。というか普通に冬である。
こたつを六月まで使うのは、伊達ではないのだよ。
ただし積雪はだいぶ減ってきており、車で村に行くのも楽になってきた。
「タイシタイシ~、おかえりです~」
「ギニャニャ」
「こんにちはさ~」
そんな中でも、ハナちゃんをはじめみなさんお元気だ。
村に到着すると、いつものようにお出迎えしてくれる。
「あえ? ユキはきょうこないです?」
しかしユキちゃんのお姿がないわけで、ハナちゃん首を傾げちゃったね。
ひとまず実家の都合と伝えておこう。
「おうちの都合で、しばらくは来れないんだって」
「たいへんそうです~」
「ユキさんも、いろいろがんばってるみたいさ~」
「ギニャ」
まあ彼女が家の都合でしばらくお留守になるのは、前にもあった。
大変なのは確かにそうだけど、修行が終わればユキちゃんもバージョンアップするわけだ。
心配するのではなく、パワーアップしたキツネさんの来訪を楽しみに待つのが良いね。
そうして和やかに挨拶を済ませ、ハナちゃんちで一服したのちお仕事開始だ。
「今日は、大豆畑の確認だっけ」
「あい~。タイシにみてもらいたいです~」
「うちもおつきあいするさ~」
ハナちゃんの話によると、浮草で大豆栽培に挑戦しているようだ。
実物を見たことがないのでわからないけど、面白い試みではある。
まあまずは見てからだね。
「それじゃあ湖に行こうか」
「いくです~」
「フネにのるさ~」
三人で川をボートで移動し、湖に到着だ。あとはハナちゃんに案内してもらって、試験場へ行こう。
「じゃあハナちゃん、案内おねがいね」
「あい~、あっちです~」
ハナちゃんの指さす方向へ、ボートを移動させる。
しかし、なにか様子が変だ。
「……ハナちゃん、あれ何?」
「あえ?」
「わきゃん?」
現場に近づくにつれ、様子がわかってくる。なんかでかいのが、水面に浮いてるんだよなあ。
もしかしてあれが、浮草かな?
「あれがハナちゃんの言ってた、浮草畑なの?」
「……あんなにおっきなの、うかべてないです?」
「え? どういうこと?」
「ハナたちがつくったのは、ちいさいのがいっこだけです?」
ハナちゃんに聞いてみたら、なんかちがうっぽい。ちいさい一つの浮草畑しか作っていないとな。
しかに目に映る風景は、割とデカい四角形の浮草区画なのだが。
「現地で確認してみよう」
「そうするです~」
あわてて近くに行ってみると、そらもう見事な浮草畑が出来ていた。
一つの株は五十センチ程度の四角いもので、その株は蔓を使って縦が五、横が五ずつ連結されている。
つまり一辺が二十五メートル規模の、四角い構造体がそこにあるわけだ。
「こんなのつくったおぼえ、ないです~。あえ~? あえ~?」
栽培責任者のハナちゃんは、わけわからなさに頭を抱えてしまう。
俺は経緯もしらないので、もっとわからない。なんぞこれ?
「とりあえず、こうなった原因を知っている人がいないか、聞いてみよう」
「そうするです~」
「うちもおてつだいするさ~」
もはや大豆栽培とかそういう状況ではなくなってしまい、慌てて聞き込み調査を開始だ。
しかし、湖に暮らすドワーフちゃんたち全員、わからないとのことだった。
「うちらも、びっくりさ~」
「ふつかまえは、こんなんなかったさ~?」
「つまり、昨日出現した可能性が高いと」
「たぶんそうさ~」
ただし原因はわからなかったが、出現した時期はわかった。
たった一日くらいで、この構造体を作成した犯人が、どこかにいるのだ。
おそらくホシは土地勘のある人物である。そうでなければ、この犯行は難しい。
「あや~、ふしぎですね~」
「何が起きたんだろうね」
「わかんないです~」
「なぞのげんしょうさ~」
結局良くわからないまま、みんなで頭を抱える。
いったい誰がどうやって? しかしどれほど考えても、わからないものはわからない。
ただ、悪意がないのは間違いない。だいぶ良い感じの畑になっているので、逆に助かるほどだ。
ここはひとつ、有効活用してみようか。
「誰がしてくれたかはわからないけど、ありがたく使わせて貰うことにしよう」
「それがいいです~」
「ひらきなおるさ~」
「うちらも、それにのっかるさ~」
ということで、開き直ってこの謎畑で栽培実験を続行することにした。
ハナちゃんと偉い人ちゃん、あとはお母さんドワーフちゃんとミタちゃんたちとで、それぞれの区画に大豆っぽいやつを埋め込んでいく。
「ういてるやつも、なんかいろいろかわってるです?」
「そうなの?」
「あい~。しっかりつくりこんであるです~」
作業を開始してみると、どうやら当初のちいさな浮草より凝った作りになっているらしい。
編み草で、浮草を包み込んでいる。これなら構造強度もそれなりにあるし、なによりバラけないのが良いな。
たしかに良い仕事している。大豆っぽいやつを埋め込みやすいのも嬉しい点だ。
「あや! ここにだいずっぽいやつ、うめこんであるです~」
「やっぱり、大豆畑として使うために作られたぽいね」
「たぶんそうです~」
作業途中では、はしっこの区画に大豆が埋め込まれているのも発見した。
これはハナちゃんが実験で栽培していたものを、移植したと思われる。
ということは、この構造体の目的は確定だ。まず間違いなく、畑として使うために生み出したのだ。
「……あえ? ここはぶあつくて、うめこめないです?」
「確かに、なんだかこの島だけ、妙に草の密度が高いね」
「うちくらいなら、のっかれるさ~」
ただしど真ん中の一区画のみ、なぜかはわからないけど大豆が埋め込めないほど頑強だ。実際ミタちゃんが乗っかって、浮力を確認している。
ほかの区画はそうなっていないだけに、どうしてここだけ? という疑問が浮かぶ。
いったいこの畑、だれがどんなつもりで作ったのだろうか。
◇
ここはとある世界の、とある湖。
ユキちゃんが暗黒化した翌日の夜、いつものように、謎植物がたむろしておりました。
恥ずかしがり屋の、ちっちちゃんたちですね。
「ちっちち~」
「ちちちち」
「ち~」
あら? なんだかちっちちゃんたち、活動的ですよ。
ついこの間まで、どんより祭りだったのに。
「ちち~」
「ちちちちち~?」
何を言っているかはわかりませんが、みんなで集まり会議中ですね。
相変わらず光るすごいやつはないのですが、それでもこないだよりずっと活動的。
どうしたのでしょう?
「ちっちっち」
「ち」
ジェスチャーを見てみると、なんだか手を頭の上にやって耳みたいに表現したり、八本の草を持ってきて、お尻に着けたりしてます。
向かいの子は、なんか吸い取られるしぐさみたいなのも。
「ち!」
吸い取られた子は、元気いっぱいな演技をしていますよ。
……もしかして、前にユキちゃんがどんよりオーラを全部吸収した、あの時の再現かな?
どうやら、キツネさんに良くないものを吸い取ってもらえた、てのを演舞しているのかもですね。
ユキちゃんがどんよりオーラを肩代わりしたのは、彼らにとって恵みだったのかもしれません。
「ち~ちちち」
「ち~」
なんにせよ、みんなはけっこう元気になりました。ほっと一安心ですね。
あ、草を編みこんで九尾のキツネ像を作り始めました。
なんか暗黒キツネさんが、信仰の対象になってませんかね?
「ぴ?」
「ぴちち?」
そんな様子を、遊びに来ていたワサビちゃんたちも不思議そうに眺めております。
どうして突然……みたいな。まあ細かいことは気にしないほうが良いですよ。
良かったねで済ませとけば、だいたいなんとかなりますから。たぶん。
「ぴっぴ?」
「ち~」
ただ、ちっちちゃんたちは、まだ湖周辺から出るのは怖いみたい。
ワサビちゃんがお誘いしていますが、そこはぷるぷると首を振って遠慮しております。
なんだかんだで彼らにとって、外は異界の地です。もうちょっと、慣れが必要ですね。
そもそも湖から出てワサビちゃん畑に行くには、積雪の村を通過しなければなりません。
まだまだこの子たちには、難易度が高いのでした。
「ぴ~……」
「ち~……」
その辺はごめんねをしているちっちちゃんたちですね。
ただキツネさんのおかげか前向きにはなったので、積極的に会議をするみたい。
「ぴっぴっぴ?」
「ち?」
「ぴ~?」
「ちちちち」
ワサビちゃんたちも無理強いはせず、一緒に会議に参加してにぎやかですね。
その周辺では遊んでいる子もいるようで、夜の湖は活気をそれなりに取り戻しました。
草で編んだ九尾のキツネ像を囲んだサバトも、まあ盛り上がっているみたいですし。
「ち~」
でもまあ光る奴は無いので、そこだけは残念ですね。
早くなんとかなると、良いですが……。
そんなこんなで楽しく交流は進み、そろそろ朝です。
それぞれのおうちに戻って、日光から身を守りましょうね。
「ぴぴ~」
「ぴち~」
「ちっち~」
お互い手を振り、しばしのお別れです。また夜になったら、遊びましょう。
「ぴっぴ~」
湖を後にしたワサビちゃんたち、川を泳いで村に到着!
あとは畑に行って、土に潜るだけ。あとちょっとですよ。
「ぴ?」
とここまではいつも通りでしたが、巡回ワサビちゃんが足を止めました。
何かを見上げて、ぴっぴと考え込んでいます。どうしたのかな?
この子が見ているのは……凍み餅ですね。そろそろ出来上がりそうなやつです。
そのいくつも吊るしてある凍み餅が、風に揺られておりました。
「ぴ~? ぴぴ?」
凍み餅を見上げたワサビちゃん、葉っぱをぷるぷるさせて、長考しております。
でもあと少しで、お日様が出てきちゃいますよ?
このままだと、その辺でビバークすることになっちゃいます。大丈夫なのでしょうか。
「ぴ!」
やがて、巡回ワサビちゃんの葉っぱが、ピシッとしました。
何か思いついたのでしょうか。
「ぴっぴっぴ~!」
そして湖のほうへ駆け出すワサビちゃんです。
ぱっしゃんと川に飛び込んで、元気に泳いで行ってしまいました。
いったいどうしたのかな?
――その翌日。
「ぴっぴっぴっぴ」
「ち~ちちち」
「ぴちちち」
「ち~」
湖では、もうほんと大勢のワサビちゃんとちっちちゃんが集まり、一心不乱に作業しておりました。
草を編んだり、浮草を集めたり、蔓を結んだりしてますよ。
ちいさいけど頭数が多いので、どんどん作業が進んでいきます。物量勝負ですね。
「ち~!」
「ぴぴっぴ~!」
五時間ほど経過したところで、とうとう何かが出来上がりました!
それは、湖に浮かぶ大きな四角いやつ。いくつもの区画を蔓で結んで、ひとつの大きな構造体となっておりました。
ワサビちゃんとちっちちゃんは、完成を喜んでキャッキャしていますね。
この構造……あの吊るされていた凍み餅に、よく似ています。
ヒントにしたっぽいですね。
「ぴ~」
そして、もともとあったハナちゃんたち作成のちいさな浮草から、大豆っぽいやつが移植されました。
どうやらこれは、あの浮草畑試作品を改良、大規模化したもののようです。
この子たち、独自に畑を作っちゃったみたいですね。
でもなんで、そんなことをするのでしょうか。
「ぴっぴっぴ~」
「ちっちっち~」
わけわからなさが極まりますが、謎植物たちはご機嫌です。
そのまま、自分たちの作った浮草畑の真ん中を、みんなで見つめておりますね。
何が狙いなのでしょう?
◇
「あや~! またなんか、ふえたです~!」
「ほんとだ……畑が一つ増えてる」
謎の構造体出現事件の数日後、また畑が増えていたでござる。
この間まで無かった浮草畑が、追加でどどんと出来ていた。
「ありがたく、つかわせてもらうさ~」
「たすかるさ~」
「そうするですかね~」
ほんと誰が作ったのか謎すぎるのだけど、とりあえず大豆っぽいやつをまた埋め込む。せっかくだからね。
しかし、誰がやったかわからないのはモヤっとするわけだ。
勝手に使って良いものか、これは好意でやってくれているのか、それとも違うのか。
そこんところがわからないので、このまま放置は良くないよね。
「というわけで、監視カメラを設置するよ」
「しらべるです~」
「みつけるさ~」
上手くいくかはわからないけど、取り敢えず夜中でも撮影できる監視カメラを設置だ。
ホシを特定できたら良いのだけど……。
まあ、ダメもとだ。映っていたらめっけもんということで。
――と、思っていたらですよ。
「あや~! なんかたくさんいるです~!」
「これは……ワサビちゃんかな?」
「あつまってるさ~!」
翌日、監視カメラの映像を再生してみると……いるわいるわ。
ワサビちゃんたちが大勢集まって、集会を開いているのが撮影されたわけで。
というか、どうしてドワーフの湖に集合してるんだ?
街頭で照らされた畑から出て、どうしてここに?
「……あえ? このこたち、なんかちがうです?」
「え? なにかちがう?」
「あい~、これですこれ~」
意味不明さに首をかしげていると、ハナちゃんが何かを見つけたようだ。
PCの画面を指さしているけど、どれどれ……。
「……なんだこれ、しっぽがあるな」
「ワサビちゃんとは、なんかちがうやつっぽいです?」
「確かに、違う気がする」
夜中の映像のため、はっきりとは判別できない。ただし、何かが違うというのはわかる。
ワサビちゃんと似ている、謎の生命体が……あの湖に潜んでいるのか?
ひとまず、現地民に聞いてみよう。
「この生き物って、みなさんご存じですか?」
「わきゃ~ん、しらないさ~」
「わかんないさ~」
「こんなの、みたことないさ~」
しかし、現地民のみなさまも知らないという。
……これは、もっと調査する必要があるな。
どうやらまだまだ、知られていない存在がいるようだ。




