第十話 うちの子がお世話になりまして
……目を離した隙に、神輿が知らない人とキャッキャしていた。
というか果物をご馳走になっております。
食べているのは、パイナポーかな?
(おそなえもの~)
フードファイター神輿は、お供え物を貰ってご機嫌ぴかぴかだ。
でもね、どっか行っちゃってお父さん心配したんだぞ。
「あら~、よく食べるわね」
「元気な子供だなあ」
「ばぶ~」
(それほどでも~)
そしてうちの神様に良くしてくれているのは、赤ちゃんを連れた若いご夫婦だ。
お父さんは話す言葉も沖縄訛りがなく、ごくごく普通。しかし、奥さんは若干の訛りがある。
この人たち、観光客なのか地元民なのか判断がしづらいな。
ちょこっと話しかけてみよう。
「あ~これはこれは、うちの子を良くして頂いてありがとうございます」
「ありがとです~」
「美味しそうな果物まで頂いてしまって」
ハナちゃんユキちゃんと一緒にペコペコと頭を下げながら、若夫婦の所へ近づいていく。
それに気づいたのか、ご家族揃って俺たちの方を見た。
「おや? この子の親御さんですか?」
まず、お父さんが反応した。俺の方を見て、親御さんかなって聞かれたけど……。
残念ながら、お父さんじゃないですな。
保護者? かな。
「あら~、それじゃこちらは、奥さんかしら?」
「ばぶ~」
そして赤ちゃんを抱いた奥さんの方は、ユキちゃんの方を見て声をかけている。
俺たち、夫婦と勘違いされているようだ。
「お、奥さん……。ま、まあ、あながち間違っても……。いやでも子持ちではなくて」
話しかけられたユキちゃんは、なんだか良くわからない事になっていた。
若い娘さんは、良くわからないなあ。
「じゃあこの子は……ホームステイ?」
「あえ?」
「ばぶ?」
ちなみにハナちゃんは外国人に見えているらしく、判断に迷ったようだ。
まあ、ホームステイというのはあながち間違ってはいない。というかわりと近いかも。
異世界からちたまへやってきて、暮らしているからね。
厳密には寄宿と言うより、移住なんだけど。かすってはいる感じ。
「ふ、ふふふふ……そうよね、家族よね」
「あら? 奥さんどうしたのかしら?」
そしてユキちゃんがどんどん一人の世界に入っていく。
良くわからないけど、機嫌は良さそう。そっとしておくに限るかな。
ともあれ、この辺で誤解は解いておこう。
「私と彼女は、この方やあちらの方々の引率役でして。沖縄団体旅行の幹事なんですよ」
「ハナたちを、おきなわにつれてきてくれたです~」
「へ~。幹事さんとか、大変そうですね~」
ゆるふわ奥さん、これまたのんびりした感じだけど、まあ分かって貰えた。
それほど大変でもないお仕事だけどね。
わりと統率は取れた団体なので、ちゃんと伝えればその通りに行動してくれる。
この辺は大助かりだ。
「ほほう、団体旅行ですか。もしかして、あちらのホテルにお泊まりになられますか?」
今度はお父さんが話しかけてきたけど、その視線の先には確かに俺たちが泊まる予定のホテルがある。
別に隠すことでも無いので、そうですよと答えておこう。
「そうです。あちらのホテルで、三泊四日の予定ですね」
「やっぱりですか。それはそれは、良かったです」
おや? お父さんはニコニコしながらそう言ったけど、何が良かったのだろうか?
もしかして、俺たちが泊まるホテルの関係者?
「失礼ですが、あのホテルのご関係者だったりします?」
「直接では無いですけど、そうですね」
あちらも特に隠すことでもないのか、普通に答えてくれた。
いちおう関係者って感じなのか。
「こちらのホテルに、うちの果物を卸しておりまして」
「あ、そうなんですね。卸業者さんですか?」
「いちおう、農園を経営しております」
「おお! 同業者ですか!」
どうやらこのご家族、農家さんのようだ。
同業者と言うことで、なんだか親しみがわくなあ。
「さっきこのパイナップルや、マンゴーやらパパイアとか納品してきまして」
「主人が仕事を終えるまで~、ここのビーチで~息子と一緒に待っていたんです」
「ばぶ~」
そのまま話の流れでお父さんが果物を見せてくれて、お母さんが補足してくれた。
ちなみに赤ちゃんは何を言っているかわからないけど、キャッキャと良い笑顔。
仲の良いご家族だね。
「いやはや、団体のお客さんが来るって事で、沢山発注が来まして」
「あ~、それはまさに私たちの事ですね」
俺たちが宿泊するので、ホテルも当然予定を立てて食材を調達するわけだ。
沢山発注が来たのだから、それだけ売り上げも出る。
そう言う背景があったから「良かったです」という事なんだろうね。
「それで今日は大仕事だったものですから、仕事を終えてここで一休みって感じですね」
「夕食には恐らく、うちの果物が~出ると思います。楽しみにしていて下さい~」
「ばぶばぶ」
なるほど、お仕事を終えて一休みって事なのか。
そして奥さんの言うとおり、恐らく今日の夕食に彼らが納品した果物が出てくるだろう。
これはありがたく頂かないとね。
「夕食が楽しみになってきました。ありがたく頂きます」
と言うか輸入じゃなくて、地元産の果物が食べられるんだな。良いホテルじゃないか。
せっかく観光地に来ているのだから、そこで採れた物を食べてみたいと思うのは人の常。
その地ならではの農産物が出てくると分かって、ほっくほくだ。
「そうして頂けると、私たちも嬉しいですね」
「美味しさは保証しますよ~。頑張って~育てましたから」
「ばぶ~」
俺の返答を聞いたご家族、ニコニコ笑顔だね。
後でみんなにも教えておこう。今日の夕食には、地元で採れた新鮮果物が出てくるって。
(おいし~)
……まあ、もう食べている方もいらっさるけど。
謎の声も喜んでいるから、味は確かに保証付きだ。
「特にこの沖縄で採れるマンゴーは、熟す前に運んでくる外国産と違って、十分熟してから収穫します。とっても甘くて美味しいですよ」
「このパイナップルも~、自信ありますね~」
「ば~ぶ」
神輿が果物を食べる様子を見ていたら、ご夫婦がそれぞれ果物を見せてきた。
俺は熱帯果樹の栽培をしたことが無いから良くわからないけど、沖縄ならではの良さがあるらしい。
「試しにお一つ、いかがですか?」
話の流れでお父さんがマンゴーをお勧めしてくれた。せっかくだから頂こう。
みんなで味見しましょうだね。
「せっかくですので、お言葉に甘えます」
「では、切り分けますね」
お父さんが手持ちのナイフでぱぱぱっと切り分け、プラスチックのお皿に盛り付けてくれた。
しかし準備が良いな。ナイフからお皿まで、揃えてある。
「道具の用意が良いですね」
「商売柄、こうして試食して頂いて味を知って貰うのも大事ですから」
「なるほど、たゆまぬ経営努力ですね」
俺とそう歳は違わないはずだけど、しっかりしてらっしゃる。
なかなかの経営努力で、見習いたいね。
とまあ、それはさておき。
切り分けられた果物ちゃんを、味見してみよう!
「では、頂きます」
「いただきますです~」
(おそなえもの~)
「フフフ……奥さん」
ちなみに某キツネさんは、さっきからずっとどこかの世界に行っている。
帰ってきて下さい。
そんなキツネさんをよそに、俺とハナちゃん、そして神輿で果物を一口食べる。
――おお! 想像以上の甘さと香り高い風味!
これはおいしい!
高級品と言って差し支えない、味と品質だ。
「うきゃ~! これはおいしいです~! ふしぎなあじが、するです~!」
(あまいの~)
ハナちゃんも謎の声も、この美味しさに大はしゃぎ。
南国の果実独特の風味と甘さに、大喜びだ。
「これは確かに、自慢の品ですね」
「でしょう?」
「ば~ぶ」
味を褒めると、お父さんニッコニコだ。
赤ちゃんもそんなお父さんを見て、なんだかご機嫌。
ほのぼのするね~。
そうして果物を食べながら歓談をする。
話を聞くと、どうやらお父さんの出身は沖縄ではないようで。奥さんは沖縄出身だそうだけど。
都会で知り合い結婚したけど、まあ色々あって奥さんの実家を継ぐために沖縄に移住してきたとか。
ちなみに奥さんの微妙な訛りは、都会暮らしの時に直そうとして失敗した名残らしい。
とまあ色々楽しくお話をしたところで。
「おや、良い時間になってしまいましたな。そろそろ私どもは、お暇します」
「そうね、この子に~ミルクもあげないと」
「ばぶ~」
果物農家さんにも予定があるようで、この辺でお開きとなった。
色々良くしてくれて、ありがとうございますだ。
「そうそう、これも何かの縁です。名刺をお渡ししておきますので、ご旅行中何かございましたらご連絡下さい」
「農園見学とかもやっておりますので、よろしければどうぞ」
「ばぶ」
帰り際、お父さんが名刺を取り出した。
それじゃあ、俺も名刺を出して交換と行きますか。
仕舞っちゃう空間があるおかげで、水着姿でも名刺とか持ち歩けちゃうんだよ。
「これはどうも。私はこういう者でございます」
「おや、代表取締役ですか」
「まあ不動産や農業、食品販売や工芸品の取り扱いなど、色々と営んでおります」
「お若いのに、なかなかどうして手広くやっておられるようで」
二人でペコペコと頭を下げ合い、名刺交換を終える。
ひとまずこんな所かな?
「では、これで失礼致します」
「沖縄を~楽しんでいって下さい~」
「ばぶ~」
やがて、果物農家さんご家族はビーチを後にして歩いていった。
(おそなえもの、ありがと~)
「色々お世話になりました」
「くだもの、おいしかったです~」
「フフフ……奥さん」
そんなご家族をみんなで見送って、ほんわか交流は終了。
なかなか楽しい出会いだった。神様も、面白いご縁を引き寄せてくるね。
この邂逅を、いずれ何かに役立てたら良いなと思う。
(おそなえもの~)
そして貰った果物を嬉しそうに抱え、神輿がほよほよ飛び回る。
神様ご機嫌だね。というか、食べてばかりな気がするけど……。
まあ、神輿ならしょうが無い。フードファイターだからね。
とまあご機嫌神輿はさておき、俺たちもそろそろ海遊びに戻ろう。
「それじゃ、戻ってみんなと遊ぼうか」
「そうするです~」
(およぐ~)
せっかく海に来たのだから、思いっきり泳がないとね。
またハナちゃんを背中にのせて、その辺を遊泳しようかな?
「……奥さん」
あと、そこのユキ先生。
そろそろ戻ってきて下さい。
◇
「おーし! あっちまで泳ぐぞ!」
「ちからもちさ~!」
「クワクワ~!」
海遊びに戻ってくると、高橋さんがドワーフちゃんたち満載のゴムボートを引っ張って泳いでいた。
ドワーフちゃんたちとリザードマンは結構交流しているため、よく一緒に行動しているのを見る。
高橋さんも他のリザードマンたちと同様、ドワーフちゃんと仲良しさんなんだよね。
「おだんご! おだんごつくるよ!」
「すなのおだんご~」
「こねまくり~」
そして妖精さんたちは、何故か波打ち際で砂のお団子大会を開いている。
素材は砂なのに、恐ろしく丸い砂団子が並んでいた。
何をどうすれば、砂を丸くこねられるのだろうか……。
「しっぱいしたやつ~……」
あと、イトカワちゃんは相変わらず小惑星を量産している。
素材が素材だけに、本物の小惑星みたいな質感。
逆に凄い感じがするね。
しかし、そんなイトカワちゃんに災難が。
波がザッパンとやってきて――。
「ながされた! しっぱいしたやつながされたよ!」
あわれ、小惑星イトカワは波にさらわれていった。
こうしてイトカワちゃんの力作は、儚くも自然に還っていくのであった……。諸行無常の響きあり。
……というか、どうしてまたそんな場所で。
確実に流される位置だよそこ。
「きゃい~、きゃい~」
だけど流される作品を見て、何故か喜ぶイトカワちゃん。
「おだんごながされたね! だいはくりょくだね!」
「はかなさ~」
「もっかいつくろ! おだんごつくろ!」
他の子たちの力作も流されたけど、それがまた良いらしい。
大はしゃぎで、また砂団子の量産を始めた。
……わからない、妖精さんたちの感性がわからない。
「……思うがまま過ごして貰おう」
「それがいいです~」
「ですよね」
妖精さんたちは大はしゃぎなので、これも彼女たち流の海遊びなんだろう。
「わたしもながされちゃったね! たのしいね!」
ちなみに妖精さんたちも波に流されていくけど、空を飛べるのですぐさま帰ってきて。
「おもしろいね! しんかんかくだね!」
「もっかいあそぼ! もっかい!」
「ながされるまま~」
(たのし~)
そしてまた流されていく。
……あれか、波をウォータースライダー的な遊びに使っているんだ。
体が小さいからこそ出来る、妖精さんならではの楽しみ方ってやつか。
神輿も仲間に加わって、一緒に流され始めたけど。
「きゃい~」
俺たちがああだこうだと言わなくても、自分たちなりに楽しみ方を見つけちゃう。
さすが妖精さんたちだね。
とまあ妖精さんのおだんご遊びや、ウォータースライダー遊びを眺めて。
あと神輿がゆらゆら流されては戻ってきてを繰り返すのを見て、ほくほくしてた時のこと。
「あや~。タイシ、あれみるです~」
ハナちゃんが、砂浜の方を指さした。
「わきゃ~、ぬっくぬくさ~」
「あったまるさ~」
「ここは、あったかくていいさ~」
ハナちゃんが指さした先では、ドワーフちゃんたちが砂浜の上で甲羅干し始めていた。
みんなたれぱ○んだみたいにぐんにゃりとなって、しっぽをピクピクさせている。
「ドワーフさんたち、ひなたぼっこはじめたです~」
「砂浜はかなり熱いはずだけど、あの子たちはそれが良いのかも」
「私たちには、真似できませんね」
俺たちが真似したら、やけどしちゃうよ。
さすがは、熱を操る方々だ。
「ねつをためられるうちに、ためておくさ~」
「いまのうちさ~」
「ぬくぬくさ~」
寒くなってきた長野と違って、沖縄はまだまだ夏。
このチャンスを利用して、熱を貯めておくつもりのようだ。
ああやって小まめに熱を貯蔵して、ドワーフィンの夜を乗り越えてきたのかもね。
そういえば、彼女たちは……ちたまに来てから冬眠していない。
これって、体に悪い影響とか出ないかな?
「わきゃ~、きもちいいさ~」
ちょうど近くで偉い人ちゃんが甲羅干しをしている。
彼女に聞いてみよう。
「あの、すいません。ちょっとお聞きしたいことがありまして」
「わきゃ? ききたいことさ~?」
声をかけると偉い人ちゃんは、のそのそと起き上がった。
黄色しっぽをゆらゆらと動かし、お話聞きます体勢になったね。
それじゃ、本題に入ろう。
「はい。実はあの子たち、ちたまに来てからずっと冬眠していないのですが……それって、体に悪影響とか出ませんか?」
「わきゃ? とくにもんだいないさ~?」
「そうなんですか?」
「よるのじきは、おきててもしかたがないから、ねむるのさ~」
偉い人ちゃん曰く、起きていても仕方がないから眠るらしい。
まあ確かに、外は暗いし寒くなってくるしで、狩りや採集をするのは危険を伴う。
そんな時期に活動したところで、大変なだけか。
たしかに起きていても仕方が無い。
「なるほど、言われてみればそうですね」
「そうなのさ~」
それなら、別に冬眠に入る必要がなければしないだけ、てことか。
体に悪影響がないのが分かって、一安心だ。
「これで安心出来ました。ありがとうございます」
「おやくにたてて、なによりさ~」
偉い人ちゃんにお礼を言うと、黄色しっぽをピクピクさせてご機嫌に。
誰かの役に立てたのが、嬉しいのかな?
「あ、でもタイシ~。もうすぐ、すっごくさむくなるです?」
しかし安心していたのもつかの間、ハナちゃんからこんなツッコミが。
……確かに、隠し村はもうすぐ極寒と化す。
ぽかぽか沖縄にうかれて忘れていたけど、長野はもう厳冬期秒読み状態。
そうなったとき、ドワーフちゃんはどうするのだろう?
「わきゃ? すっごくさむくなる?」
「あい~。あのむら、もうすぐふゆになるです~」
「……ふゆって、なにさ~?」
南国に来ているけど、冬のお話が続く。世知辛いね。
でも、偉い人ちゃんは「冬」というものにピンと来ていない。
……これ、説明しておいた方が良いな。
「えっとですね。この世界には『冬』という季節がありまして――」
「わきゃ?」
スマホで映像を見せたりしながら、長野県北部の厳しい冬という現象を説明していく。
空から氷の結晶が降ってきて、下手をすると俺の身長くらいにまで積もり。
気温はどんどん下がって、冗談抜きに息も凍り。
寒くて朝おふとんから出られなくなる、そんな感じのことを説明する。
そうして、一通り冬について説明をすると――。
「――……」
「あえ? うごかなくなっちゃったです?」
「大志さん、気絶されてますよ」
偉い人ちゃん、気絶してしまった。
どうやら、寒いのはとっても苦手なようで。
大河と熱帯雨林の世界で暮らしていた方にとっては、長野の冬はかなりの刺激があったようだ……。
偉い人ちゃん、すまぬ、すまぬ……。
ま、まあとりあえず冬のことは忘れてもらって、暑い沖縄を堪能して頂こう。
冬支度とか雪かき当番とかそういうのは、今は考えないでおく。
だって、他のドワーフちゃんたちも、「冬」のこと知らないからね。
今説明したら――全員気絶しちゃう。
どのみち今教えても後で教えても、大して違いは無い。
それならば、沖縄旅行中は長野の冬には触れないでおくのもひとつの手だね。
「……」
「あや~、カチコチです~」
「しっぽもカチカチですね」
そして気絶しちゃった偉い人ちゃんは、ハナちゃんとユキちゃんが介抱中。
彼女が気絶から回復したら、口止めしておこう。
口止め料として、泡盛をこっそりお渡ししておけば……。
「タイシ、またわるいかおしてるです~」
「明らかに、悪の組織のボスっぽい顔ですね。口封じしようって顔してますよ」
ジト目のハナちゃんとユキちゃん、容赦ないツッコミ。
悪巧みじゃないから! これは必要なことだから!




