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エルフのハナちゃん  作者: Wilco
第十八章 エルフ技能
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第十三話 巫女ちゃんの夏休み


 お盆のマジックショーイベントも無事終わり。

 村に帰ってのんびり過ごそうと思った。

 思った。


「キャー! 妖精さん! 妖精さんがたくさんいる!?」

「はじめまして! はじめまして!」

「おだんごたべる? おだんご!」

「おきゃくさん~」


 しかし今、村の妖精きんぐだむというかお花畑で、巫女ちゃんが大興奮で走り回っている。

 妖精さんとのお別れの時、うるうる巫女ちゃんの圧力に耐えきれなかったのだ。


「すっごいはしゃいでますね」

「うれしそうです~」


 大喜びの巫女ちゃんを見て、ユキちゃんとハナちゃんもほっこり見守っている。

 今回は巫女ちゃんだけあぶだくしょんして、村にご招待しているのだ。

 ここは秘密の場所だからね。

 巫女ちゃんなら領域にはじかれることも無いだろうと連れてきたけど、思った通りスルーパスだった。

 とっても良い子なんだろう。


「絵本の中に来たみたい! 妖精さんたくさん! 宇宙人さんもたくさん!」

「おかしをつくるね! おかし!」

「キャー! ちっちゃなフライパン!」

「こきょうのおかしを、つくりましょ~」


 妖精さんたちがお菓子を焼き始めて、その様子に巫女ちゃんもうふうふ笑顔。

 ……さっきからお菓子食べまくりだけど、おふと――は大丈夫かな?


「やせるわよ~!」

「またぷにったとか、ふるえる」

「おにくが、おにくがあああ~!」

「もとどおりなの~……」


 ほら、そこの方々みたいに、またおふと――って震えている方々もいらっさるわけで。

 ほどほどにね、ほどほどに。


「はい、飲物どうぞ」


 お菓子が焼き上がる様子を眺めていると、ユキちゃんが飲物を持ってやってきた。

 今日も暑いからね。気遣いの出来る、良く出来た娘さんだ。


「キツネのお姉さん! ありがとう!」

「あ、あわわわわ……。な、内緒にしてね。内緒」

「わかった~!」


 しかし大人の事情を考慮してくれない巫女ちゃんに、さらっと正体が暴露されてしまう。

 バラされた耳しっぽさん、めっちゃ焦っております。だけどまあ、バレバレだからね。

 ユキちゃんのダメージはゼロである。

 あらかじめ情報をリークすることで、損害を抑える。ユキちゃんさすがの情報管理だ。

 ……もちろん言葉通りの意味ではない。


「あ、あの子のご両親は、湯田中の温泉宿で宿泊でしたっけ?」


 巫女ちゃんに飲物を渡したユキちゃん、頭とおしりを押さえながらこっちにやってきた。

 あからさまな話題そらしですなあ。いまさら隠しても無駄なんだけどなあ。

 でもまあかわいそうすぎるので、さっきの話は聞かなかったふりをしよう。


「そうそう。そのあと、佐渡の実家に顔を出すんだって」

「温泉旅館で夫婦水入らず、憧れますね……フフフ」


 俺に気づかれなかったと勘違いして安心したのか、また耳しっぽが出てきた。

 そこだよそこ。そのスキの多さがだね……また可愛いんだよね。

 うかつ権現さん、ずっとそのままで居てください。


「そういえば護衛の男の子は、どうしているのですか?」


 ふさふさ耳しっぽを堪能していたら、ユキちゃんから護衛君について質問が来た。

 巫女ちゃんのご両親は、温泉宿で夫婦水入らずの一時。お盆のかき入れ時が過ぎたから、一休みだ。

 しかしそこに、護衛君は加わっていない。水入らずだからね。

 じゃあどこにいるかというと……。


「彼なら総本山で修行だって。今は自分たちがいるし、そもそもここは安全だからね」

「そうなんですね」


 巫女ちゃんにつきっきりだと、どうしても本格的な修行の時間は取りづらい。

 良い機会と言うことで、巫女ちゃんの護衛は俺たちが担当して、彼は腕を磨いているわけだ。

 子供なのに凄い。俺だと遊びほうけて、夏休みの宿題とか後で青くなるね。


「クッキーがやけたよ! やけたよ!」

「どしどしおたべ~」

「妖精さんたち、ありがとう!」

「ハナちゃんもどうぞ! どうぞ!」

「ありがとです~」


 そうしている間にも、大量のお菓子が焼き上がる。

 一つ一つは小さくても、妖精さんは大勢いらっさるわけで。

 かなりの量のフェアリンクッキーが量産された。


「おいしー! 妖精さんたちのお菓子、凄いね!」

「あまくて、とってもおいしいです~」

「ほめられちゃった! ほめられちゃった!」

「きゃい~!」


 物量にふるえていると、巫女ちゃんとハナちゃんが次々に消費していく。

 ハナちゃんも結構食べているけど、巫女ちゃんの消費量は数倍だ。

 ……まさか巫女ちゃん、大食らい属性?

 山盛りのフェアリンクッキーが、見る間に減っていくぞ……。


(おそなえもの?)

「かみさまもどうぞ! どうぞ!」

「おかしだよ! おかし!」

(ありがと~)


 さらに神輿も加わって、フードファイト会場みたいになった。

 三人で、さくさくもぐもぐとフェアリンクッキーを食べていき……。


「あや~、ハナはこのへんで、げんかいです~」


 やがて、ハナちゃんがお腹いっぱいになってストップ。

 でも巫女ちゃんも神様も、そんなハナちゃんの横でお菓子を次々と食べて……。


「ごちそうさま! 妖精さんありがとう!」

「どういたしまして! どういたしまして!」

「なにより~」

(さくさくおそなえもの~)


 全て、食べてしまった。キロ単位であったクッキーを、全部。

 なんちゅう食欲。


「あれ、全部食べちゃいましたね」

「……正直、自分でも全部食べるのは無理なのに」

「すごいです~」


 大量にあったクッキーを全て食べ尽くし、巫女ちゃんと神輿は満足そうだ。

 あれほど甘い物を大量に食べても、平気なご様子。

 甘い物は別腹ってやつかな?


「妖精さんたち、次は何して遊ぶ?」

「マンガをよんで! マンガ!」

「よめないもじ、あるの! あるの!」

「わかった! マンガを読んであげるね!」


 あれだけ食べても元気な巫女ちゃん、お次は妖精さんたちとマンガを読むみたいだ。

 妖精きんぐだむを堪能しているみたいで、微笑ましい。

 そのままのんびり、遊んでもらいたい所だ。

 でも巫女ちゃんには、後でちょっとお願いしたいお仕事もあるんだよね。

 後で良いので、お願いしておこう。


「えっとね、今じゃ無くて良いのだけど、妖精さんたちの羽根も見てくれないかな」

「わかった! 見ておくね!」

「自分たちで診断して治療したけど、それで良いのか確認したくて」

「確認するね!」


 脆化病の患者は、たびたび訪れる。

 今は俺とメカ好きさんが診断して、妖精さんたちが治療しているけど……ちゃんと出来ているかは気になっていたからね。

 巫女ちゃんは脆化病診断の権威であるだけに、一度確認しておいて欲しかったわけだ。


「明日、治療済み妖精さんたちを集めて見てくれたら嬉しいな」

「わかった! きちんとお仕事するね!」


 元気に返事をする巫女ちゃん、安心してお仕事をお任せ出来る。

 この子のとてつもない見鬼けんきの力。

 きちんと見守って方向性を示す事が出来れば、こうして誰かの幸福を守ることも可能だ。

 願わくば、力に振り回されずに幸せになってほしい。

 俺も含めた、周りの神秘を知る者たちでなんとかしていこう。


「こんな場所で遊べるなんて、夢みたい~!」

「もっとあそぼ! あそぼ!」

「おなかま、たくさん~」


 ――こうして、巫女ちゃんは数日村に滞在して。

 花畑でテントを張って、妖精さんや神輿、そしてハナちゃんや村の子供たちと一緒に寝たりして。

 楽しい夏休みを過ごしたのだった。



 ◇



「宇宙人さん、ありがとう! 楽しかった~!」

「良い思い出、作れたかな?」

「もちろん! 最高だった!」


 巫女ちゃんの隠し村滞在が終わり、湯田中で宿泊中のご両親の元へと送り届ける。

 ここ数日思いっきり妖精さんたちとの生活を堪能したようで、お肌つやっつやだ。


「うちの娘の面倒を見て頂けて、ありがとうございます」

「とっても楽しめたようで、つやつやしてますね」


 ご両親もその様子を見て、にっこにこ笑顔だ。

 自分の娘を俺という他人に数日預けてくれたという信頼、守れたかな。

 護衛君も信頼してくれていたようで、任せっきりにしてくれた。

 引き続き、この信頼を裏切らないよう努力していこう。


「……」


 ただ、護衛君は口数が少なめだ。なんだかお疲れな感じ。

 どうしたのかな?


「お疲れみたいだけど、大丈夫?」

「総本山の修行……あれは地獄でした……。なんとかやり遂げられて、ほっとしています」

「さ、さようで……」


 どうやら修行が厳しかったらしく、それでお疲れらしい。

 でも子供なのに、修行をやり遂げるとは凄い。

 そんな彼の心意気に答えられるよう、うちも影から色々支援しよう。


「必要な装備や法具があったら、うちに言ってね。用立てるから」

「ありがとうございます。いつも助かってます」


 これまでも色々援助してきたけど、ちゃんと認識しているようだ。

 ほんと子供なのに凄いな。俺が同い年くらいの子供だったときと比較すると……。

 ……考えないようにしよう。俺のダメさ加減が際立つ。考えてはいけない。


「では、私たちはこれから佐渡に向かいます」

「おばあちゃん、元気してるかな!」


 やがて出発の時刻となり、巫女ちゃんのお父さんが車の鍵を取り出す。

 そろそろ、お別れかな。

 巫女ちゃんもお婆ちゃんに会えるのが楽しみなようで、ウキウキしているね。


「そう言えばお婆ちゃん、町に面白い外国人がいて、一緒に焼き物をしているって言ってたわ」

「面白い外国人か~」

「面白すぎて、町のポスターにもなったんだって」


 ……面白い外国人、そして焼き物。

 どこかで聞いた気もするけど、気のせいだと思う。

 たぶんそうだ。褐色肌で銀髪の、耳の長い方々の話ではないと思う。

 そうだと良いな。



 ◇



 巫女ちゃんを見送った後、もう一つの別れが来る。


「それじゃ大志、また年末な」

「久々に、長居しちゃったわね」

「あにゃ~」


 爺ちゃん婆ちゃんご一行が、異世界の旅へと戻るのだ。

 俺が仕事を抱え込みすぎたのを見かねて手伝ってくれたおかげで、えらく引き留めてしまった。

 ちょっと寂しいけど、老後の楽しみをあまり邪魔してはいけない。

 爺ちゃん婆ちゃんとシャムちゃん、それに他のみなさんもありがとうだ。


「つってもまた年末に来るから、数ヶ月後に再会だけどな」

「年越しは、またよろしくね」

「あ~にゃ!」


 まあ爺ちゃんの言うとおり、年末にはまた顔を出してくれる。

 その時を楽しみに、お互い元気でいましょうだね。


「それじゃ、そろそろ行くな」

「行ってらっしゃい」

「またくるです~」

「お待ちしております」

「おせわになったじゃん」

「またきてね! またきてね!」

「まってるさ~」


 村人全員に見送られて、爺ちゃん婆ちゃんご一行は洞窟をくぐっていった。

 またの再会を楽しみに、毎日を過ごしていこう。


「……」


 そうして爺ちゃん婆ちゃんを見送った後、ふと、お袋の口数が少ないことに気づいた。

 何かを考えているようで、ちょっと気になる。

 聞いてみようか。


「お袋、やけに静かだけど……どうしたの?」

「あ~、私もちょっと考えていることがあってね。決まったらまた話すわ」

「わかった」


 なにやら、お袋は考えているようだ。

 好奇心があふれる学者の目をしているから、仕事がらみだろう。

 決まったら話してくれると言っているので、それまで待つとするか。


 ということでお袋の話は待つことにして、俺は日常業務をこなさないとね。

 さしあたっては、仕込んでいたお酒の管理だ。

 また遺跡に行って、ちまちまと出来具合を見ておこう。


「これから遺跡に行ってお酒の様子を見るつもりだけど、ハナちゃん一緒に来る?」

「いくです~」

「ユキちゃんは?」

「もちろん参加します」


 二人ともお手伝いしてくれるようなので、自転車に乗ってちょっくら見てきましょうかね。

 他のお酒仕込み班も誘って、賑やかにお仕事しよう!


「それじゃ、遺跡に行く準備をしようか」

「あい~!」

「私とハナちゃんは荷物を用意しますね。自転車はお願いします」

「それじゃ、自分は自転車を持ってきたり他の人を誘ってくる」


 遺跡に向かう準備を始めるため、みんな動き始める。

 そろそろお酒は完成している頃だから、盛り上がるかもね。


「実行するとしたら、アレとアレは必要よね。あと、アレも」


 いそいそと遺跡へ行く準備中、お袋はぶつぶつと何かをつぶやいていた。

 お袋の方も、色々と準備することがあるようだ。

 一体何をするんだろうね?



 ◇



「おさけ、じょうずにできたじゃん!」

「すっぱくなってないぞ~!」

「いいかんじに、できたのだ!」


 遺跡でお酒の様子を確認すると、見事に完成していた。

 地下の環境と、事前の低温殺菌が効いたみたいだな。

 俺たちは、大量のお酒を手にすることが叶ったのだ!


「おさけ、たくさんさ~」

「うれしいさ~」

「これで、ひとあんしんさ~」


 何より喜んだのは、しっぽドワーフちゃんたちだ。

 各自が仕込んでいるお酒に加えて、みんなで量産した醸造酒がたんまり。

 そりゃあ、しっぽを振って喜ぶのも当然だね。

 あんまりしっぽをふりすぎたものだから、となりの人にパチパチ当たっている。

 となりの人のしっぽも、パチパチ当たっちゃって。

 今遺跡の地下では、しっぽパチパチ音が響き渡っている。


(じさくのおそなえもの~)


 あと神輿仕込みのどぶろくも上手に出来たようで、キャッキャと光って大はしゃぎだ。

 いつもより、回転速度がちょっと早いね。

 それだけ嬉しかったんだろう。

 これでひとまず、全員のお酒は上手に出来たって感じだね。


「……なあ大志、どぶろくの量がちょっと少なくないか?」


 しかし親父が、どぶろくが仕込んである容器を覗いて首を傾げていた。

 ちょっと確認してみると……。


「あれ? ほんとだ。なんだか妙に減ってる」


 仕込んだ量からすると、確かになんだか少ない。

 どぶろくヨーグルトの味見をしすぎたせいかな?


「こっちのおさけも、ちょっとへってるのだ」

「おさけづくりでは、よくあることじゃん?」

「まあそうだな」


 ただ、他のお酒も量が減っているようだ。

 ……これが天使の取り分ってやつなのかな?


「お酒造りでは、天使の取り分ってやつで減るって聞いたことあるけど」

「それは熟成するときの話で、醸造したばかりの時でそんなに減るはず、ないんだけどなあ……」

「そうなんだ」

「そうなんだよ、これが」


 親父は首を傾げっぱなしだけど、まあ気にすることでも無いのでは。

 ものすっごく醸造したから、有り余るほどのお酒があるわけで。

 それに足りなくなる前に、また醸造すれば良い。

 遺跡の地下は、うってつけの醸造場所で、失敗することもほぼ無い。

 細かいことは気にしないことにして、まずはお酒の完成を祝うとしようじゃないか。

 早速提案してみよう。


「とりあえず上手くお酒は出来たから、村のみんなで試飲とかしよう」

「おさけ! おさけがのめるじゃん!」

「いいねいいね! みんなでのもう!」

「ハナは、おさけをつかったおつまみ、つくるです~」

(おそなえもの~!)


 試飲の提案をすると、みなさん大はしゃぎになった。

 自作のお酒で、みんなと酒盛り。

 そりゃあ、楽しみだよね。


「それじゃあ、いくつかの容器を持って村に帰りましょう!」

「「「はーい」」」


 ということで、今日は試飲という名の飲み会だ。

 村で作ったお酒と、ハナちゃんの作ったおつまみで一杯やろう。


「ハナちゃんのおつまみ、楽しみにしているからね」

「うきゃ~」

「もちろん私も、おつまみ作りますよ」

「それも楽しみだ」


 さてさて、村に帰って飲み会の準備でもしようかな。

 きっとダメルフが量産されるだろうけど、いつもの光景だし。

 暗くなるまで、みんなで飲んで騒ごう!


 ――そうして数時間後、飲み会が始まる。


 消防団のメンバーが固まって、グビグビと飲んでいるけど……。


「おさけ、めっちゃうまくできたじゃん!」

「すっぱくないおまえのおさけ、はじめてのんだわ」

「ほんとそれ」


 今回は低温殺菌が上手くいったようで、マイスター酢とはならなかった。

 いつもお酢を作っていたマイスターだけに、ニッコニコ笑顔だね。

 開始数分でガッハッハと盛り上がっているけど、夜まで持つかな?


「タイシタイシ~、おつまみつくったです~」


 消防団がすぐに酔いつぶれないか心配していると、ハナちゃんが早速おつまみを作ってくれた。

 アダマンフライパンから器へと、何かを移している。

 これは……。


「エビのお料理かな?」

「そうです~。エビを、おさけでむしたやつです~」

「ほほう、エビの酒蒸しか。美味しそうだ」


 ハナちゃんが作ってくれたおつまみは、エビの酒蒸しのようだ。

 ……しかし、身がでかいな。

 こんなでかいエビ、村の川にはいない。

 どこから調達したのだろうか?


「ねえハナちゃん、これってエビなんだよね?」

「あい、エビちゃんです~」

「村の川にはいない種類のようだけど、どこで調達したの?」

「ドワーフさんたちに、もらったです~」


 しっぽドワーフちゃんたちから、貰った?

 このエビっぽいのは、もしかして……ドワーフの湖に生息する生きものなのかな?

 とりあえず、食べてみよう。


「それじゃ頂きます」

「どうぞです~」


 ハナちゃんから器を手渡されて、一口食べてみる。

 すると――ぷりっぷりの身から、エビの濃厚な味があふれ出た。

 まさにエビ。思わずにやける美味しさ。

 そこにほのかな日本酒の香りと風味が合わさり、コクと旨味、さらには甘味が添えられて。

 お酒の効果で出汁も良く染みているようで、香り豊かで深い味わい。

 小料理屋さんで出てくるような、そんなおつまみだった。


「これは凄いね。ちょっとしたご馳走だよ」

「うふ~」

「ハナちゃん、おつまみも上手に作れるね。さすがお料理上手」

「うきゃ~」


 この辺がギリのラインかな? あと一歩でぐにゃる。

 まだまだ飲み会は始まったばかりだから、ここで抑えておこう。

 しかしこのエビ、すごく美味しいな。

 今は一口大に切られた身しかないけど、調理前はどんな姿なのだろうか。


「……ちょっと、調理前のやつとか見ることは出来る?」

「あい~。こっちにあるですよ~」


 ハナちゃんがエルフ耳をぴこぴこさせながら、炊事場へぽてぽて歩き出した。

 後に続いて炊事場に向かうと……。


「わきゃ~、これは、こうやってさばくさ~」

「あら~、けっこうほねが、おおいのね~」

「ちまちま、ほねをとるのさ~」

「なれてくると、かんたんかも」


 炊事場では、腕グキさんとステキさんが、お魚を捌いていた。

 しっぽドワーフちゃんに教えられながら、手際よく作業をしている。


「このおさかなをさばくのは、きをつけるさ~」

「毒があるんですよね」

「そうさ~。きをつけるさ~」


 ユキちゃんも何かを捌いているけど、「毒がある」とか不穏な単語が聞こえた。

 ……毒のあるやつを、お料理するの? それ、俺が食べるんだよね?

 出来れば、毒の無いやつが良いなあ……。


「タイシ~、これです~。これ。エビちゃんです~」


 毒のあるやつにぷるぷるしていると、ハナちゃんがバケツの中を指差していた。

 そのバケツの中に、例のエビちゃんがいるわけだね。

 どれどれ……。


 ――すげえのがいる! 伊勢エビみたいなやつ!

 しかもでっかい!


「うっわこのエビちゃんすごい! ちたまじゃ、高級なやつによく似てる!」

「そうです?」

「買うと一万円は楽に超えるね」

「あやー! そんなにするです~!?」


 具体的な金額を伝えたら、ハナちゃんのお耳がぴっこーんとなった。

 エルフたちの経済感覚からすると、一万円は俺たちで言う十万円以上の価値だからね。

 そりゃあ驚くのも当然だ。


「わきゃ? このエビ、みずうみにはたくさんいるさ~?」

「ほくほくねっこを、かじっておっきくなるエビさ~」


 俺とハナちゃんが大騒ぎしていると、しっぽドワーフちゃんが説明してくれた。

 どうやらドワーフの湖には、たくさん生息しているようだ。

 ほくほくねっこを主食としている、湖のエビってやつなんだろうね。

 本当に見事な伊勢エビっぽい見た目で、凄く美味しそうだ。

 ……これ、生では食べられないのかな。淡水だから、無理かな?


「ねえ、これって生では無理かな?」

「このエビは、しんせんなら、そのままたべられるさ~?」

「カラごと、あたまからマルカジリできるさ~」

「ねっこをたべているから、あんぜんさ~」


 良くわからないけど、生でも良いらしい。

 ……頭からマルカジリってのが気になるけど、取れたてを殻ごと食べられるようで。

 可愛い見た目と違って、意外とワイルドなドワーフちゃんだね……。


「でも、しおやきがいちばんおいしいさ~」

「おすすめさ~」

「さかむしのつぎは、しおやきにするです~」


 バケツからエビちゃんを取り出したハナちゃん、次は塩焼きにするとキャッキャしている。

 これは楽しみだ。伊勢エビっぽいやつの塩焼き、ワクワクしちゃうね。


「どくがあるから、いっきにやるさ~」

「さばいたてで、めをこすったらだめさ~」

「一気にですね。――えい!」

「じょうずさ~」


 しかしあっち側では、不穏な毒のあるっぽいやつをなんとかしている。

 真剣な目のユキちゃんと、周りでわきゃわきゃと指導しているドワーフちゃん。

 明らかにそれ、俺が食べるんだよな。

 出来れば、毒の無いやつがいいな……。


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