第二話 さいたまでっかいな
「ラーメン、おいしいです~」
「この時間に食べると、なんだかいっそう美味しいですね」
上里サービスエリアは、異世界人たちによるラーメン祭り中。
本来は深夜で静かなはずのサービスエリアが、妙に活気づいて楽しくはある。
(おかわり~)
そして唐突に、謎の声がおかわり宣言。
テラ盛りおかわりってどんだけ食べるの!?
夜食ですから! 夜食!
とまあ、一部フードファイトになっている神輿がいたりもするけれど。
村人たちは楽しく美味しく、深夜のラーメンを楽しんでいた。
「美味そうだな……」
「俺も食べていくか……」
「そうだな……」
そしてみんながあまりに美味しそうに食べるものだから、他のお客さんたちも券売機に並びはじめる。
今食券を購入している方々は……ようせいまじっくショーを見物していた人たちだ。
と、言うことはだ。ごまかしショーは終わったようだね。
「た、大志さん……お待たせしました……」
予想通り、程なくして疲れ切ったユキちゃんがふらふらとやってきた。
なんとかごまかしきったようで、疲れた表情の中にも達成感が感じられる。
ほんと、お疲れ様です……。
「もりあがったね! たのしかったね!」
「にぎやかだったね! よかったね!」
その後ろを妖精さんたちがきゃいきゃいと飛んできたけど、彼女たちは元気だね。
サクラちゃんとイトカワちゃんは、大はしゃぎしているよ。
「はふぅ……。大志さん、お隣失礼します」
「ひとしごとおえたね! おえたね!」
「がんばりました~」
やがてユキちゃん、俺の隣席にへろへろっと座った。
妖精さんたちも、テーブルの上に降り立ちきゃいっきゃいだ。
みんな頑張ったようだから、労ってあげよう。水を汲んできて……と。
人数分のカップをテーブルの上に置いて、お疲れ様会だ。
「みんなお疲れ。観客のみなさんも喜んでいたみたいだから、大成功だね」
「え、ええまあ……」
しかしユキちゃん、いきなりやらかしたからか……苦笑いだ。
耳しっぽも、心なしかツヤがない。これは、ブラシをかけないと。
俺の仕舞っちゃう空間に、たしか一つ仕舞ってあったような……。
どこやったかな?
と、ブラシを探していると――。
「だいほんどおりできたからね! うまくできたよ!」
「かんぺきに、よていどおり~」
サクラちゃんとイトカワちゃんが、きゃいきゃいとそうおっしゃった。
台本通り……? 完璧に予定通り……?
アドリブオンリーだった気がするのだけど……。
「ええ……?」
「だいほんとはいったい? いったい?」
これにはさすがのユキちゃんもビックリ顔だ。
アゲハちゃんにすら突っ込まれている。
「でもまあ、いきおいもあるよね! あるよね!」
しかしアゲハちゃんも妖精さんなわけだ。
ニッコリ笑顔で、勢いもあるよねと片付けられてしまった。
これは、ユキちゃんの苦労が偲ばれる……。
ブラシで毛繕いして、労ってあげないとね!
というわけで、見つけたブラシを取り出していざ! 毛繕いを――。
「――あれ?」
ん? ユキちゃんがテーブルの上を見て固まった。
どうしたんだろう?
……何かを見て、動きが止まったみたいだけど。
何を見ているのかと、ユキちゃんの視線の先を確認してみる。
その視線の先には……。
「つめたいおみず、おいしいね! おいしいね!」
カップを抱えて、水をむきゅむきゅと飲むアゲハちゃんが。
羽根をぴこぴこさせて、白い粒子もキラッキラ。
元気いっぱい、仕草もちまちましていて可愛いね。
でも、アゲハちゃんが一体どうしたというのだろうか。
いつもの、妖精三人娘ちゃんの一人だよね?
「ユキちゃんどうしたの? この子がどうかした?」
「きゃい?」
良くわからないので、ユキちゃんに聞いてみる。
アゲハちゃんも自分を見つめるユキちゃんが気になったのか、どうしたの? って感じで見上げているね。
「ああいえ、その……何かがおかしいなって」
「何かがおかしい?」
「こう……引っかかりがあるというか」
問いかけに反応したのか、ユキちゃんが解凍した。
しかし何かが……引っかかっているらしい。
まさか、脆化病の兆候とか!?
そうだったら大変だ!
慌ててアゲハちゃんを見つめる。
「きゃい? こうかな?」
アゲハちゃんを見つめたら、なぜかにっこり笑顔でモデル立ちをした。
かわいく見せることに余念がない、見事なポージングですな。
とりあえず写真を撮っておこう。
「カワイイね~。写真を撮っちゃうよ」
「きゃい~! かわいいって! かわいいって!」
褒めるときゃいっきゃいで白い粒子をばらまく、アゲハちゃんだ。
とまあ、それはそれとして。
モデル立ちアゲハちゃんを良く観察したけど、俺の目には何も異変は見当たらない。
いつも通りの、可愛らしい妖精さんがそこにいるだけだ。
粒子もしっかり、白くてキラキラ。問題はどこにもない。
ほっと一安心だ。
「自分的には、特に引っかかりとか感じないけど」
「あ~、なんというかこう……。あとちょっと。この辺まで出かかっているんですけど」
ユキちゃんに再度問いかけるけど、まだ言葉に出来ないらしい。
この辺と言いながら、みぞおちの辺りに手をやっている。
……その辺だと、あとちょっとどころか、全然出てくる可能性が無い気がするけど。
「なんだろう?」
「う~ん……」
ユキちゃんが悩んでしまったので、俺もひとまず考えてみる。
なぜ、アゲハちゃんを見て引っかかりを感じたのか。
どうしてこの子なのか。
はてさて……。
「タイシ、タイシ」
考え込んでいると、正面でラーメンを食べていたハナちゃんが呼びかけていた。
俺たちと同じく、アゲハちゃんを見つめている。
ハナちゃんはこの引っかかりの正体、わかるのかな?
聞いてみよう。
「ハナちゃん、何か気づいたかな?」
「そのひとは、かんこうきゃくのようせいさんです?」
ん? 観光客の妖精さん?
……そういえば、確かにそうだ。
今俺たちは、旅行中なわけだ。そして、参加者は村の定住者。
観光客妖精さんたちは、村でお留守番でござる。
そしてアゲハちゃんは、ハナちゃんの言うとおり――観光客妖精さん。
本来なら、村でお留守番のはず……?
…………。
「きゃい?」
あああああああ!
「ね、ねえ。君は村でお留守番じゃなかったっけ?」
「――あ!? それ! 大志さんそれです!」
アゲハちゃんに問いかけると、ユキちゃんも気づいたようだ。
お目々をまん丸にして、アゲハちゃんを指さしている。
そして、問いかけられたアゲハちゃんは――。
「たのしそうだったから、ついてきちゃった! きちゃった!」
とか言うわけですよ。
……ついて来ちゃったとな。
と、言うことはだ。
――密航者だー!!!!!
◇
とまあ、出発四時間にして密航者が発覚したわけだが。
あまりにも堂々としすぎていて、逆に気づけなかった。
アゲハちゃんは妖精さんらしく、フリーダムさ全開でついてきちゃったのだ。
……しかしよくよく考えると、アゲハちゃん一人増えても旅行にはなんの問題も無くて。
体が小さいので、部屋とか座席とかには困ることが無い。全然へーきだった。
この際だから、一緒に楽しく旅行をしましょうだね!
「というわけで、長旅だけどよろしくね」
「よろしくだよ! よろしく!」
「ひとあんしんだね! あんしん!」
「もんだいなし~」
密航者ちゃんに改めて挨拶すると、きゃいっきゃいでお返事だ。
サクラちゃんとイトカワちゃんも、お友達の参加が認められて一安心だね。
よかったよかった。
「あ! 増幅石を付けていなかった子って……」
「きゃい?」
和やかに挨拶を終えたところで、ユキちゃんまたもや大事なことに気づく。
アゲハちゃんは飛び入り参加なので、増幅石を渡していない。
何のごまかしもしていない状態で、ひらひらと飛んでいたら……。
そら、バレますわな。
「え、ええとね。外に出るときは、この石を付けてね」
「きれいないしだね! きれいないし!」
「ここに、こうやって付けるの」
「ありがと! ありがと!」
慌てて予備の石をバッグから取り出したユキちゃん、手早くアゲハちゃんにつけてあげている。
これで一安心だ。未確認飛行物体事件は、もう起きない。
そのはずだ。
「でもまあ、結果的に儲かりました。この子の旅費は、おひねりから出せますよ」
アゲハちゃんに増幅石を付け終えたユキちゃん、じゃらりとお金を見せてくる。
五百円玉たくさんに、それなりの千円札……。
あのマジックショーで、結構儲かってしまったようだ。
ただ、働いたのは俺じゃないわけで。このお金を全部俺が受け取るのはナシだな。
ほんの一部で良い。
「そのお金は、彼女の食費だけ頂くよ。残った分は、みんなで山分けして良いよ」
「え? よろしいのですか? 結構な額ですが」
ぱっと見五万円以上はあるっぽいから、かなり余るよね。
ユキちゃんは申し訳なさそうな顔をしているけど、それを受け取ると逆に俺が申し訳ない。
このお金は、ユキちゃんと妖精さんたちが稼いだお金なわけで。
せっかくなら、稼いだ人たちで使って貰いたいわけだ。
「妖精さんたちのお団子代や、ユキちゃんのお小遣いにするのが一番だよ。稼いだのはみんなだからね」
「それでは……ありがたく頂戴致します」
遠慮がちなユキちゃんだけど、内心喜んでいるのは手に取るように分かる。
だって……しっぽがふぁっさふぁさ振られているからね。
めっちゃわかりやすい!
「早速、そこのお土産屋さんでお団子を買うと良いかもだよ」
「おだんご! おだんご!」
「きゃい~!」
ついでに使い道を提案すると、妖精さんたちきゃいっきゃいだ。
お団子とかたくさんあるからね。好きなの買っちゃいましょうだ。
「そうですね。ちょっと、お土産屋さんを見てきます」
「いってらっしゃい」
「きゃい~きゃい~」
ユキちゃんも乗ってくれたようで、妖精さんを引き連れてお土産屋さんに歩いていった。
楽しくしょっぴんぐしてきて下さいだね。
これでまあ、密航者事件は終了だ。ホシはお団子を買いに行ってハッピーエンド。
旅行にかかるお金も、自分で稼いだお金で払えちゃう。
めでたしめでたし。
さ~て、あとはもう少しゆっくりした後、バスに集合してもらおうか。
ちょっと休憩時間長く取り過ぎたからね。
時間に余裕はあるとは言え、事故渋滞が起きる可能性もある。
そろそろ出発の準備をしておかないと。
ヤナさんに伝えておくか。
「ヤナさん、あと十分くらいしたら出発の準備をします」
「わかりました。みんなに伝えておきますね」
「お願いします」
ユキちゃんが妖精さんとしょっぴんぐ中なので、ヤナさんが引率を引き継ぎだ。
隠し村の行政トップだから、そつなくまとめてくれるだろう。
「あ、そうそうタイシさん。シロウさんとタカハシさんにも伝える必要ありますよね?」
「そうですね。うちの父と高橋さんにも教えないと」
さすがヤナさん、親父と高橋さんへの伝達も必要と指摘してくれた。
危ない危ない、忘れるところだったよ。
「それでは、ちょっとバスに行って伝えてきますね」
「いってらっしゃいです~」
「こっちはお任せ下さい」
ということで、ハナちゃんとヤナさんの見送りのもとバスへと向かう。
親父と高橋さんは、仮眠しているはずだ。
起こしてあげないとね。
てくてくと歩いて、まず親父の担当する二号車へと向かうと……。
「おう大志、ちゃんと休憩したか?」
バスの前に、妙に軽やかな身のこなしの親父が居た。
長距離を運転してきたとは思えない、回復ぶりだ。
「……親父、なんだか元気そうだけど」
「ああ、仮眠から起きたらさ――」
――と、親父が話しかけたときのこと。
「うっわ! キクー! とくに足つぼ!」
三号車から、高橋さんの声が聞こえてきた。
……明らかに、マッチョトリプルヒーリングを受けている。
しかし親父はまだしも、固いウロコをまとったリザードマンすらほぐせるとか……。
あのマッチョ三人組、凄すぎるだろ!
◇
それから二十分後、ようやく上里サービスエリアを出発。
ただの休憩だったのに、もの凄い濃密な時間になってしまったでござる……。
「おだんご! みどりのおだんご!」
「まっちゃっていうんだって! まっちゃ!」
「なぞのこな~」
妖精さんたちは、抹茶のお団子を購入したようだ。
村では抹茶系を扱っていないから、珍しさ大爆発みたい。
その「謎の粉」は狭山のお茶が原料なんだって。
帰りにそのお茶を買うのも良いかもだな。
「わきゃ~、みそラーメンさいこうだったさ~」
「おいしかったです~」
あとは偉い人ちゃんもラーメンを堪能したようで、ハナちゃんと一緒にキャッキャしている。
問答無用で連れてきちゃったけど、旅を楽しんでくれてはいるね。
この調子で、色々接待しましょう!
「ぎゃう~」
「ギニャギニャ」
「クワックワ~」
海竜ちゃんやフクロイヌ、それとペンギンちゃんには、お土産で売ってた煮干しっぽい奴を買ってあげた。
歯ごたえがたまらないらしく、みんなでボリボリと嬉しそうに齧っている。
気に入ってくれたみたいなので、また買ってあげよう。
「よなかに、ラーメンたべちゃった」
「ふるえる」
「やってしまったわ~」
「おにくがぁ~」
「お腹が……ぽこって。ぽこってなってるのよ……」
あと女性陣は、ようやく自分たちの過ちに気づいたようだ。
今日の午後、みなさんは水着を着るんですよお。
でも、もう手遅れなんですよお。
とまあ一部女性陣のおふと――は手遅れとして、気にせずバスを走らせる。
関越道をひた走り、大泉ジャンクションまで向かう。
そしてここで二つの選択肢が出てくる。
いったん下道に降りて目白通りから環状八号線、そして首都高に向かうか。
それとも東京外環自動車道へ入り、美女木ジャンクションから首都高に入るか。
まあ、環八はこの時間でもめっちゃ混んでる。
外環が渋滞していなければ、普通は自動車道をそのまま選択だね。
念のため、無線で確認して同意を得ておこう。
「こちら大志。環八か美女木どちらのルートが良いか決めたい。個人的には美女木で。どうぞ」
『こちら志郎。外環事故渋滞無し。美女木ルートに賛成。どうぞ』
『こちら高橋。同じく美女木で。環八絶対混んでる。どうぞ』
問い合わせると、全会一致で美女木ルートを採択の運びとなった。
ではでは、関越から外環を通って、そこから首都高ルートで決定!
ルートも決まったので、快調にバスを走らせる。
「あえ? なんだかキラキラしてて、きれいです~」
「わきゃ~。おほしさまが、たくさんあるみたいさ~」
「うっわ、ふうけいががらっとかわったぞ!」
「やべえええ~」
鶴ヶ島ジャンクション付近からそれ以降は、視界が開ける場所も増える。
大きな街があったり、どこまでも続きそうな住宅街があったり。広い畑だってある。
乗客のみなさん、にっぽんの大都市圏というものの一端を垣間見ているのだ。
そうしてしばらく、街並みを眺めていたのだけど……。
次第に、異変に気付き始める。
「な、なあ……。なんかずっと、まち、みたいのがつづいてね?」
「とぎれない」
「でかすぎねえ?」
そう、ここはもう大都市圏。ずっとずっと、街が続く。
いちおうエルフたちは、ちたまの街を知っている。でもそれは、中部地方の町並み。
長野も新潟もでかい街なのだけど、さすがに首都圏ほどでかくはない。
こんなにどこまでも街が続くような場所を見るのは、初めてなのだ。
ひとまず、ここから先には街しかないことを伝えておこう。
『ここから先は、街しかありません。ずっとずっと、こんな風景が続きます』
「――」
――車内、沈黙。
あれほどにぎやかだった喧騒は途切れ、バスのエンジン音だけが響く。
「……ここから、ずっとまちしかないです?」
「まじで?」
「やばくねえ?」
想像を超える街の規模に、みなさん唖然とする。
というか、さいたまでかいよね。上里からずっとだし。
さいたまちゃんが終わらない。なんだかんだで、埼玉県はすごい県なのだ。
「あ! もりっぽいのがあるです~」
「あんしんする~」
「しかし、すぐにおわる」
「あや~」
そして町を見続けたみなさん。
とうとう、たまに出てくる山や森っぽいやつに、逆に盛り上がり始める。
自然がレアキャラになっちゃったよ。
でもまあ、圏央道に入ると逆に「ここ首都圏だよね?」と不安になるほど森と山しかないわけで。
首都圏と言っても、自然豊かだったり人工物しかなかったりと、表情は様々だ。
そこがまた、面白いところでもある。
「ちたま、やべえええ~」
「まちがおおきすぎて、ふるえる」
「いしのなかにいる」
やがてぷるぷるし出すみなさんだけど、まだここさいたまだからね。
本番はこれからですよ。
「わわわきゃ~……みずが、まったくないさ~」
「かわいた、だいちさ~」
「のど、かわくさ~」
おっと、しっぽドワーフちゃんたちは別の方面でぷるぷるしている。
水棲の方々だから、ここまで水が見当たらない土地はびっくりだろう。
実は高速を降りて下道を走れば、河だの湖だのたくさんあるのだけど。
あと一時間も走れば海が見えるので、それまで我慢してくださいだ。
「あややや~」
「わきゃ~……」
「ふるえる~」
「キラッキラだね! きれいだね!」
(いいかんじ~)
そうして、首都圏の凄まじさを目の当たりにしてぷるぷるするみなさんや、キャッキャする方々を乗せ。
バスは自動車道をひた走る。
現在外環道を走行中で、ちょうど荒川を渡ったあたり。
もうすぐ美女木ジャンクション、そしてその先は――首都高。
いよいよ、首都高バトルが始まる。
ここまでの風景は、実はまだ平和そのものなんです。
これからが――本番なんですよお。
まだ埼玉から抜け出せていない