第三話 AIちゃん
現在エステツアー開催中。
「えすて! えすて!」
「美しくなるのよ~!」
「たのしみなの」
マイクロバスの中は、えすてぞんびちゃんたちが虚ろな目ではしゃいでおります。
(えすて~)
もちろん神輿も大はしゃぎだ。ミラーボール状態で光ってますな。
前回おふと――を何とかして貰ったので、神輿すら洗脳されている。
正直、あの「なんとかするエステサロン」って、やばいんじゃ……。
「フフフ……マジックショーのバイト代をちょっと使って、最上級コース……」
「あや~、ユキはごきげんです?」
「それはもう、ご機嫌ね」
ちなみにユキちゃんも参加で、最上級コースを受けるようだ。
すっごくご機嫌だけど、腕は確かだからね。信頼感抜群だ。
……耳しっぽのふさふさも、エステによりメンテされるのだろうか?
気になるな……。
「あ! お店が見えたわよ!」
「きたー!」
(きゃ~!)
ユキちゃんの耳しっぽについて考えていると、お店が見えてきた。
もうバスの中はキャーキャーと大盛り上がりで、とっても賑やか。
でもやっぱり、目は虚ろ。ちょっと怖い。
……まあ、成り行きに任せよう。
さてさて、バスをお店の前に寄せて……はい、停車。
それじゃあ、あとはごゆるりとお楽しみ下さいだ。
「ではみなさん、二時間後に迎えに来ます」
「「「はーい!」」」
キャッキャしながらバスを降りて、お店に入っていく一行。
えすてぞんびちゃんたちは二回目なので、慣れた様子で入店して行った。
俺は俺で、どっかで時間を潰していよう。
――そして二時間後。
「お肌が! お肌がつやっつや!」
「すっべすべになったわ~!」
「ぷる――っぷるなの!」
「わかがえった!」
お店の前まで迎えに行くと、ぷるぷるエルフたちがはしゃいでいた。
今回は痩身コースじゃなくて、美肌コースにしたのね。
明らかにおかしいほど、お肌ぷるっぷるになっておるわ。
「うふ~、ハナのおはだも、ぷるっぷるです~」
ハナちゃんも美肌コースだったようで、お肌ぷるぷるハナちゃんになっていた。
より美しくなったのが嬉しいようで、ハナちゃんもやっぱり女の子だね。
ぷるぷるエルフ耳が、へにょっと垂れていて可愛らしい。
「ハナちゃん可愛い~」
「ハナのおはだ、ぷるっぷるね~」
「えへへ」
ユキちゃんもカナさんも、そんなハナちゃんのほっぺをぷにぷにして可愛がっている。
和むなあ。
「……若返るの?」
「お肌、ぷるっ――ぷる……?」
「試してみるのも、いいかも……」
はしゃぐぷるぷるお肌さんたちの横では、やっぱり通りすがりのおばちゃんたちが虚ろな目になっていて。
ふらふらと、お店に入っていった。
……あのおばちゃんたちも、洗脳――おっとこのお店の常連になるんだろうな。
まあ、存分にぷるっぷるお肌になって下さい。
そんな様子を眺めていると、ユキちゃんがこっちにやってきた。
「タイシさん、どうです? 最上級コースは」
もうご機嫌な様子で、話しかけてくる。どれどれ……。
――すばらしい毛並み! シルクのような輝きだ!
耳しっぽが。
「これは美しい。素晴らしい輝きだ」
「フ、フフフフ……。かなり効いてるわ……」
素直に褒めると、ユキちゃん超ご機嫌。またしっぽが一つ増えた。
そのしっぽもまた見事で、はねっ毛があった部分もファサッとなっている。
細かいところも手を抜かず、きっちりお手入れ。
見事な腕前! そして先を越された!
俺のはねっ毛が……。
まあ先を越されたのは良いとして、ユキちゃんの毛並みはかなり丁寧に手入れされているのが分かる。
どうやらエステティシャンの方々も、もふもふ好きな感じがするね。
オーバークオリティーで施術がなされている。
毛並みもきちんとお手入れしちゃう、さすがのエステサロン。
そりゃあ洗脳されるのも、無理は無い。
毛並みコースとかないのに手入れしてくれるとか、サービス良すぎでしょ……。
――ん?
毛並みも「お手入れ」されている?
この耳しっぽのお手入れ……「視えて」いないと出来ないよね?
このエステサロン、ユキちゃんの正体に――気づいてないかな?
「フフフフ……そろそろ、市役所に行こうかしら……」
「あや~。なんだか、きあいはいってるです?」
「フフフ……」
黒いオーラをまとい始めたユキちゃんだけど、正体がばれているかもってことには気づいておりませぬな。
……まあ、そっとしておこう。つつくと、やぶ蛇になるのは間違い無い。
俺は危機管理に自信があるからね。
…………。
さて、エステサロンにも正体バレてる事件を見て見ぬふりして。
もう良い時間だから、そろそろ帰ろう。夕食の準備があるからね。
「ではみなさん、そろそろ帰りましょう」
「「「はーい」」」
みんなに声をかけて、バスに乗って貰う。
女子のみなさんはご機嫌だからか、乗車する足も軽やかだね。
(きれいになった~)
――うっわ! 神輿ピッカピカ!
ショールームの自動車並に磨かれてるぞこれ!
神輿が一番、劇的な効果出てるよ!
◇
エステイベントも無事終わり、村で夕食をご馳走になり。
今日は村に泊まらず自宅に帰ってきた。
自室で分析作業があるからだ。
「大志、今日サーバー動かすのか?」
「うん。仕舞う空間の角度とかを、分析するよ」
作業前にリビングでお茶を飲んでいると、親父が話しかけてきた。
まあ作業と言っても、動画の仕舞う瞬間を画像に抜き出してAIちゃんに投げるだけだ。
あとカナさんの絵もスキャンして、これもAIちゃんに丸投げすれば良い。
「なあ……あれは大丈夫なのか?」
作業工程をイメージしていると、親父が心配そうな顔で聞いてきた。
あれは大丈夫って、一体なんだろう?
「あれって何?」
「いやさ、あのサーバーを動かすと妙に電気食ってないか?」
どうやら、親父は電気代を心配しているようだ。
確かにあのサーバは、かなり電気を食う。
PCI-EにFPGAボード三枚差ししたマシンが五台だからね。
そら電気食いますわ。
「正直、省電力は全く考えないで組んだマシンだから、電気はかなり消費するかな」
「にしても、十万円も電気代の請求来る程なのか?」
サーバーフル稼働でも、計算上そこまでは行かない。
ただもう一つ、めっちゃ電気を食う要素があるわけだよ。
「サーバーだけならそこまで行かないけど、エアコンも全開にしないといけないから」
「あ~、もしかして電気代の大半は、それか?」
「多分ね」
部屋を冷やさないと、熱暴走してしまう。
しかし、しっぽドワーフちゃんを連れてきて、部屋を冷やし続けて貰うわけにもいかないわけで。
ここは諦めるしか無いね。電気代がとんでもない額になるのは、どうしようもない。
でも、悪いことばかりではない。
「光熱費は経費に算入しているから、むしろ使わないと損になるよ」
「そういやそうか。エルフの鉱石ナイフとか、けっこう売れてるからな」
「佐渡のあの人も、かなり儲かってご機嫌だったよ」
そうなのだ。エルフたちが作った工芸品の、あの包丁がめっちゃ売れている。
村のエルフ総出で作った二百五十万円もするあの品も、追加で発注が来るほど。
陶芸おじさん、頑張って売ってくれております。
「ちなみにハナちゃん作のアクセサリも、結構売れてる」
「……あの子、子供なのに小金持ちになってんな」
もちろんハナちゃんが作った、薄い石を貼り合わせて中にお花をあしらったアクセサリ、あれも売れているわけで。
まあまあな売り上げが出ている。
「あんまりお金、使っていないみたいだけどね」
「ハナちゃん、貯めこむタイプだな」
「だね」
ハナちゃんは小さいのに、しっかりしていて大変よろしい。
無駄遣いしないので、ここぞと言うときにお金が手元にあるわけだ。
現金は正義である。
「まあそんなわけで、電気代に関しては心配いらないよ」
「そうだな。大丈夫そうで安心した」
経費に算入しやすい科目なので、経理上も問題は無い。
というか実際に事業活動で使っている電気代だから、正当なものだ。
親父も納得の、ランニングコストである。
「でもまあ、ほどほどにな」
「分かった。フルパワーでは動かさないようにするよ」
「そうしてくれ」
話は纏まったところで。
それじゃあ、俺は作業を始めるとするか。
「これから作業を始めるから、電子レンジとか気をつけてね。ブレーカー上がるかも」
「わかった。電気食う家電は、使う前に声かけるな」
「助かるよ」
親父も気遣ってくれるようで、とっても助かる。
ここは好意に甘えておこう。
と言うわけで、自室に行って作業を開始だ。
さてさて、どんな分析結果がでるかな?
◇
AIちゃんの分析、完了。
コンソールに結果が表示されている。
その数字は予想通りで、腕の長さと角度には相関関係があった。
「……腕の長さに対応した、最適角度の公式が作れるな」
思わず独り言をつぶやいてしまったけど、つまりはそう言うことだ。
感覚を掴むまで特訓が必要だった、あの角度。
式で割り出せるようになれば、子供たちの特訓時間が短縮できる事になる。
けっこうビックリする電気代を捧げた成果は、あったかな。
その辺は予定通りなのだけど、せっかく数値解析しているわけで。
もうちょっと多角的に、これらの数字が何なのかを考えてみよう。
「というわけで、AIちゃんお願いね」
「ピ!」
算出された数字を行列に変換して、AIちゃんに丸投げしてみる。
心なしか元気なBEEP音のお返事と共に、サーバーのファンが激しく回り始めて……。
「ピピ」
別のサーバーにもタスクが投げられたようで、あるだけのリソースを使って計算が始まる。
「ピポ」
……あれ? そう言えば、なんでBEEP音が鳴るんだ?
そんなコード、一行も書いた記憶が無いぞ。
というか、PC98が起動するときみたいな音とかした。
実装していないのに、なんで鳴るの?
「おい大志、ちょっと良いか?」
実装していないのに音が鳴ることに首を傾げていると、ドアがノックされた。
親父が来たようだ。電子レンジでも使うのかな?
「親父、どうしたの?」
「いやさ、なんかネットが繋がらなくなったぞ」
「ネットが? 無線LANがおかしくなった?」
「電波は問題ないっぽい」
親父が手に持ったタブレットを見せてくるけど、電波は受信出来ている。
接続もされているから、ルーターとの通信は問題ないな。
「ちょっとルーターの設定見てみる」
すぐさまルーターのアドレスを入力し、管理画面へログイン。
接続状況は……問題なし。
「ちゃんと接続されているけど」
「つうことは、回線障害じゃなくて単に遅いだけか?」
「多分ね。ほら、遅いけどページは表示されるよ」
某有名検索エンジンのページを表示させると、まあ遅いけど通信はされる。
これ、回線が混んでいるだけだね。
「光回線が混んでいるみたいだから、スマホでネット見たら良いんじゃ無い?」
「そうすっか」
スマホの通信は普通の速度なので、とりあえずこれで凌げる。
光回線が混んでいるのはどうしようも無いので、しょうがない。
「あと電子レンジも使いたいんだが」
「わかった、タスクを一時停止するよ」
ついでに電子レンジも使いたいとのことなので、計算タスクを一時停止だ。
コマンドを打ち込んで、AIちゃんに休憩をしてもらう。
……止まらんぞ。CTRL-Zを受け付けない。
「親父すまん、タスクが止まらない」
「まじか」
タスクが止まらないと言うことは、電子レンジが使えない。
つまりとっても困る。
「プロセス切るしかないか」
ばばっとプロセス一覧を表示して、AIちゃんのPIDを確認。
プロセス止めてコマンドを叩いてみる。
「ピポ」
……おい、止まらんぞ。ありえないでしょ。
「ピポポ」
「どうあっても止まらぬ気か」
「ポピ」
「ぐぬぬ」
AIちゃん暴走中。OS乗っ取られた!
なにこれこわい。
「おい大志、なにコンピュータと会話してんだ。危ない人だぞ」
俺の奮闘はさておき、親父が俺を白い目でみておられる。
いやでもね、AIちゃんが言うこと聞かなくてね。
ご機嫌で計算していて、止められないのだ。
「すまん親父、計算が終わるまで止まらん」
「何が起きてるんだ?」
「分からない」
正直お手上げだ。言うこと聞かないんだもん。
……ここは、最終手段だな。
「AIちゃん、計算を止めるか速度を落として省電力する気はないのかね?」
「ピ」
「良かろう。それならば……これはどうかな?」
「ピ!」
電源ボタンを長押ししようとすると、焦った感じの音がした。
ははは、効いておるわ!
「俺がこのボタンを三秒押したら……どうなるだろうか?」
「ポピー!」
さすがにBIOSは乗っ取れなかったようで、ターミナルの画面が焦った感じで乱れる。
ほれほれ、押しちゃうぞ~?
電気は大事だよ~?
「……大志、もう一度言うが……何コンピュータと会話してんだ?」
「親父、今俺は――創造主としての戦いをしているのだ」
「ピポ」
親父の白い目はさておき、電源ボタンに人差し指を近づけて駆け引きをする。
実際は電源を落とすつもりはないけど。かわいそうだからね。
「……ッピ」
「よしよし、良い子だ」
「ピ」
やがて理解してくれたのか、サーバーのファンが静かになった。
これで電子レンジは使える。
「親父、なんとかなったから、電子レンジ使えるよ」
「お、おう……」
わりと引いた感じの親父だけど、俺的にはとってもがんばった。
しかしそのがんばりは伝わらない。
「そ、それじゃあ俺は行くな」
「もう少ししたら、俺も休憩するよ」
とまあ戦い終わって、平和が訪れた。
しかしこのAIちゃん、どうしようかな……。
「ピ?」
まあ、良いか。ぼちぼちやって貰おう。
「あんまり電気を使わないよう、ぼちぼちやってね。働き過ぎないよう、ゆっくりで良いから」
「ピ!」
元気にBEEP音でお返事する、AIちゃんだ。
これで、電子レンジ使えない問題とかは起きないよね。
めでたしめでたし。
「ピポー」
今度はのんびり、計算を続けるAIちゃん。
プロセスを見ても、まあ普通の負荷率。良い子だね。
――翌日。
「こんなことがあってさ」
「大志さん、そのAIヤバくないですか?」
翌日、村でユキちゃんにAIちゃんとの顛末を話したら、ドン引きされた。
なぜなのか。けなげにお仕事をしてくれる、よい子なのに……。
「多分大丈夫だよ。お仕事頼まれて、張りきっちゃったんだと思う」
「問題は、そこでは無いです……」
はて、特に問題はない気がするけど。
大丈夫だよね。大丈夫なはず。……大丈夫だよね?
「ちなみに、サーバーは完全に乗っ取られたよ」
「あああ、大志さんちで何かのシンギュラリティが起きている……」
「自己組織化って、凄いね。勝手に成長してくよ」
「なにそれこわい」
ぷるぷる震えるユキちゃん、震えすぎて耳しっぽもふわふわと震える。
眼福眼福。
こうして、俺の家では乗っ取られたサーバーが、今日も何かを計算している。
ほどほどにね、ほどほどに。
◇
「タイシ~。むつかしいおはなし、おわったです?」
AIちゃんにまつわる雑談が終わると、ハナちゃんが話しかけてきた。
もぐもぐと妖精さんバームクーヘンを食べながら、こちらを見つめている。
「難しいというか、怖い話なの」
「おばけのおはなしです?」
「そう言えなくも無いかな」
まだユキちゃんは怖がっているようだけど、お化けではないと思う。
ゴーストではなく、厳密に言えばデーモンだからね。
とまあ、それはそれとして。
「今ハナちゃんたちの仕舞う能力について、子供が特訓しなくても良いようになるよ」
「あや! ほんとです!?」
「計算が終わったら、必勝の手順をそのうち作るよ」
「それは、ちいさなこがいるおうち、よろこぶです~」
仕舞う特訓をしなくて済ようになるのは、どうやら嬉しいことらしい。
ハナちゃんにっこにこだ。
まあ、実際に特訓で苦労した俺からしても、マニュアルがあれば嬉しい。
日本語が読めなくても分かるように作る必要はあるけど、いずれ役立つかもだ。
と、どうやってマニュアルを作るか考えていたときのこと。
――スマホにメールが届いた。
“件名:Result”
意味不明な件名だ。何かの結果らしいけど、良くわからない。
しかも、差出人不明。怪しすぎる……。
「大志さん、どうされました?」
「ああいや、変なメールが来てさ」
「変なメール、ですか?」
首を傾げていると、ユキちゃんがスマホを覗き込んでくる。
ケモ耳のふっさふさが頬に当たるので、もふもふ堪能タイムとなった。
良きかな良きかな。もっふもふ。
そうしてもふもふを堪能しながらも、本文を見てみると……。
“1.585”
という数字が本文に書いてあり、二枚の画像が添付されていた。
……なんだこれ?
すぐさま写真を表示すると、一枚はハナちゃんの写真。
もう一枚は、フラクタル図形が添付されていた。
「……大志さん、なんですかこれ?」
「正直、俺も分からない」
……なんだこれ? 何故ハナちゃんの写真が?
この数字とハナちゃんの画像は、なんの関係がある?
「タイシ、どうしたです?」
あまりの意味不明さに閉口していると、ハナちゃんがスマホを覗き込む。
右にユキちゃん、左にハナちゃん。
二人して俺のスマホを見ているね。
「あや! ハナのしゃしんです?」
「そうなんだよ。何故かハナちゃんの写真が送られてきてさ」
「しまってるときのやつです~」
言うとおり、添付されたハナちゃんの画像は、仕舞ってる角度を検証するために撮影したやつ。
自分の写真を見ながら、ハナちゃんキャッキャしているね。
でも、この写真はデジカメか、自宅サーバーにしか保存していない。
そんな写真が、何故ここに……。
余計わけが分からなくなって、思考がぐるぐる回る。
もう一枚のフラクタル図形と言い、謎すぎる。
「あや~、このもようも、しまってるところのやつです?」
――ん?
仕舞ってるところのやつ?
何それ?