第一話 栽培実験
偉い人ちゃんが実家に帰ってから、一週間ほど。
ちまちまとネコちゃん便で連絡を取り合い、お互いの状況を交換していた。
『わきゃ~ん、こっちはお仕事たくさんで、たいへんさ~』
『フネ! フネをつくってもらえるって、ほんとうさ~?』
『あこがれのフネさ~!』
返信されてきたデジカメには、こんな感じの映像が録画されていた。
偉い人ちゃんはなんだか書類に囲まれて、とても忙しそうだ。
その周りでは、船を作ってもらえると聞いたドワーフちゃんたちが集まって、わっきゃわきゃしている様子が見て取れる。
「大志さん、ドワーフィンって紙を使ってますね」
「あ、確かにそうだ」
その映像を見たユキちゃん、良いところに気づく。
偉い人ちゃんがぺったんぺったんと判子を押している書類は、なんだか和紙っぽい。
どうもドワーフィンでは、紙が結構使われているようだ。
……あれか、あの世界には木々が沢山あってきれいな水もある。
製紙業をするにはもってこいの環境、だよね。
「ドワーフィンは、書類で物事が動く社会が出来ているかもしれない」
「そうであれば、会社の管理もこちらの手法が使えるかもしれません」
判子で決済しているように見受けられるので、判子文化でもあるかもしれない。
なんにせよ、ユキちゃんの言うとおり組織の管理も書類で出来そうだ。
ただ、一つ問題はあるけど……。
「……まあ、あっちの文字を覚えないといけないけどね」
「あ」
書類があると言うことは、文字もあると言うことだ。
しかし、俺たちはドワーフちゃんたちの言葉を知らない。
彼女たちの言語を学習するか、日本語を覚えて貰うか。
どちらにせよ、お勉強は必要ってことだよね。
「その辺は、おいおい詰めていこう」
「ですね」
とまあこんな感じで、ネコちゃん便でのやりとりから新しい発見をすることもある。
俺たちはまだまだ、ドワーフィンという星にまつわるあれこれと、ドワーフちゃんたちの文化をつかみ切れていないって事だ。
少しずつ、知っていこう。
「タイシ~、こっちもじわじわ、すすめてるですよ~」
「わきゃ~、なんとかなりそうさ~」
「いろいろためしているさ~」
そして俺たちがエルフ重工にまつわるあれこれを進めている横では、ハナちゃんは水耕栽培の計画を煮詰めていた。
ミタちゃんや彼女のお母さんと一緒に、まずは何を栽培したら良いかを選定中だね。
どんな感じか、進捗状況を聞いてみよう。
「ハナちゃん、今はどんな感じかな?」
「これをそだてようかって、おはなししてるです~」
「あつめるのめんどうだから、いっかしょで、まとめてふやしたいさ~」
「いろんなたべものに、かこうできるさ~」
ハナちゃんがぴょいっと仕舞っちゃう空間から、一枚の写真を取り出した。
そこには、なんか枝豆っぽいやつが写っている。
これってなんだろう?
「ハナちゃん、これってどんな植物なの? 枝豆みたいだけど」
「それっぽいやつらしいです~」
ハナちゃんのご回答によると、それっぽいやつらしい。
ということは、これからドワーフ納豆とか作ってるのかな?
「これを使って、納豆とか作ってるの?」
「そうさ~」
「こっちでいう、おみそとかも、つくってるさ~」
ドワーフちゃんたちに確認すると、まさにそうらしい。
あっちじゃ、豆は水中に生えるものって事か。
そもそも陸地がそんなにないから、あっちの植物はほとんど水中で育つ。
これも、その類いの物なんだろう。
「おためしで、これをそだてようかって、かんがえてるです~」
「これがたくさんつくれたら、ほぞんもできて、べんりさ~」
「たべものにこまること、ぐっとすくなくなるさ~」
「なるほど、保存性を意識してるんだね」
「そうです~」
ハナちゃんたちは、まず保存が利いて有用な食糧を増産するって方針みたいだね。
至極まっとうで、地に足の着いた思想かと思う。
ちたまでも、大豆は保存が利いてなおかつ国家戦略にすら利用できる食糧だ。
確かにそれっぽい植物を増産できれば、大きな力となるだろう。
「着眼点は大変に良いと思うよ。必要な物があったら用意するから、遠慮無く相談してね」
「あい~! タイシありがとです~」
「おせわになるさ~」
「たくさんつくれたら、うれしいさ~」
協力を申し出ると、ハナちゃんキャッキャと大喜びだ。エルフ耳もぴこぴこしてる。
共同研究者のミタちゃんとお母さんドワーフちゃんも、やる気みなぎる様子だね。
できる限りは、俺も協力しよう。
こうして、じわじわと計画を進めていく俺たちであった。
『これにも、ハンコをおねがいさ~』
『わきゃ~ん! まだあるのさ~!?』
『まだまだまだまだあるさ~? ほら、そこにやまほどあるさ~』
『あわきゃ~ん!』
あ、デジカメの動画に続きがあった。
偉い人ちゃんものすっごい書類に埋もれているよ。伊達に湖一つを束ねているわけじゃないんだな。
お仕事、がんばって下さい……。
◇
ここはとあるちたまの、とあるドワーフちゃんの湖。
村は極寒シベリア超特急の中、この領域は真夏のような気温です。
そんな中、ハナちゃんとドワーフちゃんたちが、水辺で何かをしておりました。
「お試しで、ここに植えてみるですよ~」
「やってみるさ~」
「種は用意してあるさ~」
どうやら、さっそく豆っぽいやつの水耕栽培を実験するようですね。
ハナちゃんは小さなスコップを右手に構えていて、お母さんドワーフちゃんは大豆みたいなやつを袋から取り出しております。
「うちらは、見学するさ~」
「にょきにょきするのさ~?」
「楽しみさ~」
その周りでは、見物人ドワーフちゃんたちがわっきゃわきゃしていますね。
とまあ賑やかゆるゆるな、栽培実験の始まり始まり!
「それじゃあ、早速植えるです~」
「お手伝いするさ~」
「とりあえず、土に埋め込むさ~」
三人は特に何も考えず、大豆っぽいやつを水底の土に埋め込み始めました。
泥が堆積しているので、ぷすっと刺せば植え込み完了ですね。
そうして準備を整えた後は、いよいよハナちゃんの得意技が炸裂です!
「それでは、行くですよ~。にょっきにょき~、育つです~」
今回はお水を撒く必要が無いので、ハナちゃん手をワキワキさせながら、植え込んだ大豆っぽいやつに念を送り始めました。
なんだか、謎の電波出てそうな雰囲気ですが……果たして上手くいくのかな?
「良い感じに~、にょきるです~」
エルフ耳をぴこぴこさせながら、ハナちゃん一生懸命電波――おっと念を込めます。
すると――。
「わきゃ! なんか、芽が出てきたさ~!」
「さすが、ハナちゃんさ~!」
「相変わらず、不思議さ~」
ハナちゃんの頑張りが通じたのか、湖底の泥の中からちっちゃな芽が、ぴこっと出てきました。
やったねハナちゃん!
「やったです~!」
とりあえず芽を出すことに成功したハナちゃん、キャッキャと大喜び。
さてさて、発芽してしまえばこっちのもの。
あとはそのまま育てれば……て、あれ?
「あえ? なんか浮いてきたです?」
「ほんとさ~」
「芽が出たやつ、みんな浮かんで来ちゃったさ~」
はてさて、そのまま成長するかと思われた大豆っぽいやつ、なんだかぷかぷかと浮いてきてしまいました。
植え込んで発芽したものは、みんな発芽と共に水面へぷ~かぷか。
そして浮いたやつはそのまま水流に乗って、どんぶらこと……どこかへ流され始めます。
「あや~、流されたですね~。元気に育つですよ~」
「がんばって、大きくなるさ~」
「さよならさ~」
流されていく発芽した大豆っぽいやつを、手を振りながらのんびり見送る三人ですね。
そのまま、大豆っぽいやつちゃんの門出をにこやかに見守ります。
「さて、見事に実験は大失敗したですけど」
そしてハナちゃん、満面の笑顔で実験の大失敗を告げました。
笑顔だけど、エルフ耳はぺたんと下がっておりますね。
笑ってごまかそうとしたけど、良心が若干とがめた模様です。
ハナちゃんどんまい!
「芽が出ると、浮いちゃうみたいさ~」
「まとまって採れないのは、あれが原因ぽいさ~」
「そう言えば、たまに流れていくやつ、見たことあるさ~」
「ああやって、いろんな場所に散らばっていくのかもさ~」
内心ヘコんでいるハナちゃんはさておき、ドワーフちゃんたちは今の現象について思うことがあるようです。
ハナちゃんとの実験を通して、植物に関する考察を深めようという心が芽生えたようですね。
実験が失敗したとしても、これはこれで大きな成果と言えるでしょう。
「あや~、これはじっくり取り組まないと、いけないかもですね~」
「のんびりやるさ~」
「種の方は、集めておくさ~」
「うちらも、お手伝いするさ~」
と言うことで、もうちょっと手法を変えて試みる必要があるようですね。
ドワーフちゃんたちも協力してくれるようですので、のんびりじっくり、検証を進めていきましょう!
――そして翌日。
やっぱりドワーフの湖にて、またもやハナちゃんとドワーフちゃんたちが集まってなにやら実験を始めておりました。
「これに、お水を入れるのさ~?」
「そうです~。きのうタイシにお願いしたやつ、すぐに用意してくれたです~」
ハナちゃんが準備しているのは、良くある中くらいの水槽ですね。底に緩くした粘土が敷き詰められております。
大志に用意してもらったようですが、それをどうするのかな?
ミタちゃんにお願いして、お水を満たしているようですが。
「種も、用意したさ~」
「ありがとです~。助かるです~」
「どういたしましてさ~」
お母さんドワーフちゃんも、またもや種を用意してくれたみたいです。
この大豆っぽいやつはあちこちに点在して生育しているので、集めるのはちょっと手間ですが、探せば結構採れるみたいですね。
これから色々実験するので、沢山集めてくれたようです。
「あとは、これですね~」
そしてさらに、ヤナさん謹製の白く光るエルフリキュールをドン!。
はてさて、ハナちゃんは一体、何を始めるのでしょうか?
「これで試しに、育ててみるです~」
そう言ったハナちゃんは腕まくりをして、お水で満たされた水槽の底にある粘土に、大豆っぽいやつをんしょんしょと植え込み始めました。
今度は、水槽で栽培実験をするようですね。
水を入れる前に豆っぽいやつを粘土に植えこめば、もっと楽だったかもと思いますが。
手順を若干間違えちゃった感じですが、まあ気にしないことにしましょう。
結果的には同じですからね!
「これなら、流されないです~」
「じっくり観察も出来そうで、いいかもさ~」
「これはこれで、面白そうさ~」
どうやらハナちゃん、昨日起きた問題に対処した、別の手法を考えたみたい。
すぐさま別の手立てを考えて実行するのは、なかなかですね。
作業手順はあんまり考えてなかった感じですが、それでも動こうとするのは大したものです。
大人だって、一度失敗したら結構足踏みしちゃうものですから。
「旅行でスイゾクカンってところに行ったとき、こういうのあったです~。真似してみるです~」
「確かに、あったさ~」
「あれは、興味深かったさ~」
なるほど、水族館でも確かにありました。
ハナちゃん、しっかりと旅行での出来事や経験を糧にしているようです。
勉強熱心なお子さんですね。
「ではいくですよ~。にょきにょき育つです~」
やがて準備が終わり、早速ハナちゃんにょきにょきの儀式を開始です。
両手を水槽に向けて、んむむと謎の念を送り始めました。
「にょっきにょき~」
「わきゃ~、昨日と同じで、すぐに芽が出てきたさ~」
「何回見ても、不思議さ~」
この辺は昨日実演済みなので、今回も特に何の問題も無く発芽させることが出来ました。
粘土の中からぴこぴこと芽が出てきて、やがて――。
「あや~、土を粘土にしたのに、それでも浮いてきたです~」
「こんにちはさ~」
「元気いっぱいさ~」
やっぱり、発芽した大豆っぽいやつが浮上してきました。
みずみずしい芽を上にして、ぷかぷか水面を漂い始めます。
「なんで浮いちゃうですかね~」
「不思議さ~」
「なんか、理由はあると思うさ~」
それを見たみんなは「なぜ浮上するのか」を一生懸命考え始めました。
しかし、科学的、生物学的知見が無い状態です。
いくら考えても、分かりません。
「あや~、これはもうちょっと観察したあと、タイシに聞いてみた方が良いですね~」
「それが良いさ~」
「タイシさん、初めて見た物でも、なんだかんだで謎を突き止めるさ~」
「なんであんなんわかるのか、頭の中が謎の人さ~」
「たまにユキとむつかしいお話、してるですね~」
ここで、とりあえずもう少し観察した後、大志に聞こうという方針が決まりました。
ある程度材料を揃えておけば、大志も思考のとっかかりが得られやすいですからね。
情報をある程度集めてからにしようという姿勢は、大事かもです。
「というわけで、今日はこの辺にしとくです~」
「わきゃ~、それじゃこの後、サウナ行こうさ~」
「みんなでぬくぬくするさ~」
「良いかもさ~」
さて、今日できることは確かにこれくらいですね。
ハナちゃんのお仕事終了宣言とともに、ドワーフちゃんたちもお仕事終わりモードへ突入しました。
あとはのんびりサウナを楽しんで、ゆっくり過ごしましょうね。
「ハナちゃん、これはどうするのさ~?」
「あえ?」
そうして実験チームと見学者が解散するなか、ミタちゃんが水槽を指さしてハナちゃんに問いかけました。
そうそう、大豆っぽいやつの芽がぷかぷか浮いてるこれ、どうしましょう?
「これはそのままにしておいて、毎日観察するですよ~。このお酒の光を、当て続けるです~」
「わかったさ~。うちらも、写真とったりして記録しておくさ~」
「助かるです~」
どうやら、水槽と光るお酒はそのまま置いておくようです。
あとは毎日観察して、データを集めるみたい。
お酒の光を当て続けるのは、生育を早める狙いのようですね。
「それじゃ、ハナはおうち帰るです~」
「一緒に、村まで行くさ~」
「あい~」
こうして、二日目の実験は終了しました。
また明日、様子を見ましょうね。
◇
ここはとある世界の、とあるワサビちゃん畑。
深夜に雪がちらちら舞う中、なんだか畑は賑やかです。
「ぴっぴっぴ~」
「ぴぴっぴぴ~」
「ぴち」
畑ではワサビちゃんたちが、みんなで雪の中から何かを掘り出していますね。
ぴっぴと元気いっぱい、掘削作業を行っています。
「ぴ!」
「ぴぴぴぴ!」
「ぴっち~!」
やがて雪の中から、光る何かが発掘されました。
それは、ヤナさん謹製の光るエルフお酒ですね。
自発光する不思議なこの液体は、ソーラー街灯が積雪で使えない場合でも光りまくりです。
ワサビちゃんたちにとって心地よいこの光を浴びるため、みんなで掘り出していたのですね。
「ぴ~ぴぴぴ~」
「ぴぴ~」
「ぴ」
やがてワサビちゃんたちは、光るお酒の周りでくつろぎ始めました。
夜は彼らの時間です。思う存分、光を浴びてのんびりしてね。
「ぴ~」
そうしてワサビちゃんたちが光合成を始める中、一人のワサビちゃんが畑の外へと歩き出しました。
これはこれは、いつもの活動ですね。
「ぴっぴぴぴ~」
そのまま元気に歩き始めるワサビちゃん。
彼ら、実は結構……深夜の村を歩き回っています。
たまに遠出しすぎて朝までに畑に戻れず、その辺の土の中でビバークする子も居るんですよね。
大志やエルフたちは、気づいていないようですけど。
彼らはその気になれば、完全にステルスが出来るのです。
なのに、あえて引っこ抜かれるような場所に行って、わざと葉っぱを出したり……。
どうにも良く分からない、生き物なのでした。
「ぴぴぴぴぴ~」
そんな謎生物のワサビちゃん、ご機嫌で村を闊歩していきます。
しばらく歩き回っていると、空から光る飛翔体が近づいて参りました。
「こんにちは! こんにちは!」
「ぴっぴ~」
「きょうも寒いね! 寒いね!」
「ぴ~?」
探索中のワサビちゃん、妖精さんとご挨拶ですね。
妖精さんは昼夜が余り関係ないので、深夜に歩き回っているワサビちゃんとも良く遭遇します。
この夜も活発に活動する両者、実はちょっとしたお仕事をしていたり……。
「今日も見回りだね! 見回りだね!」
「ぴっぴ~」
「火の用心だね! 火の用心!」
「ぴ~」
そう、村人たちが寝静まる中、妖精さんとワサビちゃんはひっそりと地道な夜の防災活動をしているのでした。
村の安全を守るため、ちいさなちいさな存在たちだって、がんばっているのです。
だってみんなこの村が、大好きなのですから。
「私たちはこっちを見るね! こっち!」
「またね! またね!」
「ぴぴぴ~」
そうして手分けして、見回りが行われていきます。
巡回ワサビちゃんは妖精さんと別れて、今度はドワーフの湖へと向かいました。
「ぴぴぴ~」
ぽちゃんと川に飛び込み、そのまま水流に乗って湖へ到着!
またまた、見回りを始めようとしたときのことです。
「……ぴ?」
巡回ワサビちゃん、何かを発見しました。
それは――。