第五話 ゆるい方々
囲まれたでござる。
「わきゃ~、わきゃ~」
「でっかいいきもの、いるさ~」
「いいにおいが、するさ~」
俺たちやおとうさん海竜を珍しそうに眺めたり、くんくんとみそラーメンの匂いを嗅いだり。
だいたい、七十人から八十人くらいのしっぽドワーフちゃんたちに、囲まれちゃいました。
俺たちに敵意も害意もないのがわかっているのか、警戒心ゼロだね。
「わきゃ、おもしろいどうぐがあるさ~」
「ふしぎな、そざいさ~」
「わきゃ~」
子供たちとかは、もうわっきゃわきゃで俺たちが持ってきた道具をつんつんしている。
身長三十センチから五十センチくらいの子供たちが、はしゃいでいるね。ちいさくて可愛いな。
この集落は、黄色しっぽちゃんの集落みたいだ。みんな同じ色をしている。
――と、子供しっぽドワーフちゃんたちを、ほくほくと眺めていると。
救助隊のお母さんドワーフが、こちらにてこてこと歩いてやってきた。
「ここは、まあまあちいさな、しゅうらくっぽいさ~」
「そうなんだ」
「さっききいたけど、このへんには、ほかにしゅうらくがないさ~」
「あ、聞き取り調査してくれてたんだ。ありがとう」
「どういたしましてさ~」
いつの間にか、お母さんドワーフは調査をしてくれていたようだ。
この辺には他に集落がないそうなので、救助第一陣としてはこの子たちになるってことだね。
「ついでに、うちがじじょうをせつめいしとくさ~」
「それはありがたい。お願い出来るかな?」
「いまから、せつめいするさ~」
お母さんドワーフが事情説明を買って出てくれたので、ありがたくお願いする。
みそラーメンを食べて大満足の彼女は、てこてこと歩いて集まった子たちのほうへと行った。
それじゃあ、俺たちは待機しよう。
「みんな、ちょっとおはなしがあるさ~」
「おはなし? どんなのさ~?」
「わきゃ?」
「きいてみるさ~」
そうして、お母さんドワーフから色々な事情が説明される。
湖から灰化が始まり、食料が採れなくなったこと。
急いでお引越しをしたけど、船が無くては無理だったという顛末も。
色々な出来事を話して、俺たちがここに来たことも説明してくれた。
それを聞いた、集落の人たちはというと――。
「わきゃ! たしかに、おさかなのけはいが、ないさ~」
「きとかはっぱも、はいいろになっているさ~」
「きづかなかったさ~」
――ようやく周囲の異変に気づいたのか、辺りを調べ始める。
みそラーメンの香りや俺たちに夢中で、周囲は目に入っていなかったぽいね。
「こんなわけがあって、みんなにおひっこしを、してもらいたいさ~」
最後に、お母さんドワーフが俺たちの目的を話す。
さてさて、どんな反応が来るか……。
「わきゃ~……、たいへんなことに、なってるさ~」
「おひっこしは、しなきゃまずそうさ~」
「こまったさ~」
話を聞いた集落の人たちは、しょんぼりしてしまった。
まあそうだ、いきなり引っ越せと言われても、困るよね。
ただ、このままここにとどまっても、結果は見えている。
最大限のサポートをする旨、話しておこう。
「お引越しは大変だと思うのですけど、こちらも出来る限りのお手伝いはします」
「家とかは、俺らが運ぶぜ。見た感じ、そのまま木から外して、持って行けるからさ」
「わきゃ? おうちをもってけるさ~?」
「ああ、イカダに乗せて、引っ越し先に運ぶよ」
「それなら、いいかもさ~」
お、家を運ぶと高橋さんが言ったら、好感触になったぞ。
やっぱり、家がとっても大事なんだな。
「でもでも、たべものとかはどうするさ~?」
「うちら、たくわえそんなにないさ~」
「ふねも、もってないさ~」
と思ったら、心配そうな声も出てきた。
ただ、それらは全部解決している事柄だね。
これは、実際に物資や装備を見せて説明しよう。
「食糧や船に関しましては、こちらで用意します」
「そんなこと、できるさ~?」
またまた心配そうに、一人のしっぽドワーフちゃんが聞いてきた。
ふっふっふ。ちたまの物量、見せるときが来ましたよ!
「実際に見て頂ければ、納得してもらえると思います。高橋さん、物資をライトで照らしてほしい」
「わかった。じゃあ行くぞ!」
高橋さんが、イカダに詰まれた物資を大きいライトで照らす。
そこには――みそラーメン二百食と、十隻のゴムボートが積んである。
それらの荷物が、ペカっと照らされた。
「わきゃ? これはなにさ~?」
「これは、先ほど良い匂いをさせていた食べ物と、船です」
「わきゃ~! あのたべもの、あるさ~?」
「もちろんあります。二百食分持ってきました」
「わきゃ~! わきゃ~!」
みなさん、光に照らされた箱をわきゃわきゃと見つめている。
みそラーメンの香りに誘われて覚醒したのだから、興味があるのは当然だよね。
「でも、ふねはどこさ~? みあたらないさ~?」
「そういえば、そうさ~?」
何名かは、船が見当たらないときょろきょろしている。
ふっふっふ、これからゴムボートを膨らませて、驚いてもらおう。
さっそく一つ用意して、空気を入れようじゃあありませんか!
「はいみなさん、実はこれが船になるんです」
「わきゃ~? そのへんなぬのが、ふねになるさ~?」
「いみがわからないさ~?」
こっちにも興味を持ってもらえたようで、みなさん集まって来た。
特に子供たち、膨らませる前のゴムボートに近づいて、つんつんしてくる。
では、お見せしましょう。これが船になる様子を。
「これから船として使えるようにするので、ちょっと見ていてください」
足踏み式の空気入れを用意し、ゴムボートのバルブに接続。
すぐさま、しゅこしゅこと空気を入れる。
やがて、ちょっとずつゴムボートが膨らんでいき、船っぽくなってきた。
「わきゃ! かたちができてきたさ~!」
「たしかに、フネっぽいさ~!」
「わきゃ~、ふしぎさ~!」
空気を入れて形がはっきりしてくると、みなさん大はしゃぎになった。
特に子供たちは、てこてことせわしなくゴムボートの周りを歩き始める。
珍しい物を見て、テンションあがったようだね。
しばらくして、空気は入れ終わり……ゴムボートが完成する。
「これはまあ……船の形をした風船ですね。空気を入れてあるので、当然水に浮かぶわけです」
「なるほどさ~」
「こんなもの、つくれるさ~?」
「じっさいに、めのまえにあるさ~」
はっきりとした船の形になり、みなさんお目々まんまるだ。
原理は理解してくれたようなので、これが浮かぶことも分かったはず。
それじゃあ、実際に浮かべてみよう。
「水に浮かべてみますので、興味がある方は乗ってみてください」
「わきゃ! うち、のりたいさ~」
「うちもさ~」
黄色しっぽの子供たちが、わきゃきゃっと水に浮かべたゴムボートに乗り込んだ。
しっぽをぱったぱた振って、とっても楽しそうだ。
「わきゃ~! このフネ、けっこうしっかりしてるさ~」
「とってもべんりさ~!」
「これは、いいものさ~」
ボートに乗った子供たち、凄く楽しそうにしているね。
これで、船の実演は十分かなと思う。
じゃあ次は、みそラーメンだね。サッポロで一番なやつだよ。美味しいよ。
「お次は、さっき良い匂いをさせていた食べ物です。簡単に作れるやつで、美味しいですよ」
「「「わきゃ~!」」」
さてさて、ではラーメンを沢山作ろう!
◇
「こんなことがあったわけだ」
「上手くいった、というのは良くわかります」
「あや~……」
現在、洞窟そばの救助隊キャンプに戻っております。
そしてユキちゃんとハナちゃん、とある方向をお目々まんまるで見つめているね。
その方向には――。
「わきゃ~、ごむぼーとってやつ、べんりさ~」
「かいてきさ~」
「ここから、おさかないっぱいのみずうみに、いけるさ~?」
たくさんの、黄色しっぽドワーフちゃんがいた。
みんな、ついてきちゃった。
何回か交渉して、予定を詰めてからになるかな、とか思っていたけど……全員即日フィッシュだね。
爆釣ですよ、うふふ。
「家はあとで運んでくるから、待っててね」
「ありがとうさ~」
「おうち、だいじなおうちさ~」
「たすかるさ~」
とりあえず人は連れてきて、家は後日ピックアップだ。
十数軒だから、海竜夫婦と大型イカダで一気に運べるだろう。
「おせわになるさ~」
「よろしくさ~」
「らーめん、さいこうだったさ~」
もうすっかり安心しきったみなさん、あっという間にお引越しを決断しております。
こんなにほいほいついてきちゃって、お父さん心配だよ……。
リザードマンたちやおとうさん海竜も全然こわがらないし、すっごいゆるい方々だ。
警戒心が、ほんと無い。
「まあそういうわけなんで、湖畔リゾートでテント張って過ごしてもらうぜ」
「この人たちは、そのうち隣の湖まで送っていくことになるんだ」
「そんなにながくは、いないです?」
「そうなるかな」
「では、湖畔での滞在は短期間なのですね」
この警戒心ゼロの方々は、お隣の湖に引っ越したいという要望は聞いている。
なので、湖畔リゾートでしばらく過ごしてもらって、準備を整えるわけだ。
「たぶん、ほとんどのひとは、となりのみずうみにいくさ~」
「まあ、普通はそうだよね」
いちおう、ちたまやエルフィンの湖畔リゾートでも、受け入れるつもりではいる。
ただそれは、かなりハードルの高いお引越しだ。
となりの湖に引っ越す方が、負担は少ない。
これは、距離的な問題ではない。精神的な負担のお話だ。
例えば、隣の湖に引っ越すケース。
これは、ちたまにっぽんで言えば隣県に引っ越すような感覚だ。それほど抵抗は無いだろう。
しかしエルフィンやちたまに引っ越す場合は……俺たちが――火星に引っ越すくらいの覚悟がいる。
だって、異世界へのお引越しだからね。環境が物凄い違う、別世界なわけだ。
ちょっと遊びに行く、程度なら良いけど、定住するのは……流石に厳しいだろう。
おおむね、隣の湖に引っ越しを希望するのは、想定通りと言うわけだ。
俺だって「新潟に引っ越すか火星に定住するか、どっちが良い?」とか聞かれたら、新潟を選ぶよ。
そして毎日、日本海を眺めて過ごすんだ。無意味に砂浜で走ったりするんだ。
――おっと、長野県人の持病である、海が見たい病が発症した。
だって海がないんだもん。新潟侵略したいんだもん。
とまあ、長野県人の持病は押さえこんで。
お次は、お引越し基本計画を立てないといけない。
どうやって隣の湖まで行ってもらうか、家を運んだとして、現地でどうするか。
このお引越しが上手くいったら、一連の流れが完成する。
あとは、徐々に規模を大きくしていき、やがて俺無しでも回るようにしたい。
「テントの張り方を教えるお仕事は、すでにアルバイトで一人雇ってあるから、お任せして良いよ」
「わかったです~」
「それでは、湖畔に案内しますね」
湖畔リゾートでは、あの動物好きのお姉さんエルフが待機している。
あの人、たまにリザードマンたちと一緒に屋台でアルバイトしたりして、滞在費用を稼いでいた。
彼女はお金を必要としている感じがしたので、アルバイトとして今回雇ってみたわけだ。
今頃、おおはりきりで待っている事だろう。
少しでも、滞在費用の足しになれば、幸いだね。
「とりあえず、第一回の捜索は無事終了したが、これからどうする?」
「今日はもうこれで終了にするよ。後は、反省会をして次の活動に繋げよう」
高橋さんからこの後について聞かれたけど、今日はこれでやめにしておく。
いろいろ反省点もあるから、会議をして改善と調整はしないといけない。
次回は、もっと強化された運用や装備で、活動したいからね。
「わかった。このキャンプ地はどうする?」
「いったん撤収で」
ほんとうはキャンプ地もこのままにしておきたいけど、大雨と強風が来たら困るからね。
放置して崩壊したら、目も当てられない。
三十分もあれば設営できるので、面倒がらずにその都度設営と撤収を行う。
今のところは、これで良いだろう。
常設キャンプは、もうちょっと様子を見てからだ。
「それじゃあ、撤収作業をしよう」
「うーし、やるか」
「ハナもおてつだいです~」
「わきゃ~、うちらも、はこぶのてつだうさ~」
救助して来た黄色しっぽドワーフちゃんも加わって、賑やかに撤収作業を行った。
当初予想していたよりは、ずっと賑やかで和やかな締めくくりだね。
もうちょっと揉めて、しょんぼりした人たちを慰める事になるかと、当初は思っていた。
次回も、こんな風にあっさりと決まれば、良いのだけど……。
◇
翌日、大勢のリザードマンたちが集結した。
「がう、がうが~う」
「がう」
海竜ちゃんの両親である、海竜夫婦も参加だ。
これから、昨日訪れた集落にあるツリーハウスを、回収しに行く。
「自分は家の扱いとかは分からないから、お任せするよ」
「そこは俺たちに任せてくれ。大志は力仕事を頼む」
「わかった」
本当は俺が参加する必要はないのだけど、現場は見ておきたいからね。
実際に現場を見てて知っているのと、話を聞いただけでは、指揮や計画作成で大きな違いが出る。
出来る限り、最前線の状況は知っておかないといけない。
「おし、準備完了だ。それじゃ、現場に行くぞ」
高橋さんの号令と共に、イカダに乗り込む。
今回土建リザードマンは、二十人を動員している。
そして大型のイカダが、四隻。
お父さん海竜が、連なった四つのイカダを引っ張っていく。
一つのイカダで家が四つほど積めるそうなので、四隻あればあの集落にあるすべてを運べる計算らしい。
「がうがう」
「が~う」
このイカダをものともせず、すいすいと泳ぐお父さん海竜。
迷わず水路を選択しているあたり、昨日の場所は憶えているようだね。
お母さん海竜も、その後を泳いでついて行く。
いずれこのお母さんも作戦に加わるので、今回は見学してもらうために来てもらった。
「体感だと、洞窟からあの集落まで二十キロ程度だな」
「昨日は原付程度の速度で移動してたから、時間的にもそれくらいだね」
これが近いのか遠いのかは、微妙な距離かもしれない。
しっぽドワーフちゃんがこの距離をイカダで移動した場合、ギリギリ一回眠るかどうかで行けると聞いた。
ようするに、一日かかるわけだね。
イカダを押して移動するのは、とても大変ってことだな。
「おっし、到着だ。作業すっぞ!」
「「「おう!」」」
そうこうしているうちに、現場へ到着。
さっそくリザードマンたちが、足場を組んだりクレーンやウィンチを設置し始める。
鮮やかな手際だ。
「まずこの家を木から外す、落ちないようしっかり固定だ」
そうして足場や機材を準備している間に、もう一件目の取り外しにかかった。
どうやらツリーハウスは固定部が木と融合しているようで、がっしりと固定されている。
いったいどんな建築技法を用いれば、木と融合するのだろう?
「おっと、こいつぁ……」
作業を眺めていたら、高橋さんが渋い顔をした。
どうしたんだろう?
「高橋さん、どうしたの?」
「大志、これ見てみろよ。この連結部だったところ」
「それどれ……」
高橋さんが指さした部分は、木と家が融合していた、連結部だったところ。
ノコギリを入れて切り離そうとしていた部分だ。
さっそく覗き込むと、そこには……。
「これは、金属製の……アンカー?」
「多分な。板が張ってあって分からなかったが、家の中から打ち込まれているようだ」
「木と融合した部分の中に、メタルアンカーか……」
ほんと、不思議な建築技術だ。
もしかしたら、木の生命力を利用した技術なのかも。
家側からアンカーを打っておけば、木がそのアンカーを取り込んでしまう。
そうして、家屋と樹木を融合させる、とか?
メタルアンカーを使って自然との融合を引き出す、面白い技術なのかもね。
「なんにせよ、家からアンカーを引っこ抜いて、それから切り離す手順になるな」
「家はちいさいから、ちょっと大変だね」
「仕方ねえさ」
そうしていくつかの発見をしつつも、作業はどんどん進んでいく。
驚いたのは、家を吊り下げようとしたときだ。
「おい、この家……強度の割には、かなり軽いな」
「これは、素材のおかげなのか、技術の賜物なのか……」
とにかく、面白い発見が沢山だった。
ほかのリザードマンたちも建築が生業だけに、みんなで楽しく、この不思議なツリーハウスを取り外す。
単なる作業にはならず、技術的にも学術的にも、面白いお仕事となったのだった。
そして、休憩を含んだ六時間程度で、すべての家は取り外されイカダに運ばれる。
大勢で並行してやったので、かなり早い作業速度だった。
「よし、しっかり固定出来てるな。それじゃあ、帰ろう」
「がうが~う」
「がう」
高橋さんの宣言とともに、現場作業は終了。あとは、運ぶだけだ。
イカダに乗って、のんびり移動だね。
「なあ大志、これで、準備は整ったって感じか?」
「そうだね。あとは、隣の湖に送ってあげるだけだよ」
「第一陣、うまく行きそうだな」
「今のところは、何とかね」
いくつか足りないところや、改善すべきところはあるものの。
今のところは、なんとか計画と大きくずれることなく、運用できている。
あとは……送ってあげるだけ。
隣の湖に、無事送ってあげることができたなら。
次は、規模を大きくしていこう。
人員を増やして、複数チームが対処できるよう、シフトを考えよう。
それが上手く周り始めれば、俺も村の運営に戻ることができる。
俺だって、エルフたちと田んぼを耕したいわけでね。
みんなと一緒に、泥まみれになって田植えをする日を……楽しみにして。
そんな余裕が出来るよう、今は体制確立に注力しよう。
さーて、お次は大引越し作戦だ。
救助したあの子たちを――新天地へ送り届けるぞ!