第五話 あえ~? あえ~?
「……あえ?」
ハナちゃんがもやしを見に行くと、一目でわかる異変が起きていました。
なんということでしょう、豆苗とかいわれ大根が、立派な感じでにょきにょきしていました。
みずみずしく育ったそれは、なんだかもう、食べられそう。
そしてしばらく首を傾げて考えた後、また二度見するハナちゃんでした。
「あえ?」
何度見ても、にょっきりしています。
ハナちゃんは思わずパッケージ写真を取り出し、にょきにょきしている奴と見比べました。
写真と同じような出来具合です。
「……タイシは、もっと時間かかるって言ってたです?」
首を傾げるハナちゃん。七日位かかるという話でしたから、まさか一晩で育つとは思っていなかったのでした。
楽しくにょきにょき過程を観察するつもりが、いきなり完成品です。
豆苗とかいわれ大根のこの状態をみて、ハナちゃんは嫌ぁ~な予感がしました。
「もしかして、こっちもです?」
豆もやしの方に、ちらりと目を向けたハナちゃん。かぶせてある布がなんだか、こんもりと盛り上がっています。
もう見た目からしてアレな状態。「これは、見なかったことにするですか」と一瞬思うハナちゃんでした。
そうして、しばらくどうするか悩んだ後……。
「……いくですよ!」
ハナちゃんは意を決して布をつまみます。でも、気合の割には腰が引けていますね。
おそるおそる、そーっと布をめくるハナちゃん。
ぴろっ――ドバッ!
布をめくったとたんいい感じに出来上がった豆もやしが、あふれ出てきました! それは、尋常ではない量です。
「あやややや!」
ドバドバ出てくる豆もやしに、ハナちゃんびっくりして尻もちをついてしまいました。
「あ、あえ~。なんか沢山できちゃったです~」
お店で売っているような状態まで育った豆もやしに、ハナちゃんもなにがなんだかわかりません。かいわれ大根も豆もやしも、聞いていた話と違う出来栄え。これにはハナちゃんも大混乱。
ハナちゃんは「あえ~? あえ~?」と右に左にわたわた、わたわた。大慌てです。
「ハナ、どうしたんだい?」
ヤナさんは、わたわたするハナちゃんを見て、もしかしてもやしが失敗しちゃったんじゃ……と考えながら様子を見に来ます。そして――ブツを確認しました。
も゛っさり。
「うわあっ! 何これめっちゃくちゃ育ってる!」
豆苗とかいわれ大根、それに豆もやしもどっさり育っています。
とくに豆もやしは、大豆一キログラム分です。
ドバっとプランターから溢れていました。明らかに作りすぎです。
予想外の事態に、ヤナさんもハナちゃんと一緒にわたわたしてしまいました。
「どうしたの?」
「なんだヤナ、どうした」
「あらあら?」
「ふがふが?」
ヤナさんのびっくり声とわたわたする様子を見て、おうちの皆もやってきます。
そしてやっぱり、大量の豆もやしにびっくり。
ハナちゃんのおうち、朝から大騒ぎです。皆でもやしを囲んでわたわたしたのでした。
しばらくして。
「……タイシさんに聞いていたより、ずいぶんと早くできたわね」
「何でだろうね?」
「分からんなあ」
「あらあら」
「ふがふが」
ひとしきり騒いで、ようやく落ち着いたハナちゃん一家。大量の豆もやしを前に、皆で首を傾げています。
仕込みになにか違いがあったのでは、そう思ったヤナさんはハナちゃんに聞いてみます。
「ハナ、昨日仕込んでいるときに、何かかわったことなかった?」
「言われたとおりやったです?」
「いや、僕に訊かれても……」
考えても良くわかりません。ヤナさんが見た限りでは、確かに言われたとおり仕込んでいました。何か特別なことは、していなかったはずです。奇妙な歌を歌ったくらい?
おうちの皆は、首を傾げて「なんだろね」と言い合いました。
ひとしきり首を傾げあったところで、カナさんが言います。
「考えてもわからないわね。無事に出来たってことで、喜べば良いんじゃないかしら」
「そうかな」
「そうよ」
いち早く思考を放棄したカナさん。もうこれ喜んじゃえば良いよね、という何とも建設的なご意見です。
「そうしようぜ」
「あらあら」
「ふがふが」
おうちの皆もそれでいい感じです。とりあえずは、食べ物沢山良かったね、で意見がまとまりました。
しかし、新たな問題が出てきます。
「……それで、この大量の豆もやし、どうしよう」
ヤナさん、こんもりと育った豆もやしを前にして、考えます。さすがにおうちだけでは、この大量の豆もやしを食べきれません。なんせ大豆一キロ分ありますから。芽が伸びて何倍にも膨れ上がってるので、ものすごい大量にあるように感じてしまいます。
「流石にこれは、ちょっと多いわね」
「家だけでは食べきれないな」
「あらあら」
「ふがふが」
おうちの皆も、良い案が浮かびません。森に居たときも、必要な分だけ採ってきていたエルフ達です。
ひとつのおうちだけで一気に、こんな大量の食糧をさばいたことがありません。
しかしハナちゃん、ニッコニコ笑顔で言いました。
「村のみんなで食べるです~」
愛情込めて、丹精込めてじっくり(たった一晩で)育てた豆もやし、皆で食べようと言うのです。
「良いのかい? これはハナが一生懸命(たった一晩で)育てた物なんだろう?」
「良いのです~」
笑顔で答えるハナちゃん。(たった一晩で)育てた作物を皆に分けてあげちゃう、えらい子です。
「良い子だね。ハナは」
「皆も喜ぶわ」
「偉いな」
「あらあら」
「ふがふが」
なでなで、なでなで、なでなで、なでなで、なでなで。
「うふ~」
皆に撫でられたハナちゃん。嬉しそうです。
こうして、豆もやしとかいわれ大根は、村の皆で食べることになりました。
早速、今日の朝食に入れてみましょう。献立はラーメン以外にありえません。
ラーメンがもっとおいしく。そんな大志の言葉を思い出しながら、ハナちゃん一家は炊事場に向かいました。大量のもやしを抱えて、一家そろってうきうき気分です。
ハナちゃん一家が炊事場で豆もやしを洗っていると、ぽつぽつ人が集まり始めました。炊事場に来た人たちは、皆ハナちゃんがニコニコ顔で洗っている物に目が行きます。
「ハナちゃん、それなあに?」
「豆もやしです~」
「……え?」
大量の豆もやしを見た人は、大体こんな反応です。集まった人は豆もやしを囲んで、わいわいし始めました。
「一晩でこんなに出来るものなの?」
「うちのも割と育ったけんども、ここまではならなかったべ」
「うちのはこれくらいね~」
どうも、他のエルフ達が仕込んだ豆もやしも、わりかし育ったようです。長さを言い合っていますが、だいたい二センチから三センチくらいの大きさ、そんな感じです。
「タイシさんが言ってたより、なんか早く育ってね?」
「何だろな」
「こんくらい伸びるには…………結構かかるって言ってたよな」
脳筋エルフさん、日数を忘れたので適当言いました。
聞いていた話より早く育ったことに、首を傾げるエルフ達。しかし考えてもわかりません。誰も一晩でこんなに伸びるとは、思っていなかったのです。
そんな皆に、ヤナさんが言いました。
「私たちも良くわかっては居ないのですが、まあ沢山出来たから良いんじゃないかってことにしました」
「そだな」
「考えてもしょうがあんめえ」
「食べ物増えるだけで幸せだわ~」
皆も同意のようで、全員があっというまに思考放棄です。食べ物いっぱい嬉しいね。エルフ達は、それでいいやと思うことにしました。
難しいことを考えるのは、苦手なエルフ達。皆のなかで一番難しいことを考えられるヤナさんが、思考を放棄したのです。これ以上考えるだけ無駄なのはわかりきっていたので、すんなりでした。
「それで、こんなに沢山持ってきて、どうすんの?」
一人のエルフが、ハナちゃんに聞いてきます。ハナちゃんはニコニコしながら答えました。
「これをみんなのラーメンに入れるです~」
「「「――!!!」」」
ハナちゃんの言葉を聞いたエルフ達、ラーメンがもっと美味しくなると、楽しみにしていたことを思い出しました。
まさかこんなに早く、それが実現するとは。エルフ達は大喜びです。
「ハナちゃんありがと~」
「やったー! ラーメンがもっとおいしくなる~」
「早速お料理、始めましょう」
エルフ達はうきうき気分で、朝食の準備を始めました。今日の朝食は、いつもよりちょっと豪華です。
ラーメン、どんなおいしさになるのかな、もっとおいしくなるのかな。
皆ラーメンが出来上がるのを、楽しみに待ちました。