第五話 夏のひやっとするお話
「エステ~! だいぶ読めるようになってきたわ~!」
「お、おい……、きあい、はいりすぎなのだ」
えすてさんがめっちゃ勉強している。
まあちょっと抑えて貰って、一日五時間は上回らないようにして貰っているけど。
おっちゃんエルフも、タジタジではあるが、それにつきあって勉強している。
「次はこの教科書の、ここを勉強すると良いわよ」
「分かりました!」
お袋も全面サポートして、エステさんのお勉強がはかどるようにしてくれている。
こっちはお袋にお任せするとしよう。
そしてエルフたちがお勉強中なので、この隙を見て神様をおデートに誘いたいと思うわけで。
ちょっと遺跡を確認しに行くという口実で、連れ出そう。
「神様、ちょっと遺跡までお付き合い頂けませんか?」
(いいとも~)
「よ、よろしければ二回転してください」
(こうかな?)
……どこかで聞いたフレーズで、謎の声が帰ってきた。
くるくると二回転したから、良いみたいだけど。
それじゃ、神様と二人っきりでおデートとしゃれこみますかね!
◇
神様と二人で遺跡にやってきて、秘密のお部屋にご招待だ。
「神様、この部屋のことはどうかご内密に」
(いいとも~)
……そのフレーズ、気に入ったのかな?
まあ良いらしいので、強引に扉を持ち上げて秘密の入り口を開ける。
「では、お入りください」
(はーい)
ほよほよっと飛んで、秘密の通路を進む神輿だ。
光っているのでライトいらず。便利である。
そうして神輿といっしょに通路を進み、目的のカタカタ爆弾展示場へと到着だね。
(こわ!)
そして地蔵本体を見た神輿、ぷるぷる震え出す。
謎の声も、「怖!」とか言ってるけど……。
これ、そんなにヤバイんですかね。
まあ俺は謎の声を聞けないという設定なので、聞かなかったことにして。
本題に入ろう。
「えっとですね、この物体に力を貯めすぎてしまいまして、なんとか出来たらなあって……」
(これとか、ギリギリ~)
神輿がいくつかの地蔵の上を、あわあわと飛び回る。
カタカタいってるやつ、なんだか空中に浮かんでブォンブォンいってるやつ、触ろうとすると逃げるやつの三種類が、やばいやつらしい。
まあ、念のため聞いてみよう。
「これとかやばいと思っているのですが、貯まっている力とかお供えできますか?」
(いいの?)
お! 良い感触だぞ。
神輿はなんだか、嬉しそうにほよほよ光り始めた。
それじゃ、もうちょっと踏み込んでみよう。
「お供えできるのであれば、お供えしたいですが」
(やたー! いいよ~!)
くるくると二回転して、ぴっかぴか光った。
これはオーケーだね!
「では神様! まずはこのカタカタ言ってるやつの力、お供えします!」
(おそなえもの~!)
早速お供えすると、カタカタ地蔵の上で神輿がくるくる回る。
その瞬間――カタカタが止まった!
やった! 爆弾を一個処理できたぞ!
(おなかいっぱい~)
しかし神輿は、もう限界っぽい。
処理済み地蔵を触ってみると、まだカチカチではある。
完全に抜き取れたわけじゃないみたいだ。
……神様でも吸収しきれないとか、どんだけ力が詰まってたんだろう、これ。
「神様、限界ですかね?」
(これいじょうは、ちょっとむり~)
二回転して、無理を伝えてくる神輿。
謎の声も無理と言っているし、今日はひとまずここまでだな。
神様にお礼を言って、引き上げよう。
「一つは何とかなったぽいので、助かりました。ありがとうございます。神様凄いですね」
(それほどでも~)
いっしょに褒めたら、てれてれ神輿の出来上がりだ。
いやはや、本当に助かりました。
「またよろしければ、ご協力お願いしたいです」
(いいとも~)
くるくるっと二回転する神輿、ご機嫌だね。
こちらも爆弾を何とか出来るので、ありがたやありがたや~。
そしてこれで、俺が早期に引退という事も無くなりそうだ。
エルフの神様、最高!
◇
「神様、これはこの間のお礼です」
「助かりました」
(すてきなおさけ~!)
翌日、爺ちゃんと親父が神様にお礼のお酒を供えた。
うちがずっと抱えていた、とんでもない爆弾を一つ処理してくれたからね。
俺の引退問題もなんとかなりそうということで、二人ともほっくほく顔だ。
「なあ大志、やっぱりエルフの神様が……力を吸収してくれてたんだな」
「多分ね」
親父がひそひそ話で聞いてきたけど、恐らくそうだろう。
感謝すればするほど、力がみなぎっていたのも観測されているし。
いやあ、ほんとうに助かった。
「また吸収出来るようになったら、お願いします」
(いいとも~)
ご機嫌神輿、引き続き爆弾処理を請け負ってくれた。
ありがたやありがたや。
――さて、入守家伝来の大きな問題が何とかなったところで。
俺は、新たに発生した難事に対処しないといけない。
「あや~?」
ハナちゃんが、俺の後ろでジト目なのだ。かなり、怪しんでおられる。
神様と俺がこっそりおデートしていた件について、疑りまなこちゃん状態。
いっつもハナちゃんを伴って行動していたのに、今回はこっそり。
そりゃあ、何か変だと思うよね。
「タイシ~。きのう、かみさまとなにしてたです~?」
――ド直球!
探りを入れるとかしない、まっすぐストレートハナちゃんだ。
……でも大丈夫、口裏合わせはしてあるからね!
(い、いせきの、みまわり~)
「今度翻訳をお願いしたくて、遺跡の見回りをしたよ。ただあそこはちょっと危ないので、二人で行ったんだ」
嘘では無い。ついでだけど、翻訳の件もお願いしてある。
嘘は言っていない。
「ほんとです~? かみさま、つやつやしてるです~?」
(――ぎく)
「あや~?」
おおい! ぎくとか言わないで!
バレちゃうから! ハナちゃんすんごいジト目になっちゃったから!
「あやしいです~。なにか、かくしごとしてるです~?」
(ぎくぎく)
ハナちゃん、もう完全にクロ認定しているご様子。女の直感こわい!
……あと何故か、手をわきわきさせている。
お手々わきわきハナちゃんだ。
「――ほんとのこと、いうですよ~!」
(きゃ~!)
「うわー!」
お手々わきわきハナちゃん、俺と神輿の脇腹をくすぐり始める!
絶妙なくすぐり具合! ものすごく、くすぐったい!
こちょこちょの刑が来た!
(きゃはははは!)
「いわないと、くすぐっちゃうですよ~」
もうすでに、かなりくすぐっております!
「和やかだね」
「おんなのこだもの」
そこのヤナさんとカナさん、和んでないで助けて!
俺はともかく、神輿が!
神輿がぷるっぷるな感じで、今にも自白しそうで!
(きゃ~!)
そして数分くすぐられた後――。
(――お、おやつ、たべてました~!)
謎の声が――自白した!
神様、ないしょって言ったのに~!
「あや~! ふたりでこっそり、おやつたべたです~!」
(たんまりたべました~)
「うきゃ~! ハナもタイシと、おやつたべたいです~!」
……おや? この流れは、もしかすると……。
乗っかってみよう!
「じ、実はこっそりおやつを食べたんだ」
嘘は言っていない。あれは神様にとっては、おやつである。多分そう。
「あやや~、ハナもなかまに、いれてほしいです~」
「ごめんごめん。ただ遺跡の中はちょっと危ないから、おいそれとは行けなくて」
これも嘘では無い。重い石の壁を持ち上げたりするので、安全確保要員は必要で。
ちっちゃな子供と行くような場所ではないんだよね。
「じじょうはわかったです~。でもタイシ、あんまりあぶないこと、してほしくないです?」
「……ハナちゃん、心配してくれてありがとうね。これから気をつけるよ」
「あい~」
……どうやら、心配してくれていたようだ。
実際、遺跡の隠し部屋に行くときは、わりと緊張するからね。
危ない場所に行くって身構えていたのを、ハナちゃんは感じ取っていたみたい。
だから、詳しく聞き出そうとしていたんだろう。
「危ないことはしないから、心配しないでね」
「わかったです~」
「それじゃ落ち着いたところで、みんなでいっしょにおやつを食べよう」
「あい~!」
(おそなえもの~)
ハナちゃんも納得して、落ち着いてくれたね。
めでたしめでたし。ごまかせて良かった……ん?
「……」
――背筋が、ぞわっとした。
俺の腕に、今まさに、何かが噛みついて――。
「……この味は、嘘はついていないけど――本当のことを言っていない、味ですね」
噛みついてきたのは――ユキ様でござった。
やはりジト目で俺を見ている。
もふもふ耳は警戒しているのか、ツンとしていて。
それに不機嫌しっぽが、ばっさばさと振られておりますなあ。
これはこれは、祟られそう……。肝が冷える、怖さですな。
でもその耳しっぽは、やっぱりふさふさもっふもふ。
可愛らしい、耳しっぽですなあ。
「味が変わりましたね……。あ、この味は――! フ、フフフ……」
あれ? 今度はにっこり笑顔になった。
ご機嫌しっぽがふぁっさふぁさと振られております。
素晴らしい毛並みですなあ。
「フフフ……」
「タイシ~、おやついっしょに、たべるです~」
なんだか分からないけど、危機は脱したみたい。
危なかった……。
これも日頃の行いのおかげかもね。
「あ、勘違いしている味がします」
そんなの、味で分かるの?
ユキちゃん、恐ろしい感覚を持っていらっしゃる……。
「今日も平和だね」
「そうね。おんなのこだものね」
結局ヤナさんとカナさん、お茶を飲んでニコニコしているだけだった。
ちょっとはフォローしてくださいよ……。
ちなみに、噛みつかれた腕には歯形がくっきり残りました。
◇
ハナちゃんとユキちゃんに追及されてヒヤヒヤしたが、何とか乗り越えて。
ほっと安心したのもつかの間。
翌日――とんでもない猛暑がやってきた。
ヒヤヒヤしたかと思ったら、今度は灼熱だ。
「ああああ、あづいです~」
「ギニ~」
「ニア~」
(とける~)
というか今週、ずっと猛暑が続いていた。しかし、今日は――とびきり暑い!
この暑さには、さすがのハナちゃんやフクロイヌたちもぐんにゃり。
神輿もつられて、ぐんにゃぐにゃ。
朝からもう灼熱である。
「大志さん、今の気温……朝なのに三十五℃ですよ」
「そりゃ暑いわけだ」
この高原ですら、三十五℃の気温。
それなら盆地の市街地は、どんな暑さだっていう話だ。
「午後からは三十八℃の予想が出てます。サウジアラビアは三十六℃なのに」
「サウジより暑いって……」
ここのところ数年、ずっと気候がおかしい気がする。
というか、今日の日本は中東並みの暑さか……。
「……俺が子供の頃は、真夏日なんて一日二日だったんだけどな」
真夏の青空を見上げながら、俺の隣にいた親父が、そうつぶやいた。
親父が子供の頃って、結構昔だよな。
「それって……四十年くらい前の話?」
「ああ、それくらいだ。当時は、二十七℃で猛暑とか言ってた」
「今と基準が違いすぎる……」
なんにせよ、この暑さはきつい。
……これはエルフの森に避難して涼むか、水遊びするかしたほうが良いな。
今日はお仕事をお休みにして、避暑ってことにしよう。
エアコンの無いこの村では、とても仕事にならない。
「みなさん、今日は暑すぎなのでお仕事は中止です。各自森や湖へ避難して、涼んでください」
エルフたちは農機具を持って畑に行こうとしているけど、ちょっと無理だ。
こんな暑さで野良仕事したら、アレしてしまう。
「え? よろしいのですか?」
お休みと聞いてヤナさんがきょとんとしているけど、よろしいのです。
「ええ、問題ありません。こんな暑さの中仕事したら、健康を害します」
「たしかに、ちょっとやばいかんじ」
「んだんだ」
「ちょっとあついね! すずしいおはなばたけで、おひるねするね! おひるね!」
みんなもやっぱりキツいと思っていたのか、すんなり同意してくれた。
というわけで、今日はお仕事しません!
……ただ、休みにするとはいえ、熱中症対策はして貰おう。
「みなさん麦茶を沢山飲んで、お塩も定期的に取って下さい。もしくは、この塩羊羹をおやつするのでも良いです」
「たくさんつくっておいたよ! おやつだよ!」
「わーい! おやつです~!」
猛暑が続く予報は出ていたので、妖精さんには熱中症対策おやつを作って貰ってある。
これを食べて、美味しく塩分取りましょうだ。
「そういうわけなので、涼しいところでのんびり行きましょう」
「それがいいじゃん」
「だべな」
「のんびりするとか、すてき」
「エステのお勉強も、今日はお休みするわ」
異常な猛暑におおわらわだけど、お天道様はどうにもならない。
今日は大人しく、涼しい場所でのんびり過ごそう。
と、話がまとまったのだけど……。
「きょうは、きおんがたかくて、いいかんじさ~」
「ぬっくぬくさ~」
「いまのうちに、ひなたぼっこしておくさ~」
……しっぽドワーフちゃんたちが、なんだか嬉しそうなのだ。
こんな暑さなのに、汗もかかずにたれぱ○だみたいに日向ぼっこしている。
大丈夫なのかな? ちょっと心配だから、確認しないと。
「ねえみんな、今日の暑さは危ないよ。涼しい場所で過ごしてね」
「わきゃ~? これくらいなら、ふつうさ~?」
「うちらがすんでたところ、おひるのじきは、これくらいあつくなるさ~?」
「むしろ、このあつさが、いいかんじさ~」
え? これくらい普通とか、この気温が良いとかの回答が帰ってきたぞ。
衛星ドワーフィンって、昼の時期はこれ位の気温になるの?
「あの世界って、そんなに暑いの?」
「おひるのじきは、そうさ~」
「このあいだはよるだったから、ちょっとさむかったさ~」
そう言うことなのか。まあ、長期間昼の時期が続くわけだ。
そりゃあ、暑くもなるってことか。
「おひるのじきに、いっぱいからだを、あっためておくさ~」
「ひなたぼっこして、よるにそなえるさ~」
「おひさまをあびておかないと、あとでこまるさ~」
昼の時期に、いっぱいお日様を浴びておくとな。
……まあたしかに、日光浴をしないと骨がスッカスカになる。
ビタミンDが出来ないからね。
しっぽドワーフちゃんたちは、そうして日光を沢山浴びて、夜に備えるってわけか。
「あえ? みんなこのあつさ、へいきです?」
「へっちゃらさ~」
「なんともないさ~」
「これが、ふつうさ~」
ハナちゃんの問いかけに、みなさん元気に答えた。
赤いしっぽをぱたぱた振って、ご機嫌な様子だ。
でもまあ、水分補給と塩分補給はしっかりやってもらおう。
「なるほどね。でもみんな、ちゃんと水を飲んで塩を取ってね」
「わかったさ~」
「あっちでも、それはやってたさ~」
「だいじなことさ~」
ひとまず注意事項は伝えた。あとは、ちょくちょく様子を見てだね。
それじゃ、お話はここでおしまいだ。
おのおの暑さに気をつけながら、一日を過ごそう。
「ハナちゃん、今日は一緒に涼もうね」
「あい~! タイシといっしょに、すずしいところですごすです~」
一緒に涼もうと提案すると、ハナちゃんご機嫌でお耳がぴっこぴこだ。
さてさて、どこで涼もうかな?
◇
「およぐと、すずしいです~!」
「暑い夏と言ったら、水遊びですよね!」
「そうだね!」
夏と言ったら水遊び!
ということで、ハナちゃんやユキちゃんといっしょに、ドワーフの湖で泳ぐことにした。
ドワーフの密林は結構暑いのだけど、水は適温。
泳ぐのにもってこいなのだ。
今は二人を背中に乗せて、のんびり泳いでいる最中だ。
「きゃう~」
「わきゃ~」
そして俺たちといっしょに、カワウソちゃんと子供ドワーフちゃんが泳いでいる。
どちらもしっぽがあるだけに、泳ぎはとっても上手だ。
というか、本気出されたら勝てない。
「わきゃ~。うちらも、せなかにのっていいさ~?」
「おもしろそうさ~」
「おねがいするさ~」
やがて子供たち三人が、俺の背中に乗りたいとお願いしてくる。
もちろん乗せてあげちゃうよ。
「それじゃあ三人とも乗せちゃうよ。みんなおいでませ」
「わきゃ~! ありがとうさ~」
「おじゃまするさ~」
「おっきな、せなかさ~」
わきゃきゃっとはしゃぐ三人を背中にのせて、再び泳ぎ出す。
「タイシ~、つぎはあっちにいきたいです~」
「あっちだね。それじゃあ行くよ!」
「わきゃ~! はやいさ~!」
「わわわ! 大志さん急加速ですね!」
みんなを乗せて、ちょっと本気で加速だ。
喜んでいるようなので、このままの速度で泳ごう!
「きゃうきゃう!」
ニホンカワウソちゃんも、いっしょに泳ぎだした。
これは賑やかで良いね。
「きゃう!」
あ、置いてかれた……。
さすが、しっぽのある生きものは泳ぐのが上手いな。
――そうしてひとしきり泳いているうちに、午後になった。
お昼休憩を兼ねて、湖畔で一服つけることにする。
一休みしたら、またみんなで泳ごう。
そしてここで――ミッションだ。
「ユキちゃん水着を新調したんだね。シャチさん模様が可愛くて、よく似合っているよ」
これを忘れたら、危ないからね。
実際、お世辞じゃなく可愛いのだけど。
「カワイイ。ふ、ふふふふ……」
ユキちゃん、ご機嫌で耳しっぽがもっふもふだ。
……水に濡れても、もふもふなのね。
「ハナちゃんも、水着良く似合ってるよ。可愛いね~」
「うきゃ~」
もちろんハナちゃんも忘れず褒めておく。ミッションだからね。
これで、忘れると危険なミッションは全てクリアだ。
あとはゆっくり、休憩しよう。
「みんな、冷たい飲み物でも飲んで、ゆっくりしようね」
「あい~!」
「そうですね。喉も乾いて来た所ですので」
そうして、みんなで飲み物を飲もうとしたのだけど……。
「あえ? むぎちゃが……ぬるいです?」
「あっちゃ~、魔法瓶の口が開きっぱなしだった」
「いくら魔法瓶でも、蓋を開けておくと……やっぱり早くぬるくなっちゃうんですね」
冷たい麦茶を入れてあった魔法瓶の蓋が、開きっぱなしであった。
開口部が広い瓶だったので、すっかりぬるくなっている……。
ここまで来てぬるい飲み物で我慢するのもアレなので、別に用意しよう。
村まで戻って、冷たいわき水を汲んでくればいいかな?
ぱぱっと行って来るか。
「わきゃ? タイシさんどこいくさ~?」
ゴムボートに乗り込んで村に向かおうとする俺を見て、ちっちゃドワーフちゃんが声をかけてきた。
赤いしっぽをぱたぱた振って、好奇心旺盛な目で俺を見上げる。
冷たい水を汲みに行く事を伝えておくかな。
「冷たい水を飲みたいから、村まで行って汲んでこようと思ってね」
「わきゃ? つめたいやつを、のみたいさ~?」
「そうなんだ。このお茶、ぬるくなっちゃっててさ」
麦茶をコップに注いで、ぬるいよアピールだ。
さすがにこれを飲むのは、ちょっと悲しい。
「この暑さでぬるいお茶は、ちょっとね。ほら、持ってみてよ」
「わきゃ」
しゃがんでちっちゃドワーフちゃんにコップを渡すと、わきゃっと両手で受け取った。
「なるほど、すっごくぬるくなってるさ~」
手に持った時点で、ぬるさはすぐ分かるね。
それじゃ、分かって貰えたところで、冷たいわき水を汲みに――。
「わきゃ~、でもこれくらいなら、だいじょうぶさ~?」
――ん? 今なんと?
「ちょっとまつさ~。……わわわきゃ~!」
確認する間もなく、ちっちゃドワーフちゃんがなにやら気合いを入れた。
両手でぬるい麦茶の入ったコップを持って、わきゃきゃっとかけ声だ。
赤いしっぽもピンとまっすぐ立って、力が入っている。
……一体、何をしているのかな?
「はい! できたさ~」
そして十秒ほどわきゃきゃっとした後、コップを手渡される。
それを手に持つと――。
――冷えていた。
ぬるかった麦茶が――キンキンに冷えている!
なんだこれ! 何が起きたんだ!
「わきゃ?」
この子は一体、何をしたんだ――。