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エルフのハナちゃん  作者: Wilco
第十六章 当たり前すぎて、気づかなかったこと
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第十話 それは、とってもありがたい恩恵だった


 祭事当日、朝からハナちゃんちにおじゃましている。


「はい、出来ましたよ。これでぴったりだと思います」

「ありがとうございます。ちょっと試着してみますね」


 ヤナさんが手直ししてくれた衣装を受け取って、試着をする。

 ちゃんと裾も調整してあり、他の細かいところも調整されていた。

 さすがヤナさん、良い仕事だ。


「ヤナさん、問題ありません。助かりました」

「いえいえ、私、こう言うの得意ですから」


 ヤナさんにお礼を言うと、なんだか凄く嬉しそうな顔になった。

 でれでれである。


「タイシさんにたよってもらえて、ヤナったらはりきってましたから」

「おとうさん、きあいはいってたです~」


 カナさんとハナちゃんから種明かしされたけど、頼られたのが嬉しかったようだ。

 俺としては、ヤナさんにお仕事丸投げしまくりで、申し訳ない気持ちはあるのだけど。


「わりとしょっちゅう、ヤナさんにお仕事丸投げしてますけど」

「あれは村のお仕事で、私たちのためにというたぐいですから」


 確かにそうだ。個人的な頼み事は、あんまりしていなかったな。

 ヤナさん的には、個人的な頼み事で頼られたのが嬉しいのかも。


「まあ、今回は思いっきり個人的な困りごとでしたね」

「そう言う場合は、遠慮なさらず頼って頂けると、嬉しいですね」


 ニコニコとしながら、ヤナさんが頼って欲しいと言う。

 ……そうだね、これからはもっと、みんなを頼ることにしよう。

 エルフたちの生活もだいぶ安定してきて、余裕が出始める頃だ。

 持ちつ持たれつ、こちらも遠慮せずに頼ることをしないとね。


 なにより、俺が困ったときに彼らを頼っておけば、彼らが困ったときにも頼って貰える。

 誰かに何かをしてあげたいときは、その誰かにも頼ることをしないと、受け入れて貰えないことだってある。

 お互い様、という関係を作るのは……大事なのかもしれないな。


 妖精さんたちやしっぽちゃん、それに神様やわさわさちゃんとのお付き合いもそうだ。

 持ちつ持たれつ、お互い様。

 そんな関係を目指して、こちらも遠慮せず彼らを頼ることにしよう。


「いやはや、私もまだまだですね。これからは、みなさんを頼りにすることが増えると思いますので、そのときはよろしくお願いします」

「まかせて下さい」

「おてつだいするです~」

「ぼちぼち、やっていきましょう」


 衣装の仕立て直しを忘れるという大失敗はしたけど、一つ良い勉強になった。

 ちゃんと人を頼ること。

 なんでも俺一人がやる必要は、無いんだよね。


 というわけで、さっそく頼りにしましょうか。


「さしあたっては、今日の祭事で盛り上げ役をお願いしますね」

「それはもう、私たちの得意分野ですよ!」

「にぎやかにするです~!」

「おりょうり、たくさんつくりますから!」


 ヤナさん、ハナちゃん、カナさんはもう目がキラッキラだ。

 お祭り大好きエルフだからね。適任だよね。


「では! いよいよ今日は祭事です。色々、よろしくお願いします」

「がんばります! お祭りですから!」

「たくさんたべるです~!」

「じゅんびしましょう!」


 さて、準備を整えたら遺跡に移動しよう。

 今日は良い天気だ。日が暮れるまで、大騒ぎするぞ!



 ◇



 午前七時、遺跡に向けて大移動を開始する。

 村からの距離は、約五キロ。

 歩けば一時間半はかかる距離だけど……。


「ば~うばう」

「ばう」


 フクロオオカミ便があるので、二十分ほどで移動ができてしまう。

 リアカーにエルフとしっぽちゃんたちがすし詰めになって、キャッキャと移動する。

 動物たちも一緒に乗っているので、一気に大量輸送だ。


「さきにいってるね! いってるね!」

「ひとっとび~」


 妖精さんたちは空を飛べるので、先に行っているようだ。

 場所は教えていないのだけど、空から見ればわかるよね。


「俺はこいつらと、海竜たちを運ぶな」

「安全運転でね」

「おう」

「いってきまーす!」


 高橋さんは、トラックにリザードマンたちや海竜ちゃん一家を乗せて、じりじりと移動だ。

 トラックで通れる道を行くので、遠回りになる。

 こっちは三十分ほど移動にかかるかな?


「がうがう」

「が~う」

「ぎゃう!」


 荷台に乗っている海竜ちゃんは、もうご両親にべったり。

 二年ちょっと離れていた時間を取り戻すように、甘えまくりだ。

 これなら、移動も退屈じゃないかもね。

 海竜一家はトラックのエンジン音に怖がる様子も無く、くつろいだ様子。

 のんびり、遺跡までお越し下さいだね。


「タイシ、ユキはどうしたです?」


 みんなの出発を見送っていると、ハナちゃんがユキちゃんの行方について聞いてきた。

 もう遺跡に言っていることを伝えておくか。


「ユキちゃんやうちの家族は、もう会場に行ってるよ。準備してくれているんだ」

「もう、じゅんびしてるですか~」

「色々飾り付けはしてあるから、楽しみにしていてね」

「あい~!」


 とまあ、ハナちゃんの疑問は解決したところで。

 みんな先に会場へ向かったから、俺たちもそろそろ移動しよう。

 残っているのは、俺とハナちゃん、そしてヤナさんカナさんだ。

 このメンバーは、自転車で自走していく。

 まあ、三十分くらいで現着だね。


「それでは、そろそろ移動しましょうか」

「いくです~」

「自転車に乗るの、ひさしぶりですね」

「からだ、なまってないかしら?」

(おでかけ~)


 みなさん、自転車にまたがってウキウキとした様子。

 冬の間は自転車に乗ることもなかったので、確かにひさびさだね。

 ちなみに神輿は、俺の頭の上でキャッキャしている。


「~」


 あと、わさわさちゃんも俺の服にひっついている。

 こっちもご機嫌だ。


 せっかくだから、神様もわさわさちゃんも、一緒にのんびり行きましょうだね。


 積雪もすっかり溶けて、草花も彩りを持って成長して。

 春のうららかな日差しの中、朝からのんびりサイクリングだ。


 転ばないよう、気をつけて行きましょう!


「では、しゅっぱ~つ!」

「じてんしゃ、こぐですよ~!」

「お、おお! 意外と忘れてませんね!」

「たのしいですね!」


 そうしてのんびりサイクリングをする。

 ヤナさんはちょっとぎこちないけど、まあまあ乗れていて。

 他のみんなは、すいすいと進んでいく。

 道中は舗装されていない道だけど、下手な酷道よりはずっと整備はされていて。

 快調に自転車を走らせ、風景を楽しむ。


「こっちって、こんな風になってたのですね」

「こっちにくるの、はじめてです~」

(しらないばしょ~)


 サイクリングの道中は、三人とも楽しそうに風景を見ている。

 初めて見る地域だからか、新鮮なようだ。

 ヤナさんとハナちゃんは、キャッキャしながら自転車を走らせているね。

 神輿もなんだか、俺の頭の上でキャッキャしている。


「けっこう、せいびされているみたいですけど……」


 そしてカナさん、絵描きの眼力のおかげか、人の手が入っていることに気づいた。

 よく見れば、ところどころに人が手を入れた痕跡が見受けられる。

 それは当然で、ここも居住区だからね。

 ちょっと教えておくか。


「実はここも、人が住めるよう多少は手を入れてあります」

「あえ? ここも、すめちゃうです?」

「住めちゃうよ。井戸を掘る必要はあるけどね」

「あや~、まだまだしらないこと、たくさんです~」


 ハナちゃん、「はえ~」って感じで周囲を見渡す。

 家を建てるのによさげな平地が、そこには存在していた。


「あの村でもけっこう広いですけど、他にも用地はあるんですね」

「ずっと昔にこの辺では争いがあって、落ち延びた人たちをかくまっていたりしたんです」

「色々、人助けをしているのですね……」

(えらいこ~)


 まあ、うちは異世界の存在を助けているだけじゃない。

 困ったちたま人だって、助けていた時もある。

 今は世の中が安定しているから、その必要もなくなったけど。

 先人の努力のたまものだね。


 そして謎の声がえらい子とは言ってくれるけど、俺がしたわけじゃ無いからね。

 ご先祖様だからね。

 神輿が俺の頭をなでなでしてくれるけど、俺ではない……。

 まあ、褒めてくれるのだからあやかっておこう。

 それと、先人のおかげで成り立っている部分もあるから、ちょっと説明しておこう。


「みなさんがお米を作っているあの畑も、その当時かくまっていた人たちが耕した物ですよ。この辺の道も、村も、その人たちがけっこう整備してくれたらしいです」

「……その人たちのおかげで、私たちが楽しく暮らせているわけですね」

「村を引き継いだ私も、楽をさせてもらってます」


 ヤナさんがしみじみと答えたけど、連綿と続く村の歴史の一つだね。

 隠れ村で過ごすために、環境を整備する。

 その環境を、次代の避難民がまた整備する。

 こうして、ちょっとずつだけど住みよい村になってきた。


「もちろん私たちが整備した結果も、次代に引き継ぎます。子供たちが、苦労しないように」

「それは良いですね。私たちも、村を良くして行きたいです」

「こつこつと、良くしてきましょう。みんなで一緒に」

「ええ!」


 ヤナさんは、村の実務リーダーだからね。頼りにしてますだ。

 俺がプランを考え、ヤナさんや村のみんなが実行する。

 よりよい村づくり、していきたいね。


 とまあ、そんな雑談やサイクリングを楽しみながら、ぼちぼち移動すると……遺跡が見えてきた。

 もうみんな到着しているようで、こちらを見つけて手を振っている。


「ハナちゃん、もうすぐ到着だよ。ほらそこ」

「なんだか、あっというまです~」

「意外と、近いんですね」

「すでに、おりょうりがはじまってます」

(おそなえもの?)


 同行するみんなに遺跡を教えて、ラストスパートだ。

 いよいよ、祭事が始められるぞ!



 ◇



 遺跡に到着して、一息入れる。

 すっかり飾り付けしてあって、めでたい雰囲気爆発だ。


 遺跡は石っぽい何かで作られていて、わりと大規模。

 外側は苔むしているけど、中はぴっかぴかだ。

 そして地上に出ているこの石っぽい四角いやつは、出入り口で。

 中に入ると、地下に結構でかい空間が広がっている。

 うちの一族ですら、一部しか知らない。そんなでかさ。


 祭事では、この入り口部分しか使わない。

 奥に行けば通路があって、中心部は秘密の場所だ。

 この遺跡の殆どの場所は、うちの一族しか立ち入れない。


 ……なぜならば、遺跡内にある扉全ては、力業じゃ無いと開かないからだ。

 腕力で全てを解決させられる、脳筋遺跡なのである。

 もうちょっと、なんとかならなかったのかと思う。


 とまあ、それはそれとして。


「タイシ~、この、あかとしろのぬのって、なんです?」

「他にも、綺麗な飾り付けがしてありますね」

「しゃしん! しゃしんとりますね!」


 お茶を飲んで一服していると、ハナちゃんが飾り付けについて聞いてきた。

 ヤナさんも珍しそうに、その飾り付けを見ているし、カナさんはもうカメラマンになっている。

 カナさん、あのごつい一眼レフ、すっかり使いこなしていらっしゃる……。

 とまあ、それはそれとして。

 飾り付けの意味について、ちょっと教えよう。


「この赤と白の布は、紅白といっておめでたい色なんだ」

「おめでたいです?」

「意味は知らないけどね」

「そういうの、良くありますよね。由来は知らないけど、やっとくかっていうの」


 おめでたいとだけ説明すると、ハナちゃんこてっと首を傾げる。

 まあ、ヤナさんの言うとおり由来はしらないけど、やっとくかというやつだね。

 お袋に聞いたら教えてくれるだろうけど、まあ気にすることでも無い。

 細かいことは考えずに、とりあえず飾っとけば良いよね!


「じゃあじゃあ、ハナたちもおめでたいやつ、やっとくです?」

「そうだね、やっとくか」

「わたしにまかせて!」


 おめでたいという話を聞いたハナちゃんとヤナさん、そしてカナさん。

 なんか地面に絵を描き始めた。

 なんだろう、これ?


「これって何ですか? 蛇みたいな感じですけど」

「そのまんま、へびです~」

「蛇は、私たちにとってありがたいというか、おめでたい存在らしいです」

(いいこたち~)


 カナさんが夢中で絵を描いている横で、ハナちゃんとヤナさんが説明してくれた。

 ……蛇がありがたいというか、おめでたい存在?

 謎の声は、良い子たちって言っているけど……。


「らしい? ですか?」

「ミサキさんにも話したのですが、なんか良くして貰ったとかいう昔話があるんです」

「蛇にですか?」

「そうらしいです~」


 どうやらみんな知っている、昔話らしい。

 まあ、あとでお袋に聞いてみよう。今は祭りだ祭り。


「それでは、それを書き終えたら祭りをしましょうか」

「いそいでかきますね!」

「おかあさん、がんばるです~!」


 カナさんがガリガリと蛇っぽい、わりと芸術的な文様を地面に書く。

 ハナちゃんは、キャッキャとその姿を応援しているね。

 なんだか楽しそうだ。


「……みなさん、何をしているのですか?」


 そうしてカナさんのお絵かきをみんなで応援していると、後ろから声がかけられた。

 この声は、ユキちゃんだね。

 いつまで経っても会場に来ないので、心配して見に来てくれたのかも。

 おめでたい絵を描いていると、教えよ――おお!


「あややや! ユキかっこいいです~!」

「そのお洋服? 凄いですね!」

「しゃしん! しゃしんとりますね!」


 振り返ると、俺もハナちゃんも、そしてヤナさんカナさんもびっくりだ。

 ユキちゃん、ビシっと祭事用の衣装をまとっておられる!


 基本の形状は、和装に近い。巫女装束ベースといって良いだろうか。

 ただ、色と模様が違う。

 ホログラムのような青に、金銀の刺繍がなされた不思議な装束だ。

 刺繍には何かのマークなのか、一定の幾何学模様がパターンとなってくりかえし現れる。

 そして和装で巫女装束に見えるのだが、よく見ると筋肉に沿って設計された機能的な服である。

 和装と洋装のハイブリッド、そんな不思議な衣装だ。

 刺繍多めなのが、気合いがどれだけ入っているか良くわかる。

 正直かっこいい!


「おお! ユキちゃんかっこいいね! よく似合っているよ!」


 素で褒めちゃう。なんかすごい神秘的!


「ふ、ふふふふ……これはもう、来てますよね」

「あや~、ユキ、すごいおようふくです~」

「これ、どうやって作っているんですか? 縫い目が無いですよね?」

「しゃしん! しゃしんとってます!」


 そのあまりの不思議さに、ハナちゃんたち目が釘付けに。

 去年のおばあちゃんの衣装より、凝り方のレベルが違う。

 ……あと、ヤナさんの言うとおり縫い目が無いな。

 刺繍っぽいやつも、よく見ると刺繍では無い。かといって、プリントでもない。

 現代の被服技術で、こんなん作れるのかな?


「あ、タイシさんも早く着替えた方が良いですよ」

「そうだね。俺も着替えてくるよ」

「いってらっしゃいです~」


 ユキちゃんの気合い入りすぎた装いに目が奪われるけど、俺も着替えないとな。

 後でじっくり、その謎の被服技術を堪能しよう。


「大志君、着替えはこのテントでお願いね」


 そして着替え場所を探していたら……一人のお婆ちゃんに呼び止められた。

 ユキちゃんと同じデザインの衣装を着た、よく知ってる人だ。


「あ、加茂井さん、お久しぶりです」

「久しぶりだねえ。雪恵から、色々聞いているよ」

「雪恵さんには、とてもお世話になっております。もう頭が上がりませんね」

「ほっほっほ、存分にこき使ってやってちょうだい」


 そう、声をかけてきたのは、加茂井(かもい)さん。

 ユキちゃんの、お婆ちゃんだ。

 ユキちゃんがうちに来る前は、この人にとてもお世話になっていた。

 あのおせんべい好きの、謎の人である。


 ――――。


 テントで着替えながら、加茂井さんと雑談をする。


「今日は、加茂井さんはどうされます?」

「私は見学だけだねえ。雪恵にはがっつり修行させたから、失敗は無いと思うよ」


 どうやらオブザーバーとしての参加のようだ。

 ユキちゃんが引き継いで、初めての祭事。失敗しないよう、修行したみたいだね。

 ……別に失敗したところで、祝詞っぽいなにかを読み上げるだけで。

 そこが間違っていても、誰も分からないのだけど。


「あの祝詞みたいなものって、そんなに大事なものなのですか?」

「うちの言い伝えによるとねえ、あれを間違ってはいけないとあるんだよ」

「え? そんな言い伝えがあるのですか?」

「まあねえ。必ず間違いなく伝えないと、入守(いりす)家が困るってねえ」

「うちが困る……」


 そんな大事なものを、なんでうちはよそに丸投げしているんだろう?

 普通は、自分の家で大事に守っていくものでは?


 ……いや、それで正解だ。うちの一族じゃ、絶対端折(はしょ)る。

 だってガテン系だもの。

 加茂井家くらいきっちりした所に任せないと、数年で失伝させる自信があるね。


 ……ご先祖様、賢明な判断だ。自分たちのこと、良くわかった上での丸投げだね。

 加茂井さん、うちがガテン系で申し訳ない。ほんと申し訳ない……。


「いや~、どうも、加茂井さんちにはお世話になりっぱなしで……」

「なんのなんの、これだけやっても、家はまだまだ、恩返しできてないからねえ」

「恩返し?」

「そのうちわかるさね。ま、気にしなさんな」

「はあ……」


 なんだか、秘密主義だった加茂井さんらしくはない。

 俺の代で始めて、家の場所を明かした。

 そしてこのやりとりだ。

 一体加茂井家になにがあって、俺に何があるのだろう?


「大志君には、これから頑張って貰わないとねえ」

「そこはまあ、お任せ下さい」

「楽しみにしてるよお」


 そんなやりとりをしているうちに、着替えは終了。

 テントからでて、俺の祭事用衣装をお披露目だ。

 まあ、ヤナさんは知っているけど。


「あや! タイシふんいきちがうです~」

「ビシっとしてますね」

「つよそうなかんじ、します」


 俺の姿を見たハナちゃん、ユキちゃん、カナさん、お目々まん丸だ。

 まあそうだね。この衣装だって、かっこいいのだ。


「普段は作業着とか普段着とか、ゆるい服装だからね。印象は変わるかも」

「えらいひとみたいです~」

「キラキラしてますね」


 まあなんか、船長とか艦長とか、そんな衣装である。

 昔っからこれだそうけど、ご先祖様っておしゃれだったのかな?


「ほっほっほ、お変わりなく」


 俺の姿を見た加茂井さんは、ニコニコ顔でそう言う。

 その「お変わりなく」という言葉は、なぜだか……妙に、耳に残った。

 まあ、去年もおなじ格好だったからね。

 そんなに変わってたら、俺がびっくりだよ。



 ◇



 とまあ色々あったけど、ようやく祭事の開始だ。


「きれいなおはなだね! きれいだね!」

「たくさんさいてるね! た~くさん!」

「いいかおり~」


 遺跡のそばにある、満開の桜の木々。

 その周りでは、妖精さんたちがきゃいきゃいと飛び回る。


「わたしのすきなおはなと、よくにてる! よくにてる!」


 中でも、サクラちゃんが一番喜んでいた。

 白い粒子をキラキラさせながら、うちの村の桜を楽しんでくれているね。

 妖精世界にはないちたまの桜、どうぞご堪能下さいだ。


 ……でも、なんか人数が妙に多いんだよな。気のせいかな?


「大志さん、そろそろ始めましょうか?」


 ひいふうみい、と妖精さんの人数を数えている途中、ユキちゃんに声をかけられた。

 確かに、そろそろ祭事を始めないといけないね。

 人数数えは後にして、まずは祭事をこなそう。


「じゃあ、始めようか」

「はい」


 きらびやかに飾り付けられた遺跡の前で、俺とユキちゃんが向き合う。

 風が吹くと、桜の花びらが舞って雰囲気はたっぷりだ。


「いよいよです?」

「もうすぐ始まるよ。のんびり見ててね」

「あい~!」

(のんびり~)

「~」


 俺とユキちゃんを囲む形で、みんなが座ってみている。

 こんなにギャラリーがいる中での祭事は初めてなので、ちょびっと緊張。

 でも、賑やかで良いね。

 神輿はハナちゃんに抱えられて、ぴこぴこと手を振っている。

 わさわさちゃんは、今度は神輿にひっついているね。

 みなさん、のんびりした雰囲気で、見守って下さいだ。


「それでは、始めたいと思います」

「よろしくお願い致します」


 一息置いたところで、ユキちゃんが巻物を手にして、祭事の開催を合図する。

 俺もぴしっと背筋を伸ばして、ユキちゃんからの祝詞っぽいやつを受け止める体制を整えた。


 そしてユキちゃんがすうっと息を吸って、祝詞っぽいやつを読み上げ――。


『私たちがこの地に迎え入れられて、ずいぶん経ちました』


 ――ん?


『行き場を無くしていた私たちは、貴方のおかげで安住の地を得ました……て、あれ?』


 ……あれ? ユキちゃんも首を傾げたぞ?


「……おい、いつもの祝詞じゃなくねえか?」

「普通に日本語に聞こえるわよ?」

「なんだこれ?」


 ユキちゃんが読み上げた内容に、入守家一同はざわつく。


「え? え? 私は普通に、練習した祝詞を読んで……」


 そしてユキちゃん、あわあわし始める。

 なんだ? 何が起きている?

 ひとまず、そのまま続きを読んで貰おう。


「ユキちゃん、慌てないでそのまま、続けて」

「は、はい!」


 俺に促されて、ユキちゃんが巻物に目を落とし、続きを読み上げる。

 そして俺は、その唇の動きを観察。


『わ、我々イリスの民は、こ、ここに感謝を申し上げます……!』


 ユキちゃんの唇の動きは、「イリスノーグ、アル、エル、キラエスト、メスタス」と言っている。

 たしか去年も、お婆ちゃんはそんな発音をしていた。

 しかし今は、発音と聞こえている内容が――違う。


 ユキちゃんの読み上げた言葉が……翻訳されている!


「な、なんでこんなことが……」

「ユキちゃん! はっきり、日本語に聞こえるわよ!」

「みんな、聞こえているみたいだねえ」


 慌てるユキちゃん、驚くお袋、そしてそれを聞きながらも、ばりばりおせんべいを食べる加茂井さんちのおばあちゃん。

 みんなみんな、ユキちゃんの言葉が日本語に聞こえている。


 ……一体何故、こんな怪現象が起きているんだ?

 何故、謎の言葉が、翻訳されているんだ……。


「あえ? タイシたち、どうしたです?」

(おこまりごと~?)


 慌てる俺たちを見て、神輿を抱えたハナちゃん、こてっと首を傾げる。

 ハナちゃんたちは、本来の祭事を知らない。

 俺たちがなぜ慌てているのかも、良くわからないよね。


 謎の声も心配そうにしているけど、どうしたものか……。

 今まで分からなかった祝詞っぽいやつが、翻訳されて大慌て。

 この混乱、伝わるだろうか?

 ……ん? まてよ? 翻訳?


 ――まさか。


 謎言語を日本語に翻訳してくれている存在、いるよね……。

 今までの祭事にはいなかった存在、でも今回の祭事には、いる存在。

 ……まさかまさか?


(およ?)


 犯人らしき、神輿を見つめる。

 あ、ぴこぴこと手を振ったね。可愛らしい。

 ちょこっと、聞いてみましょうか。


「……ハナちゃん、神様が、なんか翻訳してくれてるっぽいけど」

「あえ? かみさま、なんかしてるです?」

(だめだった?)

「だめだった? とかいってるです?」


 ――やっぱり! 神様が翻訳してくれているぞ!

 この神様――良い仕事する!


「ダメじゃ無いよ! 凄く助かるよ!」

(よかった~)

「かみさま、あんしんです~」


 うわあ凄いぞ! 数千年謎だった言葉――分かるんだ!


「え? え? どう言うことですか?」

「神様が翻訳してるって、聞こえたけど……」

「マジでか?」


 俺とハナちゃんの話を聞いていた、ちたま側のみなさん。

 まだ、訳が分からないようだ。

 みんなに教えてあげよう。


「エルフたちの神様は、ユキちゃんが読み上げる祝詞を翻訳してくれたんだ。だから、日本語に聞こえるんだよ」

「え? 大志さん、それは本当ですか?」

「それっぽい」

「ええ……?」


 ユキちゃんもうクラクラしているけど、ハナちゃんが神様に聞いたからね。

 謎の声もそう言っているし、ほぼ確定だよ。


「まさか、エルフの神様が謎を解き明かしてくれるとはなあ」

「私が十年調べても分からなかったこと、こんなにあっさり……」

「家も、訳も分からず暗記していたんですよ、これ……」


 親父、お袋、ユキちゃんがぼうぜんとする。

 まあそうだよね。まさか異世界の神様が、うちの謎を解き明かしてくれるとは思わない。

 さすが神様だ。お供え物たくさんしないと!


「いや~、神様ほんと助かります! お供え物たくさんしちゃいますよ!」

(やたー!)

「あや! みこしぴっかぴかです~!」


 お供え物と聞いて、神輿はキャッキャと大はしゃぎ。

 ……神様が言葉を翻訳してくれて、エルフや妖精さん、そしてしっぽちゃんたちとの交流を助けてくれている。


 今まで、当たり前のようにこの恩恵を受けていた。

 でもそれは、とっても大事なことで。

 オマケに、家の謎だった言葉も翻訳してくれた。

 こんな素敵な神様がいてくれて、幸福だ。


 この可愛らしい神様――思いっきり褒めちゃうよ!


「凄い神様ですね! わっしょいしちゃいますよ!」

「ハナもわっしょいするです~」


 ハナちゃんと一緒に、神輿をわっしょいする。

 祭事は中断しているけど、まあ喜びを表現だ。


(そ、それほどでも~)


 ハナちゃんと神輿をわっしょいすると、照れくさそうな謎の声が聞こえた。


「あ、じゃあ私も」

「おれも」

「せっかくだから、わたしもするわ~」


 みんなもなんだか参加してきて、神輿わっしょい祭りだ。

 ノリの良い方々で、良い感じだね。


(みなぎる~)


 こうして、しばらく祭事は中断。なんだか別の祭りが始まったけど。

 まあ細かいことは気にせず、みんなで神輿をわっしょいしたのだった。


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