第十話 郷土料理
村に戻り、早速調理の準備を始める。とりあえず車から小麦粉の袋を炊事場に持っていき、残りは炊事場にある倉庫に置いておこう。
「タイシさん、それはなんですか?」
小麦粉の袋を見たヤナさん、興味深そうに聞いてくる。
「小麦粉ですよ。ほら、天ぷらの時に使った」
「あれですか」
「今回は、一日三食で七日分から十日分かな? それくらい持ってきました」
「ありがたいことです……あ、はこぶのおてつだいしますよ」
そう言ってヤナさんは袋を運ぼうとしたが、ビクともしない。顔を真っ赤にさせたヤナさんは「ぐぬおおおおお!」と声を出して持ち上げようとするが、一ミリも動かない。
エルフだから非力なのかな? そんなヤナさんを見ていた他のエルフ達、小麦粉運びに参戦してくる。
「おれがはこんでみよう」
ムキムキマッチョエルフが名乗り出る。マッチョさんは、気合十分。闘気をみなぎらせながら小麦粉の袋に掴みかかった。
「ほああああああ!」
珍妙な掛け声と共に、小麦粉二十五キロを持ち上げたマッチョさん。ひょいと持ち上がった。……普通だ。別にエルフだから非力ってわけでもないのかな。
あと、その掛け声いらなかったよね?
「おもいといえばおもいけど、もてるよな?」
「だよねえ」
他のエルフ達も「ちょりゃああああ!」とか不要な掛け声で気合を入れながら、普通に二十五キロの小麦粉を持ち上げていく。本当に掛け声は全く必要ないほど、普通だ。
しかしヤナさんだけが、いまだにぷるぷるしながら小麦粉の袋と格闘している。
ビクともしない小麦粉の袋と格闘するヤナさんに、見かねて声をかける。
「ヤナさん、無理されなくて大丈夫ですよ。私が運びますから」
「もうしわけない……」
申し訳なさそうに言うヤナさん。まあヤナさん、族長という大切な仕事をきちんと全うしている。小麦粉の袋を持てなくても、そんなに委縮する必要はないよね。励ましておこう。
「ヤナさんは皆を取りまとめるという、大事な仕事をやってます。これくらい問題ないですよ」
「そういっていただけると……」
俺はヤナさんが格闘していた小麦粉の袋を、片手で掴んで持ち上げる。すると、マッチョさん達が愕然としていた。
「かたて、だと……?!」
「かるがるいってる……」
「おれのじまんのきんにくは、ぴくぴくさせてたのしむだけのもの、だったのだ……」
いや、中学生でもこれくらい持てるから。……片手では無理かな?
愕然とするマッチョさん達と一緒に、小麦粉を運んでいった。
炊事場に着くと、早速調理の準備を始める。山菜の灰汁抜きなどはもうエルフ達がやっていたので、楽で良い。何故かはわからないが、大量に山菜が集められていたのが気になる。まあ、がんばったんだろう、そう思うことにする。
俺はこの大量の山菜を前にして、献立をどうしようか考えた。今ある食材で、簡単に調理ができて美味しい料理、何があるかな……。
「大志、献立で悩んでるみたいだな」
色々考えていると、親父が声をかけてきた。そうだな、親父にいい献立が無いか聞いてみよう。
「うん、何がいいかちょっと思いつかなくてさ」
「それなら、山菜のすいとん汁が良いと思うぞ」
すいとんか。あれは作るのも楽だし、腹も膨れる。いい献立じゃないか。それで行こう。
「お、すいとん良いね。それにしよう」
「じゃあ俺が調理補助やるよ」
「わかった。頼むわ」
親父に調理補助を頼むと、カナさん始めエルフの奥様方も名乗り出てきた。
「わたしもてつだいます」
「まかせて」
「うでがなおったわ~がんばるわよ~」
「そんなにふりまわしたら、またぐきってなるわよ」
グキっとさせてから治るのに三日とは、割と重症だったのでは……。
こうして、親父とカナさん始め数名の奥様方を調理補助に、山菜のすいとん汁をつくる事にした。
「まず始めに、山菜を煮ます」
「はい」
「まかせて」
「えい」
ぐつぐつと鍋で山菜が煮えていく。その間に、すいとんの生地を作ろう。
「次に、小麦粉を水で溶きます……と、分量はどうするかな」
この水の分量で割と触感が変わるので、地味にノウハウが居る部分だったりする。何風にするかで割合が変わるので、どれがいいか迷ってしまった。
「味噌汁に入れるなら、ほうとう風がいいと思うぞ」
親父が助言をくれた。ほうとう風か、たしかに味噌汁に入れるからそれが一番かな。
「ほうとう風か、良いね。じゃあそれにしよう。小麦粉と水の割合は、この容器一杯の小麦粉に対して、半分よりちょっと多めの水を入れてください」
薄力粉なら水は半分で良いのだが、今回は応用を考えて中力粉にした。なので水を若干多めにする。
「わかりました」
「まかせて」
「あっ!」
ねりねりと言われた分量ですいとん生地を作っていく皆さん。一人は分量を間違えてドバっとやった。まあいいんじゃないかな。多少間違えても、すいとんならなんとかなる。
程なくして、大量のすいとん生地が出来上がる。丁度山菜も煮えたころだし、頃合いだな。
「では、生地を煮ます。こうやって、一口大の分量を鍋に入れて行ってください」
俺はスプーンですいとん生地を一つ一つ、鍋に落としていった。
「こうですか」
「まかせて」
「えい」
奥様方が同じように生地を投入していく。たまに入れ過ぎな時もあるが、まぁそれも一興だろう。やっぱり親父が一番手慣れているな。作り慣れているから当然か。
ぐつぐつと煮立っていくすいとん生地。
「すでにおいしそう」
「しろいたべもの、まいにちとか、すてき」
「どんなあじがするのかな」
調理風景を見ていたエルフ達も、だんだんと出来上がっていくすいとん汁をみて笑顔だ。作っている風景を見ているだけに、期待も高まるのだろう。興味深げに鍋を覗き込んだりしていた。
しばらく生地を煮てから、最後の仕上げに味噌を投入する。
「では、最後に味噌と出汁の元を入れます。分量はお好みで良いですよ。味見しながら入れてください」
「おこのみですね」
「まかせて」
「ああ~おいしいわ~」
味見ですよ味見! 本気食いしないでくださいそこの人。ガッツリと行ってるよガッツリと。
こうして、調理過程で若干目減りしたが、無事? 山菜のすいとん汁が出来上がった。
「これで出来上がりです。皆さんならんで下さい。配りますので」
「「「はーい!」」」
それぞれの鍋に続々と並ぶエルフ達。皆嬉しそうだ。程なくして、全員に配り終えた。
「それでは皆さん、食べましょう」
「頂きます」
「「「わーい! いただきます!」」」
親父が頂きますを言ったのを皆真似して、頂きますをする。すんなり取り入れるあたり、柔軟な人達だ。
「おいしー!」
「みそしるとさんさい、それにこのしろいやつ、くみあわせるとすごい」
「ふがふが」
今までそれらすべてを組み合わせたことは無かった。何でも美味しく食べる彼らだが、味噌汁と小麦の組み合わせは初めてだ。味噌汁が気に入ったお年寄りたちも、この料理は大満足の様子。喜んでもらえて、こっちも嬉しい。
「大志、割と美味くできたな」
「うん、けっこう美味いね」
親父が山菜のすいとん汁を啜りながら声をかけてきた。有り合わせの材料で作ったにしては、確かに美味い。実際、山菜をこれほど豊富に使って作るすいとん汁だ。店で食べれば、結構な値段になるだろう。
「これで鶏肉でもあれば、完璧だったなぁ」
「そうだね。狩りはもうちょっと機会を見ないとできないけど、いずれ鶏肉入りのすいとん汁、作りたいな」
この山菜のすいとん汁は、肉が無い。出汁の元でうま味は加えているとはいえ、鶏肉があればもっと美味しくなるだろう。狩りを始められれば、より一層豊かな晩餐を作れる。
「まあ俺らは家で作れるから良いとして、エルフ達には早めに狩り、教えてやれよ?」
「わかった。簡単な農業教えたら、次にやるよ」
のんびりとすいとん汁を啜りながら、親父と今後の予定を話し合う。エルフ達もすいとん汁をお代わりしたり、子供に食べさせてあげたりと、のんびり和やかに夕食は進んでいった。
一杯目を食べ終わったので、二杯目をお代わりに行くと、ハナちゃんもお代わりに来ていた。
「タイシタイシ~。これすっごくおいしいです~」
ハナちゃんが、おおはしゃぎで話しかけてくる。確かそれ、三杯目のお代わりだよね。凄く食べてるな。それだけ、気に入ってくれたという事か。
「それは良かった。ハナちゃんも沢山食べてね」
「あい~」
既に沢山食べてはいるが、食べ盛りの子供だ。じゃんじゃん食べて頂きたい。子供がお腹を空かせている風景を無くすことが出来て、俺も嬉しい。これからもそうならないよう、気を付けて行かなくては。
ハナちゃんも加わって仲良くすいとん汁を啜っていると、お代わりをしてきたヤナさんとカナさんも加わってきた。
「タイシさん、このすいとんじる、ほんとうにおいしいです」
「わたし、このおりょうり、きにいりました」
「皆さんのお口にあって良かったです」
すいとんは、簡単に作れて割と美味しい。本気で作ればかなりの料理にもできるので、奥が深い料理ともいえる。
「つくるのもかんたんですし、いっきににこむやりかた、こきょうのりょうりをおもいだします」
カナさんが続けた。故郷の料理か……。エルフ達は、煮込む料理を基本としていたのかな。興味がわいてきたので、聞いてみることにする。
「煮込み料理が、皆さんの郷土料理ですか?」
「ええ、もりでとれたたべものを、だいたいはにてたべていました」
そういえば、土器がなんとかってエルフ達が言っていたな。お手製の土器で、煮込み料理をしていたのだろうか。
「土器で?」
「ええ、どきで。あじつけはしおだけでしたけど」
調理器具についても聞いてみると、やはり縄文時代のようなやり方をしていたらしい。でも、それも良い。家族で土器を囲んで、ぐつぐつと煮えた森の恵みを食べる。味付けは塩だけだけど、素朴で、だけど力強そうだ。
そして、家族皆で食べる食事は、味付け以上に料理をおいしくする。
俺は、エルフ達が森で和やかに食事をしている、そんな風景を思い浮かべた。俺もその料理、一緒に食べたいな。そんな風に思った。
「それはそれで良いものですよ。森の恵みで家族と食事、良いじゃないですか」
俺がそういうと、ハナちゃん一家は、なつかしそうな顔をして口々に言った。
「ええ、いいものです」
「たのしいですよ」
「よいものです~」
親父もそんなハナちゃん一家を見て、その光景を想像したのか、すいとん汁を啜りながら呟いた。
「そうだな。それも良いな」
ヤナさんカナさんとハナちゃん、そして親父。にこやかに食事をする皆を見ながら、山菜のほうとう汁を啜る。
家族やエルフ達の笑顔を見ながら食べる、素朴な味。それはとっても、美味しかった。
そしてハナちゃんは四杯目のお代わりに行った。凄い、俺の倍食べてる!