第二十話 ドワーフィンに横たわる、大きな課題
おっちゃんエルフの船を、キラキラお目々で見つめるドワーフちゃんたち。
その話を聞くと、なんともいえない違和感があった。
何かが、ちぐはぐなのだ。
それについて、考えを整理してみる。
ハナちゃんとユキちゃん、そして偉い人ちゃんが俺を見つめる中、むむむと長考だ。
まずはじめに思いついたのは、「なぜ船不足なのか」だ。
ドワーフちゃんたちは、船をあまり持っていない。
それに引き換え、エルフたちはサクサクと船を量産してしまっている。
ここがなんだか、おかしく思える。
エルフたちは、常に船が必要というわけでもない。実際この村でも、それほど出番がないくらいだ。
しかし、高い造船技術と量産能力を持っている。
半分趣味入っている感じはするね。
それにひきかえ、常に船が必要になるドワーフちゃんたちは、聞いた感じだとそれほどの技術を持っていない。
おまけに、量産も出来ていないように見受けられる。
常に船不足という証言が、それを物語っていた。
……このちぐはぐさは、なぜだ?
本当なら、船を真に必要としている彼女たちのほうが、技術は身につくはずなのに。
その原因は、聞いた方が確実かな。
「ねえ、なんでドワーフィンでは、船が不足しているの?」
「わきゃん? フネがふそくする、りゆうさ~?」
「そうそう。あの世界では、船が必須だよね。でも、必要なのに数を揃えられていないと思うんだ」
どストレートに、今考えている疑問を偉い人ちゃんに確認してみる。
すると――。
「それはかんたんさ~。つくれないからさ~」
そのまんま、作れないからって回答が来た。しかし、なぜ作れないのだろう?
……これ、技術力不足が理由ではない気がする。
なぜなら、必要ならば作るしか無く、作れば作るだけ技術は蓄積されていくからだ。
彼女たちが船を作れない理由は、別にあると推測される。
「何か、船を作れない理由があるの?」
「ふねをつくれる、ひろいりくちが、ないのさ~」
「……陸地が無い?」
「そうさ~。おまけに、はやくつくらないと、おみずでながされちゃうさ~」
――船を作るために必要な、用地が確保できない。
それが理由で、作りたくても作れないのか!
「ほかにもあるさ~。たとえば――」
そうして偉い人ちゃんが、いろいろ説明してくれた。
船は重量があるし、組み上げるにもある程度の用地が必要になる。
そのため樹上で作業することが、とても難しい。
ほんとに小さな船くらいなら、樹上に作業場所を作れば可能ではある。
ただし、苦労に見合う性能は得られない。ちいさくて、イカダとどっこいどっこいなのだ。
おまけにその作業場所を作るためのよさげな木は、だいたい住宅地になっている。
さらにはそれを作るために必要な木材加工は、いったいどこでやるの? という問題もつきまとうそうだ。
結果、川の水位が安定している時を狙って、一気に陸地で作ってしまう方法が選択されているとのこと。
「なるほど、そう言う理由なんですね」
「そうなのさ~。でもこれ、もんだいがたくさんあるさ~」
ただこの方法、いろいろ問題があるとのこと。まずは、人員が確保しづらい事だ。
陸地で作業できそうな時期が、いつ訪れるかも不確定で、予測がつかないとのこと。
そのため、突発的に造船を開始せざるを得ず、ほかの家と連携がとりづらいそうだ。
確かに、みんなで力を合わせてやるにも、予定を組めなければどうにもならない。
ほかのおうちだって、やらなければいけない仕事は日々あるわけで。
いきなり「今日から船を作るよ!」と言われたって、対応できない。
結果として、一つの家単位で事業を実施する羽目となる。
作れる部品はコツコツと作りためておき、虎視眈々と造船が可能となる日が来ることを待ち続けるとのこと。
ただその作業は、日々の生活を送る上で負担になる。
人員に余裕のある大家族でないと、難しいそうだ。
このおかげで、家族が少ないおうちは船が持てないという悪循環が起きている、と。
作業に好適な場所の発見も大変だし、見つけても早い物順であることも問題に拍車をかける。
早い者順なので、捜索に人手を割ける家でないと厳しい。
また、大家族でも予測を誤ると造船途中で川が氾濫し、資材や作りかけの船体が流されてしまうこともあるそうだ。
そうなったら、今までの苦労が完全に無駄になる。そのダメージは計り知れない。
これが原因で、船造りはギャンブルそのものになってしまっているとのこと。
よっぽど余裕のある家以外は、おいそれと手出しが出来ないわけだ。
次に、船造りが博打であるため、なかなか作ることが出来ない。
失敗すれば、大損してしまう。下手をすると、一家離散だ。
そのため技術検証もする暇が無く、確実に工期が読めて、なおかつ失敗が少ない単純なものしか作れない。
特に大型船なんてもってのほか。まずまちがいなく、大失敗だ。
かかったとしても数日で出来る船でないと、待ち受けるのは破滅である。
最後に、素材の調達と加工だ。
木材加工の前に木を乾かさないといけないが、乾かせる場所があまりない。
外に置いておくと雨で湿ってしまうため、出来ればおうちの中に置いておきたいそうだ。
やっぱり広い家を用意できる大家族でないと、場所が確保できないみたいだね。
「なんともまあ……船を作るのも、命がけですね……」
「しっぱいしたときは、みんなでたべものをわけて、たすけるさ~」
「そこまでしないと、厳しいわけですね」
「そうなのさ~……」
偉い人ちゃんも、お困り顔だね。
造船は大博打なだけに、ある程度のセーフティーネットは具備されているようだ。
明日は我が身ってお話であり、他人事ではないからそうなったのだろうけど。
ただ、仲間同士の助け合いが限界っぽいね。
とまあこれらの理由により、ドワーフィンでは船がなかなか作れないとのこと。
ようするに、すべては安全な用地が確保できないということが原因だ。
頻繁に陸地が冠水する、ドワーフィンならではの悩みである。
「おうちをつくるときも、すごくくろうするのさ~」
「フネをつくるのと、おなじくらいきついさ~」
「だから、おうちはだいじなのさ~」
さらに補足として、家づくりも同じ悩みがあるという。
なるほど、ドワーフちゃんたちがあれほどおうちを大切にするのは、それが原因だったのか。
家造りでさえ、とても大きな負担となる。それが彼女たちが抱える、現状なのだ。
とまあとにもかくにも、冠水しない安心できる用地が必要である。
しかし、それがドワーフィンでは確保できない。
彼女たちが樹上で暮らすのも、とにもかくにも川の氾濫から身を守るためだったのだ。
「……なるほど、それは根深い問題ですね」
「どうしようも、ないのさ~」
「たいへんです~……」
一通りヒアリングして、大体のところはわかった。
ハナちゃんもこのお話を聞いて、その解決の難しさにお耳がぺたんこだ。
まあ聞いたところだと、対策するにはかなりの年月がかかるね。
大規模土木工事をしなければ、解決が不可能なのだから。とにもかくにも、地面不足なのである。
そして、ドワーフィンで陸地の安全地帯を作り出す土木技術は……無い。
大規模公共事業を行うだけ余裕が、社会そのものに無いのもある。
ちたまの技術を使ってさえ、数十年を見越した大工事になってしまう。
これは高橋さん世界でも起きていたお話で、相当長期間の取り組みをしないといけない。
思いつきだけでなんとかなるほど、甘いものでは無いことは確かだ。
「大志さん、これは……難問ですね」
「むむむ~。いいほうほう、おもいうかばないです~」
「ウチもいろいろかんがえたけど、どうにもならなかったさ~」
お話を聞いたユキちゃんとハナちゃん、あまりの難問に頭を抱えてしまった。
偉い人ちゃんもいろいろ考えていたそうだけど、解決には至らなかったらしい。
そういえば、運河やら埋め立て地やらいろいろ興味を示していた。
彼女も土木工事でないと対処できないと、考えているんだろうな。
「あのどうくつのまわりは、みずにながされない、きちょうなばしょさ~」
「そうなんですか」
「でも、それほどりくちが、ないさ~……」
追加情報として、こっちの世界と繋がるあの洞窟近辺は、水没しない貴重な陸地だそうだ。
しかし、水没しないエリアはあまり広くは無い。大規模な作業をするには、厳しいだろうな。
というか、そこに物資を運び込むためにはそもそも船がいる。
「やっぱり、土木工事しかないですか」
「けっきょくは、そこにいきつくさ~」
ただ、ドワーフィン独力で成し遂げるとすると……数世紀かかるだろう。
まず大規模公共工事を可能とする制度から、作っていかなければならない。
制度改革、技術開発、拠点整備その他もろもろ。
ドワーフィン社会を一変させなければ不可能な、それほどの難問だった。
「むむ~」
この難問に挑むため、机に突っ伏して考え込むハナちゃんだ。
でも、頭から湯気でてるよ。ぷしゅーって感じになっている。
あんまり無理しないでね。
しかし、ドワーフィンにこれほどの難問が横たわっていたとは……。
村に来た子たちが遭難した理由も、とどのつまりは……冠水しない安心出来る陸地が無かったことに起因する。
船さえ好きに作ることが出来ていたら、引っ越しは出来ていたのだから。
大型船を作ることが出来ていたなら、大事なおうちも持って行けた。
ハナちゃんが思いついた水耕栽培だって、結局はこの陸地無いよ問題に帰結する。
だが、どうあがいても、今のドワーフィンではどうにもならない。
豊かな水をたたえた、豊穣の世界。
ドワーフちゃんを育み守る、不思議な衛星環境。
しかし、それが――足かせにもなっているのだった。
「むむむ~、むむむむむ~」
ハナちゃん考えすぎて、ごろごろ転がり始めた。
そのまま外に出て行っちゃいそうなので、捕獲しますよっと。
「あや~、つかまっちゃったです~」
よいしょとごろごろハナちゃんを捕まえて、定位置に戻しておく。
ハナちゃんなぜだか、ご機嫌になった。
とまあ、それはそれとして。
この問題はちょっと、簡単には対処が思いつかないな……。どうしたものか。
高橋さん世界も似たような問題にぶちあたり、こっちの物資と技術を結集させてなんとか対処した。
しかし、それでもまだまだ道半ば。
彼ら単独で事業を行えるようにするには、やっぱり一世紀以上かかってしまうのではという状態。
インフラ工事が必要な案件とは、それほどまでに難しい問題なのだった。
というか、ちたまですら完全に解決なんて出来ていない。
子や孫、さらにその孫までに託して将来に投資する。インフラ整備とは、そういうものなのだ。
未来の世代のために、今の世代が身銭を切る覚悟がないと、出来ない大仕事である。
俺たちが何の気なしに使っている、とても便利なインフラ各種とかはまさにそうだ。
あれはじいさんや親父たちの世代が、身銭を切り苦労してこさえてくれたもの。
まさに祖先に感謝しなければならない、そういう類いのものであり、同時にそれほど困難な事業である。
「何というか、これほどまでに大きな問題だとは……」
「あや~、あたまこげるです~……」
「……一朝一夕には、無理ですよね」
「そうなのさ~……」
俺たち四人、頭を抱えてちゃぶ台に突っ伏す。
なんとかしてあげたいけど、これは制度改革を含んだ、世界単位で取り組む事柄だ。
そこに至るまでの道のりを考えて、あまりの壁の大きさにめまいがしてきた。
しかし、ドワーフちゃんたちは、すぐにでも救いの手を必要としているわけで。
悠長に構えていられるほど、たやすい問題ではない。
……ちたま技術と物資をつかえば、出来ないとは言わない。
ただし、事業費は数億円で済まないことは確かだ。数十億単位でお金がかかる。
うちで用意できないことは無いのだけど、おそらくその提案は断られるだろう。
なんたって、美容品一つ援助しようとしても、ドワーフちゃんたちはとても申し訳ない顔をするからだ。
援助されっぱなしは、遠慮がちな彼女たちにとって精神の負担になるのである。
だれか特定の人が極端に大きな負担を背負わず、しかし問題を解決可能な方法。
そのような工夫や発想が、必要とされているのだった。
◇
「むむむ~」
「う~ん、思いつかないですね……」
「むつかしいさ~」
ドワーフィンに横たわる巨大な問題について、引き続きアイディアを絞り出し中。
「たいへんそうだね! おかしをたべてげんきだして! げんきだしてね!」
「おだんごありますよ! おいしいおだんご!」
「た~んとおたべ~」
そうして悩んでいると、妖精さんたちがやってきて、きゃいっきゃいでおやつを積み上げ始めた。
考え事には甘い物が必要だ。なかなか気が利いているじゃないか。
「おやつ、ありがとです~」
「どういたしまして! いたしまして!」
「おいしいさ~」
「甘さがちょうど良いですね」
「たくさんたべてね! たくさん!」
せっかくなのでおやつタイムとして、一休みすることにしよう。
じゃあ、俺も一つ頂こうかな?
「タイシさんには、せっかくだからしっぱいしたやつだよ! しっぱいしたやつ!」
そしてどさくさに紛れて、またもやイトカワちゃんが立ちはだかるわけで。
なるほど、せっかくなら、しょうがないよね!
きゃいきゃい笑顔の彼女から、パステルカラーの小惑星を受け取って口に入れる。
「あ、プリンの味がする! これ美味しいよ!」
「あれれ? おつけものをこねたはずなんだけど! おつけもの!」
「ええ……?」
味は花丸合格点なんだけど、素材がアレだった。
というか、どうしてお漬け物をこねようと思ったのかが、わからない。
イトカワちゃんの発想、独特だね!
とまあいつものやりとりをして、ほっと心と体がほぐれた時のこと。
ふと、まわりを見渡す余裕ができた。
(あ、しっぱいしちった!)
(つよい~)
気休めに見渡したところ、いつの間にかちゃぶ台の上に、神様ズがご光臨なされていることに気がついた。
高橋さんからから借りたゲームで、楽しく遊んでいるみたいだね。
こういう娯楽は無かったから、面白くてしょうがないんだろうな。
可愛らしい神様たちじゃないか。
いったん頭を休めるためにも、おやつを食べながらぴこぴこ神様ズを眺めてクールダウンと行こうか。
「よそうがいにうけたから、おつけものでしっぱいしたやつ! ぜんぶあげるね! ぜんぶ!」
「あじみしてないやつ~」
まあ、俺のはおやつというよりお漬け物が謎変化したやつだけどね!
ということで、素材はたくあんだけど、味はメープルな冒険心あふれるやつとかをもぐもぐ。
糖分? を補給出来たところで、神様たちのやっているゲームを確認してみる。
……ドラキュラの城を探索するゲームか。意外とシブいやつやってるね。
(またしっぱいしちった!)
(かわる? わたしこれ、とくいだよ~)
どうもオレンジちゃんがボス戦で詰まっているらしく、うちの子が変わる宣言を出した。
確かにそのボス、パターンつかめないと強いんだよね。
(じゃあ、おまかせするね!)
(まかされた~)
オレンジちゃんは諦めたのか、うちの子にバトンタッチとなった。
ぴこぴこ神輿、ゲーム機を受け取ってほよよっと気合いみなぎる感じで光る。
そして――。
(はい、こうりゃく~)
(やたー! わたしはこっちがとくいだから、まかせてね!)
(まかせた~)
――あっという間に攻略だ。やだ、うちの子すごい!
どうやらお互いに得意なところを分担して、ちまちま進めているようだ。
仲良くゲームしていて、微笑ましい。
……ん? まてよ?
自分が出来ないことでも、それが得意な人もいる。
身近な例で言えば、俺とユキちゃんとハナちゃんだ。
俺はガテン系で、繊細なことは苦手だ。そこは、ユキちゃんやハナちゃんが補ってくれる。
逆に、腕力やごり押し、マネーパゥアーが必要な事柄は、俺が大得意だ。
村の運営だって、エルフたちやドワーフちゃんたちにお任せしている。
というか、丸投げ出来るお仕事は容赦なくお任せしているわけで。
何も、自分たちだけで解決する必要……無いんじゃない?
得意な人に任せれば、良いのでは?
独力にこだわるから、ダメなんだ。出来ないことは出来ないと、素直に認めよう。
そのうえで、どうすれば出来るのか。
――答えは目の前にある!
イトカワちゃんの実験お団子は、スタッフが美味しく頂きました。




