第十一話 皆で温泉
和やかに夕食は進み、皆が食べ終わった。後片付けも皆でやってすぐに終わったので、いよいよお待ちかねの、温泉の時間だ。
お腹いっぱいになってくつろいでいるエルフ達に、声をかける。
「皆さん食事は済みましたね。それでは、温泉に入りましょう」
「おんせん!」
「おはだ!」
「あったまろ~」
温泉と聞いて目をキラキラさせるエルフ達。もうすっかり気に入ってしまったようだ。特に女子エルフ達は、そわそわし始めている。温泉即ち美肌、という妙な刷り込みがされていないか、心配だ。
しかし皆で一気に入るわけにもいかないので、順番に入ってもらおう。昨日もそうしていたと聞いたし、問題ないんじゃないかな。
「男女別れて、もしくは家族ごとに順番で入りましょう。まずは大家族からですかね」
「そうですね。きのうもそうしてました」
「それじゃあ、昨日と同じようにしましょう」
「「「はーい」」」
いそいそと入浴の準備をしだすエルフ達。最初は六人家族の家から入浴するのかな? そんな様子を見ていると、親父が声をかけてきた。
「大志、言われてなかったけど、浴用品も買ってきたんだよ」
「え? ほんと?」
「ああ、あの温泉しばらく使ってなかったから、浴用品何にもないだろうと思ってさ。余計だったか?」
親父は良く気が効く。何組もの客人を、この村に迎え入れてきたことだけはある。俺は大喜びで言った。
「いやいや、助かったよ。俺じゃまだまだ、気が回らないところ多くてさ」
「なら良かった。でもお前はお前で、よくやってるよ。気にすんな」
親父とそんなやり取りをしながら、車に向かう。エルフ達もゾロゾロと付いてきた。
荷台のドアを開け、中を確認すると段ボール箱が何箱かある。これがそうかな?
「この箱とこの箱がそうだ」
親父が指さした箱を開けると、石鹸百個と手ぬぐい百枚、大判タオル四十枚、それと洗面器が十個入って居た。
「これだけあれば足りるだろ?」
「うん、十分だよ。あの短時間にこれだけ揃えるとか、良く出来たね」
電話してから村に到着するまで、一時間半程度だった。それで掃除用具と浴用品を、これだけ揃えるのは一体何をどうしたらできるのだろうか。全くわからない。
「まあ、業者にツテあったからな。一括で仕入れられたんだよ」
なんてことない風に言うが、普通無理だと思う。まあ、気をまわしてくれた親父に感謝だ。
この数なら、一人頭石鹸二個に手ぬぐい二枚、バスタオルは一枚配れるだろう。余った分は、予備として集会場の倉庫に入れとこう。
「早速皆に配ろう」
「そうだな。俺も温泉久々に入って行きたいし」
親父も温泉入るか。俺も一緒に入って、たまには背中でも流そう。
「じゃあ俺も一緒に入るよ。背中でも流そうか?」
「いいね。頼もうかな」
そんなやり取りをしながら、箱を車から降ろす。それを見たエルフ達は、興味深そうに箱を覗き込んできた。
「これはなんですか?」
ヤナさんが聞いてくる。俺は石鹸と手ぬぐいを持って説明する。
「この四角いのは石鹸と言いまして、体の汚れが良く落ちる薬品です」
「やくひん? ですか」
薬品、という言葉にピンと来ない様子。石鹸を見て首を傾げている。そうだな……彼らだって肉を焼いていたのだから、同じようなものは目にしていたはず。聞いてみよう。
「肉を焼いて油が落ちた灰の中に、なんか汚れが良く落ちる土とかできませんでした?」
「ああ! ありました。ごくたまにできるやつですね」
「それを改良したやつです。生臭くないんですよこれ」
「ほほう。それはいいですね」
エルフ達も、偶然にできた石鹸の存在には気づいていたようだ。話が早くて良い。石鹸はもうわかってもらえたので、次は手ぬぐいかな。
「これは手ぬぐいと言います。これで体を洗ったり、汗を拭いたりします」
「そのまっしろなぬの、こんなきちょうなものをいただいてもよいのですか?」
布が貴重か。確かに手作業で布を作っているなら、貴重でも仕方がないな。こっちでも、布は安いと思われがちだが、実際言うほど安くはないんじゃないかな。この手ぬぐいだって、百枚単位で仕入れてようやく一枚あたり三十円とかだし。とはいっても、エルフ達の感覚よりかはずいぶん安価かな。量産効果すごい。
「ええ、こちらの感覚では、それほど高くは無い物ですから大丈夫です。一人につき二枚ずつお配りできますよ」
「「「おおおおお」」」
一人に二枚と聞いて、エルフ達がざわめく。だがこれだけじゃない。他にバスタオルと石鹸もあるのだ。
「この手ぬぐい二枚と、バスタオル一枚、それと石鹸二個を各自に配ります」
遠慮がちなエルフ達に、有無を言わさず配っていく。申し訳なさげな顔をしていたエルフ達だったが、それらの浴用品を手にして、興味深そうにタオルの手触りや石鹸の匂いを確かめていた。
「このバスタオルってやつ、おれがねるときつかってるぬのより、ずっとじょうとうだ」
「こんなすごいの、もらっちゃっていいのかしら」
「ふわっふわです~」
バスタオルの作りに、皆感心しているようだ。実際バスタオルは、普通に買うとかなり高い。親父も奮発したな。
「こんなすごいものをいただいてしまって、なんともうしたらよいか……」
ヤナさんが申し訳なさげに、話しかけてきた。まあ、俺でも新品のバスタオルをタダでもらうとなれば、若干ためらう。彼らからすれば相当だろう。
「良いんですよ。これは必要な物ですので、遠慮なさらずに」
「そうですよ。これは必要な物なんです」
俺と親父は、遠慮しがちなエルフ達に言う。実際問題、衛生面を考えると浴用品は無くてはならない。水で洗うだけではちょっと不安がある。
そういうわけで、これは必需品だから、といってなんとか全員に浴用品を配り終えた。早速手ぬぐいや石鹸の使い方を説明するため、皆で温泉に向かう。
温泉は、ちょうど良い具合にお湯が満たされていた。温度も入浴には問題ない。早速石鹸と手ぬぐいの使い方を実演する。
「この手ぬぐいを濡らして、石鹸をこすると泡が立ちます」
「わあ……」
「いいにおい」
「すっごいあわだってる」
エルフ達も、石鹸の匂いと泡立ちにうっとりしている。続けて、腕をこすって洗ってみる。
「こうやって泡を付けて擦ると、汚れが凄く落ちます」
「きもちよさそう」
「おはだ、きれいになるのね~」
「やりすぎは駄目ですよ。程々で」
言っておかないといつまでも洗って居そうなので、注意はしておく。何事も程々が良いのだ。
「最後に泡を良く流します。これで終了です。この洗面器を使えば、お湯を汲めて便利ですよ」
ついでに、洗面器の使い方も説明する。説明と言っても、見たらわかるから本当についでだ。それを見たエルフ達、うきうきしながら説明を聞いていた。
ついでに、普段の手洗いも石鹸を使って欲しいと伝えるか。
「このように汚れがきれいに落ちるので、普段の手洗いにも使って頂きたいです」
「ふだんのてあらいでも?」
ヤナさんが聞いてくる。手洗い程度で石鹸を使うの? という感覚だろうか。だけど、普段の手洗いこそ石鹸でやってほしい。
「ええ、普段の手洗いで石鹸を使って綺麗にしていれば、病気をかなり予防できます」
「そんなことが……」
「せっけんすごい」
「おいしそう」
病気の予防に効果あるよという話だったのに、感想がおいしそうって……。たしかに良い匂いがするから、そう思うのも無理もないけど。
「食べてはダメですよ。汚れは良く落ちますが、食べると毒です」
「わかりました」
「だめなのか~」
「こんなにおいしそうなのに」
子供達は特に食べたそうにしていたが、もしこっそりかじってもあまりの不味さに懲りるのは間違いない。
続けて、子供は特に石鹸で手を良く洗う事、料理する前は必ず石鹸で手を洗う事、等をエルフ達に一通り教えた。
「わかりました」
「せっけんて、すてき」
「たのしみだわ~」
エルフ達は石鹸の効果を見たり聞いたりした結果、早く温泉に入りたいとうずうずしている。それじゃ、順番に入ってもらおうかな。
「では、皆さん順番に温泉に入りましょう」
「「「はーい!」」
昨日と同じ順番で入るというそうだ。まずは六人の大家族を残して、集会場に行く。そこで順番待ちをしながら、雑談でもしていよう。
◇
「おはだ、もっとすべすべになったわ~」
「あのせっけん、すごいわね~」
「かおトゥルットゥル~」
「いいかおり~」
温泉に入った女子エルフさん達、石鹸の香りをさせながら、ほくほく顔で挨拶してきた。満足して頂けて、何よりです。
集会場で雑談をしている間に、一家族、また一家族と入浴を済ませ、家に帰っていく。家に帰る前にはこちらに寄って、挨拶してくれた。律儀なエルフ達だ。そして、皆ほくほく顔である。
お腹いっぱい食べて、温泉でくつろぐ。今日は浴槽の掃除も頑張ったしで、疲れた体に効くだろう。エルフ達は、各々温泉を堪能していった。
しばらくして、ハナちゃん一家の番になったとき、ヤナさんが言った。
「ぼくは、タイシさんたちといっしょにはいって、しんぼくをふかめたいとおもいます」
「お、良いですね。裸の付き合いと行きますか」
ヤナさんは俺たちと一緒に入浴して、親睦を深めるとのこと。良い機会だ、温泉につかりながら雑談でもしよう。それを聞いていた二人のエルフが、話しかけてきた。
「じゃあ、おれもなかまにいれてくれ」
「おれもいいかな?」
エルフ達の中で一番大柄の一人と、毒草マイスターだ。彼らは二人とも男一人の単身者なので、一緒に入る家族も居ない。ちょうどいいから、仲間に入ってもらおう。
「では、わたしたちはさきにはいってきます」
「いってくるです~」
「ふがふが」
カナさんとハナちゃん、それとひいおばあちゃんは三人で入るようだ。おじいちゃんおばあちゃんは、二人で入るみたいだな。
俺と親父、ヤナさんと他の男二人は、最後に温泉に入ることにした。今日は満月。エルフ達と月見温泉か、良いじゃないか。五人で雑談しながら、順番を待つことにした。