第二十三話 不思議な不思議な、偉い人ちゃん
ついに偉い人ちゃんの黄色のベールが剥がれ、隠し事とご対面。
彼女が秘密にしていた事とは――色、だった。
「わわわきゃ~! はずかしいさ~」
青しっぽをみんなにみられて、偉い人ちゃんわきゃわきゃと恥ずかしがる。
しっぽがぴくぴくしているね。
そんな偉い人ちゃんに、ミタちゃんが声をかける。
「おねえさん、いろがあおいけど、だいじょうぶなのさ~?」
「わきゃ~! おねえさんなんて、いいこさ~!」
お姉さんと言われてあっという間にご機嫌の偉い人ちゃんだけど、ミタちゃんの言うとおり青いのは大丈夫なのだろうか?
これってようするに、蓄熱出来ていないって事だよね?
俺もミタちゃんの質問に便乗してみよう。
「私も気になったのですが、大丈夫なのですか?」
「わきゃ? ……まあ、なんとかなってるさ~」
おい、大丈夫じゃないっぽいぞ……。
何とかなっていると言うことは、何とかしているという事でもある。
対策を施さなければ、危ないって事じゃないの?
「その辺、詳しいお話をお聞かせ頂いてもよろしいでしょうか?」
「ハナもきになるです~」
「何らかの対策はされているのですよね?」
ということで、偉い人ちゃんのお話を聞くこととなった。
さて、彼女は一体なぜ蓄熱できないのか。
そしてどうして今までごまかしてきたのかを。
……ただまあ聞くにしても、深刻な雰囲気は止めておこう。
お酒を飲みながら、和気藹々って感じでね。
「まあまあ一杯飲みながらゆっくりお話しましょう」
「そうするさ~」
ぱぱっと焼酎のお湯割りを作り、おつまみはチーズ鱈を用意した。
なんとなく、気分的に冷たいお酒を飲ませたいとは思わなかったためだ。
こうしてあったかいお酒を飲みながら、ぼちぼちヒアリングを始めよう。
「ひとまず、しっぽが青い点についてお聞かせ下さい」
「わかったさ~」
お湯割り焼酎をんぐんぐぷはぁと飲んでから、偉い人ちゃんが話し始める。
「まずはじめに、じつは……しっぽだけじゃないさ~……」
そしていきなり、よりまずい感じの話が出てきた。
実はしっぽだけではない、とな。
「……しっぽだけではない、と言うことは」
「てもあしも、もちろんしっぽも……ぜんぶねっこからあおいさ~」
腕をさすさすしながら話す偉い人ちゃんだけど、ちょっとバツが悪そう。
しかし、見た目は黄色だ。これは……カモフラージュしているってことなのかな?
「見た感じは綺麗な黄色ですが」
「おけしょうして、かくしているさ~」
そう言いながら、偉い人ちゃんが筆と何かの容器を取り出して見せてくれた。
容器の中には、黄色い液体が入ってる。樹脂っぽいね。
……これを塗って、色を隠していたって事か。
「しかしまたなぜ、色を隠しているのですか?」
「よそのみずうみのひととあうときに、しんぱいされるさ~」
「あ、確かにそうですね。それと体面もありますか」
「そうさ~。みだしなみには、きをつかうのさ~」
色を隠していた理由は、主に外部人とのお付き合いからか。
確かにトップのウロコが青いままの状態を見せると、「この湖は大丈夫なのだろうか?」と思われてしまうだろう。
権力者とは、そう言ったところも気を遣う必要があるんだろうね。
だからこそ、寝起きの姿を見られた時に焦ったりもしたんだろう。
化粧が剥がれて青いウロコを外部の人に見られたら、いろいろと説明が大変になるからね。
「ちなみにさうなにはいると、なんだかこれがはがれやすくなったさ~」
「汗をかくからですかね」
「たぶんそうさ~」
そして今回カモフラがはがれまくった理由が、なんとなく見えてきた。
なるほど、サウナによってこのカモフラが剥がれてしまったと。
しっぽが真っ先に剥がれたのは、比較的細い部位で熱が良く伝わったせいもあるのかな?
まあ、そんな理由で今回青しっぽが暴露されたって感じなのだろう。
「ぜんしんがあおいって、それでいままでどうやってくらしてきたさ~?」
いろいろ納得していると、偉い人ちゃん実は青かった問題について、ミタちゃんも質問してきた。
確かに、全身が青いと言うことは常に「危険」な状態だったと言うことだ。
今までどうやって過ごしてきたのだろうか?
「ウチはからだをうごかすのがにがてで、おさかなとかはもらってたさ~」
「あ、水に入らなかったのですね?」
「そうさ~。あとは、つねにおさけをのんで、ねつをいじしてたさ~」
偉い人ちゃんは、やっぱり運動が苦手だったようで。
だからこそ、水に入らず食料は貰っていたと。
それでも不足する熱量は、お酒を飲んで賄っていた。
なるほど、そういうやり方で何とかなるのか。
「おれいにけいさんのおしごとをしていたら、いつのまにかえらくなってたさ~」
「かけがえのない仕事ですからね。偉くもなるかと」
「みんなのおかげさ~」
熱を蓄えられない体質もあって、食料のお礼に難しいお仕事で恩返ししていた。
結果、みんなから頼られるようになったんだろうね。
そういう来歴があるからこそ、偉い人ちゃんはもらった賄賂も湖のみんなに配っちゃうわけなのか。
持ちつ持たれつ、良い関係なんだろうね。
「それでもよく、アレしなかったさ~」
「すごいさ~」
ミタちゃんの姉妹は、今の話を聞いてびっくり顔で偉い人ちゃんを見る。
ドワーフちゃん的には、相当厳しい体質? なのだろう。
二人のお母さんドワーフも、何も言わないが神妙な面持ちで偉い人ちゃんを見つめている事からも、それが窺える。
「まあ、よるのじきは、いつもギリギリさ~」
それでも色々厳しいようで、夜の時期はいつもギリギリだったらしい。
偉い人ちゃんにとって、ドワーフィンの夜は……常にアレと隣り合わせ。
そういう身の上でも、こんなに朗らかに生きてきたんだ。
「タイシタイシ~、いまのおはなしで、ハナきづいたです~」
「ギニャ?」
ハナちゃんがフクロイヌを抱っこして、俺に見せてくる。
そうだね、俺も気づいたよ。
「……大志さん、フクロイヌがこの方を連れてきたのって」
「俺も二人と同じ意見だよ。恐らく……そう言うことだよね」
「です~」
ユキちゃんも気づいたようで、俺たち三人の見解は一致した。
「わきゃ? さんにんとも、どうしたさ~?」
「ああいえ、フクロイヌは凄いなあっていうお話ですよ」
「ギニャン」
「そうなのさ~?」
偉い人ちゃんがきょとんとして、俺たちを見る。
まあこのお話、彼女には説明しないでおこう。
だって、もしフクロイヌが連れてこなかったとしたら。
偉い人ちゃんは、恐らく――今回の夜は乗り越えられなかった、という事だろうから。
俺たちは、この不思議な有袋類のおかげで……大切な人を失わずに済んだのだ。
「君は本当に凄いね。英雄だよ」
「ギニャニャ」
「とりあえずくすぐっておくです~」
「そうしましょう」
「ギニャ!」
三人で、フクロイヌをくすぐりまくる。
こうして、なぜ偉い人ちゃんがちたまへ連れてこられたかの理由が……わかったのだった。
◇
「ギニャ~……」
「クワワ~……」
(むにゃ~)
さんざんくすぐられて満足したフクロイヌ、ベッドでペンギンちゃんと一緒にぐっすりお休み中。
神輿もはしゃぎ疲れたのか、枕にしがみ付いておねむだ。
彼らにはゆっくりしてもらいながら、俺たちは話を続ける。
「こういう症状って、他の方でもあったりします?」
「……おとしよりでも、ここまでにはならないさ~」
歳の話だからか、偉い人ちゃんの声がちょっと小さくなる。
ただ、お年寄りでもここまで青のままってのは無いらしい。
「おとしよりでも、みどりにはなるさ~」
「あおいままってのは、きいたことないさ~」
「ふしぎさ~」
ドワーフちゃん一家も補足してくれたので、確定だね。
偉い人ちゃんの、特異体質みたいだ。
「……そうとう長生きすると、そうなるという可能性はありませんか?」
おっと、年齢という機微なお話に対して、ユキちゃんが切り込んだ。
同じ女性同士だからできる、際どい内容だ。
「ウチはまだこどもだから、ちがうとおもうさ~」
「ん? 今なんと」
ユキちゃんが思わず聞き返す。
というか、俺も今、耳を疑った。
偉い人ちゃんは、まだ――子供?
「ウチはまだ、およめさんをもらえるトシでもないさ~」
「わきゃ!? そんなにおおきいのに、こどもなのさ~!」
続けて語った内容に、リーダー格お母さんがびっくりしていた。
俺に「大きい人はそれなりの年齢」と教えてくれた彼女だけど、どうやら違ったみたいで。
「ウチのウロコ、まだじゅうごかいしかはがれてないさ~。……しっているかぎりでは」
「しんじられないさ~……」
唖然とした様子で、偉い人ちゃんを見るお母さんだ。
どうやらこの辺、ドワーフちゃんたちの生態を覆す事らしい。
正直良くわからないので、聞いてみるかな。
「えっと……みなさんの基準で大人とは、どんな感じなのですか?」
「ウロコがにじゅっかいはがれたら、おとなっていわれるさ~」
そう言いながら、お母さんドワーフちゃんがじゃらじゃらと何かを取り出す。
これは……ドワーフちゃんのウロコか。
剥がれたやつを取っておいてあるらしい。
「じゃあじゃあ、ウチとトシがちかいのさ~?」
「たぶん、そうじゃないかとおもうさ~」
そして姉妹のうち、一番大きな子が話しかけた。
身長八十センチくらいの子だね。
偉い人ちゃんは百六十なので、倍くらい身長が違うわけだ。
「あっちのみずうみのひとはみんなしっていて、きをつかわれているさ~。そんなにこどもってわけでも、ないのにさ~」
「あ、だから『お姉さん』と言われると嬉しくなっちゃうのですね」
「じつは、そうなのさ~」
そしてまた衝撃の事実発覚!
偉い人ちゃんが「お姉さん」と呼ばれて喜ぶのは……。
――年上に見られて、嬉しかった、とのこと。
まさかの、「若く見られて嬉しい」ではなかった……。
「色々、規格外なのですね」
「こんらんさせて、もうしわけないさ~……」
偉い人ちゃんも、自分の規格外さは身に染みているようで。
申し訳なさそうにしながらも、くぴくぴとお湯割りの飲んでいた。
ま、まあドワーフちゃんの常識から外れた方だから、俺たちに分かるわけもない。
なんとも凄い、偉い人ちゃんだったのだね。
「大志さん、私たちは……あっちの湖出身の人と、一回も交流したことないですよね」
「みんな冬眠中だったから、そう言えばそうだね」
ユキちゃんが気づいたけど、確かにそうだ。
俺たちは、偉い人ちゃんをよく知るあっちの湖ネイティブさんと交流がなかった。
だから、誰一人として彼女の秘密を知らなかったんだ。
あっちの湖ネイティブさんなら、偉い人ちゃんが黄色カモフラをしていることも分かっているだろう。
そして、まだまだ子供、と言うことも。
まあ交流できる機会がなかったので、この辺はしょうがないね。
それに、わざわざ教えてくれるとも限らない。
俺たちはそれを知らないので、質問することも出来ず。
そうなれば、向こうでは常識のことをあえて言う事もない。
結局の所、こうして長く寝食を共にして初めて分かることだったんだろう。
「顔を突き合わせてのお付き合いは、大事だって事か」
「おつきあい、だいじです~」
「私たち、色々勘違いしてたのですね……」
とまあ偉い人ちゃんの謎が怒濤の勢いで分かるなか、ウロコが青い点についても調べないといけない。
まずは、いつごろからこの状態だったのかを聞いてみよう。
「ちなみに、いつ頃から青のままだったのですか?」
「ウチはさいしょから、ずっとこうさ~?」
「え? ずっと蓄熱出来なかったのですか?」
「そうさ~」
偉い人ちゃんは、最初からこの状態だったと。
本人も原因は分かっていない感じだね。
まあ、分かっていても対処できるかは別の話でもあるけど。
問題は、これが彼女特有の話なのか、遺伝なのかだね。
ご家族はどうなのか聞いてみよう。
「えっと……血縁のご家族とかはどうなのですか?」
「ウチには、かあちゃがいないから、わからないさ~」
「え? お母さんがいないのですか?」
「かぞくがいたきおくは、ないさ~」
……地雷踏んだ。偉い人ちゃんは、身寄りがいないらしい。
なんとも複雑な生い立ちがありそうだ。
「ウチは、きづいたらあのみずうみに、いたさ~」
「気づいたらと言うと……それ以前の記憶は、無いのですか?」
「ないさ~。フネにのって、みずうみにうかんでたのがさいしょのきおくさ~」
気づいたら、船に乗って湖に浮かんでいたと。
これは一体何だろう? ミステリーな話になってきた。
「あや! おねえさんもそうなんです!?」
ん? ハナちゃん今「お姉さんもそう」とか言ったぞ。
どう言うことだ?
「わきゃ~! おねえさんなんて、いいこさ~!」
「あややややや……」
偉い人ちゃんにほおずりされるハナちゃんだけど、詳しいことを聞こう。
なぜお姉さんも一緒と言ったのか、もの凄く気になる。
「ハナちゃん、いま言った『お姉さんもそう』ってどう言うことなの?」
「おとうさんも、おんなじってきいたです~」
「……ヤナさんも、同じ?」
「あい~」
どう言うことだ? ヤナさんはあっちの森出身と聞いた。
それが実は身寄りがいないと言う。
なんだろう、わからない。
「そういうはなし、たまにあるさ~」
「あるひとつぜん、みよりのいないこどもが、あらわれるさ~」
「ほんにんも、きづいたらここにいたっていうのさ~」
ドワーフちゃん一家が説明してくれたけど、ドワーフィンではたまにあるらしい。
じゃあエルフィンは?
「ハナちゃんたちのところも、同じなの?」
「あい~。あのむらにも、おなじひとがなんにんかいるですよ~」
「……そうなんだ」
どうやら、エルフィンでもあるらしい。というか、村にも何人かいると。
そしてその中の一人が、ヤナさんなのか。
「わたしたちのところにも、そういうはなしはあるね! あるね!」
「おかあさんが、そうだったってきいたよ! きいたよ!」
「ふしぎ~」
おおう、妖精さんたちの世界にもあるのか。
というか、サクラちゃんのお母さんがそうとか。
これは、エルフィン惑星系の星々共通の話なのかも知れない。
「そういうこどもは、むらのみんなでそだてるです~」
「うちらも、そうやってるさ~」
「わたしたちもだね! わたしたちも!」
そしてそんな子供が現れた場合、村のみんなで育てると。
そういえば、ヤナさんもあっちの森神様に子供の頃遊んで貰ったと言っていた。
神様含めて、森ぐるみで育てる文化があるようだ。
「おかげで、ウチはこんなにそだったさ~」
「そだちすぎさ~」
偉い人ちゃんは当事者だけに、実感が籠もっている。
確かにミタちゃんの言うとおり、めっちゃ育っているね。
大事にしてもらってきたんだろう。
「ウチがおっきいのは、おさけののみすぎ、なのかもしれないさ~」
「かもさ~」
ミタちゃんと偉い人ちゃん、和やかにチーズ鱈を摘まみながらわきゃわきゃする。
偉い人ちゃん、自分の体が大きいことは別に気にしていないようだ。
とまあこんな感じで、偉い人ちゃんの秘密は色々分かった。
ついでにエルフィン惑星系に存在する、謎の子供が出現する現象があるというお話も。
偉い人ちゃんの青ウロコ問題が、そこに関係しているかは分からないのだけど……。
「なんにせよ、熱は蓄えられないのですよね?」
「ほとんど、できないさ~」
結局の所、偉い人ちゃんの青さを何とかできるような情報は、無かった。
たけど、彼女が常にギリギリで生きていることには変わりなく。
今まで以上に、彼女のヒートマネジメントを気遣って行く必要がある。
「あ……大志さん、村に帰ってしばらくしたら、冬になりますよね」
「そ、そう言えばそうだ」
「ちたまのふゆ、めっちゃさむいです~」
そして、この旅行が終わったら長野に帰るわけで。
あの地方は、ハナちゃんの言うとおりめっちゃ寒い。
果たして偉い人ちゃん、長野の冬を越えられるのか……。
「わきゃ?」
いまだ、長野のちょう厳しい冬を知らない偉い人ちゃん。
というか、ドワーフちゃんたち全員が知らない。
「ヤバイ、ヤバイぞこれ」
「い、今から対策を考えましょう!」
「そうするです~!」
というか、今沖縄にいるのが大いに助かっているのかも。
既に長野は寒いから、蓄熱出来ない偉い人ちゃんには厳しかったはずだ。
沖縄旅行中にその事実が判明して、本当に良かった……。
でなければ、かなり危なかった感がある。
そう言う意味でも、この南国沖縄への旅行は凄く大事だったわけで。
「……沖縄、本当に来て良かったね」
「心底、そう思います」
「よかったです~」
こうして、偉い人ちゃんの秘密が暴露され。
ちたまにやってきた理由も分かって。
さらに、沖縄へ無理矢理にでも連れてきたのは、気候的な関係で大正解だったことも分かった。
ただ、青いウロコを何とかできるかは……まだ分からない。
でも……今以上に偉い人ちゃんを気遣って行こう。
それが彼女の未来を繋げるためには、必要なことなのだから。




