第十四話 ここは、どこさ~?
フクロイヌをくすぐったら、ドワーフィンにいるはずの偉い人ドワーフちゃんが出てきた。
なんで? どうして?
「わきゃ~?」
慌てる俺たちをよそに、偉い人ちゃんは寝起きでぼんやり中。
まだ、事態を飲み込めていないようだ。
しばらくの間、座り込んだままうつらうつらと、寝たり起きたりを繰り返す。
やがて……。
「わきゃ? なんだか、まわりのようすが……」
偉い人ちゃん、だんだんと寝ぼけまなこから……ちょっとずつ覚醒して来た。
周囲がおかしいことに、ようやく気づき始めたね。
そろそろ声をかけてみよう。
「お、おはようございます。お久しぶりですね」
「おはようです~」
「わ~きゃ?」
ハナちゃんと一緒におはようの挨拶をすると、偉い人ちゃんはぼんやりした顔でこちらを見た。
そして右に左に、首を傾げる。
「……タイシさんとハナちゃんが、なんでウチのおうちに、いるさ~?」
どうやら、ここが自分の家の中だと勘違いしているようで。
残念ながら、そうではないわけですな。
「あ~、ここは、あなたのお家ではなくて……」
「わきゃ?」
「おもきし、お外でございます」
「のざらしです~」
「おそと? のざらし?」
そして偉い人ちゃん、周囲を見渡す。右に左に、きょろきょろと。
しかしまだ、はてなマークなご様子。
「……ここは、どこさ~?」
「前にお話しした、私たちの村ですね。ちたまへ、ようこそ! ……かな?」
「いらっしゃいです~」
「わきゃっ? ――ちたま?」
いきなりの展開に、頭が着いてこない偉い人ちゃん。
お目々まんまるになって、俺やハナちゃん、そして周囲を見る。
「ここはおそとで、ウチはいま、おきたばかりさ~?」
「そうなります」
「と、いうことはさ~?」
はた、と気づいて……偉い人ちゃんは自分の格好を見る。
寝癖で髪の毛はぼっさぼさ、かぼちゃパンツにキャミソールぽい寝間着姿。
寝起きドッキリ的な、シチュエーションでござるね。
この人、二度までも寝起き姿を周囲にさらす羽目になっておられる。
「――わきゃ~! こんなかっこうで、おそとにでているさ~!」
「何というか、申し訳ございません」
「わわわわっきゃ~! はずかしいさ~!」
ようやく自分の格好に気づいたのか、偉い人ドワーフちゃん大慌て。
わっきゃわきゃと右往左往する。
ほんと、何というかごめんなさい……。
「ひ、ひとまず個室に案内しますので、身だしなみはそちらで……」
「わきゃ~! そうするさ~!」
申し訳なさで心がいっぱいになっていると、助けの手が。
慌てるドワーフちゃんを、ユキちゃんが集会場へと案内していった。
さすがユキ大先生である。ありがたやありがたや……。
「あや~……。あさから、おおさわぎです~」
「正直ビックリした。訳が分からない」
「ハナも、わけがわからないです~」
突然の再会に、事態が上手く飲み込めない。
一体何が起きているのか。
「ギニャ?」
そして偉い人ちゃんを運んできた張本人は、しっぽをふりふりご機嫌だ。
というか、「一仕事終えた!」て雰囲気を醸してらっしゃる。
「ね、ねえ。なんであの人を連れてきちゃったの?」
「ギニャ~?」
「あえ? ギリギリ、フクロにはいったからです?」
「ギニャン」
「え? そんな理由?」
「ギニャニャ」
おおい! 理由がふわっとしすぎでしょ!
というかどうやって、ドワーフィンに渡ったの!?
――その後。
詳しくフクロイヌに理由を聞いてみたけど、要領は得なかった。
ハナちゃん通訳でまとめた話によると「連れてきた方が良い気がした」から、らしいけど……。
理由が、おもっきしふわっとしておりますな。
まあ、今のところこれしか分からないでござる。
「……タイシ、これからどうするです?」
その様子を、ハナちゃんが心配そうに見つめながら聞いてくる。
これからどうするか、か……。
正直、現段階では何も判断はできない。
まずは偉い人ちゃんと、相談してみよう。
「ひとまず、あの人の身だしなみが終わったら……話をしよう」
「そうするです~」
――こうして、一日が始まった。
さて、偉い人ちゃんの身だしなみが終わったら、相談しないとね。
これから、どうしていくかを。
でも正直、偉い人ちゃんには申し訳ないのだけど。
俺はちょっと――嬉しかった。
下手をしたら年単位で会えないかもと思っていた、良き人に再会出来たのだから。
冬眠ドワーフちゃん救助作戦を、受け入れる形で支えてくれた……かけがえのない仲間だ。
再び会えて、嬉しくないはずがない。
「タイシ、うれしそうです?」
「まあね。だって、会えないと思っていた人と会えたのだから」
「たしかに、そうです~!」
俺の言葉を聞いて、ハナちゃんも嬉しそうな顔をする。
まずは、この再会を喜ぼう。
そして村の新しい仲間として――歓迎してあげようじゃないか!
◇
「大志さん、準備整いました」
三十分ほど過ぎたところで……身だしなみは整ったようだ。
ユキちゃんが呼びに来たので、集会場へ行きましょう!
「それじゃあ、集会場に行くね」
「いくです~」
「こちらへどうぞ」
ユキちゃんに連れられて、集会場の大部屋へと足を踏み入れる。
そこには――おめかしした偉い人ちゃんが、ぐったりとして座っていた。
「お、おまたせしたさ~……」
「おお! パリっとしましたね!」
「きらびやかです~!」
その姿は――お化粧バッチリ、髪の毛サラサラストレート。
そして極彩色の羽根飾りをかぶって、煌びやかなポンチョをまとっていて。
まさに偉い人って感じのお姿だ。
「わきゃ~……つかれたさ~」
……まあ、ぐったりしているけどね。
ほんと、寝起きの所すみません……。
「あのひとって、うわさの?」
「そうそう、おせわになったじゃん」
「おけしょうばっちりとか、すてき」
「キラキラしてんな~」
そしてエルフたちも、偉い人ちゃんを見にきたね。
顔見知りの人、そうで無い人、反応は様々だ。
面識のないエルフ組は、偉い人ちゃんの煌びやかな格好を見てお目々キラキラだ。
見た目、結構豪華だからね。珍しいものを見れたって感じ。
「わきゃ! ほんとにえらいひと、きちゃったさ~!」
「あのときは、おせわになったさ~!」
「ようこそさ~」
ドワーフちゃんたちも一緒に来たようで、わっきゃわきゃと挨拶し始めた。
こっちは全員面識あるけど、いきなりの再会に驚いているね。
「いいひときた! ひさしぶり! ひさしぶり!」
「そのせつは、おせわに~」
「なりました~」
最後に妖精さんたちがやってきて、きゃいきゃいと偉い人ちゃんを囲む。
村人みんな、挨拶に来てくれたね。
「わわ、わきゃ~……。みんな、よろしくさ~」
いきなりの挨拶波状攻撃に、偉い人ちゃんタジタジ。
それでも律儀に挨拶を返していくあたり、地域のトップだけあるね。
しかしいきなりの事態に、ちょっとお疲れのご様子。
ここはひとまず、いったん落ち着いて貰おうかな。
「ひとまず、朝食でも摂りましょうか」
まだ朝食前なので、みんなお腹が空いているはず。
偉い人ちゃんも起き抜けなので、おんなじだよね。
お腹が減っていると、不安も増す。
とりあえず美味しい物を食べて、心を落ち着かせて貰おう。
「ちょうしょく、たべなきゃな~」
「そうすべそうすべ」
「あわてることは、ないもんな~」
「うちらも、ちょうしょくをたべたあと、またくるさ~」
「おだんごたべてくるね! おだんご!」
俺の提案を聞いて、村人たちも同意だね。
みなさんそれぞれ、朝食の準備をするべく家に帰っていった。
あとは、俺たちだけだ。
「ひとまず、ハナちゃんのお家で朝食を食べましょうか」
「そうするです~。さばかんで、あさごはんです~」
「わきゃ! さばかん、うちのだいこうぶつさ~!」
サバ缶と聞いて、偉い人ちゃんしっぽをピンと立てた。
さっきのぐったりした様子から一転、お目々キラッキラ。
食いしん坊さんだね。
「それでは、家に行きましょう。こちらへどうぞ」
ヤナさんがニコニコしながら、立ち上がって偉い人ちゃんを案内する。
エルフの族長として、ドワーフィンの権力者をおもてなしだね。
「ハナ、ちょうしょくつくるの、おてつだいおねがいね」
「あい~! おてつだいするです~」
「私もお手伝いしますね」
「ユキ、ありがとです~」
カナさんやハナちゃんも後に続き、お料理やお手伝いの話で盛り上がる。
ユキちゃんもお手伝いするようなので、さくっと朝食は出来上がるだろう。
「わきゃ~、さばかんさ~。さばかん~」
そして偉い人ちゃんも、サバ缶の歌を歌いながらわっきゃわきゃと歩いていく。
ちょっとは元気が出たかな?
朝食を食べて貰って、もっと元気になって貰おう!
◇
朝ご飯が出来るのを待つ間、せっかくなのでお茶を飲みながらお話をする。
「それでは、冬眠に入って間もなくって事ですか」
「そうさ~。ねつのあまりぐあいからすると、さんかいねむったくらいさ~」
偉い人ちゃんは、腕のウロコをさすりながらそう言った。
どうも冬眠に入ってから……三日くらいで連れてこられたらしい。
ウロコに残っている熱の具合から、何となくわかるぽいね。
「連れてこられたときのことは、わからないのですよね?」
「ぜんぜんさ~」
どうやって連れてこられたのか、どうやってフクロにぽいちょされたかは分からないらしい。
寝ているときに連れてこられたので、わかるわけもないか。
「うち、これからどうしたら、いいさ~?」
「洞窟の『門』が開くまで、村で過ごして頂くことになるかと」
「わきゃ~……みんな、しんぱいするさ~」
偉い人ちゃんは、地域のトップだ。ほんとに偉い人なわけで。
色々お仕事もしていただろうから、あっちの湖も困っちゃうだろう。
なんとかできれば、良いのだけど……。正直難しい。
ごめんなさいするしか、ないわけで。
「なんというか、ウチの子が申し訳ないです」
「ギニャニャン」
いつの間にか遊びに来ていたフクロイヌと、一緒に頭を下げる。
ほんとごめんなさい。
なんとか戻してあげたい所だけど、手はあるかな……。
フクロイヌがまたフクロに入れて、故郷へ帰すとか出来るかも?
ちょっと聞いてみよう。
「ねえ、またフクロに入れて、元の場所に戻すって出来ないの?」
「ギニャニャ」
「だめなの?」
「ギニャ」
聞いてみたけど、首を横に振るだけ。
出来ないのか、やりたくないのかは分からない。
でも、戻すことは出来ないっぽいね。
「……必要な、事なのかな?」
「ギニャ~」
この問いかけにだけ……フクロイヌは頷いた。
良くわからないけど、大事なことらしい。
「それなら、大事なことを見つけないとね」
「ギニャ」
というわけで、フクロイヌリターン作戦は無しとなった。
そういう事に頼らずに、きちんと「門」を開きましょうって事だね。
言いづらいけど、いつ戻れるかは不明と正直に言おう。
「というわけですので、いつ戻れるかはまったく分かりません」
「……まあ、おひるになるまでには、まだまだじかんはあるさ~」
偉い人ちゃんは、困ってはいるけど……怒ってはいないようで。
頭を下げる俺とフクロイヌを見て、「まあまあ」って感じでなだめてくれた。
良い人だなあ。トップになるだけあるよ。
しかし、お昼になるまでには、まだまだ時間はある、か……。
「それまでに『門』が開けば、あっちの子たちに心配かけずに済むわけですね」
「そうなるさ~」
「正直それが可能かどうかは、ご回答出来ないのが心苦しいですが……」
「どうしようも、ないさ~」
タイムリミットというわけでもないけど、出来ることならドワーフィンの夜明けまでには間に合わせてあげたいと思う。
ただまあ、出来るかどうかは全く分からない。
先行きの見通しは、付けられないなあ……。
「はい、お茶のお代わりです」
「あ、ヤナさんありがとうございます」
偉い人ちゃんとあれこれ話していたら、ヤナさんがお茶のお代わりを注いでくれた。
この香りは……ワサビちゃん葉っぱ茶か。
ミントを入れたアップルティーみたいな味がして、美味しいやつだ。
すうっとするので、心も落ち着く。ヤナさん、良いチョイスだね。
「わきゃ、これはおいしいさ~」
「たくさん煎じてありますので、遠慮無く飲んで下さい」
「ありがとうさ~」
ワサビちゃん葉っぱ茶の味は、偉い人ちゃんも気に入ったようだ。
ふぅふぅと冷ましながら、ニコニコ顔でお茶を啜っている。
ちょっとだけ、不安そうな表情も和らいだね。
「なんにせよ、この村でしばらく暮らす事にはなりますよね」
続けてヤナさん、偉い人ちゃんのこれからについて話してきた。
確かに、この村で暮らして貰うことになるな。
「ヤナさんの言うとおりですね。どれくらいになるかは分かりませんが、滞在して頂くことになるかと」
「わきゃ~……おうち、どうしようさ~」
今の偉い人ちゃんは、身一つで連れてこられた身だ。
住む家がないわけで、そりゃ困るよね。
この辺、村人ドワーフちゃんたちに相談した方が良いだろう。
住む場所を新たに作るとしても、どんな家が良いのかは、俺じゃあ分からない。
同郷の人たちと相談して、色々決めていこう。
「家につきましては、みんなで作るのが良いかなって思っています」
「てまをかけさせて、もうしわけないさ~……」
「全然手間ではありませんよ。こちらとしては、仲間が増えて嬉しいくらいです」
「わきゃ~、そういってもらえると、うちもうれしいさ~」
手間ではない旨を伝えたら、偉い人ちゃんてれってれになった。
黄色のしっぽをピクピクさせて、わっきゃわきゃだね。
仲間ってのが、嬉しかったのかな?
「なんにせよ、色々相談しましょう」
「そうするさ~」
「私たちも、大志さんと一緒にお力になります」
「わりがとうさ~」
そうして、ワサビちゃん葉っぱのお茶を啜りながら、ぼちぼちと話しをしていると――。
「おまたせです~」
「ちょうしょく、できましたよ」
「わっきゃ~、おいしそうさ~」
「えんりょなく、おめしあがりください」
待ちに待った、朝食が運ばれてきた。
今日の献立は……ごはんに野菜たっぷりお味噌汁。
あとはハナちゃんが言ったとおり、サバの味噌煮があるね。
味噌好きのドワーフちゃんに合わせたんだな。
「はい、こちらもどうぞ。ちりめんきのこと、肉じゃがですよ」
続いて、ユキちゃんがおかずを運んできた。
ちりめんじゃこに、えのき茸を加えて炒めたやつだね。ご飯のお供だ。
あとは肉じゃが。これは、偉い人ちゃんも喜ぶだろう。
「それでは、食べましょうか。頂きます」
「「「いただきまーす」」」
料理が揃って、ヤナさんの合図で頂きますをした。
さてさて、何から食べようかな?
ひとまず、ご飯にちりめんきのこを乗っけて食べてみよう。
甘辛く炒められた、カリカリのちりめんじゃこ。
醤油の風味とみりんの甘さ。さらに胡麻と、胡麻油の風味がしっかりと絡みつく。
そこへカリカリに炒められたえのき茸も加わり、香ばしさが引き立つ。
ご飯と一緒に食べてみると、なるほどこれは止まらない。
立派に主役を張れる、ちりめんきのこちゃんだね。
「おお、これは美味しいね。カリカリじゃことえのき茸の香ばしさがたまらないよ」
「おいしいです~」
「わきゃ~、これはごちそうさ~」
「ありがとうございます」
美味しいと褒めると、ユキちゃんにっこにこだ。
と言うことは、ユキちゃんが作ったんだね。
さすがお料理上手の娘さんだ。
それじゃあ次は、野菜たっぷりお味噌汁だ。
一口啜ると、今日は濃い味。これも、偉い人ちゃんに合わせてあるね。
しかし、シャキシャキした食感を残すよう火を通した大きめ野菜のおかげで、しょっぱくはない。
ほっくほくに煮込むと、味が染みこんでしょっぱくなる。
その辺を見越した、カナさんならではの技巧が栄える。
「わきゃ~、おみそしるって、こういうあじつけもできるさ~?」
「ええ、こんどいっしょに、つくりましょうか?」
「おねがいするさ~」
偉い人ドワーフちゃんも気に入ったようで、しっぽをぱたぱた振って喜んでいる。
カナさんに作り方も教わるようで、良きかな良きかな。
そんな様子を眺めつつ、さっぱりとした漬け物で口の中をリセット。
今度は鯖の味噌煮をおかずに、ご飯を食べる。
缶詰を温めただけだけど、これはこれで安心の味。
一口噛むと、鯖の風味と旨味が合わさった味噌味がじゅわっと染みだし、思わずご飯をかっこんでしまう。
行儀が悪いかも知れないけど、これが美味しいのだ。
「さばかん~、すてきさ~」
「ハナもこれ、だいすきです~」
「おてがるなのが、いいですよね」
偉い人ちゃんとハナちゃんも、もぐもぐとご飯を食べていて。
みんなでにこにこと、その様子を見守る。
さてさて最後は、肉じゃがだ。
かつおが香る出汁をベースに、醤油とみりん、そしてお砂糖。
ほくほくじゃがいもに、たまねぎ豚肉にんじんしらたき。
口の中でほろほろととろけるじゃがいもを噛みしめ、ほっと一息。安心の味だね。
「わきゃ~、ほくほくしてて、おいしいさ~」
「にくじゃが、いいかんじです~」
こうして、朝食は楽しく美味しく食べられて。
不安そうな顔だった偉い人ちゃんも、にこにこ笑顔になった。
やっぱり、美味しい物を食べるのは心を軽やかにする。
これからの話も、前向きに考えて貰えるかもだ。
「わきゃ~。おいしいたべものたくさんで、くらすにはいいかもさ~」
しかしこれ、よくよく考えると……餌付け、ではないか?
……ま、まあこの村を好きになってくれるなら、細かいことは気にしないでおこう。
考えてはいけない。
食べ物であっさり懐柔される偉い人