第十四話 大志、大丈夫?
妖精さんたちがちたまのお菓子を作れるようにと、色々準備してきた。
調理器具も揃い、いくつかのレシピも子猫亭につくってもらって、下地は出来たかな?
あとは必要な物資を村へと輸送すれば、イベントが開催できる。
もうすぐ、妖精さんへの贈り物第一弾ができるね。
――というわけで。今日も元気に倉庫業務だ。
いつものバイトちゃんと一緒に、えんやこらとトラックに荷物を積んでいく。
今日の物資を輸送すれば、必要なものは揃う。
自然と気合が入るね。
そうして朝からお仕事をして、お昼休みの事。
「ん~、これは順調順調。ほぼ落としかけてますなあ」
事務所で食休みをしていると、バイトちゃんがそんなことを呟いた。
スマホをいじりながら、ニヤニヤしているね。
良い事でもあったのかな? 聞いてみるか。
「なにかいい事、あったのですか?」
「あったといえば、そうですね。お友達が、意中の人と順調みたいなんですよ」
ほほう、恋バナか。どれどれ、お父さんに話してみなさい。
だれかの幸せそうな話を聞くのは、結構好きなのだよ。
ほのぼのするからね。
「へえ、順調ですか。それは良い事ですね。努力が報われたって感じですか?」
「そんな感じですね。めっちゃくちゃ努力してましたから、彼女」
「いいですねえ、努力が報われるのは、いいですねえ」
世の中、努力したって必ず報われるわけじゃない。
そんな中で報われたって話をきくと、勇気を貰えるね。
「さっき来た連絡では、『この間、二人の共同生活にとって必須のものを贈られた』とか連絡が来まして」
「あ~それもう、ほとんど決まりって感じがしますね」
「そうそう! ほぼ落ちてますよねそれ!」
二人の共同生活に必要なものだからね。
そこからいろいろ育んでいって、最終的に役所から貰って来た用紙にハンコを押すんだろう。
やがて、目玉焼きに何をかけるかで、夫婦喧嘩をするんだ。
親父は醤油派、お袋は塩胡椒派。心底どうでもいい理由で、揉めたあの日……。
俺は黙って、両方かけた。白身は塩胡椒、黄身は醤油。塩分かけ過ぎで、若干しょっぱかった。
とまあ見ている分には、わりと面白かった過去は置いといて。
「まあいろいろ残念な子なんですけど、いい子でして。応援もしてきたので、なんとかなりそうなのはほっとします」
「巣立っていくって感じですかね?」
「そうですね。母親のような気分で見ています。巣立たれると、それはそれで……ちょっとさみしいですけどね」
「見守ってあげましょう」
そうして二人、恋バナでキャーキャーと盛り上がり、お昼休憩終了だ。
ちょっとだけ、幸せを分けてもらったって感じがした昼さがりだね。
ではでは! 良い話も聞けたところで。
お仕事始めよう!
「すいません、この砂糖を積み込んでおいて頂けますか」
「はい、わかりました」
お仕事の方は順調そのもの。
バイトちゃんも無理はしなくなって、かえって作業効率は上がっている。
ちゃんと休息をとってもらうようにしたのは、効果があったようだ。
そして事故も起きなくなった。
結局のところ、業務効率化のために余裕を削るのは、ダメなんだろうな。
最適化という名目で安全マージンを削り、キッチキチの工程を組む。
すると余裕がないため、ちょっとしたトラブルで全てが崩れる。そしてトラブルは必ず起きる。
世の中計画通りに行く事など、ほとんどないからだ。
結果、効率化したつもりがかえって……非効率なシステムが出来上がる。
ただマージンを取りすぎるのも、やはり問題であって難しい話だ。
……このマージンをどの部分に、どれくらい割り当てるか。さじ加減という機微。
これがいわゆる、専業の人たちがもつノウハウってやつなんだろうな。
自分が抱え込める許容量を、ちゃんと認識する。
そのうえで、一見無駄とも思えるマージンを許容し、安全弁として活用していく。
それが大事なんだ。
……そう、俺の仕事にも余裕が必要だ。とっても必要だ。
お休み下さい! ここんところ休日が無いんです!
俺はプロジェクトマネジメント経験少ないんです!
「入守さん? 壁に向かって呟くのは、ちょっと危ないと思います……」
「見られた!」
バイトちゃんに、ばっちり恥ずかしい場面を見られてしまった。
いかん、危ない人になっている。
「自分、この仕事が終わったら休みを取ります」
「ゆ、ゆっくり休んで下さいね……」
ドン引きのバイトちゃんだけど、あとちょっとだからね。
今残された仕事は、ええと……。
残り千五百人の避難民ドワーフちゃんたちを、隣の湖まで送り届ける仕事の下支えをして。
お引越しした子たちの様子も、一遍見ておきたい。
偉い人ドワーフちゃんにも、また挨拶に行きたいし。
おっと、協力してくれている平原の人たちへのお礼も考えないと。
リザードマンたちや海竜たちもだね。
それと同時並行で、妖精さんたちの脆化病診断や……お菓子のレシピを贈る仕事もあって。
合間を見て田植えをし、わさわさちゃんを植える最適な土地の選定とかもする。
そうそう、放置していた遺跡の古代文字解読もしたいし、灰化現象の謎調査もしなきゃいけない。
さらに村の運営について、方針や計画も立てないと。
あとは電気工事技師の勉強も大詰めだし、ユキちゃんちに顔を出すといって結局出来ていない。
他にも、お仕事は沢山、たくさん……。
しごと、おおい。
「い、入守さん? 大丈夫ですか? また壁に向かって呟いていますけど……」
「……」
「応答しなくなった!?」
仕事が終わる気がしないのは、気のせいなのだろうか。
……考えないようにしよう――。
――とまあ、いろいろタスク山積みだけど、ひとまずおいといて。
物資をたんまり積んだトラックを転がし、村に到着だ。
これでようやく、妖精さんお菓子パーリィが出来るね。
さてさて、早速荷下ろしを――。
「タイシさん、めっちゃおつかれ」
「ほぐしますよ」
「あしつぼ」
――。
◇
――復活!
体めっちゃ軽い!
「こんかい、まじやばかった」
「からだ、がっちがち」
「はたらきすぎですん」
村に到着するなり、トリプルマッチョ炸裂。
さわやかで落ち着くアロマの香りと共に、筋骨隆々のエルフ三人によるマッサージを受けた。
ビジュアルはアレだけど、腕は確かなわけで。
無事、復活できましたん。
「あ、お荷物運んでおきました」
「あっちにおいといたけど、よかったべか」
「ぜんぶはこんどいたじゃん」
そして俺がほぐされている間に、ヤナさんはじめ、村のエルフたちが荷下ろししてくれたようで。
ありがたやありがたや。
「タイシ~、ふっかつしたです?」
「大志さん、休み無しでしたからね」
「ギニャギニャ」
「さいきん、おつかれだったさ~」
「がんばりすぎだね! がんばりすぎ!」
ハナちゃんやユキちゃんに、フクロイヌ。
続いて子供のしっぽドワーフちゃんに妖精ちゃん。
みんなでぽむぽむと、俺の体を叩いて調子を確認してくれている。
どうやら、心配してくれていたみたいだね。
(つかれ、とれた~?)
「~?」
あとは神輿が肩に乗って、もみもみしてくれている。
……わさわさちゃんは、俺の頭の上でわっさわさしているだけだけど。
みんな、もう大丈夫だよ。体力は回復したよ。
なんたって――オープニングトリプルマッチョで、ほぐされたからね!
心配してくれたみんなに、大丈夫な旨を伝えよう。
「体力回復したから、ばんばん仕事できちゃうよ。みんなありがとね!」
「あや~、わかってないかんじです~」
「大志さん、そういう事では無くて……」
「がんじょうさが、なみじゃねえ」
「まだはたらくとか、ふるえる」
あれ? みんな微妙な表情だけど……。
なぜなの?
◇
気を取り直して、今日は妖精さんとの楽しいイベント――お菓子作りを開催だ!
これは楽しいイベントであって仕事じゃない。そう、ワークではなくホビーなのだ。
息抜きであるのだから、休暇と言って差し支えない。
「というわけで、妖精さんたちとお菓子をつくって息抜きをするよ」
「若干腑に落ちませんが、息抜きになるなら……」
(ものは、いいよう~)
ユキちゃんは腑に落ちない感じだけど、まあ本当の事で。
こういうイベントは、とても良い息抜きなんだよ。
ほら、謎の声も「物は言いよう」って言っているし。これでいいのだ。
「ハナもめいっぱい、たのしむです~」
「そうそう、みんなも目いっぱい、お菓子作りを楽しんでね」
「おかし! おかし!」
「きゃい~!」
「~」
ハナちゃんや妖精さんたちは、目いっぱい楽しむぞオーラがみなぎっている。
そうそう、それくらいのノリで丁度良い。
神輿についてきたわさわさちゃんも、キャッキャとはしゃぐノリの良さだ。
それじゃ、ノって来た所で。
今日のお菓子レシピを発表しましょう!
「はいみんな、今日は――バームクーヘンを作るよ!」
「なにそれ? なにそれ?」
「どんなの? どんなの?」
バームクーヘンと聞いて、妖精さんたち首を傾げた。
みんなが食べたことのない、不思議なお菓子だよ。
アゲハちゃんが楽しみにしていたから、まずはこれにした。
「まきまきおかしです~」
「見た目が面白くて、ふわっふわのお菓子なの。ほら、これがそうよ」
お手伝いのハナちゃんとユキちゃん、まずは見本を見せる流れだね。
見本があれば、どんなお菓子かは理解できるはずだ。
「きゃい~! ふしぎなかたち! ふしぎなかたち!」
「おかしなの? おかしなの?」
「しましまだね! しましま!」
妖精さんたちはテーブルの上に置かれたクーヘンちゃんを見て、大盛り上がりだ。
とっても不思議なこのお菓子、これから自作しちゃうわけだね。
……ちなみに、見本として用意した大量のバームクーヘンだけど……。
その総重量は――なんと七百キログラムで、総額百万円。
大手メーカーに発注して、なんとかこさえてもらった。
しかしこれだけ用意しても、一人頭三十グラム程度しか行きわたらない。
妖精さん物量の、すさまじさよ。
「みんな、これくらいの量を持って行って、味見してみてね」
「どうぞです~」
そして、見本の配布が開始される。
とはいえ、二万人に配るのは無理だから、セルフサービスで持って行ってもらう。
「きゃい~!」
「きゃいきゃい~!」
「きゃいきゃいきゃいきゃい~!」
大騒ぎになるかな? とか思っていたけど、そうはならなかった。
百人から二百人くらいのグループが自然と出来て、そのグループ代表者が一ロールを持っていく。
あとは、グループ単位できゃいきゃいと分け合っているね。
あまったら足りていないグループに分けてあげたりもしている。
集まると、自然と協調や統制が生まれる、不思議な妖精さんたち。
この協調能力があったからこそ、捜索活動でも連携して行動できたわけだ。
……鳥の群れや小魚の群れが本能で他の個体と協調し、群体を作るような。
そんな習性を、妖精さんたちは持っているのかもしれない。
ちいさな存在とは、そういう傾向があるのかも。
「おいしいね! ふわっふわだね!」
「あまいね! おもしろいね!」
「ふしぎなおかしだね! ふしぎ!」
やがて、妖精さんたちが試食を始めた。
サクラちゃんやイトカワちゃん、それとアゲハちゃんもバームクーヘンを抱えて、きゃいっきゃいだ。
みんなでもむもむと、お菓子を堪能している。
(まきまきおそなえもの~)
「~~」
神輿とわさわさちゃんもバームクーヘンをもらって、美味しそうに食べているね。
全員に無事行きわたったようで、一安心だ。
これで見た目と味は、わかってもらえたかなと思う。
では次に、実際につくってみようじゃないか!
「みんな、どんなお菓子かはわかってくれたかな?」
「わかったよ! わかったよ!」
「これ、つくれるの? つくれるの?」
「どうやってつくるか、なぞだね! なぞ!」
声をかけてみると、きゃい~って感じでお返事が来た。
あまりに見た目が不思議なお菓子だけに、作れるかどうか不安だったり、作り方が想像もできない子もいるみたいだけど。
――でも大丈夫。
これ、フライパンがあれば作れちゃうのだ!
工程は簡単。フライパンでクレープみたいな生地を焼いて、ロールに巻き取る。
これを何回も繰り返していくと、あの年輪みたいなケーキができあがるのだ。
実は作るのが、思っているよりも難しくないお菓子である。
「じゃあ二人とも、手本を見せてあげよう」
「あい~!」
「お任せください!」
ハナちゃんとユキちゃんが掲げたるは、ピッカピカの――アダマンフライパン!
なぜユキちゃんも、アダマン調理器具を持っているかと言えば……。
事前にバームクーヘン作りを練習したとき、ハナちゃんのピカピカフライパンを見て、羨ましそうなオーラが出ていたから。
そんなユキちゃんにも、お料理道具を贈る運びとなったわけだ。
……いろいろお世話になっているから、お礼に贈るのはあたりまえだよね。
とまあそんなわけで、アダマンフライパンを使って、バームクーヘン作りを開始だ。
「フ、フフフ……あと少し。もう一歩で……」
「そうだね、あと少しだね」
ユキちゃんのフライパンの上では、生地が良い感じに焼けている。
あと少し焼けば、ちょうど良いかもね。
「ええ! ゴールは近いですね!」
焼け具合は……確かにもうちょっとでゴールだ。
もう、生地を巻けるんじゃないかな?
「そろそろ良いかもしれないね」
「そ、そうですね。……いつぐらいが、よろしいですか?」
いつぐらい?
生地をロールに巻くのは、ユキちゃんがタイミングを測れば良いよね?
「それは、ユキちゃんが良いと思った時で問題ないよ」
「わかりました……責任重大ですね」
バームクーヘンを巻くのに、そんなに責任を感じているのか……。
「あや~、ユキ、すごいきあいはいってるです~」
「たいへんだね! たいへん!」
「がんばって! がんばって!」
「ええ、頑張っちゃうわ!」
そんな気合みなぎるユキちゃん、みんなの応援を背にくるくると生地を巻いていく。
なんでこれほど、気迫がこもっているのだろうか……。
「……フフフ、努力あるのみ」
ユキちゃん、もうちょっと肩の力を抜いても良いよ。
お菓子作りだからね。お菓子作り。
◇
前半はいろいろあったものの、ユキちゃんとハナちゃんのお手本を見て。
妖精さんたちも、バームクーヘン作りに挑戦を始めた。
みんなちいさなフライパンを使って、自作のちいさなかまどでまきまきしている。
火力が適当な感じとは聞いていたから、弱火でチャレンジだ。
こうすれば、まあ焦げる前に察知はできるよね。
「じょうずにできたよ! まきまきだよ!」
「できちゃった! できちゃった!」
「せいこうしたやつ~!」
やがて、サクラちゃんやアゲハちゃん、イトカワちゃんがお菓子を焼き上げた。
とってもちっちゃいけど、確かにバームクーヘンになっている。
「こうだね! こう!」
「いがいと、いいでき! いいでき!」
「できたよ! できた!」
そして次々に、バームクーヘンが完成していく。
手間はかかるけど、手順はシンプル。
失敗する要素は、生地を焦がしちゃうくらいだからね。
みんないい感じだ。
(ふわふわまきまき~)
「~」
……あと、神輿も順調にバームクーヘンを作れている。
わさわさちゃんを屋根にのっけて、ご機嫌だ。
謎の声も鼻歌を歌うくらいで、余裕も感じられる。
「かみさま、じょうずです~」
(いいかんじ?)
「いいかんじです~!」
(わーい!)
さらに言うと、神輿もアダマン調理器具を使っているわけだ。
だって、神様は調理器具を持ってなかったからね。
せっかくだから、神様用の器具も作ってもらって、お供えしたのだ。
しかも、ちいさなサイズではない。通常サイズ。
そんな通常の大きさであるフライパンを、神輿は器用に操っている。
……見た感じは、すっごいシュール。
(できた~!)
「おいしそうです~」
「か、神様予想以上にお上手……」
やがて焼きあがる、神輿バームクーヘン。
手作りとは思えない、まん丸さ。
……神輿すごい。
(じさくの、おそなえもの~)
「~」
そして上手く出来たのが嬉しいのか、わさわさちゃんと一緒にはしゃぐ神輿。
……楽しんで頂けて、何よりです。
とまあそんな事がありつつ、続々とバームクーヘンは焼きあがって行き――。
「ちたまのおかし、つくれた! つくれた!」
「おもしろいね! おいしいね!」
「たくさんつくろうね! た~くさん!」
――全員が、作り方を覚えた。
これでお菓子レシピの第一弾は、贈れたね。
第二弾はまた今度、企画しよう。
「タイシ、ふわっふわのやつ、どうぞです~」
「美味しく出来ましたね。大志さんもおひとつどうぞ」
(おすそわけ~)
最後に、ハナちゃんとユキちゃん、あと神輿から完成品のおすそ分けを貰った。
みんな上手に出来ていて、いい感じだね。
「みんなのお菓子、美味しく出来ているよ。大したもんだ」
「うふ~、うふふ~」
(ほめられちった~)
「~」
お菓子の出来を褒めると、ハナちゃんも神輿もキャッキャと喜ぶ。
……なぜか、わさわさちゃんも一緒に喜んでいる。
まあ、楽しかったんだろう。
「フ、フフフ……いつにしようかしら。紹介するのは」
そしてユキちゃん、出来上がりのお菓子をみつめてご機嫌だ。
しかし、何を紹介するんだろう?
若い娘さんの考えることは、お父さんにはわからないなあ。
とまあいろいろあったけど、今日ものんびり平和な一日。
この調子で、ゆっくり確実に、前に進もう。
連れてきたしっぽドワーフちゃんたちのお引越しも、もうすぐ終わる。
それが終わったら、また計画を立てないとね。
「計画は、順調……フフフ」
……ユキちゃんの計画は順調そうで、何よりだ。
一体何の計画なんだろうね。
危機管理能力なんてなかった




