第八話 ハナちゃんが気づいた、違い
偉い人ちゃんが黄緑しっぽになった翌日、集会場で会議を始める。
「――さて、今回の出来事、その総括ですが」
「わきゃん。やっぱし、おさけののみすぎかなっておもうさ~」
「ハナも、そんなかんじだとおもうです~」
「この辺は、みなさん意見が一致してますね」
そう、この辺はみんな怪しいと考えている。
ただ証拠も無いし、確証も無い。無い無い尽くしだ。
なにより、沖縄旅行でも偉い人ちゃんはかなりお酒を飲んでいた。
そのとき、こんな出来事は起きなかったのだ。
「自分も怪しいと思うけど、沖縄旅行ではもっと沢山飲んでいた。でも、体質は維持できている」
「そうなのさ~」
「そこが、わかんないとこです~」
「不思議ですよね……」
考えたことをそのまま述べ、安易な結論を防止する。
じゃあ次の可能性だ。食べ物が原因かどうかって話だね。
ただこれも……。
「食べ物が原因って線もあるかと思うけど、やっぱり沖縄旅行では何も起きなかった」
「そうですね……」
「もっといろんなもの、たべてたさ~」
「おかあさんとか、ふとったです~」
そう、こっちも怪しいけど、ほんとにそうかと言えばなんとも言えない。
じゃあなにが、偉い人ちゃんを青くさせたのか。
いったん視点を変えて、科学分析結果を思い出してみる。
一、ウロコは積層構造かつ多孔質である。
二、多孔質は一つ一つがナノメートルサイズの時間操作結界である。
三、蓄熱の際は時間遅延効果を利用し、熱を貯蔵する超神秘的構造である。
四、結界の数が少ないと、蓄熱能力が下がると推定される。
五、成長するごとにこの結界は増殖し、人並みに改善されている。
六、ただし結界は機能を失っている部分が多数見受けられる。
七、結界が機能を失う原因は、構造体の溶解等による物と推測される。
これらをまとめると、一つの仮説が導き出される。
すなわち、偉い人ちゃんの蓄熱能力が失われる原因は――結界の機能崩壊である。
ほんとにそうなのかは確認が出来ないが、状況証拠からするとこうだ。
なら、どうして結界が崩壊してしまうのかを考えてみよう。
調査結果に寄れば、構造体が溶解して、穴が塞がったと考えられている。
実際、それっぽい電子顕微鏡写真があるわけだ。
ひとまず、構造体溶解説で考えを進めよう。
「タイシ、おちゃです~」
「あ、ハナちゃんありがとう」
「どういたしましてです~」
考え込む俺に、ハナちゃんがお茶を出してくれた。
ほっとする味のいつものお茶をすすりながら、続きを思考する。
構造体が溶解する原因は、何か。
ドワーフちゃんの強靱なウロコを溶かしてしまう原因。
――これがキーでは、ないだろうか。
実際に溶けているし、穴も塞がってしまっている。
そういう現象を起こす何かが、収穫祭の日に――起きたのだ。
一体何が……。
「ひとまず、またウロコを分析にかけた方が良いかもしれませんね」
「そうするとおもって、あおかったときのやつ、なんまいか、はがしておいたさ~」
「――え! それは助かります!」
ウロコの再調査を持ちかけると、偉い人ちゃんがしゅぴっと何枚かのウロコを取り出した。
それらすべては青色で、とても重要なサンプルとなる。
ただ、それを剥がすのはとても痛かっただろう。
そこまでして、証拠を残したのだ。
「この資料、大事に使います」
「これくらい、なんともないさ~」
偉い人ちゃんが痛い目をしてまで、確保した最後の砦。
緊急で、依頼をかけよう。
◇
翌日、無事ウロコの分析を依頼できた。あとは、結果が出るのを待つだけ。
それと平行して、こちらは思考による検証を続ける。
「今日は、ちょっと違った形で考えてみたいと思う」
「あえ? ちがったかたちです?」
「と、言いますと?」
「してんをかえるのさ~?」
ハナちゃんたちを集めて、集会場でそう切り出す。
今回はアプローチを変えてみることにしたのだ。
今までの方法では、わかっていることしかわからない。
そしてわからないことを知りたいのであれば、埋もれている何かを探すしかないのだ。
「正攻法ではあるんだけどね。今回は――『違い』、を考えてみよう」
「ちがいですか~」
「そうそう、あの収穫祭のとき、確かに何かがあった。じゃあ、普段と違う何かもあると思うんだ」
「なるほどさ~」
「そうですね」
この違いを考えるには、俺一人じゃあ無理だ。
みんなで些細なことでも意見を出し合い、着想につなげる事が必要となる。
「そんなわけなので、どんな些細な事でも良いので、『あれ?』と思ったことを挙げて欲しい」
「わかったです~」
「ウチも、おもいだしてみるさ~」
「私もがんばります」
プランを示すと、みんながむむむと、収穫祭当時のことを考え始める。
「むずかしいときには、おやつだよ! おやつ!」
「たくさんたべてね! たくさん!」
「あまさおさえめにしてあるよ! おさえめ!」
今回は妖精さんにもお願いして、思考のエネルギーとなる糖分もご用意だ。
ただ、食べるより早く生産されるので、無限増殖しはじめる。
「とっておきのおだんごもありますから! ありますから!」
「おかあさん、きあいはいってるね! きあいはいってる!」
モルフォさんも参加して、さらに事態は加速。
この分量、俺たちではとても消費仕切れない……!
そんなわけなので、お団子消費のため村人たちも集会場に来て貰った。
「おやつ、おいしいな~」
「タイシさんたち、なんかちがいをさがしてるんだって」
「おれらも、かんがえてみっか」
「おさけのんで、だいたいわすれちゃったじゃん?」
「うちらも、おさけのんでたべてたくらいしか、おぼえてないさ~」
「わきゃ~」
集会場は賑やかになり、おやつ目当てで来たみなさんも俺たちに付き合ってくれた。
じゃあじゃあ、違った探しを始めよう!
「あ、こんなのあったです~」
「うちは、これがひっかかったさ~」
「こんなことも、ありましたね」
「だべだべ」
「わきゃ~」
こうして色々な情報が集まり、みんなそれぞれの視点での「違った」探しが始まる。
朝はちょっと寒かった、燻製の味が濃かった、温泉が熱かった。
トラクターを洗車した、ちょっとお寝坊した、お料理で調味料を工夫した。
いろいろな、違った事が挙げられてくる。
一つ一つは他愛の無い出来事だけど、集まれば、もしかしたら……。
そんな思いを抱えて、情報を集め続ける。
「わきゃ~ん、これとかどうさ~?」
「こんなのもあったね! あったね!」
「おだんごせいこうしたんだよ! せいこうした!」
(よいつぶれるの、はやかった~)
(すぐにまわったね!)
どんどん意見を集める。
お化粧の乗りがなんだか悪かった、お団子が成功した、アニメを見た。
手がしびれた、いつもよりお酒に酔ってしまった、すぐに眠ってしまった。
みんな一生懸命、あの日の出来事を話す。
――ただ、まだピンとこない。
何が、何か大切なことが足りないんだ。
もっと情報が欲しい。あの日、何があったのかという、情報が。
「あや~、あたまこんがらがってきたです~」
「情報が多すぎて、整理仕切れなくなってきましたね」
「いったん休憩にしようか」
「そうするさ~」
やがて、疲れが見え始めてきた。
さすがに村人全員の情報を一度に整理するのは、とても難しい。
時系列も曖昧になってきたので、ここらで一休みしよう。
「お茶を飲みながら、妖精さんのおやつをつまんじゃおう。あたま空っぽにしてさ」
「それがいいです~」
「わきゃ~ん、さっそくたべるさ~」
「そうですね」
「おだんごだね! これがおすすめだよ! おすすめだよ!」
いったん力を抜いて、頭を空っぽにする。
ひとまず、妖精さんの甘いお菓子を食べてお茶をすすりながら、今を楽しむ。
こうしてリラックスすることにより、なにかが「ポロっと」出てくることもあるからね。
「あや~、ねむくなってきたです~」
「ウチもさ~」
「朝から考えっぱなしでしたからね」
あ、リラックスを始めたら、ハナちゃんがうとうとし始めた。偉い人ちゃんもだね。
なんとか眠らないように我慢しているみたいだけど、疲労はごまかせない。
ちょっと、無理させちゃったかな……。
「あやや~……あや~……」
ハナちゃんとか、もう半分寝ちゃいそうだ。エルフ耳もぺたんとしている。
これは無理させず、仮眠して貰った方が良いかな。
「ハナちゃん、眠たいなら別室でおねむしようか」
「あや~、いまねちゃうと、よるまでおきられないかんじがするです~」
「それはそれで、大丈夫だよ。ゆっくりおやすみしよう」
「あや~」
ハナちゃんをお姫様抱っこして、別室へと運ぼう。
そう思い、立ち上がろうとしたとき――。
「――あえ? そういえば……ひとつおもいだしたです?」
眠たげなお目々をこすりながら、ハナちゃんがそう言った。
一つ思い出した? なんだろう。おねむの前に、聞いておこうかな。
「思い出したこと? 聞かせてほしいな」
「あい。おまつりのときじゃないですけど、おとうさんが、おかしかったです~」
「――ヤナさんが、おかしかった?」
「あい~」
どういうことだ? お祭りの時じゃないとは、いつのことだ?
そしてヤナさんは、どんな風におかしかったのだろう?
「それって、何時、どんな風におかしかったかわかる?」
「え~と、おまつりの、よくじつです?」
「次の日なんだ」
「あい~」
何時、というのはわかった。
じゃあ次に、どんな風におかしかったのか。なぜそう思ったのかだね。
「じゃあ、どんな風に、おかしかったの?」
「それはですね~」
俺は特に、ヤナさんには異変を感じなかった。
でも家族のハナちゃんは、何かを感じ取っていたのだ。
一体何が――。
「――おとうさん、なかなか、おきてこなかったです~」
ヤナさんが、なかなか起きてこなかったと。
そういや、二日酔いになってたな。
「おとうさん、いつもはそんなふうに、ならないです? あたまいたいって、いってたです~?」
続けてハナちゃんが教えてくれたけど、いつもならああならないと。
頭が痛いって言ってたのは、確かにそうだ。俺も本人から聞いている。
……なんだか、ひっかかるな。
いままでヤナさんは、俺と二次会をしても、翌日に引きずったことはほぼ無かった。
なのに、あの日は……思いっきり翌日に二日酔いをしていたわけで。
悪酔いしちゃったって感じで、ふらふらしていたりも。
「あや~……すぴぴ」
それだけ伝えると、ハナちゃんとうとう夢の国へ旅立ってしまった。
もう、眠気が限界だったんだね。
別室に運んで、おふとんでおねむしてもらおう。
「ハナちゃん、ありがとね」
「すぴぴ」
別室のおふとんにハナちゃんを寝かせて、可愛らしい寝顔をしばし見つめる。
この眠気がきっかけで、ヤナさんのことを思い出したんだろう。
“あれ? おとうさんいつまで寝てるの? 普段はもっと、早起きなのに……”
と言う、ちいさなちいさな違和感を、思い出した。
ハナちゃんは、ちゃんと「あれ?」と感じたことを、述べたのだ。
そしてこれは、俺にとっても引っかかる点がある。
ヤナさんがあの程度の酒量で、二日酔いするのは――おかしい。
祭り後半だって、ベロベロにはなっていなかった。
なのに、翌日朝はグロッキー。
……これは変だ。
そういえば。
“あたま……あたまいたいのだ……”
“きのう、のみすぎたかな……”
ヤナさんだけではなく、消防団の面々も……二日酔いしていた。マイスターを除いてだけど。
彼らは緊急事態に備えて、ベロベロになるまで飲むことはそれほどない。
そして実際、収穫祭が終わった直後も、前後不覚ではなかった。
――おかしい、これはおかしい。
「消防団のみなさん、あの朝みたいな二日酔いって、今までに経験あります?」
「ん~、そんなにないじゃん?」
「わかいころ、かげんをまちがえたくらいだな。さいきんはないとおもう」
「さすがにいいとしなのに、よくじつにひきずるほど、のまないのだ」
試しに聞いてみると、そんな回答が。やっぱり、そうだよね。
沖縄旅行の時だって、食べ放題飲み放題だったのに、二日酔いはしてなかった。
そこに……何かある。
「大志さん、何か気がついたのですか?」
「どうしたさ~?」
二日酔いという、「普段と違う点」にたどり着いた時、ユキちゃんと偉い人ちゃんが俺の顔をのぞき込んできた。
まだ、違和感があるだけだね。じゃあ、ちょっと調べてみよう。
「ん~と、ちょっとハナちゃんが言ってた二日酔いについて、怪しいなって」
「あ、調べるのですね」
「そうそう、スマホでさささっと……」
スマホを取り出して、「二日酔い」で検索。
ずらずらっと並ぶ検索結果で、医大等が発信する信頼出来そうなソースを探す。
複数見つけたところで、「二日酔いとは何か」を観点に資料を読んでいく。
すると――。
“二日酔いとは、アセトアルデヒドを分解しきれないことで起きる”
という記述が目立つ。まあ、これは常識なんだろう。
しかしそれなら、あの日だけエルフたちがグロッキーである説明がつかない。
何か、何かもっと違う機序があるはずなんだ。
そう思い資料を読みあさっていくけど、これといってピンと来なかった。
二日酔い怪しい仮説は、ハズレなのだろうか……。
「ピンとこないな……何か、間違っている?」
「私も調べてみましたけど、なんだか良く分からないですね……」
ユキちゃんも自前のスマホで調べてくれたけど、俺と同じようだ。
光が見えたかと思ったけど、幻想だったのか……。
かなりがっかりだけど、どうしようもない。
諦めてスマホをしまおう……と思ったとき、ぷるると振動した。
これはメールが来た感じだね。ついでに、見ておくか。
“件名:キジムナー火、発送しました”
メールを確認すると、昨日追加発注したキジムナー火の発送報告だった。
ニライカナイのみなさま、すぐさま対応してくれたんだね。
無理を言ったのにがんばってくれて、本当に感謝だ。
――あれ? そうだ、キジムナー火についての考察、忘れてた。
これは偉い人ちゃんの体質を一発改善した、とてつもない神秘だ。
とうぜん考察する必要がある。重要なピースが、抜けていた……。
「ねえ、キジムナー火って、いろんな効能があったよね」
「そうですね。毒を燃やすって言ってました」
「ウチもきいたさ~。こうかてきめんだったさ~」
そう、キジムナー火は「毒」を燃やす。
それは黒い汗となって、排出されたんだ。
「『毒』か……」
ニライカナイでの出来事を、良く思い出してみよう。
彼らはそのとき、どう説明してくれたのか。たしか……。あかん、忘れた。
考えても無駄なので、パッケージを確認してみることにしよう。
ハナちゃんちに、未開封のやつが置いてあったはずだ。
「ちょっと、効能を確認してくるね」
そう伝え、ハナちゃんちまでダッシュで移動。
ひいおばあちゃんに案内されて、台所へとおもむき、真空パックのやつを発見する。
さてさて、何が書いてあるかな?
“キジムナー火は、体内のホルムアルデヒドやその他毒素を、良い感じに燃焼して排出する健康食品です”
商品説明には、そう書いてあった。
そういえば、そんなことをヌシさんから聞いた記憶がある。
まあ、そのまんまホルムアルデヒドとかを燃やしてくれるわけか。
……ホルムアルデヒド?
確かにこれはかなりの有害物質だけど、なぜこれだけ、明記してあるのだろう?
わざわざホルムアルデヒドだけ明記する必要が、あったと言うこと?
すぐさまネットで、ホルムアルデヒドについて検索する。
すると、こんな記述があった。
“ホルムアルデヒドは、酸化すると蟻酸に変化する”
この文言を見た瞬間――全身の毛が粟立つ。
――蟻酸、それは猛毒だ。
特に目に対して大ダメージを与えたりする、取り扱いに要注意な危険物質である。
そしてここまで分かれば……あとは連鎖的だった。
蟻酸をキーワードに検索を続けると、決定的な記述に行き当たる。
それは――メタノール。
これもまた、猛毒だ。今度はメタノール中毒の医学論文を検索する。
そこにも、恐ろしい記述があった。
メタノールを摂取すると、長時間かけてホルムアルデヒドに代謝される。
これも二日酔いの原因だ。何時までも体にこの有害物質が残るため、悪酔いしてしまう。
そしてもっと恐ろしいことに、「それ」は僅かな時間で蟻酸に代謝される。
いったん蟻酸になってしまうと、酢酸に代謝されるまで長時間を要し、その間体内に残留し続ける。
この間に様々な体組織にダメージを与え、特に目に対して大きな被害をもたらす。
蟻酸の代謝には葉酸が必要で、治療にはこれの投与にて対処。
メタノール中毒の判定もこの葉酸値で判定することがある。
――等々。
つまり、エルフたちが悪酔いしたのは。
偉い人ちゃんの葉酸値が低かったのも。
この――メタノールが原因か!
収穫祭の時、メタノール濃度が高い「何か」を、摂取していたんだ!




