第十五話 とっておきの、レシピを抱えて
バームクーヘン作りが上手く行ったので、調子に乗ってガンガンお菓子作りをする。
材料をたくさん運んで、湖畔リゾートにみんなで集まり大騒ぎだ。
そして、色々なことがあった。
「こうやって、おさけのシロップをつくるの」
「むずかしいね! むずかしいね!」
「しっぱいしたやつ~……」
「おさけがつよくなっちゃった! なっちゃった!」
ウィスキーボンボン作りでは、お酒シロップ作りでみんな苦戦していた。
繊細な調合方法をナノさんに伝授してもらい、なんとかって感じだ。
しかし液体のお酒を扱うのも結構難しいので、秘策も用意した。
その秘策とは――粉末酒。
ちたまにっぽんの会社が、半世紀前に世界で初めて実用化したやつだ。
実はこれ、神様用の高級入浴剤にも、日本酒粉末として調合されていたりする。
一般にはあまり知られていないけど、業務用ではわりとメジャーな加工食品だ。
これを使うと、アルコール度数の調整が自由自在。
お菓子作りにはもってこいかなと思って、調達してみたわけだ。
「調合が難しい場合は、裏ワザとしてこの『粉末酒』を使うと、結構楽だよ。お酒を粉に加工したやつなんだ」
「おさけのこな!? なにそれ! なにそれ!」
「ふしぎだね! ふしぎ!」
「なぞのぎじゅつ~」
(ふしぎなおさけ~)
保存性や取扱の容易さを考えて用意した粉末酒に、みなさんびっくり仰天。
さすがにこの技術は、異世界には無かったようだ。
謎の声も見るのは初めてのようで、ほよほよと粉末酒の上で滞空している。
「おさけのこなを、こねましょ~」
「あま~いみつで、こねこねするよ!」
「おいしくな~れっ!」
そして早速、本来の目的を脱線して……別のお菓子が出来上がる。
粉末酒と花の蜜、そして花粉をこねた、お酒お団子。
妖精さんたち用の、大人のお菓子だね。
(よっぱらっちった~)
あと、神輿が酔っぱらって墜落した。
神様、こっそり粉末酒をあぶだくしょんしましたね……。
それを粉のまま食べると、めっちゃアルコール度数高いですよ。
「神様、お水を飲んでゆっくりしてください」
(おせわかけます~)
酔っ払い神輿にお水をお供えして、安静にしてもらった。
「お、おさけをこなにできるなんて、すごいさ~!」
「しんじられないさ~!」
「なぞの、かこうぎじゅつさ~!」
そうして神輿を介抱しているあいだに、新たなお客さんたちが。
お酒大好きしっぽドワーフちゃんが、どしどし集まってくる。
大好きなお酒の話だからね、そりゃ興味が湧くよね。
こんな感じで、しばらくの間粉末酒フィーバーが起きた。
「おさけのおだんご、たべすぎた~」
「よっぱらったね! よっぱらい!」
「あじはまあまあだけど、ほかんにばしょをとらないのが、いいさ~」
「これがあれば、とうみんするときに、たべものをしまうばしょが、ふえるさ~」
妖精さんが酔っ払ったり、しっぽドワーフちゃんたちは貯蔵性に着目したり。
きゃいきゃいわっきゃわきゃと、粉末酒品評会が始まる。
「え? これがおさけ? まじで?」
「おさけのあじ、ほんとにする!」
「なにこれすげええええ!」
そして当然のごとく、お祭り大好きエルフたちも集まってくる。
結局お菓子作りどころの騒ぎではなくなり、粉末酒という珍しい加工食品を楽しむ会となった。
かなり応用が効きそうなので、村でも販売してほしいと言う要望が出て、その日は終了。
結局あんまり、お菓子作りはできなかった。
とまあそんな脱線はありつつも、翌日元気にウィスキーボンボン作りを再開。
ウィスキーシロップをチョコレートでコーティングする方法を伝授するはずだったのだけど……。
なんと妖精さんたちは、これらの工程を――すっ飛ばす技術を持っていた。
「チョコとおさけシロップ、こねましょ~」
「おいしくな~れ! おいしくな~れっ!」
「うまくできたやつ~!」
妖精さんたちは、直接チョコレートをこねられることが判明したのだ。
湯煎なしで、自在に形を変えられる。
これにより、ウィスキーシロップをチョコレートに封入する作業は、あっという間だった。
「あや~……ハナたち、いっしょうけんめい、れんしゅうしたですけど……」
「この技法、使わなくても出来ちゃいましたね」
「糖の結晶化に、一晩かける必要も無いのか……」
ちたま技術でこれをやろうとすると、かなりの手間な部分だ。
それをあっさりクリアしてしまい、教える側の俺たちがびっくりだ。
結構練習して、ようやく出来るようになったハナちゃんとユキちゃん、あっけにとられている。
ま、まあその技術は、自分たちのおやつ作りに活かそう。そうしよう。
「おさけのおかし! おさけのおかし!」
「きゃい~!」
「おいしいね! おいしいね!」
そんな俺たちはさておき。
やがてコツをつかんだ妖精さんたちは、ウィスキーボンボンを量産し始める。
重量二トン、総額二百四十万円のチョコレートが、見る間に消えて行った……。
またこの応用として、こんなことが起きた。
「おはなのみつを、つつんでみたよ! つつんでみたよ!」
「こっちは、くだもの~」
色んな物を、チョコレートで包むお菓子が流行った。
蜜や木の実、果物などを包んだチョコレート菓子が出来上がり、妖精さんたちは大はしゃぎだね。
「わたしはおだんご! おだんごをつつんだよ!」
……なおイトカワちゃんは、こないだ到着した小惑星に良く似た形状のお団子を、そのまんまチョコで包んだ。
ふわもちお団子のチョコレート包みって感じで、意外と美味しかった。
「これ結構美味しいね。新鮮な味だよ」
「よそうがいにうけた! またまたうけちゃった!」
……案の定、ダメ元での出品だったようだけど。
まさかイトカワちゃん、俺を実験台にしていないだろうか……。
「これもどうぞ! しっぱいしたやつだよ!」
「お、おう……」
……やっぱり、意外とイケる。というか、失敗したやつってのは隠そうね。
モロに言っちゃってるから……。
とまあ、それはそれとして。
他にもクッキーや菓子パン、どら焼きやらカルメ焼きやら様々なお菓子を伝授していく。
そのたびにトン単位の材料が消費されていくので、運ぶのは大変だった。
「ちたまのおかし! たくさんつくれるようになったね!」
「おもしろいね! たのしいね!」
「きゃい~」
でも、救助活動を頑張ってくれた妖精さんたちは、凄く喜んでくれた。
この楽しいお菓子作り大会を開催しなければ、見られなかった笑顔かと思う。
材料の調達と輸送は確かに大変だったけど、そんな苦労も吹っ飛ぶね。
こうして、様々なお菓子作りを一緒に楽しんでいった。
やがて……残るは、あと一つのレシピだけとなる。
最後の最後でようやく完成した、とっておきのお菓子。
このレシピを伝授して、ひとまず今回のお菓子作りは終了ということにした。
「次が最後のレシピになるから、気合入れて行こう」
「あい~! きあいいれるです~」
「美味しいお菓子、作りましょうね!」
「さいごのやつ! たのしみ! たのしみ!」
「おいしくつくりましょ~」
楽しい会が終わるのはちょっとさみしいけど、こういうのは終わりがあるから楽しめる。
最後のレシピを用いたお菓子作りを、めいっぱい楽しもうじゃないか。
◇
湖畔リゾートは快晴。
ここに二万人の妖精さんたちが集まり、最後のレシピを教えるイベントを開催した。
そのレシピとは――。
「今回は、また――クッキーを作るよ」
「あれれ? まえにやったよ? やったよ?」
「どしたの? どしたの?」
「おさらいかな? おさらい?」
以前に教えたレシピなので、みなさん首を傾げている。
でもこれ、普通のクッキーとは違い……簡単には、作れない。
それはなぜかというと――。
「このクッキーのざいりょう、みんなのせかいで、とれるです~」
「みんなの世界にある、花粉や蜜、それに木の実を材料にしたレシピよ」
「つくるの、くろうしたの」
ハナちゃんとユキちゃん、そしてナノさんが説明してくれた。
そう、このクッキーは、全ての材料が――フェアリンで調達できるのだ。
「きゃい!? ざいりょう、じぶんでとってこれるの! とってこれるの!」
「ちたまのおかし、いつでもつくれるね! つくれるね!」
「きゃい~!」
子猫亭にレシピ作成をお願いしてあったけど、謎の素材だけに超難航した。
なぜ大変だったかというと、普通に作ったのでは……妖精さんのお団子に味が負けてしまったのだ。
慣れない材料で、慣れない調合をする。全てが手探りだった。
しかしこの材料を用いて、素朴で簡単かつ、妖精さんのお団子に負けないお菓子を作る。
そういう目標を立てたのだ。
そしてこの、高い目標に対して。
何を作るかから検討が始まり、どうやって作るか、どんな味にするかで試行錯誤を重ねた。
最後にはユキちゃんやハナちゃん、そしてナノさんにもご助力頂いて、試作品を作りまくる毎日。
それらのトライアンドエラーや出てきたアイディアを纏めて、子猫亭が最終的にレシピを完成させてくれた。
「このクッキーは……それぞれの世界をつなぐ、架け橋のお菓子だよ。友好の証としての、クッキーだね」
「きゃい~!」
「なかま! なかま!」
「おともだちだね! おともだち!」
というわけで、このなんてことないクッキーは。
ちたまの技術やエルフたちのアイディア、そしてフェアリンの素材。
さらにはしっぽドワーフちゃんが作った器具で、調理する。
四世界の力を合わせた――友好の証、であるお菓子なのだ。
「そんなわけなので、まず素材を加工するところからはじめるよ。三日かけて、クッキーを焼けるところまでもっていくから」
「きょうは、きのみとかを、がんばってこなにするです~」
「結構大変だけど、根気よくやりましょうね」
こうして、初日は木の実や花粉を粉にするだけで終了。
翌日はというと……。
「次はきめ細やかな粉にするために、ふるいにかけるよ」
「たいへんです~!」
「終わりが見えませんね……」
「がんばるよ! がんばる!」
昨日作った粉を、延々とふるいにかける。何回も何回も。
半日かけてようやく、きめ細やかな木の実と花粉の粉末が出来上がった。
そして三日目、とうとうクッキー作りに突入だ。
「ようやくです~」
「素材から加工するのは、大変でしたね」
「てまがかかるね! かかるね!」
「やっとこだね! やっとこ!」
素材にめっちゃ手間をかけるのは、ちたま流だ。
ちたまじゃ素材を採取してそのまんまというのは殆どなく、だいたいは手間をかけて加工していく。
下地を整えて、完成品の品質を高めるわけだね。
この苦労して作った素材を、あとは調合して焼くだけだ。
「これくらいのぶんりょうで、まぜるの」
「びみょうです~」
「ちょっとでも間違うと、味が大きく変わるから気を付けてね」
精密な量りを利用して、正確に計量する。これもちたま流。
分銅をつかった量りにて、ちまちまと計量していく。
「こうだね! こう!」
「はかれたよ! はかれた!」
「いいかんじだね! いいかんじ!」
この難しい計量は、ちいさなちいさな存在にとっては、余裕のようだ。
俺たちだと一グラムの誤差は分からないけど、妖精さんたちはそれが分かる。
こういう繊細な計量は、大得意だった。
そうして繊細な配合をこなし、生地を作って、寝かせて。
あとは普通のクッキーを焼く行程と一緒なので、特に説明することは無い。
「じゃあみんな、クッキーを焼いてね」
「わかったよ! わかったよ!」
「どんなあじかな? たのしみだね!」
「きゃい~」
妖精さんたち、きゃいっきゃいでクッキーを焼いていく。
もうすでにクッキーの焼き方は伝授してあるので、余裕たっぷりだ。
焼き上がるにつれて香ばしい香りが周囲に漂い、お腹が減ってくる。
さてさて、みんなどんな出来具合かな――。
「タイシ~、あのことおしえなくて、いいです?」
「ちゃんと教えておかないと、味が上手く出せませんよ?」
――おっと、一つ大事なことを伝え忘れていた。
ハナちゃんとユキちゃんに指摘されて、思い出せた。ありがたありがたや。
これを教えておかないと、想定した味が出ない。
みんなに周知しておかないと。
「ねえみんな、このクッキーを焼くときは……そのフライパンでないと、味が変わっちゃうよ」
「これをつかわないと、あまさがおちるです~」
「そういうわけなので、気を付けてね」
そう、なんでか知らないけど、アダマンフライパンでないと最高の味が出ないのだ。
熱伝導率の違いか、謎金属の効果なのか。
今の所原因は分かっていないけど、とにかくアダマンフライパンが最適、ということだけ分かっている。
これに気づくのが遅れたため、フェアリンクッキーレシピの完成が最後になってしまった。
まあ、調理器具の違いが味の違いとか実際あるけど、普段そんなの意識していないからね。
気づかないのも、無理は無かったかと思う。そしていまだに原因も分からない。
……いずれ子猫亭にもアダマン調理器具を提供して、検証してもらうのも良いかもしれないな。
そうしてレシピと注意事項を伝達し終え、あとは出来上がったものを食べるだけ。
「できたよ! できた!」
「みためはふつうだね! ふつう!」
「じょうずにやけたやつ~」
サクラちゃんアゲハちゃん、イトカワちゃんも焼き上げて、きゃいっきゃいだ。
ふーふーとクッキーを冷まして、さっそく食べようとしている。
出来立て熱々だから、気を付けてね。
「たべよ! たべよ!」
「いただきます! いただきます!」
「きゃい~!」
そんな三人妖精さんたち、やがて――ぱくっと一口、クッキーをかじった。
さてさて、お口に合うかな?
「きゃい~! これはいいね! おいしいね!」
「なつかしいような、あたらしいような……ふしぎなあじ! ふしぎ!」
サクラちゃんとアゲハちゃんは、サックサクと食べながらにこにこ笑顔で感想を言ってくれた。
聞いた感じだと、好評のようだ。
ただ……美味しいのは間違いないっぽいけど、アゲハちゃんは不思議がっている。
懐かしいような、新しいような、不思議な味?
「こきょうと、ちたまのあじがするよ! ほんわかするよ!」
続けてイトカワちゃんも感想を言ったけど……なるほどしっくりきた。
故郷の味と、ちたまお菓子の味が混ざった、不思議な味のようだ。
俺のようなちたま側からすると……ちたま風の味付けをした、だけど異郷の味がする不思議なクッキーなんだけど。
俺たちとは、印象が逆なんだろうね。
妖精さんたちにとっては、故郷の味に異世界の技法が取り入れられた味なわけだ。
なんとも不思議な感覚を呼び起こされる、クッキーなのかもしれないな。
……果たしてこのレシピは、気に入ってもらえただろうか。
確認はしておこう。
「みんな、このクッキーの作り方は、気に入ってもらえたかな?」
「もちろんだよ! もちろん!」
「すてきなおくりものだよ! おくりものだよ!」
「てがとどくからね! じぶんたちでできるからね!」
問いかけると、きゃい~っと答えてくれた。
……良かった、気に入ってくれたようだ。
何と言っても、ちたまにしか無い材料を使わずとも出来るのが、良いらしい。
作るのが苦労したレシピだけに、評価してもらえて……ほっと一安心だ。
「ふしぎなあじです~」
「キャラメルみたいな甘さと一緒に、香ばしさと色々な花の香りが漂って……こっちには無い味ですよね」
(すてきなおかし~!)
ハナちゃんとユキちゃん、そして神輿も自作のフェアリンクッキーを頬張る。
そう言えば、神様も試食役で頑張ってくれたね。
神様、ありがとうございますだ。
そうして、フェアリンクッキーを頬張るみんなを眺めていると――。
「このおかし、あっちのみんなにもたべてほしいな! ほしいな!」
「つくってあげましょ! あげましょ!」
「まかせて~」
妖精さんたちは、口々にそんなことを言い始めた。
自分たちの世界で採取できる素材で作れる、不思議なお菓子。
製法を習得した自分たちで、作って食べさせてあげるみたいだね。
それは良い事だと思うから、賛成の意を表明しておこう。
「良い思いつきだね。ぜひとも、向こうの仲間にご馳走してあげてほしい」
「作り方も、教えちゃって良いわよ」
「どしどし、ひろめてほしいです~」
俺の言葉に続けて、ユキちゃんとハナちゃんも同意してくれた。
さらにレシピをどんどん広めちゃってもらうつもりだ。
「なかまにおしえるね! おしえるね!」
「みんなで、つくりましょ! つくりましょ!」
「きゃい~」
広めちゃっていいよと許可が出たので、妖精さんたちきゃいっきゃいだ。
みなさんクッキーとアダマンフライパンを掲げて、白い粒子をキラッキラさせている。
このレシピ、フェアリンに暮らす妖精さんたちみんなの……財産になってくれると良いな。
◇
妖精さん達にレシピを伝え終えてから、しばらくして。
「またくるね! またくるね!」
「あそびにくるよ! くるよ!」
「よくしてくれて、ありがとね! ありがとね!」
大勢来てくれた助っ人妖精さんたちが、ぼちぼちと故郷に帰り始めた。
二万人もいた妖精さんたちだけど、じわじわと数を減らす。
だんだんと人口が減っていくお花畑を見て、ちょっとさみしくなってしまった。
物量は正義だっただけに、減ると悲しいのだ。
ああ、俺のジャスティスが……。
と、密かに妖精さんが帰ることに……しくしくしちゃいました。
でもまあ、みんな故郷があるからね。笑顔で送ってあげよう。
「ようせいさんたち、またくるです~」
「お菓子のレシピ、また考えて置くからね」
「たのしみ! たのしみ!」
ちなみに故郷へ帰る妖精さんたちを見送るときは、また来てねと声をかける。
あの楽しいお菓子作りはいったん終わったけど、もうやらないわけじゃない。
いずれまた新しいレシピを考えて、遊びに来た子たちと一緒にお菓子を作ろう。
たくさんの妖精さんたちとお菓子を作るのは、とても良い息抜きになったのだ。
是非ともまた、大勢集めてお菓子祭りを開催したいね。
「おうちに、かえるね! かえるね!」
「おみやげ、ありがと! ありがと!」
「おうさま! またね! またね!」
そうしているうちにも、どんどんと帰っていく。
やがて、だいたい……一万七千人くらいが、帰還した。
「すてきなおうち! ありがと! ありがと!」
「いってくれれば、またつくるのだ」
「きゃい~!」
……それでも、村には三千人くらいの子が定住しちゃった。
なんだかんだで、賑やかなようせいキングダムが残ったわけだね。
だいたいこれ位の人数で、キングダムを維持していくんだろうな。
そうしてキングダムが残ったことに安心していると……最後に、一つの別れが来た。
「みんなにおかし、おしえてくるね! おしえてくるね!」
キラキラ妖精三人娘の一人、アゲハちゃん。
とうとう彼女も故郷に戻る日が……やってきたのだ。
今まで中心メンバーとして頑張ってきてくれただけに、付き合いも長い。
これはけっこう、さみしい出来事だった。
でも、笑顔で送り出してあげないとね!
だってアゲハちゃんは、フェアリンの世界を飛び回る――冒険家なのだから!
それじゃあ、行ってらっしゃいの挨拶だ。
「行ってらっしゃい。あっちに帰っても、元気でね。それと、また遊びに来てね」
「もちろんだよ! まっててね! まっててね!」
「またくるときは、おみやげおねがいね! おみやげ!」
「めずらしいおだんご、たのむね! たのむね!」
俺が挨拶すると、いっしょにサクラちゃんとイトカワちゃんも、元気にお見送りだ。
そして二人ともちゃっかり、お土産を頼んでいる。
なかなかたくましい子たちだね……。
「それじゃ、いくね! いくね!」
やがて出発の時となり、アゲハちゃんは空を舞う。
白い粒子を煌めかせながら、ふわりと天空へ飛び立った。
「行ってらっしゃい」
「いってらっしゃいです~!」
「また来てね。みんな待ってるから」
「またね! またね!」
「おみやげたのむね! おみやげ!」
天空に舞うアゲハちゃん見上げ、みんなで手を振る。
これから彼女は、とっておきのレシピを胸に抱えて……旅立つのだ。
「おしえてもらったおかし、ひろめるね! ひろめるね!」
見送られる側のアゲハちゃんは、そう言いながら俺たちの上を……くるくる、くるくる。
何回も何回も旋回して、白い粒子がキラキラと降り注いで。
やがて――。
「いってきます! いってきま~す!」
――旅立ちの煌めきを残し、飛んで行った。
……アゲハちゃん、元気に旅をしてね。
そしてまたいつの日か、遊びに来てくれたら……嬉しいな。
◇
ここはとある世界の、とある空。
一人の妖精さんが、めっちゃ元気に飛んでおりました。
「今度はあっちに行こ! あっち!」
ものすごい速度で飛行するのは――アゲハちゃん!
まるで天の川のような、キラッキラ粒子の軌跡を描きながら……一直線。
遠くに見える、大きなお花畑を目指して飛んでおりますね。
「お菓子、作ってあげよ! 作ってあげよ!」
アゲハちゃんは、もうわくわく笑顔できゃいっきゃい。
早くあのお花畑の子たちに、ちたまで教わったお菓子を食べさせてあげたいようです。
「きゃい~!」
目的地を目指して……高速で飛んで、飛んで、飛んで。
ほかのみんなよりちょっと大きな羽根が、キラキラ、キラキラ。
大志たちに貰ったレシピを胸に、力が溢れます。
やがて――。
「――とうちゃ~く!」
とうとう目的地に到着しました!
さっそく仲間を探して、ひらひらと散策です。
お花の中を覗いたり、地面をちこちこ歩いたり。
さてさて、このお花畑の住人は……どこにいるのかな?
そうして仲間を探しながら、ひらひら飛んでいると……。
「あれれ? おきゃくさんかな? おきゃくさんかな?」
アゲハちゃんに、下から声がかけられました。
すぐさま声のしたほうを見てみると――。
「――こんにちは! こんにちは!」
下には……一人の小さな、こども妖精ちゃんがおりますね。
元気に挨拶するその子は……色付き粒子を、出していました。
この世界には……まだまだ脆化病の子は、いるのです。
「きゃい~! こんにちは! 遊びに来たよ! 遊びに来たよ!」
しかしアゲハちゃんは、色付き粒子を見ることが出来ません。
この子が脆化病だと気づかずに、元気に挨拶です。
「ようこそ! ようこそ! 一緒にあそぼ! あそぼ!」
脆化病の小さな妖精ちゃんは、元気に歓迎していますね。
ぴこぴこと羽根を羽ばたかせて……ちこちこと、地上を歩いています。
この子は恐らく――空を飛べません。
治療が必要な、妖精さんでした。
「お近づきのしるしに、良い物あげるね! あげるね!」
アゲハちゃんはその子の傍らに降り立ち、にっこりとほほ笑みかけます。
良い物とは、あれですね。
「きゃい? 良い物? 良い物?」
良い物と聞いて、すすすっと近づきました。
警戒心ゼロの、チョロ妖精ちゃんですね。お母さん心配です。
そんな妖精ちゃんにむかって、アゲハちゃんは――。
「これを使って、今から作るよ! 作るよ! 不思議なお菓子、作るんだよ!」
アダマンフライパンを掲げて、言いました。
「きゃい? 不思議なお菓子? 不思議なお菓子?」
「そうだよ! そうだよ! お菓子を食べながら、色々お話しましょ~」
「きゃい~! お話する! お話~!」
さあ、アゲハちゃん。
この脆化病のちいさな妖精さんに、色々教えてあげましょう。
あっちの方に――素敵な村が、あるってことを。




