第十二話 どこ見て言ってるの?
しばらく山菜談義などの雑談をしていると、ようやく温泉入浴の順番が回ってきた。俺たち五人は、浴用品を持って温泉に向かう。
電灯など当然ないので、皆で月明かりを頼りに温泉へ歩いていく。今日は満月だからとても明るくて、不自由はしなかった。
「くさがきれいになくなっているので、あるくのもらくですね」
ヤナさんが、かつて下草で覆われていた道をみてしみじみと言う。ちょっと前まで、人の背丈もある下草が生い茂っていたが、今はきれいに無くなっている。
大型刈り払い機を使わずに人力でやっていれば、三日はかかったのではないだろうか。それほどの量だった。温泉利用が開始されたので、これからも定期的に草刈りをして行かなくてはいけないな。
「定期的に草刈りをしないとすぐに埋もれてしまいますので、様子を見ながら手入れしていきましょう」
「草刈り鎌でも持ってくるか?」
こまめに草刈りをしていけば、大型刈り払い機を持ってくる必要もない、そうしよう。世帯数分あればいいかな? 念のために親父に聞いてみる。
「草刈り鎌、世帯分あればいいかな」
「大丈夫だろ。足りなきゃまた持ってくりゃ良い」
「こまめにていれしていきます」
ヤナさんも、草刈りを小まめにやってくれるようだ。後はエルフ達に頼むとしよう。どうしようもなく生えてきたら、また刈り払い機で出動すれば良い。梅雨明け後は恐ろしい速度で草が生えてくるので、その頃やろうかな。
そうして草刈りについて相談しているうちに、温泉に到着した。月明かりに照らされた露天風呂、なかなか良い雰囲気じゃないか。温泉から漂う湯気が、風情を増している。
「じゃあ、温泉に入りましょうか」
「ええ」
「だれかとおんせんはいるの、はじめてだ」
「おれも」
親父が皆に声をかけと、ヤナさん他二名のエルフも応じ、各々服を脱いで裸族になる。うん、耳が長い以外、地球人類と変わりはないな。
「おんなじですね」
「きんにくすげえな。そりゃあちからもあるってもんだ」
「おれ、じぶんのひんじゃくさにきづいてしまった……」
俺もヤナさんたちも、お互いの体を見て同じ感想を持ったようだ。約一名、自分の貧弱さを気にしているようだが……。
たしかにもやしである。他の二人、エルフ達の中で一番大きい彼はマッチョで、ヤナさんは普通だった。ヤナさんは、言ってはなんだがこの中で一番、地味である。
そうして、お互い「違いなんか全然ないね」と認識し合ったところで、体を洗うことにする。
「このてぬぐい、すごくつかいやすいですね」
「ちょうどいいおおきさだな」
「いままでなわでこすってたのは、なんだったんだとかおもう」
手ぬぐいのちょうど良い大きさと使いやすさに、ヤナさんたちは各々感想を言う。というか縄で体をこすってたのか。それはそれでよく落ちそうだけど。こっちじゃ昔はヘチマだったっけか。
手ぬぐいの使いやすさに気を良くしたのか、三人は機嫌良さそうに体を洗っていく。
俺もさっさと体を洗うか。まず親父の背中を流すかな。
「親父、背中流すよ」
「あいよ。頼むわ」
親父の背中を流していく。たまにはいいもんだ。
そんな俺たちの様子を見て、よせばいいのにマイスターとマッチョさんの二人も真似し始めた。
しかし、そこには当然のように無残な光景が展開される。
「これがきんにくのかたまりじゃなくて、よめさんだったらなぁ……」
「おれだって、おまえみたいなひょろひょろおとこじゃなくて、よめのせなかをながしてえよ……」
独身組二人は、なんで相手が男なのか、そんな問いかけをしながら背中を流していく。切なさがこっちまで漂ってくるな……。
しかし当たり前の結果である。彼らはなぜ、自ら墓穴を掘りに行くのだろうか。こうなることはやる前からわかっていただろうに……。
そんなむさ苦しいやり取りがありつつ、全員体を洗い終わった。
「じゃあ、皆で温まりましょう」
親父が皆に告げて、温泉に入っていった。若干熱めの湯だが、俺と親父は慣れているので普通に入れる。それを見たヤナさん達エルフ組も続くが……。
「あち、あちち」
「きのうより、けっこうあつい!」
「あついのに、とりはだががが!」
加水、加熱、循環無しの天然温泉百パーセントなので、時期や時間帯によって温度が結構変わる。今は割と熱い時間帯のようで、四十三℃くらいの熱さである。
しかしヤナさん達は、アチチと騒ぎながらも、楽しそうだ。
「この温泉は全て自然頼りですので、熱い時もぬるい時もあります。それはそれで、面白いでしょう?」
親父が、いまだにアチチとやっている三人に声をかける。天然温泉は湯温の管理が大変だが、それはそれで良いもんだ。
「そうですね。まいにちかわって、あきないです」
「おんせん、おくがふかいな」
「きょうはどんなおゆなのか、わくわくするな」
ようやく熱さに慣れて来たのか、そろそろとお湯に入った三人。温泉について、それぞれ感想を言う。毎日、時には毎時、表情が変わる温泉。飽きが来ない。こんな温泉を掘り当ててくれた、ご先祖さまとその客人に、感謝である。
「しかし、江戸時代によくこんな温泉掘れたよな」
掘削技術が発展していなかった時代だ。いくら客人の力を借りたとはいえ、並大抵の苦労ではなかっただろう。そんな俺のつぶやきを聞いた親父が答える。
「すげえ苦労したって記録にあるぜ。二年かかったとか」
「その情熱が怖い」
実家の近くにも、何を思ったか自分の畑で温泉を掘り始め、とうとう掘り当てた剛の者が居る。伊豆の方では、自分の経営するホテルの地下岩盤をドリル一本で掘りつづけ、新しい浴場を作ってしまった根性の漢が居る。温泉というものは、どうしてこうも人を狂わすのだろうか。
「こんなものをひとのてでつくりだすって、すごいですね」
「どうやってそこまでふかくほったのか、そうぞうもつかねえ」
「でも、こんなのがあるんなら、そりゃほりたくもなるな」
ヤナさん達も、温泉掘りの逸話を聞いて、感心したように言う。
「まあ、自然の力を借りてはいますがね。借りるまでが大変です」
「そうですね」
「そこまでもってくのがな。たいへんそうだ」
「そうぞうもできない」
そんな温泉談義に花を咲かせながら、温まったり冷ましたりして、各々温泉を楽しむ。俺たちが一番最後なので、後続を気にせずゆっくり入れるのが良い。
「しかし、満月を眺めながらの露天風呂。風情があって良いねえ」
親父が空を見上げながら言う。それにつられて、皆で月を見上げた。きれいな満月が温泉を照らす。
「こっちのつきは、おおきいのがひとつ、なのですね」
ヤナさんがポツリと言う。あっちの世界の月は、どんな感じなのかな。いくつあるのかな。ヤナさん達の世界にある月についてはとくに問いかけず、皆で黙って地球の月を見上げていた。
エルフ達は、地球の月を見て故郷を思い出しているのだろうか。望郷の念が湧いてきたのだろうか。そんなことを思っていると、マッチョさんとマイスターが呟く。
「おんせんたまごって、あんなかんじ?」
「はらへってきた」
君たち台無しだよ!
「あんなかんじのくだもの、こきょうにありました。おなかがへりますね」
ヤナさんも台無しだよ! 食い意地の張ったエルフ達だ。
その後、男五人でひとしきりバカトークをした。男だけなので遠慮も無い。この面白エルフ達三人と、なんだか親しくなれた気がした。
◇
バカトークで盛り上がった挙句皆でのぼせたので、ようやく温泉を後にして岐路についた。トークの内容は正直お聞かせ出来ない。
本当は今日もやし類の栽培を教える予定だったが、温泉騒ぎですっかり時期を逃した。まあ明日やればいいか。
今日は村に泊まるので、集会場へと向かおうとする。と、親父が車へ行ってごそごそとやり、箱を持ってきた。なんだろう? 聞いてみるか。
「その箱は?」
「俺も今日は村に泊まろうと思ってな。寝袋とか持ってきたんだよ」
なるほど、親父も今日は泊まるか。じゃあ集会場で雑魚寝だな。
「じゃあ集会場へ行こう。ついでに明日もやし栽培とかを教えるから、手伝ってくれると助かる」
「まかせろ」
そうして親父と集会場に向かうと、ヤナさん他二名のエルフ達も付いてきた。
「あれ? 三人ともどうされました?」
「いや、せっかくだからわたしたちも、しゅうかいじょうでざこねしようかなと」
「おれも」
「いえにかえってもひとりだしな」
三人とも、集会場で俺たちと雑魚寝をしたいという事か。別段断ることも無い。今日はとことん、親睦を深めようか。
「良いですね、でもヤナさんはご家族の方には伝えてきました?」
「ええ、じつはハナたちがおんせんにいくまえに、つたえてあります」
最初から、俺達と雑魚寝するつもりだったんだな。出会って四日、そろそろ親睦を深めても良い頃だし、ヤナさんも色々考えているんだろうな。
「じゃあ問題ないですね。寝る前に雑談でもしますか」
「いいですね」
「さっきのつづきだな」
「まだまだネタあるぜ」
俺と親父、そしてヤナさん達、五人で集会場に向かった。集会場に到着すると、早速雑談を始める。
「それでいえにかえったら……かぎがなくて!」
「ぎゃははは!」
「ハハハ!」
ヤナさんがカギの失敗談をお披露目したり、マッチョさんとマイスターが水場探しを忘れてちくちく言われた出来事を話したり。話は盛り上がっていく。俺も親父も大笑いだ。
しかしエルフ達も頑張っているな、空回りもしているけれど、だけど楽しそうだ。
こうして、親睦会は深夜まで続いた。