第二十話 フフフフフ……
ここはとある世界の、とある村。
いつもどおりのんびり平和な一日が終わり、おねむの時間です。
しかし誰も知らないうちに、恐ろしい事態が起きておりました。
『……』
ドワーフの湖畔に一人たたずむ、ユキちゃんですが……彼女は今まさに、暗黒妖弧となってしまったのです!
『フ、フフフフフ……』
すっかりダークな感じに染まってしまったキツネさん、胡乱な目つきで怪しく笑っておりますね。
だいぶ危ない感じがします。
『そうよね、いけないのは、全て……』
さらに危険なつぶやきをする彼女ですが、どんどん暗黒オーラが増して来ています。
現時点でも相当な力を感じますが、まだ増幅するというのでしょうか。
『そう、そうなのよ……フフフ』
……このままでは、色々まずい事態が起きそうです。
果たして、このヤバそうなダークキツネさんを、止められる人は居るのでしょうか――。
◇
ことの始まりは、夜でした。
「それじゃあユキちゃん、おやすみなさい」
「おやすみです~」
「みなさん、おやすみなさい」
今日はユキちゃんも村にお泊りらしく、ハナちゃんたちにお休みの挨拶ですね。
このあとは腕グキさんちにごやっかいになって、女子会でしょうか。
「ふふふ……お化粧褒められちゃった」
朝は不安げなユキちゃんでしたが、今は大志にお化粧を褒められて、にこにこ顔のキツネさんです。
やっぱり、嬉しいことがあるとよい影響も起きるというもの。
ちたまにっぽんの平和は、こうして大志がこなす際どい任務の遂行によって、守られているのでした。
「コレ系統でも、大志さんには好感触だったわ。ふふふ」
特にキツネさん系メイクがウケたのが効いたみたいで、ユキちゃんルンルン気分ですね。
可愛い鼻歌を歌い、白い絹のような耳しっぽをふさふささせながら、ご機嫌で腕グキさんちに向かっております。
「これは女子会で報告しなきゃね! あの二人もこういう話、好きだもの」
そんな感じで、ユキちゃんは足取り軽やかに村を歩いていきました。
今日も平和に、一日が終わりそう――。
「ぴっぴ~」
「あら?」
――しかしその道中、巡回ワサビちゃんを見つけてしまいました。
遠くのほうに見えるその子は、てこてこと歩いておりますね。今日はちょっと早い時間に、活動を始めたようです。
「あの子、どうして畑から出ているのかな?」
それを見たユキちゃんは、首を傾げました。夜は畑で光を浴びているはずのワサビちゃんが、なぜか一人で外出していることが気になったようです。
実のところ、彼らは良く遊び歩いているのですが。みんなが寝ているときに活動しているので、あまり知られていないのですよね。
妖精さんとは、ひそやかな交流があるみたいですけど。
「ぴっぴぴ~」
「……追いかけてみよう」
こういったワサビちゃんの活動を知らないユキちゃん、気になったようですね。
あとは好奇心やキツネさんとしての狩猟本能が刺激されたのか、ワサビちゃんの追跡を行うようです。
そっと足音を消しながら、後を追い始めました。
さてさて、気付かれないよう上手に追跡できるかな?
「ぴっぴ~」
「がっはっは! おさけうめえな!」
「きょうはよるおそくまで、のむじゃん!」
追跡途中でマイスターのおうちを横切ったら、大騒ぎしておりました。
しかしワサビちゃんはかまわず歩いて行き、キツネさんもその騒音に紛れてチェイスです。
というか、巡回ワサビちゃんは別に隠れてやっているわけではないので、見つかってもなんとも無いわけですけど。
なぜかユキちゃん、こっそり尾行ですね。
「湖のほうに向かっているのね」
「ぴぴぴ~」
そのまま追跡を続けていると、どうやらユキちゃんはターゲットが向かう先が分かったみたい。
そうそう、あの巡回ワサビちゃんは、ドワーフの湖に遊びに行くつもりなのですよ。最近みつけた新たな仲間を、励ましに毎日通っているのでした。
なかなか面倒見の良い、謎の生き物ですね。
「ぴぴぴぴ~」
「あ、泳いで行くんだ」
「ぴっぴぴ~」
「……植物なのに、泳ぐの上手いわ」
そういった交流は知らないユキちゃんは、好奇心のまま追跡を続けました。
やがて湖へと繋がる川へ飛び込んだワサビちゃん、ユキちゃんの言うとおり、わりといい感じの速度で泳いで行ってしまいます。
「なんだか、へんてこな植物ね」
遠ざかっていくワサビちゃんを見て、ユキちゃんもあの植物の面白さを改めて認識ですね。
獲物を逃したキツネさんですが、この辺で追いかけるのを諦めるようです。
そろそろ寄り道はおしまいにして、腕グキさんちに行きましょう。
「あ、ワサビちゃんが何をしているか調べたら、大志さん喜ぶかも」
しかしユキちゃん、閃いてしまいました。
大志はなにかとワサビちゃんに気を遣っておりますので、新たな発見があれば、喜ぶのは間違いありません。
なにせ、謎過ぎていまだにどんな生態があるのか、分かっていませんから。
そもそも元気に歩き回って、コミュニケーションを取る植物とか、ちたまには存在しませんからね。
「も、もうちょっと頑張ってみようかな」
このような謎だらけのワサビちゃん観察ですが、今は結構チャンスです。知られざる生態、ちょっとは分かるかも。
ということで、愛する人の喜ぶ顔が見たいユキちゃんは、追跡続行を決定しました。
そのまま桟橋にあるカヌーに乗り込み、ワサビちゃんが泳いで行った先を目指します
「ぴぴ~」
「あ、見つけた」
そのまま湖に到着したところで、遠くのほうにいるワサビちゃんを発見しました。さすがキツネさん、夜目がすっごく利くのですね。
キツネ耳もぴこぴこ動かしているところを見ると、聴音も駆使して位置を探っているのかな?
「あれ? 見失っちゃった?」
しかし遠くだったため、ちいさなワサビちゃんを見失ってしまったようです。周囲は暗いので、しょうがありませんね。
湖畔が波打つ水音もあるので、聴音でも追いきれなかったみたい。
「どこ行っちゃったのかな……」
まだ見失って間もないので、ユキちゃん諦めず探し続けます。
あのあたりにハナちゃんの栽培試験場があるので、たぶん上陸したと思いますよ。
いまごろ、こっちの湖に潜む仲間と合流しているのではと。
「ちょっと、見失った場所を調べてみましょう」
しかしその交流会を知らないユキちゃん、一生懸命探し中ですね。
「この辺、かな?」
やがて、とりあえずな感じで、ワサビちゃんを見失ったあたりに移動しました。
きょろきょろと周りを見渡し、ふしぎ植物を探します。
「陸に上がった、ぽいよね」
水上には姿が見えないため、とりあえずユキちゃんもカヌーを降りて上陸ですね。でも残念、ちょっと位置がずれていました。
そこから十五メートルほど離れたところに、ハナちゃんの栽培試験場があるのです。
とりあえず、そっちはどうなっているか、見てみましょう。
「ち~……」
「ちちち~……」
「……」
「ぴぴ~」
……いつもどおり、光るやつがあった場所で、どんよりどよよんしていますね。
みんな体育座りをして、落ち込んでいます。かつての楽しかった日々を、思い出しているのかな?
「ワサビちゃん、どこかな~?」
そのどんより広場に、ユキちゃんもじわじわと接近しています。もうちょっとで、第三種接近遭遇ですね!
これであの子たちが認知されれば、もしかしたら状況が変わるかも。
ようやくドワーフの湖に潜む知られざる存在が、明るみになりそうですよ!
「ちち~……」
「こっちかな?」
こうして、ユキちゃんとちっちちゃんたちは、じわじわと距離を縮め……お互いの姿が、確認出来そうなまでに迫ってきました。
いよいよ未知との遭遇ですね!
――しかし、その時のことです。
「ち~……」
「……」
「……ち……ち~」
ちっちちゃんたちが発するどんよりオーラが……なんだか形をもって、動き始めました!
「ち?」
「ちちち?」
自分たちからどんよりしたやつが抜けてゆく様子を、ちっちちゃんたちがぽかんとして見つめます。
そして実体化したこのオーラは、ちょっと離れたところにいるユキちゃんへ向かって、移動を始めました!
「……え?」
ユキちゃんが気づいたときには、もう手遅れでした。
どよよんオーラがすぐそこまで迫っていて、気づいた時には……もう目の前まで。
「はえ?」
そのまま唖然としているうちに、暗黒どよよんオーラに、ユキちゃん包まれてしまいました!
渦巻く暗黒の力は球形に変化し、やがて徐々に小さくなり――。
『フ、フフフフフ……』
後には、暗黒に染まった狐さんが、残されたのでした。
胡乱に細められたその瞳は赤く輝き、尻尾は漆黒の九尾が妖しく揺らめいています。
白く美しかったかわいらしい耳も、暗黒の毛並みに変化していて……。
さらに、両手の爪は漆黒の上長く鋭く伸びて、赤い謎の文様が見受けられます。
今ここに、暗黒妖狐さんが、生まれてしまったのでした。
巡り会わせが招いた、緊急事態です。
もしあのとき、ユキちゃんがワサビちゃんを追いかけていなければ。
もうあと一分、家を出たのが遅かったら。
寝不足で、体が弱っていなければ。
ちっちちゃんたちを、もっと早くに見つけられていたら。
光るやつが、置いてあったなら。
いくつもの「もしも」が思いつきます。
しかし、お互いは、もっとも良くないタイミングで、出会ってしまったのでした……。
そんなこんなで暗黒な感じになってしまったユキちゃんは、大丈夫なのでしょうか。
『そうよね、いけないのは、全て……』
かなり大丈夫じゃない感じです。
『そう、そうなのよ……フフフ』
なにがそうなのか分かりませんが、ブツブツとその辺の木に向かって、話しかけています。
ある意味ヤバい感じがしますね。
『全部私が悪いの』
……あれ?
『色んなことが上手く行かないのは、私がダメなのよ……』
あれれ?
『落ち込んじゃう……フフフフ』
これは、あれですね、それです。
いわゆる、かなり後ろ向きな感じに変化していますよ。
ちっちちゃんたちのどんよりパワーを吸収した結果、ダウナー妖狐さんになってしまいました。
それはそれで、あかんやつです。
『ほんとうにもう、私ってダメな子』
すっかり落ち込んでしまったキツネさん、暗黒の耳しっぽがへにょりと垂れ下がっております。
でも、今までの活躍を見ると、情報保全以外はしっかり出来てますよ。
ユキちゃん自信を持って! ここは、私が応援してあげないと!
励ましの言葉をかけますよ!
『修業がぜんぜん進まないのも、私のせい……』
確かに。
『お母さんのプリンを食べて怒られたのも、私のせい』
それも確かに。
『食器洗いをサボって翌朝に回したら、やっぱり怒られたのも私のせい』
ですね。
『お留守番で、領域を守れなかったのも私のせい……』
ほんとそれ。
『フ、フフフ……』
あれです、応援は無理でした。納得の出来事しかないです。
励ましの言葉が見つかりません……。
『……でも、このままじゃダメね。なんとかしなきゃ』
あ、ダウナーダークキツネさんになってしまった状態でも、改善しようという心は残っているみたい。
これもまた、ちっちちゃんたちのどんよりオーラに、そういう想いも乗っかってたからかもですね。
あの子たち、なんとかしようと毎晩会議してましたから。みんなのがんばりによって、ひとつの救いがあった感じです。
しかしこれでようやく、ユキちゃんを応援できそう!
さあさあ、どんと来いですよ!
『今度から、お父さんのプリンを食べよう』
お父さんなら許してくれるという打算。
『後回しにした食器洗いは、ばれる前にやろう』
すぐに洗いましょうよ。
『服を脱いだとき、裏返しに脱がないようにするわ』
目標ちいさすぎませんか。
『あとあと……』
も、もうお腹が一杯なのですが。容量が、容量が。
『……』
もう満腹でだいぶきついのですが、このある意味危ない感じのユキちゃんを、ほうってはおけません。
なんとか、なんとか応援できるネタをお願いします……。
すべてが地味なので、もうちょっと派手なやつを!
『……もっと修業して、大志さんと結婚できるようするの』
来ました! と思いきや、応援できそうでいて、すると大惨事になる項目が。
まず大志がわかってないのを、なんとかしないと。
『……』
あれ? 今度は黙っちゃいましたね。どうしたのでしょう?
『でも、私の正体を知られたら……』
あ、前向きなフェーズから、また後ろ向き進行に戻ってしまいました。
そこが一番怖いようで、暗黒妖狐さんは体育座りで悩み始めます。
『こんな姿は、怖いよね……』
ユキちゃん、自分のしっぽや長い爪を見て、どよよんと落ち込んでしまいます。
もうすっかりダークに変化してしまった姿は、自分自身がどういった存在かを、これでもかと彼女に突きつけているものですから。
でも、それもうバレてるんですよ!
ダークキツネさんのお姿も、大志結構気に入ってましたから! にこにこして見てます。
ユキちゃんそこはもう自信を持って良いですよ! やったー!
……ようやく全力で応援できました。もう満足です。
『フフフフフ……』
なんにせよ、ユキちゃんが暗黒妖狐さんになってしまいました!
このままでは、一晩中体育座りで、その辺の木に語りかけ続けそうです。これは早く何とかしないと、あまりよろしくないような……。
ほうっておいたら、ダークキツネさんがどんどん落ち込んでしまいますね。
あと、お父さんのプリンも地味にピンチ。
結局家族のプリンは食べられる運命なのです




