第八話 犯人は土地勘のある人物とみられており
「あややややややっ!」
静かな朝、まだ村のみんなが誰も起きていない早朝、それは起きました!
突如ハナちゃんの叫び声が、村にこだましたのです!
すぐさま、ヤナさんが家から飛び出してきました!
「ハナ! どうした!」
ヤナさんはハナちゃんの叫び声がした方に走り出します!
ヤナさんの向かう先、そこは――家庭菜園!
◇
三日目、夕方。
ハナちゃんは家庭菜園で採れた野菜を、皆にふるまいます。
「野菜が沢山あると、いっきに食事が豪華になるな」
「ハツカダイコン沢山みそ汁とか、素敵」
「三食こんなに食えるなんて、すげえよな」
バクバクと夕食を食べていくエルフ達。ハナちゃんが量産した野菜で、お腹一杯です。
「ハナちゃん凄いわね~」
「二日続けてだもんね~」
「お野菜ありがと~」
なでなで、なでなで、なでなで。
「えへへ、えへへ、えへへ」
そんなハナちゃん、今日もうれしそう。食べ物沢山、皆になでなで。一生懸命頑張ったかいがあります。なでなでしていた奥様方がハナちゃんに言いました。
「おうちで余ってる種、ハナちゃんにあげるわ」
「ほんとです?」
「うちのもあげるわ~」
「私のも」
ハナちゃんは種が終わって残念そうだったので、村の皆は種をあげることにしました。
「うふ~」
ちりも積もれば山となる。皆からちょっとずつもらった種は、結構な量になりました。これでまたにょきにょきできます。
明日大志が来たら、にょきにょきさせよう。大志はびっくりするかな? 喜んでくれるかな? ハナちゃんはそんな様子を思い浮かべて、超ご機嫌。
早く明日にならないかな、大志はいつごろ来るのかな。ハナちゃんは、明日が楽しみでしょうがありません。
今日は温泉に入ったらすぐにおねむしよう、明日早く起きて大志を待とう。うきうき気分で予定を考えるハナちゃんでした。
あまりにうきうきしていたので、ハナちゃんはひとつ忘れ物をしました。
お昼過ぎの犯行、その経過観察を。
こうして、事態は誰も気づかないまま進行したのです。
四日目、早朝。
ぱち。
ハナちゃん、朝早くに目が覚めました。
「ふあ~」
むくりと起き上って、おおきなあくび。周りを見ると、おうちの皆はまだ寝ています。ハナちゃん、今日一番の早起きですね。
ぴょこっ。ぽてぽて。
立ち上がったハナちゃんは、早速行動を始めます。
寝静まったおうちのなか、ハナちゃんの足音だけがぽてぽて響いていました。
ぱたん。
玄関から外に出たハナちゃん。ぐるっと回っておうちの裏に向かいます。
ハナちゃんの向かう先は……やっぱり、家庭菜園。
昨日はにょきにょき具合を確認しないままおねむしたので、どうなっているかまだ分かりません。
早起きしてしまったハナちゃん、ついでだから確認しようと思ったのでした。
ぽてぽて。
静かでさわやかな早朝の空気の中、ハナちゃんはぽてぽて、ぽてぽてと犯行現場に向かいます。犯人は現場に戻る、よく言いますよね。
「にょっきにょき~どうなったですか~」
ご機嫌なハナちゃん。静まりかえった村に、奇妙な歌声だけが響いていました。
そうしておうちの裏、家庭菜園が見えるような場所まで歩いた時、ハナちゃんはそれみて、ぽかんとしてしまいました。
「……」
ハナちゃんがぽかんとして見つめる先、かつて何にもない原っぱだった場所、ついこないだ家庭菜園を作った場所。
そんな場所だったはずのそこには――緑があふれていました。
「……あえ?」
ようやく声がでたハナちゃん、自分の目が信じられない様子。あっちにぽてぽて、こっちにぽてぽて。「それ」を見て回りました。
「あえあえ?」
いまだに事態を認識出来ていないハナちゃん。にょきにょきするのにもう慣れっこだったハナちゃんが、ここまで混乱したのには理由があります。
緑あふれるそれは――かつて自分達が居た森に、そっくりだったのです。
たった一晩で、なつかしい森が出来ていたのでした。
皆で楽しく過ごしていたあの森……思い出いっぱいだったあの場所。
そして……失ってしまった、故郷。
それが――今ここにありました。
くるりと振り返っておうちを見ます。ありました。
またくるりと振り返って森をみます。こちらもありました。
前いた森に帰ったわけではありません。ここは大志と出会った、あの村です。
「これは……夢ですか?」
ハナちゃんはまだ、目の前にある物を信じられません。いまだにぽかんとしています。
「……夢じゃないか、確かめてみるです」
そういって腕を構えるハナちゃん。セルフしっぺをするつもりです。
狙いを定めてからふしゅー、ふしゅーと呼吸を整え、思いっきり振りかぶって準備は完了。
そして――しばらくためらいます。やっぱり心の準備も必要ですよね。
「――いくです!」
ようやく気合が入ったハナちゃん、全力で腕を振り下ろしました!
ぺちこーん!
「あややややややっ!」
無駄に気合を入れたせいで、想像以上の痛さになりました。思わずハナちゃんは叫んでしまいます。
「ハナ! どうした!」
ハナちゃんの叫び声を聞いて、ヤナさんが飛び出してきました。大体六秒の早業。さすがおとうさんですね。
腕がじーんを地味にこらえながら、ハナちゃんは駆け寄ってくるお父さんに言いました。
「おとうさ~ん! 森が、森ができちゃったです~」
「?」
ヤナさん、ハナちゃんが言っていることが理解できません。首を傾げてしまいます。
「あれ、あれです~」
ハナちゃんが指さした先を見たヤナさん、ぽかんとしてしまいました。
「これは……夢なのか?」
「夢じゃないです」
「……夢じゃないか、確かめてみよう」
「それはもうやったです」
ハナちゃんは、ふしゅーふしゅーとしっぺの準備に入ったヤナさんを止めます。一回やれば良いですからね。
そうして二人で森を見て、しばらく呆然としていると、おうちの皆も駆けつけてきました。
「どうしたの!」
「何があった!」
「あらあら!」
「ふがふが!」
そして、森を見てやっぱりぽかんとしました。誰もが自分の目を信じられません。ヤナさんも、改めて不思議そうに言います。
「しかしこれは……一体何が起きているんだ?」
「森ができたです?」
「いやまあ、そうなんだけど……」
一発で回答を貰えたヤナさんでした。一言でいえばそうですし、問題はありませんよね。
やがて、ハナちゃんの声を聞きつけた村の皆も、ぞくぞくと集まってきました。思いのほか、ハナちゃんのしっぺ絶叫は村に響いたみたいです。
「おい、叫び声が聞こえたけど……うわっ!」
「え……なにこれ……」
「見たまんま森だべな」
こんな感じで、四日目は始まったのでした。
◇
「……ごめんなさいです~」
「やっぱりか~」
「だよね」
「こんなこと出来るの、ハナちゃんだけだしな」
ハナちゃんが昨日の犯行を自供。それを聞いた皆は、納得のご様子。ハナちゃんがやれば、そりゃこうなるよね。そんな共通認識が広がっていました。
皆ハナちゃんのにょきにょき能力は分かっていたので、あっさりです。
「しかしハナ、こっそりそんな事してたのか……」
「え、えへへ……」
ハナちゃんは、犯行を笑ってごまかす気です。しかし、さすがにこれはごまかせません。そんなハナちゃんに、カナさんが言いました。
「でも、あの種がこんな風になるとは、普通わからないわね」
植えたブツはあれですが、特に悪さをしたというわけでもなく。植物を育てようと、一生懸命お仕事したらこうなっただけの話です。おうちの皆も、村の皆もハナちゃんを怒ることはしませんでした。
それに、なんかできちゃったこの森は、故郷の森にそっくりなのです。怒るよりむしろ、喜びがありました。
「懐かしいな」
「あの森がこっちにできちゃうとか、素敵」
「もう無くなったと思って、諦めてたのによ」
笑顔で森を見る皆、嬉しそうです。家庭菜園からかなりはみ出してはいるものの、森と言うにはだいぶちっちゃいそれ。でも確かに、故郷の森なのでした。
「ここに来て、良かった」
「良かったです~」
「ここは、素敵な所ね」
「神様、ありがと」
エルフ達は、神様に感謝しました。今まで食べることに必死だった皆ですが、故郷の森をみて思い出したのです。ここまで導いてくれた、神様を。
こうして、村に森ができました。
ハナちゃんのおうちの裏、そこは――ちっちゃなちっちゃな、故郷の森。
素敵な出来事、嬉しいな。しばらくエルフ達は、笑顔で森を見ていました。
……そんなほんわかした空気の中、一人のエルフが言います。
「でもこれ、タイシさんにどう説明すんの? 人んちの土地に、勝手に森つくったらまずくね?」
「「「――あ゛」」」
今日は大志が来る日です。はてさて、あれあれ? どうしましょう。
エルフ達は頭を抱えてしまいましたとさ。