第十三話 アダマン調理器具の謎現象
十二月になり、雪もがんがん降り積もり始めた。
気温は五℃を上回ることがなくなり、だいたい氷点下。
いろんなものがカチコチになる、そんな季節だ。
「タイシタイシ~、かまくらつくったですよ~」
「みんなでがんばったんだ!」
「すごいでしょ!」
「がんばったさ~」
しかし子供たちは元気で、ハナちゃんや子供たちが大きなかまくらを作って遊んでいる。
五人くらいは過ごせそうな大きさで、中で過ごせばそれなりに暖かいかもだ。
「おお、みんな凄いかまくら作ったね」
「あい~、ここでのんびり、おちゃとかのむです~」
「ひみつきちなのよ」
「のんびりするんだ!」
「このなかなら、さむさもやわらぐさ~」
かまくらの中でキャッキャするハナちゃんたちだけど、秘密基地らしいね。
しかし広場のど真ん中にあるので、秘密は守れていないと思う。むしろ大公開してる。
というか大人たちが見守れる位置に作ってあるあたり、抜け目が無い。
あきらかに、かまってもらえることを期待しての作りではないだろうか。
「あら~、ハナちゃんたち、おもしろいものつくったわね~」
「あったかいおしるこ、みんなでたべてね」
ほら、早速腕グキさんとステキさんが、あったかおしるこを差し入れしてくれたよ。
(おそなえもの~)
(びんじょうするよ!)
そしてチャンスを逃さない神様たちが、ばびゅんと飛んでくる。
ほよほよ光っているので、これでかまくら内に光源が提供されたね。
どんどん過ごしやすくなっていくよ。
「おもしろいものつくってるね! つくってるね!」
「おだんごどうぞ! おだんご!」
「おいしいよ! おいしいよ!」
賑やかになってきたところで、妖精さんたちもぴょこっとお出まし。
さっそくお団子を子供たちに提供して、またまたおやつが増えました。
あと、妖精さんたちも光るので、かまくら内がもっと明るくなったね。
「うふ~、おしるこ、おいしいです~」
「おだんごも、おいしいさ~」
「たのしいね!」
(おそなえもの~)
ということで、冬本番に突入したけれど、村はいつも通り賑やか。
この調子で、寒さに負けないよう過ごして行きましょう!
◇
ちたま長野は極寒期に突入だけど、エルフィンは相変わらずのぽかぽか陽気。
ひなたぼっこしながらお昼寝したら気持ちよさそうな天気の中、湖畔リゾートは木工の音が鳴り響く。
「かみさまのおうち、これでつくれちゃうの?」
「部品がそろえば、可能ですね」
「いま、つくってるさいちゅうなのだ」
現在はエルフ重工設立のシミュレーションとして、オレンジちゃんのお家作りを始めている。
とはいえ、ここで作るのは部品まで。
組み上げは、あっちの森で現地民たちが行う手はずだ。
「設計図を書いて、部品を発注して、組み上げも外部に依頼する。基本はこんな流れになります」
「分業って、なかなか難しいですね」
「たいへんさ~」
俺の説明を聞いて、ヤナさんや偉い人ちゃん、ちょっとお目々がぐるぐるだね。
誰かに作業を依頼するとなると、上手くいくよう管理しなければならない。
その手順やら進捗管理などの技法は、一朝一夕には身につけられないのだ。
まあ分業すると、管理側の手間はめちゃくちゃ増えるというわけだね。
この大変さを知るために、オレンジちゃんのお家制作に便乗して、実体験をしているのだ。
「あ、このぶひん、もうできてたんだ」
「ふたつ、つくっちゃったな」
「やってもうた」
ほんのちょっと指示やタイミングを間違うだけで、行き違いが出たりもする。
それはコストに直撃し、お安く製品を提供出来なくなるわけだ。
無駄に部品を作っちゃった分は、だれかがどこかで負担しなければならない。
報酬が減ってしまうか、製品価格が上昇するか。
どちらにせよ、それで誰かが幸せになることは無いわけだ。
なのでゼロには出来ないけど、できるだけミスは減らさないといけない。
「みんな~、きゅうけいじかんですよ~。おにぎりつくったです~」
「お昼にしましょう」
「たくさん、つくってきたさ~」
そうして現場監督をしていると、ハナちゃんとユキちゃん、あと偉い人ちゃんがお昼を持ってきてくれた。
湖畔リゾートの施設で、おにぎりを作ってくれたんだね。
「三人とも、ありがとう。とっても助かるよ」
「えへへ」
「力仕事をすると、おなかが減りますからね」
「ウチも、おなかぺこぺこさ~」
三人をねぎらうと、にっこり笑顔になったね。
というか、すっごい沢山おにぎり作ってくれたようだ。
さっそくみんなで食べよう。
「はいみなさん。お昼の時間になりました。手を洗ってから、おにぎりを食べましょう」
「おにぎりだー!」
「まってました!」
「わーい!」
作業していたエルフたちに声をかけると、みなさん大喜びで手を洗いに行った。
彼らはあっちの森エルフたちで、今後造船時に主戦力となる予定だ。
現場監督は、今はおっちゃんエルフがやっているね。
お互いまだ慣れていなくて、手探り状態でお仕事をしている。
まあなんにせよ、試みは始まったばかりだ。
少しずつ改善しながら、進めていこう。
ドワーフィンとの門がつながる、その日に備えて。
◇
オレンジちゃんのお家部品が、着々と出来上がっていく中、今度はドワーフの湖に赴く。
しっぽドワーフちゃんたちの、工芸品について確認するためだ。
「あや~、こっちはあっついです~」
「村は氷点下なだけに、余計暑く感じるよね」
「あい~」
「着込んだり薄着になったりで、行き来はちょっと大変ですね」
極寒の村とは裏腹に、この湖は熱帯だ。
空からひらひらと雪が舞い落ちているのに、気温は汗をかく位なのでギャップで頭が混乱する。
あらためて、わさわさちゃんの生み出す環境の凄さに脱帽だね。
とまあ、激しい気温差は気をつけることとして。
「わきゃ~ん、おりょうりどうぐ、かいりょうしたさ~」
「いわれたとおりに、つくったさ~」
「ためしてもらうさ~」
偉い人ちゃんが主体となって、アダマン加工品の改良に勤しんで貰っている。
ちたまにある道具を模倣すると、素材の違いでどうしても思った性能が出ない。
熱伝導率や膨張率、強度や密度も違う。
コツコツと、最適な値を探す必要があるのだ。
「あや~、どんどんよくなってるですね~」
「このフライパン、すごく軽くなってます」
「うん、良い出来だね」
今回提供してもらった改良品は、俺の目には良く出来ているように見える。
あとは実際に使ってみて、また改善点を探すか、コスト的にどこまでやるかを見極めないといけないね。
「ひとまず、この改良品はハナちゃんやユキちゃんにも使って貰いたいな」
「あい~。ハナも、かいりょうのおてつだい、するですよ~」
「さっそく、今日はこれでお料理してみますね」
お料理道具については、ハナちゃんやユキちゃん、村の主婦のみなさまからも意見を募る。
あとは、プロ用として子猫亭にも提供し、料理人の観点も取り入れないとね。
「それにしても、道具を作るのって難しいね」
「うちらも、くろうしているさ~」
「びみょうなところが、じゅうようさ~」
今回実用品を作るにあたって、実は結構苦労している。
「ちょっとしたちがいで、つかいにくくなるです~」
「思っていたより、ずっと難易度高いです」
それに協力してくれているハナちゃんとユキちゃんも、想像よりも難しくて苦労をかけちゃっているね。
……世の中にある汎用品とか、いろんな道具。
あれは、本当に良く出来ていたんだなって実感するよ。
フライパンひとつとっても、たゆまぬ改良と研究開発の成果が投入されている。
インダストリアルデザインの重要性、実際に作って初めて分かるね。
「でも、着々と完成に近づいてますね。今日はこの後、お料理の専門家にも検証を依頼してきます」
「おねがいしますさ~」
「なんかあったら、すぐになおすさ~」
と言うことで、試作品を預かり村に戻る。
そのまま車に乗って、子猫亭へゴーだ。
「今日は試作品を渡したら、お昼は子猫亭で食べちゃおう。みんなにおごっちゃうよ」
「タイシ、ありがとです~」
「わあ、楽しみですね!」
「わきゃ~ん! おさかなさ~!」
移動中の車内で、お昼は子猫亭で食べようと提案すると、みんなご機嫌になった。
今回はハナちゃん、ユキちゃん、偉い人ちゃんがメンバーだ。
この三人と子猫亭の面々とで意見を出し合い、お料理道具の完成度を上げる。
大事なお仕事なので、お昼をおごっちゃうくらいなんでもないね。
そうして楽しく盛り上がりながら車を走らせ、子猫亭に到着。
今日は定休日なので、お客さんはいない。
ゆっくりじっくり、会議をしよう。
「おう大志、待ってたぜ」
「いらっしゃい」
お店に入ると、大将と奥さんが出迎えてくれた。
息子さんは、店内だね。何かノートをのぞき込んでいる。
ひとまず話をするために、席に着こう。
「コーヒーは飲み放題だから、飲みたくなったらセルフサービスな」
「あえ? せるふさーびすって、なんです?」
「自分で入れてねって事だよ」
「なるほどです~」
今日は寒いので、気を利かせてコーヒーメーカーを用意してくれていた。
めっちゃありがたいね。じゃあ、早速頂こう。
「あや~、タイシそれよくのんでるですけど、おいしいです?」
「自分的には、美味しいと思うけど……。まあ、すっごくにがいよ」
「ウチは、にがてさ~」
コーヒーを注いでいると、ハナちゃんは興味津々、偉い人ちゃんはうげげって感じでのぞき込んできた。
まあ、ハナちゃんはコーヒー未体験だからね。
偉い人ちゃんは、沖縄旅行のときホテルのブュッフェで経験済みだ。
総じて、異世界人にはあんまり評判が良くない。
まあ、慣れが必要な飲み物ではあるね。
「今日は子供も来るって話だったから、牛乳もシロップも用意してあるぞ」
「甘~くしてあげるから、ちょっと飲んでみて」
ハナちゃんと偉い人ちゃんの反応を見て、大将が色々用意してくれた。
この辺想定済みらしく、奥さんがテキパキとカフェオレを作っているね。
「ほら、甘くてすっきりするわよ」
「ためしてみるです~」
「お嬢さんもどうぞ」
「ありがとさ~」
やがて二人分が完成し、ほぼ牛乳とシロップで構成されたカフェオレを試飲だね。
ハナちゃんと偉い人ちゃん、ちびちびと口に含む。
「あや~、これはおいしいです~」
「わきゃ~ん、にがくないさ~」
奥さん調合のカフェオレは、二人のお口に合ったようだ。
ハナちゃんはエルフ耳をてろんと垂らし、ほんわか顔。
偉い人ちゃんは、黄色っぽいしっぽをパタパタ振って、ご機嫌顔だね。
さて、コーヒーやカフェオレを飲んで和んだところで、会議を始めようか。
「それでは、会議を始めましょう。今日は寒い中、集まって頂いてありがとうございます」
「おう」
「はじめるです~」
「わきゃ~ん」
さてさて、それでは今日の議題を話そう。
「今日は、新素材を用いた調理器具の改善点についてお話したいと思います」
これは、ドワーフちゃんたちがアダマンで作ったやつだね。
その使用感を聞いて、改善につなげたいという目的だ。
「何回か改良しましたが、今回のはどうでしょうか?」
「だいぶ良くなったな。重心も強度も、重量も良い感じだ」
「よかったさ~」
何回も改良したから、だいぶ大将の理想に近づいたらしい。
そこはほっと一安心だ。
でも、だいぶ良くなった、ということは……。
「まだ改良すべき点はあるのですよね?」
「ああ、フライパンはもうちょっと詰める必要があるな」
「そうそう、思った通りの味が出なくて」
確認すると、大将と息子さんがそろってフライパンについて改良の余地ありと思っているらしい。
では、なにを改善すれば良いだろうか。
「どの点が改良すべきですか?」
「それがな……」
「なんと言いますか、こちらもわからないのです」
ん? なんだか微妙な感じだぞ?
改良点はあるけど、大将と息子さんはどうすれば良いか、分からないぽい。
それは何でだろう?
「なんつうかさ、焼き物や炒め物をすると、どうも味がぼやけたり食感が違うんだよ」
「なぜそうなるかは、分からないのですけど」
どうやら、アダマンフライパンを使うと味や食感が狙ったとおり出ないらしい。
ただハナちゃんやユキちゃんからは、そういう話は聞いていない。
これはプロだから分かる、ほんのわずかな違いなんだろう。
「ただ、ふっくら焼き上がったり、みずみずしかったりもするんだ」
「調味料の分量が多めに必要だったり、不思議なんですよ」
大将と息子さんが、口々に不思議だと語る。
そう言えば、妖精さんのフェアリンクッキーを焼くときも、アダマンフライパンでないと味が変わってしまう現象が起きていたな。
「あや~、たしかに、あげものするときいろいろあるですよ~」
と考えていたところで、ハナちゃんがニコニコ笑顔でそうおっしゃった。
色々あるとな。
「ハナちゃん、色々ってどんなことがあるの?」
「あれですね~。なんか、あわがぽこぽこでるですよ~」
「……泡?」
フライパンで油を熱すると、まあ気泡は出てくるね。
それのことを言っているのかな?
「油を熱したら、気泡というか泡は出てくるよね?」
「それとは、ちがうやつです~」
「え? 違うの?」
「あい~」
確認すると、なんか違うらしい。
ハナちゃんはフライパンをぴょいっと取り出し、なんだかキャッキャし始めた。
「あ、それなら私も心当たりありますよ」
「ユキもあるですか~」
「ええ、お家で料理していたとき、『あれ?』って思った時はあるわ」
「やっぱしです~」
続けて、ユキちゃんも心当たりがあるらしい。
これは……アダマン調理器具に共通の現象ぽいな。
大将たちにも確認してみよう。
「大将、揚げ物の時何か違いはありましたか? 今彼女たちが話していたような」
「ああ、あるな。なんだか泡が沢山出る」
「それで、油の温度がぶれたりするんですよ」
確認してみると、大将たちも同じ現象を体験しているようだ。
……料理人さえ不思議に思うこの「泡」は、何かありそうな気がする。
というか、アダマン調理器具の専門家である、ドワーフちゃんは何か知っているかな?
偉い人ちゃんに聞いてみよう。
「この泡が出る現象って、心当たりあります?」
「わきゃん? ウチはおりょうりあまりしてなかったから、そういうもんだとおもってたさ~」
「さようで」
「さようさ~」
そういえば、偉い人ちゃんはお料理苦手って言ってたね。
ともあれ、今のところ謎なわけか。
そもそも俺はその現象を確認していないので、なんともつかみ所がない。
実際に、見てみたいな。
「えっと……その現象って、今確認させてもらうことって可能ですか?」
「良いぜ。サラダ油でやってみよう」
「準備してきますね。みなさんも厨房へどうぞ」
お願いすると、大将と息子さんは快く了承してくれた。
ありがたく、みんなで厨房へと足を運ぶ。
「あや~! なんかすっごいです~!」
「さすが、プロの厨房ですね」
「わきゃ~ん! いろんなどうぐが、あるさ~!」
厨房に足を踏み入れると、ハナちゃんとユキちゃん、偉い人ちゃんの三人はお目々キラキラだ。
お料理好きの血が騒ぐのと、偉い人ちゃんは金物道具沢山で興味が尽きないって感じかな?
「あえ~、おりょうりするのに、こんなにどうぐがいるですか~」
「無くても出来るけど、お仕事でするにはこれくらい必要になるのよ」
「すごいです~」
「ぴっかぴかに、みがいてあるさ~」
初めて見るプロの世界に、ハナちゃんきょろきょろと興味津々だね。
偉い人ちゃんも、いろんな金属にお目々キラキラちゃん。
ユキちゃんは、そんな二人に道具の説明をしてくれたりしている。
三人そろって、キャッキャと賑やかだ。
「おし、準備できたぞ」
「加熱しますね」
そうこうしているうちに、準備は整ったようだ。
大将たちが、さっそく油を加熱し始めた。
「……見た感じは、普通ですね」
フライパンをのぞき込んでみると、まあ普通かなって思う。
「ここまでは、普通なんだよ」
「もうちょっと加熱すると、それが起きます」
どうやら本番ではないらしく、もうちょっと待つ必要があるそうだ。
そのまま、固唾を飲んで見守ること一分ちょっと。
「大志、現象が起き始めたぞ。これがそうだ」
「これ、これです~」
「そうそう、こうなるんですよね」
十分に油が過熱されたところで――それは起きた。
「うわ……何もタネを入れていないのに、ぽこぽこ泡が出てますね」
「そうなんだよ。これが起きるんだ」
「ふしぎです~」
みんなが言っていた通り、油だけを加熱しているのに泡が多すぎる。
沸騰直前のお湯みたいな感じで、気泡がぽこぽこ出てきたのだ。
「揚げ物には問題ないんだけど、この気泡のおかげで温度にぶれがでるんだ」
「なので、温度管理にちょっとコツがいるんですよ」
「なるほど」
どうやら、未知の現象が起きているようだ。
この気泡が原因で、加熱した油の温度が揺らいでしまうらしい。
「なんでこうなるかは、分からないのですよね」
「ああ。さっぱりだ」
「これが、調理器具のバランス取りに手間取っている原因の一つですね」
なるほど、アダマン調理器具は未だに微調整しているけど、この現象が原因の一つなのか。
……さすが、異世界の素材だな。わけわかんないことが、起きちゃってる。
しかしこれ、なんだろう? 一体何が原因で、こうなっている?
「う~ん、なんでしょうね、これ」
油が泡立つ、この謎現象は何だろう。
ドワーフちゃん曰くアダマンと呼ばれる、謎金属が起こしているのかな?
というか、体に良くない物質が出てたらヤバいな。
……でも、ドワーフちゃんたちは、これで長年料理をしてきたわけで。
マイスターが大好きな物質が出ているとは、考えにくいな。
ハナちゃんもピリっとは来ていないから、その辺は大丈夫な気がするけど……。
念のため、確認してみるか。
「ハナちゃん、これってピリっとくるやつは出てないよね?」
「あい。ふわっとしてるので、だいじょぶですよ~」
「それなら安心だ。ありがとハナちゃん」
「あい~」
ハナちゃんのお墨付きも出たので、マイスター大好き物質は出ていないぽいな。
そこは一安心だけど、じゃあ何が起きているのかはまだわからな――。
「というか、すいぶんがでてるだけなので、もんだいないです~」
――い?
ハナちゃん、今なんと?
「は、ハナちゃん……何が出ているか、わかるの?」
「あえ? このあわは、ただのすいぶんです?」
「そうなの?」
「あい~」
どうして水分だって、知っているのだろう?
聞いてみるかな。
「なんで水分だって、分かったの?」
「かんたんです~。ふたをしたら、すいぶんいっぱいつくですよ~」
「そうなの?」
「ですです~。ためしてみるです~」
そう言うと、ハナちゃんは近くにあった蓋をつかんで、ぽふっとフライパンに蓋をした。
そして待つこと十数秒――。
「――ほら、たくさんすいぶん、ついてるです~」
ぱかっと蓋を開けたハナちゃん、エルフ耳をぴっこぴこさせて、蓋を見せてくれた。
そこには確かに、水蒸気が集まって出来たとおぼしき、水滴が沢山ついていた。
「……おい、サラダ油にこんなに水分ねえぞ」
「まるで、お湯を沸かした時みたいな量が出てますね……」
それをみて、大将と息子さんも驚いている。
確かに、サラダ油を加熱しただけで、これほど水分が出るのはあり得ない。
水と油だ。こんなに水が混ざっていたら、すぐさま分離して気づく。
なんだこれ? 何が起きている?
「ハナちゃん、ほかに何か知っている? 泡が出る理由とか」
「あわがなんだかわかるですけど、なんであわがでるかは、わからないです~」
ハナちゃんも、分かるのは水蒸気が出ているって事だけか。
しかし、良くこれ発見できたな。
「ハナちゃん、良く気づいたね。普通わかんないよ」
「おうちでおりょうりしてたとき、あぶらがはねて、あわててふたしたです~」
「そのときに気づいたんだ」
「あい~」
揚げ物しているとき、普通蓋はしない。ほんの偶然で、気づいたようだ。
毎日お料理しているからこその、お手柄だね!
「ハナちゃんすごいね! 自分たちじゃわかんなかったかも!」
「うふ~。ほめられちゃったです~」
ハナちゃんを褒めると、ニコニコ笑顔でエルフ耳がてろんと垂れた。
無事垂れ耳ハナちゃんにジョブチェンジだね!
……さて、それはそれとして。
なぜ、水蒸気が出るのだろうか。しかも、かなりの量。
元の油にこれほどの水分が存在していないのは、横に置いてあるサラダ油を見れば分かる。
というか、プロの料理人が水が大量に混ざった油を使うなんてミスはしない。
見れば分かるのだから。
となれば、元の油にこれほどの水分は無いと断定できる。
とすればだ、この水蒸気は――水分が無いところから、発生したことになるわけだ。
しかしそんなこと、あり得るのだろうか?
「この水分は、どこから来たのか……」
「なぞです~」
「ふしぎさ~」
ぽつりとつぶやくと、ハナちゃんと偉い人ちゃんも、こてんと首をかしげた。
ほんと、異世界の物質は不思議満載だね。意味が分からないよ。
油しか無いところから、水蒸気を発生させるなんて、聞いたことが……。
聞いたことが……。
あれ? この現象、どこかで聞いたことがあるぞ。
それもごく最近だ。なんか、水蒸気ってキーワード、何かで見た。
どこだったっけな……。
「大志さん、どうされました?」
「いや、油から水蒸気が発生するって、聞いたことがあってさ」
考え込む俺を見て、ユキちゃんが尋ねてきた。
そのまんま、聞いたことがあると回答したわけだけど……。
「そんなこと、あるのですか?」
「確かにどこかで、聞いたというか見た記憶がある」
それがどこだったかが、思い出せないのだけど。
何だったかな?
「わきゃん? タイシさんどうしたさ~」
そんな俺を見て、偉い人ちゃんもすすすっと寄ってきた。
黄色っぽいしっぽをふりふり、興味津々な感じだね。
そして、彼女が近づいてきたとき、ふわっとベンジンの香りがした。
ハクキンカイロを提供してから、肌身離さず身につけているようだ。
……ん? 待てよ?
そういえば、ハクキンカイロって……。
「大志さん、何か調べ物ですか?」
「ちょっと待ってね」
すぐさまスマホを取り出し、ハクキンカイロの機序を調べる。
すると――。
“プラチナ触媒によりベンジンが反応し、二酸化炭素と水が発生します”
と、記載されていた。
揮発油を酸素と触媒反応させ、熱を取り出す。
その副産物として、二酸化炭素と水が発生する。
油から、水が発生するわけだ。
――まさか。
「これ……これ、もしかして」
「あえ? タイシどうしたです?」
アダマンフライパンで加熱された油から、ぽこぽこと出てくる泡を見つめる。
この泡は、水蒸気だと、ハナちゃんが教えてくれた。
そして、その泡が出る原因とは。
まさか――触媒反応!
ハクキンカイロのプラチナとベンジンが起こしている反応と似たような現象が、アダマンとサラダ油でも起きている可能性がある?
もしかしてこれ――大発見かも!




