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エルフのハナちゃん  作者: Wilco
第十八章 エルフ技能
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第九話 変な遺跡


「うねうねちゃん、今日も元気だね」

「しゃ~」


 あれから三日、醸造は順調だ。

 今日はハナちゃんちに来て、うねうね触手酒ちゃんの様子を確認だ。


「はい、お砂糖だよ」

「しゃ!」


 確認がてらに角砂糖をあげると、触手が「しゃっ」と出てきて持って行く。

 そのあと土器がゴトゴトと揺れるので、土器の中でお砂糖を食べているんだろう。


「すくすく、そだってるです~」

「これはこれは、美味しいお酒になるのが間違いなしですね!」


 ハナちゃんとヤナさんも、元気なうねうねちゃんの様子を見て嬉しそうだ。

 みんなでコツコツとお世話しているから、愛着もわくというもの。

 うねうねちゃんも人に懐いているので、なかなか可愛らしい。

 でもこれ、「醸造」じゃなくて「飼育」ではないかな?


「……大志さん。私思ったのですけど、これは醸造とは違うのではないでしょうか?」

「その点については、自分も今考えていたところ。定義が難しいところだね」

「ですかね?」


 ユキちゃんも同じ事を考えたようだけど、ほんと難しいところだよね。

 これは醸造なのか、それとも飼育なのか。

 俺には判断がつかない。


「……大本は苔なのですよね? これ」

「エルフたちが言うには、そうらしいけど」


 みんな苔って言ってたから、そうだろうとは思う。

 念のため確認してみるか。


「ねえハナちゃん、これって苔なんだよね」

「そうです~。うごくコケです~」

「……動くんだ」

「あい~」


 エルフの森には、動く植物が結構あるな……。

 ワサビちゃんにクラゲちゃんに、このうねうねちゃん。

 彼らはほんとに植物なのか怪しいところだけど、分類は難しい。

 ちたまにはいない生きものだから、判断基準がないんだよね。

 というか……そもそも大本の環境である、わさわさちゃんが動き回ってたな。

 ……気にしないことにしよう。


「なんにせよ、お酒造りは順調ですね」

「おりょうりにつかうの、たのしみです~」


 葛藤する俺をよそに、ヤナさんが元気なうねうねちゃんを見て、ニコニコとそう言った。

 ハナちゃんも、お酒の完成を楽しみにしているようで。

 ……まあエルフたちにとってはなじみ深い技法らしいので、それで良いか。

 あんまり考え込んだところで、なんも分からないからね。

 細かいことは考えず、うねうねちゃんを育てていこう。


「元気いっぱい、すくすく育ってね」

「しゃ~」


 声をかけると、うねねっとお返事をしてくれる。

 不思議な生きもの、うねうねちゃん。

 お酒造り、頑張って。


「しゃしゃ~」

「あや~、おどってるです~」


 ……元気があるのは、良いことだね。



 ◇



 ハナちゃんちにある触手酒のお世話も大事だけど、遺跡のお酒もお世話しないといけない。

 まめなお手入れが、お酒の出来具合を大きく左右する。


「ばうばう」

「オオカミさん、ありがとです~」

「ばう~」


 というわけで、フクロオオカミ便に乗って遺跡へとやってきた。

 まだ三日目だから、醸造は道半ばだ。

 コツコツやっていこう。


「ギニ~」

「ニア~」


 そして移動途中に、フクロイヌもついて来ちゃった。

 人が大勢移動するのを見て、遊んで貰えると思ったらしい。

 ……まあ、暇を見て構ってあげよう。

 上目遣いで遊んで光線を出すもんだから、抗えない。


「ほら、くすぐっちゃうぞ~」

「ギニ~」

「ニア~」


 誘惑に負けてこちょこちょすると、二匹とも大喜びだ。

 かわいいなあ。


「おれはこっちをみるじゃん」

「じゃあおれあっち」

「そっちは、おれにまかせるのだ」


 と遊んでいるうちに、マイスターとマッチョさん、おっちゃんエルフはお酒を確認し始めた。

 フクロイヌと遊ぶのはこの辺にして、俺も仕事をしよう。


「また遊んであげるから、ちょっと待っててね」

「ギニギニ」

「ニア」


 フクロイヌたちにそう伝えると、おとなしく隅っこに行ってお昼寝を始めた。

 良い子たちだね。


 さて、他の方々も移動中なので、もうちょっとしたら到着する。

 俺たちは俺たちで、先に作業を始めよう。


「それじゃ自分は、こっちを攪拌かくはんするね」

「私もお手伝いします」

「ハナも、てつだうです~」


 そうしてみんなで、仕込み中のお酒を混ぜたり蓋を緩めたりする。

 見た感じは、カビも生えてこず順調な感じだ。


(おさけ~、どうかな~)

「さ~て、おしごとするわよ~」

「いま、どんなかんじなのかしら」

「うちらも、きょうみあるさ~」


 やがて他の方々もやってきて、遺跡は一気に賑やかになった。

 こっちのお仕事は終わったから、どぶろくのほうを手伝おう。


「みなさん、私もお手伝いしますよ」

(ありがと~)

「たすかるわ~」

「なんたって、たくさんあるものね~」


 今度は女性陣に混じって、どぶろくを混ぜる作業を始める。

 麹が一生懸命お仕事をしているので、お米はドロドロに溶けているね。


「わ~、こんなんなるのね~」

「おもしろいわ~」

(ふしぎ~)


 他のみなさんもキャッキャと攪拌して、お酒になる過程を楽しんでいる。

 これも立派な、日本文化学習ってことになるのかな?

 なんにせよ、楽しんで貰えているならそれに越したことは無い。

 引き続き手間をかけて、美味しいお酒に仕上げていこう。


 ……あ、そうそう。どぶろくは今の状態でも飲めるんだよね。

 子供の頃、親父が良く飲ませてくれた。

 この状態だと飲むヨーグルトっぽくて、けっこう美味しいのだ。

 みんなに教えてあげよう。


「みなさん、どぶろくはこの状態でも飲めますよ。まだお酒にはなっていないので、お子さんでも飲めます」

(ほんと!)

「え? のめちゃうの?」

「ほんとかしら」


 飲めると聞いて、神輿はぴっかぴかに光った。

 他の奥様方も、半信半疑ながら興味はあるようだ。

 どぶろくの瓶を覗き込んだりしている。


「あえ? ハナでものめるです?」

「ちょっと癖はあるけど、慣れると美味しいよ」

「あや~、きょうみあるです~」


 ハナちゃんも興味が出たようで、エルフ耳をぴこっとさせた。

 ちょっとだけ、味見してみようかな?


「それじゃちょっと、味見してみよう」

「あい~」


 ハナちゃんがどこからか木のコップを取り出したので、ちょいっとそそいであげる。

 言い出したのは俺だから、まず俺自身が飲んで実証してあげよう。


「では、頂きます」

「どうぞです~」


 ひとくち含むと、ちょっとの酸味とまろやかな甘みが舌の上で踊る。

 結構さっぱりしていて、どろっとはしているのだけどするっと飲めてしまう。

 ほんとこれ、飲むヨーグルトによく似ている。

 酸っぱすぎないので、子供でも全然大丈夫だね。


「うん、美味しく出来てる。ハナちゃんも飲んでみて」

「あい~」


 ハナちゃんにコップを渡すと、うきゃって感じで一口飲んだ。

 さてさて、お口に合ったかな?


「あや! おもってたより、ずっとのみやすいです~」


 どうやらお口に合ったようで、キャッキャと喜んでいる。

 良かった良かった。


「ほんとなの? どれどれ……あ! おいしいわ!」

「わたしも、ためしてみよ。あら、いけるわ」

「うちも、ためすさ~」


 他のみなさんもハナちゃんの様子を見て、次々に試飲していく。

 反応は上々だね。

 どぶろく作りはこう言った製造途中も楽しめるから面白い、と親父は言っていた。

 その気持ち、今なら分かるよ。


(いける~)


 神様も試したようで、神輿がくるくると回ってはしゃいでいた。

 ぞんぶんに、お酒造りを楽しんでいるね。

 これ、神様の良い趣味になるかもだ。


「へ~、おこめのおさけって、おもしろいな~」

「おれらもこんど、しこんでみようぜ」

「それはいいかもなのだ」


 エルフワイン担当者たちも、興味が出たようだ。

 次に仕込むことがあったら、やってみるのも良いかもしれないね。


「私はお酒をあまり飲みませんが、これは美味しいですね」

「でしょ? これはこれでお勧めだよ」


 ユキちゃんも味見したようで、ちょっとビックリしているね。

 まさか製造途中のものが美味しいとは、思っていなかったようだ。


「大志さん、これってこの状態のままには出来ないのですか?」


 そして気に入ったのか、ここで発酵を止められないか聞いてきた。

 まあ、出来なくは無い。


「この状態で火入れすれば、発酵はそこで止まるよ」

「あ、出来るんですね」

「うちの親父は、ここで発酵を止めたやつも作ってたからね」


 具体的に何℃で何分かは知らないけど、親父はそれをやっていた。

 あとで聞いておくのも良いかもだな。

 でもまあ、ここにあるのはお酒にしてしまおう。

 どぶろくヨーグルトは、また造れば良い。


「今仕込んでいるのはお酒にしちゃって、発酵三日目のやつはまた作ろう」

「それがいいですね!」

「ハナも、それつくりたいです~」


 どぶろくヨーグルトはまた作ろうと言うと、ユキちゃんとハナちゃんが盛り上がった。

 ぶっちゃけ、今日家に帰った後に作っても良い。

 麹はまだあるし、簡単にできるからね。


 とまあ、お酒造りは今のところ順調だ。

 これは完成が楽しみだね。


(これはこれで、おいし~)


 謎の声もどぶろくヨーグルトは気に入ったようで、うきうきしている。

 ……でも、あんまり飲み過ぎたら、完成品のお酒が減りますよ。

 となりの部屋に置いてあるやつも、たまにピカッと光って仕込み中のどぶろくが減っているわけで。

 ほどほどにね、ほどほどに。



 ◇



 仕込み中のお酒を世話するお仕事は、問題なく終了。

 さてこれから村に帰って、ハナちゃんやフクロイヌと遊んだりしようかと思ったときのこと。


「大志さん、せっかく遺跡に来たのですから、古代文字とか解読するのも良いかもですよ?」


 荷物をまとめていたら、ユキちゃんからそんな提案があった。

 ……確かにそうだ。遺跡まで足を運んでいるのに、そのまま帰るのはもったいない。

 ちょうど神様もいることだし、古代文字をちまちま解読しようかな。


「それは良い考えだね。ちょっと神様にお願いしてみるよ」

「せっかくですからね」


 物のついでだから、そんなにガチで解読するわけじゃない。

 かる~くやってみて、感触を掴もう。

 さてさて、神様は……と、いたいた。元気に飛んでらっしゃる。

 早速お願いしてみよう。


「神様、これからちょっと遺跡の文字を読みますので、翻訳をお願いしてもよろしいでしょうか」

(いいとも~)

「いいらしいです~」

「助かります。ハナちゃんも、通訳ありがとう」

「うふ~」


 謎の声は、元気に承諾だ。神輿もぴこぴこ光って、やる気十分だね。

 ハナちゃんも元気に通訳してくれて、二人ともキャッキャしている。

 それじゃあ、ユキちゃんに読み上げて貰おう。


「じゃあユキちゃん、始めようか」

「はい」


 そうして、とりあえずお酒が置いてある部屋の文字を読み始める。

 何が書いてあるかはまだわからないから、目についたものを適当にだ。

 すると――。


“倉庫は綺麗に掃除しましょう”

“指差し確認、安全第一”

“物を積むときは、しっかり固定が原則です”

“つり上げた荷物の下には、絶対入らないように”

“水は限りある資源です。大事につかいましょう”


 等々などなど、訓示っぽい文言もんごんが書いてあった。

 これって……。


「ここは、倉庫って事かな?」

「書いてある文字からすると、そうですね」

「あや~、おさけをおいておくのに、ぴったりです~」


 この部屋に書いてある文言は、まさにそれを示していた。

 ここは――倉庫。

 思いっきりそう書いてあるから、間違い無いのだろう。


「結構安全に気を配っていたっぽいね」

「でもこの遺跡、数千年前の物ですよね? 当時、こんな安全意識ってあったのですか?」

「正直分からない。ただ、普通じゃ無い感じはする」


 ユキちゃんが感じた疑問は、確かに気になるところではある。

 数千年前にこんなにシステム化された安全確認手順が、あっただろうかと。

 そこも疑問だけど、もっとおかしいところもある。


 俺が一番引っかかったのは――。


「なんで、『水は限りある資源』ってフレーズが沢山書いてあるんだろう」

「いくつもありますよね」


 そう、水を大事にしろってフレーズが、いくつも書いてある。

 しかも、水質を守れって意味じゃあ無い。

 限りある資源に続いて「節約」とか「回収」とかいう文言がよく見られた。

 これって――おかしいのでは?


「このあたりは、太古の昔から水は豊富だったんだ。水量も水質も、どちらも優れているのはうちの記録にも残っている」


 雨量は少ない地域だけど、渇水は一度も無い。

 地下水が豊富なので、その辺に井戸を掘ればそれで間に合う。

 おまけに川もあるし池だってある。源流だって沢山だ。

 なのに、この遺跡では水が貴重品だった形跡がある。


「この辺の水が使えない問題でも、あったのかな?」

「そもそも、太古の昔に水のリサイクルっぽいことをしているのが、まずおかしいですよね」


 ユキちゃんが指摘した、リサイクルってのも確かにおかしい。

 ここでそんなことをする必要は無いはずだ。

 というか、どうやってリサイクルしていたのかって話もある。

 一体何だろう、この遺跡は……。なんか変な感じだ。


「良くわからないな……。もうちょっと、解読を進めてみるかな」

「そうですね」

「あや~、むつかしいおなはし、してるです~」


 なやむ俺とユキちゃんはさておき、ハナちゃんは話題について来れない。

 その辺は申し訳ないけど、俺たちも分かっていないから説明のしようがない。

 どうしたもんかな……。


「ギニギニ」

「ニア~」


 となやんでいたら、お昼寝していたフクロイヌ夫婦が、遊んで欲しそうな目でやってきた。

 ちょうど良いので、ハナちゃんと遊んでいて貰おう。


「ハナちゃん、フクロイヌと遊んできたら? 自分たちはもうちょっと作業をするから」

「わかったです~。タイシ、おしごとがんばってです~」

「相手出来なくてごめんね。村に帰ったら、また一緒に遊ぼうよ」

「あい~! おうちでいっしょに、あそぶです~」


 帰ったら遊ぶ約束をすると、ハナちゃんご機嫌だ。

 バンザイするような仕草で、ご機嫌だよって全身で表現している。

 エルフ耳もぴこぴこしていて、可愛らしいね。


「それじゃあそぶです~。くすぐっちゃうですよ~!」

「ギニ~」

「ニア~」


 フクロイヌと遊び始めたハナちゃんを横目に、ペンライトで壁を照らしながら文字を探す。

 何か他に、手がかりになるフレーズ無いかなあ……。


「だいたいは、安全確認とか清掃とかの訓示だね」

「それが大事だったみたいですね」


 しかし、それ以外にこれといったフレーズは見つからない。

 最初に見つけた、環境を安全に保つ訓示がほとんどだった。

 まあここは倉庫だったらしいから、気をつけるのは当然だよね。

 わりと現代だと当たり前のことが書いてあるけど、太古の昔に実現していたのは凄いかも。


「壁に書いてある訓示、結構見習うところがあるな」

「そういえば、大志さん倉庫業務とかもしてましたね」

「あれは大変だった……」


 ユキちゃんの言うとおり、この間まで倉庫業務をやっていた。

 でも俺は倉庫業務素人なので、結構苦労したわけで。

 その経験からすると、これらの訓示は大変参考になるね。

 時代が変わっても、気をつけなきゃいけないことは変わらないって事か。


「あそうそう、倉庫業務と言えば、アルバイトさんってどうなりました? 子猫亭に紹介するって言ってましたよね」


 倉庫の話題が出たからか、ユキちゃんがバイトちゃんについて聞いてきた。

 子猫亭に紹介するってお話、覚えていたんだね。

 今どうなっているか教えておこう。


「もう働いてもらってるよ。週に二日くらいのシフトで様子を見ているっぽいけど」

「週二でなんとかなるのですか?」

「まったくなってない」


 バイトちゃんが本格参戦していないので、子猫亭は相変わらずオーバーワークになっている。

 なんで子猫亭に全力投入していないかといえば……。


「最近水害で道路工事が多いから、助っ人頼まれちゃったんだって」

「あ~確かに」

「工事関係者と物流関係者、もうてんてこ舞いだって」

「大変そうですね……」


 バイトちゃん、道路工事経験あるからひっぱりだこって話だ。

 ……うら若き女子だけど、けっこうガテン系だね。

 親しみ沸くな~。

 ちなみに高橋さんもてんてこ舞だ。建築のお仕事がドバっと来てヒーヒー言ってる。

 こないだ増幅石をうちから沢山借りて、建築リザードマンを動員してたね。

 今頃どこかで、橋の補修工事でもしているんじゃないかと思う。


「でも、私たちも気をつけないといけませんね」

「台風も来そうだから、また消防団を招集しないといけないかな」


 そしてうちの村だって、他人事では無い。

 エルフの森が大雨を吸収しちゃうので、水害は抑えられているけど……。


「村に来る途中の県道がやられたら、結構困っちゃうよね」

「そうですね……」


 村が無事でも、領域外の町や道が無事だとは限らない。

 台風が来たらまた村に泊まりがけで、ヤナさんたちと待機したほうが良いな。

 これはまた、計画を立てないと。


「またその辺、計画しよう」

「わかりました」


 そんな雑談をしつつも、二人で壁に刻まれた文字を調べていく。

 しかし、もう大体この部屋の文字は調べてしまった。

 安全確認の訓示や清掃の注意がほとんどで、特に新しい情報は見つからない。

 ……これで打ち止めかな?


「大志さん! ここにも文字がありますよ!」


 もう無いかなと思っていたら、ユキちゃんが隣の部屋に続く入口の脇で手招きした。

 そういえばあっちはまだ見てなかったな。

 ちょっと確認してみよう。


「ほら、ここです。ここ」

「確かに、何か書いてあるね」


 ユキちゃんが指さした入口の脇には、確かに何か書いてある。

 これもちょっと、読み上げてもらおう。


「これ、読んでみてくれるかな?」

「わかりました、どれどれ……」


 ユキちゃんがペンライトで文字を照らし、読み上げる。

 そこに書いてあった文言とは――。


空間有袋類くうかんゆうたいるいくすぐり部屋”


 ――と、書いてあった。


「……なんぞこれ」

「なんですかね」


 あまりの意味不明さに、俺とユキちゃんは二人で首をかしげる。

 ほんと、何これ?


「……有袋類はまだわかるとして、なんで『空間』って付いてるんだろう?」

「そもそも、昔の日本に有袋類っていましたっけ?」

「すくなくとも、縄文時代にはいなかったはず。多分だけど」


 というか、「くすぐり部屋」って何だよって話で。

 くすぐっちゃうの?


「こちらが倉庫で、あちらは『くすぐり部屋』っぽいですね」

「楽しそうなお部屋だ」


 そんな部屋を専用で用意する必要が、あるのかどうかは分からないけど。

 でもまあ、そう言う部屋なんだろう。


 なんかの有袋類を、くすぐる。

 ほんと、意味不明……ん? 待てよ。


 ――有袋類?


「もっと、くすぐっちゃうです~!」

「ギニギニ~」

「ニア~」


 あっちの方では、ハナちゃんがフクロイヌ夫婦をくすぐり倒している。

 ……フクロイヌ。謎の有袋類だ。


 これは――まさか、と思った瞬間。


「ギニ~」

「あややややー! なんかフクロから、いっぱいでてきたです~!」


 フクロからなんか――丸っこいのが沢山出てきた!

 ハナちゃんくすぐりすぎたんだ!


「ニア?」


 ああああ! こっちのフクロイヌからも!

 白い丸いやつが沢山出てきた!


「……あえ? みたことない、いきものです?」

「?」

「キキ!」


 出てきた丸っこいのは、ぴろっと広がってもぞもぞ動き始めた。

 ……この子たち、見たことないぞ?

 また新たな生き物が、出て来たっぽい。


「あえ~? なんかたくさん、でてきたです~!」


 大慌てのハナちゃん、「あえ~? あえ~?」と右往左往する。

 予想外の事態に、混乱しているね。

 まあそれはそれで、大変なんだけど……。


「……大志さん、私思ったんですけど」

「奇遇だね、俺も多分同じ事を思った」


 ユキちゃんが、「空間有袋類くすぐり部屋」と書いてある文字と、フクロイヌたちを交互に見る。

 俺も釣られて交互に見る。


「大志さん、まさか『空間有袋類』って――」

「――フクロイヌ、のことじゃないかと……俺も思ってる」

「ギニ?」

「ニア~?」


 新たな生き物をまろび出させた、二匹の黒いやつ。フクロイヌ。

 この謎の生き物が、「空間有袋類」なのだとしたら……。


 ――なぜ、この遺跡に記述があるのだろう。


 彼らはエルフと同じく、太古の日本に住んでいたかもしれない?

 それとも、この遺跡と何か関わり合いのある生き物なのだろうか。

 興味は尽きないところだ。


 でもまあ、それはそれとして。


「この沢山の生き物たち……どうしよう?」


 細かいことを調べる前に、まずこの子たちをなんとかしないと。


「どうするです~?」

「どうしますかね?」


 ハナちゃんとユキちゃんは、出てきた生き物たちを見て、手をワキワキさせている。

 ……構いたいんだね。その気持ちはわかる。


「?」

「キキ~?」


 だって――可愛いやつがすっごい沢山いるからね!


 しかしこれで、また村が賑やかになりそうだ。

 ひとまず村に連れて帰って、食べ物をあげてみよう。

 さてさて、この子たちは何を食べるのかな?


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