第三話 ご神託
――元族長が森から去って、数日。
とうとう――森の殆どが、枯れてしまいました。
当然食べ物もありません。
さらには、動物も殆ど居なくなってしまいました。
「おとうさん、おなかすいたです~」
ハナちゃんも、おなかを空かせてふらふらです。
なけなしの食料を食いつないでいましたが、育ち盛りのハナちゃんには足りなかったのでした。
「ごめんなハナ。もうちょっと我慢してくれ。今何かできないか考えている」
「でもヤナ、このままじゃ私たちも、皆も危ないわよ」
おかあさんも心配顔です。何せ、打開策が何一つ見つからないのですから……。
「かみさまかみさま~なんとかしてくださいです~」
そしておなかがペコペコのハナちゃん、とうとう神に祈りだします。
ちなみにおとうさんの話はまったく聞いていません。
「……ん!」
その時――おとうさんに電撃が走ります! ピリリっとした電撃です。
そう、お父さんは閃いたのです!
「ハナ! よくやった! そうだよ神様だよ。僕はもう族長なんだから儀式ができるんだ!」
「儀式……?」
「そうだカナ、あの儀式だよ。男達が集まってどんちゃんやってただろ? あれで神様から神託を貰えるんだ!」
あの儀式、カナさんは心当たりのある会合を思い出しました。
「あれってそういう儀式だったの? おっさんたちが飲んだくれる会だと思ってたわ」
そうなのです。ここ数年、儀式は単なるおっさんたちの飲み会の場と化していました。
本来は部族総出で大掛かりにやる物だったものです。
しかし、割と大変だったので簡略化を続けるうちに……とうとう、近年では形骸化していたのでした。
今では儀式の意図を忘れてしまった人も多い、そんな感じです。
おかあさんの認識は、ある意味正しい認識ですね。実態を良くとらえていました。
「違うよ! ……まぁみんな飲んだくれて神様に神託もらうの毎回忘れるけどさ……」
慌てて否定するおとうさんですが、まあ実態がそうなのでちょっと説得力がありません。
「大丈夫なのそれ?」
「何もやらないよりはマシさ。やれるだけやってみよう」
おとうさんは、元族長から譲られたなんかの宝石がついた首飾りを、大事そうに握って言ったのでした。
◇
こんな状況だからこそ、皆協力的だったのかもしれません。
おとうさんの唐突かつ荒唐無稽な提案に乗ってくれました。
……やけっぱちになっていたのかもしれませんが。
やけっぱちエルフの皆さん、とりあえずなけなしの食料を持ち寄って、儀式の準備を始めました。
神様を呼ぶにはお供え物だけではなく、大騒ぎしなければなりません。
無理して騒ぐことにしました。
そしてハナちゃんは、この儀式の主役に抜擢されました。
神様の気を引くために、踊り子の役を任されたのです。
「ほらハナ、これをつけなさい」
「あい」
おとうさんから、なんかの宝石がついた首飾りをかけてもらったハナちゃん、がぜん気合が入ります。
「ハナ、頑張って踊るのよ?」
「あい」
「お前ならやれる。頑張れハナ!」
「あい~」
くねくね。ハナちゃんはノリノリで準備します。
しかし――。
「「「うっ……」」」
その動きを見て、思わずおののく皆さんでした。
実はハナちゃんの踊りは、おかあさんがいくら教えても――アレだったのです。
生物が持つ――原初の恐怖をかきたてる不気味……いえ不思議な踊りになってしまうのでした。
ですが、あまりに不気……不思議な踊りなので、これなら神様も放ってはおかないでしょう。
そんな理由で、ハナちゃんが選ばれたのでした。
「うふ~」
皆のそんな思惑は知らないハナちゃん。儀式の主役に抜擢されてご機嫌です。
準備の時点で皆さんの精神力を、わりと削っていくのでした……。
「まあ、僕たちは準備を手伝おう」
「わかったわ」
「うふ~」
ハナちゃん、もうリハーサルは良いですよ。
もう皆さんの精神力は、限界ですから……。
◇
そうしてようやく準備が整って、いざ儀式の始まり始まり!
どんちゃんどんちゃんドンドコはわわ!
やけっぱちエルフ達と不気味な踊りで、儀式は妙なテンションで盛り上がっていきます。
神様ではなく――違う邪な何かが召喚されそうですが、エルフ達は真剣です。
酒も無いのにこのテンションは、普段なら無理な芸当ですね。
そして、なけなしの食料はすぐに尽きて、空の食器だけが残りました。
それでも皆、すきっ腹を抱えながら儀式を続けます。
そうして二時間ほど騒いだのですが――。
「お腹減った~」
「もうそろそろ限界だべ」
「声枯れてきた……」
そろそろ体力の限界です。
しかし、そんなエルフ達の無理が通じたのか――お供え物が光り出しました。
「「「あっ!」」」
――神様降臨の瞬間です。
この瞬間を逃してはなりません。
時期を逸するとお供え物だけ持っていかれます。釣りでいうとバラしですね。
ですので、慌てておとうさんはお願いしました。
「神様! 森が枯れてしまって我ら途方に暮れています! なんとかなりませんか!」
目が血走っています。それくらい真剣です。
そしてその必死さが報われたのか――願いは神様に通じました。
(あっちにどうくつがあるんだけど~)
「洞窟ですか?」
(そこをぬけたらいいことあるよ~)
「本当ですか!」
(たべものいっぱい~、どうぶついっぱい~、にんげんいっぱい~)
「ニンゲンってなんですか?! なにそれ怖い!」
(がんばってね~)
「あ! 神様ちょっとまって! まって! あっちってどっちですか?!」
(こっち~)
「あっ……。すっごい遠くで何か光った?!」
そしていまいち要領を得ない神託が告げられた後、お供え物が光と共に消えて――儀式は終了しました。
後に残されたのは、サバトの余韻とクタクタになったエルフ達と、神様がくれた――道しるべ。
しかし、神託を聞いたエルフ達、首を傾げました。
「あっちに洞窟なんてあったっけか?」
「俺は見たことない」
「なかったよな?」
洞窟なんて無かったはず。でも神託ではそこに行けといいます。
「……神様のお告げです。従ってみましょう」
おとうさんは湧き上がる不安感を抑えながら――決断しました。
「でもあの光ったところまで行くには、今の俺たちじゃ二日か三日はかかるべさ」
「ちょっとやべえ距離だよな」
「誰かが行って確かめてくるとか? 若いやつなら一日だろ」
おとうさんは考えます。
確かに若い人なら片道一日だけど、行って帰ってくると二日かかります。
その間皆は二日間、食料も無しに待ちぼうけです。
二日殆ど食べずに待って、そのあと三日の移動。
これは無理です。お年寄りや子供が、合計すると五日間殆ど食べられないという計算になります。
今皆で移動すれば、三日間殆ど食べられないだけで済みます。
この二日の違いは――大きいです。
「あっちにはまだわずかに木々があります。道中食料が多少は取れると思います」
「がんばればなんとかって程度だけどな」
「ここで子供とお年寄りを二日間待ちぼうけさせて、そのあと三日歩かせるより、皆で道中食料を獲りながら三日歩く方がまだマシではないでしょうか?」
「そう言われればそうだな」
「そうすっぺか」
エルフ達はやけっぱちになっているので、普通ならためらうこの決断にも従いました。
儀式でクタクタな体を押して、移動の準備をします。
「とりあえず今日は皆さんお疲れだと思いますので、準備だけしましょう。移動は明日に」
おとうさんは言いました。エルフ達も何も言わず頷きます。
「おう」
「今日は準備が終わったら、休むべ」
「疲れた~」
そうして各々準備を始めるエルフ達を見送り、おとうさんはハナちゃんを労いに行きました。
「ハナ、よく頑張ったな。えらいぞ」
「あ、あい~」
ハナちゃんも、もうクタクタで一歩も動けません。
あの不気味な踊りは、相当の体力を消耗させる代物でした。
一仕事終えたハナちゃんは満足げでしたが、明日からは辛い移動が始まります。
儀式を行ったため食器だけは大量にありますが、食料はもうありません。
皆消耗もしているしで、これで何もなかったら――本当に終わりです。
洞窟があるかもわからない、あったところで役立つかも分からない。
おまけに場所ですら「あっち」「こっち」というふわっとしたもの。
そんなものにエルフ達は、命運を賭けました。
……洞窟の先、そこには一体――何があるのでしょうか。