第九話 ラーメン屋さんと、これからと
(たんまりおそなえもの~)
「うっわ、あの人ほんとに食べきりそうよ」
「すげえ!」
「人間、やればできるんだな!」
神輿がペタ盛りラーメンという大質量を、そろそろ完食しそうな、その時のこと。
「お待たせしました! 海の幸ラーメンです!」
俺の頼んだ海の幸ラーメンが、とうとうやってきた。一番最後だったね。
ただ、そのお姿を見れば時間がかかったのも頷ける。
そのラーメンは――まさに海の幸が、満載されていた。
白いドンブリは透き通った魚介スープで満たされ、その中では細い縮れ麺が黄金の輝きを見せる。
具材は、海苔にナルト、そして大きな塩焼き車海老がドン!
さらにはホタテとアサリ、イカリングも入っているね。
これら海の幸が、スープという大海原でわかめと一緒にたゆたっていた。
そしてそれぞれの具材は美しく配置されており、車海老の赤さを引き立て食欲をそそる。
「あや~、タイシのラーメン、なんだかすごそうです~」
「キラキラしてますね」
「ごうかなかんじがします」
ハナちゃん一家も思わずのぞき込む、豪華さ。
ではでは、みなさんの羨望のまなざしを受けながら、食べてみましょう!
まずスープをすすると、アサリとホタテの濃厚な旨味がこんにちは!
ほかにも、すっきりとしたカツオと昆布出汁やオイスターの風味、それと塩焼き車海老の香りも感じる。
透き通ったスープの見た目に反して、どっしり濃厚な魚介の旨味が凝縮されていた。
醤油無しでここまでスープの味を調えられるとは、恐れ入る。
もうすでにうっとりなんだけど、そのまま勢いで細い縮れ麺を啜る。
途端に、口の中で麺のほのかな甘みと小麦の風味が、魚介の旨味たちと踊りだす。
やや硬めに茹でられた麺は、このスープを適量吸収していて、もちもちとした歯触りだ。
細麺なのに、もっちもち。グルテン多めの小麦粉を使っているらしい。
付け合わせの具材も、ひょいひょいと口に放り込む。
すると、ほのかに薄塩味と炭火調理特有の風味を感じた。
どうやら、下ごしらえとして塩を振った後炭火で炙ってあるようだ。
この下ごしらえのおかげか、素材本来の旨味が引き出されていて、さらには素敵なスープが味を引き立てるよう強力にアシストをする。
ほっこりホタテにぷりぷりアサリ、柔らかイカリングたちが味や食感に変化を与えてくれて、飽きが来ない。
つけあわせのわかめちゃんにもひと手間入っているようで、海藻特有のえぐみが感じられず、爽やかさをもたらす。
おまけにそのわかめちゃん、食べたらとろけるように消えてしまう。
どんな下ごしらえをすれば、とろけるわかめができるのだろうか。
前哨戦ですでにこの旨さ。もう箸が止まらない。
そのまま魚介スープをたっぷり吸いこんだ、はんぺんのようなナルトちゃんを楽しみ、また麺を啜る。
現時点で大満足なのだけど、このラーメンにはラスボスがおわしまする。
――そう、塩焼きされた赤い車海老ちゃんだ!
そのお姿は、まさに物語の最後に登場するかのごとくご立派。
スープの中でたゆたう彼を取り出し、殻ごとそのまま頭からガブリ!
殻もきちんと食べられるよう丹念に焼かれた車海老は、珠玉のスープが絡みとても香ばしく深みのある味。
パリパリの殻に、ぷりぷりの身。そして殻の中に閉じ込められた車海老のエキスは、思わず無言になるほどの至福の時間を与えてくれた。
……相変わらず、とんでもない完成度のラーメンが出てくるな。
というかもう、ラーメンではなく芸術じゃないのって思う水準だよ。
食べたらなくなってしまうのが、寂しく思える作品だ。
「……すごい美味しかった」
「たしかに、おいしそうだったです~」
「私もそれ、食べてみたくなっちゃいました」
あっという間に完食すると、ハナちゃんも興味津々な感じになっていた。
ユキちゃんは、海の幸ラーメンを食べてみたくなっちゃったみたいだね。
「……みなさんも、頼んでみます?」
「あや! いいです!?」
「それなら、ぜひともぜひとも!」
「しゃしん! まずはしゃしんとります!」
せっかくなのでみんなも食べてみたらと提案すると、ものすっごい前のめりになった。
ではでは、追加注文行きましょう!
(おそなえもの~)
神様、ペタ盛りのやつ食べたのに、まだ足りないの!?
◇
(まんぞくした~)
「あや~、おなかいっぱいです~」
「ここに来ると、ついつい食べ過ぎちゃいますね」
無事夕食も終わり、ゆったりとした雰囲気のなか食休み中だ。
神輿もハナちゃんも、おなか一杯でぐんにゃり満足そうだね。
ヤナさんたちも、至福の表情である。
「おなかいっぱいさ~」
「わきゃ~ん、すてきならーめんだったさ~」
「さいこうだったさ~」
ドワーフちゃんたちも、ほっくほく笑顔でしっぽをぱたぱた振っているね。
偉い人ちゃんもここのみそラーメンにはうっとりだ。
……ふふふ、これでお医者さんに連れて行ってご機嫌斜めになっても、食べ物でご機嫌回復してもらえる下地はできたな。
――おっと、これは作戦ではない。純粋な接待だよ。そう、ただおもてなししたかっただけなんだ。
「タイシさんわるいかおしてるね! わるいかお!」
「わるだくみちゅう~」
「かおにでてますよ。でてますよ」
しかし俺の誠心誠意のおもてなしは、妖精さんたち全員から悪だくみと言われちゃいました。
いや、これはあれなんですよ。それっぽいやつでして。
「宇宙人さん、いっつも悪だくみしてるもんね!」
「きゃい~」
巫女ちゃんもそれに乗っかって、妖精さんたちときゃいきゃいしながら俺のオーラを鑑定しておられる。
まあ、見鬼の力を使わずともバレバレであるわけだが。
「わきゃ~ん」
しかし偉い人ちゃんはラーメンの余韻に浸っていて気づかない。
しめしめだね。
とまあ、俺の悪だくみがほぼ全員にばれている事件はさておき、ちょっくら仕事をしておこう。
ラーメン屋さんご夫婦に、一つ話を通しておかないとね。
「ちょっと自分は、お仕事してくるね」
「あのお話ですね、お供します」
「いってらっしゃいです~」
ユキちゃんと一緒に、ハナちゃんに見送られながらご夫婦の元へ。
今は小休止しているところだから、ちょうどいいね。
それでは、お仕事始めましょう!
「すみません、少しお話をしてもよろしいですか?」
「あ、例の話ですか?」
「はい、そうです」
声をかけると、旦那さんはどんなお話か察したようだ。事前にいくらか話はしてあるからね。
「どうぞ、こちらへ」
奥さんも内容は知っているので、そのまま向かいの席を勧めてくれた。
それじゃ席について、お話を始めよう。
「事前にお話はしてあった、例の件ですね」
「はい。大志さんの会社が一括して管理するってお話ですよね」
「そうです」
ここは店頭なので、具体的な言葉は二人ともぼかして話を進める。
例の件とは、いわゆる借金についてだ。
これまでちょくちょく打ち合わせをして、情報を開示していただき、うちで再計算をかけた。
それらの結果とこれからの話を、ちょこっとしとこうってお仕事だね。
「計算した結果は、ご覧になられたと思います」
「はい。……正直、やっぱりなと」
「夢を大きく持ちすぎました……」
お互いわかったうえで話しているけど、ご夫婦はしょんぼりしてしまった。
前に送ったシミュレーション結果を見て、数字をきちんと認識できたってことだね。
このラーメン屋さんは腕は凄いけど、借金の額もそらもうすごかった。その額なんと……一億円!
よくまあ、債権者さんたちは融資してくれたという額だ。腕もさることながら、人望あったのだろうな。
ただ、利息や返済プランを再計算したところ……今のままでは返済不可能と算出された。
ようするに、このままやっていたら不良債権確定、という世知辛い現実にぶちあたる。
ただし……。
「うちで一括管理して、長期プランにすれば大丈夫でしょう」
「はい。あれなら、やっていけそうです」
「正直、助かります……」
債権をうちがすべて買い取り一括でまとめ、バラバラだった金利も平準化する。
そのうえで長期の返済プランに切り替え、複利だったいくつかの金利も単利へと切り替える。
こうすれば、時間はかかるけど債務者有利となってなんとか返済可能だ。
「うちの会社が不利になる点についての埋め合わせにつきましては、あれで問題ございませんか?」
「大丈夫です。むしろ、こちらからお願いしたいくらいでした」
「今まではタダでやってもらっていたのが、申し訳ないくらいで……」
プランについては問題ないようなので、付帯条件についても確認する。
ご夫婦的には、オーケーのようだ。
この条件とは――経営権の一定割合を譲渡してもらうこと、だ。
ようするに、お店の方針に口出ししますよと。
一定の経営権を持った債権者となること、に同意を求めたわけだ。
これは、将来自営業ではなく株式会社化する事業計画を想定してのことである。
今のうちから、議決権を持った株主とどうやっていくのか、訓練する意味も兼ねているね。
大株主はうちの会社がなることは確定しているので、そういう株主と経営するっていう感覚を身につけて貰う。
まあ、その辺の細かいお話はおいといて。
「……恐らくお二方の意に添わぬ意見も出すとは思います。それでもですか?」
「はい。覚悟はしております」
「変わらなきゃって、思いました」
念のため再確認したけど、二人の覚悟は決まっている。俺の言葉も、受け入れてくれた。
それなら、力を貸せるね。
お金を借りているうえに経営権もある程度握られるとは、通常かなり窮屈な経営を強いられる。
それでも、今の彼らには必要なこと。対等な関係を築いて行くには、これが一番だと判断した。
「私としてもこのお店とお二人の腕にはほれ込んでいますので、お力になりたいと思っております。共に歩いていきましょう」
「よろしくお願いします!」
「ご助力、感謝します」
最後に、俺の偽りない本心を述べてお話は終わりとする。
二人の同意と覚悟は確認したので、あとは事務仕事をするだけだね。
おっと、一つ大事なことの確認を忘れていた。
「……ちなみに、自分が好きなメニューを作ってもらうという、職権乱用は許されますか?」
「あ、ある程度なら……まあ……」
「ものにもよりますが……」
よっし! なんか良さそうだ!
ふふふ……どんなメニューにしようかな……。
俺は容赦なく職権を乱用する、そんな男なのだよ。
「大志さん……今までで一番悪い人の顔してますよ」
「おっふ」
そうだ、ユキちゃんも同席してもらってたんだ。
ばっちり俺の悪だくみを見られてしまった!
「ま、まあ奥さん。新メニュー開発ってことで一つ」
「そういった動機が、結構大切ですから」
俺の悪だくみは、ラーメン屋さんご夫婦がフォローしてくれた。
ただ、ユキちゃんを奥さんと間違えているね。
二人とも、独身でござるよ。
「……奥さん。フフフ……」
気づくと、なぜか耳しっぽ状態になって、ブツブツつぶやくダークキツネさん。
さっきの俺より悪い顔してますよ……。
とまあ、楽しい夕食を終えて、合意形成のお仕事も一段落。
あとは、村へと帰るのみとなった。
「妖精さんたち、またね! 宇宙人さんたちも、またね~!」
「またあそびにくるです~」
「またね! またね!」
「おかあさんのはね、ありがと! ありがと!」
「なおったら、おしらせしますね! おしらせします!」
両手をぶんぶん振ってお見送りをしてくれる巫女ちゃんに、みんな手を振り返す。
後ろで控えるご両親も、にっこにこだね。
「……」
……護衛君は、隙が無い様子で周囲を警戒している。
彼のああした努力が、巫女ちゃんの今を支えているんだな
あとでなんかちょう強力な装備送っておこう。持っているだけで、猫がむやみやたらに懐く石とか良いかな?
とまあ、それはかえって考えることにして。
「それでは村に帰りましょう」
「「「はーい!」」」
車内のメンバーに声をかけると、元気よくお返事が返ってくる。
「たのしかったです! たのしかったです!」
「きゃい~! おかあさんよかったね! よかったね!」
「だんらん~」
後ろではしゃいでいるモルフォさんの羽根治療用部品も、そろそろ出来上がっているころだ。
村に帰ったら、早速治療してもらおう。
ではでは、村に向けて出発だ!
◇
「できたよ! できたよ!」
「あとはくっつけるだけ! くっつけるだけ!」
「さっそくなおしましょ~」
翌日、モルフォさん治療用部品は全部そろった。
さっそく妖精お花畑では、治療風景が展開されている。
「よくなってるかんじしますね! よくなってるかんじ!」
「もうすぐだよ! いっしょにとべるよ!」
「そうね! そうね!」
和気あいあいと治療は進んでいて、サクラちゃんもお母さんの羽根にペタペタとシールド用の花びら形状布を貼っていた。
自分の羽根に貼ってあるのと、同じデザインのやつだ。母子お揃いになるね。
「なおるの、たのしみ! たのしみ!」
「きゃい~」
治療が進んでいくにつれ、モルフォさんの羽根は輝きを増していく。
普通の妖精さんとは違う彼女だけど、体が大きいから力もなんか強そうな感じ。
脆化病が完治となったら、本来の実力が見られそうだ。
「わきゃ~ん。こっちのいりょうって、ふしぎさ~」
そんな治療風景を、偉い人ちゃんも興味深そうに見つめていた。
為政者だっただけに、医療技術にも興味を持ったのかな?
ちょっと聞いてみよう。
「こういうの、興味あります?」
「もちろんさ~。いりょうは、とってもだいじなことさ~」
どうやらビンゴだったようで、偉い人ちゃんは医療技術にも興味を持っている。
……まあ、脆化病治療は妖精さんならではの特殊なものだけどね。
でも、衛生や応急処置、ちょっとしたお薬とかはどこも共通かなって思うわけだ。
「この村では衛生管理および応急処置、ガガギギってなるけどよく効くお薬とか、いろいろ運用していたりはしますね」
「それ、みてみたいさ~。……でも、さいごの『ガガギギ』てなにさ~?」
「飲んでみればすぐにわかります」
「……やめとくさ~」
偉い人ちゃん、ガガギギ薬の洗礼を未然に回避。
さすがトップだけあって、危機回避能力高いね!
「まあとりあえず、消防団の装備とか見てみましょうか」
「おねがいするさ~」
というわけで、てこてこ歩く偉い人ちゃんと一緒に、集会場へ足を運ぶ。
ここに予備の消防団装備があるわけだ。
「みんな、がんばるわよー!」
「へらすのよ! たまったなにかをへらすの!」
「いまこそ、その時! 美しくなるの!」
道中、電源施設の周囲では女子エルフたちがなにかの気合いを入れていた。
まあそれは気にしないことにして。
「こちらが応急処置の道具です。これは消毒、これは傷口をふさぐもの、これは――」
集会場へと到着し、消防団の装備を並べる。
それら道具を一つ一つ説明していき、用途や効果、そして価格なども教えていく。
「これは、べんりさ~」
「こっちの世界でも、これがあるだけで随分と結果が変わってきますね」
「よく、かんがえられているさ~」
ふむ、医療などに興味があるということは、これから先大変やりやすいということでもある。
なんたって、明日お医者さんに連れていく予定だからね。
ちたま医療において、本物のお医者さんに会って、実際に検査や問診を受けるわけだから。
そう吹き込めば、連れ出すのもまあなんとかなりそうだ。
まあ、明日チクっとするやつしますよとは、まだ説明出来ていないのだけど。
なんというか、言いにくくてですね……。
「わきゃ~ん、これはウチのところでも、どうにゅうしたいさ~」
偉い人ちゃんは、自分に迫る試練の時を知らずに、わきゃわきゃと応急セットを見ている。
うう……罪悪感が……。そろそろ、正直に伝えるべきだろう。
しかし、とっても言いにくいでござるよ……。
「おにく! おにくをへらすのよ~!」
「あまったやつ、なんとかするの!」
「美しさ、取り戻すのよ!」
「やせて、けんこうてきなからだにならないと、おにくぷるぷる」
そんな葛藤する俺をよそに、電源施設では女子エルフたちがバリバリと放電を開始する。
食べられるばかりだったまろやか電気は、いま十分な電源女子エルフによってどんどん満たされていく。
「タイシさん、あれもいりょうこういさ~?」
そんな電気女子エルフたちを見て、偉い人ちゃん首をかしげた。
ステキさんの発言で「健康」とかあったから、医療行為かと思ったようだ。
でもあれは、主に美容目的のやつだね。実際、そんなに騒ぐほどおふと――ではない。
多少ぷにっているだけで、健康には問題無い範囲なのだ。むしろ、愛嬌のある段階なわけで。
個人的にはやせる必要はないと思っているけど、美を追究する方々は妥協したくないわけだ。
「あれは美しくなるための、妥協無き努力なのです」
「――! あれでうつくしく、なれるのさ~?」
おや? 偉い人ちゃんなんだか食いついてきた。
興味津々で、電気変換女子たちを見つめ始めたぞ。
でも残念、ドワーフちゃんたちは電気変換にてだいえっとはできないわけで。
「あれは彼女たちの種族、特有の能力ですから。まねは出来ないかと」
「わきゃ~ん、ざんねんさ~……」
「みなさんの種族は、また違った美容法があるかと思いますよ。ほら、スチームサウナとか」
「わきゃきゃ~ん! たしかにあれは、よかったさ~!」
「いま建設計画を立てておりますので、楽しみにしていてください」
「そうするさ~」
そんな話も交えながら、俺と偉い人ちゃん、がんばってお脂肪を電気変換する女子たちを見つめる。
「あ! ちょっとへったかもなの!」
「ほんと!」
「みせてみせて!」
なんだかんだ言っても、美しくなるために努力する彼女たちは、輝いていた。
前向きなのが良いよね。効果が出たら、満面の笑顔でキャッキャするのも可愛らしい。
なんだかんだで、生命力あふれる女子というのは美しいと思う。
――――。
とまあ、女子エルフ放電だいえっとに気を取られてしまいまして。
結局、偉い人ちゃんに「お医者さんに行ってチクっとするやつしますよ」と伝えるのを、忘れたのであった。
すまぬ……すまぬ……。




