第九話 きっかけは、思わぬところから
細かいことは気にしないことにした。
「というわけで、なんか小枝が成長してるみたい」
「あや~……それだいじょぶです?」
異空間で木が育つとか聞いたことないので、ハナちゃんめっちゃ心配そう。
でもまあ、恐らく大丈夫?
「だいじょぶだと良いな」
「そこはかとなく漂う、この他人事感……」
ユキちゃんからつっこみを頂いたが、まあ俺個人でもどうしようもない。
このまま、ほっとくしかないわけで。
「まあ、なるようになるかなと」
「ですかね?」
「なるですか~?」
俺のあまりの適当さに、ハナちゃんユキちゃん首を傾げる。
いちおう個人的には、勝手に空間が構築されていくのは楽な物でね。
これで良いんじゃないかと思っちゃうわけですよ。
それに、こうでもしないと……折り畳めないと思うのだ。
何をどうしても、実用的な畳み方が出来なかった俺の空間。
それが、いまや……まあそこそこ使えるようになった。
今のところ、メリットしかない。
なら、それで良いやと思うことにしたわけで。
「いちおう、今日はバケツ一杯半くらい入るようになったんだ」
「じみに、ふえてるです~!」
「本当に地味な増加量ですね……」
二人は声を揃えて地味というけど、俺が自力で畳んでいたら……無理な増加量だ。
ほんと、勝手に育つのはありがたいって感じだね。
「そんなわけだから、一応成長は見守るけど……細かいことは気にしないことにしたよ」
「私、ガテン系の神髄を見た気がします」
「タイシはやっぱり、タイシです~」
あっはっはと笑って、この謎現象を受け入れる。
なっちゃった物はしょうが無いからね。
「……」
そして俺の後ろでは、ヤナさんが小枝を仕舞おうとして――。
「――ダメですね」
案の定弾かれる。
「おれも、しまえないじゃん?」
「どうしてこれ、タイシさんしまえたの?」
「むりだわ~」
他のエルフたちも仕舞おうとするが、やっぱり弾かれる。
「おれらも、かってにたたまれたら、らくなんだけどな~」
「タイシさん、いいな~」
「ぜんじどうとか、すてき」
どうやらみんな、勝手に空間が出来るのが羨ましいらしい。
そりゃそうだ、めっちゃ楽だからね!
「ハナは、まねしないの?」
「あや~、やめとくです~」
カナさんも弾かれる小枝と苦戦しながら、ハナちゃんにも試すか聞いている。
でも、ハナちゃんはやめとくようだ。
なかなかに慎重な子だね。
「ハナはコツコツ、おりたたんでくです~」
「あら~、ハナえらいわね~。なでちゃうから!」
「えへへ」
全自動にょきにょき空間ではなく、自力で折りたたむと。
そんな職人気質なハナちゃん、カナさんに撫でられてえへえへと喜んでいる。
俺も撫でておこう。
「自分も便乗しますよ」
「じゃあ私も」
ユキちゃんも参加して、みんなでハナちゃんの頭をなでくりだ。
「うふ~」
頭を撫でられたハナちゃん、まんざらでもないご様子。
エルフ耳がでろんと垂れて、ご機嫌だね。
……でもまあ、どうして折りたためているのかという原理は気になるところだ。
なぜツリー構図が可能なのか、そこは調べておきたい。
整数でしか折りたためないあの空間を、いとも簡単に構築している。
それが何故なのか理解できれば――個人的に空間をいじくれるよね!
さすがに今現状は、勝手に成長していて制御不能であって。
ちょっとでも、自分に便利なようにいじくれたら……良いかもしれない。
◇
「いちおう原理を解明するために、本で調べるよ」
「おべんきょうです~」
「お手伝いしますね」
ネットで検索しても分からなかったので、図書館からたくさん本を借りてきた。
どれも専門書なので、理解するのが結構難しい。
主にフラクタルと数学、あとは自然科学の専門書だ。
借り物なので大事に扱わないとね。
「へえ……大志さんの市の図書館って、結構専門書が揃っているのですね」
ユキちゃんが本を開いて、図書館名を確認している。
そうそう、うちの市は結構図書館の蔵書が充実しているんだよね。
「自分も学生の頃はお世話になったかな」
「図書館って、行ってみると意外と楽しいですよね」
「そうそう。書店だと買うか迷う本でも、気軽に借りられるのが良いよね」
どうやらユキちゃんも図書館は好きなようで、二人で話が盛り上がる。
図書館にフーリエの冒険が置いてあったときは、そらもう嬉しかったね。
ネット上にも存在しない、普段出会えない知識に出会える場所、それが図書館かなと思う。
「その話、詳しく」
そうしてユキちゃんとキャッキャしていたら、エステさんがすすすっとこちらにやってきた。
その話というと……図書館の話かな?
「ええっと……図書館のお話ですか?」
「そうそう、本を借りられるって聞こえたの」
どうやら当たりらしい。図書館について説明してみるか。
「まあそのまんま、本を読んだり借りたり出来る施設がありますね」
「それって、お金はかかるのですか?」
「無料ですよ」
「ほんと!」
無料と聞いて、エステさんの耳がピンと立った。
これもう、図書館で本を借りたいんだろうね。
でもですね、一つ問題がありまして……。
「ただ、よその町の人は読むだけで借りることは出来ませんね」
「え?」
「基本はその町に住んでいる人たちへの、福祉としてやっているものですから」
「残念~」
エルフ耳がガックシと垂れるエステさんだけど、借りられないだけで読むことは出来るわけで。
それで良いなら、今度連れて行くことも可能だけど。
「読むだけなら問題無いので、今度図書館に行ってみますか?」
「いいの!?」
「もちろんですよ。ただ、滞在時間は半日くらいになりますが」
「それでも良いので、お願いしたいです!」
移動時間と図書館の閉館時間もあるから、まあ半日が限界で。
でも、エステさんはそれでも良いようだ。
じゃあ、今度図書館に連れて行ってあげよ――。
「――タイシ、タイシ」
と思っていたら。ハナちゃんが俺の肘をつんつんしてきた。
何か聞きたいことがあるのかな?
「ハナちゃん、どうしたの?」
「ほんがたくさんあるなら、マンガもあるです?」
お、ハナちゃん良いところに気づいたね。
もちろんマンガもあるのですよ。そんなに多くはないけどね。
「いちおうマンガも置いてあるよ。好みの作品があるかは、分からないけど」
「あや~、ハナもとしょかん、いってみたいです~」
マンガもあると聞いて、ハナちゃん俄然興味が出たようだ。
じゃあハナちゃんも一緒に連れて行ってあげよう。
「ちなみに、ずかんとかもあるじゃん?」
「けんちくのほんとかは?」
「きかいのほんとか、あったり?」
……あれ? 囲まれてる?
なぜか、さっきまでいなかったエルフたちが集まっているけど……。
「もちろんありますよ。他にも、お洋服の本とか絵の描き方とかお料理とか、色んな本が置いてあります」
突如出現したエルフ包囲網に驚いていると、いつの間にか包囲網の外にいたユキちゃんが回答した。
出来れば、安全地帯からではなくこの包囲網の中で共に戦って欲しかった……。
「――しゅっぱつのじゅんび、できました!」
そして絵の描き方と聞いたら、カナさんが黙っているはずもない。
いつの間にかよそ行きの服に着替えて、もう出発する気でいらっさる……。
「え、ええとですね……村のお仕事もあるので、予定を立ててからですね」
「おしごと、かたづけてきますね!」
そして走り去るカナさん。ああいや、予定を立てないとですね。
もう昼過ぎなので、今日はちょっと無理でして。
「ちなみに、美容の本とかもありますよ」
「くわしく」
「美しくなれる?」
「おはだのなやみ、なんとかなるかしら~」
困っていると、なぜかユキちゃん自爆。女子エルフに囲まれた!
安全地帯だったそこは、一気に地雷原と化す。
ユキちゃんはどうして、あえて地雷を踏みに行くのか……。
「としょかん、いくわよ~」
「「「おー!」」」
結局その日は、図書館についての説明で終わった。
借りてきた本、一冊も読めなかったよ……。
◇
二日後、大型バスを一台出して図書館に向かうことに。
「たのしみだわ~」
「おもしろいほん、あるかしら」
「マンガもあったら、いいです~」
バスの中は大盛り上がりで、エルフのみなさんキャッキャしている。
今日はせっかくだから、長野市のでかい図書館に行っちゃうよ。
思う存分、本を探して下さいだ。
「でもみなさん、漢字とか読めないと大変ですよ」
盛り上がる一同に向けて、ユキちゃんが釘を刺す。
しかし……。
「そこはきあいで」
「ふんいきだけでも」
「なんとかなるじゃん?」
かなりふわっとした回答がもたらされた。
ま、まあ図解とかでも、ある程度分かるからね。
とにかく、色んな本があるのを見てみたいという、好奇心を満たしたいんだろう。
でも、そう言った好奇心は結構重要だよね。
とまあわりと行き当たりばったりな一同だ。
恐らく背表紙の文字を読むのも厳しいだろうから、サポートは必要かな。
でもお気に入りの一冊が見つかれば、得られる物もあると思う。
「あ、図書館が見えましたよ」
「ほんと!?」
「あの建物です」
「でっかいです~!」
やがて目的の施設が見えてきて、ユキちゃんが指をさして教えてあげた。
みんなが思ってたより大きかったようで、バスの中はキャーキャーと賑やかになる。
「はい、図書館に到着です。私はバスを停めてきますので、みなさん少々お待ちを」
「「「はーい」」」
そしてとうとう目的地に到着し、エルフたちはぞろぞろとバスから降りていく。
俺はバスを駐車場に停めて、すぐさまみんなと合流する。
「タイシタイシ~、こっからどうするです?」
合流すると、ハナちゃんから次の行動について聞かれた。
まあ、図書館に入って静かに本を読むってだけかな?
「あっちの入り口から施設内に入って、あとは静かに本を探したり読んだりするだけだよ」
「わかったです~」
ぶっちゃけ図書館に行ってすることと言えば、一つしか無い。
静かに本を読む、これだけだね。
「喉が渇いたら、こちらの休憩所で飲物を飲めます」
「きゅうけい、できるです?」
「休憩は出来るよ。でもここで本は読んじゃだめだよ。汚したら困るからね」
「きをつけるです~」
移動中に施設を軽く説明し、いちおう今回の拠点となる部屋へ。
会議室を一つ、予約してあるのだ。
「今日はこの部屋を予約してありますので、お話をしたい場合はこちらか先ほどの休憩所でお願いします」
「わかりました」
「ひろいわ~」
「ゆっくりできそう」
拠点を確保したところで、いよいよ本番。
図書室へ向かいましょう!
「では、本がたくさん置いてある部屋に行きますよ」
「いくです~!」
「たのしみ」
「どんなほんが、あるのかしら~」
未知なる知を求め、みんなでぞろぞろと移動する。
さてさて、お目当ての本は探せるかな?
◇
「びようのほん、みつけたわ~」
「こっちのずかんも、めっちゃおもろいじゃん」
「かっこいいきかい」
「もっこうのほん、たくさんなのだ」
エルフたちを図書室に放流したら、謎の嗅覚で目当ての本を探し当ててしまった。
表紙を読み取るのも難しいはずなのに、なぜなの……。
「タイシタイシ~、このほん、おもしろいです~」
「あら、ハナちゃんは絵本を持ってきたのね」
「あい~。かおをたべさせるのが、ざんしんです~」
そしてハナちゃんは、顔がパンなやつ的な絵本を見て、とっても楽しそうだ。
どうやら、その設定が斬新で気に入ったぽい。
顔がパンで、それ食べさせるヒーローとか……普通思いつかないよね。
よくよく考えれば、めっちゃ斬新だ。絵本侮れない。
「パソコンでえをかくのって、たいへんなのね」
「そもそも、パソコン自体が難しいよ」
あっちの方では、カナさんとヤナさんが仲睦まじく教則本片手にノートPCと格闘している。
みんな声を抑えめにして、静かに本を読んでいるね。
どうやら大丈夫そうなので、俺は自分の調べ物を進めよう。
「大志さんは、数学の本から調べるのですか?」
「まあ得意な分野だからね。ユキちゃんは、自然科学の本かな?」
「はい。大志さんのお手伝いをします」
そう言いながら、俺の右隣にユキちゃんが座る。
手伝ってくれるようで、ホント助かる。
……やけに耳がピンとしていて、しっぽがばっさばさ振られているのは気になるけど。
まあ、気合が入っているんだろう。
「それはありがたい。助かるよ」
「いえいえ。ここでポイントを稼がないと」
「ん? ポイント」
「ええ。稼ぎ時ですから」
なんのポイントかは分からないけど、稼ぎ時らしい。
若い娘さんの考えることは、良くわからないな。
まあ、それはそれとして。
とりあえず、ユキちゃんと手分けして資料に当たる。
主に次元関連の計算について、その成り立ちや歴史を調べていく。
ユキちゃんはペラペラと資料をめくって流し読みをするようだ。
「あや~、かおがぬれると、ちからがでないですか~」
左がハナちゃん、右がユキちゃん。真ん中が俺。
三人並んで、それぞれの時間を過ごす。
「……う~ん、この公式じゃないな」
俺は俺で、MATLABを使って数値の検証を行う。
ただ……ノートPCなので、計算が遅い。
自宅のAIちゃんスパコンの速度になれちゃうと、モバイルは厳しいね。
数式だけプログラミングして、あとは自宅で解析した方が良いかもだ。
「あえ? ロールパンのほうがあとなのに、なぜ、おねえさんになってるです?」
計算が遅くてジリジリしている俺の横では、ハナちゃんが哲学的な問題に直面していた。
それは多分、みんなが不思議に思っているよ。
メロンパンの方がお姉さんだよね、どう考えても。
なんで先に生まれたほうが妹で、後が姉なのか。永遠の謎だ。
「あや~、なぜにメロンパンがいもうとですか~……」
やがてハナちゃんが思考の袋小路にハマり、フリーズする。
パンのお話で、そんなに悩まなくても……。
それ、イヌが車を運転したりするからね。
つっこみはじめたらキリがないわけで。気にしないのが一番だよ。
「ほほう、『二人で話し合っておきたい、五つのこと』。大事ですね……」
ん? ユキちゃんが読んでる本、自然科学のやつじゃないぞ?
ゼ○シィとか表紙に書いてあるけど、それは雑誌では?
あと、やけにチラチラこちらを見ているのだけど。
「やっぱり六月が良いですかね?」
と思ったら、何か季節を聞いてきた。好きな季節かな?
六月は梅雨なので、個人的には春くらいが好きだね。
「自分としては、春が良いな」
「分かりました、春ですね」
何となく回答すると、ユキちゃんがキリっとした。
……なんで、そんなに気合い入ってるの?
「あや~、このパンの、ほんたいはどこですか~……。かおですか~? それともからだですか~?」
となりでは、ハナちゃんが新たな哲学的問題に直面していた。
それを気にすると、キリがないよ。
「あえ~? あえ~?」
「春……フフフ、時間はたっぷり……」
俺の周りだけなんだかカオスだけど、どうしようもない。
流れに身を任せて、自分に出来る調査を続けよう。
そうして両隣のカオスは見ないふりをして、ちまちまと計算を続ける。
しかし、やっぱりなかなか結果が出てこない。
「あや~、いったん、あたまをきりかえるです~」
遅いCPUにジリジリしていると、ハナちゃんがパタムと顔がパンのやつ的絵本を閉じた。
哲学的追求は、いったんお休みだね。
精神衛生上良くないから、そのまま忘れた方が何かと楽だよ?
「あえ? きれいなずけいです~」
閉じた本を横に置いたハナちゃん、目の前にある本に目が釘付けになった。
これは……自然科学の本だね。
ヒートアイランドを主に取り扱っている専門書のようだ。
「タイシタイシ~、これなんです~?」
ハナちゃんはその表紙にある、ヒートマップが気になるようだ。
都市の表面温度を色分けしたやつだ。
「これはね、温度が高いと赤、低いと青で色分けした写真だよ」
「あえ? そんなのできるです?」
「出来るよ。色分けして、目で見て温度が分かるようにする技術なんだ」
「なんだか、すごそうです~」
温度の違いを色で表現する。
これにハナちゃん興味を持ったのか、本を手に取りペラペラとめくり始めた。
「なにがかいてあるか、わからないです?」
「……まあ、基本は実験データとその解説しか書いてないね」
絵本とは違い、こいつはガチの専門書だ。
俺でも理解が難しい数式や実験結果データがあって、専門家向けの本だからね。
「でも、きれいなずけいです~」
やがてハナちゃん、細かいことを気にせずグラフや解説図を楽しむようになった。
意味が分からなくとも、不思議な図形を眺めるのは楽しいよね。
ハナちゃんの気持ち、良くわかるよ。
「じゃあ、一緒に見ようか」
「あい~」
そうしてハナちゃんと一緒に、ペラペラとページをめくって不思議な図形を楽しむ。
ざっと流し読みした感じでは、ヒートアイランドの原因と仕組み、対応策を検討している本っぽいね。
実はヒートアイランドとは夜に起きる現象で、昼間はヒートアイランドにはならないとか、興味深い事が書いてある。
なかなか、ためになるな。
「ハナちゃん、これ結構面白いね」
「おもしろいです~。ユキもみるです~」
「面白いのね。どれどれ」
やがてユキちゃんも参加して、三人でページを眺めていく。
いろんなヒートアイランドに関する解説が書いてあって、これが結構読める。
内容にのめり込んで、細かく文字を読み解いていくと――ふと、「フラクタル」という文字が目に飛び込んできた。
ヒートアイランドに、フラクタルがどう関係するんだ?
「ちょっと良いかな。この内容が気になって」
ページをめくる手を止め、さらにじっくりと内容に目を通す。
そこには――。
“フラクタル図形による、効率的な日よけの提案”
――と、書いてあった。
なるほど、フラクタルを利用して日よけを作るって章なのか。
「大志さん、シェルピンスキーの図形って書いてありますよ」
「あ、ほんとだ」
そしてユキちゃんが、めざとくシェルピンスキーという文字を見つけた。
ただ、三角形ではない。シェルピンスキーの四面体、という図があった。
「……四面体?」
そこにはシェルピンスキーの三角形を組み合わせて、四面体にした図が載っている。
これが、効率的な日よけらしい。じゃあなぜ、これが効率的かというと……。
“シェルピンスキーの四面体は、フラクタル次元が二次元となる。”
“これにより、大きな隙間があり冷却効果が得られ、かつ日よけとして高効率”
と、記載してあった。
「二次元のフラクタル図形……?」
フラクタル図形は、中途半端な次元を持つことが特徴だと思っていた。
しかし――そうではないケースもあるようだ。
シェルピンスキーの三角形は、一.五八次元。
しかしこの図形は、フラクタルなのに二次元。
「これ……まさか……」
すぐさま、どうしてこの図形を選択したかの、理論を探す。
次のページに、それはあった。
そこには――。
“樹木の形状は、どのような樹種にせよ大体は二次元のフラクタルとなる”
“これは、二次元でフラクタルを構成すると、日陰になる葉っぱを最小にできるから”
“かつ、風通しを良くするための隙間を最大化できる”
“この樹形と同じフラクタル次元をもつ図形が、シェルピンスキーの四面体である”
――と、記載されていた。
樹形は、二次元のフラクタルを持つ――。
つまりは、そう言うことなのか?
整数しか認めない俺の空間で、樹形が展開出来た理由。
それは、ツリー構造は――二次元のフラクタルだったから。
全ての葉に日光を当て、同時にガス交換のために大きな隙間を構築できるよう進化した、樹木の構造がそれを可能とした。
俺はシェルピンスキーの三角形を折りたためないから、四面体も造れない。
でもわさわさちゃんは、最初から二次元フラクタルを持つ構造で成長。
元からキリの良い次元で成長するため、びよよんと戻らず空間が構築される。
つまり俺の空間は――樹形こそが最適。
そんな仮説が浮かび上がる。
まさかまさか、ヒートアイランド研究の専門書から謎に迫れるとは……思わなかった。
世の中、どこに宝が眠っているか分からないなあ……。
「タイシ、どうしたです?」
「この資料が何か?」
俺の空間に構築されていく、ツリー構造次元の謎。
予想外の方向から判明して驚く俺を、二人は見つめる。
いやはや、この二人がいなかったら、恐らく謎は解けなかった。
きっかけを作ってくれたのは、ハナちゃんとユキちゃんだ。
二人とも、感謝だね。
「二人ともありがとうね。自分の空間についての謎、ちょっと分かったんだ」
「あえ? ハナたち、なにかしたです?」
「特に何か、お役に立てた記憶が無いような……?」
お礼を言うと、二人はぽかんとする。
まあこの辺の説明も含めて、いろいろお話ししよう。
さてさて、どう説明したら良いかな?




