第十五話 それでも、課題は残っていた
アダマンは強力な触媒であるという仮説を組み立てたので、検証フェーズに入る。
まずはいつもの口の堅い会社さんに依頼するための、試料を揃えてみた。
「じゅんどのちがうやつを、そろえたさ~」
「こっちは、どうぐにつかえないやつさ~」
「さいこうじゅんどのやつは、これさ~」
アダマンはドワーフィンの自然で化合物として存在しているらしく、純度を高めるのは精錬が必要となる。
今回は高純度から低純度まで、いろんなアダマンを提供してもらった。
何にもしていない、原石のやつもあるね。
「これを、しらべてもらうのさ~?」
「はい。いつ頃結果が出るとは断言出来ませんが、確かな実績がある組織に依頼します」
「ありがたいさ~」
沢山そろった試料を見て、偉い人ちゃんも結果が楽しみなご様子だ。
俺も楽しみだけど、こっちはこっちで検証をしたい。
「私たちも、この様々な純度のアダマンを使って、カイロが作れるか試しましょう」
「そうするさ~」
「がんばるさ~」
「うちらのてで、あったかくなるどうぐ、つくるさ~」
分析会社さんから結果が来ても、それは調査結果に過ぎない。
実用化するには、やっぱり俺たちが努力する必要がある。
理論を作るのは科学者だけど、それを使えるものにするのは技術者の役目ってね。
理学と工学がなぜ分かれているかは、こういう役割があるからだ。
逆に理論的には間違っていても、実用上問題なく低コストで安全なら、それでいいとも言える。
エンジニアリングには、わりきりが必要だ。
「わきゃ~ん、けっかが、たのしみさ~」
偉い人ちゃんもおおはりきりで、ずらっと並んだアダマン試料を見ながら黄色っぽいしっぽをぱたぱた振っている。
もちろん偉い人ちゃんも、実用化するための泥沼にハマって頂きますよ。
新たな道具を作るのは、大変なんですよお。
「あや~、タイシがなんかわるいかおしてるです~」
「大志さんはね、また自分でお仕事増やしたのよ」
「いつものことですか~」
「そうなの。いつもの事なのよ」
偉い人ちゃんを見て黒い笑みを浮かべていたら、ハナちゃんとユキちゃんから突っ込みを頂いた。
内容は事実なだけに、何も言えない……。
◇
「というわけで、色々検証するために比較実験をします」
「わきゃ~ん。じみちに、やっていくさ~」
「ハナもおてつだいです~」
「純度別や形状別に、色々揃えてあります」
早速検証ということで、集会場にドワーフちゃんを集めて地味にやっていく。
ユキちゃんが手配してくれた試料は、純度別に粉末状のものと板状、インゴットの三種類があるね。
「あぶらも、いろいろよういしたさ~」
「どくのあるやつは、あのひとがたんとうするさ~」
「まかせるじゃん」
反応を検証するための脂肪酸も、もちろん用意してある。
調理用油は使用前と、もう使えないくらい酸化した使用後のやつ。
それに、マイスター管理の毒の油たっぷり木の実もあるね。
「毒のやつは、こっちの湖にも少量見つかりました。ただ少量なので、残量に気をつけて使っていきましょう」
「いちおうたくさんあるけど、かずにかぎりがあるじゃん」
毒の油たっぷり木の実は、こっちにあるドワーフの湖でも発見された。
しかしそんなに調達出来なかったので、あんまり豪華に使えない。
この辺は制限があるね。
「とまあ準備は出来たので、実験を始めますか」
「はじめるです~」
「まずは、低純度で粉末のものからですね」
一通り説明したあとは、発熱実験だ。
エルフたちに用意してもらった石で作られた乳鉢みたいな容器に、粉末アダマンを入れて油をなじませる。
あとは、加熱するだけだね。
「では、加熱してみましょう」
「――タイシ、ひおこしです?」
ハナちゃん!? いつのまに後ろに!
というか加熱なんだけど、火起こし芸をしたいらしい。
……まあドカンとなる液体じゃないから、大丈夫か。
「で、ではハナハ先生、お願いします」
「まかせるです~。――えい!」
「うわきゃ~! ボッってなったさ~!」
「いきなりさ~!」
ハナちゃんが試料に指をさして気合いを入れた途端、ボっと火が出た。
その怪現象に、回りのドワーフちゃんたちも、わきゃわきゃ驚いている。
……さすがの点火芸だね!
「ハナちゃんやっぱりすごいね~。火起こしありがとう!」
「うふ~」
ボッてなる芸を褒めて、ハナちゃんの頭をなでるとご機嫌たれ耳ハナちゃんになった。
でも燃焼実験じゃないので、火は消しておこう。ふーふーするよ。
「あ! 大志さん、火が治まったら赤熱し始めましたよ!」
「ほんとだ!」
「あったかいです~」
ボッってなってびっくり騒ぎはあったものの、火を消したら粉末アダマンが赤熱を開始していた。
ではでは、温度を測ってみましょう!
しばし反応が安定するのを待った後、温度計のプローブを、赤熱しているやつに差し込んでみる。
すると――。
「おっと、三百℃を超えているね」
「結構な温度出てますね」
「てをかざすと、あったかいです~」
果たして、良い感じの温度が出ていた。
いきなり実験成功って感じで、仮説が正しいかもという期待が持てる。
「現時点で、もう良い感じですよこれ」
「うわっきゃ~ん! これは、いけるかもさ~!」
「やったです~!」
「ゆめ、ひろがるさ~!」
幸先の良い結果に、みんなも大はしゃぎだ。
さてさて、これからいろんな純度や状態のアダマンで実験しよう。
もうすでにカイロが作れそうな勢いだけど、効率は突き詰めたい。
どれが一番カイロに向いているのか、見つけ出さないと。
「それでは、ほかのも発熱させてみましょう。どれが一番熱が出るか、どれが一番長く発熱するかなどをまとめていきますよ」
「がんばるさ~!」
「じみちに、やっていくさ~」
「わきゃ~」
そうして実験を繰り返し、様々なデータを集める。
長時間発熱するものとかは、反応終了までの時間監視し続けなくてはならない。
根気のいる作業で、手分けして実施していく。
「どくのあぶらは、けっこうあつくなるさ~」
「おりょうりあとのあぶらは、まあまあさ~」
「こっちは、ながくはつねつするさ~」
もちろん油の種類や分量でも、発熱時間と熱量に差がでるわけで。
この組み合わせも検証するため、とても手間と時間がかかる。
それでも、ドワーフちゃんたちは地道に、一歩一歩データ集めを手伝ってくれた。
「わきゃ~ん、このくみあわせは、よさそうさ~」
中でも一番がんばったのは、偉い人ちゃんだった。
ドワーフィンの夜を、いつもギリギリで乗り越えていた彼女だ。
その厳しさ、いつアレするかわからない恐怖は、人一倍身に染みているわけで。
カイロ開発に対する熱量は、誰よりも高かった。
「あんまり無理したらいけませんよ。一緒に夕食を食べながら、のんびり監視しましょう」
「ありがとうさ~」
「きょうは、キジムナーびの、からあげですよ~」
「……あれ、からあげにできたのさ~?」
「できちゃったですね~」
……まあ、ハナちゃんは別の開発を行っていたようだけど。
キジムナー火料理のレパートリー、どんどん増えていくよ。
「このねつをつかうと、おかしがふんわりできるね! ふんわり!」
「おだんごも、あぶれちゃうね! あぶりおだんごだね!」
「べんりだよ! べんりだよ! いましっぱいしたけどね!」
またある日、妖精さんたちが発熱検証中のアダマンを有効利用しはじめた。
おだんごをじっくり炙るには、とても便利らしい。
それに、蒸しお団子も作り始めている。彼女たちにとっては、もう実用段階みたいな。
「タイシさん、しっぱいしたあぶりおだんご、どうぞ! どうぞ!」
「お、おう……」
そして突如の流れ弾!
イトカワちゃんが、ジュピター的な見た目の炙り失敗お団子をおすすめしてくる。
うん、大赤斑が見事ですね。
「では、頂きます――て、小籠包みたいで美味しい! これは良いね!」
「ほめられちゃった! ほめられちゃった! ざいりょうはおとうふだけどね! おとうふだけど!」
「――え?」
お豆腐でどうやってこの見た目と味を……?
ガッツリお肉の味がするよ。あれか、大豆は畑のお肉って言われているからなの?
とまあそんな事件がありつつも、地味に検証は続けていく。
そして五日後、十二月も中盤に突入した頃――。
「――はい! 結果がそろいました!」
「やったです~!」
「うわきゃ~ん! とうとうさ~!」
ようやく、データがそろった。
そしてそれは、結構意外な結果となっている。
「もっとも効率よく発熱したのは、純度が低めって言われているものでした」
「いがいなけっかだったさ~」
「ふしぎです~」
高純度のやつは反応はするけど、比較すると不純物があったほうが効率的だった。
ハナちゃんと偉い人ちゃんは不思議がっているけど、割と俺は納得だったり。
なぜなら、高純度の方が高効率なら、とっくの昔にドワーフちゃんたちが発見していただろうから。
「みなさんがアダマンの効果に気づかなかったのは、主に高純度のものを利用していたからですね」
「じゅんどがひくいと、くだけちゃうさ~」
「どうぐとしては、つかいものにならないさ~」
というわけで、不純物が多く混ざっているアダマンは、割れてしまうらしい。
それもあって、低純度のものは道具として使われることは無かった。
なので油を使った料理をしていても、それが触媒反応をしているとは、気づけなかったというわけだ。
もし、低純度のアダマンを道具として使えていたならば、すぐに気づいただろう。
「ただ、なぜ純度が低い方が効率的なのかは、まだわかりません」
個人的な推測では、電子が関連していると思うけど。
化合物の電子量により、脂肪酸を水素化する効率が変化するのではないかな?
つまりより多く、もしくはより少ない電子を抱えるアダマン化合物が、触媒として優秀という推測だね。
脂肪酸とアダマン化合物で、電子の交換により触媒反応を起こしているかもしれない。
ということで、一応実用的なアダマンはわかったけど、研究の余地はまだまだあるわけだ。
もしかしたら、化合する物質によっては、脂肪酸だけではなくほかにも応用が利くかもしれない。
これは調査会社さんの詳細分析結果で、分かるかもしれないね。
博士号持ちの担当者さんの実力に、期待しておこう。
「ほかにも、やっぱり粉末が一番でしたね。次点が網にしたやつです」
「空気が必要ですから、まあ表面積が多い方がって当然の結果になりましたね」
「そうそう」
ユキちゃんが補足してくれたけど、まあ触媒反応で大気のなにがしかを使っているわけで。
当然表面積が多い方が、反応に有利だった。
しかし粉末はそれはそれで使いづらいので、実用するのは網をつかうのが良いかもだ。
粉末は流れ出したりして、消耗していくからね。網ならそれは起きない。
「強度的に網に出来る、ギリギリの純度を目指すのが良いかと思います」
「それなら、このくらいがいいさ~」
「ちょっとこうりつはおちるけど、そこはだきょうするさ~」
「いろいろ、みえてきたさ~」
アダマンの純度としては、もっと最適なものがある。
しかしそれだと強度が問題となるので、多少の妥協は必要だね。
研究開発により強度問題は解決できるかもしれないけど、今はまず実用化を急ぎたいところだ。
ほんとうならハクキンカイロのように、ガラス繊維に蒸着させるのが良いのだろう。
でも、ドワーフィンの技術力でそれが可能かといえば、難しいと思う。
そもそも、ガラス繊維が作れないわけだからね。
「まあひとまず、ハクキンカイロの設計をまねしてみましょう」
「そうするさ~」
「ほくちのかいはつが、じゅうようさ~」
いちおうサラダ油でもマイスター管理の毒のあるやつでも、蒸気圧はあるので蒸発はしていく。
常温だと非常に微量だけど、加熱すると蒸発量は増えていくわけだ。
綿にしみこませて、火口でその揮発成分を反応させることは、可能だね。
中でも例の毒の油が揮発性そこそこで、実用としては申し分無いと思われる。
「この木の実の油を使えば、ハクキンカイロの設計がそのまま応用できそうです」
「まずは、それでじつようかをめざすさ~」
「きょうから、いっぱいつくってみるさ~」
ということで、大体の検証は終わり方針もまとまった。
あとは、ドワーフちゃんたちの開発力にお任せしよう。
――そして翌日。
「わきゃ~ん! しさくひん、できたさ~!」
「すでに、つかえるかんじさ~」
「ひきつづき、かいはつするさ~!」
もうなんか出来ていた。どんだけ開発力あるの!?
「み、みなさん開発するの早いですね……」
「わきゃん? じつは、ほくちだけつくってみたさ~」
「それいがいは、ハクキンカイロをつかっているさ~」
なるほど、重要部品の火口だけアダマン製に変えたのか。
筐体の方は、まあ確かに後で作っても大丈夫だ。
そら結果がすぐにでるわけである。
「ほんたいのほうは、これからちまちまと、つくっていくさ~」
「しっかり、せっけいするさ~」
「あぶらをしみこませるやつも、ぬのとかいろいろ、かんがえるさ~」
火口以外の開発は、ちまちまやっていくみたいだね。
高純度アダマンで強度抜群の筐体を作り、そこに布を詰める構想のようだ。
たしかに、綿の調達はなかなか大変だろう。
ドワーフィンで製造出来る、または調達出来る素材でやるのがベストだよね。
スポンジみたいな植物は、探せば見つかるのではないかな?
「でもでも、いいかんじにねつがでているさ~」
「すてきさ~」
「これは、つかえるさ~」
そして火口だけアダマン製に変えたバージョンは、すでに実用可能のようだ。
ドワーフちゃんたち、ぽかぽかに発熱したカイロを手に、にっこにこである。
「わきゃ~ん! ゆ、ゆめが、かなったさ~!」
そしてこれを一番喜んだのが、偉い人ちゃんである。
良い感じに発熱しているカイロを掲げて、大喜びだ。
黄色しっぽを、ものすごいぶんぶん振っているね。感極まるって感じだ。
「おめでとうございます」
「やったです~!」
「とうとう、普通の油でなんとかできましたね!」
一番努力していた偉い人ちゃんに、みんなでねぎらいの声をかける。
「あ、ありがとうさ~!」
すると、またえぐえぐと泣き出してしまった。
とっても涙もろい、偉い人ちゃんだね。
でも、心底嬉しそうでこっちも嬉しくなる。
「これで、よるのじきでも、みんなあんしんさ~!」
「ちいさなこどもでも、ふるえなくてすむさ~」
「いつでも、からだをあたためられるさ~!」
こうして、ドワーフちゃんたちは、夜の時期を乗り越える夢の道具を手に入れた。
それはまさに、ドワーフィンに革命を起こす。
――はずだった。
◇
アダマンカイロのひとまずの完成の後、ドワーフちゃんたちはにわかに盛り上がる。
しかし、それでもまだ、問題があった。
その問題とは――。
門が――開かない、という事だ。
造船が出来ないという問題は、エルフ重工によって解決可能だ。
ドワーフ蒸留酒の、メタノール問題は解決した。
偉い人ちゃんの体質問題も、根本的原因を特定し改善となった。
ドワーフィンの夜を乗り越える、夢の熱源すら開発したのに……。
それでもまだ、洞窟の門が……開かない。
「あや~、なんでですかね~……」
「ウチがおもっているもんだいは、ほぼかいけつしたさ~」
「それでもまだ、開かないのですよね……」
俺たちや偉い人ちゃんが問題と認識している事柄は、大体解決したか、その目処は立ててある。
だがしかし、洞窟は沈黙を一つの回答として、俺たちに伝えているのだ。
まだ、問題は残っている。
解決すべき何かが――存在するのだと。
ただ、それが何かがわからない。
偉い人ちゃんですら、頭を抱えてしまう。
彼女がわからないのなら、俺たちでも気づけない可能性がある。
「……まあ、日々の生活から、見つけましょう」
「まだまだ、きづいてないこと、あるはずです~」
「私も協力しますので、地道にやっていきましょう」
「わきゃ~ん、みんな、ありがとうさ~」
ともあれ、まだドワーフちゃんたちが成すべき事が、残されている。
それは一体何なのか、果たして気づくことが出来るのか。
ドワーフィンの夜明け前に、成し遂げてあげたい。
果たして、まだ残されている「何か」とは、何だろうか……。




