第十一話 かわいくみせちゃうよ!
妖精さんネットデビュー事件から数日後、もう二月に突入だ。
この時期が一番寒くて、もう村中カッチカチである。
「みんなでおどるよ! おどっちゃうよ!」
「きゃい~」
そんな寒さに負けず、今日も今日とて、集会場で妖精さんがダンシング。
最近は歌って踊るようになり、アイドル化しはじめておる。
大勢に見られていることを自覚したのか、だいえっとも順調な感じで、スリムになってきたね。
「あら~かわいいわね。しゃしんとってるからね!」
「かわいいって! かわいいって!」
「ほめられちゃった! ほめられちゃった!」
撮影はカナさんはじめ村のエルフたち担当だ。カメラを思うさま弄れるのがわりと好評な感じ。
なんだかんだでエルフたちは、ちたまメカを操作したいのである。
「あや~、にぎやかです~」
「みんな楽しんでますね」
そんな様子を、俺とハナちゃん、そしてユキちゃんとでのんびり眺める。
今俺たちは凍み餅製作中だ。といっても、水に漬けたやつを外に干すだけだけど。
ちなみにおびただしい量干しているので、今年中はいつでもお餅を食べられそうな勢いだ。
餅つきし過ぎた。
「タイシ、こうしておくだけでいいです?」
「これで良いよ。あとは、冬の寒さと乾いた風のおかげで、どんどんお餅が乾燥していくから」
「らくちんです~」
そうしてほのぼの作業を終え、集会場に戻る。
相変わらず妖精さんたちがきゃいきゃいと踊る中、のんびりお汁粉を楽しもう。
「じゃあハナちゃんとユキちゃん、お汁粉食べよっか」
「あい~」
「ごちそうになります」
ということでひいおばあちゃんにお願いして、お汁粉を調達し、のんびり食べ始める。
「……」
しかし、どうもユキちゃんが静かな感じだ。妖精さんのほうをじっとみつめて、なにやら考えている。
どうしたのだろう?
「ユキちゃんどうしたの? 妖精さんたちのほうを見ているみたいだけど」
「ああいえ、大したことはないですよ。お化粧したらもっと映像映えするかなって、考えてました」
「なるほど、もうちょっと演出したほうが良いって感じかな?」
「ですね」
どうやらユキちゃん、ダンシング動画の質的向上を考えてたっぽいね。
たしかに、今はライトアップもなにも無しでさらにお化粧もしていないなら、せっかく可愛い顔がぼやけてしまう。それが原因で、彼女たちの楽しげな笑顔が、いまいち捉え切れていないのは確かだ。
メイクすれば、顔立ちや表情も強調できて、動画に落とし込んでもきちんと伝えられるかもしれない。
「確かに、良いかもね」
「はい。妖精さんたちの可愛さを、もっと上手に魅せられるかなって」
「――そのはなし、くわしくだよ! くわしく!」
「もっとかわいくなるの? もっとかわいくなるの!?」
「おしえて! おしえて!」
そして話の途中でユキちゃんが妖精さんたちに囲まれる。可愛く見せることに余念のない彼女たちだけに、めっちゃくちゃ興味があるようだ。
ものすっごい、きたいのまなざしを向けている。
「あ、いえ……そうかもなあって思っただけなの」
「おけしょうのしかた、おしえて! おしえて!」
「かわいくならないとね! もっとかわいく!」
「きゃい~」
「じ、実は私、お化粧はまだ苦手で……」
しかし、キラキラに囲まれたユキちゃんは、なんだかおよよってなっている。
確かに以前「お化粧苦手」とか言ってたな。お袋と修業はしているらしいけど、その辺はまだ自信ない感じだ。
今だってすっぴんだし。
「おけしょうですか~。そういえば、おかあさんもあんましないですね~」
そんな話を聞いて、ハナちゃんが何気なくつぶやいた。
たしかに、カナさんがお化粧しているところを見たことがないな。村のエルフたちもそうだし、妖精さんやドワーフちゃんたちもそうだ。
まあ、ドワーフちゃんたちは水中に潜ったりするから、お化粧しても崩れちゃうからだろうけど。
「というか、村や観光客の方々でお化粧している人って、ほとんどみたことないね」
「ハナも、あんまみたことないです。めんどいからですかね~」
「まあ、うちの母親もめんどいって言ってたよ」
ハナちゃんもあんまり見たことがないということは、毎日お化粧するっていう文化はないんだろうな。
お袋も「毎日するのは大変だけど、しとかないと周囲の目が」とは言っていた。
たしかに毎朝一時間とか二時間かけてお化粧しなきゃいけないって、相当な負担だよな。
その辺を男に理解してもらいたいって、よくぼやいてたっけ。
ただし、お化粧していないとあれこれ言ってくるのは、男ではなく同じ女だとも言っていた。
そのへん、いろいろ女同士のアレやコレはあるらしい。
女の人って、男よりずっと、なんかいろいろ戦っているのでは? とたまに思う。
「ああいや、お化粧で綺麗になるのは私たちとしても嬉しいし、『綺麗だね』って言ってもらいたいからやっている面もあるのですよ」
「そうなんだ」
「大抵の女性はそうだと思いますよ」
「ふくざつですからね~」
俺とハナちゃんのお話を聞いていたのか、ユキちゃんからフォローが入った。ハナちゃんも女子であるため、同意している。
まあ、そうじゃなきゃ毎日あんなめんどいことはしないか。
複雑な女心というものを見た感じだ。
まあお袋も、親父と出かけるときは気合入ったお化粧してたりするからね。
ちなみにそこでミッションを忘れると、しばらくの間おかずが減るわけだ。無言の抗議である。
「わたしたち、おけしょうはとくにしないかな! しないかな!」
「ひまなとき、しますよ。しますよ」
「めんどいからね! めんどい!」
ユキちゃんを囲んでいた妖精さんたちは、やっぱりそんなお化粧しないぽいね。
モルフォさんは暇なときするって言ってるけど、他の子はめんどいそうだ。
まったくしないわけじゃないけど、一般的ではないと。
エルフ文化としてはどうなんだろう? ちょっとカナさんに聞いてみるか。
「カナさん、みなさんってお化粧とかはしないのですか?」
「あ~、けっこんしきとかにはしますけど、ふだんはしないですね」
「そういう文化ってやつですか」
「できるならしたいですけど、じかんがかかっちゃって、おしごとがおくれちゃうものでして」
「確かに、それで毎日のお仕事が滞ったらまずいですね」
「ええ、おりょうりにせんたくとおそうじ、こどものおせわとかやってると、ひがくれてますから」
日々のお仕事優先で、お化粧は二の次ってところみたいだ。
お化粧は、冠婚葬祭でやるくらいな感じか。文化でそうしないわけじゃなくて、エルフィンで暮らしていた頃は時間や作業量的な問題があったってお話だな。
ただ、出来るのならしたいとは言っている。やっぱり、綺麗になりたいという想いはあるようだ。
この村なら時間的余裕は作れるだろうから、お化粧もそれなりに出来るよう手配してみようか。
◇
「ということで、お化粧で苦労した方々を招聘しました!」
「任せてね」
「わきゃ~ん、おけしょうならとくいさ~」
二日後、沖縄旅行から帰ってきたお袋と、あっちの湖で仕事に追われていた偉い人ちゃんを先生として招聘だ。二人ともやるきみなぎっている。
なお、お袋はこの寒い中なのに、かりゆしを着ていた。つよい。
「やっとこおしごと、かたづいたさ~」
「いきぬき、しにきたさ~」
それと偉い人ちゃん側は、あっちの湖から補佐役のお方が二名やってきた。そうとは言っていないけど、ちたま視察をしに来たと思われる。
やってきたお二人は偉い人ちゃんには及ばないけど、こちらも結構きらびやかなお姿からすると、政治的に上位の人たちなんだろうな。
お仕事を片付けて息抜きと言っているから、ぜひとも村でのんびりして頂きたい。あとで接待しよう。
「たのしみだね! たのしみ!」
「かわいくなっちゃうよ! かわいく!」
「きゃい~」
この催しに関して、やっぱり妖精さんたちは気合がみなぎっているね。可愛くなるため、がんばるようだ。
「私も楽しみです」
「ハナも、さんかするですよ~」
ユキちゃんもお化粧技術を向上させるため、ワクワク顔をしながら正座で待機だね。ハナちゃんもどうやら参加するようで、色とりどりな謎の粉を机の上に展開されておられる。エルフ顔料なのかな?
「わたしらもさんかするわよ」
「きれいになるとか、すてき」
「おけしょうしといて、そんはないからね~」
「おもしろそうだから、うちらもさんかするさ~」
女子エルフたちとドワーフちゃんたちも参加なので、結構大人数になっている。
大人女子エルフの方々は、自前のお化粧道具を手に持っているな。なんだかんだで、そういう装備はあるようだ。
では、ひとまずこの面子で、お化粧技能向上会を始めよう。
「それでは、始めましょうか。あとは二人にお任せで」
「分かったわ」
「はじめるさ~」
講師に丸投げして、俺はひとまず見るだけだ。
「まず始めに、みなさんのお化粧ってどういうものか教えて欲しいの」
「ちがいはあるから、すりあわせるさ~」
お、まず始めに文化的、技法的な違いを確認するみたいだね。
たしかにそれは必要だ。
「わたしたちは、これをぬってますね」
「たくさんいろがありますけど、ぶっちゃけしろいやつと、あかいやつばっかつかってます。まぜるのたいへんなもので」
「じょうずなひとだと、くろとかむらさきとかつかうのよね~」
「このキラキラしたやつ、なんであるのかだれもわかってないです~」
最初に、女子エルフが顔料を指差す。ハナちゃんが机の上に並べてたやつだ。
原色ギラギラのこれらを混ぜ合わせて、さまざまな色を出すっぽいね。
ハナちゃんの言うキラキラした金属光沢のある粉末は、ラメっぽい。俺もそれどこに使うのかわかんないな。お化粧したことないし。
総じて、エルフたちは色彩鮮やかかつ充実したファンデーションを具備しているけど、全色活用している人がほとんどおらんということだね。
「わたしたちは、あかいやつをつかうくらいだね! あかいやつ!」
「あとはしぜんのまま! じつりょくしょうぶだよ!」
「こうやってつかいます。つかいます」
妖精さんたちは、紅を使うくらいらしい。モルフォさんが実例を見せてくれたけど、口紅だね。
「うちらはおけしょうしないので、えらいひとにおまかせさ~」
「わきゃ~ん、ウチらはこれさ~。ちたまのと、けっこうちかいかんじさ~」
最後にドワーフメイクだけど、彼女たちは水棲なだけにお化粧をする人はごく一部か。
なので偉い人ちゃんとお供のお二人が、コスメセットを展開した。
「改めてみると、やっぱりそちらのお化粧道具は私たちのとよく似てますね」
「わきゃ~ん、やっぱり、やることおんなじだと、どうぐもにてくるぽいさ~」
「確かに。そもそもですが、お化粧の方向性からして似てます」
「せつめいがらくでよいさ~」
この辺は陶芸おじさんに販売してもらっているコスメセットで確認済みだけど、ちたまのお化粧道具とよく似ている。だからこそ、すんなり製造、販売できたわけだ。
偉い人ちゃんやお供さんのメイクをみるに、方向性は良く似ている。
そういうのもあって、お袋と偉い人ちゃんを講師に抜擢したのだけど。
「それなら、基本としてちたまメイクの手法を説明する感じでいきますか」
「そうするさ~。うちも、ちたまのおけしょうは、とってもきょうみがあるさ~」
「うちもさ~」
「たのしみさ~」
星ごとの文化の違いや方向性はある程度確認できて、お次は講義の方向性決めに入ったね。
基本はちたまメイクでまとめるって感じか。こちらなら道具も化粧品も簡単に調達できるし、教則本だってある。そっちのほうが良いだろうな。
お供のお二人も興味があるみたいで、ワクワクしている。
もしかすると、ドワーフィンの政治家というか権力者は、お化粧することがひとつのステータスなのかもしれない。
水に入らないお仕事を任されているんだよって、アピールする必要があるのかもね。
「うちもそのうちひつようになるから、べんきょうするさ~」
「だいじなことさ~」
その証拠に、リーダー格のお母さんドワーフちゃんが、めっちゃ真剣なまなざしでおりまするもので。
彼女たちはいずれ、こっちにあるドワーフの湖の顔役になるからね。
今はまだ研修期間って感じだけど、いずれは煌びやかな格好をしなくちゃならなくなるんだろう。
そんなドワーフィンの文化も垣間見せながら、講習会は進んでいく。
「こっちでは一番初めに必要でかつ重要なのが、基礎化粧品よ。お肌を整えるの」
方向性が決まったところで、お袋がいろんな瓶を並べ始めた。こいつをおろそかにしたらあかんらしいことは、よく聞いている。
大事なことだから、一番初めに説明するみたいだ。
「化粧水とか乳液とかいろいろあるけど、お肌の土台をしっかりさせるのね」
「おはだがだめだと、おけしょうもきまらないさ~」
この辺はドワーフィンでも同じらしく、偉い人ちゃんもいろんな金属製の容器を並べる。
「なるほどなるほど」
「たしかにそうよね~」
「私もそこは毎日やってますね」
女子エルフたちもその辺は理解しているのか、みなさん同意しているね。
ユキちゃんもお化粧自体はしていないけど、お肌のお手入れとかその辺は欠かさないようだ。この時点で、もう大変なのがわかる。
「ちなみに手でペチペチやるより、この綿をつかってやるのが効果が高いの。でも、お金もかかるし用意が大変なのもあるので、手でもなんとかなる塗り方を教えるわね」
「あら~、そういうのがあるのね~」
「いろいろあるのね」
「たいへんです~」
「洗顔、化粧水、美容液って順番にやってね」
お肌を整えるのは、毎日の努力が大事という感じだ。世の女性はこんなん毎日やってるのか。常在戦場な感じがするよ。
「あとはこれ、ファンデーションに――」
化粧水の説明が終わると、今度は次々にお化粧道具が並べられ、必要な基本セットの解説が始まる。
顔になんか塗るやつや、眉毛をそれっぽく書くやつ、まつげをなんかするやつなど、謎の道具がいっぱいだね。
正直何をどのタイミングでどう使うのか、ぜんぜんわからん。謎の技術だ。
「むずかしそうだわ~」
「てじゅんがたくさんとか、ふるえる」
「すぴぴ」
「これらの道具や化粧品は、使っていくうちに慣れますよ」
あんまりにも道具が沢山かつ、手順があるということで、女子エルフたちぷるぷる。
ハナちゃんは話についていけなかったのか、おねむだ。
まあ、あわてず急がずのんびり技術を学ぼうね。
(おけしょうしてみた~)
「あら! 神様お上手!」
「わきゃ~ん! ふんいきかわったさ~」
「いろっぽくなってるとか、すてき」
――神輿が! 神輿がばっちりメイクしてる! いつの間に!
しかもお上手!?