第十一話 ステキなアイテム……なのだけど
十一月下旬、本格的に雪が降ってきた。
村の気温はだいたい五℃前後が平均となり、もうめっちゃ寒い。
これでもまだ、すべてが凍り付く冬本番で無いというのが恐ろしいわけで。
「またまた、さどです~」
(ひさしぶり~)
「こっちは、そんなに寒くないですね」
「わきゃ~ん、こんなところが、あったのさ~!」
「大志さん、バスに乗りましょう」
そんな中、俺たちは村を離れて佐渡に訪れていた。
面子は、ハナちゃんに神輿にヤナさん、偉い人ちゃんにユキちゃんだ。
今回は工芸品の販売に関する打ち合わせや、大量にあるエルフィン松茸の贈呈。
そして収穫祭後に焼き物研修に戻った平原の人たちの、様子を確認するお仕事だ。
ちなみに神輿は、慰安旅行のつもりでお越し頂いた。
とまあそんな目的があって、陶芸おじさんの自宅へと向かう。
ゆらゆらとバスにゆられ、しばらく。
最寄りの停留所で降りて、てくてく歩いて行く。
ちなみにバス降りますボタン競争は、前の席の小学生に負けました。
なんなのあの早業。アレ絶対音速出てたよ。
離島にて味わった地味な敗北感を胸に抱えつつ、ようやく目的地へ。
呼び鈴をピンポンし、しばし待機。
「おー、ようこそ。……なんか新顔もいるみたいだけど、ひとまずあがってくれ」
「はい、おじゃまします」
「おじゃましますです~」
「わきゃ~ん、おじゃましますさ~」
(ども~)
陶芸おじさんの家に招き入れられ、みんなそろって居間へと移動。
「あ~にめ! あにめ!」
「まじょっこ! まじょっこ!」
「がんばれ! がんばれ!」
隣の部屋では、あにめさんともう二人がキュア的なやつを鑑賞していた。
増殖しておるわ。
三人のコスプレもバージョンアップしていて、彼女たちの向かう方向性が見えない。
とまあ、そこのコスプレダークエルフズは見なかったことにして。
「まあ、まずは腰を落ち着けてくれ」
おじさんがお茶を出してくれて、まず一口ずずずとすする。
あ、良い茶葉のやつだ。奮発しているな。
さて、腰を落ち着けたところで、打ち合わせ開始だね。
「では、まず焼き物研修からでいきますか」
「おう。まあ見ての通り、特に問題なしだ」
「ですね」
ちらりとアニメを見ている三人を確認したけど、ほんと問題無いね。
むしろ溶け込みすぎ。
「もう基礎は叩き込んであって、今は応用を教えているな。実はもう、窯を作れる位になっている」
「おお、それは凄いですね」
どうやら技術的には、もう基礎は出来ているようだ。
窯も作れるなら、そろそろ次の段階を考えないといけないな。
まあこの辺は、研修生と平原の族長さんに相談だ。
こちらも助言はするけど、最終的にどうするかは彼らに決めて貰おう。
「わかりました。こちらは問題なさそうですね」
「ああ。じゃあ次の話に行こうか」
「はい、工芸品の販売についてですね」
焼き物研修についてはさくっと話を終え、お次は工芸品関連だ。
エルフ石包丁やアクセサリーの販売は順調で、そこはもう報告を受けている。
今回は、品目の追加を話す。
「新たな品目の提案として、まずはこちらの彫像をどうぞ」
「お! 細工が細かくてすげえな! フェアリーか!」
まず見せたのは、大理石を彫刻して作った石像だ。
きゃいっきゃいな妖精さんをモデルに、元気いっぱい躍動感溢れる作品となっている。
この彫像の大本は、沖縄旅行での石細工に刺激されたエルフたちが、ノリで作ったやつ。
ただあまりに出来が見事だったため、急遽ちたま素材にてもう一個つくってもらった。
「これなら、欲しい人は間違いなくいるな」
「ですね」
かわいらしい妖精さんの石像ということで、お部屋に飾っておきたい。
ちなみに市場調査の結果、ややスリーサイズを盛ったり削ったりしている。
アゲハちゃん、すまぬ……すまぬ……。
まあ、本人は特に気にせず「かわいいかんじだね! すてきだね!」と言っていたので問題ないだろう。
「あと、動物シリーズもあります。こちらは木製ですね」
「お、かわいいじゃねえの。ただ、見たことも無いのがあるな」
「ええまあ」
彫像シリーズとして、村で暮らす動物たちを木像にした小さいインテリアもある。
まあ、不思議などうぶつたちのかわいい様子を写し取った、あざといアイテムだ。
こちらも細工は繊細で、工芸品として結構な価値があると思う。
「もちろんご発注頂いている、大物の石剣もあります」
「こちらをどうぞ」
あとは自動車二台分のお値段がする、村渾身の中二病デザインソードだ。
ヤナさんがしゅぴっと取り出し、テーブルの上に置く。
「うわ、かっけーな!」
それを見た陶芸おじさん、目がキラッキラだ。ほんとかっこいいからね。
見た目としては、炎のような刀身に刻まれた精緻な細工が美しい、静と動が楽しめる作品だ。
美術館に飾っても良いんじゃ無いかって出来だね。
武器としては全く役に立たず、窓際に飾るととてもかっこいいと言う最大の効果をもたらす。
「良いねえ。これは儲かりそうだ」
「もちろん、ちょっとしたアクセサリーもありますよ」
「これです~」
さらにハナちゃんも、ずらずらとアクセサリーを取り出す。
前から納品している、エルフィンにある透ける石でお花を挟み込んだ、かわいいアクセサリー。
ただし今回は石に彫刻がしてある。
以前よりもっと芸術的価値が高まった、かわいらしい逸品だ。
「じわじわと進化してるな。これも良い感じだ」
「えへへ」
ちなみにこのアクセサリー、今や各ご家庭の小遣い稼ぎともなっている。
日常のちょっとした時間をつかって、ちまちまこさえているのだ。
ハナちゃん一人だけだとあんまり数がつくれないから、外部発注してるんだよね。
「じゃあこれらも、販売してみよう」
「はい、お願い致します」
まあ今まで紹介したものは、それほど冒険していないものだ。
引き続き、それなりに販売実績は出るだろう。
そこまでは特に問題なし。冒険は、この次からだ。
「あとですね、今回は新企画もありまして……金属製品なのですが」
「ん? 金属製品?」
「はい、こちらをどうぞ」
「みてくださいさ~」
今度は偉い人ちゃんが、テーブルにコトコトと品を置いていく。
これ全部で、一セットだ。
「これはセットとなっておりまして、まあお化粧道具ですね」
「じっさいに、ウチはこれとおなじものを、つかっているさ~」
「これ、化粧道具なんだ」
そう、今回の目玉は――ドワーフコスメセット。
お袋に見せたところ、とても使いやすいと評判。
まあアダマン製のを売るとヤバそうなので、素材はチタンに変えてあるけど。
チタンのインゴットをドワーフちゃんに加工してもらい、まあ良い感じに出来た。
というかチタンをここまで加工できるとか、なんか凄い。
さすがドワーフちゃんと言うしか無い、実はとんでもない道具だ。
ちなみに細工はエルフたち担当である。
「総チタン製となっておりまして、金属アレルギーも出ませんよ」
「ほう。俺は化粧道具は分からないが、美術品としてもいけそうだな」
「そうですね。チタンにここまでの細工を施している製品は、あまり見ませんので」
「だな」
アダマン加工でならした腕にて、ドワーフちゃんたちが気合いで形を作る。
それにエルフたちが、ド根性で精緻な細工を刻む。
この両者の力業で作り上げた、美しくてかつ実用的な脳筋道具なのだ。
「とりあえずこれも、試しに売ってみるか」
「はい、お願い致します」
「おねがいしますさ~」
俺と偉い人ちゃん、ぺこりと頭を下げてお願いをする。
今回ドワーフちゃん製品も品目に加えたのは、まあエルフ重工関連で必要だったからだ。
ドワーフちゃんたちが、お金を入手出来る経路を作っておこうという目論見だね。
これならドワーフィンに暮らす子たちでも、形は作れる。
もしこれが売れるようだったら、船の代金代わりに作って貰うのも良いかもしれない。
「商品につきましては、以上となります」
「承知した。いっちょやってみよう」
「よろしくお願い致します。とてもありがたいです」
「いいってことよ」
ということで、お仕事の話は以上だ。
ほっと一息ついてから、最後にお土産の話だね。
「あとはお土産ですが、また松茸てんこ盛りで持ってきました」
「おお! あれ近所で大評判だったんだよ。ありがてえ」
「沢山ありますので、美味しく食べて頂ければと」
「もちろんだよ。お礼にまたカニ送るぜ」
「それは嬉しいですね!」
段ボール二箱をすすすっと差し出すと、陶芸おじさん大喜びだ。
このエルフィン松茸、香り高く食感上々、おまけに味も良い。
しかも沢山採れるということで、あっちじゃ低コスト食材なんだよね。
ちたまで売ると良い感じのレートになるので、ちまちま市場に出したりして小遣い稼ぎが出来るステキ食品だ。
これを定期的に輸入できるようになったら、財政的に大助かりになる。
きのこ自慢の森との定期便が出来たらな、と思うことひとしきりだ。
まだ無理っぽいけど。
「今日の晩飯にでっかいカニだすから、楽しみにしててくれ」
「わーい! カニです~!」
「カニ! カニさ~!」
「楽しみですね!」
陶芸おじさんから夕食にカニが出ると聞いて、ハナちゃんと偉い人ちゃん、ヤナさんも大喜びだね。
村じゃめったにカニは食べられないから、そりゃ嬉しいだろう。
ということで、その後みんなで温泉に行ってほかほかになり、無言でカニを貪って。
仲良く雑魚寝したりして、楽しく佐渡の一日目を過ごしたのだった。
――そして二日目。
「ちょうしょく、おいしいです~」
現在朝七時、朝ご飯をごちそうになっている。
献立は……ハムエッグに付け合わせのサラダ、お味噌汁にごはんとお漬物。
安心定番の、朝メニューだ。
「はじっこからたべるのが、ハナのやりかたです~」
「あ、ハナちゃん白身から攻略する派なんだ」
「あい~」
たらりとお醤油をかけたハムエッグを、ハナちゃんは白身からちまちま削っている。
白身とハムをパクリと一口、その後にご飯。
うふうふと、美味しそうに食べているね。
「あ、大志さんはお醤油派なのですね」
「ハナもです~」
「ユキちゃんは、塩こしょう派なんだ」
「はい。このちょっとした刺激が好きでして」
ちょっとした趣向の違いもあれど、どちらが正義というものでもない。
みんなで仲良く、ハムエッグをつついて直径を縮小させていく。
「……ここが、しょうねんばです~」
やがてハナちゃん、白身の攻略完了。あとはラスボスの黄身を残すのみ。
慎重に箸を使って、崩さずに一口で食べようとしている。
そのまなざしは、真剣そのもの。
「あやや~、あやや~」
お口をあんぐりと開けて、そろそろと箸の上にのっけた黄身を運ぶ。
あとちょっと……あともう少し……。
「――! おいひいです~」
そしてミッションコンプリート!
黄身を崩さず、パクリと一口で食べちゃった。
ハナちゃんよく頑張った!
「あわきゃ~、しっぱいしたさ~」
余談として、その隣の偉い人ちゃんは失敗して黄身が流出。残念!
「ちなみに自分は、容赦なくフォークを使うよ」
「あや! そのてがあったです~!」
「そうしとけばよかったさ~」
とまあ俺は道具に頼り、ハナちゃんと同じく黄身を一口でぱくり。
このなんとも言えない、とろける食感と濃厚な味がたまらないね!
(おそなえもの~)
ちなみに神様は、箸とかフォークとか以前にあぶだくしょんで済ませていた。
そんな平和な朝食の後は、帰る支度だ。
楽しかった佐渡訪問だけど、そろそろ帰路につかないとね。
居間に集まって、荷物の最終確認だ。
「みんな、忘れ物は無いかな?」
「だいじょぶです~」
「わきゃ~ん、わすれものはないさ~」
「確認しました。問題ありません」
「大志さん、私も大丈夫です」
(だいじょうぶ~)
みんなに確認すると、大丈夫とのお返事だ。
ではでは、お暇しましょうかね。
準備も完了して、挨拶のために陶芸おじさんを待っていると――。
「あ、ねんりょうあったわ」
「ここにあったんだ」
「でも少なくなってんな。また補充するか」
二人の焼き物研修エルフを連れて、陶芸おじさんがやってきた。
何かを探していたようだけど、見つかったみたいだね。
「ほれ、俺が火を入れてやる」
「ありがとうございます」
「コツがいるのよね」
そのまま眺めていると、なにやら……お酒を入れるスキットルみたいな物体をいじり始めた。
ぱかっと蓋が取れて、小さな部品を外して……じょうごみたいなのを取り付ける。
「燃料は、六時間分で良いよな」
「だいじょうぶですね」
「それでおねがいします」
おじさんはそう確認すると……なんかのボトルを手に取り、透明な液体をじょうごみたいなのに注ぎ始める。
六時間分って、なんだろう?
そのままじょうごみたいなのをくるっとひねると、液体が減っていった。
なんかを注いでいるっぽいね。
「じゃ火をつけるから、暖かくなったらもってけ」
なんだろうと首をかしげていると、小さな部品をつけ直し、ライターであぶり始めた。
一体何をしているんだろう?
「タイシタイシ、あれなんです?」
「自分もわかんないな。聞いてみよう」
「あい~」
その様子にハナちゃんも興味を持ったのか、好奇心ばくはつのお目々だね。
俺も良く分からないので、陶芸おじさんに聞いてみよう。
「あの……それって何ですか?」
「これ? ハクキンカイロだよ」
「……ハクキン、カイロ?」
「戦前からある、プラチナ触媒カイロってやつだ」
「そうなんですか」
そうしている間にも、二つ目のやつに火を入れて蓋をしている。
カイロってことは、暖かくなるんだよね。
「こいつは少ない燃料で高温になり、長時間使える代物だ。エコなやつなんだぜ」
「へえ、なんだか凄そうですね」
「昔バイクに乗っててな、冬はこいつが必需品だったよ」
「あ、バイク乗ってたんですね。私も乗ってますよ。まあ冬は電熱装備を使うので、そのカイロは使ったことがないですけど」
「電熱……だと……! なにその豪華装備」
電熱装備と聞いておじさんは驚愕しているけど、確かに高いね。
色々揃えると十万円はポンと飛んでいく。
とまあ、それはそれとして。
「さっき言っておられた、六時間とかって……。たったあれだけの燃料で?」
「おう、あれはベンジンなんだが、あの量で六時間もつぜ。ちなみに倍注ぐと、十二時間発熱する」
「それは凄い」
話を聞いてみると、なんだかすごそうなカイロだな。
帰ったら調べてみよう。
「タイシタイシ、あれってなんだったです?」
おっと、ハナちゃんも興味を持っていたんだったね。
軽く説明しておこう。
「あれはゆたんぽみたいに、ぽかぽかする道具みたいだよ」
「ぽかぽかですか~。いいかもです~」
ぽかぽかするやつと伝えると、ハナちゃんの顔も温泉に浸かっている時みたいにぬくぬくぽかぽかになった。
和むなあ。
「わきゃん、かいろって、なにさ~?」
ちなみに暖房器具という概念がほぼないドワーフちゃんらしく、偉い人ちゃんは首をかしげていた。
火気厳禁の文化だけに、カイロとか使わないよね。
「大志さん、そろそろお時間が」
「あ、そうだね。それじゃ、お暇しようか」
「はい」
「おうち、かえるです~」
――おっと、ユキちゃんからお時間のお知らせだ。
名残惜しいけど、村に帰ろう。
◇
四時間の道のりを経て、無事我が長野県北部に帰投。
いつもならそのまま村に行くのだけど、ちょっと寄り道してみる。
「あえ? タイシどうしたです?」
「大志さん、どこに向かわれているのですか?」
いつもと違う道に入ったのに気づいたのか、ハナちゃんとユキちゃんが聞いてきた。
今は、ホームセンターに向かっている最中だ。
「朝見たハクキンカイロ、お店で売ってないかなって思ってさ」
「おかいものです?」
「そうだね」
「あ、ホームセンターですね」
「そうそう」
ということで、ホームセンターへと足を伸ばす。
船の中でネットを見たところ、ハクキンカイロはそういうところでも買えるそうで。
あったら良いなという感じで、寄ってみたわけだ。
「うわ! なんか凄いところですね。道具やなんやらが、沢山ありますよ!」
「でっかいです~!」
「あわきゃ~ん!」
(ひろびろ~)
ホームセンターに入ると、ヤナさん初め異世界組はもうびっくりしている。
そうだよね、品揃えがとんでもないから。
ちたま人の俺ですら、ホームセンターに来るとなんかわくわくするもん。
「タイシさん、ちょっと見学してきても良いですか!」
「ハナもみてまわりたいです~!」
「ウチもさ~!」
案の定、ヤナさんたちは見学を申し出た。
まあ、お店から出ず商品もうかつに触らなければ大丈夫だよね。
「大丈夫ですよ。お店から出ず、商品には触らないで頂ければ」
「わかりました! ハナ、探検してみよう!」
「あい~!」
「たのしそうさ~!」
(いろんなもの、たくさん~)
ということでハイテンション異世界組を放流し、俺はユキちゃんと目的のブツを探す。
使い捨てカイロとか売っているコーナーに行けば、見つかるかな?
「うわわわわ! ハナ、なんか見たこともない道具が、沢山あるよ!」
「あややややや~! はたけでつかうやつ、すごいしゅるいがあるです~!」
「わきゃ~ん! めずらしいきんぞくが、たくさんさ~!」
(おそなえもの~)
どこかで大騒ぎしている耳ながさんとしっぽちゃんの声をBGMに、ゆったり商品を物色する。
ちなみに神輿は、お菓子コーナーでくるくる回っていた。
とまあ大騒ぎな彼らはそのまま楽しんで貰うとして、目的のブツを探す。
「大志さん、これじゃないですか? なんかパッケージが濃い絵のやつ」
「あ、そうそうこれだよ。良かった、売ってた。ユキちゃんありがと」
「いえいえ」
目的のものが見つかったので、燃料と併せていくつか購入だ。
村に帰ったら、早速試してみよう。
「うわー! 耕運機まで売ってるー!」
「あやややー! たくさんおりょうりどうぐとかしょっきとか、あるです~!」
「うわきゃ~ん! きんぞくかこうにつかえそうなどうぐ、たくさんあるさ~!」
(ちっちゃな、じんじゃもある~!)
なお、異世界人組の希望によりホームセンターには二時間滞在しました。
目的の買い物は、五分で終わったのに……。
◇
思い切り道草を食って、ようやく村に到着。長かった……。
今後こういう機会がある場合は、時間を多めに取っておこう。
「ほああ……凄かった……ほんと凄かった……」
「とんでもないとこだったです~……」
「あんなにどうぐが……すてきだったさ~……」
(おかしたくさん~)
衝撃のホームセンター体験をした面々は、なんか目がうつろである。
物量でやられた感満載だね。しばらくは、浸っていて下さいだ。
ちなみに神輿はお菓子をたくさん買って貰って、ほよほよご満悦だ。
ともあれ目的の道具は購入できたので、さっそく集会場で試してみることにする。
「ふむふむ、燃料をこうして入れて……火口をライターで炙るのか」
「点火するのではなく、加熱なんですね」
「あくまで化学触媒反応で発熱するだけで、炎は出ないらしい」
「面白いですね」
マニュアルに記載されている手順を忠実に守り、加熱してみる。
火口を直接火であぶるのでは無く、炎を近づけて三百℃くらいまで加熱するようだ。
そうすると、加熱された触媒とベンジンが反応を起こし、連鎖的に化学反応が続くようになるらしい。
「あ、なんか赤熱し始めたね」
「赤い部分がゆらゆら揺れて、きれいですね」
火口を加熱していると、反応が開始された。
プラチナを付着させたガラス繊維が、赤々と赤熱し始めたのだ。
この状態になれば、準備完了だ。しばらく待ってみよう。
「これで蓋をすれば、燃料が無くなるまであったかいんだって」
「さすがに、ベンジンの匂いは抑えられないみたいですね」
興味津々のユキちゃんが、カイロをのぞき込む。
あ、だんだん暖かくなってきた。というか熱い。
おお! なんか凄いぞ!
「めっちゃ熱くなってきた」
「こんなに発熱するのに、長時間持つのですね」
「そうらしい。いや~、良いもの教えて貰った。これ村で使えるよ」
「確かにそうですね」
凄く便利な道具が見つかって、俺とユキちゃんもニコニコ笑顔だ。
陶芸おじさん、ありがとう!
と、ユキちゃんとキャッキャしていたら――。
「タイシタイシ、うまくいったです?」
「わきゃ~ん、どんなかんじさ~?」
ホームセンタートリップからようやく帰還したらしく、ハナちゃんと偉い人ちゃんが話しかけてきた。
そうそう、カイロは良い感じだと伝えておこう。
「効果は上々だね。これなら火も使わずにぽっかぽかだよ」
「なんだか、すごそうです~」
「ほら、カイロを手に持ってみて」
「あやややや、なんかあっついです~!」
ハナちゃんにカイロを手渡すと、あちちとなって、慌ててちゃぶ台に置いた。
六十℃くらいになっているから、割と熱く感じるね。
実際に使う際は、低温やけどに気をつけないといけない。
付属の巾着に入れて使ってくださいと、マニュアルにも書いてあるね。
「これをつかえば、効率よく暖をとれると思う」
「おそとでおしごとするときとか、よさそうです~」
「しばらく試した後、いけそうだったら本格導入しようかな」
「いいかもです~」
寒い冬を乗り切るための、ステキ道具。
有効活用していこう。
「わきゃん? こんなにあっついのに、ほのおでてないさ~?」
おや? 偉い人ちゃんがカイロを手に取って、蓋をぱかっと開けた。
でも見えるのは、赤く発熱する火口のガラス繊維のみ。
確かに炎は出ていない。触媒反応により、燃焼よりずっと低温で反応が起きているわけだね。
「それは炎を出さずに、熱を得られるやつですよ」
「わきゃん! それなら、かじのしんぱいは、ないのさ~?」
う~ん、火事の心配か。
まあ薪を燃やしたり燃料に火をつけるよりは、ずっと安全だよね。
反応温度は百三十℃から三百五十℃なので、ベンジンに引火する危険もない。
火口に引火物を押し当てない限り、火は出ない構造だ。
まあ、安全と言って良いと思う。
「完璧に無いとは保証できませんが、ちゃんと運用すれば、これから火を出すのはかなり難しいです。心配はぐっと減らせますね」
「これ、これ……すごいさ~!」
そう伝えると、偉い人ちゃんはカイロを掲げてわっきゃんと感動する。
お目々キラッキラで、なんか踊り出した。
……あ、そうか。ドワーフちゃんたちって、火気厳禁なんだよね。
でもこのカイロを使えば、安全に熱を得られる。
反応を開始させるための加熱だって、彼女たちなら火を使わずに可能だ。
ということは、しっぽちゃんたちにとって――火を使わない夢の熱源、になるのか!
「わきゃ~ん! わきゃ~!」
「ちなみにこの液体が無いと使えませんので、ドワーフィンでは厳しいかと」
「――! あわきゃ~……、おわったさ~……」
ああ! 偉い人ちゃんが崩れ落ちた。
うつ伏せに倒れ込み、黄色っぽいしっぽをぴくぴくさせている。
ハクキンカイロは、しっかり握って手放さないけど。
ま、まあちたまで運用する分には問題がないので、それでごめんなさいと言うことで。
……いや、まてよ?
もし、ドワーフィンでも代替燃料がある場合を考えたら?
あっちで燃料が手に入るのであれば、これは最強の武器となる。
船の量産に続く、革命的道具に変身するわけだ。
これさえ実現すれば、ドワーフちゃんたちは……夜を安全に乗り切れるかもしれない。
それはとてつもない、恩恵となるだろう。
探してみる価値は――あるのでは!