第十七話 でけた
ハナちゃんたちと町遊びをした翌日、ユキちゃんをお迎えに向かう。
なにやら矯正とかする必要があったらしいけど、どの辺が変わったか注意して観察しなきゃね。
そんなわけで、今日は一人で車を走らせサロンへと到着だ。ユキちゃんにお迎え来たよコールしよう。
「もしもしユキちゃん、お迎えに来たよ」
『ありがとうございます。今向かいますので』
そうして電話をし、五分ほど待ったところでユキちゃんが建物から出てきた。足取り軽いから、元気そうではある。
ちなみにエステさんは研修の真っ最中であるため、今は一生懸命お勉強中で顔を出せない。数日後に一旦村に帰るから、その時いろいろお話しよう。
まあひとまずは、ユキちゃんにお疲れ様のあいさつだね。
「ユキちゃんお疲れ様。お泊りはどうだった?」
「なんだかぴしっとした感じがします。体が軽くなったというか」
「そうなんだ」
「はい」
確かに、背筋がしゃんとしている。あと、耳しっぽもしゃきって感じだ。
あれだね、霊力の流れが整ったって感じがする。こいつが乱れると、体の調子もおかしくなっていくからね。
どうやらサロンの凄腕さんは、その辺を矯正したようだ。素直に印象を伝えとくかな。
「確かに、なんだか健康的になった気がする」
「ですかね」
ご本人はもともと健康なつもりだから、この違いは自認しづらいかもね。
普段からキツネさんの正体である、ケモミミしっぽをよく観察している俺だから気づけたことだ。まあ趣味だけど。
なんにせよユキちゃんは、霊力が乱れかけていたって事か。予防的に正してくれたようで、エステティシャンさんありがとうだ。
ただし、それができる時点で相当おかしいお店であることは間違いない。
なぜ誰も疑問に思わないのか不思議でならないけど、とりあえず腕前は褒めておこう。
「さすがの腕前としか言いようが無い」
「ですよね! 凄腕ですから!」
ぽろっとコメントをつぶやくと、ユキちゃんが虚ろなまなこで同意した。どんどん洗脳が深まっており、もはや信者である。
しかしユキちゃんは信者になるほうじゃなくて、集める側じゃない?
まあその辺は彼女の家の事情だから、深入りしないように気をつけるとして、そろそろ帰ろうか。
「それじゃあ、そろそろ帰ろう。家まで送るね」
「その前に、ひとつサロンの方から大志さんに渡して欲しいものがあるって、預かってきました」
「え? 自分に」
どうも、エステサロンから俺宛になにか渡すものがあるらしい。
予約した時もお問い合わせも、ほぼユキちゃんまかせで俺はまったくといっていいほど係わり合いがないのだけど。そんな俺に、エステ側がなんの用だろうか?
「ええまあ。これなんですけど」
疑問に思っているうちに、ユキちゃんがバッグから封筒を取り出した。しっかり蝋で封印されていて、俺だけに読ませたいってのがすぐにわかる。
「なんだろう?」
「お一人で読んで下さいって言ってました」
「……よくわからないけど、わかったよ。家に帰ってから読むね」
「お願いします」
とまあよくわからないことはあったものの、二人で車に乗り込み村へと向かう。
無言じゃあれだから、エステ研修の話でもするかな。
「それで、研修のほうはどんな感じだったの?」
「まずは業務内容の説明でした。こういう手順で、こんなことをしてますよってお話ですね」
「ごくごく普通の研修風景だね」
「私もそう感じました。でも無理せず急かさずって感じで、丁寧でしたよ」
聞いた話じゃ、当たり前のことを当たり前にやっている印象だ。なかなかしっかりしている気がする。
仕事をよく丸投げする俺としては、見習いたいところだ。
「聞いた話だと、ちゃんとしてて、良いところみたいだね」
「そうですね。あれなら安心してお勉強できると思います」
ユキちゃんもその辺は同意なのか、安心した様子だ。エステさん、良いお店にお誘いを受けたね。
これもしっかり勉強していて、熱意があったおかげだな。
努力や準備をしていれば、ふと訪れたわずかな機会をものにできる。なかなか素敵なお話ではないか。
そういう実例を聞くと、こっちもがんばろうって勇気が貰えるね。
「あ、研修についてなのですが、ひとつご相談がありまして……」
話を聞いてほっとしていたけど、相談事もあるようだ。ちょっと言いにくそうな感じだけど、何だろう?
「相談内容は、何かな?」
「ええとですね、もしかしたらですが、ノートPCが必要になるかも知れません」
「PCが必要になるの?」
「出来ればってところですが」
ノートPCか。エステ研修で使うのかな?
「研修で使うってことかな?」
「そうですね。いずれ本格研修に移ったとき、仕事場のパソコンも使うようになりますので、事前学習させてあげたいと思いまして」
「確かに、事前に出来るならさせてあげたいね。仕事しながらPC操作を覚えるってのも大変だろうし」
「そうなんです」
理由を聞いてみて納得だ。エステ研修をしながら、同時にPCの操作方法も学ぶのは厳しい。
そうなる前に、余暇を使ってPC学習をできたら良いねってお話だ。
出来ることはするって約束したのだから、それくらいは叶えよう。
「納得の理由だから問題なしだね。さっそく今から買いに行こうか」
「よろしいのですか?」
「当然だよ。協力するって言ったのは自分だからね」
「ありがとうございます!」
そんなわけで、目的地を変更して町に向かう。大手家電量販店があるから、そこでちょっくら見繕ってみよう。
通販でも良いのだけど、地元のお店で買うのもまた良いものだ。そこに持っていけばサポート受けられるからね。
「じゃあ、とりあえずこのお店で探してみようか」
「はい!」
量販店に到着し、早速よさげなマシンがないか見繕う。
そろそろ新機種が出そうな時期なので、旧機種はお値段は下がっているね。リーズナブルに調達できそうだ。
「これとかはどうですか? 大画面薄型で、お安いですよ」
「あ~、CPUがふた昔前のAMデイだから、ちょっと厳しいかな」
「安いわけですね……」
ユキちゃんはこの辺詳しくないのか、的確に地雷チップマシンを見つけてしまった。この会社のチップがマシになるのは二世代後だ。
でもまあ、窓ズを快適に動かすのは厳しいけど、遊び用にBSD入れるなら悪くはない。もちょっと値段が下がったら個人用に買おうかな?
ただ今回は窓のOSを動かすやつなので、隣にあるマシンくらいでないとアレか。
しかしチップは良いけどメインメモリが足りん。
「個人的にはこっちがお勧めかと思ったら、メモリが少ない罠があった」
「いまどき四ギガバイトじゃ、確かに厳しいですね」
ノートPC探しで困るのは、これだっていう構成がなぜか少ないことだね。どこの会社も、全てにおいて微妙に外してくるんだよな。
いろいろ都合があるのだろうけど、メインメモリが少なかったり、メモリは十分でもCPUがコレじゃないとか。その辺が良くても画面やキーボード、端子類がコレじゃないってのもある。
まあモバイルだからしょうがないって感じで、ある程度ばっさり行こう。
「ちょっと高いけど、これが一番長持ちしそうな感じだね」
「ですね」
そうして二人で色々検討した結果、やや高いけどよさげな機種が見つかった。
これなら将来、次のOSが来ても通用する諸元かと思われる。
というかノートPCはメモリとCPUをケチると後々とっても困るので、まあこんなもんかなと。
「じゃあ村でセットアップして、明日渡そう」
「それが良いですね」
無事目的の品も調達できたので、その後は寄り道無しで村へと到着だ。
「タイシタイシ~! おかえりです~。ユキもおかえりです~」
「おかえりさ~」
「ギニャニャ~」
「ニャ~」
(おかえり~)
村に降り立つと、フクロイヌエリマキをしたハナちゃんと偉い人ちゃんがお出迎えしてくれた。神様も一緒だね。
まだまだ寒いけど、二人ともあったか装備かつもっこもこに着込んで元気いっぱいだ。というか神輿は昨日買った虎さん着ぐるみを装備中で、こっちもあったかそうだ。
ひとまず、挨拶を返しておこう。
「みんなただいま。今日も村でのんびり過ごすよ」
「あい~。のんびりするです~」
「おゆうしょく、いっしょにたべるさ~」
(おそなえもの~)
いつもの挨拶を済ませたところで、さっそくハナちゃんちへ向かうことにする。
もこもこと歩くハナちゃんと偉い人ちゃんを先頭に、のんびりと。
虎さん神輿も元気にほよほよ飛んでいて、平和なひと時である。
「神様が着ぐるみを着ておられますが、どうしたのですか?」
(およ?)
「昨日買ってみたんだ。似合ってるよね」
「確かに」
(それほどでも~)
道中そんなやり取りをしながら、無事ハナちゃんちに到着だ。
ストーブが焚かれてあったかい室内に入り、ハナちゃんに案内されてリビングへと向かう。
「あ、タイシさんさ~」
「こんにちはさ~」
「お二人とも、こちらにいらしてたのですね。こんにちは」
リビングでは、お供ちゃんたちが書類を並べてお仕事していた。
文字はドワーフ語らしく何が書いてあるかわからないけど、ちらっと見えた図は船の絵が描かれている。どうも、造船にまつわる資料っぽいね。この子たちも、エルフ重工に関わってくるって事かな?
まあそれは機会を設けて会議するとしよう。
「タイシさんいらっしゃい。おちゃをおもちしましたよ」
「カナさん、いつもありがとうございます」
「いえいえ」
リビングに到着してちゃぶ台の前に座ると、カナさんがすすすっとやってきてお茶を出してくれた。
このへんいつも準備が良いね。ありがとうございますだ。
「そうそう大志さん、私は彼女のおうちに顔をだして、状況を伝えてきますね」
「お願いして良いかな? 一番状況わかってるの、ユキちゃんだから」
「お任せください」
腰を落ち着けてお茶を一杯飲んだところで、ユキちゃんはエステさんのご家族にどんな感じか説明に行くようだ。
これは彼女が適任なので、お任せしよう。
「では、行って来ます」
「いってらっしゃい」
「いってらっしゃいです~」
(またね~)
ということで、ユキちゃんはお仕事だね。さてさて、俺のほうはマシンのセットアップをしよう。
箱からPCを取り出して、付属物も確認だ。リカバリディスクは今使わないから、その辺に置いておけば良いかな。
「あえ? タイシそれなんです?」
ちゃぶ台にPCと付属品を展開して準備をしていると、ハナちゃん興味津々な様子で隣にぽてっと座った。
これから何をするか説明しておこう。
「ヤナさんが使っているパソコンと同じやつだよ。エステ研修で必要になりそうだから、買ってきたんだ」
「ぱそこんですか~。べんりだけど、こむずかしいやつですね~」
「お! 新しいやつですね!」
「わきゃ~ん、べんりなやつさ~」
「ヤナさんがたまにいじってるやつさ~?」
「すごいどうぐって、きいたさ~」
ハナちゃんに説明すると、計算仕事やってるよグループもしゅばっとやってきた。
ヤナさんはこういうの好きだし、偉い人ちゃんもお仕事の手伝いで使っていたからね。お供ちゃんたちは、そういう道具があるって話は聞いていたらしい。
せっかくだから、隣で見ていてもらおう。
「今からこのパソコンを使えるよう、準備します」
「ほほう」
「むつかしいおはなしです?」
「わきゃん! じゅんびがひつようなのさ~?」
電源を入れて操作を始めると、ヤナさんお目々キラキラで、ハナちゃん聞き流す体勢である。偉い人ちゃんは、セットアップが必要なのを知らないせいか、驚いているね。
まあパソコンむつかしいから、こういう面倒なのは俺にお任せあれだ。
とりあえず指示に従って作業を進めよう。
(およ? およよ?)
最初の設定を始めて間もなく、ちゃぶ台の上を虎さん神輿が、四本足でがおがおと移動し始めた。
付属品が置いてあるところに向かっていくけど、なにか興味を引くものでもあるのかな?
(おそなえもの~)
と思っていたら、がおがお神輿が浮かび上がり、なんかリカバリディスクの上でくるくる回り始める。虎さんはUFOとなったのだ。
でもそれ食べ物じゃないですよ。後でお供えするので、もう少々お待ちくださいね。
「ぱそこんを使えるようにするのって、手順が沢山あるんですね」
「昔はこんな面倒じゃなかったのですけど、なんだか最近のやつは色々やらされるのですよ」
「それだけ、複雑なんですね」
「ですね。パソコンはその辺が難しくて、苦手な人も大勢ですよ」
「せちがらいですね~」
「なんもしてないのに、へんなことになってこまったさ~」
神輿は好きにさせておくとして、セットアップ手順を見たみなさんはお目々ぐるぐるだね。一つ一つの設定が何を意味するのか理解していないと、この辺難しいのはしょうがない。
あと偉い人ちゃん、何もしていないってのは、気のせいですよ。大体なんか変なボタン押してますから。
某事務ソフトとかは、勝手に色々アシストしてくれるのが逆効果ってのもあるけど。しかもオフにできないのはやめてほしい。
「わきゃ~、なにやってるか、ぜんぜんわからんさ~」
「そのぽちぽちぜんぶ、つかうのさ~?」
「常にってわけでもないですが、すべてに意味があるので、必要になる場面は出てきますね」
とくにパソコンを使ったことのないお供ちゃんたちは、もうわけがわからないって感じ。
まあちたま人でもよくわかってない感じなので、しょうがないね。俺ですらわからないところは出てくるもので、ほんと複雑な機械である。
とまあそんなやりとりがありつつも、順調にセットアップは進み、とうとうデスクトップがこんにちはだ。めんどかった~。
「はい、これで終了です。ようやくパソコンが使えるようになりましたね」
「何をやっているのかわかりませんでしたが、大変なのはわかりました」
「わきゃ~ん、むずかしいさ~」
「あたまぐるぐるです~」
「すぴぴ」
「すやや」
パソコンに興味はあれど、小難しい手順は覚えるのも大変だ。みなさんお疲れの様子だね。
というかお供ちゃんたちは、わけがわからな過ぎて船を漕ぎ始めている。眠くなるのもしょうがない。
こういうのは慣れないと確かに疲れるので、お茶を飲みながらブレイクしよう。
(おそなえもの~)
……そこのディスク上でくるくる回っている神輿も、お茶しましょう。
お菓子も用意するので、少々お待ちくださいね。
「それじゃあ、お茶休憩しましょうか」
「そうするです~」
「では、おちゃをじゅんびしますね」
休憩を提案すると、カナさんがすたたっと台所に向かった。
いつもしてもらってばかりだから、俺もお手伝いしようか。大人数だし、運ぶのも手間だからね。
「自分もカナさんのお手伝いをしてくるよ。いつも準備してもらってばかりだからね」
「ハナもおてつだいするです?」
「ハナちゃんはゆっくりしてて大丈夫だよ」
「わかったです~」
お茶を準備するだけなので、二人いれば十分だからね。
ではでは、台所に向かおう。
「カナさん、私もお茶淹れしますよ。いつも準備して頂くばかりで申し訳ないので、たまにはお手伝いさせてください」
「あらあら、たすかります」
台所に到着して、一緒にお茶を準備する。カナさんは鼻歌交じりでてきぱきと作業を進めるあたり、さすが主婦だね。俺も足を引っ張らないよう、しっかりお手伝いしよう。
そんな感じで、おいしいお茶を淹れていたときのことだ。
(――でけた~!)
「あえ? なんかできたです?」
(やっとこ~)
なんか謎の声とハナちゃんとの、こんなやり取りが聞こえた。何が出来たんだろう?
良くわからないけど、何か作ってたぽいね。おめでとうございますだ。
(こっちは、いいかんじになるよ~)
「いいかんじです? でもこっちって、なんです?」
(あっちのは、てぬきでもだいじょうぶそうだからね~)
「あや! てぬきしてたです? なにをです?」
……なんか手抜きしても大丈夫とか、不穏な会話が聞こえてきた。ただまあ、大丈夫そうって謎の声は思っているようだ。
(けっこうたいへんなもので~)
「たいへんなら、しょうがないですね~」
(そうそう~)
まあ、謎の声を聞く限りは大変なお仕事みたいだね。裏で色々してくれているようだから、無理せずやってくださいだ。
とりあえず労うために、お菓子大盛りでお供えしとこうかな。
(あっちのあいえむいーってやつ、べんりだね~)
「なんですそれ?」
ん?
神輿は手抜きを白状した




