第三話 耳たぶくらいの固さ
昼食の献立を決める為、調理補助の方々と親父を交えて作戦会議をすることにした。皆を集めて検討しよう。
「午後はこれと言って作業もありませんので、新しい料理で行こうと思ってます」
「あたらしいりょうり、ですか」
「まかせて」
「がんばるわよ~」
新しい料理と聞いて、カナさん始め調理補助の皆さんは張り切っている。俺は親父に今考えている献立を話した。
「おやきでも作ろうかと思ってるんだけど、どうかな」
「良いんじゃないか? ただ、餡と生地、それぞれ担当分けないと時間かかるぜ」
そうだな。一つの行程ずつ皆でやっても、時間がかかるだけか。ただ、完全に分けてしまうと餡は作れるけど生地は作れない人と、その逆の人が出てくるな。
途中交代して、全部の行程を皆が出来るようにするか。
「それじゃあ餡を作る人と、生地を作る人で担当分けしよう。ある程度できたら交代で」
「そうするか。大志は生地担当で、俺は餡を教えるよ」
「頼んだ。俺は生地ね」
方針は決まった。担当分けと行こうか。俺は、気合十分のカナさん達を呼び寄せる。
「皆さん、今回は具を作る人と、生地を作る人で手分けしたいと思います」
「わかりました」
「まかせて」
「あじみは?」
「味見はまたの機会に」
味見じゃなくて、ガッツリ食べるからね。おやきだと、丸々一個分食べちゃうんじゃないだろうか。
それはもう味見とは言わないと思う。こないだめっちゃ食べてたよね?
まあ、どのみち交代するので適当に人選をした。カナさんと腕グキさんを生地班に任命。他の人は親父に任せて、餡作りを教えてもらう事にする。
「それでは、生地づくりを始めたいと思います」
「がんばります」
「こねちゃうわよ~」
お湯を沸かしている間に、材料を三十数個分計量する。これを三人で分け、こねまくるのだ。
「五個分はこの容器に一杯の小麦粉に対し、お湯は半分より結構多め、塩はこの一さじ分です」
「おぼえました」
「すいとんとにてるわね~」
塩を入れる以外はほぼ一緒かな。今回はこれを三十数個分作る。交代してまた三十数個分やってもらうので、一人二個のおやきを配れる予定かな。二個合わせて三百グラム程度になるので、結構食べがいがあると思う。
「これを手分けして全部で三十数個分。一人頭十個分位の生地を作ります。今の分量で二回ですね」
「わかりました」
「にかいやればじゅっこくらいできるのね~」
調理補助の二人は、慣れた手つきで計量していく。昨日もやったからお手の物のようだ。お湯も沸いたので、ちょっと水を加えて九十℃位に調整し、生地づくりを始める。
「こうして、この位の熱さのお湯を、ちょっとずつかけながらこねます」
計量カップに移したお湯を使って、小麦粉と塩を混ぜるようにこねて、手本を見せる。本当は練り終わった後二時間ほど生地を寝かせるのがいいのだが、別にやらなくても気合があれば作れる。多分。
「こうですね」
「わりとちからいるわ~」
二人もこねこねと生地を作っていく。耳たぶくらいの固さになれば生地の出来上がりだ。三人で黙々と生地をこねる。
一足先に俺の生地が出来上がったので、固さを確認してもらおう。
「耳たぶくらいの固さ、まあこれくらいになったら出来上がりです」
「みみたぶ? なんですそれ?」
あ、耳が長いからどこからどこまでが耳たぶか分からない。適当言っとくか。
「耳の付け根に近いところの、軟らかいところです。私たちはここが耳たぶです」
自分の耳たぶを指さして、位置を教える。早速二人も、自分の耳たぶ? を触ってみたが……。
「ここですね。あんまりやわらかくないですよここ」
「わりとかたいわ~」
耳たぶくらいの固さは、地球人類限定だったようだ。気を取り直して俺の練った生地で固さを覚えてもらった。
程なくして生地が出来上がったので、卵よりちょっと大きい位の大きさに丸めて貰って、生地づくりは終了。二人には餡作りの方に行ってもらおう。
餡作り班と交代して、また生地づくりを教えて行く。今度はもうできた生地があるので話は早い。耳たぶの固さで困ることも無く、生地は出来上がっていった。
餡と生地、両方出来上がったところで、全員で集まっておやきを作る事にする。まずは生地に餡を包むところから始めよう。
「それでは皆さん、作った餡を生地で包みましょう。まずはお手本を見せます」
俺は生地と手に打ち粉をしてから、丸めてあった生地をてのひらで薄く延ばし始める。大体一センチ位の厚さになったところで、カナさん達に見せる。
「こうして、このくらいの厚さにしてください」
「わかりました」
「まかせて」
「あながあいたわ~」
力入れ過ぎです。そうやってもそもそと生地を伸ばしていた皆さんは、まあなんとか見本通りに生地を作れた。穴が開いた奴は、水をかけて練り直した。
「次に、この位の量の具を入れて包みます」
俺は餡をスプーンですくって、二杯分の量を生地の真ん中に乗せる。餡は山菜の味噌炒めか。茹でた山菜を油でいためて、味噌を絡めるだけの物。超簡単だ。
お手伝いの皆さんも同じように餡を乗せる。順調だ。
「では、このようにして包みます」
餡を押し込むようにして包み、穴が小さくなったところで抓んで塞ぐ。若干コツのいる部分だ。するすると包む俺と親父を見て、お手伝いの皆さんも餡を包み始める。
「けっこうむずかしいですね」
「まかせてとは、いえないの」
「どうこれ、いいかんじだわ~」
恐々と餡を包む皆さん。意外にも、腕グキさんが上手い。
カナさんや他の人たちは苦戦しているようだ。餡を押し込むところで、思い切ってやるのがコツなので、大雑把な腕グキさんに向いていたのかもしれない。
多少手間取ったところで、全員が餡を包めた。不恰好なものもあるが、食べてしまえば関係ない。数をこなせば上手くなるだろうし、これでいい。
「それでは、このおやきを焼きます」
「おいしそう」
「きのみをこなにして、やいてたのをおもいだすな」
「くちのなか、いっしゅんでぱっさぱさになるんだよな。あれ」
焼く前のおやきを見たエルフ達が、感想を言う。
グルテンが少ない実だったのかな。確か縄文人が食べていた縄文クッキーも、そんな感じだったと聞いた。美味しいのかな?
俺は縄文の味に思いを馳せながら、おやきをフライパンに投入する。
「こうして、フライパンに並べて、蓋をします」
「これで、やけるんですね」
「ひであぶるんじゃないのね~」
蓋をして蒸し焼きにすると、全体に火が通る。本当は灰の中に入れて焼いたりするが、囲炉裏も無いのでこれで代用だ。
「しばらく焼いて軽く焦げ目がついたところで、裏返してまた蓋をします」
「いいにおいがしてきましたね」
「こうばしいわ~」
「たのしみ」
こうして、お試しのおやきが焼きあがった。今回は六十個も焼くので、お手伝いの皆さんそれぞれで、矢継ぎ早に焼いて行ってもらう。
皆におやきを焼いてもらっている間に、俺はたけのこ汁でも作ろう。汁ものも無いと物足りないだろうし。
そうして、ちょっと目を離した隙に。
「ああ~おいしいわ~」
あ! 余った餡を食べ始めた!
◇
色々あったが無事? おやきが焼き上がり、たけのこ汁と共に全員に配る。おやきを手にしたエルフ達は、新しい料理に待ちきれない様子でうずうずしている。
では、頂きましょうか。
「それでは皆さん、食べましょう」
「「「いただきまーす」」」
ワイワイと、おやきにかじりつくエルフ達。お年寄りも、ちぎって食べているので問題は無さそうだ。一口食べてはニコニコしている。
俺も食べるとしよう。一口齧ると、いつものおやきの味がした。外はパリッと、中はもちもちで焼き加減も悪くない。おまけに山菜たっぷりなので、これは店で買うと結構高くなるだろう。意外と贅沢なお昼になった。
「この材料でこれだけ出来るんだから、本格的に野菜を栽培したらもっと良くなるね」
「ああ、野沢菜とかナスとかも作った方がいいかもな」
親父とおやきをかじりながら、本格的に栽培する野菜の話をする。おやきの具に、野沢菜とナスは鉄板だ。長らく親しまれてきた具材だけあって、これらが入ったおやきは凄く美味しい。
どちらも調味料に砂糖が居るから、買ってこないといけないが。
ただ、砂糖は色々人をダメにする物質なだけに、扱いは慎重にしたい。甘い物に魅せられたエルフ達が、夜な夜な炊事場の倉庫を漁って砂糖を舐めるとか、起きかねない。
ああ、見える。エルフ達が砂糖を舐めつくすその様子が、手に取るように……。
……おやつに食べられる、甘いもの。そういうなにかを自給できるようにしてから、砂糖の導入をしよう。
甘い物の危険性をわかっている現代人ですら、見事にやられるわけで。慎重にやろう。
「……親父、砂糖の導入だけは慎重にやろう。あれは危ない」
「ああ。……俺も昔、砂糖で客人相手にやらかしたことがある。全員めっちゃ太った」
「うわあ……」
こうして、砂糖導入の危険性を親父と共有したところで、ハナちゃんがぽてぽてとやってきた。
「タイシタイシ~。これぱりっとして、もにょってしておいしいです~」
もにょっ? もちもち感かな? 彼らはお餅を知らないから、もちもちとは表現できないのかも。
「その、もにょ? は、こっちではもちもちって言うんだよ」
「もちもち、です?」
「うん。もちもち」
ハナちゃんと俺でもちもち言っていると、ヤナさんカナさんもやってきた。
「これ、ふしぎなしょっかんで、おいしいですね」
「おてがるにたべられるので、よいです」
「もっちもちなのです~」
各々感想を言ってくれる。ハナちゃんは、おやきをもぎゅもぎゅしながら、早速もちもち言っている。
「全員分作るのは多少手間ですが、良かったら作ってみて下さい」
「ええ。いろんなりょうり、たのしいです」
「おなかいっぱいです~」
こうして、皆でおやきを食べながら、和やかにお昼は過ぎて行った。今日もいい天気だ。