第十一話 しまっちゃうです~
「ハナちゃんたちは、物をどこに――『仕舞って』いるの?」
思い切って、ハナちゃんに聞いてみる。
「あえ? どこにしまうかです?」
俺の問いかけを聞いたハナちゃん、首をこてっと傾けた。
「そうそう。みんなはよく、いつの間にか物を取り出すことあるよね?」
「あえ~? ふつうのことです?」
……まあ、確かに普通のことではある。いっつもだからね。
でも今回、気になっちゃったわけだよ。
今日だって、おっちゃんエルフが大量の土器をいつの間にか並べていた。
あんな量の土器を、身につけていられるわけがない。
「あ! 私もそれ思ってました。一体どこから……って」
「だよね! ユキちゃんもそう思うよね!」
「カヌーとか、明らかに突然出てきましたからね」
「あや~、ユキも、きになるですか~」
俺と同じく、ユキちゃんも気になっていたらしい。
ずっと「そういうものか」と流してきたけど、今回とても気になってしまったわけだ。
それというのも……。
遺跡にあった古代文字の「空間有袋類」という記述が発端だ。
状況証拠から、フクロイヌはおそらく――空間有袋類、という生きものなのだろう。
フクロの中に「謎の空間」を持っていて、それゆえあのフクロに膨大な数の生きものを格納することができる。
俺はそう解釈した。
そしてこれは――この隠し村を外界から隔離するのと、よく似ている。
この村が存在する領域だって、空間を「仕舞って」あるのだ。
重力も変化させずに、空間を弄くる謎の技術。
どうしてそんな事が出来るか分からないけど、実例がここにある。
この領域が存在していて、そこで暮らしているわけだ。
フクロイヌのフクロにある「空間」も、そう言う物だと思っている。
実例があるわけだからね。
そしてこの「謎の空間」についてだけど。
みんなも、そういった空間に物を――「仕舞っている」のではないか?
そう、思い始めたのだ。
「大志さん、『空間』を持つ『有袋類』がいるのであれば……」
ユキちゃんは最後まで言わなかった。
でも遺跡の記述から、俺と同じ結論に至ったようだ。
そう、有袋類がいるのであれば――。
「――『空間人類』だって、存在しないとは言い切れない」
言い切れないと言うか、目の前にそれらしい方々がいらっさる感じ。
めっちゃ怪しいのですなあ。
そしてこの謎を明らかにするためには……。
目の前にいる方々に、聞いちゃえば良いのである。
聞けばある程度の情報は出てくる。なんというイージーモード。
今までの手探りに比べたら、全然楽ちんですな。
――というわけで。
仕舞っちゃうやつって何なのか、聞けば多少は分かるはずだ。
「ハナちゃんはフライパンとか、持ち歩いているみたいだけど」
「あい~! いまもあるです~」
試しにアダマンフライパンの事を話したら、今もあると言う。
ちょろっと、その仕舞い場所について教えて貰おう。
「それって、どこに仕舞っているのかな?」
「あや~、このへんです~。このへん」
そう言ったハナちゃん、右手を上げて。
次に……何も無い「空間」をにぎにぎとする。
すると――。
「ほら、ここにしまってあるです~」
ぴょいっと、ぴっかぴかのアダマンフライパンが出てきた。
何も無かった空間から、いきなりの出現である。
…………。
――なにこれ凄い!
「え……? 今何もない空間から、フライパンが……」
「ユキちゃんも見たよね! 目の錯覚じゃ、ないよね!」
「え、ええまあ……」
いまだに目を疑うユキちゃんだけど、同じ物を確かに見ている。
これは間違いない!
「おたまもあるですよ~」
お次は、アダマンおたまがぴょいっと出てきた。
これも突然だ。
何にも無い空間から、ぴょいっとな。
「……これは、確定か」
間違いない。ハナちゃんが手を伸ばした先に――謎空間がある。
ハナちゃん時空?
「タイシタイシ、どうです? きれいにおていれ、してあるですよ~」
右手にフライパン、左手におたまを持ったハナちゃん。
なんだか褒めて褒めて光線をだしている。
調理器具のメンテナンス状況を、褒めて欲しい感じだ。
……確かに、綺麗にお手入れしてある。
ハナちゃん的には、異空間から物を取り出すより、調理器具のほうが重要って事か。
それくらい、この謎空間は……ハナちゃんにとって普通の存在なんだ。
「タイシ~?」
くりくりっとした緑の瞳が、俺をじっと見つめる。
可愛いなあ。
ひとまず、調理器具のお手入れをちゃんと褒めておこう。
道具を大事にするのは、大切なことだからね!
「ハナちゃんすごいね! ぴっかぴかに手入れされてるよ!」
「うふ~」
「さすがお料理上手なだけあるね!」
「うきゃ~」
「良いお嫁さんになれるよ!」
「ぐっふ~」
褒めまくったら、ハナちゃん軟体化してたれぱ○んだみたいになった。
それでも調理器具は離さない。
さすがだ。
「大志さん、ハナちゃんがこの状態だと……次の検証できませんよ」
「――あ」
後先考えずにぐにゃらせちゃったけど、ユキちゃんの言うとおりだ。
ハナちゃんが回復するまで、待たないといけない。
「ぐふふ~、ぐふふ~」
でもまあ、幸せそうだから良いか。
ちょっとクールダウンだ。
あせらず急がず、のんびり検証していこう。
ぶっちゃけ、今すぐ全部知りたい! とは思うのだけど、ここは抑えて抑えて。
「ぐふふ~」
エルフ時空の謎を知りたいってのは、俺の都合。
育ち盛り食べ盛りの子供の夕食を遅らせてまで、やることじゃあない。
「あらハナ、またやわらかくなってるのね」
「今日は僕が、運ぶのを手伝うよ」
「ヤナ、ありがと」
幸せそうにぐにゃるハナちゃんを見たカナさん、にっこにこだね。
ハナちゃん、今日はお手伝い免除のようだ。
まあ、この状態だと運べないからね。
さ~て、検証はまた明日にしよう。
かなり気になる所ではあるけど、今日はここまで。
「はい、きょうのゆうしょくですよ」
「ぐふふ~」
そうして、みんなで賑やかに夕食を食べたのだった。
ご飯にお味噌汁。新鮮野菜のサラダに、川魚の味噌漬け焼き。
素朴だけど、楽しい食卓がそこにあった。
エルフ時空も大事だけど、こうした普段の生活も大事。
毎日を大事にしながら、ぼちぼち検証していこう!
◇
そして翌日。
朝ご飯を食べて元気いっぱいになった後で、検証を再開する。
「ハナちゃん、昨日の続きをお願いしても良いかな」
「あい~」
またぞろ、何も無い空間から物体が出てきた。
今度は、釣り大会の時に贈呈した一等賞の楯だね。
大事に持っていてくれたんだ。
「ハナのたからもの、たくさんあるですよ~」
次々に出てくる、ハナちゃんの宝物。
海水浴に行ったとき砂浜で拾った貝殻だったり、イルカちゃんのぬいぐるみだったり。
折り紙だったり、紙袋だったり。
思い出の詰まった品が、沢山出てくる。
「すっごい沢山、物が出てきた」
「一体どこに、これほどの物を……」
あんまりに出てくる物だから、俺もユキちゃんもビックリだ。
エルフ時空に物を仕舞うのもそうだけど、仕舞える物量にも興味が沸いてくる。
どれくらい仕舞えるのか、聞いてみよう。
「ハナちゃん、どれくらいの物を仕舞っておけるの?」
「あえ~……、タイシがいつものってる、くるまくらいです?」
ちょっと考え込んだハナちゃんから、そんな回答が。
俺が乗ってる車というと……ワンボックスかな?
「あの箱形のやつ?」
「そうです~!」
キャッキャと答えるハナちゃんだけど、それは相当な量だ。
荷室は最大、六立方メートルくらいある。
水だと六千リットル入る量だ。
「ハナちゃんの積載量、思ってたより凄かった」
「ワンボックス一台分って……」
この小さな体で、とんでもない積載量……。
ハナちゃんワンボックスである。あまりのでかさにクラッときた。
個人でちょっとした物置を保有しているレベルではないですか。
「そんなに沢山、物が入るんだ。ハナちゃん凄いね!」
「うふ~、ほめられちゃったです~!」
素直に凄いと言うと、ハナちゃんうふうふだ。
……ちなみに、みんなそれくらいの積載量なのだろうか?
「それで、みんなそれくらい仕舞えるの?」
「あや~……それは、ひとそれぞれです?」
ちょっと考え込んだハナちゃん、人それぞれと言う。
個人で差があるのかな?
「沢山仕舞える人もいれば、そうじゃない人もいるの?」
「あい~。こどもはそれなり、おとなはたくさんです?」
「年齢で差がでたりするんだ」
「ほかにも、しまうのがうまいひととか、いるです~」
大人と子供、収納技術の差などで変動はするようだ。
それじゃ、ハナちゃんはどれくらいなんだろう?
「ハナちゃんは、みんなの中では収納上手な方なの?」
「ふつうです~」
「ハナちゃんくらいの年の子と、同じくらいってこと?」
「あい~」
どうやらハナちゃんは、平均的らしい。
平均でこの積載量……。
「ハナちゃん一人で、単身の引っ越しなら出来ちゃうんだね」
「ハナたち、よくおひっこししてたです~」
「そう言えば、そんな事を聞いたね」
「あい~」
確かエルフたちは定期的に引っ越しして、森の資源を枯渇させないようにしていた。
そんな話は聞いたことがある。
お引っ越しのエキスパートなんだね。
そういう生活をするなら、まさにうってつけの能力だ。
「ちなみにおとうさんは、おうちひとつぶんを、しまえるです~」
「――何ですと?」
ハナちゃんの積載量に感心していたら、衝撃的発言が。
家一件分の物を、ヤナさんは仕舞えるとな……。
「そ、それって……今住んでいるお家のお話?」
「あい~! おとうさん、そのきになれば、ぜんぶしまえるです~」
固まる俺をフォローして、ユキちゃんが詳細を聞いてくれた。
今の住居であるログハウス一件分を、仕舞えてしまう……。
それって、普通なのかな?
ユキちゃんのフォローを引き継いで、ハナちゃんに聞いてみよう。
「ハナちゃんのお父さんは、平均的なの?」
「おとうさんは、むらでいちばん、しまうのがとくいです?」
「そうなんだ」
「あい~。おとうさん、ちょっとしたすきまに、つめこむのがとくいです~」
家一軒分で驚いたけど、ヤナさんは上手な方なんだな。
細かいことが得意だから、ちょっとした隙間に詰め込むのも得意なんだろう。
トラック一台分くらいは、収納できるっぽいな。
あと他の人もヤナさんほどでは無いけど、結構仕舞えると見た。
まあ平均して、かなりの収納が出来るっぽいね。
「思ってたのと、桁が違う感じがする」
「なんと言って良いのか、分かりません……」
正直、仕舞えるとしても段ボール箱で数箱分、とか思っていた。
しかし、貨物自動車単位だったとは……。
ユキちゃんも言葉が続かないようで、ぽかんとしている。
「タイシ~。タイシはどれくらいしまえるです?」
そしてハナちゃんから、お問い合わせが。
俺はどれくらい仕舞えるかって?
――ゼロ立方メートルでございます!
すなわち、無!
そんな便利時空、ちたま人にはないのでござるよ……。
「えっとね、自分たちは……仕舞えないんだ」
「あえ? しまえないです?」
「あのねハナちゃん。私たち、ちたまの生きものは……仕舞う能力は無いの」
「あえ? ないです?」
今度はハナちゃんが、ぽかんとしてしまった。
自分たちが当たり前に持っている、収納時空。
しかし俺たちにはそんなものは無いと、思ってもみなかったようだ。
「だからいつも、自動車とかを使って運んできているんだ」
「あや~……、それはすごく、ふべんそうです~」
「正直、元々そう言った能力はなかったから、不便とかは思わないよ」
「そういうものです?」
「そう言う物かな」
無い物をあれこれ望んでも、仕方が無いからね。
無いなら無いで、補えば良い。
そうしてちたま人類が努力した結果、地球の裏っかわからでも物が届く世界を作り上げた。
「おかげで、ちたまは輸送する力が凄く発達したんだけどね」
「たしかにそうです~。はこぶちから、すごいです~!」
通販なんて、夕方までに注文すると翌日には届くからね。
高度なシステムと、トラック輸送網による力業で成り立っている。
収納する力が無いからと言って、悲観する必要はない。
俺たちはそれを、みんなの力で補い合っている。
収納は限られるけど、運ぶ力は凄まじい。
それが、このちたま文明である。
無い物をきちんと、現実的な考えで補っている。
これは誇って良いかなと思う。
だからこそ、この日本でも一億三千万人が暮らしていけるのだ。
「今のところ、それで何とかなってるよ」
「大志さんがその気になれば、百トンとか運んできますからね」
「あれはすごかったです~」
実際、妖精さん増殖後の……かゆうま祭りの時にやったからね。
ちたまの輸送能力、目の前で体感したわけだ。
これはエルフ世界では、まだ実現不可能な力だね。
「とまあどっちの世界にも、得意な事や不得意な事はあるわけだよ」
「なるほどです~」
ハナちゃんのお目々にも、理解の色が広がる。
まあそういうわけですな。
それじゃ、この話はここでおしまいだ。
次は、仕舞った時の重量についてだね。
「ちなみに、仕舞ったときは重さってどうなるの?」
「ほんのちょっとだけ、おもさはかんじるです?」
「あ、重さはあることはあるんだ」
「あい~。おもすぎるやつは、しまうとつかれるです~」
重量は完全にゼロには出来ないって事か。
しかしハナちゃんでも、ワンボックス一台分は仕舞える。
かなり軽減されていることは、確かだろうな。
でなけりゃ、こんなに宝物を仕舞ったまま、ぽてぽてと歩けない。
……そういえば、フクロオオカミも重量の影響は受けていた。
ハナちゃんたちも、似たような原理で空間を運用しているのかもな。
どんな原理かは、想像もつかないけど。
「それでも、軽くなる分だけずっと良いね」
「荷物が重いのは、大変ですから」
収納する容積よりも、重量軽減のほうが羨ましいな。
重い物を軽くして運べるのは、それだけで凄い。
ただ、これほど凄い力を使うにあたって……対価とかはどうなんだろう?
タダで使いたい放題、なんてことは無いと思うけど。
「仕舞ったままでいると、何か減ったり疲れたりとかしない?」
「あや~、おりたたんだままにするのが、たいへんです?」
「折りたたんだまま?」
「あい~。たいへんです~」
……折りたたんだままにするのが大変?
良くわからないけど、対価は支払う必要があるっぽいな。
「その辺詳しく話せる?」
「あい。たくさんしまうと、こぼれちゃうです?」
「零れちゃうんだ」
「だから、いりぐちをキュッとたたむです~」
「……入り口?」
まだよく分からないけど、畳んで蓋をする必要があるってことかな?
空間の入り口をアレしてソレして、閉じておくみたいな。
なんにせよ、目で見えないから分からない。
「それって大変なの?」
「わりかし、めんどうです~。なれが、ひつようです~」
そう言いながら、空中をにぎにぎするハナちゃんだ。
今、折りたたんでいるのだろうか?
何か見えるかな――と、目をこらした時のこと。
「ねえハナちゃん、取り出している最中に手を止めたら……どうなるの?」
ユキちゃんが、ハナちゃんにそんな質問を投げかけた。
取り出している最中に止めたら、どうなるか。
確かにそれは気になる。
「べつになんもならないです? ほら、こうなるです~」
質問に答えるように、ハナちゃんが実際に取りだし途中で、ぴこっと手を止めた。
空中から、銀色の何かが出ている……。
「これは……フライパンかな?」
「あい~!」
フライパンの半分から先が、空中に消えている。
まるで――すっぱりと切断したかのように。
つまり、この半分から先、物体の消失部分が――境界、か。
触ってみても、大丈夫だろうか?
「ハナちゃん、こっから先を触っても大丈夫?」
「だいじょぶです~」
どうやら大丈夫らしいので、フライパンが消えている空間へと手を伸ばす。
すると――何も起きなかった。
俺の手はそのまま、空中に存在したままだ。
ハナちゃん時空には、手を突っ込めないらしい。
「仕舞う場所には、他人は手を入れられないのかな?」
「できないです~」
つまりはそう言うことらしい。ハナちゃん時空は、ハナちゃん専用。
他の人は、触れることすら出来ないわけだ。
……正直、ここまで聞いて実際に見ても、何が何だか分からない。
原理も全く分からない。
こんな不思議な能力を、村人みんなが持っているわけか……。
「大志さん、他の方々にも聞いてみた方が良さそうですね」
「そうだね。正直、今の状態だと何にも分からない」
ユキちゃんからの提案だけど、俺も必要だと思う。
沢山の人から話を聞いて、共通項をまとめたい。
まあ、みんなお仕事があるから、お手すきの人に声をかけてちまちまやっていこう。
この素敵な能力、話を聞くだけでも面白そうだ。
「みんなの仕舞う能力、とっても不思議で……素敵だね」
「そうです? ハナたちには、ふつうです?」
「自分からすると、すごく素敵かなって思う」
「ステキですか~」
素敵な能力と言われて、ハナちゃんにんまりした。
にまにまハナちゃん、アダマンフライパンを出したり仕舞ったりで照れっ照れだね。
この不思議な現象、不思議な能力。
ハナちゃんたちには普通でも、俺たちにとっては普通じゃ無い。
物を「仕舞う」事が出来る、素敵な能力。
凄いことなんだよって、実感させてあげたいな。その辺いまいち、自覚が無いようで。
今は俺とユキちゃんが、キャーキャーと騒いでいるだけだからね。
なにかハナちゃんたちが考えているのとは違う、応用が出来ないかな……。
みんなが自信を持てる、そんな応用法を。
あ、そういえば以前に……。
――良いこと考えた!
「あや~、タイシがわるいかおになったです~」
「明らかに、悪いこと考えてますね」
ふふふふ、時期的にもちょうど良い。
ちょっくら、村のみんなを巻き込んで――企画してみましょうかね!
「あややや! すっごいわるいかおです~!」
「ハナちゃん、これ絶対……ネタに走る感じがするよね」
「するです~!」
……俺、そんなに悪い顔してるかな?