第十八話 残念な加茂井家
ここはとある世界の、とあるハナちゃんのおうち。
タイシが持ってきた新品パソコンに、みんなくびったけになっておりました。
「あや~、動くやつの部分が、でっかいです~」
「確かにこのぱそこんは、画面が大きいですね」
「お絵かきとかも、やり易そうです」
「文字が大きいから、計算仕事もはかどりそうさ~」
「なにやってるか、分からんさ~」
「そもそも、文字がわからんさ~」
ハナちゃんとヤナさんカナさんの三人が、ぽちぽちと最新のやつを操作して遊んでますね。偉い人ちゃんも、後ろでにこにこ見ています。
みんなちたまのコンピュータをだいぶ使いこなしてますが、旅行の写真や動画をみるときに必要ですからね。
マウスでボタンを押すくらいなら、もうハナちゃんたちはマスターしているのでした。
パソコン初めてのお供ちゃんたちは、お目々ぐるぐるですけど。
「今ある中で、一番画面が大きいものですからね。もちろんお絵かきも出来ます」
そんなハナちゃんたちを見て、大志は軽くパソコンの説明をしております。彼としても、パソコンを使える人が増えるに越したことは無いわけですから。
コンピューターならまかせて村人が増えれば、丸投げできる仕事も増えます。
虎視眈々と、仕事丸投げの地盤作りをする悪いおとななのでした。
「あえ?」
「……あれ?」
「はわ?」
「わきゃん?」
しかし、大志の解説を聞いたみなさん、そろってエルフ耳がぴこっと立ちました。偉い人ちゃんも、しっぽがピピクンとなっています。
どうしたのかな?
「なんか、大志とお話しやすくなったです?」
「僕もそう思う」
「不思議だわ」
「なんだか、意図がすとんと、伝わってきたさ~」
……確かに、なんか言葉が聞き取りやすくなったというか、何を言っているか良くわかるようになりました。
こう、すっと頭に意味が入ってくるというか、そんな感じです。
「みなさん、どうされました? 私が何か?」
しかし、大志はそんなみんなを見てきょとん、としてしまいました。
まあ、何が起きているかは良くわかりません。なんか違うなって、ふと思っただけですからね。
「よくわかんないですけど、大志とお話をし易いのは、良いことです~」
「自分も良くわからないけど、それじゃあお茶でも飲みながら、色々お話しようか」
「あい~! お話するです~」
ハナちゃんたちも、特にあれこれ考え込まずに、良かったねってことにするみたい。
というか、大志とたくさんお話できるとあってハナちゃんうっきうき。
今日は賑やかに談笑して、楽しく過ごしましょうね。
「神様も一緒に、お茶のむです~」
そんな輪の中に、神輿も加わってほよほよ光るのでした。
◇
無事マシンのセットアップも終え、ハナちゃんといろいろ雑談しているうちに、夕食の時間となった。
今日は偉い人ちゃんたちの接待も兼ねて、俺から食材を提供をし豪華な献立にしてみたのだけど……。
「……」
「わきゃっ! ……」
(……)
みなさん真剣な表情で、カニと戦っておりますな。
ちょうど陶芸おじさんからたくさん送られてきたので、ドワーフィンの権力者さんたちにごちそうしようと思ったのだ。
そしたら沈黙の夕食となったわけだが。
「お二人とも、カニはお口に合いましたか?」
「みためはアレだけど、おいしいさ~」
「たべづらいけど、これはよいものさ~」
黙ったままなのもアレなので、今回カニを初めて食べるお供ちゃんたちに確認してみたら、二人ともわっきゃわきゃとなった。
喜んでもらえて何よりだね。
であれば、さらに大人ならでは、というカニの楽しみ方も教えちゃおう。
「そちらのカニみそを食べ終わった甲羅を、こうやって炙った後……日本酒を注ぐと美味しいですよ」
「あわきゃ~、たまらんこうばしさがあるさ~」
「カニはすごいさ~」
「うっとりさ~」
お酒大好きドワーフちゃんに甲羅酒を教えると、さっそくお試しだね。しっぽをぱったぱた振ってご機嫌だ。
ふふふふ、順調に接待漬けでダメになってきておりますなあ。ちたま滞在中は、さんざん甘やかすからね!
というか息抜きという名目の視察だろうと思うのだけど、もうすっかり遊びメインになってらっしゃるね。主であったはずの視察はおまけになったと思われる。
「うふ~、おなべもにえてきて、いいかんじですね~」
ハナちゃんはカニを食べ終えたようで、沈黙のカニ艦隊から今度はお鍋奉行にジョブチェンジだ。
ぐつぐつといい感じになってきた寄せ鍋の状態を見て、うふうふだね。
ちなみに味はドワーフちゃんたちの好みも鑑みて、味噌ベースである。ふわっと白味噌の良い香りが漂ってきて、食欲を誘う。
「もうだいじょぶですね~。みんなでおなべ、たべるです~」
やがて寄せ鍋が出来上がり、ハナちゃんがんしょんしょとみんなに盛り付けしてくれた。
とっても偉い子だね。
「ハナちゃん取り分けてくれてありがと。偉いね~」
「うふふ~」
ハナちゃんを褒めたら、ご機嫌ハナちゃんだね。エルフ耳もてろんと垂れて、にっこにこだよ。
「わきゃ~ん、ちたまにあそびにきて、よかったさ~」
「おそとはめっちゃさむいけど、おんせんあがりのおさけとたべもの、たまらんさ~」
「ダメになるさ~」
そして日本酒を飲みながら寄せ鍋を食べ始めたドワーフちゃんたちは、大好きな味噌味もあって超ごきげんである。
湖に帰ったらお仕事に追われるだろうから、村ではのんびりしていってね。
「寒い日には、鍋物があったまってよいね」
「そうね。ぽっかぽかだわ」
「うめえな~」
「ふがふが」
「あらあら」
あとはヤナさんはじめ、ハナちゃん一家も鍋に取り掛かり、ほんわか顔で一家団欒だ。
ちなみにカナさんは野菜を多めに取っており、そろそろ丸くなったのを何とかしようとあがいているのが見て取れる。
「そういえば大志さん、明日はどんな予定で動きますか?」
そうして楽しく鍋をつついていると、ユキちゃんもカニを食べ終わったのか無言から脱出し、明日の行動予定について相談が来た。
そうだな、とりあえず朝から村に来る予定ではあるけど……通勤途中にエステさんにPCを渡してくるかな。
「朝にユキちゃんと合流したあと、サロンの寮へ向かってPCを渡しに行こう」
「けっこう遠回りですけど、大志さんは大丈夫ですか?」
「車だからね。これくらいの遠回りならへっちゃらかな」
「お手数おかけします」
予定を伝えると、遠回りではあるからユキちゃんが申し訳なさそうだ。
だけど、ぶっちゃけ車で移動するなら大したことはなかったりする。
乗り物を使えば、下道でも二十キロメートルくらいなら、単なるお散歩感覚なのだ。
この辺は、長距離運転したことがある人と無い人で、感覚に差がでるのだろうな。
「もう少ししたら、お父さんが通勤車を調達するって言ってましたので……それまでは、よろしくお願い致します」
「あ、ユキちゃんとうとう車もちになるんだ」
「名義はお父さんですけどね」
続けてユキちゃんが話した内容は、車をとうとう用意するって話だった。
うちの社用車を貸しますよって話は、さすがに申し訳ないってお父さんが断ったんだよな。まあ、気持ちはわかるのでお任せしたけど、アテがついたっぽいね。
……ただ、うちからの提供を断った理由は、ほんとうに申し訳ない気持ちからなのかは定かではない。
だってそのとき、ユキちゃんのお父さんが悪い顔してたんだもん。アレ絶対、なにかたくらんでる顔だったよ。
「……まあ、どんな車になるか楽しみだね」
「そうですね!」
ユキちゃんは、自分がある程度自由にできるアシが手に入るとあって、耳しっぽをぽわっと顕現させてうれしそうだけど。
エステで正された毛並みの良さにホクホクしつつ、お父さんはちょっと心配でござる。願わくば、まっとうな車であることを祈りたい。
そんなお話をしながら楽しく夕食を済ませ、家に帰る時間になった。
てくてくと歩いて、広場まで移動する。
「あ、タイシさんこんばんは」
「きょうもさむいですね」
「さむいね! さむいね!」
その移動中、カメラをもったエルフたちと、妖精さんのきゃいきゃい軍団に遭遇した。
この夜中に、どうしたんだろう?
「みなさんこんばんは。これからどちらへ?」
「ようせいさんたちのおどりを、うごくしゃしんにしようかとおもいまして」
「よなかだから、ひかっててきれいかと」
「おどっちゃうよ! おどっちゃうよ!」
話を聞いてみると、動画撮影に行くとのことだった。
そういえば、夜に撮影すると奇麗かもって言ったのは俺である。
みんな素敵な映像を撮ろうって、がんばっているんだな。
「それは素晴らしいですね。素敵な映像を見られるのが楽しみです」
「まかせて! まかせて!」
「がんばんべ~」
応援すると、みなさんにっこにこで撮影場所へ向かっていった。
いい感じに再生数が伸びたら、インセンティブを支払わなきゃね。
そんな出来事がありつつ、広場に到着だ。車に乗って、家に帰ろう。
「タイシタイシ~、いってらっしゃいです~。ユキもいってらっしゃいです~」
「行ってくるね。ハナちゃん、また明日」
「私も大志さんと一緒に来るね」
「あい~」
「あしたは、かいぎするさ~」
「ふね! ふねをたくさんつくるあれを、はなしあうさ~」
「こっちもいろいろ、かんがえてきたさ~」
広場ではハナちゃんと偉い人ちゃんたちがお見送りをしてくれ、賑やかな感じで村を後にする。
あとはユキちゃんを送れば、今日の仕事は終了だ。
さくっと寝て、明日は早起きしよう。
◇
ここはとある世界の、とあるユキちゃんちの領域。
なんだか良くわかりませんが、大志が言ってたコマンドの概念というか意味を、ようやく理解できたので試してみたら……私も来れちゃいました。
こんな簡単なの、なぜ今まで理解できなかったのでしょう?
「ユキちゃん今日もお疲れ様。また明日よろしく」
「はい、お疲れ様でした」
それはそれとして、大志がユキちゃんをお見送りしていますね。今日も一日、お疲れ様でした。
「それでは、また明日!」
元気に手を振って石段を進むユキちゃんですね。そのまま、ぴょんぴょんと軽やかに上っていきます。
大志もその姿を見送り、耳しっぽの毛並みに満足した後、車に乗って帰っていきました。私もそろそろ、帰りましょうかね。
ユキちゃんちを見守ってみたい気もありますが、防御が硬くて入れないでしょうから……て、あれれ?
なんだか、三段目の横に……侵入出来そうなところがありますね。セキュリティーホールがありますよこれ。
今までガッチガチに固めていたのに、どうしたのでしょう?
……ここはひとつ、挑戦あるのみですね!
ということで、おじゃましまーす!
「ただいま~!」
なんかあったセキュリティーホールを潜り抜けたら、ちょうどユキちゃんがおうちに入るところに遭遇しました。
こっそり見守るお仕事を続けましょう。
「あらユキ、なんだかぴしっとしたわね」
「修業でもしてきたのか?」
リビングに帰宅の報告をしに行ったユキちゃんですが、それを見たお母さんとお父さんは、ちょっと驚いていますね。
たしかに、普段よりなんだかぴしっとしています。石段を登り始めたときにぽわわっと出てきた耳としっぽも、すごく綺麗ですね。
「エステで色々してもらったからかな?」
「そのエステ、やばくないか?」
「私も行ってみようかしら」
別に隠すこともなくエステのお話をすると、お父さんドン引き、お母さんは興味津々ですね。
そうして軽く雑談したあとは、ユキちゃんお着替えのため自室へ向かいました。
「雪恵や、ちょっと良いかい? 話があるよ」
「はえ?」
しかしその途中、廊下でおばあちゃんに呼び止められました。なにやらお話があるっぽいですね。
そのまま二人は歩いていき、おばあちゃんのお部屋へ。何をお話するのかな?
「雪恵や、今日は妙に安定しているね」
「だって凄腕のエステだもん!」
「そ、そうかね」
おばあちゃんの問いかけに虚ろな目で答えるユキちゃんですが、かなり洗脳されております。相当ですよこれ。
「ま、まあ凄腕は置いといてだ。ここのところずっと不安定だったから心配しとったんだよ」
「え? わたし普通だったよ?」
「何が普通さね、あんた妖狐になりかかってたよ。たまにすっごく黒い霊力になってたじゃないか」
「ええ!? そんなことないって」
……たまにユキちゃんがダーク化するのって、なんだかヤバい事みたいです。
しかも本人に自覚なしとか、この子大丈夫なのかしら?
「ちょくちょく黒くなってたから、大志君と上手くいってないんじゃって思ってたさね」
「そこは順調だから、大丈夫だよ」
大丈夫じゃないと思います。
「あんたは力が強すぎて、ちょっとしたことにも影響受けるんだ。気をつけるんだよ」
「ちゃんと修業しているから、そんなに心配はいらないんじゃないかな」
その認識がもう心配でなりません。
「なんにせよ、邪気をまとい続けるのは良くないからね。黒くなってないか、確認は怠るんじゃないよ」
「わかってるって。玉藻前さんみたいには、ならないから」
もっとヤバいのに変化するわけですね。
「あんた抜けてるから心配さね……」
「私、そんなに抜けてないよ」
筒ってレベルで抜けてますよ。
「まあ……大志君なら、こんなのでも上手く御してくれるかね」
「こんなの扱いされた。おばあちゃん、異議あり! 異議あり!」
あの朴念仁に任せたら、史上最強の暗黒妖狐さんルートが保証できますが。
「でも、もしもがあっても……確かに大志さんなら、何とかしてくれるとは私も思う」
「あんまり負担かけちゃだめだからね」
「わかってるって」
大志の知らないところで任務が発生しました。
「だけど、何とかしてもらうって事は、正体がバレるってことでもあるからね」
「あ……そうよね」
もうバレてます。
「いずれ『その時』は来るとして、バレるのと打ち明けるのではずいぶん結果は違ってくるよ」
「そう、だよね」
出会って初日に情報公開してましたが。
「ねえ、おばあちゃん。私の正体を知っても、大志さん嫌わないかな?」
「わからんさね」
嫌うどころか耳しっぽにご執心ですよ。
「大志君は、ああみえて普通の人として生きてるさね」
「あれのどこが?」
あれのどこが?
「私らと違って、人間社会の中で普通に地位を持ってるだろ?」
「そこは、確かに……」
比較対象を完全に間違えてます。
「その人間社会で生きる人が、私らみたいなのを受け入れてくれるかは、わからんのさ」
「うん……」
だからもう全部バレてるんですよ。
「不安だな……」
「そこはもう、なるようにしかならないよ。それより、大志さんに逃げられないよう、しっかり信頼を勝ち取りなさいな」
「わかった」
むしろ逃げられなくなったのは、秘書になったユキちゃんのほうです。
入守家は、いったん捕まえた人材は逃がさないんですよお。
「ほら雪恵、あんまり不安がるんじゃないよ。それが一番危ないんだから」
「うん……」
やがてお話は終わったのか、ユキちゃんはちょっとしょんぼりしながら、おばあちゃんのお部屋から出て行き、自室へと歩いていきます。
その姿を、おばあちゃんは心配そうに見送るのでした。
……あれです、深刻そうな話かと思ったら、特に問題は無かった感。
それよりたくさんつっこみが出来て、もうお腹いっぱいになりました。気楽に見守るつもりだったのに、まさか満腹になるとは思わなかったです。
大志愛されてますね!
でも、まだまだユキちゃんはそれなりに安定しているので、大丈夫でしょう。
たま~に、黒キツネさんになるくらいですからね。それくらいなら、可愛いものです。
あといざというときは、そもそもの原因である大志がなんとかすると思うので、私は引き続き見守っていくとしますか。
◇
無事一日の仕事を終え、そろそろおねむしましょうかね。
――と思ったけど、ひとつ残っていた。サロンから渡された、俺宛のお手紙を読まないとね。
ちょうど一人になったので、拝見しましょうねっと。
どれどれ?
“彼女さんをもっと構ってあげてください。でないとにっぽんが滅びます。頼むから。”
お手紙の内容は、以上である。なんぞこれ?
大志の危機管理能力が旅に出たまま行方を眩ませました
ご存じの方は入守家までご連絡ください