第十二話 飛びますよ
みんなの頑張りにより、計画はほぼ固まった。
あとは出発の日に向けて、準備を進めるだけ。
あとちょっと、もう少しの所である。
「はいみなさん、今日は旅行日程の説明をします」
「とうとうです~!」
「まってました~!」
「わくわくするわ~!」
集会場に集まったみなさん、キャッキャと大はしゃぎだ。
日程説明をすると言うことは、もう確定だからである。
「現状ではこんな予定を立てています」
プロジェクターを使い、スクリーンにスライドを映す。
図が主体のプレゼンなので、口頭で解説しながら説明すればみんな理解できるだろう。
「まず、出発は――」
前日夜二十二時に村を出発し、五時間かけて羽田空港まで三台のバスで移動する。
総走行距離三百キロメートルくらいの、深夜バスの旅だ。
上信越自動車道から関越自動車道、首都高から湾岸線と走るので、村人のみなさまは日本の首都を目の当たりにするわけで。
まず初めの気絶ポイントである。
特に首都高とかは、ジェットコースター並の恐怖だろう。
慣れるとそれが楽しい道でもあるのだけど、初めて走る場合は恐怖しかない。
「新潟まで走った距離の、まあ倍近くあると思って下さい」
「とおいです~!」
「でも、それくらいでいけちゃうの?」
「なんとか、なるべえ」
と、ここでみなさんちょっと勘違いをした。
新潟から倍近い距離を走れば、沖縄だと思っているわけだ。
「おや? 前に聞いた話では、もっと遠い印象を受けましたが……」
ヤナさんだけは、去年の話を覚えていたらしい。
そうなんです。三百キロ先の第一目標は、単なるスタートラインなのですよ。
「ヤナさん良いところに気づきました。ここに到着したら、バスから降りて空港という施設に入ります」
「やっぱり、そうですよね」
「そっからさきが、あったのか~」
「さきが、ながそうです~」
レーザーポインタで地図上の羽田空港を指し示し、次のステップを示す。
空港に到着してからが、始まりなわけで。
そこまでの道中は、単なるウォーミングアップですな。
「タイシタイシ~。クーコーってなんです?」
みんなが頷く中、ハナちゃんがはいはいと手を上げて質問だ。
その質問に対しては――。
(みなとだよ~)
「あえ? みなとです?」
(そうそう~)
謎の声が、回答してくれた。まあ、港で合ってる。
どうも謎の声は、空港が何だか知っているみたいだね。
空飛ぶ存在だから、この辺は詳しいのかな?
とりあえず、補足として付け加えておくか。
「まあ、フェリーに乗ったときと同じ、港だよ」
「みなとですか~」
「それなら、なんとかなりそうだわ~」
「たのしみ~」
ハナちゃんの質問には、あえてぼかした回答をする。
今説明すると、パニックになるからね。まだ、みんなには内緒だ。
とりあえずは、予定を頭にたたき込んで貰ってからだね。
飛行機の説明は、その後。
というわけで、話を続けよう。
「この空港という場所に到着したら、手続きを済ませてあとは出発までのんびりですね」
「クーコー? 手続き? ですか?」
「フネにのるときも、なんかあったです?」
「むずかしそう」
手続きがあると説明すると、みなさん途端に不安そうな顔になった。
フェリーに乗るときも、改札につっかかった人がいたからね。
でもまあ、チケットのQRコードをかざして検査を受けるだけだ。
ぶっちゃけそんなに難しくはない。
「その辺はまた後で練習の機会を設けますので、とりあえず置いておきましょう」
「わかったです~」
「練習ですね」
「がんばんべ」
国際線はそらもう面倒なことこの上ないけど、国内線ならかなり楽だ。
みなさん仕舞う空間があるので、預け荷物もない。
金属探知機に引っかかりさえしなければ、驚くほどあっさりだね。
まあ、ゲート通過はあとで詳しく説明するとして。
お次は飛行機への搭乗だね。
「手続きを済ませてのんびりした後は、いよいよ飛行機に乗ります」
「どうやって、のればいいです?」
「ほぼフェリーと同じだね。連絡橋を歩いて、自分の座席に座れば良いよ」
「それなら、できそうです~」
フェリーと同じと聞いて、ハナちゃん安心顔だ。
実際乗り方はほんと大して変わらない。ここは特に問題ないだろう。
「飛行機に乗ったら、あとは乗っているだけで目的地に行けます」
「それって、どれくらいの時間乗るのですか?」
またもやヤナさんから、ご質問が来た。
朝六時に離陸して、九時には到着だね。
「大体、三時間くらいですね」
「あえ? そんなにおきなわって、ちかいです?」
「クーコーって所からは、なんだか近そうですね」
ハナちゃんとヤナさんが、時間だけ聞いて近いと思い込む。
確かに、バスでの移動時間から比較すると、近そうに思える。
でも実は――ずっと遠いです。
千六百キロメートルの距離を、二時間四十分でかっ飛ぶのですよ。
バスで移動した距離の五倍以上を、高速で移動するわけで。
「……大志さん、そろそろ説明した方が」
とここまで来て、ユキちゃんは限界を感じたようだ。
飛行機について、説明した方が良いとの助言だ。
……俺もそろそろ心苦しくなってきたので、頃合いかな?
「……そうしよう」
「私は後ろに、倒れたときのためのおふとんを敷いておきますね」
「ユキちゃんありがとう」
二人でこそこそ話し合って、色々準備を進める。
「あえ? タイシとユキ、なにしてるです?」
「えっとね、飛行機について説明する準備だよ」
「なんで、おふとんをしいてるです?」
「安全のためかな?」
俺たちの行動を不思議そうに見ているハナちゃんだけど、念のためね。
そうして準備が整ったので、いざ! 説明開始!
「ここでみなさんに、飛行機という物がどんな乗り物かを説明します」
「いきなりの、わだいへんこう」
「フネとはちがうの?」
「ヒコーってぶぶんに、じゃっかんのひっかかりが」
突如の話題変更に、みなさん不思議そうな顔。
ただ一部、「飛行」という言葉の意味に気づきつつある方も。
そうですよ、鋭いですねえ。
「空港という場所で乗り換えるのは、これです」
ノリと勢いで、某イング777の写真をばばん! と表示。
それを見たみなさんはと言うと――。
「へんなかたちです?」
「ほそながい」
「なんで、ヒレがついてんの?」
「しゃりんが、こころもとないじゃん? ちっさいかんじ」
――きょとん、とした顔で飛行機の画像を見つめる。
現代の航空力学で生み出された機体は、彼らにとっては不思議そのもの。
機体のスケール感も掴めず、車輪が小さいという感想も。
まあこれは、実物を見ない限りは実感が持てないだろう。
「……ちなみに、この乗り物は何人乗りですか?」
「三百人です」
「あ、フェリーよりはちっちゃいんですね」
「そうですね。フェリーと比較したら、小さいです」
ヤナさんが人数について質問してきたけど、俺の回答を聞いてほっとした顔だ。
フェリーの千五百人と比較して、それほどでもないんだなと思ったようだ。
確かに大きさから言えば、フェリーよりは小さい。
でかさにビックリして気絶、にはならないかな?
「クワクワ~?」
ふと足元をみると、ペンギンちゃんが飛行機の写真を見て姿勢を真似ていた。
そうそう、そうやってヒレというか羽根を広げると、そっくりだよ。
空を飛べそうな感じがするね。かわいいなあ。
とりあえず頭をなでておこう。
「クワワ~」
飛行機姿勢のペンギンちゃんをなでてあげると、キャッキャと喜ぶ。
羽根をパタパタさせて、嬉しいって体で表現だね。
「あえ? タイシ~、なんだかこれ、とりさんみたいです?」
そしてハナちゃん、ペンギンちゃんを見て気づいたのか、良い感じのご指摘。
ほぼ正解でございます!
「……いわれてみれば、そうさ~」
「たしかに……」
「クワ?」
ハナちゃんの質問にて、他のみなさんもペンギンちゃんを見て、「おや?」となった。
大体、みんな分かってきたかな?
「……まさかです?」
「ハナ、三百人も乗れる乗り物なんだから、ありえないよ」
ハナちゃんはもう大体、分かっておられる模様。
しかしヤナさんは、なぜかそれを認めない。
「だよな~」
「そんなわけ、ないさ~」
「まさか、そんなことないじゃん?」
「そらをとぶのりものなんて、あるわけないさ~」
エルフのみなさまがたと、ドワーフちゃんは否定派だね。
ハハハと笑って、あるわけ無いと言う。
――まるで、自分に言い聞かせるように。
そしてなぜか……冷や汗をかいている。
今日は涼しいのに、汗びっしょり。
「た、タイシさん。そこの所、どうなんですか?」
ヤナさん、族長としての役割なのか、冷や汗だらだらで確認してくる。
ほぼ分かってるご様子だけど、粘りますなあ。
それでは――事実を確定させましょう!
「まさか、飛ぶわけ無いですよね」
「飛びますよ」
「……三百人も乗せて?」
「飛びますよ」
「そんな大きな物が……?」
「飛びますよ」
「――もし、落っこちたら?」
「――アレしますよ」
「……」
一同、沈黙。
「これに、乗らなければ、沖縄に、行けませんか?」
「これに、乗らなければ、難しいです」
ヤナさんが切れ切れで聞いてくるので、切れ切れで回答してみる。
ぷるぷる震えているけど、大丈夫かな?
まあ、飛行機は安全だよって安心させてあげよう。
「ちなみに、空を飛ぶ瞬間はこんなんです」
安心動画として、なんてこと無いジェット機の離陸風景を再生してみる。
ターボファンエンジンが轟音を響かせ、優雅に離陸する機体が映し出された。
「――――」
ついでに着陸シーンも。やっぱり轟音とともに飛行機が降りてきて、タイヤから煙を上げながら着陸だ。
ほら、安心安全でしょ?
しかし大画面だから、迫力があるなあ。
「――……」
そして安全動画を見たはずなのに、エルフとドワーフちゃんが目を開けたまま気絶する。
ユキちゃんが敷いてくれたおふとんへと、ぽふぽふ倒れ込んでいくね。
この辺はまあ、予想通りだ。約束されていた。
しかし――。
「そらとぶのりもの! たのしみ! たのしみ!」
「すごそうなのりものだね! のりたいね!」
(すてき~!)
未確認飛行物体グループは、すっごい大はしゃぎしている。
普段から空を飛んでいるだけに、へっちゃらというか、むしろ楽しみみたいだね。
「クワ~! クワワ~!」
あとはなぜか、ペンギンちゃんも大喜びだ。
……あれか、飛べない鳥だから、空を飛べる体験が楽しみなのかな?
「ギニャギニャ」
そしてなぜかフクロイヌも、楽しみそうにしっぽを振っている。
……なんというか、たくましい生きものだ。
「それで大志さん、この後どうします?」
「とりあえず旅行は確定しているから、諦めて飛行機に乗ってねって言うよ」
「ですよね」
村人一同、後戻りは出来ないのですよ。
それに、飛行機を乗り越えたら、そこはもう――沖縄なのだから!
へーきへーき!
◇
「ひこうきって、そういうこと……」
「そらをとぶとか、ふるえる」
「おれのじまんのどきょうは、ただのやせがまんだったのだ……」
「わわわきゃ~……、むらのそとは、おそろしいせかいさ~……」
「おっこちたら、アレするさ~……」
すぐさま目を覚ましたエルフとドワーフちゃんたち、ぷるっぷるでございます。
しかしその目は、繰り返し再生される離陸シーンに釘付け。
「あやややや~……タイシ、これほんとです~?」
ハナちゃんもぷるぷるしながら確認してくる。
ぷるぷるハナちゃん、お耳もへにょっと垂れて、明らかに怖がっております。
「残念ながら、ホントに空を飛ぶんだ」
「あやややや~」
「ちなみに、自分とユキちゃんはわりと良く、飛行機使ってるよ」
ぷるぷるハナちゃんだったけど、俺やユキちゃんが良く利用すると伝えると……。
「あややや~……あえ? ほんとです?」
「ほんとほんと。便利だから、良く利用するよ」
「そうですか~」
ハナちゃん、震えが治まった。
そうそう、そんなに怖がる物でもないんだよ。
ただ、離陸の瞬間の……あの「ふわっ」となる瞬間が、どうしてもダメという人もいる。
個人的には、あの「ふわぁっ」が大好きなんだけど。
「なんという、おおきなかべ」
「やはり、うまいはなしはないのだ……」
「こわくて、むりなかんじ」
「あわわわわわきゃ~……」
ハナちゃんは落ち着いたけど、他のみなさんはぷるっぷる継続中だ。
このままだと、旅行前にリタイヤする人が出そうだね。
「……大志さん、参加者が減ってしまいそうですが……」
そんな様子を見て、ユキちゃんもちょっと気を揉んでいる。
でも大丈夫! みんな逃がさないからね!
「ちょっと説得してみるね」
「……出来ますか?」
ユキちゃん心配そうだけど、脱落者ゼロを目標に、プレゼン資料を用意してあるわけですよ。
この資料にて、飛行機怖い艦隊を――撃沈しようではないか!
「ふふふ……誰一人、逃さぬ」
「う、うわあ……大志さん本気ですね」
「あや~……わるいおとなのかおです~」
おっと、顔に出ていた。気をつけないと。
さてさてスマイルスマイル。
気を取り直して、プレゼンを始めよう。
それではいっちょ――ささやくよ!
「はいみなさん、沖縄に到着したら――こんな風景が!」
まず始めに、沖縄のビーチ写真を表示する。
白い砂浜、エメラルドグリーンの海。青空が広がる風景には、南国の植物が。
みんなが去年やられた、あの写真だよ!
「うきゃ~! たのしみです~!」
「わきゃ~! ここでおよぎたいさ~」
「きれいだね! きれいだね!」
「お、おおおお……!」
スクリーンの大画面に映し出された写真を、みんなお目々キラキラで見つめる。
上手くごまかせました! このまま勢いで説明を続けよう。
お次は、海で何をするかだね。
「現地に到着したら、まず宿に行って一休みしたあと――ここで泳ぎます!」
「うっきゃ~!」
「いきなりさ~!」
「クワクワ~!」
「まじで!」
「すてき~!」
旅の楽しみを、煽るだけ煽る。
去年の佐渡で、海竜ちゃんが高速で泳ぐ様子を再生し――。
「海竜ちゃんと遊んだあの光景が――沖縄でも!」
「うおおおお!」
「あれ、たのしかったな~!」
「また、できるんだ~!」
エルフのみなさん、お目々がキラッキラに。
去年実際に体験しているだけに、楽しさはお墨付きだ。
かわいい海竜ちゃんと遊ぶ、あざとい映像を散々流す。
あとは食いしん坊エルフに、とどめをば。
朝ごはんで食べる予定である、空弁の写真だよ!
「ちなみに飛行機で移動途中は、この『空弁』を用意します。機内で食べるお弁当は――美味しいですよお」
「――のるしかねえ」
「おいしそうです~!」
「おべんとうとか、すてき!」
エルフ艦隊――攻略!
みなさん空弁の写真をみて、じゅるりとする。
「おいしそうだね! おべんとうだね!」
「おだんごはあるかな? あるかな?」
「お団子も用意するから、楽しみにしててね」
「きゃい~!」
特に陥落させる必要のない妖精さんたちも、この際だから攻略しておく。
最初から乗り気なだけに、あっという間だね。
さて、これで戦力は半減した。
じゃあ次は、ドワーフちゃんだね。
「ペンギンちゃんと一緒に、大きな『海』で泳ぎたくはないかな?」
子供ドワーフちゃんに協力してもらい撮影した、ドワーフの湖でペンギンちゃんと楽しそうに泳ぐ映像を流す。
事前の仕込みは、してあるのですよ。
「クワクワ~!」
「わきゃ~! たのしそうさ~!」
「およぎっこ、したいさ~!」
(たのしそう~)
この映像には、ドワーフちゃんもわっきゃわきゃ。
しっぽをぱたぱた振って、飛行機のことなど忘れた感がある。
神輿もなぜか一緒になって、くるくる回っているけど。
「うみ、いってみたいさ~」
「しょっぱいって、きいたさ~」
海の話題が出始めて、みなさんわっきゃわきゃのお目々キラッキラ。
後一押しっぽいので、とっておきのやつをどうぞ!
「さらに沖縄には――泡盛という熟成された強いお酒が!」
「いくさ~!」
「おさけさ~!」
「たくさん、のむさ~!」
(おそなえもの~!)
はい墜ちた! お酒と聞いて、黙っていられるはずがない。
目論見通りだね!
なぜか神輿も巻き添えで堕ちたけど、お酒はたっぷり用意しときますね!
「おべんと~、おべんとです~」
「ひこうき、たのしみ~」
「おさけも、たくさんのむさ~」
「おきなわ、たのしみさ~」
こうして飛行機怖い艦隊は壊滅し、沖縄楽しみ部隊にクラスチェンジした。
飛行機については上手くごまかせて、一安心だ。
この資料を作るために、徹夜したのですよ。役だって良かった良かった。
「……大志さん、飛行機という問題は何一つ解決していない気が……」
「乗せてしまえば、何とかなると思うんだ」
「ですかね?」
ユキちゃんのつっこみは鋭いけど、まあ大丈夫だと思う。
ぶっちゃけ、異世界で遭難してこの村に来る体験と比べたら、飛行機は全然怖くないと思う。
そういう厳しくて怖い体験を乗り越えてきたみんなだから、飛行機なんてへっちゃらさ!
……だと良いな。