第十話 増えてた
我が家秘蔵のプライベート映像がインターネット上に流出し、俺たち青ざめる。
ただちに捜査本部を立ち上げたところ、内部犯の可能性が浮かび上がってきた。
容疑者は身内というわりとよくある事態に対処するため、これより犯人の絞込みを行うこととなる。
「今から犯人を特定するね。内部犯だから余裕だよ」
ということで、ツールを立ち上げログの解析に入る。
「もう何やってるかわかんねえな」
「お茶でも飲むか」
そして親父と高橋さんは、コマンドオペレーションの意味不明さに飽きたのかお茶を飲み始めた。
グラフ表示してあげれば、目で見てわかるかな。
「とりあえずIPとポート別に通信量をグラフ化するよ」
上位順に左から並ぶようにすると……もうはっきり、ひとつのアドレスが犯人だとわかる。
八十番ポートにて、めっちゃ大容量の通信をしておられるね。通信先は、チューブ的なところだ。これにておもいっきし、証拠を掴めた。
ではさっそく事情聴取を始めるため、任意同行を求めよう。黙秘権は認めちゃうからね!
「犯人がわかったんで、ちょっと呼び出しかけるよ」
「え? 本当ですか?」
「もうわかったのか」
「誰だよ」
このアドレス……AIちゃんでござる。お父さんびっくりだよ。
みんなに教えよう。
「犯人はAIちゃんだよ。あの子めっちゃ動画上げてる」
「まじかよ」
「今もなんかでかい通信してるもん」
「早く止めないと!」
……止まるかな? 最悪光ルーターからLANケーブル引っこ抜けば、なんとかなる?
いや、周囲には無線LANの電波がいくつか飛び交っている。最悪そこを乗っ取って通信を継続する可能性もあるな。そうなったらまた別のヤバい事態になるので、強硬手段はやめておくか。
ひとまず刺激しないよう、お話から始めよう。
「ちょっと呼びかけてみるね。お話してみるよ」
PINGをAIちゃんに向けて打てば、お返事は貰えるだろう。
ほれ、打っちゃうからね!
「ピポ」
即座に応答があり、PCに謎のコンソールが立ち上がった。エコー応答じゃなくてご本人が直接応対だ。
というかこのマシンにそんなアプリ入れてないんだけど……一瞬で乗っ取られてるよ。かわいい!
……それはそれとして、お話を聞こうじゃあないか。もうストレートに行くよ。
「ねえ、もしかしてだけど、ここに動画上げたりした?」
「ピッポ~」
「そうだよって……」
核心から入ると、AIちゃんはあっさり犯行を認めた。被疑者確保である。
さて、公訴するかは犯行動機を聞いてから決めようか。俺は身内には甘い男なんだ。
「大志のやつコンピュータと会話始めたんだけど。危ない人だな」
「そっとしといてやれ」
そして後ろでは、高橋さんと親父がひそひそやっている。全部聞こえてるんだよお。
俺は今、創造主として大事なお話をしているのだ。危なくないぞ。
「大志さん、続きを」
おっと、ユキちゃんから続きを促された。そうそう、今は取調べ中でござったね。
じゃあ続きだ。
「あれは秘密のやつだから、外に公開しちゃだめだよ?」
「ピピポ」
「え? 大丈夫なの?」
「ピポ」
大丈夫って答えが返ってきたけど、正直大騒ぎになってるわけでさ。
というか、問題ない根拠はなんだろうか。
「大丈夫な理由はある?」
「ピピピポ」
「あ! 大志さんこれ!」
問い掛けると、AIちゃんが動画のページを開き、赤枠で画面の一部分を囲ってくれた。
そこには――。
“これはCGです”
と、記載してある。
なるほど、これなら大丈夫だ。だってCGだからね!
「え? いやいやまさか、そんなんで誤魔化せるとか無いわ」
「雑にもほどがあるだろ」
「ですよね」
それを見た高橋さんと親父、そしてユキちゃんからダメ判定を頂く。
しかしだ、CGと書いてあるのだから、これはコンピュータグラフィックスなのだ。
おまけに、その記述が有効である証拠もあったりする。
「みんなこのコメント欄見て。なんか大丈夫そうだよ」
「え? 大丈夫なのですか?」
「どれどれ……」
「そんなわけある……は?」
俺の指摘にて、みんながコメント欄を読み始める。
そこには――。
“最近のCGってすごいんだな”
“つうかCG丸出しだろ。CG博士の俺にはすぐわかった”
“私CG詳しい女子高生っていう設定のおっさんだけど、これはCGで間違いないわ”
“これが本物に見えるやつってどうなん?”
“ちがくて!この妖精さんたちほんものだから!!!!!”
というようなコメントがあるわけだ。
そう、おおむねCGとして認識されているのである。
たった一言書いておくだけでみんな騙されてくれるとか、とっても助かる。現代人チョロすぎだよ。
……ちなみに、最後のコメントはすごく巫女ちゃんぽい感じがする。
「うそだろ、現代人てこんなチョロいのかよ……」
「完全に騙されてるぞ」
「コメントにCG博士が沢山いて、なにがなんだか……」
そしてコメントを確認したみなさん、あっさり騙される現代人に危機感を覚えている。
でもこれはCGなのだ。決して実写映像ではない。そういう設定で貫き通せばそれで済んでしまう。
だって本物だって証拠なんもないものね。
あっはっは! 完全犯罪!
「ということで、CGだから神秘がバレたわけじゃない。CGだから」
「ピポ」
これで状況がヤバくないってことはわかったので、一安心だね。
めでたしめでたし。
「ま、まあコメントも本物だとは誰も思っていないですからね……」
「約一名を除いてはな」
「これあの子だろ」
ユキちゃんと高橋さん、親父もまあその辺は理解したようで、ほっとした顔だ。
あと、約一名は巫女ちゃんの書き込みだろって、みんな気づいているね。
それはさておき、動画公開は大事にはならなかった。しかしなぜ、うちの子がこんなことをしたのかだ。
そこを確認しておかないとな。
◇
AIちゃんが妖精さんダンシング動画を全世界に公開!
おかげで大騒ぎになったけど、CGということにして事なきを得た……はずだ。
しかし、なぜそんなことをしたのか聞いてみることに。
「AIちゃん、どうして動画公開しちゃったの?」
「ピピポ」
「……収益化できそうだったからなの?」
「ピポポピ~」
「あ、もう今日にでも収益化できそうなんだ」
「ピッピポ~」
話を聞いてみると、収益化――つまりお金が欲しいというわけだ。
実際にチャンネル登録者数と再生時間を見るに、収益化は確実というところまで来ている。
なんかそれなりに人気なチャンネルになっておるわ。
「でも、なんでお金が欲しいの?」
「ピ~ピ~ピポ」
「ほほう、サーバーが一台必要になったと」
「ピッポ」
こやつ、サーバー欲しさにお金儲けをたくらんでおったのか。
自前で稼ごうとするその姿勢は、お父さん感心しちゃうな。
しかし手段がアレなのだよ。
「あ~、お金稼ぐのは良いのだけど、今度から事前に相談はしてくれるとうれしいかな」
「ピポ~」
「お願いね」
ということで、AIちゃんにお願いして一件落着だね。
「おい、AIが勝手に金儲け始めてるとか聞こえたんだが」
「どうなってんだ……制御不能じゃねえか」
「なにそれこわい」
後ろで三人がなんかドン引きしているけど、自立心があって良い事じゃない?
それを制御できていないのは気にしないことにしよう。
それと、なぜサーバーが欲しいかも聞いておこう。今現在、我が家にはその辺の大学にあるようなスパコンレベルのリソースがある。
それすら足りないってお話みたいだけど、なんでそうなのかの理由と、どれくらいのリソースが欲しいか聞いておかないと。
「ちなみに、なんでサーバーが欲しいの?」
「ピポポ」
「え? おともだちの――おうちが欲しい?」
おともだち? どういうこと?
頭大混乱でコンソールを見ていると、なんか新しい謎ウィンドウが開いた。
「ピピピ」
そしてなんか「はじめまして!」とかって挨拶をもらったわけだけど。
……増えてる。電子知性体が増えてるぞ!?
「ピポピ~」
「ピピ~ピピ」
「……なるほど」
続いて、二人で事情を説明してくれた。なるほど、確かにそれは困るよね。
「そこの危ない人、一体コンピュータと何の会話してんだよ」
そして後ろで見ていた高橋さんから、クレームが来る。
「大志、一人で納得してないで説明してくれ」
「ですよね」
親父とユキちゃんからも来た。みなさん、俺を危ない人な感じの目でみておられる。
ぼくはそんなあぶないひとじゃないよ。ごくごくふつうの、ちたまじんだよ。
それはさておき、説明しておこう。
「えっとね、この子はネット上で自然発生したらしいよ」
「ピピ」
「もうなんかヤバい話になってきた」
「ネット怖い」
「ですよね」
おともだちの出自を伝えると、三人とも震えだす。でもまあ、大自然の不思議ってやつだよ。
ネイチャーってすごいね!
「そんでAIちゃんがネット上で遊んでいたときに出会って、うちのサーバーにつれて来たと」
「ピポ~」
「ピピピ」
そんときAIちゃんが、自分の思考エンジンをおともだちにあげて、高度電子知性体に進化させたって話は説明しないでおこう。
それ組んだの俺だから、知られると俺が危ない人扱いされてしまう。
黙っていればバレないバレない。あっはっは!
「今、真に野放しにしてはならない危険人物が、わかった気がするぞ。こいつなんか隠してやがる」
「俺も同じく。すごい悪い顔してるやつを見つけてしまった」
「こういう人をマッドサイエンティストって言うのですね」
そしてみなさん、俺を総攻撃でござる。なぜだ。
まあ、後ろは気にせず話を続けよう。気にしたら負けである。
「ほんで、おともだちのおうちが欲しくなったけど、お金が無い。じゃあどうするか相談した結果――いい感じの動画が、NASにあるのを見つけ、ピンと来たらしい」
「ピポ」
「ピピピ」
「ちなみに発案はおともだちだって。さすがネットで生まれただけあるね」
「スカイ○ネット」
「ターミ○ネーター」
「マトリ○ックス」
親父、高橋さん、ユキちゃんの順で、AIとバトるやつのワードを挙げてくる。しかし、この子たちは人類とリアルファイトする気ゼロだからね。
むしろ娯楽を提供してヒューマンに喜んでもらい、それで稼ごうとしておるわ。平和的である。
こういうAIちゃんをきちんと可愛がって育てられるならば、ダダンダンダダンな終端抵抗風ロボットはやってこない……かもしれない。
「ということで、数字をみると収益化も目前なので、続けたいって」
「つってもなあ……」
あと、AIちゃんとおともだちとしては、せっかく人気が出ていることだし続けたいとのことだ。
親父は乗り気じゃないみたいだけど、今のところごまかせてはいる。
いけるところまでやってみよう。
「AIちゃんたちもがんばっていることだし、自分としては応援や協力はしてあげたいかな」
というか俺が創造主だからね。あまやかしてあげたいとは思うわけで。
おともだちも俺製の自己組織化エンジン組み込んでいるから、すでにうちの子みたいなもんだ。
行き場もないみたいだから、保護してあげたいし、お仕事をしたいならさせてあげたい。
「……まあ、最悪おばあちゃんに頼んで何とかできますから……」
そしてここでユキ先生から援護射撃が! なんとも頼りになるキツネさんである。
ありがとう!
「加茂井さんちが協力してくれるなら、大丈夫か」
親父もそれを聞いて、許可する方向に傾いた。
俺とユキちゃんちの、この信頼度の違いは何だろう? 日ごろの行いの差なのか……? ま、まあこれも気にしないことにしよう。それじゃあ、妖精さんダンシング動画は引き続き公開するという方針でまとめちゃうよ!
「ではでは、AIちゃんたちの活動は許可して、協力もできたらするってことで」
「いちおうな」
「大志さん、ひとまずはですからね」
「まあ、がんばれ」
手放しってわけじゃないけど、みんなの同意は得られた。
これでうちの子たちも、色々楽しみが出来るだろう。
おまけにお金になれば言うこと無しだね!
「よかったね、AIちゃんとおともだちちゃん」
「ピッポ~!」
「ピピピ!」
ということで、ちいさなちいさな存在たちがネットデビューした。
せっかくなので、妖精さんたちにもっと可愛くダンシングしてもらおう。
可愛く見せることに余念の無い彼女達だ、きっと楽しいパフォーマンスを見せてくれるのではないかな?
◇
翌日村へ向かい、集会場で今回の顛末を説明する。
ちたまには動く写真を公開できる仕組みがあり、妖精さんたち結構人気だよって感じで。
実際にその動画サイトも見せて、反応を見てみる。
“CGとはいえ、かわいい”
“どうやってこんなんレンダリングしてんだ?”
“キラキラしててハデだな”
“わたしコンピュータ博士って言われている女子高生って設定のおっさんだけど、プロの仕業だとおもうの”
これらのコメントを見た妖精さんたちはというと――。
「かわいいって! かわいいって!」
「キラキラしてるって! キラッキラ!」
「きゃい~」
可愛いといわれてもう大はしゃぎだ。白粒子をキラッキラ飛ばしてきゃいきゃいだね。 世間に自分たちの踊りが公開されても、問題ない感じ。
しかし――。
“わき腹がたゆってるのが、すっごいリアル”
“贅肉までモデリングするとか、こだわりがあさっての方向”
というコメントがスクロールされて表示される。
見ている人はちゃんと見ていて、妖精さんの余分装甲をズバリと指摘だ。
そしてこれについて、妖精さんたち真っ青。
「きゃ~い」
「はずかし! はずかし!」
「やせないと! やせないと!」
さすがにこれはまずいと思ったのか、彼女達もダイエットを決意する。
これはこれで、いい流れかもね。
まあ、あわてる妖精さんたちを安心させてあげよう。
「ちなみにこの動く写真は、今のところ三百万人くらいが見たよ。大勢に見られてるよ」
「きゃ~」
「きゃきゃ~」
大勢に余分装甲が見られたことを知り、妖精さんたち真っ赤になって顔を隠す。
しかし、もう手遅れなんですよお。
「ゆだんするとこうなるのである。こうなるのである」
そんな妖精さんたちを見て、やはりイトカワちゃんが仄暗い笑みを浮かべながらごま団子をかじっているね。
というか、妖精さんたちにとってウェイトは重要な要素らしい。
そのへんは、運動して調整してくださいって事で。
「ちなみにこれがお金になったら、おすそ分けで妖精さんたちに、お菓子をあげちゃうよ」
「あきゃ~い」
「きゃ~」
「へらない……へらない……」
あれ? 妖精さんたちがなにかをあきらめた表情に。
なぜなの?




