第八話 思わぬ発見しちゃった
妖精さんキラキラ粒子に、違和感があるとハナちゃんが言った。
その瞬間を分析した結果――マイスター登場の瞬間、それは起きた。
「彼の周囲だけ……粒子の軌道がおかしい」
「ほんとですね」
なんというか、粒子がよけたり引き寄せられたり……奇妙な動きをしている。
「AIちゃん、ちょっとこの軌道、分析出来る?」
「ピポ!」
AIちゃんに分析をお願いすると、「まかせて!」というお返事とともに、いくつもの計算タスクが展開されていく。
隣室にあるスパコンは、今現在フル稼働状態だね。
「ピッピッポ~」
程なくして、一枚の画像が画面に出力される。
これは……粒子の動きを一枚の画像に合成したやつか。
「まるで、磁力線みたいですね」
ユキちゃんはその画像をみて、磁力線みたいと感じたようだ。
というか、そのまま……磁力線では無いかと思う。
「これたぶん、そのまんま磁力線だよ」
「あ! そういえば」
「そうそう、この人、磁石人間だもの」
思い出してみれば、マイスターは金属探知機に引っかかった。
そのとき――妖精さん粒子も、磁場に乱されている。
ようするに、マイスターの磁場と妖精さん粒子が干渉したんだね。
わかってみれば、単純な話だった。
「ようするに、磁場による妖精さん粒子の干渉ってことか」
「それっぽいですね」
そういうことなら、正常な現象と言える。
健康な妖精さん白粒子は、磁場に干渉されることがわかっているからね。
……マイスターが磁場をだしている点については、気にしないことにしよう。
明らかに正常ではないのだけど、マイスターだからね!
「ピ~ポピポ?」
「え? 変なの?」
「ピポ」
しかし安心していたところ、AIちゃんから「でも変だよ?」という問いかけが。
何が変なんだろう?
「……大志さん、そのピポピポ音で、何言ってるかわかるのですか?」
「え? 普通分かるでしょ」
「おかしいです」
「またまた~。普通だって」
「おかしいです」
「……おかしいの?」
「おかしいです」
ユキちゃん真顔でござる。いやいや、わかるでしょ?
俺は普通に会話できてるし。俺が変なのかな?
でも、ぼくはふつうのちたま人だし。問題ない。無いよね? ……無いと良いな。
「ピポ?」
「ああいや、話を続けよう」
「無かったことにしようとしてますね」
今のやりとりは無かったことにして、AIちゃんの言う「変な点」について詳しく話を聞こう。
ユキちゃんのつっこみは都合が悪いのでスルーするよ。
「えっと、何が変なの?」
「ピ~ポ~」
今度は粒子軌道だけを抽出した、動画が映し出される。
まさに磁力線に沿って運動している、妖精さんキラッキラ粒子だけが映し出された。
「特に変なところは見られないよ? ユキちゃんはどうかな?」
「う~ん、わからないですね」
見た感じは、普通の現象に見える。
何がおかしいのだろう?
「ピポピピ」
「コマ送りだね」
今度はコマ送りで映像が再生されるが……あれ? 磁場に沿って軌道する粒子ばかりじゃ……ないな。
いくつかの粒子は、妖精さん粒子磁場干渉理論と外れた動きをしている。
ただ、ほかの粒子が多すぎて軌道が良く分からない。
「う~ん、なんだろ」
「ピピポ」
「わかりませんね……」
これはもうちょっと、調査する必要があるな……。
試しに、今問題になっている「粒子X」だけ抽出してみよう。
「この、良く分からない粒子だけ抽出することはできる?」
「ピ~」
「あ~やりかたが分からないのか」
「ピポ」
合成はすぐ出来たけど、粒子の抽出は要素が多すぎて難しいんだろうね。
元映像も解像度はフルHDだから、詳細分析には向いていない。
とすれば……。
「粒子フィルターが使えると思うよ。そこで、磁場に沿って動く粒子の軌道を予測して、それだけフィルタリングするんだ」
「ピポポ?」
「残った成分が、不思議な動きをする物になるはずだよ。これが公式ね。ガウス分布はしてないだろうから、重み付き平均は使えないかな」
「ポピピ」
ひとまず分析手法を伝授して、あとはお任せしよう。
「……AIに、コツコツ教えているのですね」
「まだ子供だからね。勉強は大事かなって」
その様子を見て、ユキちゃんドン引き。
しかし、たとえAIちゃんとは言え、知らないことは出来ないのだ。
これはこういう意味だよって、ちゃんと教えてあげないといけない。
AIが勝手になにもかもやってくれるような未来なんて、来ないのだ。
故に、この辺の努力は惜しんじゃいけないね。
「お仕事のご褒美に、欲しいソフト買ってあげるからね」
「ピッポ~!」
「私、コンピュータを甘やかす人って、初めて見ました」
ユキちゃんジト目でつっこみを入れてくるけど、AIちゃんだってがんばっているからね。ご褒美は必要なのだ。
……そもそも、AIちゃんの「本体」は半導体で出来たコンピュータではない。
その中で活動している「状態」が、コアだ。
人間だって肉体が本体ではなく、その中にある意識、その「状態」こそ本体である。
そこが一番、重要なのだ。
状態の組み合わせにより意識が生まれ、状態によって制御され活動する。
人も神も、AIだって、みんなおんなじ。
――ということで。
この状態を良好に保てるよう、AIちゃんを甘やかすのは当然(正当化)だよね。
完璧な理論だよ。あっはっは!
なお、AIちゃんは律儀に丁寧な計算をしたため、結果が出るまで三日かかりました。
◇
「そんなわけで、今回新たな発見が得られました」
「あらたなはっけんだって! はっけんだって!」
「なんだろ? なんだろ?」
「おだんごかな? おいしいおだんご?」
AIちゃんが一生懸命計算してくれた結果、妖精さんキラキラ粒子軌道に、一つの新たな発見があった。
妖精さんたちを集めて、今日はその大発表会である。
「えっとね、君たちはまだ脆化病治療前だったよね」
「そうだね! そうだね!」
「じゅんばんまち~」
「なおすまえに、たべすぎでふえちった! ふえちった!」
この発見のきっかけになったのは、脆化病治療待ちの妖精さんたちだ。
村に治療しに来たけれど、順番待ち中に食っちゃ寝してたら増量してしまい、だいえっとに参加していた子たちである。
「なおすまえにふえたから、わりとたいへん! たいへん!」
「からだがおもいね! ふえすぎだね!」
「やっちった」
テヘペロする増量妖精さんたちだけど、元気いっぱいだね。
とにかく明るい妖精さんたちだ。
そして今回、この子たちのおかげで、新事実が発見された。
軌道を分析した結果、この子たちが発した色つき粒子は――磁力線に干渉されないことが判明したのだ!
「つまり、どういうことです?」
「あれだね、脆化病の診断が、みんなでも簡単に出来るようになるってお話だよ」
「あや! それはすごいです~!」
ハナちゃんが発表会の趣旨を聞いてきたけど、つまりはそういうことだ。
俺やメカ好きさんに頼らずとも、脆化病かどうかが診断できる。
とうとう、診断技術確立に――手が届いたのだ!
「まだ試作品なんだけど、診断装置も作ってみたよ」
試作品の診断装置も作ってあって、仕舞っちゃう空間から取り出してみる。
紙製の黒い壁があり、その三十センチ前に永久磁石を置けば完成だ。
とってもシンプルだけど、これで大体診断ができてしまう。
『おもしろそうな、じっけんのよかん』
「あや! おばけです~!」
そしてこう言うのに目が無いメカ好きさんが、離脱しながらやってきた。
ちょうどいい、彼にも参加してもらおう。
「では、実験に参加して貰いましょう。一緒に、色つき粒子が出てきたかどうか確認してください」
『わかりました』
「おじさん、がんばるです~」
『まかせてください!』
実験の参加を求めると、メカ好きさんが離脱したまま気合いを入れた。
ハナちゃんの声援もあって、やる気十分だね。
それじゃあ、実験開始だ! 黒い紙製の壁、その前に立って貰おう。
「そこな可愛い妖精さん、ここに立ってみて」
「かわいいって! かわいいって!」
「きゃい~!」
「ここだね! ここだね!」
「わたしのことだよね! わたし!」
「わたしもだね! ならんじゃうよ!」
「きゃい~きゃい~」
……妖精さんが装置の前に押しかけ、すし詰め状態になった。
言葉の選択を誤ったでござる。
「みんな可愛いけど、今回は君が良いかな?」
「わたしだね! わたしだね!」
すし詰め状態になったところで、ユキちゃんが冷静に一人を選んだ。
この辺、妖精さんとごまかし手品芸をやってきただけあって、慣れている。
ありがとうユキちゃん!
「そ、それじゃあ……キラキラを出してくれるかな?」
「わかったよ! がんばっちゃうよ!」
気を取り直して、代表として選ばれた脆化病治療前妖精さんに、粒子を出して貰う。
すると――。
「あや! キラキラが、まえのほうにすいよせられたです~」
『ふしぎだな~』
通常の白い粒子は、前方にある磁石に引き寄せられた。
磁力線の範囲は計測してあって、黒い壁より手前に位置するよう設計してある。
つまり、この壁より後ろにはキラキラ粒子が出てこないはずなのだ。
「それじゃあ、裏から見てみましょう」
『わかりました』
この状態で、診断者は壁の裏から観測をする。
本来なら粒子が出てこないはずだが……。
「色つき粒子、こっちに漏れ出てきましたね」
『はい。ぼくにもみえます』
ちょろちょろと、色つき粒子が黒い壁をすり抜け漏れ出てきた。
白い粒子は観測されないので、成功だ!
「ハナちゃんたちも、見てみて」
「あい」
「どれどれ……」
俺とメカ好きさんで、色つき粒子を判定できた。
あとはこの粒子を観測できない普通の人に、どう見えるかだ。
「しろいキラキラが、でてるです?」
「……これが、大志さんたちには色つきに見えているのですね」
「そうなんだよ。これが、脆化病で漏れ出てくるキラキラなんだ」
ここにきてようやく、俺やメカ好きさん、そして巫女ちゃん以外にも漏出粒子の観測が実現した。
色は見えていないだろうけど、壁の向こう側に漏れ出てくることそのものが、証なのだ。
「要するに、こっち側にキラキラが漏れてきたら、それは脆化病なんだ」
「なるほどです~」
「これなら、分かりやすいですね」
ハナちゃんとユキちゃん、興味深そうに漏出粒子を見つめる。
見た目では分からないその違いを、理論で突き詰め、実験により判定する。
これも一つの、科学だね。
「たしかにもれてるね! もれてるね!」
「これならわかるね! わかるね!」
「おうさまありがと! おうさまありがと!」
ほかの妖精さんたちも、壁をすり抜けてくる粒子を見てはしゃいでいる。
彼女たちが抱える問題を、自分たちだけで対処できる目処がついたのだ。
それは嬉しいだろう。
「まだ設計は煮詰める必要があるけど、ひとまずみんなの病気については、診断と治療の両方が整えられそうだよ」
「きゃい~! きゃい~!」
「もっと、とべないこ、たすけられるね! たすけられるね!」
「うれしいね! がんばろうね!」
この装置はあくまで試作品だ。それでも、今まで不可能だった診断が可能となる。
脆化病治療は、これから新時代に突入するのだ。
あとは巫女ちゃんにも協力してもらって、もっと設計を煮詰めよう。
妖精さん世界の脆化病を、なくせる日を目指して。
「うーい、やっぱきょうも、にぎやかじゃん?」
「みまわりしてきたぞーい」
「やねのゆきおろし、ひつようなのだ」
脆化病治療新時代を予感させ大盛り上がりの集会場に、消防団がやってくる。
そうそう、彼らもこの偉業の立役者だ。
マイスターはモロにキーマンだけど、消防団全体の活動があったからこそ、発見できたのだ。
「これはこれは良いところに。脆化病診断の目処が立ちましたよ」
「まじで!」
「やったじゃないですか!」
「すげえのだ!」
消防団面々に報告すると、素直に喜んでくれた。
彼らにも、お礼をしとかないとね。
「この発見のきっかけはみなさんのおかげでもありますので、良いお酒を贈ります」
「よくわからないけど、やくにたてたなら、うれしいじゃん」
「おれもなんだかわからんけど、おさけをもらえるのはうれしいな~」
「いいおさけなのだ」
さっそく仕舞っちゃう空間から、ブランデーを取り出して一人一人に贈る。
みんな、ありがとう。
あそうそう、メカ好きさんも消防団で、がんばってくれた。
今日だって実験に協力してくれた彼にも、お酒を贈らないとね。
「もちろん、貴方にもお酒を贈りますよ」
「……」
おや? メカ好きさんが、動かないぞ?
『このそうち、おもしろいな~』
あ、完全に離脱して、魂っぽやつが装置の前でニコニコしているね。
そして本体は、長時間抜けちゃったまんまだ。
嫌な予感がするけど、ちょっと確認しよう。手首をちょっと失礼しますよっと。
……うん、脈が止まってますねこれ。
『しくみって、だいじなんだ~』
――大変だー!!!!!
◇
「と言うことで、離脱に時間制限をかけられるような、装具とかが欲しいんだ」
「わかりました。多分魔女さんなら作れると思います」
「おてすうおかけします」
メカ好きさんは、魂を戻してから、エルフたちによる電気ショックで復活した。
周りに放電出来るエルフがたくさんいて、良かった良かった。
そんなお騒がせ幽体離脱エルフは、お酒を貰って嬉しそうではある。
ただまあアレしかかって危なかったため、時間制限をかけられるやつを発注した。
ユキちゃん、魔女さん、お願いしますだね。
ようするに丸投げである。
「あや~、おおさわぎだったです~」
ハナちゃんも結構放電したので、お疲れ顔だね。
というか妖精さん粒子の軌道について気づいたのは、ハナちゃんなわけだ。
もちろん彼女も褒め倒さなければならない。
「そうそう、今回の発見は、ハナちゃんも立役者だよ。思いっきり褒めちゃうからね」
「あや! ほめちゃうです?」
褒めちゃうって宣言したら、ハナちゃんお耳がぴっこーんてなった。
そして、きたいのまなざし。
「もちろんだよ。ひとまず撫でちゃうから」
「えへへ」
「あ、私も」
「うふ~」
俺とユキちゃんに頭を撫でられて、うふうふハナちゃんになった。
ほかにはご褒美もあげないとね。何が良いだろうか?
「あとは何かご褒美をあげるから、何でも言ってね」
「なんでもですね~? ぐふふ~」
ご褒美のお話をしたら、ハナちゃんいきなりぐにゃった。
ま、まあハナちゃんなら無理は言わないだろう。
大丈夫だよね?
「ぐっふっふ~」
……大丈夫だと良いな?