第十二話 なかなかうまくはいきませぬ
ハクキンカイロというステキアイテムと遭遇し、偉い人ちゃん夢膨らむ。
しかし、燃料という問題が立ちはだかった。
これを解決できれば、ドワーフィンにとてつもない恩恵がもたらされる。
じゃあ、代替燃料を見つけよう!
ということでドワーフの湖を調べたり、聞き取り調査をしたのだけど……。
「あぶらはとれるけど、たべものだから、もったいないさ~」
「きちょうな、たべものさ~」
「ねんりょうにするのは、ちょっとていこうあるさ~」
油が取れる木の実はあることはあるけど、主に食用というお話だった。
それでもと試してみたけど、やっぱりダメだったり。
まあ個人的にも、食べ物をそんなことに使うのは抵抗がある。
「ま、まあ地道に探していきましょう」
「あわきゃ~……」
この結果に、偉い人ちゃんはやっぱり崩れ落ちてしっぽがピクピクだ。
ほんと、すまぬ……すまぬ……。
「あや~、だいじょぶです~?」
「夢の道具だけに、無念ですね……」
「なんとかしたいけど、時間は必要になっちゃうかな」
しかし残念がる偉い人ちゃんをみると、なんとかしてあげたいとも思う。
どうにかできないものか……。
とまあ色々考えたものの、良い手は思い浮かばない。
ひとまず様子を見ながら、カイロを村に導入して様子を見よう。
◇
「ということで、これが便利道具です」
「ぽかぽかになるですよ~」
「たしかにあったかい」
「べんりだわ~」
「ふるえなくてすむとか、すてき」
ひとまず沢山通販で購入し、村人たちにカイロを実演をすることにした。
なんか製造元の通販ページにはビッグなやつとかもあったので、一通り揃えてある。
これらステキアイテムの反応は上々で、みんなカイロを手に取りぬくぬくだね。
「~!」
「……~」
特に喜んでいたのは、クモさんだった。これがあれば、寒いところでもへっちゃらだもんね。
でも君たち、燃料の充填や火口の加熱とか大丈夫なの?
ともあれ、カイロの導入は問題なさそうだ。
これで冬を乗り切るアイテム、一つ増えたね!
「あり? ……う~ん、なんだったっけ」
しかしワイワイと会場が盛り上がる中、首をかしげる方がいらっしゃった。
それは、マイスターである。
しきりにカイロを眺めたり、蓋を開けたりして何かを考えている。
どうしたんだろう? 聞いてみるか。
「あの……どうされました?」
「いやさ、なんかこう……このにおいとにたやつ、きおくがあるじゃん?」
「匂いですか?」
「おう」
どうも、匂いが気になるらしい。
ハクキンカイロはベンジンの匂いがどうしてもつきまとうけど、その匂いなのかな?
「この、燃料の匂いですかね?」
「あ、そうそう。これじゃん? なんか、どっかでかいだことあるかもって」
「そうなのですか」
ベンジンの匂いと似たものに記憶があるだけなら、この村には発動機があるわけで。
自動車も刈り払い機も耕運機もわりと身近な機械であるだけに、当然揮発油の匂いは知っているはずだ。
それとは違うのだろうか。
「機械で使っている油の匂いではないですか?」
「いや、こっちのものじゃなかったような……」
――こっちの物では無い。
そんなことあるのかと思うが、マイスターが言うなら……そうかもしれない。
彼は異世界の物と自分たちの世界の物を、きちんと区別している。
だからこそ、ガイド業が出来るのだ。
マイスターは、物事のわずかな違いを観察するのが趣味だからね。
なお毒物大好き。
「……それはエルフィンの物ですか? またはフェアリン? それとも――」
「それでおもいだした。あれじゃん?」
ん? 思い出した?
「そうそう、おきなわからかえったあと、くったやつじゃん」
マイスターはぽむっと手をたたき、したたと集会場から出て行った。
沖縄から、帰った後に食べたとな。
「あや~、やっぱしなにか、ヤバイやつたべてたですか~」
首をかしげていると、ハナちゃんには心当たりがあるようだ。
ちょっと聞いてみよう。
「ハナちゃん、何か心当たりがあるの?」
「あや~、ひとばんでもとにもどったとき、なんかたべたらしいです~」
「そうなんだ」
「あい~」
あ、そういえば沖縄旅行から帰ってきた後、しばらくしたら元に戻ってた。
もしかして、その原因物質を家に取りに行ったのかもしれない。
それならば、彼が帰ってくるまで待ってみよう。
「いったい何を食べたんだろうね」
「なんですかね~」
ハナちゃんとお茶を飲みながら待っていると、しばらくしてマイスターが帰ってきた。
なんかの袋を持っているね。
「これこれ、これじゃん!」
すぐさまテーブルの上に、袋に入っていたなんかの木の実っぽいやつが並べられた。
これは……見たこと無いな。なんだろう?
「あわきゃ~! どくのあぶらが、つまってるやつさ~!」
「ああああ、あぶないさ~!」
「わきゃ~!」
その木の実を見た途端、ドワーフちゃんが大騒ぎしだした。
どうやら、ドワーフィンにある物らしい。
……そういえば、隣の湖に挨拶にいったときの帰り、なんかあったな。
あのときの危ないやつ、まだ保管してたんだ。
「ほら、なんかそれっぽいにおいするじゃん」
「あわきゃ~ん! にげるさ~!」
「うわわわきゃ~!」
さらにマイスターが木の実に穴を開けると、ふわりと揮発油の匂いが漂った。
たしかに、それっぽい。
まあ、その匂いが漂ってきた途端、ドワーフちゃんたちが逃げ出したけど。
……そうとう危ないのね。
まあ、もしかしてこれが揮発油なら……確かに毒だし取り扱い注意だ。
試しにだけど、火をつけてみよう。
……つかないな。
「火はつかないみたいですね」
「――タイシタイシ? ひおこしするです?」
――ハナちゃん!? いつの間に後ろに!?
全く気配を感じなかったよ!?
「ひおこしなら、ハナにおまかせです?」
両手を前に出して、火起こししちゃうよポーズのハナちゃんである。
しかしこれが揮発油だった場合、「ボッ」とさせるつもりが「ドカン」となったら目も当てられない。
ハナちゃんパワーでボッとやるのはやめとこう。
「あ~、これはなんか危なそうだから、やめとこう」
「やめとくですか~」
まだ両手をわきわきさせているハナちゃんだけど、ひとまず引き下がってはもらえた。
というかなかなか燃えないやつに火をつけるには、ほかにも方法がある。
「試しに、芯を使ってろうそくみたいしてやってみよう」
「しん、をつかうです?」
「そうそう。ちり紙をこうしてこよって――」
燃えにくい液体でも、燃えやすい芯を使えば火をともすことが出来る。
というわけでティッシュをこよって芯を即席で作成、さっそく火をつけてみると――。
「あ、ついたじゃん」
「もえたです~」
「成功だね。つまりこの木の実の油は、燃やせるんだ」
マイスターがドワーフィンで採取した、毒の油たっぷり木の実。
その液体は、それなりに燃える油ということが判明した瞬間だ。
問題は、燃やした際にでる気体に毒が無いかだね。
ドワーフちゃんたちなら、何かしっているかな?
「ねえみんな、これを燃やして出る空気って、毒だったりする?」
「もやしたことないから、わかんないさ~」
「あぶないやつは、さわらないさ~」
「こわいさ~」
聞いてみたところ、まあわかんないって回答が来た。
これはしょうがないか。分析はこっちで進めよう。
「ユキちゃん、これを燃やして問題ないか、調べられたりするかな?」
「わかりました。数日頂ければ」
「よろしくお願いします」
困ったときの加茂井さんということで、ユキちゃんに分析をお願いだ。
これくらいなら、民間会社に依頼せずとも大丈夫だろう。
加速器や電子顕微鏡やらが必要になるお話じゃないからね。
「でも、これを調べてどうするのですか?」
「たしかに、そうです~」
「どくのあるやつ、つかいみちないさ~」
「もやせるところで、いみないさ~」
分析をお願いしたところで、ユキちゃんやハナちゃん、ドワーフちゃんたちからその意義を問われた。
いやまあ、取り扱い可能な揮発油なら、すさまじい価値があるわけで。
たとえば――。
「もし安全なら、ハクキンカイロで使えるか試したいんだ」
そう、マイスターが発見したこの揮発油を、ハクキンカイロで使えたら、とてつもないことになる。
ドワーフィンの夜を乗り越えるための、切り札が出来るわけなのだから。
「わきゃん! カイロでつかえるのさ~!?」
「もしかしたら、です。まだ確認段階ですね」
カイロの話を出したら、偉い人ちゃんめっちゃ反応したね。
そりゃそうだ。ドワーフィンの夜の時期で一番苦労していたのは、彼女なのだから。
もし、この木の実の油がハクキンカイロでつかえたら。
それにより、夜の時期でも安全で高効率な熱源が確保できるかも。
きっとそれは、何かの革命につながる。
「うわきゃ~! ゆめが、ふくらんできたさ~!」
「そんなに、すごいことなのさ~?」
「いまいち、ぴんとこないさ~」
偉い人ちゃんも同じ事を考えたのか、わきゃんと踊り始めた。
ほかのドワーフちゃんたちは、いまいち分かっていないようだけど。
でもいずれわかるようになる。高性能な熱源を持つという、その意味が。
「わきゃ~ん! けっかがまちどおしいさ~!」
黄色っぽいしっぽをぱたぱたさせながら、偉い人ちゃんは踊る。
でもまあ、まだ結果は分からないわけで。
喜ぶのは早いかなって思うのだけど……。
「それにしても、おめえこれくったんか」
「おう、めっちゃにがかったじゃん」
「やばくね? ピリってするもんこれ」
「どうしてこれ、たべようとおもっちゃったのか」
「それな」
ダンシング偉い人ちゃんの横では、マイスターたちが木の実を囲んでわいわいしていた。
そういえば、これを発見したマイスターは功労者だよね。
俺もどうしてこれを食べようかと思ったかは疑問に思うけど、きっかけは作ってくれた。
あとで何かお酒を贈ろう。
「いや~、これでなんか、希望が見えてきましたよ」
「そうなの?」
「ええ。自然から油を得るのは大変なので、たとえ毒でも関心を持つのは凄いことです」
「そういわれると、てれるじゃん」
「でもまあ、食べて確かめるのは危ないと思いますが」
「でもなあ」
マイスターの功労をたたえつつ、食べて確かめるのはだめよと釘を刺す。
でも、反応が「でもなあ」とか……なんかまたやらかしそうで怖い。
その辺は、目を光らせておこう。
◇
数日後、ユキちゃんから結果報告となった。
「まあ、毒性は灯油なりってところですね。発火点はなたね油に近いです」
「あ、なら十分扱えそうだね。燃料としては」
「はい。火災についての危険性は、料理用油と同じくらいです」
「それなら、だいじょうぶそうさ~」
とのことで、十分安全に扱えることが判明。
これでようやく、次の段階に移れる。
「じゃあ今度は、ハクキンカイロで使えるか実験しよう」
「わきゃ~ん、ドキドキするさ~」
ということで、ほんの少量使って試してみる。
ちょいと注いで、火口をつけて炙ってみれば……。
「……反応はするけど、なんというか弱い感じ」
「いちおう、って感じですね」
反応することはする。しかし、ハクキンカイロ本来の性能は出なかった。
これではちょっと、実用性に欠けるかな……。
「わきゃ~ん……おわったさ~……」
そしてこの結果に、偉い人ちゃんまた崩れ落ちる。
黄色っぽいしっぽをピクピクさせて、残念がっているね……。
「う~ん、ダメだったか」
「ざんねんです~」
「大志さん、いちおう反応はしているので、この成分だけを蒸留とか出来ませんかね?」
「研究開発が必要になるね。温度が分からないから」
ユキちゃんから蒸留してみてはという意見も出たけど、結構長い時間研究する必要がある。
まあ、今すぐには無理だな。
ということで残念な結果に終わったけど、カイロ自体は良く出来ている。
ひとまず村で運用して、燃料の方は引き続き探していこう。
◇
それからしばらくして、十一月も終わりにさしかかった頃。
村では、ぬくぬくドワーフちゃんが溢れていた。
「わきゃ~ん、このカイロってやつ、すごくいいさ~」
「ぬっくぬくさ~」
「こんなべんりなの、たまらんさ~」
ハクキンカイロを本格導入したら、ドワーフちゃんたちはもう首ったけだ。
なんてったって、安全な熱源を常に身にまとえるのだから。
「わきゃ~、すぐにあったまるさ~」
「ちいさいこには、とくによいさ~」
特に良かったのは、こどもドワーフちゃんだ。
体が小さいので、蓄えられる熱も大人よりは少ない。
常に熱源を必要としており、そこにこのカイロがバッチリはまったわけだ。
「これがあれば、よるのじきもらくなのにさ~」
「ほんとうさ~」
「うちらも、ねんりょうってやつ、さがしてみるさ~」
ミタちゃんとその姉妹も、カイロが大のお気に入りになった。
どうやら、ドワーフの湖に生える植物とかを、探してみるようだ。
なんか燃料に良いやつがあったら、教えてね。
「あや~、これはいいです~」
「ぽっかぽかだよね」
「あい~」
「ゆきかきも、これがあるとずいぶんちがうじゃん」
「ほんとそれ」
もちろん、エルフたちもカイロでぬっくぬく。
ただハナちゃん、カイロで暖まりながら、さらにもっこもこに着込むと逆に暑くないかな?
とまあ、いろいろあったけど、冬のステキアイテムは無事導入成功だ。
この道具を武器に、今年も冬を乗り越えよう!
◇
冬対策が終わったところで、次はエルフ重工にまつわるお仕事を始める。
会社組織は俺を頂点として、管理部門と製造部門、販売部門と調達部門を設置した。
足りなければ後で部門を追加しよう。
ちなみに誰を担当にするかは決めていないので、ひとまず全部俺がやることにする。
お仕事大爆発だね!
「まあ組織としては、こんな感じで考えています」
「なんだか、たいへんそうです?」
「実際に動き始めたら、てんやわんやだろうね」
「あや~、タイシはたらきすぎです~」
組織図をプロジェクターでスクリーンに映し出し、軽く説明だ。
この時点でもうすでに、ハナちゃんには俺が仕事で沈没する様子が見えているらしい。
めっちゃ心配そうな顔をしているよ。
そしてその懸念は、おもいっきし当たるだろうね! 助けて!
「わきゃ~ん、ウチもおてつだいするさ~」
「おれもおれも」
「がんばるのだ」
まあ、心強い味方もいるから、なんとかなるとは思うけど。
ひとまずは、偉い人ちゃんやマッチョさん、おっちゃんエルフのお力も頼りにしよう。
さて、じゃあ組織は良いとして、次は報酬のお話だね。
「エルフたちもただ働きはきついので、ドワーフちゃんたちは何かしらの対価を用意する必要があります」
「わきゃ~ん、かなものをていきょうするよていさ~」
「前回はその辺まで、お話しましたね」
「そうさ~」
ひとまずエルフィンでは製造していない、金属類の道具を提供する手はずだ。
受注生産でも良いし、ある程度作って在庫するのも良いね。
「うちら、おためしでおりょうりどうぐ、つくったさ~」
「おけしょうどうぐも、あるさ~」
「もっこうするための、どうぐもつくったさ~」
さっそく、ドワーフちゃんたちがずらずらと道具を並べる。
沢山のお料理道具に、沢山のお化粧道具、さらにその他道具で盛りだくさんだ。
お化粧道具は陶芸おじさんのところで販売して、すでに売り切れている。
これも立派な現金収入になることは、確認済みだね。
「大志さん、お料理道具は子猫亭で試用してもらっているのですよね?」
並べられた道具について、ユキちゃんから確認だ。
確かに、お料理道具は子猫亭にサンプルを出して、試して貰っている。
いくつか改良案も貰っているので、まだまだって感じかな。
仲間内にはアダマン製の特製品を提供しているけど、ちたまに無い素材なわけだ。
そのせいで、厚みや重心の位置、直径などに改良が必要とのこと。
火の通り具合がどうにも、ステンレス製のものと異なってしまうらしい。
「お料理道具は、プロが使うにはもうちょっとってとこらしい」
「もっと、いいどうぐをつくるさ~」
「がんばるさ~」
ドワーフちゃんたちも、道具を改良する意欲はみなぎっているね。
まあこれは、子猫亭のレポート待ちってところか。
「作る船については、規格品として決まった形を用意します」
「まずは、汎用的な船を沢山つくるため、一種類にする予定ですね」
「そうそう」
製造する船の種類については、汎用的なのを一種類のみ提供でスタートだ。
多品種を作っている余裕が無いというか、まだまだニーズを捉え切れていない。
まずはドワーフちゃんたちがよく使う種類の、汎用船を量産する方針で行く。
「船の設計については、みんなも意見を出してね」
「わきゃ~ん、おてつだいするさ~」
「りそうのふね、かんがえるさ~」
「みんなで、せっけいしていくのだ」
「どんなふねになるか、たのしみだよな~」
ドワーフちゃんたちに要件定義のお手伝いをお願いすると、みなさん大張り切りだね。
おっちゃんエルフもマッチョさんも、やる気がみなぎっている。
ひとまず船の設計は彼らにお任せしてしまおう。
「わきゃ~ん、どんどん、かたちになっていくさ~」
「まだまだ計画段階ですが、引き続きコツコツやりましょう」
「そうするさ~」
「ハナも、できることはおてつだいするです~」
「私もお力になります」
と言うことで、エルフ重工アレ式会社の設立は、あとちょっとだ。
願わくば、これがドワーフィンに革命をもたらし、大勢のドワーフちゃんを救う一助となってほしい。