第九話 綺麗にしなきゃ
ムキムキマッチョエルフ軍団にマッサージされたり、軽くなった体で雑談したりして過ごしていると、車の音が聞こえてきた。親父が到着したかな。
エルフ達と村の入り口に向かうと、親父が待っていた。
「よお大志、そちらが今回のお客さん達だな」
あまりの人数を実際に目にして、ちょっと引いている様子。聞いただけの話と、実際に見るのとではやはり違うのだろう。
「そうだよ。こちらが彼らの族長のヤナさん」
俺はまずヤナさんを、親父に紹介した。ヤナさんが前に出てきて、ペコリと挨拶する。
「はじめまして。ヤナハともうします。ヤナとよんでください」
「これはご丁寧に。私は志郎と申します。大志の父親です」
「シロウさんですか。よろしくおねがいいたします」
親父とヤナさんが自己紹介し合うのを見たエルフ達、それぞれ感想を漏らす。
「タイシさんのおとうさん、やっぱでかいのね」
「よくにてるわ」
「こっちのひとって、みんなあんなにでかいのか?」
親父が身長百八十一センチ、俺が百八十七センチだから、まあデカい方ではあるな。うちの家系はだいたいこんなんだ。地球人類の中でも、デカい部類ではないだろうか。
エルフ達の中で一番大きい人は、だいたい百七十六くらいだから、まあ俺や親父がデカく見えるのも当然といえる。
ヤナさんは百七十あるかないかくらいの普通な感じだ。しかし、狩猟採集文化でやってきてその身長なのだから、エルフ達は長身の種族なのじゃないかと思う。
栄養が改善されれば、あと十センチ程度は平均があがるかもしれないな。
そんなことを考えているうちに、親父とエルフ達、ひとしきり挨拶し終わった。そろそろ本題を切りだす頃か。
「それじゃ皆さん、温泉の清掃を始めましょう」
「「「はーい」」」
親父が買ってきてくれた清掃用具を車から降ろし、適当に近くに居たエルフ達に手渡す。プラスチック素材のデッキブラシに皆興味深々のようだ。
俺は刈り払い機を担いでから、皆に声をかける。
「では、温泉の方に向かいますか」
「わかりました」
「きれいにしちゃうよ~」
「おんせんをきれいにしたら、おはだももっときれいになるかしら」
掃除をやる気十分のエルフ達を引き連れ、温泉に向かう。道すがら、親父が話しかけてきた。
「なあ大志、あの温泉だけどさ、屋根とか必要なんじゃないか?」
屋根か。今回は大勢だから、利用頻度も上がる。皆で順番に使うわけだから、雨の日は作業しない、とかも難しいだろう。
少なくとも、調理用の浴槽と洗い場には屋根が必要か。
「確かに……。作るとしたら、東屋でいいよね」
「ああ、東屋で十分だな」
東屋は……広場に設置してあるやつは、キット販売で三十万くらいのやつだったな。囲いが無いやつは幾らだったか。
「簡単な奴で良いよね、幾らぐらいかかるかな」
「安いやつなら十万からのがある、俺が発注しとくよ」
「わかった。発注は親父にお願いするよ」
「あいよ」
親父と東屋設置計画を話していると、ヤナさんが声をかけてきた。
「おふたりとも、どうされましたか?」
「いや、あの温泉に、屋根でもつけようかって話をしてまして」
ヤナさんに親父と話していた計画を説明する。
「やねですか」
「ええ、雨が降ったりしたとき、屋根がないと不便かなと思いまして」
「そんなことまでしていただけるとは……ありがたいです」
ペコペコするヤナさんに、親父が話しかけた。
「その時は皆で作れば、楽しいですよ。大志の奴は力がありますので、存分に使ってやってください」
「みんなでつくれる、そんなことができるのですか?」
皆で作る、と聞いて不安そうなヤナさんに、親父が続ける。
「ええ、朝から始めれば、昼ぐらいにはできるくらい簡単です」
「それはそれは、たのしみです」
簡単にできると聞いて、ヤナさんも興味が湧いてきたようだ。
そんな東屋計画で盛り上がっているうちに、温泉に到着。ここからは清掃手順の説明だ。
エルフ達に温泉の周りに集まってもらう。
「それでは、清掃手順を説明したいと思います。と言っても大した事はありませんが」
俺はおもむろに入浴用の浴槽に近づき、栓を指さす。
「これが浴槽の栓です。これを引っこ抜くと、お湯が抜けます」
「そんなしかけが……」
「べんりすぎる」
栓を覗き込むエルフ達に、説明を続ける。
「この鎖を引っ張ると抜けますので、やってみましょう」
すぽん、と栓が抜けて、お湯がどんどん減っていく。それを見たエルフ達は「おおお……」と声を上げていた。
他の漕も同じように、栓を抜いていく。しばらくして、すべての漕が空っぽになった。
「お湯が抜けたら清掃開始です。このデッキブラシとたわしを使って、ぬめりが取れるまで擦ります」
ゴシゴシと浴槽をこすっていく。用具を渡されたエルフ達も、真似して浴槽をこすり始めた。
「わあ~」
「けっこうよごれてる」
「なるほど、そうじはだいじだな」
みるみる汚れが落ちていくのを見て、エルフ達も掃除の大切さをわかってきたようだ。
「掃除している間に、このバケツにお湯をためておいてください。最後に使います」
俺はお湯が流れ出している給湯口に、バケツを置いた。これは最後に汚れを流すときに使う。
水道があればホースで一気に流せるのだが、無いのでしょうがない。説明を続けよう。
「最後に全体にお湯をかけて、汚れを流して終わりです。簡単でしょう?」
俺はバケツに溜めておいたお湯をかけて、汚れを流して見せた。
「なるほど」
「きれいになってる」
「これならまいにちやっても、それほどたいへんじゃないな」
各々感想を言っているエルフ達。まあ掃除をするところも、それほど広くは無いのでなんとかなるだろう。
「では、皆さん掃除を続けて下さい。私は草刈りをしてきます」
エルフの皆さんが掃除をしている間に、こっちで草刈りを済ませれば、より温泉が利用しやすくなるだろう。
俺は刈り払い機を背負って、同じく刈り払い機を背負った親父と一緒に草刈りに向かおうとする。
「くさかり? ですか? わたしたちもてつだいますよ」
「おう」
「まかせろ」
ヤナさんと数人のエルフが声をかけてきた。気合十分で、早速そこらの草をぶちぶちむしりはじめている。いや、そこの草はむしらなくていいですよ。
「それが、今回は機械を使うので、周りに人がいると危ないんですよ」
刈り払い機を使うから、周囲に人が少ない方が安全である。あとは手で毟ってもどうにもならない草の量だ。草刈り鎌も持っていないエルフ達に手伝わせるのは、ちょっと酷だ。
しかし、機械を使う、と聞いたエルフ達、首を傾げてしまう。
「きかい、ですか? そのせおってるすごそうなやつ」
「そうです。これを使うと、一気に草が刈れるんですよ」
「ほほう」
「すごそう」
刈り払い機に興味がわいたのか、草刈り風景を見てみたい、とのこと。
作業を始めたら、絶対に近づかないようにと念を押したうえで、ヤナさん始め数名のエルフを引き連れ、草刈りに向かった。
「俺はこっちを刈るから、大志は反対側やっといてくれ」
「わかった」
親父と手分けして、草刈りを始める。まずは、刈り払い機のエンジン始動だ。機械をいったん地面に置いてから紐を引く。途端勢いよくエンジンが唸りだし、アイドリングに移行した。
エンジンが安定したのを確認した後、刈り払い機を背負う。
この刈り払い機は排気量三十ccの大型背負い式で、山林の下草や竹すら刈れる強力なものだ。二ストロークエンジンなので、ガソリンとエンジンオイルを混合しないといけないのが若干面倒だが、その分軽い。
しかし軽いと言っても刈り払い機では最大級なので、エンジン音も刈り取る風景も、ド迫力である。
そんなド迫力な様子で、すぐさま草刈りを開始した俺と親父。
エンジンが独特な二ストロークの音で唸り、それに伴い高速で回転するチップソー。チップソーがふれた瞬間、ギャリギャリと音を立てながら刈飛ばされていく大量の下草。
草刈り機、ではなく刈り払い機と呼ぶのには相応の訳がある。文字通り、刈って、払うのだ。
その豪快な様子を見たエルフ達は、腰を抜かしてしまった。
「とんでもない……」
「うわああああ!」
「すっごいおとがしてる!」
「わわわ……くさがあっというまにきえていく……」
「かっこいい」
腰を抜かしつつも、ヤナさん始めエルフ達は草刈りの様子を見ている。さすがに、刈り払い機で一気に草を刈り倒すのは衝撃だったようだ。
周囲に人がいないほうが良い、という意味も理解してもらえただろう。
刈り払い機で草を刈る風景は、現代人でも物凄い音と飛び散る草をみて、怖がる人がいる。このエルフ達はよく耐えている方だ。
ぷるぷるするヤナさん他エルフ達を尻目に、俺と親父は草を刈っていく。大体百五十坪くらいの草を一掃する予定だ。
大人一人が刈り払い機で作業した場合、百坪を綺麗にするのに大体四十分から五十分かかる。割と重労働の作業である。
今回は二人でやったため、三十分程で脇道とその周辺の下草は一掃された。
「草も刈れましたので、温泉の方を見てみましょうか」
俺はド迫力の草刈り風景を見て、放心状態になっているヤナさん達に声をかけた。そろそろ温泉掃除も終わっているはずだ。
「……そ、そうですね。もうかれらも、そうじはおわっているでしょう」
「すげえはくりょくだった……」
「かっこいい」
よろよろと歩くヤナさん達と、温泉に戻る。すると、予想どおり温泉は綺麗になっていた。みんな頑張ったんだな。ぴかぴかの浴槽に、みんな満足そうだった。
俺たちが草刈りから帰ってきたのに気づいたハナちゃん、てててっと近づいてきた。
「タイシタイシ~。すっごいおとがしてたけど、なにごとです?」
こっちまで音が聞こえていたか。まぁ凄まじい轟音だったし当然かな。ハナちゃんに音の正体を教えてあげる。
「ああ、あれはこの機械を使って草を刈っていた音だよ」
「あんなおとがするですか?」
ハナちゃんはその風景を見ていないので、首を傾げてしまった。
「とんでもないものを、みてしまった……」
「いっしゅんでくさがきえてったぞ」
「かっこいい」
草刈り風景を見ていたエルフ達は、各々草刈り風景を身振り手振りで説明しだした。
しかし、実際に見ないと、あのド迫力草刈りの臨場感は得られないだろうな。子供は泣き出すほどの迫力だ。
興奮した様子で、草刈り風景を話すヤナさんたちに、声をかけた。
「そろそろ夕暮れです。掃除も終わりましたし、浴槽の栓をして村に戻りましょう」
「もう、そんなじかんですか」
「ええ。今栓をすれば、夕食が終わるころにはお湯が溜まります。夕食の後、交代で温泉に入りましょう」
エルフ達は、俺の声掛けに応じて、すぐさま浴槽に栓をしていった。
本当は温泉の後夕食を食べたほうが良いのだが、時間的都合でそうなってしまう。この村には電気がないし、ランプも置いていない。暗くなる前に食事は済ませておかないと。
まあ、よほど食べ過ぎなければ、食後に温泉に入っても問題は無いのでいいだろう。
「たのしみだわ~」
「またおはだすべすべになっちゃう」
「うふふ、うふふ」
女子エルフ達は、お湯が溜まっていく温泉を見て、嬉しそうだ。自分たちで綺麗にしたのだから、実感もよりわいていることだろう。
美肌に関わる事柄でもあるので、若干目が怖い気がするが……気のせいということにしておく。
「それでは皆さん。食料も持ってきましたので、それを使って皆で夕食を作りましょう」
「「「わーい!」」」
温泉がきれいになって嬉しそうなエルフ達と、村に戻った。道中、あれほどあった下草がきれいに無くなっているのを見て、エルフ達は皆びっくりしていた。