第九話 ここに来れたという事
……野菜栽培をしてもらったら、家庭菜園に森が出来たでござる。
どうしてこうなった。
エルフ達が待っているだろうからと、朝から村に向かったまでは良かった。
村に到着した俺を見るや否や、エルフ達がごめんなさいしたので事情を聞いたら、これである。
「たいっへんもうしわけない!」
「ごめんなさいです!」
なかでもヤナさんとハナちゃんは、迫真のごめんなさいをしている。ハナちゃんなどは耳がぺたんとして見るからに申し訳なさそうだ。主犯だしな。
しかしまあ、話を聞いただけでは良くわからないな。とりあえず見ないことには始まらない。
現場に案内してもらおう。
「まあまあ、皆さん顔を上げてください。とりあえずその森? を見せて頂けませんか?」
「はい、あんないいたします」
「こっちです~」
皆でゾロゾロと、家庭菜園に移動する。エルフ達は不安そうだけど、俺は大した心配はしていなかった。
だって、この村に入ることができるものなのだから。
こうしてエルフ達に案内されて現場に到着した俺は、そこにある物を見てしばらく唖然とした。
「これは……見事ですね」
そこには、公園位の広さの森が出来ていた。ぐるっと見て回ったわけじゃないので正確なところは言えないが、五十メートルプールくらいの面積が森になっていた。
坪換算で四百坪くらいか。正直、一晩でこれができたとは信じられない。
「このもり、こきょうのそれにそっくりなんです」
「そっくりです~」
エルフ達の住んでいた森にそっくりか。確かに良く観察してみると、見たことも無い植物や果実が見える。
異世界の森が、ちょっとだけだけどこっちに出来てしまった、という事か。
「かていさいえんを、こんなふうにしてしまってもうしわけないです」
「ごめんなさいです~」
二人はペコペコ謝っているが、俺はこの森をみてワクワクしていた。
葉っぱがほのかに光っている木があったり、たんぽぽの綿帽子みたいなもの、それもソフトボール大もあるものがふよふよ浮かんでいたり。あの花なんか虹色に光を反射している。
まさに異世界が……こっちの世界にある。見たことも無い物が沢山で、好奇心が刺激されてうずうずしてしまう。
正直、謝ってもらう必要なんかまるでない。
「二人とも、それと皆さん。謝る必要はないですよ」
「しかし、さすがにこれは」
「タイシ、おこってないです?」
怒るどころか、よくぞ作ってくれたという感じだ。そのまま伝えよう。
「怒ってないですよ。むしろワクワクしています」
「わくわくしている、ですか?」
「ええ、だって皆さんの故郷の森を、こっちに居ながらにして体験できるんですよ? 楽しいじゃないですか」
俺の言葉を聞いて、エルフ達は顔を見合わせる。彼らにしてみればあれが普通だったので、実感がないんだろうな。だけど、俺にしてみればあの森が普通じゃない。
たとえ公園位の大きさしかなくても、異世界に行かずにエルフの森で遊べるなんて、最高だと思う。
おまけに珍しい物てんこ盛りだ。特産品も作れるかもしれない。夢が膨らむ。
「このもり、のこしていいです?」
ハナちゃんが、期待のこもった目で見てくる。他のエルフ達もだ。やっぱり故郷の森にそっくりなこれを、残したいんだろうな。気持ちはわかる。
「勿論だよ。皆の故郷みたいなものだし、このままにしておいていいよ」
「ほんと?! タイシありがとです~!」
「やったー!」
「ふるさとのもり、このままでもいいんだ!」
俺の許可が出た途端、エルフ達は大喜びだ。無くしたはずの故郷が帰ってきて、その存在を許されたわけだ。そりゃあ嬉しいだろうな。ハナちゃんも、ぴょんぴょん跳ねて嬉しさを全身で表現している。
ヤナさんも嬉しそうに話しかけてきた。
「タイシさん。ほんとうにありがとうございます」
「いえいえ。この森、すごく価値がありますよ。失くしてしまうなんてもったいないです」
「そういっていただけると、うれしいです。でも、ほんとうにだいじょうぶなのですか?」
ヤナさんは大丈夫なのかどうか確認してきた。森が出来た経緯が経緯だけに、不安もあるんだろうな。だけど、問題ないと言い切れる。
「大丈夫ですよ。この村に入れたのですから、問題ないと思います」
「そういうものなのですか?」
「ええ、そういうものです。大丈夫ですよ」
ヤナさんは首を傾げてしまう。村に入れたから大丈夫とだけ言われても、ピンとは来ないだろうな。でも、なんで問題ないかは内緒だ。村の管理者だけが知る秘密なので、客人でも教えることは出来ない。
別に重大な秘密ではなく、教えると客人が調子こいてしまうから教えない、なんだけど。
「よくわからないですけど、だいじょうぶならよかったです」
とりあえずヤナさんは納得してくれた。詳しい内容を伏せていることは、なんとなく気づいているみたいだ。でもそれ以上聞いてこなかった。これは俺を信用してくれたと思っていいのかな。そうだったら嬉しいな。
「まあそういうわけで、この森は皆さんで大切にご利用下さればいいですよ」
「ありがたいです」
「あと、私もたまに利用させてください」
「それはもう、もちろんです」
「あんないするです~」
ハナちゃんがおいでおいでしている。ちょっと待ってもらおう。
とりあえず森の存続については話がまとまったので。親父にも顛末は報告しなきゃな。
ハナちゃんに待ってもらって、俺は親父に電話を掛けた。
『大志、どうした?』
「今日村に来てみたら、家庭菜園に異世界の森が出来ちゃってたよ」
『はあ? 詳しく』
これだけ聞かされても、意味不明だろうな。とりあえず続けるか。
「ハナちゃんが異世界から持ってきた種撒いちゃったらしくてさ、それが森になったんだと。見た感じ四百坪くらいあったよ」
『あ~さっそくやらかしたか』
こっちに来た客人は大体なんかやらかすから、親父も慣れっこだな。やらかしたか、で終わっちゃったよ。俺もいい加減慣れてきたし、親父からすれば、一言で終わるくらい当たり前の出来事か。
「まあね。でも、故郷の森そっくりらしくて、皆嬉しそうだったよ」
『じゃあ問題ないな。良かったって事にしとこうか』
「うん。その種だって、この村に入れたってことは……そうなんだろうしね」
『ああ、そうだろうな』
俺は親父と確認し合う。この森も「そう」なんだろうと。
「まあそういうことだから、親父も見に来たら? 壮観だぜ、異世界の森」
『お、良いね。昼ごろ行くわ』
「待ってるよ。それじゃ」
『あいよ』
こうして親父に報告をして、電話を切った。
そしてムキムキマッチョエルフに包囲されていた。何時の間に!
◇
ムキムキマッチョエルフ達にマッサージされたが、彼らの腕は日に日に上がっているような気がする。連携が巧みになってきた。
それはさておき、俺は親父を待つ間、ハナちゃんに森を案内してもらっていた。
「タイシタイシ~。このきのみ、すっごくおいしいのですよ~」
元気いっぱいで謎植物の説明をしてくれるハナちゃん。実に楽しそうだ。でもその木の実、ピッカピカの銀色でとても美味しそうには見えないんだけど……。
そんなハナちゃんの様子や謎植物を眺めながら、俺はハナちゃんがもってきた「種」について考えてみた。
この森を作った原因である「種」とは一体どういう存在か。
この村に入れたのだから、悪い存在じゃないという事は分かる。
だってこの村は「誰かを幸せに出来るような」存在のみ、訪れることができるのだから。
例えば懐きやすい生き物、警戒心がまるでない生き物、他人を見捨てられなかった人々。
良き心を持っていたり、良き存在。
そう言った存在がとっても困っている時。その時ここへの道が繋がり、この村に入れるようになる。
この村は、そういうものたちが滅びないよう、強く生きていけるよう、助けるための場所だ。
詳しくは分からないけど、エルフ達もそういう存在だったからこそ、神様が助けてくれたのではないか。
そして、ここにたどり着くことができたのではないか。
俺はそう考えている。
それを伝えてしまうと、お客さんが調子こいてさらにやらかすので、伏せているんだけど。実際、過去に散々やらかしたらしい。何事もやりすぎは良くない。うん。
……まあ、ハナちゃんが植えた「種」だって同じで、そういう存在なんだろう。だからこそ、この村で根を張れた。
それが分かっていたから、俺も親父も心配はしなかったわけだ。
ハナちゃんが持ってきた「種」はただの植物の種ではなく、この村に入ることができた「お客さん」だったんだ。
ハナちゃんのおかげで、それに気づくことができた。
エルフ達が訪れたあの日、この村には彼ら三十一人だけではなく……ひとつの「種」も訪れていた。
ハナちゃんがやったのは、それを皆に分かる形にした事。
誰も気づいていなかった仲間を、皆に紹介しただけなんだ。
だから、胸を張って良いんだよ。ハナちゃん。