第十九話 のんびり年越し
「帰ってきたわよー」
「タイシのおかあさん、おかえりです~」
「お袋、お帰り」
年末まであと二日と言うところで、お袋が帰ってきた。
なんかエルフ民族衣装をまとっておられる。現地に溶け込みすぎ事案だ。
「わたしたちも、としこしにさんかします」
「たのしみかな~」
「きょねんみたいに、もりあがりましょう!」
一緒に平原のお三方もやってきて、年越しを楽しみにしているようだ。
ご期待に添えるよう、盛り上げちゃうよ!
「『お義母』さん、お帰りなさい」
「あらユキちゃん、その後進展はあった?」
「そこそこ順調ですよ」
「そうなの?」
年越しプランを考えていると、お袋とユキちゃんが良く分からないやりとりを開始する。
二人で何か計画でも立てているのかな?
でもなんか、女同士のお話って感じで確認しづらい。
うかつに首を突っ込むもんじゃないと思うから、そっとしておこう。
俺はそういった危機管理も出来る男だからね。
「……まあ、保証人にはなったげるから、がんばるのよ」
「はい!」
おや? 保証人とな。
お金でも借りるのかな?
◇
色々準備を整えて、今日はいよいよ大晦日!
去年と同様、集会場でゆっくり年越し会だ。
「オードブルを受け取りに、子猫亭に行ってくるね」
「あ、私もお付き合いしますよ」
これも去年と同じく、子猫亭に発注済みのオードブルを受け取りに行く。
ユキちゃんもお供してくれるようなので、二人でちょっくら外出だね。
「いってらっしゃいです~」
「ウチらは、のんびりまってるさ~」
ハナちゃんと偉い人ちゃんにお見送りしてもらい、子猫亭へと車を走らせる。
「そう言えば、子猫亭にようやくフルでバイトが入ったって」
「あ、ようやくですか」
「前からちょくちょく来てくれてはいたのだけど、冬になって道路工事のバイトが一段落ついたみたい」
「この時期はかき入れ時なので、ちょうど良いかもですね」
道中、そんな雑談をしながら目的地へと向かう。
話に出ているバイトちゃんのおかげで、子猫亭もずいぶん助かったと聞いている。
ちなみに、まかないは特盛りをいつも平らげるらしい。
いつも生活が苦しそう、とは大将の印象だ。
「あ、見えてきましたね」
「今日も混んでるなあ」
そんな事を考えていたら、子猫亭が見えてきた。
さてさて、お仕事の邪魔にならないよう、ちゃっちゃとオードブルを受け取ってさくっと帰ろう。
すぐさま駐車場に車を停め、店内に入る。
「大将、オードブル受け取りに来ました」
「おう大志、そこに置いてあるから持ってってくれ」
「これですね」
時間通りに受け取りに顔をだしたから、時間通りに用意してあった。
ではでは、積み込みしよう。
「あ、これは私が持って行きますね」
「ユキちゃんありがとう。お願い出来るかな」
「任せて下さい」
ユキちゃんも手伝ってくれて、てきぱきと車にお料理を運んでいく。
そうして大体積み終わり、ユキちゃんに車で待って貰い、俺はお会計を済ませることにする。
「あ、入守さん。お久しぶりです」
お会計に出てきたのは、栗毛くせっ毛のバイトちゃんだった。
さっきは厨房にいたのか、姿が見えなかったな。
まあ顔を合わせるのは、久しぶりだ。こっちも挨拶しなきゃね。
ついでに子猫亭でのアルバイトはどんな感じか、所感を聞いておこう。
「お久しぶりです。元気そうで何よりですね。ちなみにここのアルバイトは、どうですか?」
「家から通えるし時給も良くて、あとまかないがあるのでとっても助かります!」
「さ、さようで……」
生活が苦しそうなバイトちゃん、子猫亭のアルバイトは気に入ってくれたようだ。
大将たちも助かっているしで、良い人材を紹介できたかな?
「出来れば、末永くこのお店のお手伝いをして欲しいと思います」
「それはもう!」
元気よくお返事してくれる、バイトちゃんだね。
さてさて、お店も繁盛していることだし、これ以上雑談して時間とらせちゃ悪いな。
お会計して、お暇しよう。ユキちゃんも車で待たせているからね。
「はい、これが代金です」
「確かに頂戴致しました」
オードブルの代金を支払い、任務完了だ。
では、村に帰りましょう!
「またのお越しをー」
バイトちゃんが見送る中、ユキちゃんが待つ車へと戻る。
「ユキちゃんお待たせ。それじゃ村に帰ろうか」
「はい」
にこにこ耳しっぽさんの毛並みを堪能しながら、車を発進させる。
あ、そう言えばバイトちゃんの紹介してなかったな。
まあそのうち、顔を合わせる機会もあるか。
そのとき紹介しておけば良いよね。
「……? 大志さんどうされました?」
「ああいや、ユキちゃんは、アルバイトの子と顔合わせしてないなって」
「そう言えば、そうですね」
「そのうち顔を合わせる機会もあると思うから、そのとき紹介しようかなって」
「なるほど」
子猫亭とは、異世界食品やらドワーフちゃん製調理器具の開発やらで、色々とお話しする機会も多い。
バイトちゃんもフルシフトするなら、それらに関わってくるだろう。
ユキちゃんと顔合わせする必要はあるんだよね。
「まあ、子猫亭には良く顔を出すから、そのうちかな」
「わかりました」
というわけで、またの機会にって事で。
今日はひとまず、のんびり年越ししよう!
◇
「それでは、年越し会を始めます。のんびり行きましょう」
「「「はーい」」」
集会場にオードブルを並べ、お酒を飲みながらだらだらと過ごす。
ついでに、プロジェクターにいろんな映像を流して鑑賞会だ。
「あや~、ことしもいろいろ、たのしかったですね~」
「あっという間に、一年経っちゃったよ」
「です~」
ハナちゃんはもぐもぐとエビフライを食べながら、思い出映像を見てほんわか顔だ。
でも今流れている映像は、沖縄旅行中で起きたネタ映像を編集したものだけど。
どっちかというと、爆笑映像集ってやつだ。
ほら、今マイスターが白くなった様子が映し出されているよ。
「おにくがはみでている、うごくしゃしんが……」
「はっきりと、しょうこがのこされているの」
「ふるえる」
そして女子エルフたち、当時のおにく余りの自分たちの姿を見て、ぷるぷるだ。
おまけに、ぶっちゃけ今も結構余ってますよ。
ただそのおかげで、村の電源施設は充電されまくりなのだけど。
今回プロジェクターをつけっぱなしに出来るのも、そのおかげだったりするわけで。
女子エルフたちがおふと――すると、電気が得られるのだ。
痛し痒しである。
「いや~、無事年を越せると思うと、ほっとしますね」
「たべものもたくさんあるから、よゆうがあるじゃん」
「たくさんおこめつくったもんな~」
「おにぎりおいしい」
ぷるぷるする女子エルフたちの横では、エルフ男衆がのんびりお酒を飲んでいた。
ヤナさんの言うとおり、無事年越し出来るというのは、本当にほっとする。
米作りも豊作になったので、食料の心配がないのが大きいね。
その成果は、今まさにおにぎりとして消費されている。
ただ、おにぎりとウィスキーは合うのかな?
「わたしたちは、おだんごたべるよ! おだんご!」
「もっちもちのやつだよ! もっちもち!」
「たくさんつくりました! たくさんつくりました!」
「きゃい~」
今年はモチ米も沢山作ったので、妖精さんたちは村で採れたモチ米で大福を作っているね。
たまにどピンクの大福が混ざっているけど、どうやってその色を出しているのだろうか。
……気にしないようにしよう。
「タイシさん! とうぜんしっぱいしたやつもあるからね! しっぱいしたやつ!」
「お、おう」
そしてトラップ発動。イトカワちゃんが中性子星お団子を持ってきた。
鏡のように銀色で、金属製みたいな感じだよ。でも形はイトカワなんだね。
「どうぞ! どうぞ!」
「い、頂きま――ティラミスの味がする。いつも通り、味は美味しいね!」
「ざいりょうはおさかなだよ! おさかな!」
「え?」
お魚? なんでそれをお菓子に使おうと思ったの?
そして魚介類の味はまったくしないのだけど、どうして?
◇
「わきゃ~ん、うたをきかそうなんて、すてきさ~」
「にぎやかだね! はなやかだね!」
「おどっちゃうよ! おどっちゃうからね!」
(にぎやか~)
(たのしいね!)
やがて年越し会は佳境に入り、恒例歌大戦の放送が始まる。
偉い人ちゃんは様々な音楽にうっとりし、妖精さんたちはきゃいっきゃいで踊る。
神輿とオレンジちゃんは、お酒の飲み過ぎでぐんにゃりしながらもテレビ鑑賞だね。
「あや~、うたがじょうずです~」
ハナちゃんも、歌のプロたちの映像を見て楽しそうだ。
まあ彼らは専門家だから、上手なのは当たり前なのだけど。
「それを専門にしている人たちだからね。めっちゃ上手なんだよ」
「こっちは、なんでもせんもんかがいるですね~」
「専門でやって極めていかないと、お仕事なくなっちゃうからね」
「せちがらいです~」
何でもかんでも高度化している現代では、専門家じゃないと最低水準の仕事をこなすのも厳しい。
そのおかげで高水準なサービスを得られるとは言え、それが幸せなのかどうかは俺にはわかんないな。
ただハナちゃんの言うとおり、世知辛い面は確かにある。
でも世の中そうなっているのだから、どうにもならない。
「ただ、専門の人がいるおかげで、小難しい問題がさっくり解決するからね」
「むつかしい、おはなしです~」
「せんもんかは、だいじさ~」
いつの間にか偉い人ちゃんも話に加わって、三人でむむむってなった。
このめでたい年越しの最中に、俺たちはなに小難しい話をしているのだろうか。
とりあえずこの社会問題については、気にしないことにしよう。
「大志さん、こっちの笑ったらだめなやつ、意外な展開になってきましたよ」
「え? どれどれ?」
社会問題について思考を放り投げたところで、ユキちゃんがスマホを持ってやってきた。
なぜか黒キツネさんになっているけど。
ともあれ、笑ったらだめなやつの新展開は気になる。ちょっと見せて貰おう。
「……相変わらずひどい」
「ですね」
ユキちゃんの手元にあるスマホをのぞき込むと、確かに新展開だけどいつもどおりひどい場面が展開されていた。
しかし笑えてしまうのは、プロだからか。
あと、黒耳の毛並みがふあっさと顔に当たって素晴らしい。
番組よりこっちの方が重要かもしれない。
「ありがたやありがたや……」
「フフフ……二人の距離はほとんどゼロ……」
(よこしま)
何か謎の声からつっこみを頂いた気がするけど、気のせいだろう。
俺には何の邪な気持ちはない。ただ純粋に、この毛並みが素晴らしいだけである。
俺は悪くない。
「あや~、わるいおとながいるですね~」
「そっとしておくさ~」
(よこしま)
後ろでハナちゃんと偉い人ちゃんがひそひそやっているけど、俺はとってもピュアな気持ちしかないのだ。
この霊験あらたかな毛並み、守っていきたい。
「ねえ志郎さん、あの子とんでもなく祟られてるわよ。大丈夫なの?」
「俺は逆に、あれほど祟っても効果出せてないユキちゃんがかわいそうだと思う」
「あいつどんだけストロングなんだよ。おかしいぞ」
「普通なら国が傾く祟られ方してるわねえ」
おや? お袋と親父、爺ちゃんと婆ちゃんがなんかひそひそやってる。
家族会議で俺だけのけものというのは、気になるな。
こっそり美味しい物でも食べに行く相談でもしているのだろうか。
俺も仲間に入れて欲しい。
「みんな、どうしたの?」
「ダメな子が来たわよ」
「大志、お前もうちょっとなあ……こうさ……」
「俺からは何も言えん」
「あの子、苦労するわねえ」
声をかけたら、なんだか総攻撃を食らった。
なぜなのか。
「ユキちゃん、うちの子がダメでごめんね。でも見捨てないでね」
「はえ? ……ええまあ」
そのままお袋はユキちゃんの肩にぽむっと手を置き、なんか謝っている。
ほんとなぜなのか。
(よこしま)
また謎の声からつっこみが。いやいや、俺はピュア系だからね。
◇
家族にダメな子認定されたけど、みんな俺の危機管理能力を知らないからね。
そこはしょうがない。未然に危機を防ぎ続けているのだから、成果が出ていないように見えるのはどうしようもないのだ。
まあ細かいことは気にしないことにして、のんびり年越しを過ごしていく。
「ここでみなさんお待ちかね、年越しそばやらラーメンやらを配りますよ」
「「「わーい!」」」
(おそなえもの~!)
(たのしみ!)
会も佳境となり、とうとう年越しの長いもの食べちゃうフェーズに入った。
こいつを食べ終わる頃、新たな年が始まる。
「あや~、でっかいエビちゃんがのってるです~」
「ごうかだね! みためすごいね!」
「ふしぎなおだんごですね! ふしぎなおだんご!」
「わきゃ~ん、みそラーメンさ~」
各々好きな麺類を選択し、好みの具材を乗っけていく。
散々飲み食いしてきたのに、まだまだ容量はあるようだ。
「……あえ? このかおり、どっかでかいだことあるです?」
「ほんとだ」
「これって……」
そしてハナちゃんたち数名のエルフが、何かに気づく。
ふふふ、今年はちょっとしたサプライズを仕込んであるんだよ。
「あや! これってあの――」
「ラーメンやさんのやつじゃん!」
「まじで!」
そう、今回はあの買収した劇ウマラーメン屋さんから、スープを提供してもらったのだ。
ははは、職権乱用バンザイ! オーナーになったので、こんな無理が通るのだ。
そば用の出汁も作ってもらってあるから、どっちを食べても激ウマである。
「うわきゃ~ん! あのラーメンがたべられるさ~!?」
「すてきさ~」
「これはいいね! たのしみだね!」
ほかのみなさんも、このサプライズに大喜びだね。
今年も残すところあと数分、極上ラーメンとそばを堪能しながら、新年を迎えよう。
「うふ~、これはおいしいです~」
「まさか、ここであのラーメンがくえるとはな~」
「さいこうさ~」
さっそく、みなさんラーメンやらそばをすすり始める。
テレビでは除夜の鐘もかなり叩きまくっており、煩悩が洗われていくね。
ちょっと叩くペース間違って、いま焦って辻褄合わせしているレベルで連打している感はあるけど。
「大志さん、サプライズ大成功ですね」
「ユキちゃんも協力ありがと。助かったよ」
「いえいえ」
除夜の鐘高速連打事件はさておき、白キツネさんに戻ったユキちゃんも、このサプライズ成功に大喜びだ。
仕込みを手伝って貰ったので、あとでなにかお礼をしておこう。
ともあれ、あとちょっとで新年だ。
カウントダウン、始めましょうか!
「じゃあ、五秒前からみんなで秒読みはじめましょう」
「あい~」
「いよいよじゃん!」
「うちらも、さんかするさ~」
「わたしたちもだよ! わたしたちも!」
ということで、みんなで新年に向けてカウントダウン開始だ。
「五!」
「ごー」
「四」
「よーん!」
「三!」
「さーん!」
「二!」
「にー!」
「一!」
「いーち!」
――さあ、新しい年の始まりだ!
◇
こうして楽しく年越しを行い、新年の到来を祝った。
しかし、それは別れが訪れる事も意味する。
「わきゃ~ん、たのしかったさ~」
「もりあがったですね~」
「あとは、ねるだけさ~」
偉い人ちゃんは、三が日後にはドワーフィンへと帰還する予定だ。
彼女がちたまで過ごせる時間は、あとわずか。
別れの時は、近い。
危機管理能力マイナス