第十六話 海遊び本番、はじまるよ!
何も問題は起きていない。
「あや~、あさからおふろ、さっぱりしたです~」
「良い湯だったね」
「あい~」
ということで、朝ご飯を食べた後は軽くひとっ風呂入ってすっきり。
ほんわかハナちゃんできあがり。
「あと三十分ほどしたら、みんなでバスに乗って思いっきり泳げる場所に行くよ」
「たのしみです~」
その後は、みんなでバスに乗って瀬底島へ行く予定だ。
ここで海遊びを本格的にする。
まあ実は良く知らないのだけど、旅行会社さんお勧めなのでツアーに組み込んでみた。
一日遊べる島らしいから、今から楽しみだ。
「では、私も出発の準備をしてきますね」
「そうだね、そろそろこっちも準備するかな」
「ですね。では、失礼します」
ユキちゃんも出発の準備をするということで、自室に戻っていった。
十分前にはバスが来るので、俺も早いところ行動しよう。
「それじゃ、忘れ物無いようにしっかり準備しようね」
「あい~」
ハナちゃん一家と一緒になって、いそいそと水着やらカメラやらカヌーやらを確認していく。
そして準備を終えて、みんなでロビーへ集合。
「あ、大志さん、準備終わりました?」
ロビーへ行くと、ユキちゃんがみんなを集めていてくれた。
良く気が利く娘さんだ。とっても助かる。
「大丈夫だよ。他のみんなも、大丈夫そうかな?」
「確認しておきました。みなさん大丈夫だそうです」
「確認ありがとう。助かるよ」
「いえいえ」
ねぎらいの言葉をかけると、耳しっぽがふあさぁっと顕現する。
今日も素晴らしい毛並みですな!
「バスもロータリーで待っていますので、もう乗車しちゃいますか?」
そしてユキちゃんが指さす先には、現地ツアーのバスが三台停車していた。
今から乗車しても問題なさそうなので、乗っちゃおう。
「そうしよう。せっかくだから」
「ですね」
ユキちゃんとの同意も取れたので、早速乗車を始めよう。
みんなに声をかけて、乗車開始だ。
「はいみなさん。これからあちらのバスに乗って、思いっきり泳げる所まで行きます」
「空港からこの宿まで乗ってきたやつと、同じですね」
「そうですね。同じバスですよ」
ヤナさんが見覚えのあるバスを、ふむふむと眺める。
まあ同じ会社のバスだから、分かり易いよね。
「というわけで、早速乗りこみましょう!」
「「「はーい!」」」
乗り込みのかけ声をすると、みなさんゾロゾロとバスに乗りこんでいく。
もう慣れたもので、特にトラブル無く全員がそれぞれのバスに乗りこむ。
引率が楽で良いね!
「大志さん、全員乗車したのは確認できましたので、私たちも乗りましょう」
「そうしよう」
「いくです~」
ユキちゃんと俺がダブルチェックして、全員が乗車したことを確認。
ハナちゃんも一緒にお手伝いしてくれて、無事チェック完了。
それじゃ、乗りこもう!
と、バスに向かって移動を始めたときのこと。
「タイシタイシ、あれなんです?」
ハナちゃんが、ホテル玄関前のとある場所を指さす。
そこには、支配人さんと数人の人がなにやらお話をしているわけで。
「昨夜、キジムナーが出たという噂を聞きまして」
「従業員が目撃したとの話は聞きました」
テレビ局のインタビューでござるね。
ユキちゃんと俺、努めて見ないようにしていたでござるよ。
「あれは、偉い人がお仕事をしているんだ」
「おしごとですか~」
「ささ、ハナちゃん早く乗りましょうね」
「あい~」
俺とユキちゃんは、一刻も早くこの場を後にしたい。
ちょっと急かしちゃったけど、ハナちゃんと一緒にいそいそとバスに乗りこむ。
「全員乗車致しました。出発お願いします」
「はい。承知しました」
ガイドさんに乗車OKの旨を伝え、そそくさとバスは発車。
瀬底島へGOだよ!
「あや~、あのえらいひと、なんだかごきげんです?」
「ま、まあ良いことあったみたいだからね」
「いいことですか~」
バスの窓から見える、インタビュー中の支配人さん。
その顔は、とってもえびす顔だった。
◇
バスに揺られて二十分ほど、大きな橋が見えてきた。
『あちらに見えますのが、瀬底大橋でございます』
ガイドさんのアナウンスにて、橋の名前が分かる。
そのまんまですな。
「あや~! おっきなはしです~」
「こんなの、作れちゃうんですね」
「しゃしん! しゃしんとりますよ!」
ハナちゃんも瀬底大橋の大きさに大はしゃぎ、ヤナさんカナさんもキャッキャしている。
「わきゃ~、またいいものみられたさ~」
偉い人ちゃんも、窓に張り付いてニッコニコだ。
黄色しっぽもぱたぱた振っていて、とても分かり易い。
『この橋から眺める海は絶景でございます。あちらをご覧下さい』
盛り上がる車内に、さらにガイドさんの煽り。
言われたまま外を見ると、ホント絶景。
橋の上から見る沖縄の海は、空の青さに溶け込むような美しさだ。
「きれいです~」
「すてきさ~」
(いやされる~)
そんな美しい海をうっとりと眺めながら、バスはのんびり進んでいく。
やがて橋を渡り終え、瀬底島へ上陸!
車で来れちゃう離島だよ。
『このバスは瀬底ビーチへ向かっております。道中も美しい風景がございますので、ご堪能下さい』
島へ上陸すると、本日の目的地がアナウンスされる。
旅行会社さんによれば、この島では定番のビーチらしい。
「うきゃ~、たのしみです~」
「きょうもいっぱい、およぐさ~」
ハナちゃんも偉い人ちゃんも、早く泳ぎたくてうずうずしているね。
「なみのりしようね! なみのり!」
「ぎゃうぎゃう!」
そして妖精さんは葉っぱを取り出して、波乗り宣言している。どうやら、サーフィンにハマったようだ。
海竜ちゃんも、今日は思いっきり泳げるとあってテンション高め。
前ひれをぱたぱたさせて、お目々キラキラだ。
ということでテンションアゲアゲなみなさんと共に、さらにバスに揺られて。
瀬底大橋の反対側にある、瀬底ビーチへ到着した。
駐車場にバスが停車し、みんなでぞろぞろと降車する。
「瀬底ビーチって、全長八百メートルほどあるんですね」
「けっこうでかいね」
「砂浜も天然で、サラサラ真っ白らしいです」
「楽しみだ」
ユキちゃんがガイドブックを見ながら解説してくれたけど、今日の目的地はなかなかのロケーションらしい。
沖縄の自然をこれでもかと堪能できそうだ。
「それじゃ、ビーチに向かおう」
「いくです~!」
期待を膨らませ、みんなでぞろぞろとビーチへ向かって進む。
なんだか建築途中なのかよくわからない建物があるけど、なんだろねこれ。
「わきゃ~、いしでできたでっかいおうち、すごいさ~」
偉い人ちゃんはその謎の建物に興味が沸いたようで、わきゃわきゃと見上げてはしゃぐ。
ちたまの鉄筋コンクリ建築、なんだか気に入ったみたいだ。
「つくりかけってかんじです?」
「これ、なんだろな~」
他のみなさんも、この謎の建物を眺めつつぞろぞろと移動。
やがて、コンクリートブロックで出来た車止めの向こうに、ビーチが見えてきた。
「うっきゃ~! うみです~!」
「わきゃ~! うちもいくさ~」
海が見えて我慢ができなくなったのか、ハナちゃんがぽててっと駆け出し。
その後を、偉い人ちゃんもてここっと追いかける。
二人とも転ばないように、気をつけてね。
「おれらもいこうぜ」
「およぐわよ~」
(うみ~)
他の村人たちも、足早にビーチへと向かう。
みなさんお目々キラッキラだ。
「た、大志さん。私たちも追いかけましょう」
「え?」
そして何故か、ユキちゃんも俺の手をとって駆け出す。
ああいや、そんなに急がなくても海は逃げないわけで。
でもまあ……若い娘さんに手を引っ張られて走るのもなかなか悪くない。
引っ張られるがままに、一緒に走って砂浜まで向かう。
それにしても、ユキ先生は握力があるね。ガッツリつかんで離れないよ。
とまあ色々あって、砂浜へと足を踏み入れると――。
「うっきゃ~! すっごいきれいです~!」
「これはいいさ~! およぎがい、ありそうさ~」
先に到着していたハナちゃんと偉い人ちゃん、二人で手を取り合いぴょんぴょんしていた。
もう大はしゃぎだね。
「まじすげえじゃん」
「うみがキラキラしてるとか、すてき」
「うっとりするわ~」
他のみなさんも、しばし瀬底ビーチの美しさにうっとり。
今日はこのビーチで、一日思いっきり海遊びだ。
「ではみなさん、水着に着替えて準備運動をしたら――思いっきり遊びましょう!」
「あそぶです~!」
「たのしみだね! いっしょにあそぼうね!」
「およぎまくるさ~」
「クワワ~」
では、いよいよ念願の海遊び本番だ。
クタクタになるまで、遊んじゃいましょう!
「あちらに更衣室がありますので、まずは着替えましょうか」
「そうするです~」
「おきがえだね! きがえちゃうよ!」
「いきましょう!」
更衣室を指さすと、女子のみなさん、すささっと更衣室へ向かっていく。
その後を追って、男性陣も更衣室へ。
ヤナさんたちと、もそもそ着替えていたところ――。
「「「キャー!」」」
となりの更衣室から聞こえてくる、女子たちの悲鳴。
デジャヴかな?
◇
「あきらめたわ」
「これが、しぜんのせつりなの」
「ありのままのじぶん、たいせつにしたいけど、ふるえる」
「何とでも言いなさい。でもこれは、私の一つの有り方なのよ。そう、新しい私なの。そして新しい美なのよ。すなわちこれもひとつの完成系として――」
お肉さんたちは、とうとう開き直った。
ただまあ、言うほどぷよってはいない。若干余っているだけだ。
それくらいの増加装甲であれば、問題は無いと思いますよ。
ちなみにエステさんが長々と語っているのは、言い訳しているからですな。
「おかあさん、ぱっつんぱっつんです?」
「け、けんこうてきなしょうこよ」
「ハナ、そっとしといてあげなさい」
「あい~」
ハナちゃんも、カナさんの横っ腹をぷにぷにしている。
微笑ましいんだけど、痛ましくもある。
でもまあ、健康的な証拠というのは確かにそうなのだ。
太れるようになれたということは、それだけ豊かになったという事。
これは、俺としては嬉しいことで。
お腹を空かせて森をさまよい、ヘロヘロになっていたあの頃と比べたら……ずっと良い。
まあ限度はあるけど、まだまだ大丈夫だね。
「ユキさんは、ほっそりしているわね」
「うらやましいわ~」
「みならいましょう」
「で、ですかね?」
そして、女子たちはユキ先生を羨望の眼差しで見つめる。
先生はちょっとタジタジだけど、まんざらでも無い感じ。
ここは一つ、便乗して褒めておこう。ご機嫌取りとも言う。
「まあユキちゃん美人だからね。そのノウハウを、みんなに分けてあげて欲しい」
「で、ですかね。ふ、ふふふふ……」
はい耳しっぽ来ました。ふさふさ毛並み、ありがたや~。
「ふ、ふふふふふ……」
「タイシ、なんでおがんでるです?」
「せっかくだからね」
とまあ泳ぐ前に一騒動あったけど、諦めと開き直りにより無事問題解決。
ではでは、細かいことは気にせず泳ぐとしましょう!
「ではみなさん、ひとまずシュノーケリングをして楽しみましょうか」
「良いですね!」
「おさかな、みるです~」
「さいしょは、のんびりでいこうじゃん」
まずは軽くシュノーケリングを提案すると、それで良いようだね。
しゅぴっと仕舞っちゃう空間から、シュノーケルを取り出すみなさんだ。
去年買ったやつだね。
「タイシ~、いっしょにあそぶです~」
「そうだね。それじゃあユキちゃんも一緒に遊ぼう」
「はい!」
いつもの三人で集まって、そのへんでのんびりシュノーケリング。
透き通った海に潜ってみれば、たくさんのお魚が泳いでいた。
青や黄色、赤や緑の熱帯魚たちが、光をキラキラ反射させながらこちらに寄ってくる。
「うきゃ~! きれいなおさかな、たくさんです~!」
「クマノミがいました! 可愛いですね!」
初めて見る熱帯のお魚に、ハナちゃんエルフ耳をぴこぴこさせて大喜び。
ユキちゃんもこういうのは初めてのようで、耳しっぽをキラキラさせて満面の笑顔だ。
――我らは海無し県で暮らす、内陸民。しかも冬は極寒の北国在住。
南国の海で熱帯魚と戯れるとか、素敵過ぎて目が虚ろになるね!
「うふふ~、うふふ~。たのしいです~」
「夢みたいですね!」
ハナちゃんとユキちゃんの二人も、例に漏れずうっとり。
同じ内陸の雪国暮らしだからね。気持ちわかる!
というか我々長野県民にとって、南国の海とは異世界だ。
沖縄が我らにとってはファンタジーの世界なのだよ。なのだよ……。
ああ、これはもう新潟を侵略するしかない。海が、海が欲しい……谷浜だけでもいいから!
とまあ長野県民が南国の海に触れたせいで、若干精神がハイになりすぎておかしくなってはいるものの。
熱帯魚と戯れながら、のんびり海を漂って沖縄の大自然を堪能する。
「何これ、夢かな? 今十月だよね?」
「長野では、もうこたつ出してますよね」
「ゆめかもしんないです~」
俺とハナちゃんとユキちゃん。
三人ともいい感じにダメになりながら、ぷかぷかとシュノーケリングを楽しむ。
というかユキちゃんの言うとおり、長野じゃもうこたつ出している時期だ。
なっがの県では六月にこたつをしまって、十月にまた設置する。八カ月もこたつが稼働するんだよ。
そんなのおかしいよ。こたつ大活躍だよ!
と、南国との格差により思考がだんだんおかしくなってきた時。
正気に戻る出来事が起きた。
「お、うまそうなカニ、めっけたじゃん!」
「え? カニいんの?」
「みせてみせて」
近くにいたマイスターたちが、なんか盛り上がっているんだよね。
どうやらカニを捕まえたようだけど……。
「……なあ、このカニ、ピリっとくるぜ」
「おかしくないかしら~」
「いやなよかん、するわ」
マッチョさん、腕グキさん、ステキさんの三人とも何かを感じ取ったようだ。
俺も嫌な予感するよ。
「そお? めっちゃうまそうじゃん?」
「おまえがそういうなら、そういうことなんだろうな」
「ほぼ、まちがいないわ~」
「あるいみ、かくじつよね」
そして三人、すすすっとマイスターから距離を取る。
そうそう、それが良いですよ。
「ねえねえタイシさん、これおいしいやつだよね?」
いやあ! こっちこないで!?
絶対それ毒だから! 間違いないから!
「どしてにげるの?」
「キャー!」
マイスターが手に持つそのカニさんは、赤褐色で白っぽい斑紋があって。
あと、爪の先が黒いんだ。良くない感じがするよ!
「おい、お前ら何やってんの?」
「あ、高橋さんちょっとそのカニ、鑑定してよ」
マイスターからキャーキャー逃げていると、高橋さんがすいっと泳いでやってくる。
海に詳しい高橋さんなら、このカニの正体が分かるはずだ。
「カニ? どれどれ……」
「うまそうでしょ?」
高橋さんがカニを覗き込み、種類を特定にかかる。
そしてマイスターは美味しそうでしょアピール。
そのアピール、誰一人として信じてはいない。
「あ~、これスベスベマンジュウガニだぞ」
そしてすぐさま、高橋さんが種を特定する。
スベスベマンジュウガニ、名前を聞けば美味しそうだけど……。
「これ、食ったらアレするやつだから逃がしてやれ」
「なん……だと……」
ほら、やっぱり。
アレするやつと指摘され、マイスターの手からぽろりとスベスベちゃんが落ちて、ぽちゃんと海に戻って行った。
「どうしてそういうの、みつけちゃうのおまえは」
「ゆだんならないわ~」
「アレするカニとか、ふるえる」
「もっとほめてくれ」
褒めてないよ。褒めてないからね。というか本当に油断ならない。
どうしてピンポイントで、そういうやつを見つけちゃうのか。
海に来ても、マイスターはマイスターなのであった。
なぜかとばっちりを受ける新潟