第一話 まどろむ存在たち
大志可愛い。
……しかし、見守るお仕事もしなければ。
――というわけで。
ここはとある世界の、とある集落。
ツリーハウスが立ち並ぶ、しっぽドワーフちゃんたちの暮らす場所。
月明かりが照らす中、沢山のおうちがありました。
この沢山のおうちの中にある、ひとつを覗いてみましょう。
「……」
「…………」
お家の中では、しっぽドワーフちゃん親子が、まどろんでおりました。
うとうと、うとうと。
寝ているようで寝ていない、起きているようで起きていない。
そんなまどろみ状態ですね。
こうしてまどろんで過ごすのが、しっぽドワーフちゃんたちの夜の過ごし方のようです。
代謝を極限まで抑えて、意識レベルも抑えておりますね。
このままゆっくり、昼の時期を待つようです。
……しかし、今回はそれがアダとなりそうです。
月明かりに照らされる集落は、平和そのもの。
でも、周囲の木々は――灰色。
みんなが冬眠しているうちに、灰色になってしまったのです。
昼の時期に活動を始めても、周囲は灰色。
食べ物も、道具を作る材料も、もうありません。
「……」
「…………」
周囲がそんな状態になっていることも気づかず、うとうと、うとうと……まどろむ人々。
そしてそんな集落は、沢山。広い範囲に、沢山あります。
広範囲に散らばる沢山の集落に、沢山の人々。
そんな沢山の人々に対して、刻一刻と――終わりの日が、近づいているのでした。
◇
洞窟の「門」が閉じない。この現象について考えてみた所、一つの結論を得た。
すなわち――しっぽドワーフちゃんたちの避難はまだ終わっていない、という結論だ。
これは祝詞にあった「いったん閉じて」という記述が参考になった。
そう、洞窟の「門」が閉じない現象は――あたりまえの事だったのだ。
避難が済んでいないのだから、「門」を閉じられるはずがない。
洞窟の「門」は、ずっとずっと――伝えていたんだ。
そして祝詞が教えてくれたんだ。
まだ――終わっていないよ、と。
「避難が終わっていないって……それは、まずくないですか?」
「やばいです~!」
ユキちゃんもハナちゃんも、俺の考えを聞いて真っ青だ。
これもあたりまえだ。すっかり終わっていたと思っていたことが、終っていなかったのだから。
まだ助けを必要としている人たちが――居るという事なのだから。
これは、すぐに行動しなければならない。
そして、しっぽドワーフちゃんたちに、確認しなければならない。
どんな要救助者がいるかという、情報を。
そして、しっぽドワーフちゃんに「要救助者がまだ残されている」旨を伝えると――。
「わきゃ~! たいへんさ~!」
「こころあたり、けっこうあるさ~!」
「どうするさ~!」
みんな、大慌てであわあわしている。
……心当たりもあるようだから、一つ一つ確認していこう。
「ねえ、心当たりってどんなの?」
「わ、わきゃ~……はいいろになるまえに、とうみんしちゃってるところ、あるかもさ~」
「冬眠? そういえば、君たちは夜の時期は冬眠するって話はしてたね」
「じっさいはねむらないけど、にたようなものさ~」
実際は眠らない? それはどういう事だろう?
「眠らないのに、冬眠なの?」
「うとうとして、たまにもとにもどって……ねむったり、しょくじをするさ~」
「……そうなんだ。結構合理的な仕組みだね」
「そうなのさ~?」
「こっちにも、同じ仕組みで冬眠する生き物、いるんだよ」
たとえばリスだ。彼らは、冬眠ではあるが「睡眠」ではない。
睡眠は、実際にはエネルギーをかなり消費する。冬の睡眠は、かなりの危険を伴う。
だから、実は「ほとんど眠らない」。
代謝を極端に落として活動を停止するが、時たま覚醒して食事をしたり、睡眠するときは代謝を元に戻して眠る。
それと同じで、しっぽドワーフちゃんたちの冬眠も、似たようなメカニズムかと思われる。
なかなか凄いシステムを備えた、耐候性のある種族じゃないか。
しかしこの素晴らしいシステムは、今回タイミングが悪く……アダとなった、かもしれない。
しっぽドワーフちゃん世界で灰化が起きたのは、夜の時期が訪れる少し前。
夜になった後灰化が起きた地域は、事態の悪化も知らずに冬眠してしまっているかも、ということか。
「ほかにも、こんなこともあるかもさ~!」
――そうして、しっぽドワーフちゃんたちが色々な考えを教えてくれた。
おおまかにまとめるとこうだ。
まずは、灰化を知らずに冬眠した集落が存在する可能性だ。
先行の泳ぎ組と船組が移動経路途中の集落に、灰化を教えて回った形跡はあるが、完全ではない。
先行組が通らなかった経路にある集落は、取りこぼしている可能性が高いという話だ。
次に、引っ越しを途中で断念して、どこかの空き集落で冬眠に入ってしまった集団が存在する可能性。
これは、今いるしっぽドワーフちゃんたちも、行き詰まったときに……ちらっとは考えたらしい。
そうしている集団も、あるかもしれないとのこと。
今いるしっぽドワーフちゃんたちは、自力での避難が出来なかった子たちだ。
それでも、いち早く灰化に気づいて行動をとれただけ、マシだった。
実際問題、第二陣の子たちは、気づくのが遅れて避難も遅れた。
その結果、救助に行く必要があった。
ただ、第二陣の子たちも、それでもマシなケースだ。
行動を起こせただけ、ずっとマシ。
灰化に気づくことさえできなければ、完全に――詰む。
起きてから事態を知っても、もう何も出来ないのだ。
引っ越しに耐えられるだけの食糧集めや、船やイカダを作る素材集めすら、できなくなる。
冬眠中にも食料は消費するので、蓄えに余裕もない。
最初の一歩を踏み出すための資源が……もう、存在しないのだ。
「あやややや! すっごくヤバいです~!」
「冬眠から覚めて、家から出てみたら……灰化している。これは……詰みますね」
話を聞けば聞くほど、マズい状況だ。
ユキちゃんとハナちゃんも、状況のマズさにあわあわしている。
だけど、まだまだマズい事がある。
それは――時間制限だ。
「この状況で、昼の時期が訪れたら……」
「みんないっせいに、おひっこしをはじめるさ~……」
「だいこんらんが、おきるさ~……」
冬眠から覚めて、灰化の状況に気づいたとき。
まちがいなく、なにか行動を起こすだろう。
となりの湖に引っ越そうとするのは、かなりの多数派だろうね。
とにかくなにか、行動を起こすはずだ。
そして、昼になる時期に一気に事態は進行する。
時差があるほど大きな地域ではないから、昼の時期も一斉に訪れる。
つまり――避難民が、一斉に行動を起こすのだ。
それも、物資の余裕も無い状態で……。
「どれほどの数になるかはわからないけど、ちょっとまずいな……」
「私たちが対処できる限界を超えたら……」
「あえ? おおぜいきちゃうと、まずいです?」
ユキちゃんはなんとなく、まずさをわかっているみたいだね。
この辺は、大災害が頻発する、この日本で暮らしているなら……身に付く感覚だと思う。
高速道路が寸断されただけで対処能力の限界を超えた例を、いくつも見ているから……。
でも、ハナちゃんは……いまいち理解できていないぽい。
この辺は、住んできた環境が違うからね。
あとは、今までは何とか……うちの村でも対処できた範囲だった。
だから、大勢来ても大丈夫と思っているのだと思う。
この辺の認識相違は、説明しておこう。
「えっとね、たとえばの話なんだけど――」
そうして、ハナちゃんにたとえばの話をする。
たとえば、うちの村で対処できる能力が百人とした場合。割と現実的な数字でもある。
この場合、順番に百人が来てくれればなんとかなるが、一気に千人とかが来てしまった場合……。
百人だけ助けられる、という事にはならない。
対処能力限界を超えてしまうと――千人がまるごと全滅するにとどまらず、この村まで壊滅する。
一つの対処法として、いったん村で保護をして、それからとなりの湖へと送る場合を考えてみる。
うちの村で用意出来る食糧と輸送能力は、百人分と仮定。
そこに千人が一気に押し寄せたら、どうなるか。
まずは食料が圧倒的に不足する。百人にだけ、食料を分けますなんてことは出来ない。
百人分の食料を、千人で分け合う事になる。
さらに、輸送能力も問題だ。百人を輸送するのに、三日かかったとする。
千人なら三十日だ。それも、トラブルなく全てを上手く運んで、これだ。
つまりは十分の一の食糧で、十倍の期間を耐えなくてはならなくなる。
……こうなってしまうと、百人すら救えなくなる。
さらには助けようとしたこの村の食料すら消え去り、共倒れとなる。
対処能力の限界を超えるとは、こうしてすべてを破たんさせる、恐ろしい事態につながるわけだ……。
とまあ、こんなたとえ話をハナちゃんに聞かせる。
すると――。
「あや~! たいへんです~!」
「わきゃ~! たいへんさ~!」
「どうするさ~!」
ハナちゃん大慌て、そして一緒に話を聞いていたしっぽドワーフちゃんたちも、大慌て。
事態のまずさを、これでもかと認識したらしい。
……ちょっと、心配させすぎちゃったかな。
でもまあ、この理屈なら、許容量を増やせば解決するとも言える。
特に食料問題などは、この現代にっぽんであればなんとかできてしまう。
この辺を教えて、安心させてあげよう。
「実は食べ物に関しては、それほど問題はないんだけどね」
「あえ? たべものよういするの、いちばんたいへんです?」
「そうさ~、たべもの、きちょうさ~?」
ハナちゃんとしっぽドワーフちゃん、疑いのまなざしである。
みなさんちたまにっぽんの量産技術と、それを支える輸送能力の真の実力を知らないからね。
伊達に一億二千万強の人口を、この険しい地形なのに支えている国家ではないわけですよ。
今のちたまにっぽんは、たくさんある食料を、たくさん輸送できちゃう実力があるわけで。
というわけで。
村に無いのなら、外から持って来れば良いじゃない。
それが出来るのが、この村の――最大の強みである。
ちたまにっぽんに寄り掛かりまくりの、この村ならではの力。
いわば、お金と引き換えに、他人の力をこれでもかと借りることが出来るのだ。
……世知辛いね。お金は大事だね。
でも、食べ物なら問題ないわけだ。
「ほら、ハナちゃんたちが最初に食べた、あのラーメンとかならすぐだよ」
「あや! そういえばタイシ、ラーメンたくさんくれたです~」
「千人を十日間食べさせられる量だと三万食になるけど、七日もあれば調達できちゃうね」
「あや~」
ハナちゃんご納得の様子だ。
まあほんと、ラーメンなら簡単なんだよね。
複数業者に頼めば、十万食を六営業日で調達できちゃうかも。
十日もラーメンじゃ飽きちゃうかもだけど、その辺は我慢してねだ。
……まあ、ひとまずは一万食用意して様子を見よう。
一万食を用意するのにも、百万円くらいかかる。
これから先どうなるか分からないので、お金は節約しておきたい。
「そんなわけで、食べ物は心配しなくて良いよ。よそからたくさん持ってくるから」
「あや~、ひとあんしんです~」
「すごいさ~」
お金のことは胸の内にしまって、心配しなくても良い旨は伝える。
すると、ハナちゃん一安心で、エルフ耳がへにょりんだ。
しっぽドワーフちゃんも、まあなんとなくは安心してくれた。
ほんと、食べ物は問題ないんだ。食べ物は。
お金さえあれば、いくらでも持ってこられる。
最大の問題は、その食べ物を――どうやって届けるか、だ。
この村まで来ることが出来れば、それで良い。
でも、たどり着けなかったら?
おそらく、そういう人が大量に出てくる。
そういう人たちにこそ、食べ物が必要であって。
でも、そういう人たちであるからこそ、食べ物が届かない。届けられない。
村に到達できない人たちを、どう助ければいいのか。
一番の問題は、そこなんだ……。
さすがに、この話は……ここではできなかった。
◇
翌日、自宅にて。
主要メンバーを集めて、緊急会議を開催する。
議題は、しっぽドワーフちゃん救出作戦についてだ。
「確かに、食料はどうにかなる。ただ、大志の言う通り輸送が問題だなあ……」
一通り状況を説明すると、親父が渋い顔で言った。
まったくその通りで、輸送の問題は今の所どうにもならない。
「どこにいるかもわからない、どれくらいいるかもわからない人たちの救助……これは難題ね」
「異世界に乗り出して大勢を救助、なんてことが……そもそも今までになかったことだ」
「それでも、やるしかないわね」
お袋、爺ちゃん婆ちゃんも渋い顔。
救助に乗り出すのは誰も異議は無いけど、どうやるのかでみんな頭を悩まる。
ともあれ、現地民の協力は必須だ。意見を述べておこう。
「しっぽドワーフちゃんたちの協力は、不可欠だと思う」
「現地情報がなけりゃ、お手上げだからな」
「詳しく聞き取り調査をしましょう」
「私も手伝うわ」
俺の意見には特に異議は無いようで、親父も賛成だ。
ユキちゃんは聞き取り調査を提案してくれて、お袋も手伝うようだ。
この辺は、二人に任せよう。
「大志、あっちは水の世界なんだよな? 俺らも力になれると思うぜ」
そして高橋さんも、協力を申し出てくれた。
確かにしっぽドワーフちゃんの星は、水の世界だ。湖と河の星だね。
そういう環境なら、リザードマンは最強の助っ人となるだろう。
是非ともお願いしたいけど、ボランティアという点は確認しておこう。
「かなりのボランティアになるけど、大丈夫?」
「問題ねえよ。大勢動員してやるぜ」
「ほんと助かる」
高橋さんは、リザードマン世界に顔が効く。
こっちに暮らしていなかったら、複数の島を束ねる族長になれていたくらいだ。
一声かければ、大勢力を貸してくれるだろう。
ほんとうに、ありがたい。
「あとな、大志にひとつ朗報がある」
「……朗報?」
ありがたやありがたやと高橋さんを拝んでいたら、さらに追加で朗報が。
いったいどんな朗報だろう?
「聞かせて欲しい」
「現地の地理……というか水路についてだが、海竜ならかなりの範囲を知ってるぜ」
「――え!? 海竜が?」
なぜ、海竜が現地の地理を知っている?
「またなんで、海竜が……」
「あの夫婦海竜、異世界に流されてただろ?」
「あ! そう言えば」
「あいつら、かなりの範囲を泳いだそうだ。子供を探して泳ぎ回ったんだと」
「なるほど……、それなら、期待できそうだ」
海竜親子には災難だっただろうけど、今の俺にとってはかなり助かる情報だ。
問題だった輸送について、一つ手札が出来たな。
「しかし、輸送が解決しそうだとしても、要救助者の発見はどうする?」
「出来れば、昼の時期になる前に見つけないとまずいわよ?」
親父とお袋から、要救助者についての指摘が来た。
この辺は、いまのところこれと言った解決策はない。
今出来る事と言ったら……。
「……しっぽドワーフちゃんたちと海竜夫婦に協力してもらって、集落のありそうなところをしらみつぶし、しかないかな」
「やっぱ、それしか無いか」
「何もしないよりはマシ、よね……」
本当は、とにかく行動はしたい所である。
でも、やみくもに行動しても……こちらが消耗するだけでもある。
「ただ、大規模に展開は出来ないかな。情報が揃っていないと、正直危ない」
ミイラ取りがミイラになる、という状況は避けないといけない。
救助隊が遭難しては、絶対にダメなのだ。
「だよなあ」
「そこは、苦しい所ね」
親父もお袋も同意見のようで、難しい顔のままだ。
……まあ何にせよ、今は情報が必要だ。そして装備も必要だ。
「これから情報集めと並行して、必要な装備調達も始めたいと思う。気づいたことがあったら、どしどし教えて欲しい」
「おう、任せとけ」
「微力ながら、お手伝い致します」
高橋さんとユキちゃんが、答えてくれた。
「俺も電源設備を作りながらだけど、協力するぜ」
「農業もやらんとな」
「村の事は、任せてね」
親父と爺ちゃん婆ちゃんも、応じてくれた。
村の運営も、ないがしろには出来ない。
ただ、スポットでの手伝いはちょくちょく頼むだろうね。
「……ねえ大志、一つ問題が出たわ」
みんなが応じてくれたかと思ったけど、お袋が困り顔になった。
一つ問題? 何だろう?
「あの焼き物大好きな平原の人たち? どうする? 今、村に放置している状態だけど……」
「あ!」
――平原の五人衆、村に放置しっぱなしだった!
どうしよう!?
……ん? まてよ?
五人いるという事は……五人も人手が増えるという事だよな……。
しかも、旅慣れた方々なわけで。
…………。
ふふふふふ。
――人材、ゲットだぜ!
悪魔大志




