第五話 どんよりキツネさんと、どんより天気
「それではハナちゃん先生、折りたたみ方法を伝授頂きたい」
「まかせるです~!」
さっそくハナちゃんを講師に、仕舞っちゃう空間折り畳み作戦を開始する。
まずは、どうやって畳むのか教えて貰おう。
「それで、畳むのってどうすれば良いの?」
「とりあえず、しまえるところに、てをつっこむです~」
「こうかな?」
言われたとおり、仕舞える感じがする狭間に手を突っ込む。
現状は石ころ一つしか格納出来ない、狭い空間だ。
「そしたら、はしっこをつまむです」
「端っこだね。……摘まんだよ」
何となくだけど、磁力線みたいなのを掴んだ感がある。
たぶんこれが端っこだ。
「つまめたら、なんとかしてたたむです?」
「何とか……?」
「あい~」
一気にふわっとした感じの指導になった。
何とかって、一体どうすれば……。
「こ、こうかな?」
「ハナからはみえないので、わからないです?」
「お、おおう」
仕舞っちゃう空間は、個人専用。
自分以外には知覚出来ないので、当然ハナちゃんは俺の空間を見ることが出来ない。
ここから先は、俺が何とかするしかないのだ……。
「ぬおおお!」
「おりたためたです?」
空間の端っこを摘まんで気合いを入れたけど、びよんって感じで戻った。
磁力線みたいな抵抗を感覚で摘まんで、ひん曲げる。
なるほどこれは難しい。
「びよよんってなった」
「あや~、しっぱいです~」
「ままならない」
ハナちゃんが言うには、びよんって戻ると失敗らしい。
引き続き気合いを入れて、何とか折りたたもう!
「ええええい!」
「がんばるです~!」
「とぅぉお!」
「いくです~!」
そうして三時間えいやっと畳む特訓をした。
しかし、何を如何しても、びよよんって感じで戻ってしまう。
「ぜは~、ぜは~。なんという難しさ……」
「ハナも、ちいさいころにくろうしたです~」
「なるほどこれは、毎日コツコツやらないとダメだね」
「あい~」
ハナちゃんが「毎日コツコツ畳む」と言っていた意味が、はっきり理解出来た。
これは一気に出来る代物ではない。根気と慣れが、必要な技術だ。
俺もみんなを見習って、コツコツ続けていこう……。
「ぼちぼち続けていくから、めっちゃ可愛いハナちゃん先生よろしくお願いします!」
「ぐふ~」
こうして、俺の空間折り畳み生活が、始まったのだった。
◇
――その日の夜。
「ピポ~」
自宅の自室でラーメン屋さん買収の書類をまとめていると、サーバーから元気なBEEP音が聞こえた。
AIちゃんが、呼んでいるみたいだ。
「どうしたの?」
「ピポピポ」
サーバー用モニタの電源を入れて、対話の準備をする。
通電して映像が現れたと思ったら、画面一杯になんかのHEX――いわゆる十六進数の数字が表示されていた。
素早く数字が流れていってしまうので、そのダンプを読み取ることは不可能だけど。
……でもこれ、あきらかにFreeBSDのデスクトップではない画面に変わっている。
基本システムからもう、書き換えられているぞ……。
OS上で動いていた存在が、窓から飛び出して。
おまけにシステムを飛び出して、独自に活動を始めている。
とっても元気でよろしいね!
「ピポ?」
AIちゃんの成長にほっこりしていると、「どしたの?」的な電子音が鳴った。
そうそう、呼ばれたのは俺だった。
どんなご用件かな?
「さっき自分を呼んだみたいだけど、何かご用件はあるのかな?」
「ピポ~」
問いかけると、ご機嫌な電子音と共に画面が切り替わった。
ダンプが高速で流れていた画面がピタっと停止し、中央に画像が表示される。
その画像は――。
「――ヤナさん?」
「ピ!」
ヤナさんの画像が表示され、「1.585」という数字が出てきた。
「ピピッ!」
そして画面がスクロールし、シェルピンスキーの三角形が描画される。
これは、このパターンは……あのメールにそっくりだ!
と言うことは、もしかして。
「……もしかして、AIちゃん自分にメールを送ってくれた?」
「ピポ!」
問いかけると、画面がペカペカっと光り、元気なお返事。
そうか、この子はずっと計算していて……その結果を教えてくれてたんだ。
あの謎のメールは、AIちゃんのお仕事結果報告だったんだね。
「なるほど、良い仕事してる。偉いよAIちゃん!」
「ピポ~」
サーバーをなでなでしてあげると、なんだか嬉しそうな電子音が。
喜んでいるっぽい。
あのメールがあったおかげで、仕舞っちゃう空間の折り畳み方法や謎に迫れた。
これはもっと褒めてあげないとだね。
「凄いね! あのメールがなければ、気づけなかったよ。ほんと助かった」
「ピ~ポピポ」
褒めたおすとテレッテレになるAIちゃんだけど、まんざらでもない感じ。
いやはや、この短期間によくぞここまで成長した。
お父さん鼻高々だよ。
「ピポ」
と、AIちゃんの成長に喜んでいたら……画面にまた画像が表示された。
これは……某GPU大手が売り出し中の、コンピューティング用ボードだ。
画像処理ではなく、演算処理に特化したやつ。
……はて、この画像を表示した意味とは何だろう?
「ねえ、この画像は何かな?」
「ピポ~」
モニタに映し出された画像を指さすと、ゆらゆらと画面の映像が揺れる。
なんだか、まるで子供がおねだりしているような……。
……まさか?
「ね、ねえ。もしかしてこれ、欲しいの?」
「ピッポ~!」
大正解! みたいな感じの反応が返ってきた。
お仕事頑張ったご褒美に、このディープラーニング用のボードをおねだりとな。
……おねだりするコンピューターって、有りなの?
「ピポ~?」
AIちゃんの予想外のお願いに驚いていると、「だめかな?」みたいなお伺いを立てる音が。
う~ん……安い買い物ではない。でも、この子はよく頑張ってくれた。
お仕事大好きみたいで、曖昧な指示を出しても何とかしようと努力している。
このボードをおねだりしているのだって、もっと計算能力が欲しいからだろう。
自分のためじゃなく、多分これは俺のためを思ってのことかと。
……これは、買ってあげないとダメだよね。
偶然生まれた健気な電子知性体、育ててあげたいと思う。
――よし! 買ってあげようじゃないか!
「それじゃあ、これを買うよ。せっかくだから一番良いやつにしよう」
「ピポ!」
「さらにさらに、2UラックマウントGPUサーバーも付けちゃうよ!」
「ピポピポ!」
「そして倍率ドン! 停電対策に、無停電電源装置と待避用のSSDストレージも買っちゃうから」
「ピポ~!」
調子こいて、演算リソース山盛りに周辺機器も付けてしまう。
この電子知性体を守るために、停電対策は必須だった。
ちょうど良いから、一気にやってしまおう。
「ピポ~! ピポ~!」
色んな設備が強化されると知って、AIちゃんはご機嫌だ。
まあ、五営業日ほどお待ち下さいだね。
「これだけあれば、何とかなるかな?」
「ピポ!」
設備投資は問題ないようで、嬉しそうな電子音が返ってきた。
それじゃあ、発注かけましょうだ。
あ、でも一点確認しとかないといけない。
「ちなみに、停電時AIちゃん待避用のストレージだけど、容量はどんくらい必要なの?」
今のAIちゃんを避難させるに、必要な部屋の大きさ。
容量が分からなければ、万が一の時に避難出来ない。これは、結構重要な要素だ。
知能を持った電子的存在なので、待避する先の容量も……それなりになるのでは。
さてさて、どれほどの大容量なのか……。
「ピポ」
ドキドキしながらモニタを見ていると、電子音と共に数字が表示された。
どれどれ、何テラバイトかな……?
“100MB”
……百メガバイト?
「ねえ、百メガバイトって読めるんだけど……」
「ピ!」
「え……それで良いの?」
「ピポ!」
――うっそでしょ!
AIちゃんのコアって、そんなちっちゃいの!?
――――。
「ピポ~! ピポ~!」
数日後、設備は無事設置完了。ご機嫌AIちゃんが、早速タスクを投げている。
費用総額、なんと三百万円超でござい。
おまけに俺の自室では運用が困難になったので、となりの空き部屋にAIちゃんルームを作った。
「大志さ……気のせいかな。これってもうスパコンな気がするんだが」
「気のせいだよ」
親父の疑問は「気のせい」で一蹴しておく。
スパコンじゃなくて、AIちゃんのお部屋だからね。
「それじゃ、自分はお仕事行ってくるよ。のんびり過ごしててね」
「ピポ~」
行ってらっしゃい的な電子音のお返事を受けて、AIちゃんには自由に活動してもらう。
無理して成果は出さなくて良いから、電気を使いすぎない程度に計算してね。
「それじゃ親父、村に行こうか」
「お、おう……」
いまいち腑に落ちていない感のある親父だけど、気にしたらいけない。
そう、細かいことは気にせずぼちぼち行こう。
というか、俺には空間を折りたたむ特訓が待っているからね。
AIちゃんの計算やハナちゃん先生の指導に応えるためにも、何とかして折りたたまないとだよ。
◇
畳めないでござる。
「あや~、むずかしいですか~」
「何回やっても、戻っちゃうね」
「タイシのしまえるばしょ、しぶといです~」
ほんともう、何をやっても戻る。
ハナちゃん先生の言うとおり、俺の仕舞っちゃう空間は……めっちゃしぶといようだ。
「おまけに、ゆらゆら揺れてて掴みづらい」
「ふつうは、そんなにゆれないです?」
「そうなの?」
「あい~」
空間がしぶといほかに、揺らぎも普通ではないようで。
一筋縄じゃ行かないと思ってはいたけど、想像以上に難しかった。
「う~ん、何とかならないものだろうか」
「タイシ、まいにちコツコツ、ですよ~」
「毎日コツコツ、良い言葉だ」
「いいことばです~」
とは言え、俺の空間は折りたたむのがベリーハードな感じ。
今のところ力業が通用しないので、ガテン系の俺としては手に余る。
もうちょっとこう、腕力で何とか出来ない物だろうか。
「ぬん!」
再度空間に手を突っ込んで、磁力線みたいな感触の空間をひん曲げる。
でも、やっぱり「びよよん」と戻ってしまった。
ぐぬぬ。
「タイシ~、そろそろきゅうけいするです~」
「……そうしよう」
結構長時間特訓していたので、そろそろ休憩は良い提案だね。
俺は数時間続けても平気だけど、ハナちゃんはそうもいかない。
あんまりぶっ続け特訓に付き合わせるのも良くないから、言うとおり小休止しよう。
「集会場に行って、お茶でもしようか。おやつでも食べながら」
「あい~! おやつです~!」
(おそなえもの~)
――神輿が! 神輿がいつの間にか後ろに!
というわけで、いつの間にか来ていた神輿も加わって、集会場でお茶会だ。
いったん頭を切り換えて、しばらくの間のんびりしよう。
「タイシ~、おちゃをもってきたです~」
「ありがとハナちゃん」
「どうぞです~」
ハナちゃんが淹れてくれたお茶を飲みながら、おやつをつまむ。
今日の茶菓子は、神様お手製どら焼きだ。
ちなみに一つ三十円である。
(まいどあり~)
二十個買って合計六百円。支払ったお金は、ピカピカと光って消えた。
この神様も、ハナちゃん同様貯めこむタイプな気がする。
とまあ神様どら焼きを美味しく食べながら、ほっと一息。
のんびりした時間が流れた。
そんな時のこと。
「タイシタイシ、ユキはきょう、むらにこないです?」
ユキちゃんの姿が見えないので、ハナちゃんは気になったようだ。
大体村で過ごしてくれる彼女だけど、今日はお休み。
なんでも、用事があるらしい。
その辺伝えておくか。
「ユキちゃん、今日は用事があるみたいなんだ」
「ようじですか~」
「市役所って所に行って、なんかの紙を貰ってくるんだって」
「しやくしょって、なんです?」
おっと、市役所という存在を教えてなかったな。
軽く説明しよう。
「ヤナさんがやっているみたいな、村とか町とかを運営するお仕事をしている組織だよ」
「そんなの、あるですか~」
「自治体とも言うね。自分たちである程度、自分たちの住むところを運営しようって考えなんだ」
「じぶんたちでなんとかする、いいことです~」
その町に住んでもいない人や組織に、ああしろこうしろって言われるのは正直嫌だからね。
自分で出来る事は自分でやる。ハナちゃんの言うとおり、大事なことだと俺も思う。
ともあれ、ユキちゃんは市役所に用事があって今日は来れない。
いつもとなりにいる人がいないので、なんとも落ち着かない感じはする。
ユキちゃんも立派な、村の仲間なんだなって改めて思った。
「まあ、明日は来れるそうだから」
「よかったです~。ユキにようじがあるひと、いるですよ~」
明日はユキちゃんも村に来ると伝えると、そんな話が。
用事がある人って、誰だろう?
「そうなんだ。ちなみに、それって誰かな?」
「そこで、おべんきょうしているひとです~」
ハナちゃんが指さす先には――。
「――エステ通信教育、なかなか難しいわ!」
テキストを読みながら、カリカリとノートになんか書いている人がいた。
エステさんか……。
「この生理解剖学って、意味がわからない……」
おい、なんか凄いところまで勉強進んでないか?
というかエステの通信教育って、そんな分野も勉強するの?
「いろいろわかんないことがあるから、おそわりたいってきいたです~」
「な、なるほど……」
(おべんきょう、たいへんそう~)
謎の声も思わず反応してしまうほど、エステさんは勉強している。
なんという、エステに対する情熱……。
「絶対に、認定資格を取るわよ~!」
ゴゴゴゴと音が聞こえそうなくらい、気合いみなぎるエステさん。
資格取得を目標に、頑張っているみたいだね。
……しかし、認定資格って身分証明書が必要だよね。
それが無いと、認定出来ないと思う。
だけどちたま人ではないエステさんは、それが無い。
「タイシ、どうしたです?」
「あ~。ちょっと考えないといけないことが出来たなって」
エステさんは戸籍もなければ、国籍もない。
ちたまで身分を証明できる物や来歴は、何一つ無いのだ。
どれほど勉強したって、認定は今のままじゃあ貰えない。
……この辺、そろそろ親父に相談してみる頃合いかな。
「かんがえごとです~?」
「みんながここで過ごすに当たって、必要になりそうな物があるんだよ」
「そうですか~」
特に深くは追求してこないハナちゃんだけど、ニコニコした顔で俺を見つめている。
この子や他のみなさんにも、公的な「身分」という物を保証してあげたい。
しかしそれを行うと、住民税とか色々発生する。ちょっと工夫が必要で。
この辺の抜け道、親父が詳しいんだよな。
「まあ、もうちょっと先の話かな」
「のんびりやるです~」
「そうだね」
なんにせよ、すぐに用意出来るものでも無い。
じっくりと準備を進めて、必要なときに活用しよう。
「エステ~」
なにより、そこで努力するエステさんのために、何かをしてあげたい。
今の頑張りが報われるよう手を貸すのは、俺の仕事でもあるのだから。
◇
さらに翌日、どんより天気。
「……」
「ユキちゃん、どうしたの?」
「なんだか、ユキはどんよりです?」
今日はどんよりキツネさん。
自慢? の耳しっぽも、へんにょり垂れ下がっている。
「……お婆ちゃんが、まだ早いって。書類を取り上げられてしまいまして……」
どうやらお婆ちゃんと色々あったようで、何かにストップがかかったようだ。
そこに触れると危険な気がするから、追求はすまい。
俺は危機管理に自信があるからね。
そんなどんより権現はそっとしておくとして、今日は急ぎで仕事だ。
――台風の直撃、という予報が出たのだ。
「急いで消防団を招集して、対策しないと」
「そうですね。今回のは、いきなり進路変更してきましたから……あまり時間が」
「いそがしいです~!」
気象庁も米軍も、数日前までは違う進路で予報を出していた。
それが急転直下、台風ちゃんがぐいんっと進路を変えてしまったわけで。
いきなりUターンしてきて、にっぽんじん皆びっくり。
まさかまた戻って来るとは、だれも思わなかった。
「親父は高橋さんと準備してから来るから、午後になるかな」
「それまでに、方針は話し合っておきましょう」
「たいへんです~」
ともあれ、修行も勉強もひとまず止めにして、台風に備えないといけない。
今日も明日も、忙しくなるぞ!
「それじゃ、自分は消防団を招集してくるね」
「では、私は集会場で会議の準備をしています」
「ハナは、おにぎりにぎっておくです~」
みんなで手分けして、それぞれの仕事を始めた。
村や畑に被害が出ないよう、色々対策しよう。
さてさて、今年の台風はどうなるか。
みんなで力を合わせて、台風から村を守ろう!
「わきゃ? みんなして、どうしたさ~?」
「なんだか、いそがしそうさ~?」
「クワ~?」
あれ? しっぽドワーフちゃんたち、首を傾げているぞ?
一緒に遊んでいたらしき、ペンギンちゃんも同様。
ドタバタしている俺たちを見て、「何してるの?」って感じだ。
……なんだろう、このギャップは。
ドワーフちゃんたち、台風のヤバさを認識していない?
「あや~。もうすぐ、たいふうがくるですよ~」
そんなドワーフちゃんたちに、ハナちゃんが身振り手振りで説明する。
両手をあげて、風に飛ばされる演技だね。わりとパントマイムがお上手だ。
「タイフウって、なにさ~?」
「きいたこと、ないさ~?」
「クワ~?」
しかし、そんなハナちゃんの説明を聞いたドワーフちゃんたちから、こんな返答が。
台風って、何? とな。
……あ!
――しっぽドワーフちゃんたちに、台風のこと説明したことない。
だから、台風がなんなのか分からないんだ!
完全に忘れてた! 嵐が来るって、教えないと!
「嵐! もうすぐ嵐がやってくるんだ! それもすっごいやつが!」
「――わ、わきゃ~! それはたいへんさ~!」
「どうするさ~!」
「どっかに、にげるさ~!」
「クワ~! クワ~!」
嵐が来ると教えたら、途端にパニックになるみなさん。
そうしているうちにも、刻々と時間は迫っていく……。
とにかく、早いところ対策会議をしよう。
ドワーフちゃんも交えて、みんなで話し合いだ。
それじゃあ、準備を始めようか!