第十四話 がんばれば、出来るかも
お酒造りの成功を祝って、飲み会をしている。
ハナちゃんから美味しいエビ料理が振る舞われ、ほくほくしていたのだけど……。
ユキちゃんが自信満々に、毒のあるお魚をアレしているわけで。
「あ、大志さんいらっしゃいましたか。とっておきのお魚をお出ししますので、楽しみにしていて下さい」
「え、ええまあ……」
不安そうに見つめる俺に気づいたのか、ユキちゃんがニッコニコで話しかけてきた。
とっておきのお魚か。……とっておきの猛毒?
「というか見て下さいよ。絶対大志さん、喜びますから」
「俺が喜ぶ? どう言うこと?」
「このお魚を見れば、わかります」
ユキちゃんが、ちょいちょいと下に置いてある桶を指さした。
今捌いているのとは別に、桶の中に捌く前のがいるみたいだね。
さてさて、毒のあるお魚ちゃん、どんなお姿かな――て、これ!
――ウナギだ!
「ユキちゃんこれ! ウナギだよね!」
「そうです。ウナギですよ!」
「なるほどこれは、確かに喜ぶよ」
「ですよね!」
俺の反応に気をよくしたユキちゃん、耳しっぽをぽふんと顕現だ。
ことあるごとに正体をばらす、うかつな娘さんだね。
とまあそれはいつもの事として、そりゃウナギなら喜ぶね。
というか毒があるのも、ウナギなら普通だし。
「ちたまのウナギと同じで、加熱すると問題無いようです」
「いったんむすと、ふわっふわになるさ~」
「あぶらをおとすと、おいしいさ~」
なるほど、恐らくこれもドワーフちゃんの湖で漁れるんだろうな。
話を聞く分には、ゼリー寄せとかの無残な調理方法もしないようだ。
この辺、ドワーフちゃんはお魚のスペシャリストだけある。
「あとですね、ドワーフさんたち、ウナギ専用の調味料を持っていました」
「専用の調味料?」
「これです」
ユキちゃんが見せてくれたのは、粉っぽいやつ。
塩に色々なハーブが混ぜられているようだ。
「もちろんちたまのつけダレも用意してありますが、こちらの調味料もかなり美味しいですよ」
「そりゃあ楽しみだ」
「焼き上がったら持って行きますので、しばしお待ちを」
ユキちゃんは味を知っているようなので、お任せしよう。
どんなウナギ料理になるのか、今から楽しみだ。
「あや~、ハナもたべたいです~」
「それじゃあ一緒に食べようね。ユキちゃんのお料理だから、きっと美味しいよ」
「あい~! たのしみです~」
ウナギとの思わぬ邂逅に、気分はウキウキだ。
ハナちゃんも七輪でエビちゃんの塩焼きを準備したりしていて、今日は豪勢なおつまみが楽しめそうだね。
まずは、ハナちゃんの作るエビの塩焼きを楽しんで待つことにしよう。
「さいしょに、したごしらえです~」
縦に半分こした伊勢エビちゃんに、醸造したお酒と塩胡椒をかける。
そうして下ごしらえしたエビちゃんを、七輪の網に乗っけて蓋をして。
じりじりと焼き上がるのを待つ。
「もうすぐ、やけるです~」
「すっごい良い匂いがするね。美味しそうだね」
「あい~」
エビの焼けるかぐわしい香りを楽しみながら、ハナちゃんと二人でじゅるりと七輪を見守る。
じりじり、じりじり。完成に近づくにつれ、美味しそうな香りはどんどん強まっていき……。
「できたです~!」
ハナちゃんぱかっと蓋を取る。
そこには――じっくりグリルされた、伊勢エビっぽいやつの塩焼きが出来上がっていた。
「しあげです~」
そこにぱらぱらっと、パセリのようなハーブの粉を振りかけて、出来上がり。
上手に焼けました~!
「タイシタイシ。はい、あ~んするです~」
「頂きます」
ハナちゃんが身を取ってくれて、食べさせてくれる。
さっそく一口食べると――とっても香ばしい!
ぷりぷりと歯ごたえのある身は、ほのかな塩味のおかげで旨さが引き立って。
そこに自家醸造のどぶろくの香りと、最後に振りかけたハーブの爽やかさが合わさる。
旨味ギッシリ、しかし爽やかなエビの塩焼きを楽しんだ。
「いや~これは最高だね! お酒が進むよ!」
「うきゃ~」
「焼き加減も最適で、ハナちゃんさすがお料理上手だね」
「ぐふ~」
とうとうぐにゃったハナちゃんだけど、これ位は良いよね。
一生懸命お料理してくれたのだから、褒め倒しちゃうのだ。
「それも美味しそうですね。ハナちゃん、私も頂いちゃって良いかな?」
「どうぞです~」
ユキちゃんも匂いに釣られたのか、こっちにやってきて一口味見だ。
今はウナギちゃんを蒸している最中だから、手が空いたんだね。
「あ! これは美味しいですね! ハナちゃんお上手!」
「ぐふふ~」
ユキちゃんにも褒められて、ハナちゃんさらに軟体化。
もはや自立は不可能だ。抱えてあげよう。
「ぐふ~、ぐふ~」
ぐふぐふハナちゃんを抱え上げたら、ふわふわの髪の毛が頬をくすぐった。
お手入ればっちり、美しい髪の毛だ。本体はぐんにゃりしているけどね。
とまあそんな和やかな雰囲気を楽しみながら、お酒とお料理も楽しむ。
今日ものんびりしていて、良い日だね。
「うなぎ、むしあがったさ~」
「そろそろ、やくさ~」
「今行きます。大志さん、もうすぐ出来ますから、楽しみにしていて下さいね」
やがて、ウナギが蒸し上がったようだ。
しっぽドワーフちゃんに呼ばれて、ユキちゃんが炊事場に戻っていった。
さてさて、ドワーフィンのウナギは、どんな味がするのかな?
◇
それは、口の中でとろけるような、広がるような。
ふわっふわの食感だった。
身と皮には香ばしい焦げ目がついていて、表面はパリっとしていて。
でも中はふんわりふわふわ。極上の焼き加減。
ちたまのウナギによく似た風味を感じると同時に、ドワーフィン特製調味料が彩りを添える。
この調味料は蒸した後に振りかけられたらしく、身と同じで香ばしい焦げ目がついていて。
焦げ目のほのかな苦みに、塩味と――ハーブの香り高い味わい。
ウナギの香草焼きという、今まで経験したことの無い美味がそこにあった。
「おいしいです~!」
「なにこれ、めっちゃうめえ!」
「また、ふとっちゃうわ~!」
「おれのじまんのはっぱのせやきは、ただのはっぱのせだったのだ……」
ユキちゃん調理の、ドワーフィン特製ウナギの香草焼き。
ハーブを主体とした味付けをするエルフたちには、特にウケていた。
香草焼きプロフェッショナルのおっちゃんエルフも、降参する美味しさ。
正直、ウナギを香草焼きにする発想はなかった。
ウナギ大好きちたまにっぽんじんは、タレが主体だからね。
「いや~ユキちゃん、これは美味しいよ。正直びっくりだよ」
「ですよね! 私もこのお料理を教わったとき、びっくりしました」
「香草を振りかけるから、焼き加減とか凄く繊細にしないと焦げるよね。そこが凄く上手だよ」
「焼き加減がキモらしくて、みっちり練習しましたよ」
「さすがだ」
褒められてご機嫌のユキちゃん、またもや耳しっぽを顕現させる。
なかなか忙しい娘さんだけど、俺としては眼福だ。
素晴らしいもふもふ、しばらく堪能していよう。
「この調子で胃袋を掴んでいけば、ほぼ完璧……! フフフフフ」
……素敵な白い耳しっぽだけど、たまに黒いオーラが出るのは気のせいかな。
あと、その進捗ノートに描かれる文様も危険な気がするのは気のせいか。
恐らく気のせいだ。というか気にしたら逆に危ない。
俺は危機管理に自信があるのだ。
神秘とは、一定の距離を保ちましょうだね。
(おそなえもの~)
まあ神輿が俺の頭の上でキャッキャしているけど、一定の距離は保てていますん?
多分そのはず。そうに違いない。
「まさか、こんなにたくさんのウナギが、村で食べられるとはな」
「村の川にも生息しているけど、とらないようにしているのよね」
親父とお袋も、まさかのウナギ登場に驚いている。
たしかに村の川にもそれなりにウナギはいるけど、保護という観点からそっとしている。
年々数が減っているので、ちょっと心配。
美味しそうだけど、まあそこは我慢していたわけで……。
「うちらのところだと、よくたべるさ~」
「おせわになってるさ~」
しかしドワーフィンの湖では、しこたま生息していて。
ドワーフちゃんたちの、主食の一つらしい。ここは遠慮無く、頂こう。
「お次は、ちたまが磨き上げたウナギの蒲焼きです。どうぞ召し上がれ」
「うっわ! こっちもうめえ!」
「あじがこくて、すごいです~!」
「このタレ、さいこうさ~!」
「おいしいさ~!」
さらにちたまにっぽん謹製の、蒲焼きも出てきた。
他のエルフたちもハナちゃんも、その香ばしさと味の濃厚さに夢中。
大豆加工食品の調味料が大好きなドワーフちゃんとかは、うっとりした顔で蒲焼きをほおばる。
そして自分たちで作ったお酒をグビグビ飲んでいて、心底楽しそうだ。
「こっちでくらすのも、いいものさ~」
「なかまがたくさんで、たのしいさ~」
「おいしいものたくさん、すばらしいさ~」
もぐもぐと蒲焼きを食べながら、しっぽドワーフちゃんたちはご機嫌だ。
ひもじくて寒いあの時期を乗り越えて、ようやくたどり着いたこの村。
ゆっくりのんびり、溶け込んでいってね。
「あっつあつだね! あっつあつ!」
「ふしぎなたべもの~」
「いがいとおだんごにあう! おだんご!」
あっちでは、妖精さんたちもウナギの蒲焼きを楽しんでいるけど。
……お団子に合うというか、それはウナギ寿司じゃない?
まるくてちっちゃいおにぎりに、ウナギの蒲焼きを巻いている。
密かにオリジナル料理を生み出すとは、さすがお団子マスターだ。
侮れない。
「あ、これうめえ」
「おだんごだよ! どうぞ!」
「ごはんと、よくあうです~」
「いっぱいつくるね! いっぱい!」
蒲焼きおにぎりは好評のようで、妖精さんたちきゃいきゃいと量産を始めた。
お酒の試飲だったはずだけど、いつの間にかウナギ祭りになっているような……。
「もいっちょ、やけたさ~」
「ごはんとたべるの、うちらもやるさ~」
「わきゃ~」
まあ、みんな楽しそうだから良いよね。
というか、ドワーフの湖ではエビやらウナギやらが年中調達できるわけか。
……あのわさわさちゃんに、感謝だね。
今度また、たくさんの灰を撒きに行こう。
「ただの素焼きも、淡白で美味しいですよ」
「これは日本酒に合うね」
「ふわっふわです~」
こうしてひょんな事から、エビやらウナギ祭りやらが始まって。
楽しくお酒造りの祝いを行ったのだった。
村の食に、ドワーフィンの水産物が加わって。
ますます豊かな毎日が贈れそうなのは、良いことだね。
「いや~、ここにくると、だいたいなにか、もよおしがありますな」
「たのしいかな~」
「たべすぎちゃいます」
飛び入り参加で平原のお三方も、楽しそうにウナギをほおばっている。
塩の交易に来てしばらく滞在していたけど、彼らもそろそろ旅立つだろう。
その前に、良い思い出になったかな?
「みなさん、ちょっとお話があって……」
「おや、どうしましたかな?」
そのお三方の所にお袋が歩いていって、なにやら話をしている。
考えていることがあるって行ってたけど、平原の人絡みの話なのかな?
◇
――そして翌日。
「私もちょっと、旅に出るわね」
「旅?」
「ええ、調べたいことがあるのよ」
お袋が、俺と親父にそんなことを話してきた。
調べたいことがあるから、旅に出る。
お袋のいつもの癖が出たようだ。
「まあそろそろかと思っていたが、今度はどこに行くんだ?」
お袋のことを良くわかっている親父、すんなり受け入れる。
この辺は夫婦だね。まずどこに行くのかを聞いた。
引き留める気は全くないのが、良くわかる。
そして、親父の問いかけを聞いたお袋は――。
「私は――エルフィンを旅しようと思っているの」
そう、答えた。
エルフィンを旅する、すなわちエルフたちの世界を調べるって事か。
「彼らの文化には、縄文時代の痕跡がたくさんあるわ。そこを調べて、私たちとの共通点を見いだせたらなって思うの」
「そりゃ大変そうだ」
「まあね」
お袋の考えに、親父は「大変そうだ」と答える。
俺もそう思うけど、こうなったお袋は止まらない。
笑顔で、送り出してあげるのが一番だね。
ただ、どうやって旅するのかは聞いておかないと。
「俺も反対はしないけど、準備とかは大丈夫なの?」
「そこはもうバッチリよ。平原の人たちに話を通してあって、一緒に旅する予定なの」
「なるほど、旅人に付いていけば確実だね」
「でしょ?」
昨日平原の人たちに話しかけていたのは、その相談だったのか。
彼らも旅の仲間が増えるのは歓迎だろうから、良いアイディアだ。
「道具も物資も調達してあるし、いざというときはネコちゃん便で連絡も取れるわ。これはもう、旅するしかないわよね!」
「まあ、そうかもな」
「少なくとも、お袋が音信不通になることは避けられるね」
今までコツコツと積み上げてきた絆は、確かに旅にとっても役立つ。
あとはもう、お袋のがんばり次第だ。
元気に旅をして、元気に帰ってきて欲しい。
「いつ頃帰るかは決めていないけど、多分ちょくちょく顔は出すわね」
「平原の人たち、交易でしょっちゅう来るからね」
「そう言う意味でも、うってつけよね」
年単位で行方不明になると言うことは、この旅では起きないだろう。
そういう意味でも、安心だ。
それじゃあ平原の人たちにお袋を託して、送り出してあげよう!
――ということで、お袋がエルフィンへと旅立つことになった。
「行ってくるわね!」
「ミサキさんのこと、おまかせください」
「なかまが、ふえたかな~」
「よりいっそう、たびがたのしくなりますね!」
みんなでお見送りをして、平原のお三方とお袋を送り出す。
平原のお三方は、旅の仲間が増えるとあって嬉しそうだ。
あとはお袋がエルフィンの旅を通じて、色々な縁を結んできて欲しい。
俺たちの知らない森のこと、知らない人たちのこと、知ってきてくれれば。
もっともっと、エルフたちのことを知る事が出来る。
土産話が、楽しみだ。
「お袋、旅を楽しんできてね」
「ちょくちょく、顔を出せよな」
「それはもちろんよ」
親子三人で、にっこりと微笑み合う。離れていても、親子関係は変わらない。
お袋の旅を応援しつつ、その帰りを楽しみにして。
今は笑顔で、送り出してあげよう。
「それじゃあ、大志の事は二人に任せるわね」
「いってらっしゃいです~。タイシのことは、まかせるです~!」
「大志さんのこと、私も任されました! ……フフフ」
「お願いね。うちのガテン系息子、なんとかしておいて」
「なんとかって……」
どうやら俺の事はハナちゃんとユキちゃんに任せたみたいだけど、なんとかするってなんでございましょうか……。
俺の染みついたガテン系パターンは、そう簡単には治らないよ?
不可能じゃ無い?
まあ、それは気にしないことにして。
「それじゃあお袋、行ってらっしゃい」
「美咲、行ってらっしゃい」
「行ってくるわね!」
俺と親父、そして村のみんなに見送られて……お袋は旅立っていった。
平原のお三方と一緒に、ウッキウキで。
またね、お袋。エルフィンを、元気に旅してね。
◇
お酒がたくさんで、酔っ払ってしまいました……。
ちょっと飲み過ぎたので、量の目減りを疑われましたが、バレていないので問題ないですよね。
ふふふ、これからもお酒がたくさん。飲み放題!
とまあ、それはそれとして。
お酒を飲んでばかりではなく、見守るお仕事もしないといけません。
――というわけで。
ここはとある世界の、とある平原。
フクロオオカミに揺られながら、のんびりと旅する四人がおりました。
「ミサキさん、調子はどうですか?」
「いいかんじね! やっぱりたびは、たのしいわ!」
「ですよねですよね!」
「旅は、最高かな~」
何も無い平原を、キャッキャしながら進みます。
美咲にとっては、見たことも無い世界。知らなかった世界。
目に入る物全てが珍しく、空に存在する天体も珍しく。
大はしゃぎしちゃうのも、当然ですね。
「そろそろ泉に到着するので、今日はそこで一晩明かしましょう」
そんな大はしゃぎする美咲をニコニコと振り返りながら、平原のお父さんが言いました。
遠くに見える泉を指さして、今日のキャンプ地を決めたみたいですね。
「キャンプね! たのしみだわ!」
「サバ缶で、夕食作るかな~」
「良いわね。そうしましょう」
それを聞いた美咲を含めた女性陣、反対意見は無いようで、楽しいキャンプを思い浮かべてはしゃぎます。
缶詰のおかげで、旅の食事もちょっと豪勢になって。
楽しい夕食になりそうですね。
やがて一行は目的の泉に到着し、せっせと幕営を開始します。
「はい! できたわよ!」
「ミサキさん、天幕を張るの上手いかな~」
「たびにでたらいつもしていたから、てなれたものなの」
「さすがです!」
「正直、私より上手ですね……」
持ち前の腕力と器用さで、ちゃっちゃと天幕を張った美咲。
その手際の良さに、平原のお三方も拍手喝采です。
ただ平原のお父さんは、見せ場がなくなってちょっとしょんぼり。
お父さんのお仕事でしたからね。
そこはまあ……他のことでお父さんの威厳を見せてあげれば良いのでは?
とまあ寝床の準備は出来たので、お次は楽しい夕食です。
「それじゃ、火を点けるね」
「ライターって、とっても便利かな~」
「これが百円で買えるのは、助かりますね」
さっそく火起こしをする、平原のお父さん。
村で買った百円ライターを使って、すぐさま完了です。
そうして火を起こして、お湯を沸かして、缶詰やアルファ化米を用意して。
即席の食品が多いですが、お手軽で良いかもですね。
あっというまに夕食が出来上がり、配膳です。
「ほら、食器を出して」
「お父さん、たっぷり盛って欲しいかな~」
「食べ盛りね」
お父さんが家族に配膳するようで、にこやかに食器を出す娘ちゃんです。
食べ盛り育ち盛り、大盛りを希望ですね。
「……いつみても、ふしぎですねそれ」
そんな様子を見た美咲、何も無い空間から出てきた食器を見つめます。
大志がつっこんだことにより判明した、エルフたちの空間収納。
ちたま人である美咲には、まるで手品にしか見えません。
と言うか実際、こないだ手品として荒稼ぎしましたね。
「そう言えば、ちたまの人たちはこれ、出来ないんでしたっけ」
「そうなんですよ。しょうじき、うらやましいです」
「まあ、これが出来なかったら……旅は大変かな~?」
「歩いて旅をするのは、ちょっと無理かもですね」
良く旅をする美咲は、エルフたちの空間収納が羨ましいみたいですね。
確かに、単身で旅をするならこれほど便利な能力はありません。
なんたって、個人でそれなりの荷物を仕舞っておけるのですから。
「でも、仕舞いすぎるとやっぱり重いですよ」
「フクロオオカミがいないと、長距離は無理かな~」
「油断すると、こぼれたりしますから」
「そこは、ばんのうではないのですね」
ただ色々制限もあるようで、何でも出来るわけでは無いみたいですね。
それでも、手荷物を減らせることは大きいようで。
平原の人たちが旅をするには、必須の能力。
エルフ世界の交易を、地味に支えているのでした。
「ちなみに、しまうときは……どうされていますか?」
「こうやって……こんな感じで、仕舞うかな~?」
「角度が重要なんですよ。こう……ちょっと下から、ぐいっと」
美咲の質問に、平原の娘ちゃんとお母さんが実演してくれました。
どうやら若干のコツはあるようで、角度とかが重要なようです。
そうですよね。角度は重要ですよね。角度は。
世の中の全ては、角度を何とかすればだいたい解決します。多分。
「へえ……こんなかんじですか?」
「もうちょっと、もっと浅い角度かな?」
「こうですよ。こうして……ここの下ら辺から、ぐいぐいっと!」
二人の仕草をマネして、美咲も手をぐいっとやっています。
ただなかなか難しいようで、娘ちゃんに角度を微調整してもらっていますね。
しかし、そんな練習をしても無意味では?
大志だっていまだにこっそり、自宅の庭でボっとなる訓練をしています。
しかし、一度もボっとなったことはありません。
親子揃って、諦めの悪い方々ですね。似たもの親子です。
「このへんから、こうですね」
「そうそう! その辺かな~」
「良い感じですよ!」
そうして無駄な練習を積むこと、なんと一時間。
夕食を食べながら、美咲は角度を調整して、何もない空間の下ら辺から、ぐいっと!
空間をぐいぐいました。
すると――。
「……あら?」
――何かが、起きてしまったようです。
◇
「ミュミュ~!」
「ネコちゃん、かえってきたです~」
「よしよし、いつもありがとうね」
「ミュ~ン」
お袋が旅立ってから、三日。
こちらから飛ばしたネコちゃん便が、元気に帰ってきた。
さてさて、どんな返信が来たかな?
「大志さん、デジカメです」
「ユキちゃんありがと」
ネコちゃんをなでなでして果物をあげている間に、ユキちゃんが荷物を取り出してくれた。
こちらから送ったデジカメに、メッセージを録画してもらってあるはずだ。
まあ、旅に出て間もない状態での、近況報告だね。
物資不足や旅先で起きた問題を、こちらで吟味検討して解決する時にも役立つ。
その予行演習というわけだ。
「お、録画が入っているね」
「見てみましょう」
「ミサキ、げんきしてるですかね~」
手渡されたデジカメを確認すると、録画ファイルが見つかった。
多分、お袋からのビデオレターだ。
早速確認してみよう。再生ボタンを、ぽちっとな。
『……大志、大変よ』
録画を再生すると、真剣な顔をしたお袋が写っていた。
大変って言っているけど、もう何か問題が起きたのだろうか。
「……なんだか、深刻そうですが」
「あや~……しんぱいです~」
その様子を見たユキちゃんとハナちゃんも、表情を硬くする。
お袋は頑丈で超つおいから、だいたいは力業でなんとかしてしまう。
そのお袋でも深刻な顔になるほどの、大きな問題が出たっぽいぞ……。
うわあ、凄い怖い。一体何が起きているのか。
『落ち着いて聞いてね。というか見て。私が手に持っている、缶詰を見て』
俺たちがぷるぷる震えるのにはお構いなしに、録画は再生されていく。
今度はお袋が、缶詰を持った右手を構えて、何かを始めた。
一体何を――。
『――ほら、仕舞えたでしょ』
と思っていたら、缶詰が……消えた。
まるで手品のように、空中で。
「……今の、何?」
「缶詰が……消えた?」
この怪現象に、俺とユキちゃんは固まる。
今見た映像が、信じられなかった。
「あえ? しまったです?」
しかし、ハナちゃんの言葉で我に返る。
そうだ。お袋が見せた不可思議現象は――「仕舞う」現象とそっくりだ……。
まさか、まさか……。
手が震え、デジカメの画面も震える。
『もう分かったでしょ。私も――仕舞えるのよ。エルフたちみたいに……』
そんな震える画面に写るお袋は、今度は缶詰を取り出す。
何も無い空間から、突然。
――なぜ、お袋が「仕舞える」んだ?
なぜ、お袋……なんだ?
頭が混乱して、上手く考えられない。
トリックかと思ったけど、お袋がそんなことをする理由が無い。
これは――本当の事なのだと、息子としての直感で分かった。
「た、大志さん……」
「あや~、しまうの、まだまだぎこちないです?」
ユキちゃんも衝撃を受けたようで、俺の腕にすっとしがみついた。
でもハナちゃんは、仕舞う技術のぎこちなさをのんびりと指摘だ。
……エルフから見たら、まだまだ技術はつたないのね。
しかしなんだこれ、意味が分からない。
どうしてお袋が「仕舞える」のか、訳が分からない。
一体これは……。
『大志、角度が重要なの。角度よ』
画面の中のお袋が、角度が重要と説明する。
しかし意味が分からない。
『角度が分かってしまえば――空間の存在が、分かるの。コツがあるの』
そんなことを言われても、俺にはさっぱり分からない。
一体何の話なんだ?
『あんたも試してみなさい。たぶん――大志も出来るはず』
そして、お袋はそう続けた。
俺もエルフたちの持つ技能である――「仕舞う」事が出来る?
そんなはずは……。
そんなはずは……無いとも言い切れない。
だって出来たら――俺も手品出来るじゃん!
マジックショーのステージ、立てちゃうかもだよ!
「……今、絶対しょうもないこと考えましたね」
「ネタをおもいついたときの、かおです?」
ちょっ!
ネタじゃ無いよ! 俺にとっては、重要な事なんだよ!
……よーし! お袋の言う「角度」とやらを、見つけてみせようじゃ無いか。
目指せエルフ技能の――「仕舞う」能力。
俺も身につけてみせるぞ! マジックしちゃうからね!
「これは確定ですね。ハナちゃん、大志さんしょうもないこと始めるよ」
「あや~、いつものことです?」
……二人のツッコミ、切れ味ばつぐんだ。
その辺で許して下さい。ネタに走るのは、俺のサガなんです……。
これにて今章は終了となります。みなさま、お付き合い頂きありがとうございました。
引き続き、次章もお付き合い頂ければと。
はてさて、なぜ美咲は仕舞うことができるのか。
そしてなぜ、大志も出来ると言えるのか。
エルフ技能の謎や、美咲が出来ることの謎――追求できたら、良いな。