第六話 顔トゥルットゥルだわ~
ぽてぽて歩くハナちゃんは、村の下ら辺へと向かっていきます、大志が使っていた道を下るようでした。二人はそんなハナちゃんの後についていきます。
初めて歩く道、ヤナさんとカナさんはドッキドキです。恐る恐る道を歩いて行きました。
ドキドキする二人を尻目に、道をちょっと歩いた所。草の生い茂る一角を指さして、ハナちゃんが言います。
「ここに脇道があるのです~」
ヤナさんカナさんはその一角を見ますが、ぱっと見脇道があるように見えません。人の背丈より大きい下草が生い茂っていて、何もかも覆い隠していたのでした。
よく目を凝らして初めて、脇道? と思う程度でした。
「よくこんなのみつけたわね」
「これ、普通気づかないよ。すごいなハナは」
「えへへ」
おとうさんおかあさんに褒められて、ハナちゃんは嬉しそうです。ご機嫌で草をかき分けて、脇道に入っていきました。ヤナさんカナさんも、こわごわとハナちゃんの後に付いて行きます。
草をかき分け脇道に入り、またしばらく歩くと、そこには池がありました。
ゴツゴツした岩で囲まれた、小さな池が四つほど。奇妙な形をした池です。
「これなのです」
ハナちゃんは一番大きな池を指さして、言いました。ここでハナちゃんは、水浴びをしたのでしょうか。ヤナさんカナさんは、ハナちゃんが指さした池を覗き込みます。
その池からは、なにやら煙が出ていました。
「これ……湯気が出てるわ」
カナさんが言います。これは煙ではなく湯気だったのです。ヤナさんがそれを聞いて気づきました。
「もしかして、お湯が沸いているのか?」
そう、ハナちゃんが見つけたのは、なんと温泉だったのです! ハナちゃん大手柄ですね。たまには冒険してみるものです。
「ここで水浴びしたです」
ハナちゃんはここで温泉に入って居たのでした。逆に熱くて汗かいた、の謎が今解明されたのです。ヤナさんカナさんは、謎が解けてすっきり。
「だから汗をかいたのね」
「たしかに、ちょっと熱めだな」
ヤナさんカナさんは、お湯に手を入れて温度を確かめました。このちょっと熱めの温泉、発見して即座に活用するハナちゃんの度胸は凄いですね。
「お湯が沸く泉なんて、初めて見た」
「ここって、不思議なところね」
エルフ達が居た森には、温泉は無かったようです。初めて見る温泉に、ヤナさんカナさんは興味津々。手ですくったり、においをかいでみたりと色々確かめました。
四つある池のうち、もうもうと湯気を吹き出す岩の側にある、一番小さな池。これは熱くて手も入れられません。残りの三つの内、二つはぬるめのお湯でしたが、水浴びするにはちょっと狭い感じです。
残りの一つ、一番大きな池はちょっと熱めですが、人が数人入るのに十分な大きさでした。
ハナちゃんもこの池で水浴びしたそうですから、二人は重点的にその池を調べ始めます。
皆が使っても問題ないか、注意点はどこかを調べていきます。
途中カナさんは、調べ終わるのを待ちきれなかったようです。抜け駆けして、顔を洗ったりしていました。
そして、お肌つやつやになりました。
カナさんはとうとう手に入れたのです。つやつやお肌を。
「キャー! お肌つやつやよ! つやっつや!」
お肌つやつやになって、なぜか踊りだしたカナさんを放置し、ヤナさんは調査を続けます。
ここで何か言うと、女子がキレッキレになるのを知っているからです。
踊りだすカナさんと、黙々と調査するヤナさん。お肌への必死さの違いが現れました。
そしてしばらく、ヤナさんが一人で調べた結果。これなら皆で使っても、問題なさそうなことがわかりました。
「大丈夫そうだね。カナはどう思う?」
お肌つやつやを手に入れてほくほく顔のカナさん、目をキラキラさせながら言います。
「これはすごいわ。この池はお肌つやつやになるの!」
あまり参考になる意見は、もらえませんでした。まあ大体はヤナさんが調べたので、良いでしょう。
温度もちょっと熱いくらいで問題なさそうですし、何より体の汚れが良く落ちます。
これは良いものを見つけた、ハナのお蔭だな。ヤナさんはそう思いました。
「五人から六人くらい一度に入れそうだから、それぞれのおうちで順番に使えば良いわね」
「これならみんな水浴びできるな。ハナよくやった! 助かったよ」
二人はハナちゃんを撫でます。
なでなで。なでなで。
「えへへ、えへへ」
ヤナさんカナさんに、頭をなでられたハナちゃん、さらにご機嫌です。
こうして、水浴び問題が解決を見ました。三人は皆に知らせる為、村に戻ります。
三人が村に戻ると、腐敗した組織は奥様方が壊滅させていました。悪は滅びるのです。
◇
「あったまったわ~」
「顔トゥルットゥルとか、素敵」
「お肌すべすべ」
女性陣がほくほく笑顔で言います。
ハナちゃんが発見した温泉に、皆で順番に入ってきたのでした。お肌がつやつやしています。美肌効果のある温泉だったのでしょうか。
エルフ達にとって、生まれて初めての温泉。皆よく温まってほんわかです。
「ハナちゃんよく見つけたわね~」
「お手柄よね~」
「凄いわ~」
なでなで。なでなで。なでなで。
「うふ~」
顔テッカテカ問題を解決して、お手柄のハナちゃん。皆に撫でられてご機嫌です。
「それに引き替え、男共の役に立たない事といったら、ないわ~」
「ヤナさん以外、誰も水場探ししてなかったとか、ないわ~」
奥様方は、まだ水場班にちくちく言いっています。しかし彼女たちだって、一歩間違えればおうちを草の汁まみれにしていた、ということを棚に上げていますね。
結局のところ、ハナちゃんがいなければ、お掃除班も失敗していたのですが……。
「すんません」
「山菜一杯とってきたからゆるして」
「水場はありますん」
そんなことは知らない水場班。肩身が狭いです。一人だけ若干粘っていますが。
ちなみに彼らも、ちゃっかり温泉に入ってお肌はつやつやです。
ちゃっかり組に属するつやつやエルフの一人が言いました。
「でもあの泉、不思議だよな。お湯が湧いてんだもん」
あからさまな話題そらしです。しかし今現在最大の関心事である温泉の話題。皆が食いつきます。
「あんなに良いものがあるなんて、ここは凄いところね」
「お肌に良い感じがするわ」
「疲れがとれた気がする」
口々に温泉の感想を言います。同じくつやっとしたヤナさんは、調べていて思ったことを皆に伝えます。
「あそこは人の手が入って居ますね」
「人の手?」
ヤナさん以外のエルフ達、初めて見る温泉に夢中で、そこまで観察していませんでした。ガッツリ温泉に入ってきたのに、全く気付かないのはどうかと思いますが。
ヤナさんは、人の手が入って居ると思った理由を伝えます。
「ええ、池の底が平らだったでしょう? 自然にああはなりません」
「言われてみれば」
「池に入り易いよう、傾斜面も付いていました。だから、お年寄りも入り易かったでしょう?」
「親切~」
皆納得顔です。普通気が付くものですが、何せ珍しいものに夢中で、そこまで頭が回りませんでした。そういうことにしておきましょう。
そしてやっとこ、エルフ達は気づきます。あの不思議な池、どうやら誰かが作ったもののようだ、と。
皆の理解が広まったところで、ヤナさんは話を続けました。
「そもそも脇道がある時点で、人の手が入って居ますしね」
「そういえば、脇道があるんだからそうだよな」
「どうして気づかなかっただ」
割と使えないエルフ達です。そんな彼らを率いるヤナさんは、苦労が多いですね。
「というわけで、あの池、どうやら管理している人がいるようです」
「管理している人? タイシさんかな」
エルフ達は、大志の顔を思い浮かべます。確かにあの人なら。そんな考えが、エルフ達に広がって行きました。
「そうでしょうね。あの人はこの山を所有している、という事ですので、あの池の事も知っているんじゃないでしょうか」
「んだんだ。あの池のもっと便利な利用方法とか、知ってそう」
「楽しみだわ~」
「明日聞いてみましょう」
温泉談義に花が咲きます。ほかほかつやつやになりますから、温泉に入った後は皆ご機嫌です。話も弾むというものです。
「夕食を食べた後、また入りたいわ~」
「美味しいものを食べた後、あったまるとか、素敵」
「これ以上美肌になったらどうしましょう。うふふ、うふふ」
特に女性陣は、すっかり温泉がお気に入りの様子。なんせ、お肌つやつやになりますから。お肌は女子の死活問題なのです。何名かは、食い意地が先に来ているようですが。
「それじゃみなさん、さっぱりしたところで、夕食の準備を始めましょう」
「あい~」
「山菜沢山あるからな」
「これで水場もさがしてればね~」
夕食の話題が出たのを機に、ヤナさんが声掛けをします。そろそろ夕食の時間ですし、ちょうどいい頃合いです。
ヤナさんの声掛けに従って、皆ゾロゾロと炊事場に向かいます。大勢でワイワイ作り、ワイワイ食べる食事。これもエルフ達の楽しみになっていました。皆で食べる食事は、不思議とより一層美味しく感じるのです。
今日の夕食は何にしようかな、ラーメンかな、天ぷらかな。両方やっちゃおうか。そんな事を話し合いながら、和気あいあいと歩いてきました。
こうして、大志の居ない、エルフ達だけで過ごす初めての日は過ぎて行きました。何の情報もない割には、まあまあ良くやった方です。
しかし、温泉というエルフ達にとっては珍しいものを見つけて、皆そっちに気をとられてしまったせいでしょうか。あることに誰も気づきませんでした。
エルフの皆さん、お洗濯を忘れていますよ?