第十話 それは、とってもありがたい恩恵だった
祭事当日、朝からハナちゃんちにおじゃましている。
「はい、出来ましたよ。これでぴったりだと思います」
「ありがとうございます。ちょっと試着してみますね」
ヤナさんが手直ししてくれた衣装を受け取って、試着をする。
ちゃんと裾も調整してあり、他の細かいところも調整されていた。
さすがヤナさん、良い仕事だ。
「ヤナさん、問題ありません。助かりました」
「いえいえ、私、こう言うの得意ですから」
ヤナさんにお礼を言うと、なんだか凄く嬉しそうな顔になった。
でれでれである。
「タイシさんにたよってもらえて、ヤナったらはりきってましたから」
「おとうさん、きあいはいってたです~」
カナさんとハナちゃんから種明かしされたけど、頼られたのが嬉しかったようだ。
俺としては、ヤナさんにお仕事丸投げしまくりで、申し訳ない気持ちはあるのだけど。
「わりとしょっちゅう、ヤナさんにお仕事丸投げしてますけど」
「あれは村のお仕事で、私たちのためにというたぐいですから」
確かにそうだ。個人的な頼み事は、あんまりしていなかったな。
ヤナさん的には、個人的な頼み事で頼られたのが嬉しいのかも。
「まあ、今回は思いっきり個人的な困りごとでしたね」
「そう言う場合は、遠慮なさらず頼って頂けると、嬉しいですね」
ニコニコとしながら、ヤナさんが頼って欲しいと言う。
……そうだね、これからはもっと、みんなを頼ることにしよう。
エルフたちの生活もだいぶ安定してきて、余裕が出始める頃だ。
持ちつ持たれつ、こちらも遠慮せずに頼ることをしないとね。
なにより、俺が困ったときに彼らを頼っておけば、彼らが困ったときにも頼って貰える。
誰かに何かをしてあげたいときは、その誰かにも頼ることをしないと、受け入れて貰えないことだってある。
お互い様、という関係を作るのは……大事なのかもしれないな。
妖精さんたちやしっぽちゃん、それに神様やわさわさちゃんとのお付き合いもそうだ。
持ちつ持たれつ、お互い様。
そんな関係を目指して、こちらも遠慮せず彼らを頼ることにしよう。
「いやはや、私もまだまだですね。これからは、みなさんを頼りにすることが増えると思いますので、そのときはよろしくお願いします」
「まかせて下さい」
「おてつだいするです~」
「ぼちぼち、やっていきましょう」
衣装の仕立て直しを忘れるという大失敗はしたけど、一つ良い勉強になった。
ちゃんと人を頼ること。
なんでも俺一人がやる必要は、無いんだよね。
というわけで、さっそく頼りにしましょうか。
「さしあたっては、今日の祭事で盛り上げ役をお願いしますね」
「それはもう、私たちの得意分野ですよ!」
「にぎやかにするです~!」
「おりょうり、たくさんつくりますから!」
ヤナさん、ハナちゃん、カナさんはもう目がキラッキラだ。
お祭り大好きエルフだからね。適任だよね。
「では! いよいよ今日は祭事です。色々、よろしくお願いします」
「がんばります! お祭りですから!」
「たくさんたべるです~!」
「じゅんびしましょう!」
さて、準備を整えたら遺跡に移動しよう。
今日は良い天気だ。日が暮れるまで、大騒ぎするぞ!
◇
午前七時、遺跡に向けて大移動を開始する。
村からの距離は、約五キロ。
歩けば一時間半はかかる距離だけど……。
「ば~うばう」
「ばう」
フクロオオカミ便があるので、二十分ほどで移動ができてしまう。
リアカーにエルフとしっぽちゃんたちがすし詰めになって、キャッキャと移動する。
動物たちも一緒に乗っているので、一気に大量輸送だ。
「さきにいってるね! いってるね!」
「ひとっとび~」
妖精さんたちは空を飛べるので、先に行っているようだ。
場所は教えていないのだけど、空から見ればわかるよね。
「俺はこいつらと、海竜たちを運ぶな」
「安全運転でね」
「おう」
「いってきまーす!」
高橋さんは、トラックにリザードマンたちや海竜ちゃん一家を乗せて、じりじりと移動だ。
トラックで通れる道を行くので、遠回りになる。
こっちは三十分ほど移動にかかるかな?
「がうがう」
「が~う」
「ぎゃう!」
荷台に乗っている海竜ちゃんは、もうご両親にべったり。
二年ちょっと離れていた時間を取り戻すように、甘えまくりだ。
これなら、移動も退屈じゃないかもね。
海竜一家はトラックのエンジン音に怖がる様子も無く、くつろいだ様子。
のんびり、遺跡までお越し下さいだね。
「タイシ、ユキはどうしたです?」
みんなの出発を見送っていると、ハナちゃんがユキちゃんの行方について聞いてきた。
もう遺跡に言っていることを伝えておくか。
「ユキちゃんやうちの家族は、もう会場に行ってるよ。準備してくれているんだ」
「もう、じゅんびしてるですか~」
「色々飾り付けはしてあるから、楽しみにしていてね」
「あい~!」
とまあ、ハナちゃんの疑問は解決したところで。
みんな先に会場へ向かったから、俺たちもそろそろ移動しよう。
残っているのは、俺とハナちゃん、そしてヤナさんカナさんだ。
このメンバーは、自転車で自走していく。
まあ、三十分くらいで現着だね。
「それでは、そろそろ移動しましょうか」
「いくです~」
「自転車に乗るの、ひさしぶりですね」
「からだ、なまってないかしら?」
(おでかけ~)
みなさん、自転車にまたがってウキウキとした様子。
冬の間は自転車に乗ることもなかったので、確かにひさびさだね。
ちなみに神輿は、俺の頭の上でキャッキャしている。
「~」
あと、わさわさちゃんも俺の服にひっついている。
こっちもご機嫌だ。
せっかくだから、神様もわさわさちゃんも、一緒にのんびり行きましょうだね。
積雪もすっかり溶けて、草花も彩りを持って成長して。
春のうららかな日差しの中、朝からのんびりサイクリングだ。
転ばないよう、気をつけて行きましょう!
「では、しゅっぱ~つ!」
「じてんしゃ、こぐですよ~!」
「お、おお! 意外と忘れてませんね!」
「たのしいですね!」
そうしてのんびりサイクリングをする。
ヤナさんはちょっとぎこちないけど、まあまあ乗れていて。
他のみんなは、すいすいと進んでいく。
道中は舗装されていない道だけど、下手な酷道よりはずっと整備はされていて。
快調に自転車を走らせ、風景を楽しむ。
「こっちって、こんな風になってたのですね」
「こっちにくるの、はじめてです~」
(しらないばしょ~)
サイクリングの道中は、三人とも楽しそうに風景を見ている。
初めて見る地域だからか、新鮮なようだ。
ヤナさんとハナちゃんは、キャッキャしながら自転車を走らせているね。
神輿もなんだか、俺の頭の上でキャッキャしている。
「けっこう、せいびされているみたいですけど……」
そしてカナさん、絵描きの眼力のおかげか、人の手が入っていることに気づいた。
よく見れば、ところどころに人が手を入れた痕跡が見受けられる。
それは当然で、ここも居住区だからね。
ちょっと教えておくか。
「実はここも、人が住めるよう多少は手を入れてあります」
「あえ? ここも、すめちゃうです?」
「住めちゃうよ。井戸を掘る必要はあるけどね」
「あや~、まだまだしらないこと、たくさんです~」
ハナちゃん、「はえ~」って感じで周囲を見渡す。
家を建てるのによさげな平地が、そこには存在していた。
「あの村でもけっこう広いですけど、他にも用地はあるんですね」
「ずっと昔にこの辺では争いがあって、落ち延びた人たちをかくまっていたりしたんです」
「色々、人助けをしているのですね……」
(えらいこ~)
まあ、うちは異世界の存在を助けているだけじゃない。
困ったちたま人だって、助けていた時もある。
今は世の中が安定しているから、その必要もなくなったけど。
先人の努力のたまものだね。
そして謎の声がえらい子とは言ってくれるけど、俺がしたわけじゃ無いからね。
ご先祖様だからね。
神輿が俺の頭をなでなでしてくれるけど、俺ではない……。
まあ、褒めてくれるのだからあやかっておこう。
それと、先人のおかげで成り立っている部分もあるから、ちょっと説明しておこう。
「みなさんがお米を作っているあの畑も、その当時かくまっていた人たちが耕した物ですよ。この辺の道も、村も、その人たちがけっこう整備してくれたらしいです」
「……その人たちのおかげで、私たちが楽しく暮らせているわけですね」
「村を引き継いだ私も、楽をさせてもらってます」
ヤナさんがしみじみと答えたけど、連綿と続く村の歴史の一つだね。
隠れ村で過ごすために、環境を整備する。
その環境を、次代の避難民がまた整備する。
こうして、ちょっとずつだけど住みよい村になってきた。
「もちろん私たちが整備した結果も、次代に引き継ぎます。子供たちが、苦労しないように」
「それは良いですね。私たちも、村を良くして行きたいです」
「こつこつと、良くしてきましょう。みんなで一緒に」
「ええ!」
ヤナさんは、村の実務リーダーだからね。頼りにしてますだ。
俺がプランを考え、ヤナさんや村のみんなが実行する。
よりよい村づくり、していきたいね。
とまあ、そんな雑談やサイクリングを楽しみながら、ぼちぼち移動すると……遺跡が見えてきた。
もうみんな到着しているようで、こちらを見つけて手を振っている。
「ハナちゃん、もうすぐ到着だよ。ほらそこ」
「なんだか、あっというまです~」
「意外と、近いんですね」
「すでに、おりょうりがはじまってます」
(おそなえもの?)
同行するみんなに遺跡を教えて、ラストスパートだ。
いよいよ、祭事が始められるぞ!
◇
遺跡に到着して、一息入れる。
すっかり飾り付けしてあって、めでたい雰囲気爆発だ。
遺跡は石っぽい何かで作られていて、わりと大規模。
外側は苔むしているけど、中はぴっかぴかだ。
そして地上に出ているこの石っぽい四角いやつは、出入り口で。
中に入ると、地下に結構でかい空間が広がっている。
うちの一族ですら、一部しか知らない。そんなでかさ。
祭事では、この入り口部分しか使わない。
奥に行けば通路があって、中心部は秘密の場所だ。
この遺跡の殆どの場所は、うちの一族しか立ち入れない。
……なぜならば、遺跡内にある扉全ては、力業じゃ無いと開かないからだ。
腕力で全てを解決させられる、脳筋遺跡なのである。
もうちょっと、なんとかならなかったのかと思う。
とまあ、それはそれとして。
「タイシ~、この、あかとしろのぬのって、なんです?」
「他にも、綺麗な飾り付けがしてありますね」
「しゃしん! しゃしんとりますね!」
お茶を飲んで一服していると、ハナちゃんが飾り付けについて聞いてきた。
ヤナさんも珍しそうに、その飾り付けを見ているし、カナさんはもうカメラマンになっている。
カナさん、あのごつい一眼レフ、すっかり使いこなしていらっしゃる……。
とまあ、それはそれとして。
飾り付けの意味について、ちょっと教えよう。
「この赤と白の布は、紅白といっておめでたい色なんだ」
「おめでたいです?」
「意味は知らないけどね」
「そういうの、良くありますよね。由来は知らないけど、やっとくかっていうの」
おめでたいとだけ説明すると、ハナちゃんこてっと首を傾げる。
まあ、ヤナさんの言うとおり由来はしらないけど、やっとくかというやつだね。
お袋に聞いたら教えてくれるだろうけど、まあ気にすることでも無い。
細かいことは考えずに、とりあえず飾っとけば良いよね!
「じゃあじゃあ、ハナたちもおめでたいやつ、やっとくです?」
「そうだね、やっとくか」
「わたしにまかせて!」
おめでたいという話を聞いたハナちゃんとヤナさん、そしてカナさん。
なんか地面に絵を描き始めた。
なんだろう、これ?
「これって何ですか? 蛇みたいな感じですけど」
「そのまんま、へびです~」
「蛇は、私たちにとってありがたいというか、おめでたい存在らしいです」
(いいこたち~)
カナさんが夢中で絵を描いている横で、ハナちゃんとヤナさんが説明してくれた。
……蛇がありがたいというか、おめでたい存在?
謎の声は、良い子たちって言っているけど……。
「らしい? ですか?」
「ミサキさんにも話したのですが、なんか良くして貰ったとかいう昔話があるんです」
「蛇にですか?」
「そうらしいです~」
どうやらみんな知っている、昔話らしい。
まあ、あとでお袋に聞いてみよう。今は祭りだ祭り。
「それでは、それを書き終えたら祭りをしましょうか」
「いそいでかきますね!」
「おかあさん、がんばるです~!」
カナさんがガリガリと蛇っぽい、わりと芸術的な文様を地面に書く。
ハナちゃんは、キャッキャとその姿を応援しているね。
なんだか楽しそうだ。
「……みなさん、何をしているのですか?」
そうしてカナさんのお絵かきをみんなで応援していると、後ろから声がかけられた。
この声は、ユキちゃんだね。
いつまで経っても会場に来ないので、心配して見に来てくれたのかも。
おめでたい絵を描いていると、教えよ――おお!
「あややや! ユキかっこいいです~!」
「そのお洋服? 凄いですね!」
「しゃしん! しゃしんとりますね!」
振り返ると、俺もハナちゃんも、そしてヤナさんカナさんもびっくりだ。
ユキちゃん、ビシっと祭事用の衣装をまとっておられる!
基本の形状は、和装に近い。巫女装束ベースといって良いだろうか。
ただ、色と模様が違う。
ホログラムのような青に、金銀の刺繍がなされた不思議な装束だ。
刺繍には何かのマークなのか、一定の幾何学模様がパターンとなってくりかえし現れる。
そして和装で巫女装束に見えるのだが、よく見ると筋肉に沿って設計された機能的な服である。
和装と洋装のハイブリッド、そんな不思議な衣装だ。
刺繍多めなのが、気合いがどれだけ入っているか良くわかる。
正直かっこいい!
「おお! ユキちゃんかっこいいね! よく似合っているよ!」
素で褒めちゃう。なんかすごい神秘的!
「ふ、ふふふふ……これはもう、来てますよね」
「あや~、ユキ、すごいおようふくです~」
「これ、どうやって作っているんですか? 縫い目が無いですよね?」
「しゃしん! しゃしんとってます!」
そのあまりの不思議さに、ハナちゃんたち目が釘付けに。
去年のおばあちゃんの衣装より、凝り方のレベルが違う。
……あと、ヤナさんの言うとおり縫い目が無いな。
刺繍っぽいやつも、よく見ると刺繍では無い。かといって、プリントでもない。
現代の被服技術で、こんなん作れるのかな?
「あ、タイシさんも早く着替えた方が良いですよ」
「そうだね。俺も着替えてくるよ」
「いってらっしゃいです~」
ユキちゃんの気合い入りすぎた装いに目が奪われるけど、俺も着替えないとな。
後でじっくり、その謎の被服技術を堪能しよう。
「大志君、着替えはこのテントでお願いね」
そして着替え場所を探していたら……一人のお婆ちゃんに呼び止められた。
ユキちゃんと同じデザインの衣装を着た、よく知ってる人だ。
「あ、加茂井さん、お久しぶりです」
「久しぶりだねえ。雪恵から、色々聞いているよ」
「雪恵さんには、とてもお世話になっております。もう頭が上がりませんね」
「ほっほっほ、存分にこき使ってやってちょうだい」
そう、声をかけてきたのは、加茂井さん。
ユキちゃんの、お婆ちゃんだ。
ユキちゃんがうちに来る前は、この人にとてもお世話になっていた。
あのおせんべい好きの、謎の人である。
――――。
テントで着替えながら、加茂井さんと雑談をする。
「今日は、加茂井さんはどうされます?」
「私は見学だけだねえ。雪恵にはがっつり修行させたから、失敗は無いと思うよ」
どうやらオブザーバーとしての参加のようだ。
ユキちゃんが引き継いで、初めての祭事。失敗しないよう、修行したみたいだね。
……別に失敗したところで、祝詞っぽいなにかを読み上げるだけで。
そこが間違っていても、誰も分からないのだけど。
「あの祝詞みたいなものって、そんなに大事なものなのですか?」
「うちの言い伝えによるとねえ、あれを間違ってはいけないとあるんだよ」
「え? そんな言い伝えがあるのですか?」
「まあねえ。必ず間違いなく伝えないと、入守家が困るってねえ」
「うちが困る……」
そんな大事なものを、なんでうちはよそに丸投げしているんだろう?
普通は、自分の家で大事に守っていくものでは?
……いや、それで正解だ。うちの一族じゃ、絶対端折る。
だってガテン系だもの。
加茂井家くらいきっちりした所に任せないと、数年で失伝させる自信があるね。
……ご先祖様、賢明な判断だ。自分たちのこと、良くわかった上での丸投げだね。
加茂井さん、うちがガテン系で申し訳ない。ほんと申し訳ない……。
「いや~、どうも、加茂井さんちにはお世話になりっぱなしで……」
「なんのなんの、これだけやっても、家はまだまだ、恩返しできてないからねえ」
「恩返し?」
「そのうちわかるさね。ま、気にしなさんな」
「はあ……」
なんだか、秘密主義だった加茂井さんらしくはない。
俺の代で始めて、家の場所を明かした。
そしてこのやりとりだ。
一体加茂井家になにがあって、俺に何があるのだろう?
「大志君には、これから頑張って貰わないとねえ」
「そこはまあ、お任せ下さい」
「楽しみにしてるよお」
そんなやりとりをしているうちに、着替えは終了。
テントからでて、俺の祭事用衣装をお披露目だ。
まあ、ヤナさんは知っているけど。
「あや! タイシふんいきちがうです~」
「ビシっとしてますね」
「つよそうなかんじ、します」
俺の姿を見たハナちゃん、ユキちゃん、カナさん、お目々まん丸だ。
まあそうだね。この衣装だって、かっこいいのだ。
「普段は作業着とか普段着とか、ゆるい服装だからね。印象は変わるかも」
「えらいひとみたいです~」
「キラキラしてますね」
まあなんか、船長とか艦長とか、そんな衣装である。
昔っからこれだそうけど、ご先祖様っておしゃれだったのかな?
「ほっほっほ、お変わりなく」
俺の姿を見た加茂井さんは、ニコニコ顔でそう言う。
その「お変わりなく」という言葉は、なぜだか……妙に、耳に残った。
まあ、去年もおなじ格好だったからね。
そんなに変わってたら、俺がびっくりだよ。
◇
とまあ色々あったけど、ようやく祭事の開始だ。
「きれいなおはなだね! きれいだね!」
「たくさんさいてるね! た~くさん!」
「いいかおり~」
遺跡のそばにある、満開の桜の木々。
その周りでは、妖精さんたちがきゃいきゃいと飛び回る。
「わたしのすきなおはなと、よくにてる! よくにてる!」
中でも、サクラちゃんが一番喜んでいた。
白い粒子をキラキラさせながら、うちの村の桜を楽しんでくれているね。
妖精世界にはないちたまの桜、どうぞご堪能下さいだ。
……でも、なんか人数が妙に多いんだよな。気のせいかな?
「大志さん、そろそろ始めましょうか?」
ひいふうみい、と妖精さんの人数を数えている途中、ユキちゃんに声をかけられた。
確かに、そろそろ祭事を始めないといけないね。
人数数えは後にして、まずは祭事をこなそう。
「じゃあ、始めようか」
「はい」
きらびやかに飾り付けられた遺跡の前で、俺とユキちゃんが向き合う。
風が吹くと、桜の花びらが舞って雰囲気はたっぷりだ。
「いよいよです?」
「もうすぐ始まるよ。のんびり見ててね」
「あい~!」
(のんびり~)
「~」
俺とユキちゃんを囲む形で、みんなが座ってみている。
こんなにギャラリーがいる中での祭事は初めてなので、ちょびっと緊張。
でも、賑やかで良いね。
神輿はハナちゃんに抱えられて、ぴこぴこと手を振っている。
わさわさちゃんは、今度は神輿にひっついているね。
みなさん、のんびりした雰囲気で、見守って下さいだ。
「それでは、始めたいと思います」
「よろしくお願い致します」
一息置いたところで、ユキちゃんが巻物を手にして、祭事の開催を合図する。
俺もぴしっと背筋を伸ばして、ユキちゃんからの祝詞っぽいやつを受け止める体制を整えた。
そしてユキちゃんがすうっと息を吸って、祝詞っぽいやつを読み上げ――。
『私たちがこの地に迎え入れられて、ずいぶん経ちました』
――ん?
『行き場を無くしていた私たちは、貴方のおかげで安住の地を得ました……て、あれ?』
……あれ? ユキちゃんも首を傾げたぞ?
「……おい、いつもの祝詞じゃなくねえか?」
「普通に日本語に聞こえるわよ?」
「なんだこれ?」
ユキちゃんが読み上げた内容に、入守家一同はざわつく。
「え? え? 私は普通に、練習した祝詞を読んで……」
そしてユキちゃん、あわあわし始める。
なんだ? 何が起きている?
ひとまず、そのまま続きを読んで貰おう。
「ユキちゃん、慌てないでそのまま、続けて」
「は、はい!」
俺に促されて、ユキちゃんが巻物に目を落とし、続きを読み上げる。
そして俺は、その唇の動きを観察。
『わ、我々イリスの民は、こ、ここに感謝を申し上げます……!』
ユキちゃんの唇の動きは、「イリスノーグ、アル、エル、キラエスト、メスタス」と言っている。
たしか去年も、お婆ちゃんはそんな発音をしていた。
しかし今は、発音と聞こえている内容が――違う。
ユキちゃんの読み上げた言葉が……翻訳されている!
「な、なんでこんなことが……」
「ユキちゃん! はっきり、日本語に聞こえるわよ!」
「みんな、聞こえているみたいだねえ」
慌てるユキちゃん、驚くお袋、そしてそれを聞きながらも、ばりばりおせんべいを食べる加茂井さんちのおばあちゃん。
みんなみんな、ユキちゃんの言葉が日本語に聞こえている。
……一体何故、こんな怪現象が起きているんだ?
何故、謎の言葉が、翻訳されているんだ……。
「あえ? タイシたち、どうしたです?」
(おこまりごと~?)
慌てる俺たちを見て、神輿を抱えたハナちゃん、こてっと首を傾げる。
ハナちゃんたちは、本来の祭事を知らない。
俺たちがなぜ慌てているのかも、良くわからないよね。
謎の声も心配そうにしているけど、どうしたものか……。
今まで分からなかった祝詞っぽいやつが、翻訳されて大慌て。
この混乱、伝わるだろうか?
……ん? まてよ? 翻訳?
――まさか。
謎言語を日本語に翻訳してくれている存在、いるよね……。
今までの祭事にはいなかった存在、でも今回の祭事には、いる存在。
……まさかまさか?
(およ?)
犯人らしき、神輿を見つめる。
あ、ぴこぴこと手を振ったね。可愛らしい。
ちょこっと、聞いてみましょうか。
「……ハナちゃん、神様が、なんか翻訳してくれてるっぽいけど」
「あえ? かみさま、なんかしてるです?」
(だめだった?)
「だめだった? とかいってるです?」
――やっぱり! 神様が翻訳してくれているぞ!
この神様――良い仕事する!
「ダメじゃ無いよ! 凄く助かるよ!」
(よかった~)
「かみさま、あんしんです~」
うわあ凄いぞ! 数千年謎だった言葉――分かるんだ!
「え? え? どう言うことですか?」
「神様が翻訳してるって、聞こえたけど……」
「マジでか?」
俺とハナちゃんの話を聞いていた、ちたま側のみなさん。
まだ、訳が分からないようだ。
みんなに教えてあげよう。
「エルフたちの神様は、ユキちゃんが読み上げる祝詞を翻訳してくれたんだ。だから、日本語に聞こえるんだよ」
「え? 大志さん、それは本当ですか?」
「それっぽい」
「ええ……?」
ユキちゃんもうクラクラしているけど、ハナちゃんが神様に聞いたからね。
謎の声もそう言っているし、ほぼ確定だよ。
「まさか、エルフの神様が謎を解き明かしてくれるとはなあ」
「私が十年調べても分からなかったこと、こんなにあっさり……」
「家も、訳も分からず暗記していたんですよ、これ……」
親父、お袋、ユキちゃんがぼうぜんとする。
まあそうだよね。まさか異世界の神様が、うちの謎を解き明かしてくれるとは思わない。
さすが神様だ。お供え物たくさんしないと!
「いや~、神様ほんと助かります! お供え物たくさんしちゃいますよ!」
(やたー!)
「あや! みこしぴっかぴかです~!」
お供え物と聞いて、神輿はキャッキャと大はしゃぎ。
……神様が言葉を翻訳してくれて、エルフや妖精さん、そしてしっぽちゃんたちとの交流を助けてくれている。
今まで、当たり前のようにこの恩恵を受けていた。
でもそれは、とっても大事なことで。
オマケに、家の謎だった言葉も翻訳してくれた。
こんな素敵な神様がいてくれて、幸福だ。
この可愛らしい神様――思いっきり褒めちゃうよ!
「凄い神様ですね! わっしょいしちゃいますよ!」
「ハナもわっしょいするです~」
ハナちゃんと一緒に、神輿をわっしょいする。
祭事は中断しているけど、まあ喜びを表現だ。
(そ、それほどでも~)
ハナちゃんと神輿をわっしょいすると、照れくさそうな謎の声が聞こえた。
「あ、じゃあ私も」
「おれも」
「せっかくだから、わたしもするわ~」
みんなもなんだか参加してきて、神輿わっしょい祭りだ。
ノリの良い方々で、良い感じだね。
(みなぎる~)
こうして、しばらく祭事は中断。なんだか別の祭りが始まったけど。
まあ細かいことは気にせず、みんなで神輿をわっしょいしたのだった。




