第八話 温泉利用の規則
温泉施設利用の規則を教えるために、エルフ達に集会場に集まってもらった。
と言ってもそれほど大した規則でもない。当たり前の事ばかりだ。
「それでは、温泉利用の規則について説明したいとおもいます」
「「「はぁい」」」
エルフ達が元気に返事をした。皆で使う温泉だから、関心も高い。まず始めに、どこの温浴施設でも当たり前に注意書きされていることから始める。
「まず、温泉に入る前には体を洗いましょう。お湯をためている所に入るのですから、体が汚れたままだとお湯も汚れてしまいます」
「そうよね~」
「おゆをよごすこと、まかりならん」
あの温泉はかけ流しなので、お湯が汚れてもしばらく放っておけば綺麗にはなる。ただ今回は三十人を超える人数なので、きちんと体を洗ってもらわないと、お湯を綺麗に保つのは無理だろう。
「そうです。体を清潔に保つための温泉でもあるのに、そのお湯が汚れていたらまずいですよね」
「おゆがよごれていたら、はいるのもていこうあるよな」
「いみがなくなるんだな」
何より気持ちよく温泉に入れない。汚れたお湯で温まるのは、誰だって嫌なのではないだろうか。お湯を汚さないための規則に、さらに付け足す。
「お湯を汚さない点についてもう一つあります。布を漬けないこと」
「だめなんだ」
「ええ、布は汚れを吸い取っています。体を洗ったり、汗を拭いたりするでしょう? その布をお湯に漬けてしまったら、あっという間にお湯が汚れてしまいます」
そういえばエルフ達は、体を拭く布とか持っているのかな? 割と高度な縫製の服を着ているから、そういう布くらいは持っていると思うが。
「なるほど~」
「そうなのね」
「はっぱもだめなの?」
葉っぱ? 葉っぱをどうするのだろうか。とりあえずダメという事にしておこう。
「葉っぱも、まぁお湯に漬けないほうが良いですね」
「はっぱもだめなのね」
入浴剤として菖蒲や蓬、さらには柑橘類等色々入れる場合はある。ただ、そういう目的なしにただ葉っぱを入れるのは意味が無い。入れちゃダメで良いだろう。
一部良くわからない所があるが、まあエルフ達も理解してくれたようだ。説明を続けよう。
「次に、泳いだりしないこと」
「うげ」
「ああ~」
「だめなのか~」
子供達が「やっちった」的な顔をしている。まあ知らなかったらしょうがない。特に子供なら、温泉に入って楽しくなってしまうのも当然だ。
俺は子供たちに分かり易いように、泳いではいけない理由を説明する。
「温泉で泳ぎまわると、ほかの人にぶつかっちゃいそうになるよね」
「なった」
「というかぶつかった~」
「それに、水しぶきを上げて人にかけちゃうよね。かけられた人は、ちょっと嫌だよね」
「うん」
「ごめんなさい」
子供達は各々返事をしてくれる。素直な子供達だ。その他にも、浴槽内で激しく動かれるとお湯が大きく波打つ。これが静かに入りたい人に、大変な迷惑をかける。
浴槽内ではゆっくり動く、これがさりげない気遣いである。
「それと温泉は熱いから、心臓がドキドキするよね?」
「うん」
「その状態で泳いだりして激しい運動したら、あっという間にのぼせちゃうよ?」
「なんかくらくらした~」
温泉で泳いではいけないのは、ほかの人の迷惑にもなるし、本人ものぼせるで良いことが無いのだ。体にも良くない。静かに入ってこそ、温泉の良いところが引き出される。
「のぼせちゃったら、せっかくの温泉なのにあんまり入って居られないよね? 勿体ないよ」
「たしかに~」
「もったいないね~」
子供たちは素直に聞いてくれた。三十一人も居て、順番に入って居るのだから一人一人が温泉に入れる時間も限られてくる。そんな状況ですぐにのぼせてあがってしまったら、余計に温泉に入れる時間も減ってしまう。
のぼせただけで体の芯まで温まっていないしで、彼らの状況からすると、本当に良いことが無いのだ。
「だから、泳いじゃった子は次からゆっくり落ち着いて入ろうね」
「「「はーい!」」」
子供達は元気に返事をしてくれた。素直な子供達だろうから、次からは大丈夫だろう。
聞き分けの良い子供たちの頭をなでながら、次は安全面について説明する。
「次は安全と衛生に関する規則です。まずあの温泉、源泉は火傷するくらい熱いので、触らないこと」
「あのちょっとうえのほうででてる、あれですか」
「そうです、かなり熱いので気を付けてください」
あの温泉は、浴槽は摂氏四十一℃~四十三℃くらいになるよう設計されている。源泉は湧き出し量毎分三十三リットル、温度は摂氏九十二℃とかなり高い。この品質だと実の所、温泉旅館を経営できる程の湧き出し量と温度の源泉である。
この源泉を浴槽までの経路と、浴槽の大きさを調節して、何とか入浴できる温度にまで下げている。浴槽の温度が高めなのは、主に冬に快適に入れる温度になるよう設計したためで、それ以外の季節は若干熱めのお湯になる。
経路はある程度変えられるので、温度調整も出来ないことは無いが、面倒なのでやって居ない。
「源泉から一番近いところは、野菜を蒸したり温泉卵を作れます。熱いので注意が必要です」
「あれがそうなのか」
「こんどやってみよう」
「おんせんたまご~」
温泉の構造としては、源泉から最も近く湯温の高い調理漕、源泉から二番目に近い洗い物漕、最後に浴槽となる。分岐させているので、上流の漕にあるお湯が下流の漕に混ざることは無い。
入浴できないためあまり関心がなかったようだが、温泉卵が作れると聞いて俄然エルフ達も興味がわいたようだ。
次に洗い物をするための漕の説明をする。といってもそのまんまだ。
「二番目に近いところは、洗い物をするところです。汚れが良く落ちますよ」
「べんりそうだわ~」
「ふたつあったわね」
そうだ、どちらも用途が決まっている。これも説明しておこう。
「右側が食べ物や食器を洗うところで、左側が衣類などを洗うところです。間違えないように」
「「「は~い」」」
野菜など、食べ物を洗うところと同じ漕で、服も洗うとか嫌だろう。という事で設置されたそうだ。
俺が設計したわけではないので聞いただけだが、確かにそうだ。合理的な設計である。
「そして最後にしてもっとも重要な規則です。使った人は、温泉の清掃をしましょう」
「せいそう?」
「きれいにするのね?」
エルフ達はいまいちピンと来ていないようだ。確かに自然の泉などを清掃する、という事は普通やらない。だが温泉はそうはいかない。利用人数が多ければ多いほど、浴槽は汚れていく。こまめに清掃しなければいけない。
「ええ、大勢で利用すると浴槽、あのお湯をためる所がどうしても汚れます。なので、定期的にお掃除してください」
「ていきてきというと、どれくらいですか?」
ヤナさんが聞いてくる。そうだな、三十人もいるから、毎日やったほうが良いな。そう伝えよう。
「できれば毎日清掃をしてほしいのです」
「わかりました」
「そうなのか~」
まあ、このあたりは様子を見てやってもらおう。
「無理だったら、出来る範囲で良いですよ。様子を見てやっていきましょう」
「きれいなおんせんだと、はいるのもきもちいいわ」
「しっかりやらないといけないな」
自分たちが毎日利用するので、エルフ達も温泉を清潔に保つことの重要性は、分かっているようだ。手分けしてやってもらえば何とかなるだろう。
「当番制にして、最初は四人から五人を一組にすれば、それほど大変でもないと思います」
「おそうじのしかた、おしえてほしいです」
「きれいにしちゃうわよ~」
「きあい、はいってきた」
そうだな、温泉の清掃方法も教えないといけない。と言っても、ゴシゴシやるだけなのだが……。
しまったな、用具が一人分しか置いてない。当番制にして清掃してねと言ったが、用具が無いとどうしようもない。どうしようか……。
困ったときの家族頼み、親父に買ってきてもらおう。エルフ達を見に来る良い機会だし、ちょうどいい。
説明会は一時休憩とし、集会場を出て親父に電話を掛ける。
『どうした大志、問題でも出たか?』
「うん、エルフ達が温泉を発見しててさ、今利用規則説明してたんだけど」
『あれ前情報なしに見つけたのか、すげえな』
やはり親父もそう思ったか。あの草刈りも何もしていない脇道、言われなければ普通見つけられない。
「俺もびっくりだよ。それで、清掃するにあたって説明してる時に、用具が足りないことに気づいてさ」
『確かに、一人分の用具しか置いてないな』
「それで申し訳ないんだけど、四人分くらいの用具が欲しくてさ。悪いんだけど持ってきてもらえるかな」
『わかった。ついでに刈り払い機も持ってくわ。草刈りしようぜ』
お、草刈りか。頭に無かったな。ついでにやってしまおう。脇道の下草も、刈り払い機を使えば一掃できる。
「あ~草刈りか。それも頼む。俺も手伝うから」
『じゃあ刈り払い機、二台もってくわ。大型のやつでいいだろ?』
「うん。それでいいよ」
『あいよ。ほんじゃ一時間後くらいにそっち行くわ』
「わかった。ありがと」
親父にお礼を言って電話を切る。これで準備は出来そうだ。親父が来るまで、待つとするか。
こういう時、頼れる手があると本当に助かるな。
エルフ達に、親父が器具を持ってこっちに来るから、暫く待とうと伝えるために、集会場へ戻った。
集会場に戻ると、ムキムキマッチョエルフ達が、手をワキワキさせて待っていた。どうして電話をして戻ると、彼らは待ち構えているのだろうか。逃げよう。
しかしまわりこまれてしまった!